さっさと世界救ってくんない、田中くん? 作:やまめといろ
お昼休み。学校の図書室に谷沢下さんと月見里とオレの三人で大きめの机に集まって広げた原稿用紙の上に文房具をばら撒いたところで、「とりあえず何か書いてみてよ」と月見里が促した。
「何を書けばって言ってもな〜、まず何を書けばいいのかすら分からないぜ」
「告白してから昨日の今日だろ? その間に何かなかったんか?」
何か……ある! オレは左手をスナップさせて原稿用紙に書き始めた。タイトルはちょっと捻って『告白の告白』なんてどうだい。
オレは一行目にタイトル、二行目に名前を書き、即座に本文に取り掛かった。
「フォーマットが読書感想文の奴じゃん」
オレはタカネさんとお付き合いできたと友達に言いました。「わーい」
「よかったね」と友達もお祝いしてくれたので嬉しかったです。
その日は友達の誕生日だったので、僕も友達を祝い返してあげました。友達はとても喜んでくれた様子で嬉しかったです。
その後、僕が「小説なんて書けないぜ」と言ったら、友達は「手伝ってあげるよ」と言ってくれたので、ありがとうと言いました。
「夏休みの絵日記でこれ出したらギリ花丸書いてくれなそう」
「わーいって……」
「うっせー、現代文は苦手なんだよ」
月見里が手で口を隠しながら下を向き、肩を振るわせる。谷下沢さんはオレがどうやってこの学校に入れたのかが本気で疑問らしく首を捻っていた。
「いや人生で初めて小説を書いてください、って言われたら難しくね!?」
「自分から言ったんじゃねーのかよ」
「今回はそれが必要だったんだよ! で、何かアドバイスとか無い?」
「まあ……」
月見里と谷沢下さんは顔を見合わせると、月見里が「じゃあまず僕から」と言って、机の上に広げた原稿用紙のうち1枚を「これもらっても?」」「勿論」手にとって裏返し、
『5W1H』
と大きく上の方に書き、その下にWhen:、Where:、と単語を並べ始めた。
「月並みな話だけど、まず5W1Hを最初にはっきりさせるべきじゃ無いかな。結局文章って人に何かを伝えるためにあるものなわけだから、最低限の情報は相手に渡さなきゃダメだよね。じゃあこの話っていつの話?」
「夜の8時30分すぎかな」
「なるほどね、じゃあこうだ」
月見里は『When:』の横に『When:夜8時30分(時間は省略可能)』と書き加え、原稿用紙の表面の最初の1行目に『夜』とだけ書いた。
「最初の1行はとりあえず状況説明で埋めることはできると思う。あとは、そうだな」
月見里は少しだけ考えると、5W1Hの下に『友達:名前( )、自分との関係性( )』と書き加えた。
「やっぱり出てきた人が何者で、自分との関係は何か、とかは無いと困るかな。むしろ小説とかってそこが一番興味があるところじゃ無いかとすら思うし」
「そういうもん? わかった」
「これ以上は僕には分かんないなぁ。田中くんはどう?」
「田中くんって誰?」
「俺の旧姓……」
「えっ? 何で?」
「うふふ、田中くんは今度また田中くんに戻るかもしれないんだ〜」
「それって、と、とりあえずおめでとうございます」
「雲梯、大丈夫だ。俺の親が再婚するのは『おめでとう』であってたぞ」
「きゅ、急にぶっ込んでくるじゃん」
月見里はうふふ、と中性的な動作で曲げた人差し指を唇につけて笑っている。月見里は時々妙に動作が女性的なことが多いが、そういう時は必ず谷下沢さんが近くにいる。
谷下沢さんの好みに合わせているのだろうか。谷沢下さんは恐らく女性が好きそうな目線の動きをしていることが多い。
「と言っても俺も小説をどっかネットに挙げてたりする訳じゃねーからな」
谷下沢さんはとても長い黒髪を乱暴に梳かすように頭を掻きながら考えると、俺の文章を鉛筆の後ろでなぞりながら言った。
「そういえば、この文章って前半は因果関係があるはあるんだよな」
「因果関係?」
「人間の行動って、感情と行動がセットだろ? だから『行動→行動の結果→その結果に対して生じた感想』を繰り返していけば、とりあえず『お話』にはなるんじゃねーかな」
