「提督、観測所より入電です。本土方面に船影確認とのこと。入港予定の運送艦と思われます」
大和が執務室に入ってきた。観測所というのは桃箭島の名もない山の頂に擬装して設営された、妖精さん達による見張り場だ。時計を見ると、間もなく入港予定時刻。順調な航海だったようだ。
「では行くか」
席を立ち、軍帽を被り、仮庁舎を出る。
今日は着任して以来、初めての『正式な定期便』が来る日。通常なら、鎮守府の責任者が出向くようなものではないんだけど、最初なので顔を出そうと思った。
いきなり妙なのが来たりはしないと思いたいところではある。でも、今までが今までだけに、油断はできない。
「球磨さんを旗艦とした艦隊を、港沖に展開済です。ゴーヤさんは別働で海中警戒に当たっています」
運送艦にも護衛の艦娘がついている以上、こちらがそこまでやる必要はない。ただ、この警戒は深海棲艦に対するものだけではないのが悲しいところだ。
「海域に異常はないか?」
「現時点では認められません」
「積み荷の受け入れ体制は?」
「食堂組と工廠組が準備を完了し、妖精さん達と共に待機中です」
大和の報告を受け、移動しながら問えば即座に回答が返ってくる。今日のために、色々と段取りを確認してきた結果だ。
港に到着すると、海に出ていない残りの艦娘達が艤装を纏って待っていた。ここで大和も艤装を展開する。運送艦から見れば、物々しく思うだろうなぁ。でも、やめる気はない。これは必要なことなんだから。
しばらく待つと、沖に運送艦の姿が見えてきた。
接舷した運送艦のデリックが、積み荷を港へと降ろし、それらを明石達がチェックし、仕分けをしていく。荷は工廠で作った荷車に乗せ、それを重機で引っ張っていくようにしてあった。そういえばこの島、運搬用の車両がなかったな。トラックを何台か手配すれば、港からの移動効率も上がるか。
あと、壊れてる港のクレーンもどうにかしないとなぁ。今の規模だと特になくても支障はないけど、あれば便利なのは確かだし。
「提督」
明石達の動きを見ながらそんなことを考えていると、天龍の声。天龍の視線を追うと、艤装を纏った1人の艦娘がこちらへやって来るのが見えた。軽巡洋艦の大淀だ。となると、彼女が新人か。
俺達の前まで来ると、大淀は姿勢を正し、敬礼した。
「軽巡洋艦大淀、横須賀本鎮守府より転任してまいりました」
答礼すると、彼女は封筒を取り出し、こちらへ差し出す。受け取り、中身を確認すると、それは辞令だった。内容も、うちへの転任に間違いない。
「当鎮守府を預かる艦娘提督、北星皆斗少尉だ。君の着任を歓迎する」
辞令を封筒に戻し、大淀に返す。何というか新鮮だ。今まで見てきた大淀は艤装を背負っていたことなんてなかったから。
大淀が別の封筒を差し出してきた。それも受け取り、中身を確認する。着任に関する書類一式だ。
大淀の情報も含まれている。建造は最近、練度は1ではない。建造後、基礎訓練だけはした感じか。
「ここまでの航海に、問題は?」
「いえ、何も。海は平穏でした」
「それは何より」
ひとまず置いておき、やるべきことをやろうと意識を切り替える。
「この鎮守府について、どこまで聞いている?」
「最新の出先鎮守府で、一度壊滅しているということくらいです」
「そのとおりだ。詳しいことについては後で
鎮守府の現状は、正確に伝えておかなくては。今のここが、彼女の中にある鎮守府の基準に届いているか分からないし、齟齬があって支障が出てもいけない。
「それにしても……もうここまで復旧されたのですね」
港を見ながら大淀が言った。少し沖で着底している運送艦や、倒壊したクレーンを除けば、港の状態は良好と言っていい。
「設備の復旧は急務だからな。その分、割を食っている箇所もあるが」
「鎮守府としての施設は元に戻っているように見えますが?」
「現時点で、鎮守府として活動できてはいるが、本庁舎の修繕が完了していない」
