さっさと世界救ってくんない、田中くん? 作:やまめといろ
『女子高生はストレスが溜まるとティラノサウルスになる──。”新生代ながれ”は、子供の頃、ティラノサウルスになったと言う奇妙な記憶がある以外は普通の女子高生。彼女が『琥珀学園』に入学してからというもの、町では”恐竜が暴れている”という噂が流れるようになった。ながれが(これは自分が引き起こしているのでは?)と悩む最中、彼女は恐竜が暴れた次の日に特定の生徒の成績が急上昇しているという不思議な相関に気づき……? 恐竜になって勉強のストレスを解放しようとする『受験対策委員会』とそれを止めたい『考古学同好会』との対立に巻き込まれていくながれ。そして自身の能力の秘密とは?』
あらすじを読み終わった僕は微妙な顔で田中くんに言った。
「何これ?」
「この世界だけど? ジャンルは恋愛」
「恋愛!?」
「少女漫画だからね」
「なんか今日までの五年間とか、過去の思い出とかが全部こっちをみて笑ってきてる気がしてきた」
「気持ちはわかるよ……」
「五年間……!」
「なんかごめんね。人生に変な楔を打ち込んじゃったみたいで」
僕は椅子の背もたれに背中を擦らせるように力を抜いた。女子高生が恐竜になるってなに? 田中くんが僕に何も言わす引越して、僕も引越して。今日まで田中くんの過去の言動を元にアレは何だったのかを考え続けた答えがこれ!?
「だって、女子高生は恐竜にならないよね?」
「なるけど?」
「僕考え過ぎておかしくなっちゃった?」
「狂ってるのは世界の方だから……」
「だってさあ、女子高生が恐竜になるわけないじゃん! 反論が馬鹿らし過ぎて思いつかないけど!」
「一応、ストレスに対して行き過ぎた幼児退行をした結果として恐竜になるって説明は作中であるよ」
「さかのぼり過ぎて生まれる前にまで戻っちゃってるじゃん! 無理があるよやっぱり!」
「あと途中から恐竜が街で暴れるのがウケたのか恐竜になると劣等感に由来する超能力が使える設定が生えてくる」
「知らないよマジで、じゃあバトル漫画じゃん」
「いや、近眼を気にしてるから、変身すると周りの景色を滲ませるエラスモサウルスになるとか結構バラエティあるんだって」
ほら、と僕が持っている本のページをめくって見せてくれるが無視して閉じる。田中くんが他人に興味ないラノベをゴリ押ししてくるオタクみたいになってしまったという事実からも目を逸らし、話を無理やり進める。
「一旦ね? 一旦、女子高生が恐竜になるところまでは認めるとしてだよ?」
「うん」
「何で”東京で他人の家の車をパンクさせるだけ”で世界が救われるわけ?」
「ああ、主人公の新生代ながれの両親が旅行に行く途中に事故に遭うと人間恐竜化の研究が流出しちゃうから旅行の出発時間を遅らせたんだよね」
僕は田中くんに言いながら、田中くんとの最後の思い出を思い出していた。
夏休みの初日。『ヤマナシの家の中より涼しいような気がする』とここ最近の集合場所と化した公園で、タンクトップに半ズボンの田中くんが、ここから東京までは頑張れば自転車で行けると行った時、僕は小学生には無理なんじゃないかなぁ、と素朴に思った。僕の顔から、僕の言いたいことを察した田中くんがすかさず言う。
「リピートアフターミー。東京は頑張れば自転車で行ける」
「と、東京は頑張れば自転車で行ける」
「東京は頑張れば自転車で行ける!」
「東京は頑張れば自転車で行ける!」
「東京行くぞ! オー!」
「オー!」
勢いに乗せられ、僕は田中くんの自転車に追従し、朝7時。地獄の自転車旅行に出発した。でも、何か新しいことが始まる気がした僕の口元は緩み、足はペダルを強く踏み抜い「あれ今答え言ってた?」
「月見里、今なんで急に遠い目をして思い出に浸ってますみたいな顔を?」
「ことごとく僕の五年間を圧縮してくるね田中くんは!」
「だから谷下沢だって」
まあ、それで両親が離婚しちゃったから自業自得だけどな、『谷下沢さん』は呟いて目を机に一瞬だけ伏せてほの暗く笑った。
……僕は正直、谷下沢さんの言うことは半信半疑だった。だって女子高生は恐竜にならないから。でも、今。『田中くん』が『谷下沢さん』になったことは自然と受け入れられた。
「谷下沢さんはやっぱり、田中くんだったんだね」
「禅問答か何か?」
「ねえ、田中くん。これから遊びに行こうよ」
「これからぁ!? 距離感バグってない? お互い久しぶりだし地元の公園とか?」
「東京」
流石に今から自転車は辛い、という田中くんの意見を尊重し、僕らは制服のまま在来線に乗って一路東京を目指した。
