定期便がやって来た。
そして、八丈島鎮守府からの艦娘達もやって来た。駆逐艦と海防艦の総員14名。これだけが一度に来ると、なかなか壮観だ。
転任者達が整列し、その中の1人、朧が前に出た。
「駆逐艦朧以下14名、八丈島鎮守府より転任してまいりました」
一斉に敬礼して朧が申告し、それに答礼する。ここまでは、まあいいんだけど。気になるのは皆の表情だ。一様に暗い。それに疲れている様子の娘が多い? 何があった?
「大淀、明石へ連絡。転任者及び艤装の総点検だ。朧以下14名はドックへ直行。詳しい話は後でゆっくり聞く」
辞令を受け取り、内容を確認してから大淀と朧達に指示を出すと、転任者達が意外そうな顔をした。いや、一部、緊張感が増したか? 今ので何で?
「あの……誰も問題のある者はいませんが」
「そんな顔をしておいて、こちらが納得すると思ったか? 無理をする必要はない」
「いえ、本当に、大丈夫です……」
遠慮というより、従いたくないって感じか? どうなってるんだこれ?
「皆さん。事前に当鎮守府のことを誰かから聞いていますか?」
そんな問いを大和が投げた。なるほど、ないことないこと吹き込まれてきたクチか。曙の時と同じだな? それは表情も曇るだろう。あの少佐、とことんやってくれる。
「その点は後で聴取するとして、だ。噂話で気が滅入ることはあっても、顔に出るほどの疲労とは関係ないだろう?」
「それは……航海に不慣れなせいです」
朧が少し躊躇った後で口を開いた。
「半数以上が建造されたばかりで……しかも訓練を全く受けておらず……その上で、今回の着任に合わせて護衛任務に組み込まれました」
「それは、今回の鎮守府間の航海が初めての海ということか?」
頷く朧を見て、なんとか溜息をこらえる。海に出られることと、きちんと航行できること、そして海で戦えることは別問題だ。それを何もかも初めてでやらされたっていうのか? いくら何でも無茶が過ぎる。
「ならば尚更、君達には休息が必要だろう。まずはドックで点検だ。その後、入浴に移行して待機。当鎮守府の説明はその後とする」
そこまで言って、ふと不安が湧いてきた。
「朧、新造艦への初期説明は、八丈島で済ませているのか?」
「えーと……」
問うと、困ったように皆を見る朧。視線を受けた者達は互いに顔を見合わせて、
「説明って、何ですか?」
睦月が申し訳なさそうに聞き返してきた。そこからかぁ……嫌な予想が当たってしまった。もう、うちで新規建造した艦娘同然じゃないか。
「ならばそれはこちらで引き受けよう。説明が不要な者はどれだけだ?」
知っているけど、あえて問うと、綾波型と丁型海防艦が挙手をした。うん、把握していたとおりだ。
「では綾波型3名は、入浴後に提督執務室まで来るように」
びくり、と朧達の身体が震えた。他の皆にも緊張が走ったのが分かる。何を吹き込まれたか見当がつく反応だ。
「大和、大淀。その際は必ず同席を頼む」
「「はい」」
続けて声をかけると、両脇に控えていた2人がクスクスと笑う。いや、本当に、もう、何というかね。落ち着いたら、と言うべきだったか。いや、あまり変わらないかも。ぱっと見、漣だけ警戒度が変わらないようだ。
まあ、誤解は追々解いていこう。
「八丈島で何があった?」
しばらくして朧達がやって来たので、単刀直入に聞く。ソファを勧めたのに座ろうとしない。ここまでの間に相談でもしたんだろうか。また警戒度が上がってる気がする。
「横本の承認が降りた正式な異動ではあるが、うちとしては納得がいかない」
座らせるのは諦めて、話を進めることにした。
「要請したわけでもないのに駆逐艦と海防艦だけを14人も寄越された。しかも半分以上が建造したばかりだという。こんな人事を考案するような奴が横本にいると思うと嘆かわしい限りだ」
3人が視線を交わし合う。口は動かないが困惑はしているようだ。聞いていた話と違う、ということなのかもしれない。
「もう一度問う。八丈島で何があった?」
やはり返事はない。口外してはならないと命令でも出ているんだろうか? そう答えることすらできないと?
