「他の鎮守府と、間違えていないか?」
しばしの沈黙の後、鳳翔に問う。
「君の転任については何も連絡を受けていない。今日の便でうちに来ることになっていたのは、こちらの大淀だけだ」
「で、ですが、確かに桃箭島鎮守府へ、とうかがっています」
「……ふむ、では、辞令を」
何だか妙だと思いつつ、鳳翔を促す。しかし彼女は困惑したままだ。
「どうした?」
「あ、あの……辞令は受け取っていません」
申し訳なさそうに鳳翔が答える。辞令がない?
首を傾げる大和と天龍。大淀を見ると、考える素振りを見せ、鳳翔に問うた。
「鳳翔さんは、大島鎮守府からの転任だと言いましたよね?」
「ええ、そうです」
「提督。大島と移籍の話はないのですよね?」
移籍は鎮守府に与えられている艦娘に関する権限の1つだ。例えばよその艦娘をうちの、うちの艦娘をよその所属に変えることができる。
「あそこに限らず、近隣の離島鎮守府とはまだ付き合いと呼べるものはない」
通信設備が復旧できた時に、試験も兼ねて無線電信で挨拶文を送っただけで、鎮守府間の交流は宮君と
「……それでは、出向の線もないですね」
あと、よそに艦娘を寄越すとなると、単なる派遣か。でも、こちらに一言もなしというのはあり得ないし、鳳翔がどうして転任だと思っているのかが分からない。何なんだ一体。
「鳳翔。もう一度聞くが、大島の提督は、君に桃箭島への転任を命じたのだな? どういう状況だったか、詳しく聞かせてもらえるか? この話が君に伝わったのはいつだ?」
情報が足りない。まずは当事者から話を聞こう。
「聞いたのは、昨日です」
鳳翔の返事に、大淀の眉根が寄ったのが見えた。
「ふむ、続けて」
「……お前は桃箭島鎮守府へ転任だ。すぐに横須賀本鎮守府へ向かい、桃箭島へ向かう運送艦に同行しろ、と」
曇った顔と力ない声で、鳳翔が答えた。思わず大淀へ顔を向けると、微妙な表情の彼女と目が合う。
「それ以外の、例えば横須賀で別の用務があったりはしなかったのか?」
「いえ、何も」
大島鎮守府は、伊豆諸島の大島にある離島鎮守府だ。つまり、運送艦の航路上にある。大島で合流させればいいものを、一旦本土へ向かわせた意味が分からない。運送艦の護衛をさせるため? 正規の護衛は既にいるんだから急ぎ合流しなきゃいけない理由はない。
「……命令した本人に話を聞くのがよさそうだな」
思わず溜息が出てしまう。鳳翔が申し訳なさそうにするけど、彼女に非があるわけじゃない。ひとまず大島に連絡を、っとぉ。
「大島の提督は誰だったか?」
桃箭島のことで精一杯で、覚えていなかった。鳳翔に尋ねると、何故か彼女は無言。
「鳳翔?」
「あ、あの、存じません」
そして、信じられない回答が。知らない? 自分がいた鎮守府の提督を? 嫌な予感が脳裏に浮かぶ。
「鳳翔……君が顕現したのは……今の自分を認識したのはいつだ?」
「……昨日です」
ぎり、と右手に力がこもった。いや、まだだ。
「顕現後、誰かから現状の説明を受けたか?」
「いいえ……っ!?」
つまり、顕現直後に何の説明もせず、命令だけしてそのまま放置、いや、放逐、と。なるほど、なるほど…………よし、6秒経った。
「大和、日向を呼んでおいてくれ。それから大淀。悪いが、君の着任の申告は後で聞く」
「えっ? それは、先程……」
怯えた顔を見せる鳳翔の横を抜けながらそう言うと、大淀が戸惑う。すまない、そういうことにしておいてくれ、ってことだ。
さて、どうしてくれようか。
通信室にいるのは、さっき港にいた俺達5人。それに呼び出した日向と明石だ。
大島鎮守府へ、艦娘提督との通信会談を打診したところ、すぐに応じるとのことだった。開始時間を決め、こちらの準備を済ませてその時を待つ。
『
約束の時間から少しだけ早く、通信機から中年の男性声が聞こえた。大島鎮守府の艦娘提督だ。大淀曰く、恰幅のいい外見らしい。あと、頭部が寂しいとか。その情報、要る?
