翌日。俺は久々に軍装を身に着け、港で調査隊の到着を待っていた。
大和達は艤装を展開し、俺の斜め後ろで左右に控えている。大和の艤装は本来の物じゃなく、ここの妖精さん達に開発してもらった中口径砲等だ。もっとも、本来の艤装も格納済なので、いつでも出せるようになっている。
艦娘の『格納庫』は、艤装をしまっておく格納庫、弾薬庫、燃料庫、その他倉庫を総称して言う特殊な空間で、前の世界の創作物によくあったアイテムボックス的なものだ。これが俺にも使えれば便利なんだけど、無線は使えてもこちらは駄目だった。
少し前から、沖合に1隻の艦が姿を見せている。双眼鏡で確認してみたら、周囲に艦娘が立って警戒していた。確認できる限りでは航空戦艦の日向、軽巡洋艦の矢矧、重巡洋艦の那智、駆逐艦の初月の4隻。艦載機が艦の上空と周辺海域に展開してるから、空母もいるようだ。
やがて、艦から装載艇が降ろされ、こちらへと向かってきた。随行は日向だけだ。艦で接舷しないのか。
「吹雪。桟橋への誘導を頼むよ」
「分かりました」
吹雪が海に降り、装載艇へと向かう。俺達は桟橋へ移動だ。
「護衛が1人なのは、こちらに気を遣っているのでしょうか?」
「それはあると思う」
追随する大和の問いに答える。
「まあ、あちらも俺が出迎えてるのは確認してるだろ。彼が護衛自体不要だと思ってても、周りは、はいそうですかとはいかないから、ってところじゃないか?」
「今回来ている
「ああ。士官学校の同期だ」
こっちの世界では、海軍三校と呼ばれていたものが統合されていて、江田島で海軍士官学校となっていた。だから、同期と言っても科は違ったりする。
「同期……新米少尉……実役停年ってこちらの世界ではどうなってるんです?」
「今は戦時なのだよ大和君」
本当なら、その階級で一定期間勤めていないと進級できないんだけど、何事にも例外は定められているわけで。特に艦娘提督の立ち位置は特殊だから。
少しして、吹雪の誘導で装載艇が桟橋に着いた。操船していたのは宮外大尉本人だ。他に人は乗っていないのか。これも気遣いなんだろう。
日向が投げた係留索を大和が受け取り、桟橋に固定すると、大尉が船から降りて俺の前に立った。儚げな雰囲気は以前と変わりない。
「海軍大尉、宮外
「海軍少尉、北星皆斗です」
お決まりの挨拶の後、大尉が軽く腕を広げ、一歩踏み出した。意図を察し、俺も同じ行動をする。
「無事で良かった」
言葉と共に、彼の腕が俺の背に回った。俺の腕も彼の背に回る。要はハグだ。
「ありがとうございます」
知らない人が来てたらどうなっていただろうか。少なくともこちらから接触しようとは思わなかったし、信用できない以上、上陸してきたら誰かを攫って目的を聞き出す、くらいはしたはずだ。今みたいに穏やかな流れにはならなかっただろう。
「皆斗、今は同期として話をしましょう」
「分かり……分かった」
大尉――
「それにしても着任早々、大変な目に遭いましたね」
「大変で済ませるにはちょっと色々とありすぎたよ」
「そのようですね。こんなことになっているとは思っていませんでした」
「音信不通になったから調査に、って話だったけど。どういう経緯でそれを把握したんだ?」
「1ヶ月近く経てば落ち着いただろうと思って連絡を取ろうとしたら不通でして。一時的な機器の不具合かと思っていたのですが、その後も変わらず。さすがにおかしいと思い、横須賀の本鎮守に出向いた時に確認してみたら、桃箭島鎮守府とは何だ? と」
そこまで言って、宮君が溜息1つ。
「これがまた酷い話でして。ここが運用開始されていることを通信部が知らなかった」
「えぇ……そこから?」
そりゃ定時連絡がないことを不審に思うこともできないか。でもそんなのありえる? 鎮守府の立ち上げ計画の段階で絡んでるだろうに。
「ここは敵の拠点だった場所です。場合によっては再占領されて前線基地にされてもおかしくない。早急に事実確認が必要だと訴えて、立候補してきたというわけですよ」
「これ、宮君が問い合わせをしなかったら、発覚が遅れてたかもしれないんだな」
「そうですね。いや、偶然、問い合わせ時に戸成少尉もいたので、そちらから騒ぎになっていたと思いますよ」
「うげ……」
その名を聞いて、思わず声が漏れてしまった。あいつがここの状況を知ってしまったのか。今度会った時に何を言われるか……いや、乗り込んできそうだ。
頭を抱えると、面白そうに俺を見た宮君が、エア手帳に何かをメモ――
「やめろよ!? 会っても今のこと、絶対言うなよっ!?」
「あはは、もちろん」
その『もちろん』は、どっちの意味ですかねぇっ!?