こうなったら、次の手だ。
大淀に目配せをすると、頷いて動き、ドアを開けて外に呼びかけた。曙が部屋に入ってくる。3人の向こうから曙がこちらを見たので、頷いた。
「久しぶり」
と声をかける曙。振り返った朧達が固まるのが分かった。
「……趣味の悪い真似、やめてくれねーですかね?」
少しして、ようやく反応らしいものを漣が見せた。再度こちらへ向き直り、睨みつけてくる。
「八丈島の曙は脱走したことにされて行方不明なんですよ。それが離島の鎮守府にいるわけねーです」
脱走したことにされた、ね。事実、そのとおりなわけだけど、あっちの艦娘の認識でもそうなってるのか。
そんな漣を見て、曙が大きく溜息をついた。
「だから言ってるじゃない、久しぶり、って。今のあたしはドロップ艦として桃箭島鎮守府に登録されたけど、あんた達が知ってる曙で間違ってないわ。別れてからそんなに経ってないはずなんだけど、もう忘れたの? 結構薄情だったのね」
腕を組み、ちょっと拗ねたように言う曙。そんな彼女の態度を見て、明らかに朧達は動揺し始めた。
「え、あの、曙ちゃん、生きて……?」
「本当に!? で、でも……」
「いや、漣達を籠絡するために替え玉として仕込んだのやもしれませんぞ?」
しかしまだ信じられないようだ。そんな反応に、また曙が溜息をついた。
「あのねぇ……記憶のない別人を仕立てたってすぐバレるでしょうが。あのクソじゃあるまいし、あたしの提督がそんな杜撰な策を立てるわけないでしょ」
クスリと大和と大淀が笑った。あれ、笑うところ、あった?
「疑うなら、当人じゃなきゃ知り得ないことでも言ってあげましょうか? あっちを出る時に朧が買い溜めしてたお菓子を譲ってくれたとか、潮がしばらくグスグス泣いてたとか、その日漣が穿いてた下着はイチ――!?」
3人の強襲を受けた曙が、あっさりと床に沈んだ。
「とまあ、こんな感じよ。お陰で今、あたしはこうしていられるわ」
朧達が落ち着くのを待って、曙から経緯の説明をしてもらった。本人だと信じてもらえたようで何より。
「それにしても……ぼの、随分と変わりましたな?」
ソファに座った漣が、向かいの曙に言った。
「はぁ? どこがよ?」
「いや、普通に提督の隣にベッタリなところとか」
朧達は3人で、こちらは4人で座って向き合っている。曙は俺の左隣に座ってるけど、別にピッタリというわけではない。それなのに慌てて距離を取った曙が、その隣の大和にぶつかった。大和に謝る曙を見ながらニヤァと漣が笑う。
「すっかり攻略されてしまったのですなぁ。あの、刺々しかったぼのは一体どこに……」
手で口元を隠して、漣が悲しげな声を放つけど、その目は随分と楽しそうだ。
「ベッタリはともかく、距離は近いかなぁ?」
「アイツと比べると雲泥だね」
潮と朧も優しい視線を曙に向けている。
「ちょっと朧! あのクソと比べるなんて失礼でしょ!」
「「「ほほー」」」
「って、いや、違くて……っ!」
混乱する曙と、ほっこりする朧達。楽しそうで大変結構だけど、まずは片付けておきたいことがある。
「旧交を温めるのは後にしてもらうとして。八丈島で何があったか教えてもらえるか?」
本題はそれだ。今回、どうしてこうなったのかを把握しておきたい。
「アイツが戻ってきた時は、それはもう酷い顔でした。曙ちゃんが一緒じゃなかったことのほうがアタシ達には重要で、何でそうなったのかは全く分からなかったけど……」
少し間を置き、朧が口を開いた。
「次の日になってアイツは急に建造を始めて。次から次へと建造して、すぐに上限まで届きました」
あの野郎の行動と反応から察するに、曙を建造しようとしたんだろうか。
「そうしたらアイツ、建造したばかりの艦娘を、他の艦娘に直接沈めさせようとして……」
は……? それって処分してまた建造しようとしたってことか? そこまでやるのかあの野郎!?
「そこでようやく所属の軍人達が止めようとしたんですけど、アイツは抵抗して何人かを短剣で負傷させ、最後は自分の左胸を刺して、そのまま」
苦々しい顔で朧が重たい息を吐く。漣と潮の表情も同じだ。
ふと、左腕に重みが生じた。隣にいた曙の右手がこちらの袖を掴んでいる。
「八丈島での曙の待遇については聞いている。そんなことをやらかした口利少佐が、曙を失ったことでショックを受け、そしてまた建造しようとした。どうにも言動が噛み合わないな」
同意を示すように朧と潮が小さく頷く。ただ、漣が遠慮がちに小さく手を挙げた。
「元々、ぼのに執着してたんだお」
それはまあ分かるけど。それだと曙を冷遇する理由が分からない。
続きを目線で促すと、漣は嫌悪に満ちた表情を浮かべた。
「あのヤロウの部屋、壁一面にぼのの写真が貼り付けてありましたぞ。隠れて撮ったと思われるものまで。調査員もドン引きでしたわ」
「何よそれ……」
袖を掴む手が震え始めた。曙の横顔は蒼白だ。これ、いわゆるストーカー的行為ってやつだよな? そりゃあ怖くもなるだろう。
優しく手を握ってやると、泣き出しそうな顔がこちらを見上げた。
