「提督」
野営を堪能し、昼前に鎮守府に戻ってきたら、艤装を纏った球磨と木曾に呼び止められた。これから海に出るようだ。
「昨晩北上が帰ってきてから悶えてたんだが、何があったクマ?」
そしてそんなことを言った。北上が悶える? 何があったかというと、あー……
「本人は何て?」
「言わないから、提督に聞いてみるってカマかけたら、やめてって言われたクマ」
「つまり提督は知ってるってことだろう?」
「やめてって言われたのに聞くのか。お前ら鬼か?」
「球磨だクマ」
「木曾だ」
それでいいのかと若干の非難を込めて問うも、2人は揺るがない。
「食ったのか?」
真面目な顔で木曾が拳を突き出してきた。親指が人差し指と中指の間に挟まっている。
「いいや」
「それに準ずることをヤったクマ?」
こちらも真面目な顔をして、球磨が聞いてきた。
「性的な意味での触れ合いはない」
ソロキャンプ中に北上と遭遇して、色々と話したことを伝える。性的な話題やお泊まり未遂については伏せた。悶えたってのは、多分それらへの羞恥によるものだろうから。
「追及してやらないのが優しさじゃないかと思うぞ」
本人から語ってないってことは、そういうことだ。話してた時は平気というか余裕ありげに見えたんだけどね。
「ほーん。まぁ、そっちがいいならよろしく頼むクマ」
「どういう意味で?」
「言わせんなクマー」
それだけ言って球磨と木曾は去って行く。姉妹艦を心配しての確認ってところだろう。いや、心配なのか? 焚きつけてる気もするぞ?
執務室に戻り、仮眠室という名の自室に入る。荷物は後で片付けるとして、まずはひとっ風呂浴びてくるかな。それから袋ラーメンでも――
「提督、お休みのところ、申し訳ありません」
ノックの音と、声が聞こえた。ドアを開けると大淀が立っている。
「聞こう」
仮眠室から執務室に出て、椅子に座る。私服だと締まらないけど仕方ない。
「横本から、人員派遣について連絡がきました」
メモを見ながら大淀が言った。派遣? 着任ではなく?
「正確には指導と視察のようです」
「指導はともかく、視察というか巡視はこの間、総司令が来たばかりなのに? 今度はどこの誰が?」
「それが……工作艦の明石なんです」
つまり横本所属の明石ということだろうか。
「指導というのは具体的には?」
「うちの明石の技術情報のアップデートのためですね。視察は艦娘と妖精の運用についてです。特に工廠周りの」
あー……うちは特殊だからな。視察はともかく、指導教養はありがたい。
「いつになる?」
「明日、本土を発つと」
「それなら到着までに部屋の準備はできるな。分かった。準備を頼む。夕張と朝日も参加させよう」
朝日は改装可能になったら工作艦になってもらおうと思っている。艤装の修理やメンテは人間にもできるけど、うちにはいない。明石と夕張、妖精さんに任せきりだから増強したい。朝日の希望とも合致しているし。
「それから、邂逅艦の報告です」
「誰だ?」
「水上機母艦の秋津洲が」
「それはまた……都合がいいなぁ」
まさに水上機を組み立てようって矢先だ。それに秋津洲は大型水上機の整備もできた艦だ。晴空が来たら大いに役に立つだろう。工廠組に合流させたいな。
「分かった。顕現準備を頼む。意向の確認と、面接も済ませてしまおう」
「あ、提督。少々お待ちを」
指示をすると、大淀が視線やや上へと向け、手を耳にやる。あ、誰かから艦娘無線が来たのか。
「今、別の邂逅艦が報告されました。駆逐艦の秋雲です」
……秋雲、かぁ……宮君や正義とのやり取りが脳裏を走った。いや、大丈夫、のはず。
「提督、どうかなさいましたか?」
「いや、別に。食料は問題ないな?」
「はい。ただ、顕現作業は急がなくても良いと思いますが。溜まっている書類もありませんし、提督の休暇が終わってからでも問題ないと思います」
回収後、即顕現させなきゃいけないわけじゃない。大淀がそう言うなら、そうしようか。
「分かった。顕現は後日に変更だ。それにしても1日で2隻とは珍しいなぁ」
そもそも邂逅艦自体が稀なのに。これ、大丈夫かな。運気のようなものをゴリゴリ消費してたりしない?