鳳翔を見て通信機を指すと、頷いた。この声の主で間違いないらしい。
「桃箭島鎮守府の艦娘提督、北星少尉です。お忙しいところを応じていただき、ありがとうございます」
同じ艦娘提督でも、あちらの方が階級は上だ。まずは相応の態度で臨む。
『で、何の用だ?」
偉そうな態度が声から分かる。いや、実際、階級上は俺より偉いんだけど。
「先程、そちらの鎮守府から、軽空母艦娘の鳳翔がこちらに来たのですが」
『着いたか。立ち上げ間もない鎮守府には戦力が必要だろう。有効活用するといい』
言葉だけなら何の問題もないが……鼻につく言い方だ。まあ、これで鳳翔についてあちらが認知していることは確認できた。
「そのことで質問が。鳳翔からは、大島から桃箭島への転任だと聞いたのですが、間違いないでしょうか」
『それがどうした?』
「なぜ、辞令が交付されていないのですか?」
辞令? と不思議そうな声が返ってきた。本当に分かっていないらしい。
「鎮守府間の艦娘の異動は、両提督による本鎮守府への申請が必要です。私は何も聞いていませんし、本鎮守府からの通達も受けていませんが」
権限と言っても無断でできるわけじゃなく、今回の場合、うちと大島による移籍申請書を横本に提出し、承認されて初めて移籍が可能になる。海軍区が違う場合はそれぞれの本鎮守府の承認を得なければならない。それなのに、その事務処理が始まってすらいないのだ。
「鳳翔は辞令を持っていませんでした。つまり、横須賀本鎮守府の承認のないまま、勝手にあなたは鳳翔をこちらへ送ったことになる」
ぐ、と呻く声がわずかに聞こえた。
「それに、顕現後の義務である、協定に基づく説明も一切されていないようですが?」
返事はない。だから、続ける。
「しかも彼女が顕現したのは昨日で、その場ですぐにこちらへ転任するよう指示したとか。建造直後の艦娘を受け入れる前に放逐した、と受け取らざるをえませんが、今回の件はどういう意図があるのでしょうか?」
返事はない。ただ、呻き声だけが聞こえる。さて、どう言い訳をしてくれるだろうか。
待つことしばし。
『黙れっ! 新人少尉ごときが口答えするでないわっ!』
怒声が返ってきた。へぇ……
「正規の手順を踏まずに艦娘を移籍させようとした理由を聞いているのです。私は何も間違ったことは言っていませんが」
『黙れと言っている! 弱小鎮守府にはそんな旧型の役立たずでも過ぎた艦娘だ! それを恵んでやったというのに礼の1つも言えんのかっ!』
……今、何て、言った?
「何故正規の手順を踏まなかったのか、と聞いています。それほど難しい質問をしているでしょうか?」
腹の奥底が煮えたぎってくるのを感じながら、努めて冷静に、言葉を紡ぐ。背後がドタバタし始めたのはひとまず無視だ。
「事前の協議がされなかったこともどうかと思いますが、鳳翔をこちらへ寄こすなら受け入れます。ただ、申請はしなくてはいけません。今は派遣ということにしておきますので、移籍申請書を送っていただきますようお願いします」
『知るかっ! 建造でもドロップでも好きに処理しておけ!』
「好きに? 彼女は、大島鎮守府所属の艦娘でしょう?」
『うちに鳳翔などという艦娘は存在せん! そのような記録はない!』
「……つまり、自所属でもない艦娘に命令して、よその鎮守府に送り込んだと? どんな権限があって?」
『とにかくワシは何も知らん! そちらのいいようにしろ! 二度とかけてくるな!』
ボロを出しまくった通信が切れた。あえてこちらから何度か呼びかけるも、当然応答はない。ゆっくりと、大きく息を吐く。
「……日向、今の通話を聞いていたな?」
「崎森島鎮守府所属、航空戦艦日向。確かに聞いた」
振り返り、部屋にいた日向に問いかけると、吐き捨てるように答えた。
「大淀。君はどうだ?」
「『横須賀本鎮守府所属』、軽巡洋艦大淀。同じく聞きました」
苦々しい表情を改めて、大淀も答える。
「以上、記録終わり」
その言葉に従い、明石が録音機を止めた。よし、これで証拠はできた。
「もういいぞ」
軽巡の口を塞いで拘束していた大和に声をかけると、
「何なんだあの野郎はっ!? 何様のつもりだっ!」
怒りを隠そうともせず天龍が吼えた。憤怒で顔が真っ赤だ。目の前にあいつがいたら、殴りかかってたかもしれない。
「提督。結局、どうしてこういうことになっているのでしょう?」
「顕現上限のせいだろう」
大和の問いに答えると、首を傾げられた。ああ、説明したことなかったっけ。
「1人の艦娘提督が、顕現させた上で指揮下に置ける艦娘の数には上限があるのだ。上限に達すると、建造はできてもそれ以上は顕現ができなくなる。ドロップ艦の顕現についても同様にな。故に、望まぬ艦娘が建造されたから捨てた、ということだろう」
「そんな理由でオレ達を処分する奴がいるってのかよ……?」
