島での生活が1ヶ月を経過した。
そう、1ヶ月。本来来るはずの定期便は来なかった。通り過ぎたとかではなく、来なかった。
それでも何とか生きている。大和や吹雪、そして妖精さん達のお陰だ。特に妖精さん達はよく働いてくれている。感謝しかない。その働きにあまり報いてやれないのが申し訳ないくらい。
現状の桃箭島は、ちょっとは復旧した、と言える、かもしれない。
生活面では、拠点は倉庫のままだけど、残った建築資材を使って改装し、居住性を向上できた。艦娘用とで建物を分けたのは大和に不評だったけど。警護上、物理的に隔てられたくなかったらしい。言いたいことは分かるけど、いつまでも同じ空間というのは、俺の精神的に、ね? 一応、男なので。倉庫間に連絡通路を設けることで妥協してもらった。
それから島の木々を利用して擬装を施している。特に夜、灯りが深海棲艦から見つからないように。鎮守府というより野戦陣地みたいだけど、気にしちゃ駄目だ。
水道は復旧できないまま。問題箇所は分かったものの、今ある資材じゃお手上げらしい。その代わり、濾過装置的なものは作ってもらえたので、それを通したものを煮沸して使ってる。他には雨水を溜めたり、海水の蒸留等で、飲み水は何とかなっている。
実は井戸も見つけた。ただ、妙な臭いはないけど水質不明。中に何を投げ込まれているかも分からないので、飲食用には使ってない。
食料は釣りや漁、潮干狩りで魚介を確保。干物とかも作ってる。あと塩。
それから島内にまさかのイノシシの群れがいたので1頭狩った。まさかここで残ってた銃火器が役立つとは。解体なんてしたことなくて、かなり難儀したけど、貴重な肉と脂を得られたのは有り難かった。大和と吹雪も、ただ焼いただけの肉を喜んでくれた。残った肉は干し肉や塩漬けで保存してる。
運送艦からは使える物資を回収済。無事だった味噌と醤油を見つけた時は思わず叫んでしまった。他にも色々と回収し、食べられる菓子類は大和達と妖精さん達に与えた。甘い物が欲しくないと言えば嘘になるけど、ここは我慢。俺、補給が来るようになったら、間宮の羊羹を手配するんだ……
着る物は当初だけ困った。自分の着替えは着任時に持ち込んだけど、大和の服がなかったからだ。艦娘としての戦装束の替えと、私服がない。非常時ということで、常時の装束の着用は吹雪ともども免除し、俺の私服をいくらか貸し、無理な物(下着)は残っていた布きれで自作してもらった。その後、物資の中からまとまった布を見つけたら、大和が張り切って私服を作った。俺と吹雪の分まで。大和、裁縫も得意だった。材料がもっと豊富にあれば、もっといい服を作れたんだろうな。
鎮守府としては、港のデコボコは、舗装は無理でも平らにはできた。重機の力は偉大だ。使ったことはなかったけど、ここでマスターできた。
工廠とドックは、吹雪が加わったことで、修理用ドックを1つ復旧させた。
本庁舎はひとまず保留で放置。倉庫類は直せるところは妖精さん達に直してもらっている。
島の近海哨戒はしていない。見張りの妖精さん達から深海棲艦発見の報を受けた時だけ出撃するという形だ。これまでに何度か出撃し、無事に撃滅できている。
俺個人のこととしては、身体能力の向上が発覚した。何気に物資の箱を動かしてた時に、吹雪から指摘を受けたのだ。よく持ち上げられますね、と。
言われて、以前の俺じゃ無理な重量だったことに気付いた。何だこれ。
どのくらいの力になってるのかと思って、艤装なしの吹雪と力比べをしたら、拮抗した。艦娘は、艤装なしでも平均的な成人男性の2倍以上の身体能力を持っている。少なくとも、着任以前の俺は普通だった、はず。何だこれ。
そういえば、大和の艤装に轢かれた時。あの時は気のせいかと思ったけど、間に木箱があったからって、あれに轢かれて無傷というのはおかしい気がしてきた。その話をしたら、吹雪に引かれた。解せぬ。
今の俺、どうなってるのやら。考えても仕方ないし、真面目に海軍に相談したらろくなことにならないだろう。これで作業がはかどるなら理由なんていいか、と考える事をやめた。
「よい、っしょっと」