「提督が艦娘を引き寄せているのではないですか?」
「そんな適性もあったりするのか」
え、いや、あるんだろうか? 他の妖精さんなら知ってたりしないか?
「あ、あの、提督。冗談ですからっ! そんな深刻な顔をしなくてもっ」
大淀が慌てる。冗談だったらしい。でも、なぁ。
「本当に冗談で済むのか、艦娘適性のことを知ってるからこそ、否定しづらい」
「……ですね」
沈黙が落ちる。大淀の表情も固くなっていた。うん、やめようこの話題。
「そういえば晴空のオーバーホール、どれくらいで終わるんだ?」
強引に話題を変えた。そうですね、と大淀が考え込む。
「大型飛行艇ですからね。放置されていたわけではないにしても、数ヶ月くらいは見ておくのがいいんじゃないでしょうか。川西もそれだけに専念するわけではないでしょうし」
なら、年内中で見ておけばいいか。それまでは補給は運送艦頼みだな。
「急ぎはしないけど、目処は確認しておいてもらえるか?」
「分かりました。こちらからは以上になりますが、何かありますか?」
「いや、特にはない」
「では、失礼します」
一礼して大淀が部屋を出る。さて、休み明けの予定が決まったぞ。どう動く……じゃない、今は休暇だ。考えるのは出勤してからにするとして、まずは風呂だな。
「司令官ー。ネタくださいよぅ」
ひとっ風呂浴びて執務室に戻り、応接机で袋ラーメンを作り、いざ実食、というところで青葉がやって来た。そして、
「あ、それ、この間言ってたやつですか?」
目ざとく俺の昼食を見つけ、近寄ってくる。そういえば夜食でこれを作った時、食堂を出たところで遭遇したんだった。
「そうだな。俺の今日の昼食だ」
「お昼、頼まなかったんですか?」
「この時間に戻るかどうか未定だったからな。夕食は食堂のものをいただくよ」
作ったままの小鍋からみそラーメンをすする。栄養バランスとかそういうのは置いといて、こういう物が無性に食べたくなる時もあるのだ。うん、旨い。
「少し食うか?」
「えー、っと……それじゃ、一口だけ」
物欲しそうな視線を感じたので訊くと、恥ずかしそうに青葉が答え、俺の隣に座った。小鍋と箸を渡すと、
「あ、美味しいですねこれ。手軽に作れるものだと考えれば十分です」
一口食べて、顔を綻ばせる。どうやらお気に召したらしい。
「こいつは鍋を使って調理する必要があるけど、湯を注ぐだけで作れる物もあるぞ」
「そんな物まで? 夜の作業とかで小腹が空いた時にありがたい存在になりそうですね」
「手持ちは多くないけど、いくつか譲ろうか?」
艦娘官舎にも給湯室はあるから、自分で作って食べることはできるだろう。
「ありがとうございます。それじゃ、いくつか売ってください。司令官の私物でしょう? 頻繁に補充できる環境じゃないからこそ、こういうことはきっちりしておかないと」
確かに私物だけど。しっかりしてるなぁ。いや、気を遣ってくれてるのか。
「じゃあ、そうしよう。それで、ネタがないって? 鎮守府新聞のか?」
小鍋を返してもらい、彼女がここへ来た理由を確認する。そうなんですよ、と青葉は困った顔をした。
「しばらくは、新規へのインタビューで繋げられるだろ」
「日刊じゃないから当面は大丈夫ですけど、それが終わった後の話ですよぅ」
まぁ、娯楽の少ない島だしなぁ。ふむ……ずるずる。
「話に聞く青葉とは違うんだよなぁ」
もっと貪欲にスクープを追い求めるってイメージが強いんだ。でもうちの青葉はそうじゃない。
「よその
「よく聞くのはカメラマン、あとゴシップ記者」
「カメラを持って取材とかはしてますね。でも青葉、新聞記者じゃありませんし」
「従軍記者が乗ってた性質が強く出てるんじゃないか」
「あー、それでですか。でも青葉、記者じゃなくて作家の影響のほうが強い感じなんですよね」