「え?」
大淀が、不思議そうにこちらを見た。
「もう、建て直していますよね?」
「建て直す? いや――」
言いかけて、彼女が何をもって建て直したと判断したのかを考える。港から眺めても、本庁舎は壊れたままだ。あ。
「あそこに見える、新しい建物のことを言っているのか?」
「はい。違うのですか?」
それで勘違いしたか。まあ、庁舎に見えなくもないけど、実際は違う。
「あれは新築している艦娘用の官舎だ。数日もすればあちらに移ってもらう」
大淀が固まった。視線があちこちに動き、
「で、では、執務はどこで……?」
「倉庫を改装した仮庁舎がある。現時点ではそこで事足りるが、本庁舎の修繕も開始している。近い内にそちらへ移れるようになるだろう」
恐る恐る聞いてきたので、安心させるため現状を伝えた。実際、仮庁舎で十分回っているし、個人的には優先順位が低いんだけど、そろそろ体裁も考える余裕ができたというか、他に急ぎ修繕しなきゃいけないものはなくなってきたってことで。
「生活環境は本鎮守府には及ばないだろうが、なるべく不便を減らせるよう努力する。何か気付いたことがあれば、遠慮なく申し出てほしい」
改善できることはいくらでもあるはずだ。そうだ、直接言いにくいこともあるかもしれないから、目安箱的なものを設置するのはどうだろうか。
「提督、また思考が脱線していませんか?」
「鎮守府のことを考えているのだから、脱線ではないな」
疑わしげな大和の声に、そう答える。何だ、また、って。それより、何で考え事をしてるのが分かったんだ。
「大淀さん。提督はまあ、こういう人ですけど、心配することはありませんよ」
「ああ。オレ達の意見はちゃんと聞いてくれるし、使い潰したり好きに使ったりするような考えは皆無だ。提督に任せときゃ問題ねぇよ。ま、疑問に思うことがあれば遠慮なく聞けばいい。それを嫌がるような男じゃねぇからよ」
「そうみたいですね。一度壊滅した鎮守府の所属とは思えないくらい、ここの艦娘達には陰が見えません。皆が提督を信頼しているのでしょう」
大和と天龍の言葉を聞いて、大淀が微笑む。む、何だかむず痒いな。褒めても料理くらいしか出せないぞ。
「壊滅時に所属していた艦娘は吹雪だけだし、私を含めて誰もその瞬間は目撃していないからな。他の艦娘達にしてみれば、荒れ果てた鎮守府に着任したという認識だろうから、悲壮感は少なかろう」
「説明を聞いた時は驚いたけどよ、オレ達の関わる箇所から優先して復旧してくれたから、つらいとかそういうのはなかったな」
少し懐かしそうに天龍が言う。復旧作業自体は始めていたとはいえ、彼女らを建造した頃はまだ荒れてたからなぁ。
「提督は気にしてくれてたみたいだけどよ。オレ達にしてみりゃあれでも十分だったんだぜ? それなのにこれ以上があるときたもんだ。あんま無理すんなよ?」
「私は私にできることをするだけだ」
まだ足りないと思ってるんだけどな。あ、そうか。天龍達の基準って、あくまで自分が艦だった頃なんだ。深海棲艦という別の脅威に晒されている世の中ではあっても、戦争末期の頃より今の方が豊かなのは間違いない。
うん、やはり生活水準の向上は必須だ。彼女らの認識を、今現在のもので塗り替えてやらなきゃ。そのためには何が必要だろうか。まずは――
「提督?」
「また何か考え込んでやがるな?」
大和と天龍がジト目を向けてくる。皆が幸せになるための思考なんだから、いいじゃないか。
「提督。物資の受領、終わりました。箱の数は過不足ありません」
監督をしていた明石がそう報告してきた。そうか、まずは一安心だけど、
「ご苦労。引き続き、内容物の確認を」
そっちのチェックが終わるまでは安心できない。悪いけどもう一仕事、頼む。
「ところで、作業はどうだった?」
「そうですね、もう少し効率化できると思います。仕分けも運搬も」
