離島鎮守府再建記   作:フェレッ党

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第20話 艦娘天龍3

 

 翌日。朝。

「1本。提督の勝ちです」

 パシンと軽快な音が響き、審判役の大和が手を挙げて宣言した。

 間合いを取って、ゆっくりと息を吐く。対面には、悔しそうな天龍の姿があった。

 大和が天龍に剣の稽古をつけるようになり。誘われていたこともあって、今回は自分も参加してみた。

 今やってたのは、竹刀で何かしらの有効打を入れたほうが勝ちという斬り合いだから、剣道と言うにはちょっとアレなやり取りだけども、深海棲艦を相手するのに、剣道の型にこだわる必要はないので問題ない。

 艦娘は竹刀程度でダメージを受けることはないし、俺も艦娘の竹刀を受けたところで痛くなかったので、防具なしでやっている。やっぱり俺の頑丈さはおかしなことになったままだ。

 そのうち、刃引きした真剣を使おうかなんて大和が言ってたけど、さすがにその時は防具が要るだろう。生身で試すのは怖すぎる。

 今のところ、天龍とは互角以上に戦えている。天龍の継承記憶には、どうも剣道のあれこれがあまり含まれていないらしい。艤装で刀を使うのにそれって、運が悪いと言うべきか。乗組員の記憶継承は本当にランダムで、元となる人物の記憶を全てを持っていることのほうが稀で、それが同じ名を持つ艦娘の個性に繋がることは珍しくない、らしい。

「あー、もうちょっとだったのによ」

「今のは提督の咄嗟の判断が上を行った形ですね。惜しかったのは間違いないし、ちゃんと上達していますよ」

 がしがしと頭を掻く天龍に、大和が満足げに言った。実際、今のは際どかったと自分でも思っている。

「やっぱ技術が追いついてねぇって感じるな」

「あるのとないのとじゃ大きな差になることは確かだよ」

 身体能力なら『今の俺』より天龍のほうが上だけど、それだけで片がつくわけじゃないのが勝負というもの。とはいえ、このまま鍛練を続けて、艦娘の身体能力に技術までついてくるとなると、近々負ける未来しか見えない。それくらい、天龍は頑張っている。俺ももう少し鍛えるかなぁ。いや、負けて当然なんだから、張り合うのもどうなのか。

「まあな。大和に教わり始めてから、前より動けてるって自覚はあるよ。それを深海棲艦との戦いにどう活かすかは自分で考えなきゃだけどよ」

 腕を組み、眉間に皺を寄せながら目を閉じて天龍が考え込んでいる。

 昨日の秘書艦勤務から、天龍の肩の力が抜けた気がする。ゆとりができたと言うか、素直になったというか。あれから更に話をしてみると、やっぱり無理はしてたようだし。

 それでも第一線で戦い続けたいなんて言えるんだから、天龍は強い。性能とか技量とかじゃなく、芯の部分が。

「技術もそうだけど、知識もだな。戦術関連の本とか、古い兵法の本でも、ふとした時に役立つかもしれないし」

「本かぁ。あんまり得意じゃねぇけど、そういうのも必要かもなぁ」

 その上、今はこうして、強くなることに貪欲だ。きっと天龍はもっと強くなる。だったら、それを後押ししてやるのが俺の役目だ。

「士官学校の頃の教本でいいなら、執務室にあるから貸すぞ。それに、必要な物があれば、本土から取り寄せることもできるだろうし」

「マジか。ありがとな……って、そういや提督」

 目を開き、感謝を伝えてきた天龍が聞いてくる。

「元は経理学校で学んでたって言ってたろ」

「ん、違う違う。士官学校の経理科な。俺達の世界と違って、こっちの世界の今じゃ兵学校とかが統合されてるんだ。やってること自体はそう変わらないと思うけど」

「へぇ。てことは提督の武術って、学校で得たものなのか?」

「海兵科ほどがっつりはやってないからなぁ。どっちかというと、義両親(りょうしん)から仕込まれた比率のほうが高いかな。2人とも軍人だったから」

 義父からは剣を、義母からは体術を。それなのに、戦う術で一番得意だと思ってるのは、学校で修得した銃だってのがまた何とも。

「あー、もっと色々と記憶を受け継げてればなぁ……」

 顕現した時に思い出せるものもあれば、ふとした拍子に甦ることもあるらしいから、それに期待するのもアリだろう。でも、

「それに頼らなくたって、今の天龍は自分で努力してるんだ。それらは決して無駄にはならないよ」

「……っ、お、おぅ……」

 そう言うと、染まった頬を掻きながら天龍が目を逸らした。あれ? 当然だとか胸を張ると思ったのに。

「記憶といえば、大和は結構引きがいい感じだよな?」

「はい。艦長の記憶を始め、軍人のもの以外にも、庸人の記憶も結構ありますし。炊事洗濯散髪なんでも――そういえば提督、髪、伸びてますよね。よろしければ切りましょうか?」

 言われて、自分の髪を摘まんでみる。確かに伸びた。着任してから、1回だけ短剣で切ったきりだったっけ? 

