恋に恋するサムライガール   作:フライドレッグ

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7.サムライガールと意に背くコーヒーメーカー

「なあ。なんでウォルターさんは彼女を食べちゃったんだ?」

 

 現場の引き渡しも終わり、事務所に戻ってきて飯も食い終わった後、氷雨が疑問の声を上げた。

 

 あの後あらためてウォルターの部屋を捜索すると、風呂場からエミリーのものと思わしき頭蓋骨が発見された。

 他の部位は見つかっていない。1ヵ月もの間引きこもっていたウォルターが何を食べて飢えを癒していたのかは明らかだった。

 

「さあな。吸血鬼の考えなんて俺にはわからねえよ」

「ふーん。そうか……」

「だが、今日みたいなことはめずらしくはない。ほとんどの異種カップルはくっついてから1年もすると今回と同じような最期を迎える。亜人側が純人を喰っちまうんだ。だから異種カップルがいるって広がると賞金稼ぎも引っ越してくる。いずれ必ず破局するってわかってるからな」

「お腹が空いていなくても食べちゃうのか?」

「ああ、そうだ」

「ふーん……純人て美味しいのかな」

「……馬鹿な考えはよせ。なぜ殺害から1ヵ月も経ってるのにウォルターの首輪が赤いままだったと思う? 食ったからだ。もしお前が同じようなことをしたら俺でも庇えないぞ」

 

 だが、氷雨は俺の忠告に返事をしなかった。ただぼんやりと刀を見つめている。

 それから少しして俺が今回の消耗品の勘定を終えた頃、氷雨はまた思い出したように聞いてきた。

 

「なあ、純人の恋人を食べた亜人はみんなあんな風になるのか?」

 

 ウォルターが首輪の制御から抜け出し、巨大化したことを言っているのだろう。

 

「いや、あれは別の要因だ。詳しくは知らん」

 

 見当はついているがな。原因はあの青緑色の粘液だ。あれが注入されたことでやつは凶暴化した。だが、ヤツはどこであれを手に入れた?

 部屋に放置されたゴミ山から手がかりを探し出すことはできなかった。唯一なにかを知っていそうなクヌートも冬眠に戻ってしまっていた。あそこで即座にウォルターを制圧できていれば入手先くらいは知ることができただろうか。

 あるいは……俺の身体に入り込んだ粘液をどうにかして分離するか。あれから数時間たったが、今のところ身体に異変はない。知り合いの医者にも当たってみたが体内に異常は発見できなかった。だが、亜人の首輪を一時的にでも封じられるような劇物を摂取した純人が無事でいられるとは思えない。

 それになによりも、あんな物に命を助けられたという事実が我慢ならなかった。

 

「こ、こーひー! ……淹れるけど、飲むか……?」

 

 突然の大声に現実に引き戻される。

 氷雨は刀を脇に置き、こちらを見ていたが、俺の視線を避けてすぐに目をそむけた。

 

「あ、ああ。頼む」

 

 戸惑いながら返事をすると、氷雨はすぐにキッチンへと向かっていった。

 

 しかしコーヒーだと? いつ淹れ方を学んだんだ?

 まあ、自分で言い出すぐらいだ。

 任せても大丈夫だろう。

 俺は無理やり自分を納得させた。

 

 だがすぐに、キッチンから狼狽する声が聞こえてきた。

 見ればお湯を注ぎ過ぎたのか、コーヒーメーカーから大量の液体があふれ出ている。

 色のついたお湯がデスクを伝い、床まで茶色く汚していた。

 氷雨はポットを手におろおろとしている。

 

「あーもう、なにやってんだ」

「……す、すまない……」

 

 俺はお湯の入ったポットを氷雨から取り上げ、腕をつかんで様子を観察した。

 貴重な露払いにもしものことがあってはいけない。

 幸いなことに火傷はないようだ。

 

「……手、離して……」

「ああ、すまん。もし火傷してたら冷やしとけよ」

 

 俺は雑巾を持ってきて溢れたお湯を拭いた。

 氷雨も渡したタオルで床を拭きはじめる。

 しかし、少し考えれば分かることだが、あれほどの怪我を負っても数時間後には完治していた氷雨が熱湯程度で火傷を負うはずがない。

 どうも調子が狂う。こいつの変な態度につられているのだろうか。

 