「枠が埋まると、それ以上の艦娘が建造では手に入らない。ならば保有数を減らせばいい、という考えらしいな。過去には捨て艦といって、沈むことを前提に戦場へ出し続けて処分する奴もいたそうだ」
艦隊の強化のために必要な艦があるというのは理解できる。でも、だからって、顕現した艦娘を捨てて次を求めるのは違うだろう。移籍だって、そんな蛮行を防ぐための制度のはずなんだ。自分の所では持て余しても、よそでは必要とされるかもしれないのに。まあ、乱発はできないようになっているけど。
さて、と鳳翔を見る。俯き、両手を強く握り締めていた。鵜克ちゅ――あの野郎のせいですっかり落ち込んでいる。状況も分からないまま振り回されて、挙げ句に旧型の役立たず扱いをされた。こんなことが許されてたまるものか。
だから、動く。あの野郎にケジメをつけさせるのは絶対として、それより前にしなきゃいけないことがある。
「大淀。鳳翔は鎮守府で建造された艦娘ではあるが、大島鎮守府の愚行により、所属がないまま宙に浮いている状態だ。これは、海上で顕現した艦娘と邂逅した場合と同じ状況であると考えるが、どうだ?」
「仰るとおりかと」
「ならば、それに準じる形で手続きをするとしよう」
席を立ち、鳳翔の前まで進んで止まる。今にも泣きそうな顔がこちらへと向いた。
「桃箭島鎮守府を預かる艦娘提督、北星皆斗少尉だ。まず、君には聞いてもらいたいことがある」
何はともあれ、現状を知ってもらうことからだ。今の世界の状況から艦娘という存在、戦うべき敵、そういったものを説明していく。
「鳳翔。君は、どうしたい?」
そして、彼女に、問う。
「うちの一員となって働くか。横須賀の本鎮守府預かりとなって、今後を模索する。この世界の帝国から離れて、独自に生きていくか。他にもあるかもしれないが、君の意思を尊重する。お勧めはここで働くことだな。数例としか比較できていないが、ここの環境は、艦娘にとってはかなりいいらしいぞ」
クスリと何人かが笑うのが聞こえた。そんな反応に戸惑いつつも、鳳翔の顔は曇ったままだ。
「ですが……ご迷惑では? 皆さんも聞いたとおり、私が旧型だというのは事実です。いずれ私は足を引っ張ることになるでしょう。私より高性能な艦はいくらでもいるでしょうし」
あの中佐、厄介な呪いを刻んでくれたな。ただ、鳳翔は勘違いしている。
「君より強い艦、強い空母は確かにいるのだろう。しかし、君には深海棲艦と戦える力がある」
それだけで、艦娘という存在には意味があるのだ。
「人間の技術による兵器は、現時点では深海棲艦に有効打を与えられない。しかし君には、艦娘には、それができる。それの何が役立たずなものか」
深海棲艦に手も足も出ない俺達に代わって戦ってくれている艦娘達。駆逐艦や海防艦よりも戦闘力が低い艦種ですら、相手の艦種次第ではあっても奴らを倒すことはできる。たとえ艦娘としての戦力が低くても、俺達は0で艦娘は1以上。これは大きな違いだ。そんな存在を、どうして旧型という理由だけで悪く言えるのか。
「まあ、戦えなくても構わないが。艦娘だからと、戦闘でしか役に立てないわけではない」
実際、人手が足りない。艦娘の数も十分とは言えない。本来人間の軍人がやらなくてはいけないことを艦娘達や妖精さん達に任せている部分もある。銃後の守り、というわけではないけど、後方支援としてできることはいくらでもある。直接戦場に出なくても、空母なら艦載機を飛ばしてもらえるだけでも偵察や警戒に十分貢献できると思うし。
ああ、そういえば鳳翔は料理が得意な者が多いんだったっけ。鎮守府内で店をやっている者もいると聞いたことがあるな。間宮と伊良湖の手伝いもありか。
楽しみが増えるかも、と思ったら、鳳翔が変だった。何故か顔色が悪い。身体を抱くようにして身構えている。あれ? そうなる要素、あった?
「わ、私に、何をさせるつもりなのですかっ?」
「何を、と言われると、現時点での優先順位は、まずは戦闘。次に、艦載機による偵察や哨戒。手が空けば食堂を手伝ってもらえるとありがたい」
戦力であろうとなかろうと。ここに来たのならこれも縁。いや、縁があればこそ、なのかもしれない。だったら受け入れ、共にやっていきたい。その他のことは、その時になってから考えればいい。
「いずれにせよ、私に君を手放す気は欠片もない。観念してうちの所属になってほしいというのが本音だが、先程も言ったように君の意思を尊重しよう。軽空母鳳翔、改めて聞こう。君は、どうしたい?」
返事はない。今度は顔を赤くして固まってしまった……あ、さっきのは言い方が悪かったかもしれない。つい本音が。
「ここで、できることを、できる限り、やりたいです」
訂正しようかと思ったところで、鳳翔が再起動した。まあいいか。後にしょう。
「よろしい。では君は今日から、うちの艦娘だ。これからよろしく頼む」
さて、軽とはいえ、空母が来た。資源の計画を見直さなきゃなぁ。