まあ、最初だから不手際があるのは仕方ない。そこを改善していけば、うまく回るようになるだろう。
「そのことなのだが。先程、少し考えていたことがある。フォークリフトやトラックの活用だ。ここにはないからな」
「ああ、あれば便利ですね。でも入手できるんですか?」
「申請はしてみるつもりだ」
「何なら、ここで作るという手もありますけど」
それは……できるなら選択肢が増えるけど。
「技術や資材の面で、問題はないのか?」
「これでも工作艦ですから」
お任せください、と明石が胸を張る。実際、重機で使える荷車を仕立て上げてるしなぁ。何とかなるんだろうけどさ。
「苦労をかけてしまうな。そうならないように、何とかしてみるさ」
ないならないなりに考えて何とかしろ、という風潮は割とある。足らぬ足らぬは工夫が足らぬ、だっけ? 俺、あの言葉が好きじゃないんだ。工夫自体は大いに結構。ただ、それだけで何とかしろという圧のようなものがあるというか、丸投げ上等な言葉に聞こえるから。自分の意志で工夫するのはいいけど、それを強いるのは違うだろうと。
とはいえ、大した手間をかけずにやれることがあるならやってしまえばいいわけで……あ、そうだ。
「そういえば、あれはあるのか?」
「あれ、とは?」
「荷物を載せる台だ」
「それなら作りましたけど。提督にも見せたじゃないですか」
「ああ、違う違う。台車じゃなくて、荷物を載せるための台そのものだ」
「んー……どういうものです?」
「木で作った平たい土台みたいなものでな。そこに荷物をいくつか載せて、その台ごとフォークリフトで運んだり、トラックに積み込んだりするのだが」
あれ、何て名前だったっけ? そもそも名前ってあるんだっけ?
「んー、小さめの荷を1つ1つ運ばなくていいっていうのはいいですね。あれ? 艤装を装備して運べば、フォークリフトがなくてもいけそうな?」
艦娘の艤装込みの腕力なら、台に棒を2本差し込んで、2人で担架みたいに運ぶとかでも十分な気がしてきたぞ。よそは人の仕事だからそうもいかないけど、
「艤装を動かす燃料とか、その辺との兼ね合い次第なところもあるだろうな」
「面白そうですね。試しに作ってみましょうか。後で詳細を教えてくださいね」
そう言って、明石は作業に戻っていく。
「提督。先程の台の話ですが。大規模な物資移動の効率に効果が見込めるのでは?」
真顔で大淀が聞いてきた。ここの規模だと大したことにはならないだろうけど、本鎮守府とかは物資の量が半端ないだろうし、いけるか。いや、軍に限った話じゃないのか? 民間の物流とかも楽になったりするかもしれない。
「ここで試してみて、うまくいったら横本に改善案として投げてみるか」
「はい、是非」
大淀の圧が強い。横須賀にいた頃に何かあったんだろうか。まあ、いいけど。ついでにコンテナも提案してみよう。
そういえば、コンテナとかあの台とか、どこ発祥なんだろうか。今の日本にないなら、外国だよな? ……だったらいいか、パクっても。
作業の様子に目をやると、妖精さん達も忙しそうに動いている。こうしてみると、妖精さん達の腕力も結構なものだなぁ。何か特殊な力が働いてるんだろうけど……ん?
桟橋のほうから歩いてくる艦娘がいた。桃箭島所属の艦娘じゃない。
俺の視線に気付いたのか、皆もそちらを見た。鳳翔さん? と大淀が呟くのが聞こえる。そう、あれは軽空母艦娘の鳳翔だ。
「知っているのか?」
「はい。運送艦の護衛として同行していましたから」
「何か聞いているか?」
「いえ、特には」
問うと、そのように大淀が答える。何か問題でもあったんだろうか。
考えている間にも彼女は近づいてきて、俺達の前で立ち止まった。
「航空母艦、鳳翔と申します。大島鎮守府より転任してまいりました」
そして、敬礼する。着任……?
沈黙が流れる。大和と天龍の目が俺に向けられた。聞いてないぞと訴えているのが分かる。
うん、俺も聞いてない。