「う……」
目を開けると、心配そうにこちらを覗き込んでいる少女の顔があった。
「申し訳ありませんでした」
安堵の表情を見せた少女は、一転して申し訳なさそうな顔で謝ってくる。
「何を謝って?」
まだ少し頭が働かない。何があったんだった? 確か深海棲艦が攻めてきて、急ぎで艦娘を建造して――
「君が、建造に応じてくれた艦娘?」
「かんむす、というのが私を指すのであれば、はい。大和型戦艦一番艦、大和です」
そうだ。建造直後にそう名乗って、深海棲艦を迎撃してくれたんだ。こうして落ち着いてるってことは、倒せたんだろう。じゃなきゃ、こんなにのんびりはしていられない。
「あぁ、今までありがとう」
「いえ、そもそもこちらの不手際が原因ですから」
意識を失ってから、大和は俺に膝を貸してくれていたようだ。身体を起こして礼を言うと、頭を下げてくる。不手際?
「何があったのか、聞いても?」
「ええと……砲撃の直後、反動で吹き飛んでしまって。そのまま艤装で轢いてしまったんです。轢かれた貴方はそのまま後ろの壁に激突して意識を失いました」
言われて最後に見た光景を思い出した。主砲の斉射で踏みとどまれなかったってことか。
「あの、お身体の具合はいかがですか? 頭も打っていたようですし、気分が悪かったりはしませんか?」
「そういうのは特に……いや、やせ我慢とかじゃなく、本当に何ともない」
そう、何ともない。車に轢かれたのと大差ないダメージを受けているはずなのに、何ともなかった。擦り傷1つない。木箱が盾になって衝撃を和らげてくれたのかもしれない。
「それにしても……大和だったね」
「はい」
頷く彼女へと身体を正し、あらためて確認する。艤装は外していたので、少女としての大和がよく分かる。
今までに出現した艦娘達を纏めた資料で見た大和は若い大人の女性だった。でも今、目の前にいるのは、それを更に少し若くしたような少女だ。外見年齢的には17、8くらいだろうか。
「いくつか疑問があるんだけど、いいかな?」
「はい、分かることでしたら」
「まず、君は現状をどこまで認識できている?」
「ここがどこで、どういう環境なのかは分かりませんが、戦艦大和として成すべきことは理解できています。先程の敵を倒し、人々を守ることです」
艦娘がこの世界に現れた時に持っている情報は、艦と当時の乗組員の一部記憶、艦娘としての機能等の知識、深海棲艦が倒すべき敵であることだけだという。それから、人類を護らないといけないという使命感か。この世界の情報については持っていない。艦娘や深海棲艦も、後で付けられた呼称だから、今の大和が知らなくて当然だ。
今のところは、イレギュラーな建造だった影響で何かが欠けているようなことはない、のかな?
「詳しいことは後で教えるよ。では次。何故、君が建造できた?」
大型戦艦、しかも大和型とくれば、建造に膨大な資源が必要だと聞いている。しかもこの建造というシステム、狙った艦を確実に建造できるわけじゃない。壊滅した鎮守府に残されていた程度の資源で、いきなり建造できるものじゃないはずだ。
「そうですね……貴方と共にあったから、でしょうか」
「共にあった?」
「貴方は、私達についてどの程度の理解を?」
「【異界史】で沈んだ艦船の分霊が、深海棲艦――深い海に棲む艦、と書くけど、さっきの敵に対抗するために人の姿で顕現したもの。そんな君達を、俺達は艦娘と呼称している。艦の娘と書いて艦娘だ」
大和の問いに、そう答える。
「……【異界史】というのは、今の人類が歩んできたものとは別の歴史、という認識でいいですか?」
艦娘は、こことは違う歴史を歩んだ世界で沈んだ艦船の記憶を持っている。それはこちらの世界に現れた艦娘達から聴取して判明した事実であり、彼女達が歩んできた歴史を【異界史】と呼ぶ。そのように、俺は士官学校で学んだ。
頷くと、なるほどと大和は頷き、ですが、と続けた。
「貴方にとってはその【異界史】と呼ぶそれこそが、本来の歴史ですよね?」
大和の言葉で息が止まった。俺が歩んできた、そして歩んでいくはずだった世界。十数年以上前に、何の因果か俺は『この世界』に流れ着き、生きてきた。彼女の言うとおり、俺にとっては今いるこの世界こそが異界なんだ。まあ、人生の半分以上をこちらで過ごしてきた今となっては、その意識も薄いけど。
「もう1つ質問を。貴方は、これに何が入っていたのかご存知でしたか?」
なぜそれを、と問う前に、大和が差し出したのは、俺の御守り。今はもう中身のないただの袋だ。
「いや、知らない」
「あれは『私』の身体の一部でした」
「え?」
つまり、戦艦大和の船体の一部? 意味が分からない。何でそんな物が御守り袋の中に? そもそも大和自体は船体の引き上げだって行われていないはずだ。あの海域で行われた有志の遺族会に連れて行ってもらった時、戦艦大和の乗組員だった曾爺ちゃんが何とも言えない顔で水面を見ながら話してくれたのを思い出す。
