離島鎮守府再建記   作:フェレッ党

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第47話 巡視2

 

 空気が張り詰めた気がした。原因は、両隣にいる大和と大淀が放つプレッシャー。実艦に砲口を向けられているような威圧感だ。特に大和の圧は敵意と言ってもいいくらい。

 対面の横本大和が身構える程のそれを、総司令は涼しい顔で受け止めて、大和達へ興味深そうな視線を向けている。どういう胆力をしているのか。いや、平気だからそのままでいいってわけじゃない。

「落ち着け」

 肩を叩くと2人が我に返った。

「失礼しました」

「良い部下に恵まれたな」

 頭を下げると、2人が続き、総司令が笑う。そしてすぐに真剣な目で俺を真っ直ぐに見つめた。

「今までに把握できている各種工作や妨害に関与できる立場の者が各部にいる。そしてその全員が、財尾(たからお)中将の派閥に属している」

 総司令が口にした名前を頭の中で反芻する……誰?

「横本の者ではありませんよね。何者ですか?」

「海軍省の軍務局局長だ」

 軍務局の長? おそらく面識はない、はず。そんな人が関わってる?

「こちらで調べた限りでも、貴官との接点はない。派閥の者で貴官と直接関わりのある者は1人だけいた。大島鎮守府の鵜克少佐だ」

 あいつかぁ。でも着任後に揉めた奴だから、違うな。ん?

「中佐だったはずでは?」

「軽空母鳳翔の扱いについて『匿名の通報』があったのでな。協定違反で降格処分となった」

 初めて言葉を交わした時には中佐だったのに1階級落ちたか。逆恨みとかされるかもだけど、悪いのはあっちだ。それはいいとして。

「派閥の者本人ではなく、軍内の身内に泣きつかれたパターンでしょうか?」

「そこも洗ってみたが、中将の親族には海軍所属の者はいなくてな。他の者はいるにはいるが、やはり貴官との接点は認められなかった」

 何だろう。一連の仕打ちを考えると、それなりの執念というか嫌らしさを感じるんだけど、そうされる理由に全く思い当たらないのが気持ち悪い。

「となると、軍外の身内ということになりますが、さすがにそれは」

「そこまでいくと、調査のとっかかりがないな。心当たりはないのだろう?」

「ありません」

 海軍に入る前、つまり学生時代は義両親に迷惑をかけないよう品行方正であろうとしてたし、ちょっとした揉め事はあっても、ここまでされるほど恨まれるような事件なんてなかった。そもそもその時点で何かあったなら、軍内に大きな影響力を行使できる存在が、俺を士官学校に合格させるだろうか。

「あの、提督。桃箭島着任前に、何らかの事件があったりは?」

 そう大淀が問いかけてくる。着任前? うーん……

「士官学校の生徒の頃は何もなかったな」

 経理科の同期達とは仲良くやってた。仲が悪い奴もいなかったし、学校側から個人的に陰湿な仕打ちを受けたこともない。

「では、候補生の頃は?」

「海兵科の一部候補生達による嫌味などはあったが、妨害と呼べるようなものはない」

 宮君や正義(まさよし)とも話したけど、あの頃に揉めた連中には、ここまでやれる奴やその身内はいない。

「ですが、桃箭島着任前には何かがないと、ここが未完成のまま壊滅させられたりはしないと思います」

 真面目な顔で大淀が言う。いや、俺への嫌がらせで離島鎮守府を壊滅させようなんて考える時点で常軌を逸してる奴だから、まともな理由ですらない可能性もあるわけで。

「本当に何もありませんか? 揉め事や、恨みを買うような何かです。どんな些細なことでも」

 そう言われても……あ。

「1つある、かもしれない」

 どんな些細なことでもという前提で、軍外でのことなら、だけど。ただ、可能性は低いと思う。

 皆の視線が俺に集まる。続きを、とそれぞれの目が訴えていた。

「練習航海で台湾の高雄市に上陸した時だ。繁華街で女性に絡んでいる男を制圧したことがあった」

 取り押さえた後も、もがいたり喚き散らしたりと往生際の悪い奴だったことが思い出される。

「その者は?」

「憲兵に引き渡した。私も事情聴取を受けたから、記録は残っているはずだ。ただ、そいつは日本語を口にしなかった」

 あの男の年齢を考えると、現地人でも日本語は話せたはずだ。でも、日本語だった俺に対して、あいつは現地語しか使わなかった。ガラも悪かったし、地元のヤクザ者だったんだろうと思う。そんな人間が本土の軍部に影響を及ぼせるとは思えない。