田中くんと隣り合って座り、僕は田中くんが再現した『新生代コンプレックス(ラノベ版)』を読んでいた。
『ぎゃおおおおおおお!!』
『ごぁあああああああ!!』
新生代ながれは受験対策委員会の四天王、古生代あかりの首筋に噛みつき、ワニのように転がりながらその巨大な体躯をアスファルトに叩きつけ続けた。古生代の首が半ばから引きちぎれたところで、古生代へ感じていた背徳的な恋愛感情が消失する。生き別れの姉が持つ『シスターコンプレックス』の効果が消失したのだ。
大きく、強大になり続けるながのティラノサウルス。最早、新生代ながれの『Comp-Rex』は制御不能になりつつあった。
それは、彼女の中で『親殺しのコンプレックス』の疑念が確信に変わりつつあることを示していた。
「お姉ちゃんは私に恋をしたんじゃない。過去を愛してただけよ」
決然、あかりは残りの四天王を全て倒すため、この場を去った。その背中に重すぎる悲しみを背負って。
(ながれ、あなたは自分の両親を踏み潰してしまったと思い込んでいるだけなの……! あなたは会長に騙されている! 気づいて──」
古生代あかりは、ながれを引き止めようとしたが、声は喉笛から空気となって抜けていくのみであった。
暗転。
「おいおい、ついに四天王とか出てきちゃったよ」
「この時点で関東は半分くらい更地になってる」
「やば〜」
田中くんが小説形式で書き起こした『新生代コンプレックス』は、何となく情景描写が足りないように感じたものの、素直な文体で情景はスルスルと入ってきた。まあ読んでもツッコミどころが多すぎて時々詰まっちゃうけど。
「何で東京なんだ?」
田中くんが腕にした時計のようなものをいじりながら、ぽつりと疑問を溢した。それは車内の喧騒にすぐさまかき消されたが僕の耳には届いた。
「何でって、こう言うのなんて言うんだっけ? えーと……」
「聖地巡礼のことか?」
「そうそれ!」
僕は田中くんの方を向いて指をさす。その指先を田中くんが掴む。思いの外強い力だったに僕は顔をしかめるが、それ以上に田中くんの青い目から涙がこぼれ落ちていったことに心臓が跳ねる。
「バカにしやがって!」
「おっとちょっと谷下沢さんが出ちゃってるよ田中くん」
「バカにしやがって……! お前だって親友だったから! 俺の」
そのまま田中くんは僕に何ともケンカ慣れしてなさそうな動きで掴み掛かる。周りの人たちが心配そうに僕たちを見守っている。その目線すら辛いとばかりに田中くんが下を向き、電車の椅子をびしょびしょに濡らしていく。僕はその涙を手を盆のようにして掬って、握りしめる。
「え?」
「僕は信じてる!! 信じてないのは田中くんの方だろ!!」
僕の大声に、田中くんは肩はびくりとさせ、首を跳ね上げるようにして僕の方をみた。目から涙が何本も線を引いて頬を刻んでいる。
「そりゃあ女子高生が恐竜になるとかは正直まだ受け入れられてないけどさ。田中くんが世界を救ったってことだけは全部信じてる!!」
周りの聴衆が白けて、適当な方向を向いていく。彼らにはきっと、アニメか漫画の話で泣いてる間抜けに見えてる。きっと、『谷下沢さん』自身にも。だから世界を救ったってあんな冗談みたいな言い方しかできなかったんだと思う。でも、
「『谷下沢さん』はあの日、世界を救ったんだ。それに、僕が君を尊敬しているのは世界を救ってるからじゃない。世界を救うために努力している君の姿勢だったんだ。……それは、今日僕が新入生代表だったってことで察してくれよ」
「三段分の努力が何とかって」
「そうだよ。僕勉強嫌いだったって知ってるでしょ、君が手本だったんだよ」
「……つまんねーギャグ! あんなん代表挨拶で言うなよな!」
「まあそれは先生にも怒られた」
「つーか努力した上で普通に落ちたんだけどな琥珀学園は」
あー、馬鹿らしい。と涙の意味を変えた田中くんは両手のひらで目を押し上げるようにして涙を拭いた。だがまだ足りない。僕は田中くんを励ますためにより具体的な証拠を提示する。
「それに田中くんの努力はいつでも見返せるしね」
「見返せるって?」
「『時空の破壊者 予言 ふたば 2ch』でネット検索すればログ残ってるから」
「は?」
「後で一緒に見ようね❤️」
「……は?」
終点の東京に到着し、ぷしゅう、と気の抜けた音で電車の扉が開いた。田中くんは僕と駅員に肩を借りないと電車を降りれなかった。僕は田中くんの涙をなんかもったいなくて握ったのが誤魔化せて良かったと心から思った。今日は手洗わないぞ。
僕自身、東京にはついこの間まで住んでいたのもあって、『聖地』以外の名所についてはむしろ僕がエスコートする形になった。