破片をわざわざ持ち出す余裕なんてなかったろうから、その後の調査時に回収された物の一部? でもあれはミュージアムに収蔵されてたりで、個人の手に渡るなんて遺品でもない限りないだろうし。
あと考えられるとしたら、当時の怪我の原因だろうか。破片が身体に入ったって話を聞いたことがあるし、その傷痕も見たことがある。
だとするなら、傷の手当ての時に摘出された船体破片をずっと持ってたってこと? そんな物を御守りだなんて言って俺に渡したのか曾爺ちゃんは。御守りと言えるようなブツなのか、むしろ呪物じゃ? とか思わなくもないけど、あの人にとっては自分が乗っていた艦の一部。大切な物だったんだろうな。そんな物を、俺に預けてくれたんだ。
「つまり、建造に本物の大和の一部が混じったから?」
何故か触媒という言葉が脳裏に浮かんだ。そういえば従兄の持っていた漫画に、遺品を使ってそれに縁のある者を呼び出す、みたいな話があったような。あんな感じ? そう思ったら、
「それだけではありません。建造したのが貴方だったから、ですよ」
「え?」
「『私』の一部は御守りとして、貴方と共に在りました。それは艦娘として建造された今も変わりません」
自らの胸に手を当てて、大和が断言する。
元の世界での縁が、こちらでも繋がってくれた、ということか。曾爺ちゃん自身ならともかく、曾孫の俺でそこまでいくのか? まあ、肌身離さず持ってたのは事実だし、子供の頃はことあるごとに握って念じていたのは事実だけど――それも理由か。御守りとして認識してたからこそ、そう在るようになった、とか。御守りという概念が艦娘の大和という形を持って顕現したと。
「世の中は不思議で一杯だなぁ……」
二度と検証できない以上、考えても意味のないことか。大和は今、ここにいるわけで、受け入れるしかない。
気を取り直して、質問を再開する。
「それじゃあ次だ。何故、その姿で?」
「恐らく、ですが。資源の不足ではないかと」
まあ、そうなんだろう。これも今回だけの特殊ケースだろうけど。さて、これはいいことなのか悪いことなのか。
今の大和は確実に本来より弱体化してる。でも、大和と言えば運用コストがバカ高いとも聞く。現状の鎮守府でそれをまかなうのは厳しいから、ある意味助かったかもしれない。性能が落ちた上に燃費は変わらない、なんてことは……ないと信じたい。
「開発担当の妖精さん、いるかな」
声を投げると、何人かの妖精がやって来た。
「今の大和が使える艤装の開発を頼みたいんだけど……資源、まだある?」
問うと、ドンと胸を叩いて応じる妖精達。こちらは任せて大丈夫そうだ。
「じゃあよろしく頼むよ」
「あの、艤装は今の物が十分使えますが」
「反動で吹っ飛ぶのを、十分使えるとは言わない。あれはしばらく使用禁止」
「そんな!」
大和の反論を切って捨てた。なおも何か言おうとする大和を手で制す。
「君はこの鎮守府唯一の戦力だ。確かにあの主砲があれば、大抵の敵は沈められるだろう。でも、あんな反動があると、今の大和自身への悪影響だってあるかもしれない。君が戦えなくなると、俺は死んじゃうよ?」
大和は俺の生命線だ。彼女がいないと俺の生存は厳しいとしか言えない。深海棲艦が出てこないなら何とでもなるけど、さっそく襲撃してきたし、今後もないとは限らない。
「そ、それなら他の艦を建造すれば……」
「今の鎮守府に残された資源や物資を考えると、人数が増えるのは厳しいんだ。特に水と食料がなくてね。君らだって飲まず食わずじゃ駄目なんだろう?」
彼女達にとって飲食が単なる嗜好品でしかないなら我慢してもらうのも手なんだろうけど……餓死こそしないけど能力が落ちる、って分かってて食わせないのは駄目だ。空腹で弱ってたので沈められました、じゃ話にならない。
「とにかく。俺には君しかいないんだ。しばらく不便をかけるけど、頼む」
大和の象徴とも言える艤装を封じるのは心苦しい。でもここはこらえてもらいたい。だから、頭を下げた。
「……分かりました。ですが、使わないといけない時は、使いますよ?」
なんとか大和は受け入れてくれた。こちらとしても、死んでも使うな、なんて言えないし、このあたりが落とし所だろう。
「そこは大和の判断を信じる。そんなわけで、今後ともよろしく頼むよ大和」
「はい。ところで」
「うん?」
「貴方について、教えていただけますか?」
そう言われて気付いた。彼女が建造されてから、まだやっていないことがあった。
「海軍少尉、
名乗ると、噛みしめるように俺の名を呟いた後で、大和が微笑む。
「どうした?」
「いえ、艦を率いるお方に相応しい素敵なお名前だと」
「え、どこが?」
「私達を導くポラリスであり、受け入れてくれるポートでもあるのでしょう?」
ん? えー、北の星を
差し出された手を握り返す。戦艦の手は温かく、柔らかかった。