「なるほど」
「そこを意識してさっき書いた文章を書き直してみれば良いんじゃねーの?」
「チョー参考になる! やっぱり小説書いてたんじゃないの谷下沢さん」
「だからネットで小説書いてたりしてるわけじゃねーって」
「なんか妙に言い方が狭いんだよな……」
なぜか谷下沢さんの後ろで月見里が凄い笑顔を見せている。
「じゃあ今から書き直すぜ!」
「堂々と内職しすぎだろ、全部の時間で先生に用紙没収されてたじゃねーかよ」
「結局詰まったら書き直しするのは変わらなかったから同じようなもんだぜ!」
「いやあ、まあ雲梯くんが良いなら良いけど2回連続で同じことやってたから普通に職員会議の議題にされてたよ」
「マジで?」
結局何回か書き直した原稿は全て没収されてしまったので、今からリアルタイムで内容を再現しなければいけない。
「小説のリアルタイム執筆を見てる僕たちって、芸術的に言うならばインスタレーションの観客ってことになるのかな?」
「どっちかっつーと夏休みの宿題を後ろから見る母親の立場じゃねーかな」
夜7時半。バイト先の中華料理屋の早仕舞いの後、オレは自分で磨き上げた丸いすに腰掛け、野々花に盛大に今日の結果を報告した。
「前々から言ってた高嶺さんとお付き合いできたぜ、わーい!」
「わーいは本当に言ってるんかい」
「雲梯くんって一人称”俺”じゃなくて”オレ”のつもりで喋ってるんだ」
オレの話を聞いた野々花は食べようとしていた炒飯の横にレンゲを静かに置くと、「おめでとう」とオレ言ってオレに笑顔を向けた。
野々花は、今、俺がバイトをしている中華料理屋の娘で、幼稚園からよく地元を遊び回った気のおけない仲だ。
「友達って女の子の幼馴染なのかよ」
「な、なんか急に雲行きが……」
野々花から祝われたオレは嬉しくなって、彼女に大きく「ありがとう」と言おうとして、彼女の前の皿に盛られた炒飯の減りが遅いことに気づいた。炒飯は子供の頃からの彼女の大好物で、ちょっとふくよかな彼女の頬には食事の幸せが詰め込まれているのだ。
思い返してみれば、今日は彼女の誕生日だっていうのに、バイト中から何処か彼女の様子がぎこちなかったように思える。彼女が注文を取り違えるのを人生で初めて見たし、一度だけコップを取り落としかけて俺が掴むタイミングがあった。
「ちょっと待ってろ」
「え……」
オレは野々花の炒飯を厨房まで持っていくと、明日の仕込みのタネをいくつか貰って優しい味に調整した”あん”を作って炒飯にかけた。
ついでに今日の”誕生日プレゼント”から一輪を先んじて拝借する。
「はいよ、”チャーがゆ(かに出汁味)”ね」
「……うん」
「今日ちょっと元気がなかっただろ、だからこっちの方が良いと思った」
「もう、勝手に明日の分の仕込み使っちゃってお父さんに怒られるよ?」
「そんなもん必要経費だろ」
適当なことを言い合いながら、野々花はチャーがゆを口に入れ、その顔を綻ばせた。野々原の親父仕込みの餡掛けは彼女のお眼鏡に適ったらしい。
よかった。野々花は何かを美味しそうに食べている時が誰かを幸せにする、一番魅力的な顔をするんだ。オレは彼女の顔につられて笑った。
「なんで野々花さん周りだけ描写詳しいんだよ」
「その観察力で見落とさなきゃいけないところもっとあったよね?」
「不思議な味がする……」
「ちょっーとだけ、ジャスミンを混ぜてみたぜ」
「また変なアレンジをしおって……大体この店にジャスミン茶とか置いてなかったでしょうが」
彼女がすこし調子を取り戻して笑いながら言う。ここが良いタイミングだとオレは思い、ちょっと待ってろと言って厨房に引っ込み、プレゼントを引っ掴んで戻った。
オレの手に持っているものを見て野々花が目を点にしているのを見てオレはイタズラが成功したと思った。
「それは勿論……買ってきたのさ!」
「わっ!」
黄色いジャスミンの花束を奥から持ってきて、彼女の横に立った。
彼女は驚いた様子で両手で口を覆って二の句が告げなくなっている。思ったよりも驚いているな。