今日も今日とて、生きるための作業中。海で汲んだ海水を運んでいる。これを日にさらして少しずつ蒸発させ、塩を作る。先日雨も降ったから水に余裕はあるし、燃料の薪が心許ないので、蒸溜と並行して作るのはナシだ。ああ、薪も調達しないと。また木を切ってこなきゃ。
天秤棒代わりの木材の両側に水を入れた木桶を吊して歩く。ほとんど日課になっていて、食事も多くないとはいえタンパク質はしっかり摂れているせいか、あばらが浮くようなこともなく、身体が着任直後よりかなり引き締まってきた。ブートキャンプじゃないってのに。
「でも、そろそろ島からの脱出も選択肢に入れないとなぁ」
あと1回だけ、待ってみようかと思う。3回目の定期便が来なければ、もう見切りをつけてもいいだろう。そこまでは何とかなる。
問題は、ここからどこに行くかだ。最寄りの離島鎮守府に行くのが常道だとは思うけど、頼れるのか疑問が残る。今の今まで、どこもここがおかしいって気付いてないっぽいし。
かといって、軍を抜けるのも問題だ。脱走兵だなんて『敵』に格好の口実を与えることになる。実害以外にも、そんな不名誉は義両親に申し訳ない。
どうしたものか、と視線を上げる。島の山の向こうの雲は薄い灰色をしていた。
その雲の手前に、何かが見えたような気がした。鳥だろうかと見ていると、それはこちらに真っ直ぐに向かって――
何か音が聞こえた気がして、木桶を放棄。すぐ近くにあった廃倉庫の陰に飛び込み、そのまま建物の中に隠れる。耳を澄ませていると、次第にエンジン音が近づいてきた。
『皆斗から大和へ! 現在、航空機が北方向から接近中! 至急、身を隠せ!』
艦娘無線で大和に警告すると、了解と返事があった。
隠れたままで、入口から空を見上げる。更に大きくなっていく音は、視界を何かが通り過ぎていくと同時に小さくなっていった。
「下駄付き。それも艦娘の水偵……いや、瑞雲か?」
ほんの一瞬見えた機影から、そう判断する。港へと飛んで行った航空機は、海上で旋回して再度こちらへ向かってくる。
廃倉庫内でそれをやり過ごす。航空機は何度か島の上空を往復し、北の空へと消えていった。
「見つかっただろうか……」
ひとまず海水は後回しにし、急いで拠点へと戻ると、大和と吹雪が緊張した顔で出迎えてくれた。
「艦娘の航空機、恐らく瑞雲だと思うけど、見えた?」
「はい、こちらでも確認できました。間違いないと思います」
俺の問いに吹雪が答えた。自信がなかったけど、彼女がそう言うなら確かだろう。
「ここの状況は確認されたということですね」
「そうだな。あと、一応隠れたけど、姿を見られたかもしれない。艦娘の航空機は、それを発進させた艦娘と視覚共有ができたはずだな?」
「はい。司令官が目視されたかどうかは、どのくらいの距離であちらに気付いたかにもよりますけど」
「視界共有時の航空機の視力なんて想像もできないな。ひとまず、見つかったと仮定して行動しようと思うけど、どう?」
2人は異を唱えない。だったらそれでいこう。
「とはいえ、どういう意図での偵察かによって、こっちの動き方も変わるんだけど」
「ここの状況をどのくらい把握しているのか、ということですよね?」
吹雪の言うとおりだ。あれは、ここの何を確認しに来たのか。音信不通の鎮守府の調査なのか。それとも、俺の生存確認なのか。
「少なくとも、ここで何かが起きていることは認識している連中で間違いないと思う。でなければ偵察を飛ばす理由がないし」
「そうなると、相手の次の動きを待つしかなくなりますね。ひとまず防空壕に避難されては?」
「念のため、そうしようか」
大和の提案に頷く。ここが無差別攻撃されることも想定して、防空壕の整備はしておいたのだ。
「妖精さんの対空見張りを厳に。島の北側にも見張りを置きたいけど、そこからの連絡手段がないからなぁ」
深海棲艦が港のある南からしか攻めてこなかったから、山向こうである北の備えはしていなかった。今から妖精さんを配備して、連絡網までとなると時間がない。
「防空壕に、必要な物は揃えてあったな。今からそっちへ――」
移動しよう、と言い終わる前に、外からエンジン音が聞こえた。さっきの瑞雲と同じ音。もう戻ってきたのか?