なるほど。ん、作家? つまり、小説書きってことか。ずずっ。
「どんな系統の小説を書いていたのか覚えてるか?」
「空想科学とか、探偵ものとか。あと軍国ものですね」
「だったら、何か話を考えて、新聞で連載してみたらどうだ? 公序良俗に反しない限り、ジャンルは問わない」
新聞小説は普通にあるんだ。鎮守府新聞でやってる所があるかは分からないけど、そういうのも一興じゃないだろうか。
「いいんですか?」
「構わない。青葉先生の新作に期待しよう」
「んー……そうですね、やってみましょうか」
皆への娯楽提供という意味でも、青葉が前向きなのはありがたい。ウケるかどうかは別の話だけど。
「あ、そういえば司令官。司令官って、青葉達と同じ世界の人でしたね。そっちの小説とか漫画とか、提督の時代にはどんなのが?」
「数が多すぎて説明が難しいな」
娯楽が溢れてたからなぁ。漫画、小説だけでも結構な量だし、これにアニメやゲーム、テレビに映画が加わるととんでもない。ずるずる。
「それに、話してしまうとネタの先取りになってしまうからな」
「あー、それはちょっとアレですねぇ。じゃあ、今の時代だとどのようなものが?」
「小説だと、時代小説は普通にあるし、推理小説もある。あと仮想戦記なんかもあるな」
「仮想戦記?」
「歴史のイフ、ってやつだ。もしこうなっていたら、歴史はどう動いたかってやつ。異界史というか俺達の歴史のままだと日本は負けるから、遡って前提を変えたり」
元の時代にあった、なんとかの艦隊シリーズみたいなやつ。艦娘と深海棲艦がいない世界の話、というのはこれで結構人気があったりするのだ。ずるずる、ずずー、ごっくん。ふぅ、ごちそうさま。
「空想科学というか、SF、でしたっけ。大和さんが宇宙に行くやつはこの間テレビでやってましたね」
「ああいうのもあるな。巨大ロボットが未知の敵と戦うやつとか、巨大怪獣から地球を救う宇宙人とかも」
マ○ンガーとかゲ○ターはもうあるし。ゴ○ラは生まれなかったけどウル○ラシリーズはある。元の世界と全く同じ内容なのかは俺には分からないんだけど。
「あの、ひょっとして、艦娘ものとかもあったりします?」
「そう言える程のジャンルじゃない、かな。結構デリケートというか」
艦娘が出演している映像作品とかは、確かにある。海軍もののドラマとかだと、海上行動とかに本物が撮影協力したりとか。本人が直接役者として出てるものは、現時点では多分なかったはず。
創作物の中に艦娘が出てくるものはあっても、実在する者を扱う関係で、妙な改変はされていない。
「ただ、一種のアイドル扱いなところはある」
本鎮の那珂には、実際にアイドル・広報活動してる者もいるし。どこそこ鎮守府の誰々、みたいにピンポイントな人気があったりする者達もいる。地域密着型のご当地アイドル的な?
「それ、写真とか売られてたりするんですか」
「売ってるな」
本人の同意を得た上で。そして、売れてる。その代わり、盗撮には厳しく、憲兵さんが頑張っているらしい。
「うーん……まずはこの時代の娯楽の調査からですかね。テレビ、買おうかなぁ」
腕を組んで青葉が難しい顔をしている。どうやら真剣に創作活動を考えているようだ。本とか漫画雑誌とか、積極的に仕入れてあげるべきだろうか。
「あ、そうだ司令官。司令官のこと、色々聞きたかったんですよ」
「俺の?」
「経歴とかはざっくり知ってますけど、ここに来てどう過ごしてきたかとか、細かい部分を知りたいんです。大和さんや吹雪さんにも聞きましたけど、本人の体験とかそういう部分を」
「そんなこと聞いてどうするんだ」
「だって、普通の人ができる体験じゃないでしょう? そういうところからネタが生まれるかもしれませんし。ということで、色々教えてください!」
そう言って青葉が、手にしたペンをマイクのように差し出してきた。