「……助けた女性のほうはどうです? 実は有力者の娘で、言い寄ってきたのを袖にしたとか」

 さらっと大和が人聞きの悪いことを言う。お前、俺を何だと思ってるんだ。

「翌日、夫婦揃って艦まで礼を言いに来たよ。夫には感謝されたし、赤子を背負った妻から菓子折をもらって、皆でいただいた。それによる体調不良者も出なかった」

「限りなく低くても、可能性は潰しておくほうがいいだろうな。そちらも念のために当たってみるとしよう。中将のほうも、もう少し範囲を広げて調べてみる。派閥の者の周辺も個々に当たってみたほうがいいかもしれんな」

 総司令が重たい息を吐いて横本大和に目配せすると、彼女は書類封筒を格納庫から取り出した。

「こちら、現時点で判明している財尾中将派閥に属する海軍将校の一覧です。参考にしてください」

 要注意人物リストというわけだ。ありがたく封筒を受け取る。今後、艦娘達にも周知するとしよう。

「さて、先程の件は元々伝達予定だったものだ。他に貴官個人としての要望はないか?」

 総司令に問われ、もう1つの案件を尋ねることにする。

「確認したいことがあります」

「何だ?」

「今うちにいる大淀の本当の所属は、どうなっていますか?」

「書類上は桃箭島だが、実質は横本のままだ」

 そっちか。ということは、今回の件が解決したら引き上げるってことだ。

「でしたら、この大淀を、正式に桃箭島(うち)にいただきたい」

 要望を伝えると、総司令は目を瞬かせ、困惑の表情を浮かべる。

「……よいのか? 望むなら、新たな大淀を正式に着任させるが」

 間諜だった彼女ではなく、何のしがらみもない者をという気遣いなんだろう。でも、

「この大淀が、よいのです」

 彼女にも言ったけど、今更、最初から関係と経験を築いていくのは非効率だ。

 何を勘違いしたのか横本大和の顔が赤くなっている。大淀は何故か感動してるように見えるし大和は上機嫌だ。なにこの混沌?

「大淀も、それでいいのか?」

「はい」

 大淀ははっきりと意思を示した。ふむ、と顎を撫でて総司令が楽しそうに俺を見る。いえ、何も面白いことはないですよ?

「よかろう。大淀の特別任務を解く。現時刻をもって――」

「お待ちください。決着がつくまでは、大淀の真の肩書きは部外者のままのほうが都合がいいのです」

 即決しようとしたので待ったをかけると、総司令はニヤリと笑った。

「……なるほど、私の指揮下であることが肝か」

 桃箭島にいながら『第三者の目と耳』であること。今後、捜査が進んで『敵』を吊し上げる時、部外者、それも総司令指揮下の者の証言は証拠として大きく働くだろう。

「では、大淀についてはそのようにしよう」

 よし、総司令から言質が取れた。断られなくてよかったよ。

「しかし、これもどちらかと言えば鎮守府のための要望ではないか?」

「人事に関する個人的な要望だと思っていますが」

「むぅ……もう少し欲を出してもよいと思うのだが」

「そう言われましても」

「本当にないのか? 例えば家族にだけは事情を伝えるであるとか」

 家族に現状を伝える? あぁ、そういう心配をしてくれてたんだ。

「よいのですか?」

「貴官の義両親(ふたおや)は軍人だったのだから、知らせたとしても外に漏らしはすまい」

「……いえ、それはやめておいたほうがよいでしょう」

 少し考えて、その提案を拒否する。

「あちらに『敵』の目が向いている可能性もあります。迂闊な接触は控えたほうがよろしいかと」

「その可能性があるなら尚更、知らせて備えさせるべきではないか?」

「各地に噂が散らばっているなら、既に耳に入っていると思います」

 辞めたと言っても海軍軍人との付き合いが絶えているわけじゃないから、海軍内の噂は把握してるはずだ。

「その上で、私からの当たり障りのない手紙を読んで、何事かあったことは察しているでしょう」

「それは、噂を信じてしまうのではないか?」

「その前に裏を――」

 そこまで言って、口が動かなくなった。そうだ、あの人達なら必ず裏をとる。間に合うか?

