さっさと世界救ってくんない、田中くん?   作:やまめといろ

1 / 6

【主要な登場人物】

01:谷下沢準……高校1年生。旧姓は田中準。一人称は俺。
02:月見里備……高校1年生。一人称は僕。




世界救うのやめちゃったの、田中くん?

「ヤマナシさあ。今、俺たちが世界救ってるって言ったら信じるか?」

 

 田中くんが、見知らぬ誰かの家の敷地に停まっているファミリーカーのタイヤに包丁を突き刺してパンクさせながら、縋るような表情で僕に言った。

 夏休み真っ盛りの8月12日の午前11時ごろ、小学生2人が無謀にも決行した東京行きの自転車旅行中。子供時代の田中くんとの忘れられない、最後の思い出である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やわらかな日差しと暖かな風が日々を鮮やかに彩る季節になり──」

 

 木造の体育館に、新入生たちとその親族が座るパイプ椅子の軋む音がギコギコと響く中、僕は彼らの代表として、努めてその耳障りな音を掻き消すような音量で挨拶の文章をを読み上げ始めた。張り上げた声の大きさに、静寂な空間に妙な緊張感が混ざり合いつつあるのを肌で感じ、僕はうっすらと汗が滲むのを自覚した。

 とはいえ、僕だって今日という日を迎えるにあたって何度も学び舎に足を運び、高校の先生方と一緒に代表挨拶のリハーサルを繰り返している。その甲斐もあって、今のところ僕の口からは自身のコンディションとは関係なく、収録を流しているかのような滑らかさで時効の挨拶が流れ出ている。

 高校進学を期に地元に戻ってきのは5年ぶりのことだが、すでに通学路の途上に並ぶ風景に懐かしさを感じることも無くなってしまったなあ、という来月くらいにするべき振り返りまで脳内でシミュレーションできるほどに余裕だ。

 すなわち、僕がまさに感じているプレッシャーは挨拶の失敗への恐怖だとか眼前に並ぶ諸兄諸姉からの注目から来ているものではない。舞台袖に立っている現状もっとも顔馴染みとなった先生から念のごとく発せられている殆ど物理的な”圧”によるものであった。

 

 今日の朝、すっかり顔馴染みになった先生がこうおっしゃった。

 

「月見里さん。あなたの親御さんがあなたに(そなえ)という名前をつけた理由は分かるでしょうか?」

「はい!僕の両親は、僕に才気を”備”えた人間になって欲しいとこの名前を授けたそうです」

「そうですか。違います」

「違います!?」

「明日、あなたがアドリブを言わないようにです……!なぜ、必ず!代表挨拶の途中で他の生徒を必ず煽るようなアドリブを入れるんですか!?」

「え……何の話をしてるんですか先生?」

「え……!?無意識なの!? まさかのナチュラルボーンファックマンじゃないか!」

「ナチュ……!?お、お言葉ですが先生、相手の欠点をあげつらうのは小学生でも今日びしない行為ではないでしょうか。造語としてもそんなに上手くないですし、ちょっと上手いこと言おうと思ってませんでした今? というか先生がファックて、語彙も」

「今すぐファックマンからお口チャックマンになるんだ、あなたが新入生代表ならできる」

 

 その後、先生は僕のリハーサルをいくつか録画し、僕の16年の人生に隠れていた欠点を示してくださった。僕はその日、あまりのショックに家で寝込むほどだったが、ともかく先生は「明日はとにかく原稿を読むことに集中するように」とアドバイスをしてくださった。

 しかしながら、人の欠点は一朝一夕で修正できるようなものではない。残念なことにさっきから僕の脳の裏の方が余裕をぶっこき始め、今更ながらこの原稿を適当に作ってきてしまったことを後悔するという行為にリソースを回し始めてしまっていた。この挨拶、もしこれが早押しクイズの問読みなら、時候の挨拶を読み終わるより前にボタンを押されて、どこどこのサイトから中身を引っ張ってきたのかまで正解されてしまいそうなほど原文ママじゃないか?これだと聞いてる側も嬉しくないだろう。ここは、こうでしょ。

 と、思ったこと自体を脳内の冷静な部分が咎めるよりも一瞬早く口が動く。

 

「……このような気持ちの良い校風の学校に、僕が新入生代表としてここに立てているのは、僕が皆さんよりも多い努力をしたからです。大体三段分くらいかな? ほら、1、2、3段……と」