「ご自身で切るよりは、いい具合に仕上げてみせますよ。身だしなみはきちんと、です」

「そうだな、じゃあ頼むよ」

 お願いすると、嬉しそうに大和が頷く。多才でいいなー、と天龍が呟くのが聞こえた。

「戦艦の乗組員となると、軽巡とは人数が違うからな。それだけ受け継げるものも多いか」

「そのぶん、多くの業も背負うかもしれませんけどね」

 大和が苦笑する。ああ、そうか。引き継ぐのはいいものばかりじゃなかった。この辺のさじ加減が難しいところというか、艦娘達自身ではどうしようもない部分でもある。

「それでも、オレも戦艦に生まれてればなぁって思っちまうよ」

 天龍が羨むのは分からないでもない。某映画のように、ソフトをインストールしただけで操縦技術や武術を習得できるようなものだし。

「ん?」

 天龍が首を傾げた。

「提督、さっき変なこと言ったな。俺達の世界とか。何の話だ?」

「え? あぁ、そうか。天龍も知らなかったか」

「提督。その件、所属する艦娘には伝えておいたらどうですか? この間、吹雪さんにも教えたのでしょう?」

 そう提案してきたのは大和だ。吹雪というか、あの場にいた艦娘には教えたことになる。

「何だよ、提督に隠し事があるのか?」

「隠し事というか、プライベートというか。俺の身の上の話だよ」

「……公言しづらい話か?」

「知られて困る話じゃないんだけど、その後が怖いというか」

 主に艦娘達の反応的な意味で。大和は元々知ってたからいいとして、吹雪達の反応を見ていると、爆弾な気がするんだ。ただ、今後もずっと個々に対応するのは面倒だし、ちょっと考えるか。

 

 

 

 ドック船着き場。

「できました!」

 むふー、と満足げに妖精さん達が胸を張っている。彼女らの前には大きいパネルがあって、そこに文字が1つだけ書かれていた。

「よし、それじゃそれを、あそこへ」

 船着き場の出入口、その内側上部の壁を指すと、妖精さん達がパネルをそれぞれ持ち上げて走って行く。転ぶなよー。

 あっという間に作業は終わり、文字の書かれたパネルが取り付けられ、1つの文章になった。配置もズレはなくバッチリだったので、両腕で大きく丸を作ってオーケーを出す。

『生還に勝る戦果なし』

 この言葉を、出撃前に心へ刻んでもらう。死んでも敵を倒せ、なんてことは口が裂けても言わない。うちは、自分を犠牲にして組織に尽くせなんて言うブラック企業とは違うんだ。いや、この場合はブラック鎮守府? そういう所も多分あるんだろうなぁ。

 ともかくうちはホワイトでやっていく。現時点で怪しい部分があるのは否定できないけど、必ず改善して、皆が笑って過ごせる鎮守府を目指す。

「提督、準備できたクマー」

 隣の艤装整備場から、艤装を着けた球磨達がやって来た。今回の出撃メンバーが横一列に並び、敬礼する。

「これより哨戒任務に就くクマ」

「よろしく頼む。いつもどおり無理はせず、何かあったら報告、連絡、相談を」

「了解クマ」

「それから、食堂に掲示板を設置する。戻ってきた頃には使えるようになっているから、確認するように」

 答礼し、指示と連絡を行う。俺の素性の件は、貼り出して回覧することに決めた。今更、皆を集めて『実は俺、皆と同じ世界で生まれた未来人なんですよ』なんて言うのもなぁ。日向達の反応を見てると、何か重たいというか。さらっと流したいんだ。