「まあ、積もる話はまた後にして。まずは仕事の話をしましょう」
「そうだな。ひとまず拠点まで案内するよ」
まずはやるべきことをやらねば。
沖の艦は接舷してもらうことにして、拠点へ向かう。道すがら、目に見える被害と復旧具合を伝えていった。
「よくぞ、ここまで整えましたね」
修繕済の道や建造物を見て、宮君は感心していた。
「物資は多少残ってたから。あと、重機が生きてたのは助かった」
「まさか自分で?」
「そりゃ、働けるのは俺と艦娘と妖精さんだけだから。できることはできる奴がやらなきゃ」
なんてえらそうに言ってるけど、ほとんどは妖精さん達の手柄だ。妖精さん達に土木や建築の適性まであったのはもっけの幸いだった。
「建築系はそれでいいとしても、生活環境や食料は?」
「環境は主に俺が。ブッシュクラフトをすることを思えば、道具も物資もあったからかなり恵まれてたよ。食料は釣りをしたり、島にイノシシがいたから仕留めたりで調達した」
「たくましいというか、さすがというか。そういえば、偵察時に干物が作られているのを見つけていましたね?」
思い出したように宮君が日向を振り返る。釣られて俺もそちらを見ると、日向が頷いた。あの瑞雲を飛ばしてたのは彼女か。
「練習航海の時のこと、覚えていますか?」
「あったあった。釣った魚を干物にしたっけ。あの時に持っていた技術が、今回も役に立ったよ」
魚が釣れるといっても、釣果は確実なわけじゃないから、今回釣った魚を長期保存できたのは大きかった。む、考えてみれば、生け簀を作って入れておけば、いつでも新鮮な魚を食えたのでは? 今後の参考にするか。
などと話したり説明したりしているうちに拠点の鎮守府庁舎(仮)に到着した。
中に入り、ここへの辞令をもらってからのことを順を追って説明する。
「それで、今回の件について心当たりはありますか?」
一通りの説明が終わり、大和が淹れてくれたお茶で口を湿らせて、宮君が問うてきた。
「ここまでの実行力を持つ奴には思い当たらない」
「私もです。君と揉めた者の中に、ここまで動かせる者はいないと思います」
つまり、目星がつかないということだ。情報が全く足りていない。
「まあ犯人捜しはどうでもいいけど」
「よくはありません。軍に愚かな蟲を飼う余裕はないのです。速やかに駆除しなくては」
厳しい顔で宮君が俺を見る。駆除とまで言うか。気持ちは分かるけど。
「それは俺の役目じゃないな。俺が優先すべきことは、この鎮守府の正常な運営だから。ただ、黒幕をぶん殴る仕事なら、喜んでやるけど」
軍内での犯罪なら憲兵のお仕事だ。俺があちこち嗅ぎ回るようなことじゃない。そもそも俺に捜査権はないし、もらえたところで着手の余裕が今はない。
肩をすくめて言ってやると、宮君はフッと笑った。
「確かに。調査はともかく、捜査は現時点で私達の仕事ではありませんね。それでは、艦娘提督として、この後のことは?」
「何もかも足りてないから、まずはそこからかな。健康で文化的な最低限度の生活を送れるくらいには、ここを整えたい。そのために必要なものが欲しい」
つまりは金と物だ。現金をもらっても仕方ないので、予算と言うべきか。どうせ酒保も稼働していないここじゃ金を使う場そのものがない。
「ということは、まずは物資と人員の確保かな」
「ただ、人間は入れたくない」
強い口調になった俺の言葉に、宮君は眉をひそめた。
「気持ちは分かりますが……現実的ではないのでは?」
何をするにしても労働力は必要になる。だから宮君がそう言うのも分かる。ただ、この鎮守府では、それがなくても何とかなる当てがあるのだ。
「物資さえあれば妖精さんが何とかできるのは証明済みだから。少なくとも、けりがつくまでは人間はいらない」
そこは譲れない。俺を始末するように命令された奴が送り込まれでもしたらたまったもんじゃない。
「確かに、妖精を労働力として現在ここまでのことができていますね。しかしそれを継続するとなると……それならいっそ……ふむ……」