「君を脅かす存在は、もういなくなった。だから、大丈夫だ」
死んだ以上、曙に直接手を出すことなんてできないんだ。だったら気にするだけ無駄というもの。
「しかし、調査隊か。どの程度、進んでいるのだ?」
「もう終わってます。曙ちゃんの件で、横本の監査官が向かっていた時に起きた事なので、そのまま事件も引き継ぐ形で調査が進んだんです」
潮の説明で、とある女傑の顔が思い浮かぶ。ほぼ同時に、あ、と大淀が声を出した。そして、すぐ戻りますと断って部屋を出ていくと、親展になっている俺宛の封筒を持って戻ってきた。
「本日届いた小笠原少将からのものです。もしかしたら」
受け取って中の書類を流し見る。1つはこの間の監査結果。これは後回し。次が……むしろこっちが本題だな。なるほど……いや、これは……
「よし、この件はもういいだろう」
書類を伏せてテーブルに置き、そう結論づける。え、と皆が意外そうな顔を向けた。
「何で? 今回の件について何か来てたんじゃないの?」
「それだけではないが、含まれてはいる。その上で、終わりだと言っている」
調査報告の写しも入っていたから、皆が聞きたいことは書いてある。ただ、曙達には聞かせる気が起きない。
「これを聞かせて君の顔が歪むのは見たくない。それに、曙に執着していたあいつにとって、記憶の片隅にすら残されないほうが苦痛だろうからな。あいつのことを綺麗さっぱり忘れ、思い出してもやらないことこそが、最大の意趣返しだ」
「……提督が、そう言うなら、まあ……」
髪をいじりながら曙が顔を逸らした。納得いってないかも? でもまあ諦めてくれ。
「うわー……天然? それとも狙ってます?」
「天然で、本心ですね」
「提督ですから」
そして漣が大和、大淀とボソボソやっている。何だよ、間違ったこと言ってないだろ? まあいいや。
「さて、ひとまずは4人で積もる話でもするといい。部屋割りは……曙、3人と同室に移るか?」
他人として過ごすなら物理的な距離もあったほうがいいけど、こうして再会できたなら問題ないだろう。
「いいの?」
「ああ。部屋割りについてはある程度考えていたが、現時点ならまだ融通がきく。案内してやるといい。ただ、君の素性について古巣の他の者達にはバレないようにだけ気をつけてくれ」
「うん、ありがとう! それじゃみんな、行くわよ!」
勢いよく立ち上がり、曙が部屋を出て行く。それに続く3人はこちらへ振り返り、深く頭を下げてから後を追った。
ドアが閉まったのを確認し、一度深呼吸する。すると大和が距離を縮めて座り直した。
「少将からは、何と?」
さっきの曙よりも近い位置で、テーブルの書類に目をやる大和。あの、足や肩が当たってるんですが?
それにしても当たり前に聞いてくるんだな。この2人には立場的に話すと決めてたけどさ。
「1つはこの間の監査結果。次に八丈島の調査報告の写し。それから八丈島からの転任者への配慮を求める私信だ」
「口利少佐のこと、何か分かったんですか?」
右隣から大淀が聞いてくる。こちらもさっきより少し近くなったけど置いておく。
「あの野郎が曙に向けてたのは歪んだ征服欲と情欲だ。どうも、曙の心を折った上で自分のモノにして好き勝手したかったらしい。冷遇もその手段だったようだな」
あの嘘異動もその一環だったわけだ。異動だと嘘をついて脱走したと汚名を着せて、処分しない代わりに、とか考えてたんだろうか。それとも更に追い込むつもりだったのか。さっき曙も言ってたけど、杜撰なことこの上ない。
まあ、艤装無しの海防艦ですら、並の軍人が単独で組み敷けるほど弱くない。抵抗する意志を失わせるのは必須だったんだろうけど。
「ろくでもない未来予想図というか、曙にぶつけたいおぞましい妄想を書きつけたノートとかが出てきたらしい。壁に張られた無数の写真も『砲撃訓練』に熱心だったようで色々と『汚れていた』と」
うわぁ、と心底嫌そうな声が2人の口から漏れた。
「そんなこと、あの子達に聞かせられませんね。良い判断でした。このまま忘れ去ってもらうのが一番かと」
「しかし、あの男の件は、攻撃とは別口だったんですね」
大淀が嘆息し、大和が俺から書類を受け取りながら言った。
こっちを陥れる何らかの行動じゃないか、と疑ったこともあったんだけど、どうも曙の件自体はあの野郎の独断のようだ。ただ、あの野郎のやらかしをこれ幸いとうちに押しつけたのは、『攻撃』の一環だろう。
つまり、ここまでの艦娘大規模異動に関与できる奴ってことだ。そしてそれは、多分磯端大将ではない。そうなると絞られてくる気もするんだけど……心当たりがないんだよね。まあ、そっちは考えても答えは出ない。こっちはこっちにできることをするだけだ。
「さて、この後のことだが……大淀、納品の確認はどうなっている?」
「先程、無線で連絡がありました。過不足なしとのことです。現在検品中ですが、問題がある食材は今回は見つからなかったとのこと」
なるほど、油断はできないけど現時点では大丈夫か。
だったら、先に新規建造を済ませてしまおう。説明も転入者と一緒のほうが二度手間にならなくていいだろうし。