 

 一瞬、場内の空気が何言っちゃってんの?とばかりに凍りついた。これは……『やった』か? と心臓がちょっと飛び跳ねて口から出そうになる。だが、壇の下で座っている何人かの生徒が笑ってくれ、それに続いてくすくすと声が響いてくる。却って和やかになった空気に僕はホッとするとともに、また調子に乗る癖が顔を出してしまった、と自分を咎めた。「ハァ〜〜〜」先生が聞こえるくらい大きな息を吐いたのが聞こえる。やっぱりやりたいことがある時は根回ししないとダメだよなぁ、などと反省しつつ、僕は両手で持っている蛇腹折りの原稿からこっそり目を離し、笑ってくれた生徒たちの顔を覚えに回った。

 あの子は最初から僕の話を聞いてそうだ、真面目そうな子だなぁ、とかあの金髪の不良っぽい生徒って何だかんだ入学式は普通にしてるよな、とかそもそも聞くふりをする生徒がこんなにいる時点で中学より結構治安いいよなぁとか与えられた仕事と関係ないことを考え、気を抜いていたのがいけなかった。

 たまたま、ある生徒と目が合った瞬間、

 

「えっあっ?」

 

 茫然自失であったのも一瞬。僕は慌てて復帰し、手に持っている原稿を握りしめ、文章を半ばから追い始めな、辿々しく続きを話し始めた。僅かに聴衆がざわめいていたが、頭の中はそれどころでないパニックに支配されてしまった。あのシルエット! あの高めの鼻に青い目。それにアンバランスな日本人顔となで肩。間違いない。田中くんだ! 

 すると、視覚的な認識に遅れて、気持ちが解像度だ上がるようにゆっくりと追いついてきた。快と不快。これは、嬉しさと苦しみ。だから、再会できた嬉しさと、こんなところにいるんだという怒り? 多分。失望。

 僕が改めてその人を見た時、田中くんは他の生徒に埋没するような没個性的な表情でこっちをぼうっと見ているだけであった。

 

「し、新入生代表、月見里⦅やまなし⦆備⦅そなう⦆」

 結局復調することなく、早口で原稿を読み終わった僕は一歩下がり、ぎこちない動きでお辞儀をし、たっぷり床を見つめた。田中くんがこの高校にいるというのはあり得ない事態なのだ。僕の頭は一つの疑問に支配され、この後、どっちの足から歩き出せば良いのかすら思い出せなくなった。

 

 田中くん、世界を救うのやめちゃったの? 

 

 

 

 階段を降り、なんとか自分に割り当てられた席に戻った僕は、

 校長先生の話を聞いている間、延々と思い出が蘇っていた。

 

 

 

 5年前。当時は小学校5年生であった田中くんから受けた第一印象は”チグハグな子供”という風であった。どこぞのブランド子供服に身を包みながら、『この世界は漫画の中だ』と言って憚らない。親から言動を修正されないのがどうしてかわからない”変な子供”。

 クラス替えの後、今更に時間が取られた自己紹介の時間、無難に趣味は読書ですとか言って自己紹介を終えた僕の後ろにいた田中くんが、『将来の夢は世界を救うことです』と言い放ったとき、僕は田中くんの顔を見るために振り返った。そして、その田中くんの自信の満ちた顔に僕は一瞬で心を掴まれてしまった。分析するなら、それは目の前にテレビタレントが来たみたいな特殊な熱狂だった。五分間休みが始まってすぐさま僕は田中くんに話しかけた。

 

「世界ってどうすれば救えるの!?」

 

 当然、こんな変人とそれに傾倒する子供という構図は客観的に見れば敬遠されて然るべきものであり、僕らの関係は自然と小さく閉じていった。思い返せば、陰謀論を共有するサロンの関係性そのままであったように思う。小学生であった僕自身ですらどこか冷静な部分が『こいつやべーな』と度々囁いていたが、翻ってその孤立が心地よいとすら感じていた。

 僕と田中くんは、田中くんの『世界崩壊に備えろ』と言う号令のもと、インターネットの掲示板に預言者じみたことを書き込みまくり、99%以上を外した。たまに気になって見返すといつでもメガロドンに残っている(最悪)。しかも無駄にチャットサイトを経由して『トロッコ問題』を議論したりしてたのもバッチリログが残っている。もうIPも違うので勿論消せない。は〜。

 

(あれ、これこれ以上思い出さない方が良いか?)