「総司令。やはり手紙をお願いします。これ以上動かないように釘を刺しておかないと。『敵』に察知されるとまずいです」

 目立つ動きはしないというか、目立たないように動いてると思うけど、念のためだ。

「動くな、とだけの手紙を送ります。今のタイミングでその内容なら、私が噂のことを把握していると気付き、厄介事に巻き込まれていると確信するでしょう」

「……察しが良すぎませんか?」

「だから厄介なのだ。隠し事そのものがバレなかったことなんて、ただの一度もない」

 疑いの目を向けてくる横本大和に、過去のあれこれを思い出す。いや、ホントに、何でなんだろ。

「それは是非とも、コツを聞きたいですね」

 うちの大和が呟き、大淀が頷いた。おい、やめろ、やめてください。隠し事をしたいわけじゃないけど!

「解決までに機会があれば、事実を伝えようと思います」

 その前に解決するのが一番いいんだけど。動かれると怖いし、何よりあの人達にこれ以上の心配を掛けたくないし。全部終わって、過去のこととして話せるのが一番だ。幸いと言うべきか、ここは離島鎮守府で、部外者は立入禁止だから、こっちから出向かない限り機会はない。

「貴官がそう言うのなら、この件はここまでにしておこう。しかし現時点で、あまり貴官に報いることができないな……」

「総司令、飛行艇の件は?」

「おぉ、それがあったな」

 残念そうに顰められた総司令の顔が、大和に言われて緩んだ。あ、目処が立ったんだ。

「二式の一二型と晴空(せいくう)の三三型が回せる。どちらがいい?」

 戦時中の、二式飛行艇とその輸送機タイプだったっけ。さすがに最新鋭機が来るとは思ってなかったけど、30年以上前の機体でも動くなら問題ない。どちらか……2機もいらないし、だったら。

「晴空でお願いします」

 元々、輸送用に欲しかったんだ。だったら輸送機型のほうがいい。これで独自の物資調達ができるし、皆を本土に行きやすくすることもできる。

「一度、川西に里帰りさせる。それが終わり次第、持ち帰ってもらうので準備をしておくように」

「分かりました。横本で受領ということでよろしいか?」

「こちらに持ってくると、何かされないとも限らん。鳴尾で直接受領できるように手配する」

 兵庫県の海軍飛行場だったか。川西航空機の製作所もそこだったっけ。人員は妖精さんから募るとして、いなかったら勧誘組に捜してもらうか。駐機場を正式に建てて、水上機の組み立ても――っと、そうだ。

「そういえば、水偵の要望を出したら瑞雲も来たのは何故ですか?」

 正式にうちのとは確認したけど、理由までは聞けてなかったんだった。

「横本では使われていなかったからな。活用できる所で使ってもらうのが機体にとってもよかろうという判断だ。1機に何かあっても予備に使える。瑞雲といえば、最近、他の離島鎮守府からも要望があったな」

「崎森島ですか?」

「うむ。どうしてそれを?」

「崎森島から出向していた日向が、ここに届いた瑞雲を羨ましそうに見ていたので、戻ったら申請してみたらどうかと勧めました。タイミング的にそれかと」

 そうか。本当に要望を出したんだなぁ。そして宮君はそれを了承したと。これ、お互いに水上機で行き来ができそうだ。

「さて、本題から少し逸れたが、そろそろ建前の巡視へと移ろうか」

 軽い口調で総司令が言い、お茶で口を湿らせる。巡視のほうが建前って言っちゃうんですね。

「端的には聞いているが、色々と面白い施策があるようだな?」

「面白いかどうかは分かりませんが。大淀」

「はい」

 大淀が席を立ち、部屋を出ると、今日のために用意していた書類を持って戻ってきた。

「大きく分けて3つあります。桃箭島での各種施策や提案。桃箭島への妨害の実態取りまとめ。共有を検討すべき新発見情報です」

 大淀が抱えている書類の量を見て、総司令達が固まった。

 

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