オレは務めておどけて次のセリフを言うことにした。彼女の眼前で跪き、持ちやすいよう花束を胸の辺りに掲げて見せる。
「今年の誕生日プレゼントです、お納めください」
「いや、いやいや……ふふ、キザすぎるでしょ花束って」
「オレは気取り屋だぜ、昔っから」
「もう、こんなプレゼントだったら準備くらいさせてよ。私、エプロンのまま受け取っちゃうよ?」
「そこはごめん!でも、オレが一番好きな野々花の格好がそれってところに今日のところは免じてくれよ」
「ふふ、何それ……、あれっ」
やがて、野々花は花束の真ん中に封筒があるのに気づき、それを手に取って「中身を見てもいい?」「勿論」中を開けた。
「小豆島へのチケット……? 期日が来年だけど」
「この前、ジャスミンの花畑を見に行きたいって本か何か見て言ってただろ?」
「まさか!」
「今年の見頃は過ぎちゃったからな、今のとこは花束で、来年もっとスケールの大きいやつ見に行こうぜ、親友」
「こ、これ高かったんじゃない」
「気持ちを表現するのに出費は二の次だぜ、オレ自身の分も入ってるしな」
この点、お年玉を預かるという名の没収をせず、オレに任せたくれてたママに感謝だぜ。オレは正しい使い所を示せたと胸を張って報告できるな。
「こ、高校生のプレゼントにしては重過ぎねーかそれは?普通はやってパジャマとかハンドクリームとか……」
「完璧なチョイスだよ雲梯、素晴らしいよ!」
「でもこいつ彼女できた報告も一緒にしてたが?」
「急にチケットが呪いのアイテムに見えてきた……なんだこれ叙述トリックか?」
「ありがとう!」
野々花が感極まった様子でオレに抱きついてきた。子供の頃から野々原は感情が高まると人に抱きつく癖があったが、まだ健在だったとは。
元々女性的な体つきをしている方だったが、最後に抱き合った中学生の頃と比べても更に柔らかな印象を持ったのはジャスミンの清い香りも手伝ってのことだろうか?
まるで、ローマ神話の女神に包まれるかのような柔らかさを感じ、安心感と多幸感をお互いに共有する。
「これからもよろしく、親友」
「……うん!」
オレたちは友情を改めて確かめ合うことができた。
「どうよここまで!?」
半日にしてはメチャ上達したという自負がある。集中し過ぎて後ろの二人の反応が聞こえなかったが、彼女たちの方を振り向いた瞬間、思ったよりも良い感じではなかったことだけは確信した。オレと目があった瞬間、谷沢下さんが吠える。
「文章の外側で全部内容がひっくり返ったんだが!?何が友達が祝ってくれただよ!お前が友達を呪ってるだろむしろ!」
「えっ」
「小説書いてる場合じゃねえだろ!リアルが恋愛小説だよ!」
「恋愛って……オレと野々花はそんなんじゃねーって、大体中学生の時に一回付き合って別れてるし」
「え、そうなの?」
谷下沢さんはそこまで聞いて意外そうな顔をした。そうだよ。谷沢下さん、やっぱり恋愛小説とか好きなのか?
「ああ。ちょっと一時期、あいつが体型のことで女子にいじめってほどじゃないんだが色々言われてる時期があって、そいつらとオレがケンカしてたんだけど」
「それ最終的には野々花さんから身を引いたオチだろ!なんでそこだけ鈍いんだよこいつ!」
ここで、目を瞑って上を向いていた月見里がおもむろに目を開けてオレに向かって言う。
「逆に野々花さんは何か言ってなかったの?彼女ができたことに関して」
「そういやこのカスこの後に自分の彼女の恋愛相談持ち掛けてんのか」
「カス!?いやまあ別に変わったところは……ああでも」
「何かあったのか!?」
「いつもなら不満とかは面と向かって言う奴なんだけど、オレが野々花の完食したチャーハンの皿を下げた時、『どうせなら白がよかったな』って言ってたんだよな。色の好み的には黄色が正解だと思ったんだけど、いつの間にか趣味が変わったのか?とは」
「白のジャスミン……花言葉」
オレの話を聞いた月見里は僕にはやることが出来た、と一言だけ残しひと足先に帰ってしまった。
「ええ……」
「オレも応援できねーよ!くたばれ朴念仁!」
そんなバカな……。