 

 隣の人が思わずこっちを見るくらいパイプ椅子を震わせてしまっていた。こういうのを思い出し始めると自分の意思とは関係なくクリティカルなところばっかり思い出すから嫌だ。トロッコ問題も『こんなの分岐器? 触らないのが正解ぢゃんwおじさんたちバカすぎw』とか書い(あー!!!! こら辺の苦い思い出はできる限り考えないようにしよう!!!)僕は詳細を思い出さなければいけない部分を要点だけ思い出すよう努めた。そう、例えばこんな感じ。

 

「田中くん、実際、世界を救うって実際どうすれば良いの?」

「実は、この世界の中心は東京にある琥珀学園って高校なんだ! ここを抑えればこの世界は救われるんだ!」

「つまり?」

「つまりこうだ! 世界崩壊にそ備え、俺は琥珀学園に入学し、世界を救う!」

 

 琥珀学園とは、東京の名門私立高校である。そして、ここはともしび高校。栃木の公立高校であった。

 

 

 

 

 

 

 入学式が終わった後、田中くんに文句の一つでも言ってやらなければ気が済まないぞ、と僕は勇足で教室に向かい、廊下で先生に捕まった。

 

「あのサプライズ、ここ数年で一番びっくりしちゃったよ先生。びっくりしすぎて座り込んじゃったもん。分かるよ? みんなと僕との間には階段三段分を上るくらいの違いしかないんだよって言いたかったんだよね? みんなも笑ってくれたし。でも、それはみんなが『そう受け取ってあげよう』って努力してくれたからユーモアで済んだだけだからね。あんなくだらないことで三年間棒に振っちゃうところだったんだよ? もしそうなったらって思うと先生悲しくって」

「はい……本当に反省してます……すいません……」

「本当だからね! 分かるマンになれ!」

「はい、分かるマンになります……」

「じゃあ行ってよし!」

 

 先生ホニャララマンって言い回し好きだな、と思いながら教室に入ると、先生の字で黒板に『あいうえお順』に座るように指示があった。あーもう先生が担任じゃん、と軽いネタバレを受け、それぞれの机に貼ってある苗字シールを辿って窓側の後ろの席に行く。

 

(山川⦅やまかわ⦆、谷下沢⦅やがさわ⦆、月見里⦅やまなし⦆……)

 

 結局一番後ろじゃないか。僕は机を数え、自分の席に座った。その後、全く同じ動きをしながら、田中くんが僕の一つ前に座ったので、僕は声をかけようと思って思いとどまってしまう。その意味するところが分かったからだ。田中くんの肩までの距離がやけに遠く感じる。

 

「全員揃った〜?」

 

 まごまごしているうちに、先生が入ってきてしまった。僕は半ばまで伸ばした腕を引っ込め、机の上に置く。

 先生が黒板に『涼風 涼』と自分の名前を書きつける。趣味は旅行で、将来の夢は皆さんと一緒に卒業することですと言っって、流れるように『あ』から順番に自己紹介が始まった。

 

「高嶺です。趣味は恋愛小説を読むことで、将来の夢はお嫁さんです」

「彼女募集中です。趣味は何にでも合わせる自信があります、名前は雲梯(うなて)百太郎です! モモタロウと読んでください! 彼女募集中です!」

「モモタロウくん、順番を飛ばさないように」

 

 田中くんの順番がゆっくり近づいてくると、なぜか僕の方が緊張してくる。田中くんは何をいうんだろうか。

 

「モモタロウは女子の後に必ず自分の自己紹介を挟もうとするのやめてね。じゃあ次谷下沢さん」

「谷下沢準です、趣味は読書です。よろしくお願いします」

「はい! 僕の名前は」

「座れ直結マン」

「はい」

「じゃあ次、月見里さん」

 

 田中くんは座った。将来の夢が何かすら言わなかった。実際、苗字が変わってるのだから違うのだが、田中くんが別人になってしまったような実感を受けた。まあそうだよな。高校生になって世界を救うって言ってるのは今時ユーチューバーとかくらいだよな。納得できねぇ。

 

「つ、月見里さん?」

「はい」

 

 僕はおもむろに立ち上がると、何をいうべきか考えた。名前は月見里備。趣味は調べ物。将来の夢は……何だ? 