 氷雨は床の溝の汚れを懸命に擦っている。

 

「なあ」

「あ、な、なんだ?」

 

 やはりおかしい。

 コイツはこんなにびくびくしたやつじゃなかった。

 

「……婆さんに何か言われたか?」

「……」

 

 氷雨は黙って顔を背けた。

 ビンゴだ。

 あの婆さんは礼儀にうるさい。

 おおかた俺に対する態度を叱責されたってところだろう。

 

 それで機嫌取りに回って空回りってとこか。

 まったく、いい迷惑だ。

 

「なにを言われたかは聞かないけどよ。適当でいいんだよ、適当で。別に俺はお前の雇い主じゃないんだから」

 

 いつなくなるとも知れない関係に神経を使うのはごめんだった。

 極論、来週にはどっちかが墓の下にいる可能性だってあるのだ。

 

 多少礼儀知らずでも、視界の隅で怯えながら機嫌取りをされるよりはマシだ。

 そもそも俺は人恋しくてこいつを引き込んだわけじゃない。

 鬼らしく戦ってくれればそれでいい。

 

 氷雨は茶色く染まった雑巾を見つめている。

 しばらく電池が切れたように固まっていたが、やがて油をさし忘れた機械みたいな声を出した。

 

「……適当ってなんだ」

「……はあ?」

「わ、わたしはずっと父上と修行をしてきた……とつぜん適当でいいって言われても、わからない……」

「お前、初めて会った時は元気だったじゃねえか。あんな感じで良いんだよ」

「あ、あの時はこっちに来たばかりで興奮してたんだ。ゲートを抜けてすぐにネズミ顔ふたりに絡まれて、ああ、本当に父上の言ってた通りだって嬉しくなっちゃって……」

 

 さっくりヤってハイになっていたらしい。

 

「……お親父さんはこっちのことをなんて言ってたんだ……?」

「好きなだけ人を斬っても捕まらない天国みたいな場所だって」

 

 地獄だろ。

 

「……好きなだけってのはちょっと語弊があるな。斬っても大丈夫な場合と不味い場合がある」

「うん」

「俺がそれを教えてやる。お前はそいつを斬ってくれればいい。俺は仕事がスムーズにいってお前は人殺しができる。簡単なギブアンドテイクだろ?」

 

 氷雨はしばらく目の前の何もない空間をグルグルと見つめていた。

 やがて思い切り顔をしかめると、ぽつりと言った。

 

「わたしは別に人殺しがしたいわけじゃない」

「へえ? そうは見えないけどな」

「ちがう! ……ただ、刀を振っていると幸せなんだ。それだけだ」

 

 ちがいがわからん。

 刀を振るってのは人を殺すことと同義だろ。

 

「……まあ、とにかく。変に気を遣う必要はない。俺たちはビジネスパートナーなんだから」

「……びじねすぱーとなー……」

 

 俺は適当に話を切り上げることにした。

 このままではいつまでたっても掃除が終わらない。

 

 氷雨の目の前の汚れをざっと拭くと、またぼうっと考え込んでいる彼女を立たせる。

 

「ほら、雑巾を洗ってきてくれ。コーヒーの淹れ方はまた今度教えてやるからよ」

「うん……」

 

 氷雨は両手に雑巾とタオルを持ってフラフラと浴室に向かって歩いて行った。

 

 ったく。面倒なガキだな。

 なんで俺が保護者の真似事をしなきゃいけないんだ。

 俺があのくらいの年齢の時はもっとちゃんとしてたぞ。

 

 ……いや、そうでもないか。

 すくなくともあの時は頼れる大人が周りにいた。

 俺が失敗しても誰かがフォローしてくれた。

 そう考えると、今の俺が氷雨に対して彼らのような役割を果たすのはある種の必然なのかもしれない。

 

「わあああああ!」

 

 過ぎ去った過去に意識を飛ばしそうになった時、浴室から激しい水音とともに悲鳴が聞こえてきた。

 俺はため息をつくと新たに発生した問題を解決すべくそちらに向かった。

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