『あの、ていとく。かんむすがにゅうこうしたのですが』
港の妖精さんからそんな連絡があった。予定外の来訪者、というやつだ。
「どこの誰が、どんな要件で?」
『くちくかんのあけぼのとなのりました。ほんじつづけでここにちゃくにんしたのだといっています』
記憶を探る。確かに、その名の駆逐艦娘はいる。かなりクセがあった気もするけど。
「船でか?」
『たんかんでこうこうしてきています』
単艦? ある程度の航路の安全は確保できてるとはいえ、駆逐艦が?
「ここへ案内してくれ」
『りょうかいしました』
受話器を置いて、ゆっくりと息を吐く。厄介事の予感がする。
「駆逐艦の曙が『着任』したらしい」
そう言うと、大和と日向が首を傾げた。日向もとなると、宮君の手回し、というわけでもなさそうだ。そもそも今のうちは、よそからの艦娘の受け入れを求めてはいないし。
「鳳翔の時と同じで、事前連絡はなし。しかも単艦で来たようだな」
「またですか。鳳翔さんの時より酷いのでは?」
大和が眉をひそめる。ちょっと考えれば無謀だって分かるしなぁ。本土の沿岸沿いに航行するのとは危険度が違うし。
一体どういうことなのか。まずは会ってみてからだ。
「特型駆逐艦、曙よ。って、こっち見んな! このクソ提督!」
部屋に入ってくるなり、曙はこちらを睨みつけてそう言った。おっとぉ……いきなりか。本当に口が悪い。
罵られる原因があるなら、それは改めなくてはならないところではある。でも、俺と彼女は初対面で、いきなりそう呼ばれる覚えはない。故に、
「待て」
軍刀を抜きかけた大和を制止する。
曙は秘書艦の行動に気づいて目を見開いていた。いきなり斬りかかられそうになっていたと知れば当然か。
ただ、大和は鯉口を切る前にこちらを見ていた。つまりは止めることを見越してのポーズだ。止めなかったらそのまま斬ってたかもしれないけど。
チン、と鯉口が鳴り、半ばまで抜かれていた刀身が鞘に納まった。
さて、まずは彼女が「こうする理由」を知るところから始めるか。
「初めまして、クソガキ」
某アニメの特務機関司令のポーズで、告げる。な、と曙が固まった。
「どうした? 初対面の上位者をクソ呼ばわりするガキに相応しい言葉を返しただけだが?」
非礼に非礼を返しただけ。固まる必要なんてないだろう?
固まった表情が、次第に歪んでいく。何だろう、怒りというよりは嫌悪の感情か? まあいい。
「改めて、初めまして駆逐艦曙。当鎮守府を預かる艦娘提督、北星皆斗少尉だ。まずは、私をクソ呼ばわりする理由、客観的な根拠を示してもらおうか。君がそう呼ぶことがあるのは情報としては知っているが、私に心当たりはない」
そう言うと、曙がこちらを睨みつける。
「はっ、戦果を得るために、随分と駆逐艦を浪費してるらしいじゃない。それがクソでなくて何なのよ?」
憎々しげな声。なるほど。なるほど?
浪費という言葉の意味を考える。捨て艦戦術とかいう胸糞悪い所業のことだろうか。単純に無駄遣いと訳してみても、これ程うちの鎮守府に相応しくない言葉ってある? しかも艦娘を?