 

「……」

「月見里さん? おーい」

 

 僕は、頭の中にある具体性のない自分の姿を全て取り消して、自分の口が喋るに従うことにした。

 

「もしかしてまたアドリブマンになってる? 普通で良いからね」

「普通じゃダメなんです、先生」

「いやウケ狙いとか」

「僕の名前は月見里備です。趣味は世界を救うこと。将来の夢は世界を救うことです」

 

 お、大口叩くマン……。という先生の声以外、誰も喋らなかった。全開の窓から、春にしては寒々しい風が教室を通り抜ける。単純にダダ滑りで白けたのだ。

 

「他の人がやらないなら僕が世界を救います」

 

 足は震えていた。やっとの思いで座った僕はすでに後悔で頭を抱えたくなった。

 最早、三年間友達ができることはないのではないだろうか。こう、何話しかけても遠巻きに愛想笑いを受ける未来が具体的に想像できる。

 ただ、驚愕の顔でこっちを振り向いていた田中くんの顔でお釣りが来るかな、と僕は思った。

 僕は田中くんに三年間よろしく、と言った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、僕らは机を突き合わせて教室で話し込んでいた。開け放しした窓から心地よい風がゆるりと僕の背中を撫でた。

 

「あー! 忘れてて欲しかったー!」

「田中くん」

「今は谷下沢なんだ」

「田中くんって今頃『琥珀学園』に入学してるはずじゃないの? 東京の」

「ええ……全然訂正聞いてくんないじゃん」

「僕に黙って田中くんが田中くんじゃなくなってるなんて認められないんだけど?」

「や、月見里ってこんなヘラってる感じだったっけ?」

「だってさあ、連絡手段を残さないで引っ越すのは反則じゃないか?」

「それはまあ、ごめんね」

「理由はわからないでもないけどさあ、僕にも秘密で!? ってなったからねマジで」

 

 僕が5年間どれだけ田中くんのことを考えたと思ってるのか。そのせいで、僕の頭の中にいる『田中くん』と目の前の『谷下沢さん』が全く別の人生を辿ったかのような別人と化しているというのに。谷下沢さんは顔から自信と緊張が抜けたような顔になっている。心なしか垂れ目になったような気もする。全体的にシルエットが曲線的になり、声色のアクセントの位置が不明確に……。

 

「なんか怖いこと考えてない?」

「いや、随分変わったなって思ってるだけだよ」

「そうかな」

「そこは自覚あるでしょ」

「まあね」

 

 そう言って、谷下沢さんは薄く笑った後、少し黙った。間に降りた沈黙が息苦しかったのか、ふふ、とかちょっと笑い声をこぼしてみたりしている。昔は、こういう取り繕い方は絶対にしなかっただろう。本当はこの5年間、どういうことがあったのかを一つづつ聞きながら旧交を深めたいところだけど、まず一つ絶対に聞かなければいけないことがある。

 

 

「田中くん。僕はさあ、また田中くんに会えて本当に嬉しかった」

「だから谷下沢だって」

「でも同じくらいがっかりしてるんだ、世界救ってないじゃん!」

「ええ? 俺たちもう高校生だぜ? もう良くない?」

 

 ”谷下沢さん”は、まさか、あんな世迷言を高校生になって信じてるとは、と半笑いで言った。僕は二の句が告げられ無くなって、視線を彷徨わせた。何か、信じていたものがガラガラと音を立てて崩れそうになっていくのを必死に堪え、何とか反発の言葉を吐く。

 

「田中くんはそんなこと言わないが?」

「”谷下沢さん”はこういうこと言うんだよ、それに……実のところ”田中くん”だってこう言うぜ」

「えっ」

「答え合わせをしよう」

 

 谷下沢さんは通学バッグの中から一冊の文庫本を取り出し、机の上に置いた。

 

「この世界の秘密は全部この本の中に書かれてるぜ」

 

 タイトルは『新生代コンプレックス』。世界の秘密が書いてあるにしてはちゃちなタイトルだな、と僕は思った。

 

 

「田中くん、漫画の中って言ってなかったっけ」

「これは記憶の限り俺が再現した自作の同人誌だから、絵かけないから小説だし」

「えっこれ自作!?」

 

 机の上のそれを掴み、裏表紙に書かれていたあらすじに目を通す。

 

 『女子高生はストレスが溜まるとティラノサウルスになるーー。』

 

 そのまま目が窓の外へ滑っていく。空はまだ青かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。