「では、気をつけて行ってきてくれ。それから、外に出る前にあれを――」

「てぇぇぇぇとくぅぅぅぅっ!」

 絶叫と言ってもいい声が、俺の声を掻き消した。何事かとそちらを見ると、声の主、天龍がこちらに駆けてくるのが確認できた。顔が真っ赤だ。

 船着き場エリアに到着した天龍は急制動をかけ、そのままの格好で地を滑り、ピタリと俺の前で止まった。おぉ、と思わず感嘆の声が漏れる。

「どうした、艤装に何か問題が?」

 今は修理した艤装との合わせをしてたはずだけど。

「明石に聞いた……てめぇ、皆の前でオレをひん剥いたってなっ!」

 あー、と誰かの納得の声が聞こえた。話したのか明石。口止めもしてなかったしなぁ。

「あれは治療行為に必要な手順の一部だった」

 そうでなくても、血に塗れた女性の身体に欲情するような趣味はない。なので、

「気にするな。私は気にしていない」

 と告げる。天龍はしばらく呆けた後、顔を引きつらせた。

「きっ、気にしてないっていうか、気にならねぇってのかよ?」

「思春期の少年ではあるまいし。治療という最優先事項がある中で欲情などしないし、そうならないようにもしている」

「……している?」

「その時の自分の立場を常に意識し、それに沿った視点と思考で行動するということだ。あの時の私は、提督としての立場で、所属する艦娘を治療するために行動した。そこに、劣情が入り込む余地はない」

 いや、口調は崩れて素が出てたから、提督としてじゃなかったかも? 性欲スイッチは切れてたから一緒か。

「そういえば、この間球磨と鉢合わせた時も、スケベな目で見られなかったクマ」

「あの時は、呆れるほうが先だったな」

 風呂に入ろうと歩いてたら、首にタオル掛けただけの球磨が女性用から出てきたんだ。どれだけ無防備なんだと。

「長風呂しすぎてボーッとしてたから、早く涼みたかったんだクマ。でも、提督が平気なら問題ないクマ」

「問題ありだ馬鹿者」

「……そんな割り切れるもんなのか? 欲とかねぇのかよ?」

 球磨とのやり取りを聞いてた天龍が、胡散臭げに聞いてきた。答えは決まっている。

「当然、ある。だから反応しないように普段から身構えている。こんな環境だから尚更だ」

「欲、あったんですね」

 大和の声が聞こえた。見ると艤装調整中だった吹雪達もいる。そりゃ俺だって木石じゃないから、そういうのはあるとも。表に出さないように努めてるだけで。

「でも、ここで大和が脱いで迫っても、提督のラは反応しない、と?」

 ラ、って……いや、知ってて当たり前、なのか? 吹雪や他の駆逐艦達も顔赤くしてるし。日向、何だその楽しそうな顔は?

「提督としての私には性欲はないし、あってはならない。そもそも艦娘提督が君達をそういう対象として見ようとするのは駄目だろう」

 素の俺のままでも、大和が突然全裸になったからって興奮したりはしない。性欲スイッチは公私関係なく切ってるようなものだし。良くも悪くもあの頃の経験がなかったら、球磨の時だってどれだけ慌てていたことか。

「って、まだ終わってねぇぞ!」

「……何か?」

 剥いた件についてならあれで……いや、される側の心情の問題もあるか。あの時は俺が気絶させてしまったせいもあって制止を無視して動いてしまったけど、明石に全て任せればよかったわけだし。

 何を言われるかと待っていると、天龍は赤い顔のままで視線を彷徨わせ、

「きっ、気絶したあとのことも、聞いた……オレのことを、自分のもんだって、言った、って……」

 こちらを見ようとはせず、指先をいじくりながら、呟くように言った。いや、それはお前が自分を兵器、物みたいに言ったから、それに合わせただけであってだな。それがどうしてそういう反応に? 勘違いじゃなければ、お前チョロすぎない?

「はい、そこまでです」

 そんな天龍の片腕を、大和が取った。

「天龍さん、ちょっとお話をしましょうね」

「え? あ、ちょっ、何だよっ!?」

 そしてもう片方を吹雪が取り、戸惑う天龍を引きずって艤装整備場へと消えていく。な、何なんだ一体?

「……提督、とりあえず行ってくるクマー」

「あ、ああ。気をつけてな」

 球磨の言葉で我に返り、出撃を見送る。あ、標語のこと、伝え損ねた。ちゃんと見てくれたかな?

 




            昭和50年○月○日

 桃箭島鎮守府所属艦娘各位

   桃箭島鎮守府艦娘提督について

 見出しの件について、下記のとおり内報する。

・氏名
 北星(きたほし) 皆斗(みなと)
・性別
 男
・生年月日
 昭和27年4月7日(戸籍上)
 平成17年4月7日(西暦2005年)
・所属
 大日本帝国海軍 横須賀本鎮守府隷下 桃箭島鎮守府
・階級及び役職
 海軍少尉 艦娘提督
・来歴
 平成17年4月7日(西暦2005年)、【異界史】日本国に生まれる。
 平成24年12月16日、7歳の頃に、海難事故により海へ転落。
 昭和34年12月16日、こちらの世界の横須賀沖で漂っていたところを海軍により発見・救助される。
 (中略)

 この事実に関しての拡散を禁ず。文書は全員閲覧を確認の後、大和が回収・返還すること。
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