「どこ住んでたんだっけ」
「御徒町」
「アメ横しか知らないわ」
「『新生代コンプレックス』にアメ横って出てた?」
「出ない」
「出ないんかーい、じゃあなぜここまで来させたんじゃい!」
「そなえが前住んでた自宅見てみたかったし」
「OIOIで買い物は新生代ながれもしてたわ」
「それは誰でもするでしょ」
「この店が新生代ながれが飯食ってたラーメン屋」
「さっき本の中で食べてたもんね。……ここ、僕も来たことあるわ」
「マジ? ここ港区なんだけど」
「いうて電車込みで30分くらいだしなあ」
「東京ズルくね?」
「ながれちゃんが食べてた古代ラーメンは僕が来てた時はメニューになかったな」
「というか今もない!」
僕と田中くんは東京を巡った後、ラーメンを啜りながら、くだらない会話を繰り返していた。店の外はすっかり暗くなり、こっそり僕は焦っていた。
「ケータイ見てどうしたん?」
「いや、地元の友達に近くまでってメールしてる」
「ああ、会うんだったら俺は先に帰るけど」
「なんと共通の知り合いなんだな」
「えっ! じゃあ小学校時代に東京に引っ越したやつがそなえ以外にいるの? ……いたっけ?」
「まあ昔からの知り合いではあるよね」
「へぇー誰?」
「それは会った時のお楽しみ、って言いたかったんだけどちょっとタイミング合わなそうだわ。なんか向こうもバタついてるらしくて……」
「ふーん、誰?」
「……」
「そのサプライズにこだわる姿勢は一体?」
これは次回のお楽しみになっちゃったかな。僕が田中くんのことをどう信じているのかを見せてあげる良い機会だったんだけど。僕たちは店を出た。
春とはいえ、真夜中は寒い。
「栃木に帰る電車って次いつ?」
「あと20分。逃すと明日ね」
「地方〜」
ちょっと急ごう、と駅へ向かって間の公園を突っ切ろうとした時。僕たちの前に大柄な男が立ちはだかった。
避けようと進路をちょっと変えれば、それに合わせて移動してくる。電灯に照らされたその顔には見覚えがなく、時代錯誤なマントを羽織っている。怖い。
(漫画の中の世界にも不審者っているの?)
(まあいるでしょ)
「おい、聞こえてるぞ『田中準』! 俺は貴様をずっと探していた! 不審者ではない!」
「…………俺の名前を?」
田中くんが、スッと目を細め警戒するように一歩さがり、何かを閃いたのか目を見開いた。
「俺たちの知り合いの人か!?」
「ごめんタイミングドンピシャだけど違うよ、誰あの人、知り合い?」
「いや……」
「とぼけているのか!? これを見ろ!」
不審者がマントをまるで劇でもやっているかのようにひらめかせ、その中身を曝け出す。すは裸か? と身構えた僕たちは、その正体にそれ以上の衝撃を受けた。
「「琥珀学園の制服!?」」
「そうだとも! 私は『受験対策委員会』の委員長、中生代コワシ! まさか本当に東京に来ているとはな、田中!」
「どこから俺たちのことを!」
「栃木に引っ越した友達経由でだ! 山川という!」
「席近いけどね確かに」
「そんな偶然ある?」
僕は田中くんと顔を見合わせる。まあここまで全然情報漏洩とか気にしないで喋ってきたけど、まさか向こうから田中くんの子供時代の発言の証拠が歩いてくるとは流石に思っていなかった。
「驚いているようだな、知らない奴と田中!」
「驚いているというか怖がっているというか」
「俺、今は田中じゃなくて谷下沢なんだが」
「なにっ……それはすまん」
「そなえより常識がある……普通は苗字が変わったって言ったらああいう反応するんだぞ」
なんだこの惚けたやつは。僕は田中くんの方を見るが、田中くんは激しく首を振って否定した。
「ていうか用事なに? もう電車が来ちゃうんだけど」
「ああ……」
僕の促しを聞いたときに一瞬、中生代と名乗った男が何かを躊躇うように顔を顰めたのに何故か僕は嫌な予感を覚えた。それは今のちょっとしたやり取りでこの男の善性を嗅ぎ取ったからだろうか。そういう男が敢えて言う発言は、おそらく。
中生代は迷いを振り払うように首をぶんぶんと振ると、空を指差し、劇的に宣言した。
「谷下沢準! 5年前、新生代あかりの両親を救い、この世界から『新生代コンプレックス』を消した張本人よ!」
「貴様が善人ぶってやった軽はずみな行いで世界は滅びる! ”この世界”を壊したお前のせいで!」
「責任をとってもらおうか! 今、ここで!」
ここは東京。男が指差した空に星空は瞬かず。田中くんが消してしまった過去が今更僕たちを追ってきた。
「何てことしてくれたんだ!」
男のセリフに、田中くんの喉がヒュッ、と鳴く。