「別の鎮守府と勘違いしていないか?」
「はぁ?」
「うちには、艦を使い捨てにする資源的余裕はない」
ないわけじゃないけど、そんなことに使う資源は1つたりとも存在しない。
大和に視線を送ると頷き、書類を手に曙に近づく。ビビりながらも曙はそれを受け取った。
「私が着任する前から、着任して最近に至るまでの、桃箭島鎮守府に関する公式な調査報告書の写しだ」
あれこれ言うよりこれが一番手っ取り早いので、ここに来た艦娘に現状を教えるための資料として活用している。
「必要なら建造報告書の写しと建造資源出納簿も用意するが?」
「そっ、そんなのどうとでもできるでしょっ! この報告書だってそうよっ!」
「とは言え、それを作ったのは私ではなく、横須賀からここに来た調査官なのだが」
「ふんっ、だったらそいつもろくでなしの――!」
「大和っ!」
ギンッ、と金属がぶつかる音が部屋に響いた。日向が抜刀し、曙に振り下ろしたそれを、大和が展開した中口径砲を手にして受け止めた音だ。
「北星提督への暴言については、本人が咎めない以上、私が口を挟むことではないのだろう」
日向の刀が大和の20cm砲に食い込んでいく。ただの刀じゃない。艦娘が深海棲艦を斬るために使う斬艦刀だ。もし大和が軍刀で受け止めていたら、今頃曙は左右に分かれていただろう。
「だが……我が君へ向けたとなれば話は別だ」
その場にへたり込んだ曙に、射殺すような視線を日向が向けている。
「どけ、大和。お前は私達と同じだ。ならば理解できるだろう」
「理解はします。でも、私の提督は、それを望んでいませんっ」
曙から目を離さぬまま、大和へ語りかける日向。今の大和は戦艦としての本来の力を発揮できない。このままじゃ日向に力で押し切られるか。
「やめないかっ!」
場を納めるために一喝した。
「日向! 出向中の君の指揮権は私に預けられている! 刀を引け!」
しかし日向は変わらない。更に力を込めたのか、大和の艤装が少し下がった。このままじゃ、大和もろとも曙を斬りかねない。
「誰がそう命じたのか思い出せっ! 君の提督の顔に泥を塗るかっ!」
俺に指揮権を預けたのは宮君だ。その命令に背くのか、という意味だ。
そこで力が緩んだ。日向が刀を引く。大和は警戒の体勢を崩さない。刀を鞘に納めて壁際まで日向が退がったのを確認し、ようやく大和は緊張を解いた。
ひとまず何とかなってホッとする。気づかれないように、ゆっくりと溜息をついた。
「な、なに……よ……」
怯えた声で曙が日向と大和を見る。日向の目は冷たいまま。大和のそれは訝しげだ。
「何でそんなに提督の……人間側に立てるのよ……?」
何で? 疑問に思うようなことかそれ?
「おかしな問いだな。君だって――」
待て。人間側? 艦娘が提督に、人間側につくのがおかしいと? どうしたらそんな考えに至る? 今、曙が言った『提督』は、俺のことか?
「曙。前任地の提督のことをどう思っている?」
答えはない。が、表情が物語っていた。少なくとも、まともな関係ではなさそうだ。でも、あえて続ける。
「私がどういう者なのか、教えてくれたのは前の提督か? それとも鎮守府の他の人間か? それを鵜呑みにしてぶつけてきたのだから、少なくともその人間は君にとって信頼できる者なのだろう?」
え、と何故か曙の表情が戸惑いに変わった。
「曙。先程も言ったが、君の言ったことは事実無根だ。その報告書にも書いてあるとおり、私が着任した時にはここは壊滅していたし、横須賀本鎮守府との連絡も途絶していた。その報告書も総司令に直接渡され、そこで情報が止まっている。つまり、海軍でここの状態を正しく知っているのは、横須賀の総司令と、調査に関わった者だ。それにしても調査までの情報で、それ以降のここの活動を、よその鎮守府の者が知っているのはおかしい」
横須賀へ活動報告自体は送っているから、問い合わせをすれば開示される情報はある。ただ、それをする理由がないし、曙が言ったような情報はどこにも存在し得ない。
「まあ、それよりも気になっていることがある。曙。君が今日、桃箭島にやって来ることはどこからも聞いていない」
「え……?」
「駆逐艦の配属を要請した事実もなければ、どこかから異動の打診を受けた事実もない。恐らくだが、前任地で辞令の交付もされていないだろう? つまり君の着任は海軍が把握している正式な異動ではない」