宮君が何やら考え始めた。ということは、きっと上手い手を思いつくだろう。
「まあ、なんとかできそうです」
1分もしないうちに、素案が纏まったようだ。さすが海兵科主席は頼りになるなぁ。
「ただ、調査への協力とは別に、君にも一仕事してもらいます」
「というと?」
「君にはもう実績があります。でしたら鎮守府改革案としてそれを具申すればいいのです」
「改革案、ねぇ。有効ならよそがもうやってそうなもんだけどなぁ」
「妖精に頼む、ということ自体が稀でしょう。声を聞けない者がほとんどで、進んで会話をしようとする者は少ないのが現状でしょうから」
そういや妖精さん達を見ることができる人が稀で、その中でも声を聞ける人はもっと少ないんだった。こっちの言葉は伝わっても、妖精さんの回答や訴えを正しく解釈できるかが重要になる。ぶっちゃけると意思疎通が面倒なのだ。艦娘に通訳を頼むのも手ではあるけど、妖精さんに用がある時にいつも連れて歩くのも何だしなぁ。
スマホやタブレットみたいな端末があれば、妖精さんに操作してもらって――ん、タッチパネルは無理でも、やりようがある気がしてきたぞ。
「妖精さんとの円滑なコミュニケーション……そのためのツール……妖精さん自体の組織化、指揮系統の確立……あれ?」
ツールはともかく、それっぽいことはもうやってる、というかできてるな。これが他の鎮守府で全ての提督ができるようになるなら。
「うん、ちょっとまとめてみる。妖精さんの活用……いや、協力による鎮守府の運営改革案」
「期待していますよ」
宮君が楽しそうに笑った。彼の期待というのはなかなかの圧だけど、色々とお世話になったし、応えてみせましょうかね。
「さて、それじゃ今後の流れを教えてもらえるか?」
「そうだね。あぁ、ただその前に。先程の説明で、軽く流していたけど」
宮君の視線が、大和に向いた。
「艦名を聞いても?」
大和は応えず、こちらを見た。大和の件は、色々とややこしいことになりそうだから伏せたままにしておきたかったんだけど……調査の過程で聴取もあるだろうから遅かれ早かれか。存在しない未知の艦をでっちあげるわけにもいかないし。
一度深呼吸し、俺はその名を告げた。
「大和型戦艦1番艦、大和だ」
「……いやいや……真面目な質問ですよ?」
宮君と日向の視線が大和に釘付けになった。少しして、ようやく宮君が俺に視線を戻す。そんなこと言われても、事実なんだよなぁ。
ここの広さなら、大丈夫か。
「大和。艤装を展開」
「了解」
大和が少し下がり、周囲を確認した後で、本来の艤装を展開した。今の身体に不釣り合いな巨大な艤装が装着される。3基の46cm三連装砲の存在感がすごい。
「……先程の説明だけでは、彼女が建造できた理由が分かりません。大型艦建造には色々と足りないし、今の姿だって」
眉間を揉みながら宮君が嘆息した。
「君、何か隠していますね?」
「うん」
「言えませんか?」
「言えないというか、確証がないのと、検証と再現が不可能だから意味がないんだよ」
「確証がないのはいいとして、検証と再現が不可能というのは、何故言い切れるのですか?」
「建造の際に加えた要素が入手不可能なのと、俺自身がその要素の1つみたいだから、他の誰かじゃ前提条件を満たせない」
「……君が養子であることに関係が?」
その言葉に今度は俺が驚いた。知ってたのか。いや、そりゃ宮君の周囲の人間がどんな奴なのか、調べ上げてるか。そうだな、宮君にだけは話しておこうか。この件で確認しておきたいこともあるし。
「吹雪、悪いけど一旦外に」
「は、はい」
「日向」
「御心のままに」
吹雪は戸惑いながら、日向は迷うことなく外に出た。護衛の身でありながらその対象から離れるのをよしとするなんて日向はよく納得したな。宮君の言葉は絶対なのか、それとも俺は無害だと信じてもらえたのか。
「他言するかは宮君を信じる。というか軍の中でどう扱われてるのかを俺も知らないんだ」
「その信に応えると誓いましょう」
さて、それじゃちょっとした昔話といきますか。