身を潜めて様子を窺う。どうやら瑞雲は本庁舎跡の上空を旋回しているようだ。しかも結構低く飛んでいる。
「今は出られませんね」
「撃墜するわけにもいきませんしね」
大和と吹雪が攻撃すれば墜とせるんだろうけど、それはこちらの存在と敵対の意思を知らせることになる。バレているからこその、あのような行動なのかもしれないけど。
「いっそ、姿を見せてみようか?」
「爆装はしていないようですけど、機関砲はあるんですよ!?」
思わず呟いてしまったら、慌てた吹雪に袖を掴まれた。
「誘き出すための行動かもしれません。しばらく様子を見ましょう。いいですね?」
「あ、ああ」
真顔でそんなことを言われた。いや、思っただけで実行はしないから。だから離れようか。顔が近いぞ。
肩を押してやんわりと距離を取り、外を窺う。大和がクスクス笑うのが聞こえた。無視だ無視。
瑞雲の機動は変わらない。しばらく見ていると、別の瑞雲がやってきて、先程までいた瑞雲が去って行く。新しく来た瑞雲が同じように旋回を始めた。何がしたいんだ? あちらもこっちの動きを待ってるんだろうか。
交替しながらの頭上旋回がどれくらい続いただろうか。ようやく別の動きがあった。
新しくやって来た瑞雲が、何かを落としたのだ。そしてそのまま去って行く。投下された物は地面に落ちたけど、それだけだ。爆発したりとかはない。
双眼鏡で、投下物を確認する。軍で使ってる通信筒に似ていた。
「私が行きます。司令官はここで」
吹雪が外に出た。周囲を警戒しながら筒に近づき、中身を抜いて、筒はその場に残して戻ってくる。
丸まった手紙を受け取り、開く。大和と吹雪が肩越しに覗き込んできた。
読んでみると、こちらへの接触予告だった。
桃箭島鎮守府と音信不通状態になっていることを横須賀本鎮守府が把握していること。そのために調査隊が派遣されたこと。明日の10時に入港することが書かれている。
「やっぱり俺が見つかってたのかも」
「しかし、なぜこんな回りくどいことを? 調査で来たのなら、偵察はまだしも、そのまま上陸すればよさそうなものですが」
「こっちが警戒してることを見越してるんだろ。怪しい者じゃないですよ、って示したいんだろうな。正直、今の俺達の状況を考えたら、それすら疑わざるを得ないんだけど」
俺を確実に仕留めるために、姿を見せることを狙ってるのかもしれない、なんて考えてしまう。すっかり疑う事が身に染みてしまったと思いながら、視線を大和から手紙に戻す。
「おぅ……」
そして最後に記されたものを見て、そんな声をあげてしまった。それはこの手紙の差出人の名前だ。
「あ、あの、どうしたんですか?」
吹雪の問いに答えず、口を押さえて笑いをこらえる。そうかそうか。来たのは彼か。いや、本当に彼か? 筆跡は……彼のものっぽい。それに、彼の「しるし」もあった。
「桃箭島鎮守府所属、戦艦大和。同、駆逐艦吹雪」
スイッチを切り替えて、名を呼ぶ。雰囲気が変わったのを察してか、2人が姿勢を正した。
「明日、港で調査隊を出迎える。風呂を許す。できる限り身なりを整え、桃箭島鎮守府の艦娘として、艤装を身に着け同席すること。それから身の回りの片付けもしておくように」
指示を出すと2人が驚いた。完全武装で出迎えることにか。それとも、今まで制限をかけていた入浴を許したからか。
「一体、何が?」
戸惑いつつ、大和が聞いてくる。
「ひとまずの危機は去ったってことだよ。今晩は少し贅沢しようか。酒もちょっとだけ出そうか?」
素に戻って、そんなことを言ってしまった。それくらい、安心してしまったのだから仕方ない、うん。