言葉はない。自分が置かれた状況が分からなくなり、混乱している様子だ。
「ひとまず、詳しい話を聞かせてもらおう。どうやら君のいた鎮守府は、普通ではないようだ」
机の上の受話器を取り、内線を繋ぐ。
『はい、大淀です』
「大淀。悪いが鳳翔を呼び出してくれ。先程来訪した駆逐艦への事情聴取を行う。大淀はこちらに。状況を説明するので、聴取の際には同席を」
『了解しました』
直接俺が聞いてもいいけど、人間不信が酷そうだ。俺じゃないほうがいいだろう。
鳳翔を選んだのは、曙と同じような状況でここに来たからだ。後は彼女と大淀に任せよう。ああ、そうだ。
「日向」
「何だ?」
「君は工廠へ。大和の砲を修理に出しておけ。事情は説明するように」
先日開発したばかりの2号砲を傷つけたんだ。それくらいはしてもらおう。
聴取によると、曙は前提督には冷遇されていたようだ。出撃任務に就いたことはなく、たまに遠征任務に出る程度。演習をしたことがない、というのはさすがにどうなんだと思った。自主的な訓練については何も言われなかったらしい。
提督と直接言葉を交わしたのも建造直後のみで、それからは事務的な会話すらなかったそうだ。
理由については恐らく態度の悪さによるものだろう。最初の時点でやらかしてしまったようであるし。自業自得、と言えなくもないけど、それにしたってほぼ放置状態というのは大人げない。部下を躾けるのも上官の役目だろうに。
躾と称した暴力はなかったようなので、そこはまず安心したけど、会話ではない、一方的なネチネチとした嫌味は何度も浴びせられていたそうだ。それも艦の頃のことも含めて。頭おかしいんじゃないのか。
あと、微妙に待遇が悪かったとも。食事量が他の者より少なかったりとか。本当に大人げない。
あくまで曙の主観なので、鵜呑みにはできないけど、事実の羅列だけだとその提督はろくでなしだ。俺の評判についてもそいつから聞いたと。うん、敵だな。
で、提督がそんな態度なわけだから、他の人間達とも壁があったようだ。あからさまじゃないけど、関わらんとこみたいな空気はあった模様。
一部艦娘にもそういう空気があったらしいというのが笑えないところだ。仲のいい娘もいたというのが救いだな。
で、今回。追放とも受け取れる異動命令(異動じゃない)、と。
「提督、ひいては軍への不信感が強いですね」
「今までの曙もその傾向はあったらしいが、強めな感じか」
鳳翔の報告に、そうだろうなぁという感想しか出てこない。
「傾向、ですか?」
「艦娘が現れてもう何十年も経つ。艦としての記憶はともかく、それ以外に引き継ぐ乗組員の記憶にはばらつきがあり、その影響で同じ艦でも性格が違うことがあるわけだが、各艦娘についての共通認識的なものはできあがっているのだ。あの艦はこういう性格、みたいにな」
曙の性格については、軍への不信感を募らせた乗組員達の影響が大きいのかもしれない。何せ、いくつかの海戦でいわれなき責任追及を受けたみたいだし。
「鳳翔さんの時のように、あちらの鎮守府に問い合わせますか?」
大和の問いに、考える。追及案件には違いない。ただ、それ以上に虐待案件だろう。だったら横本に報告して任せたほうがいいというか、俺の手に余る。
「そうだな……あちらでの扱いを、より詳しく聴取してから考えよう」
報告するにしても材料が必要だ。まずはその収集を第一としよう。
聴取の結果、問い合わせは見送ることにした。今、大島の時のように接触すると、いいことにならない気がしたからだ。最悪、手違いだ何だと誤魔化されて曙を回収されるなんてことになりかねない。そうなると彼女の今後が心配だ。
だから、うちはいつもどおり。今日、うちに来た艦娘はいなかった。そういうことにしてある。
大島の件は大淀経由で速報はしてるけど、そっちと合わせて今回の件も鎮守府として正式に横本に報告する。
というわけで、報告書を作成していたところ、机上の電話機が音を立てた。
「私だ」
『ていとく。ふねが1せき、せっきんちゅうです』
受話器を取ると、港の妖精さんからの報告だった。艦? 今度は何だ?
そしてドアのノックする音。入ってきたのは大淀だ。タイミング的に、同じ用件だろうか。
「提督。現在、桃箭島に接近する艦があるのですが、通信がありまして」
大淀の顔には困惑が浮かんでいる。
「脱走艦の曙を引き渡せ、とのことです」
……脱走艦? 曙が?