「まず最初に。俺はこの世界の人間じゃない」
第一声で宮君が固まったが気にせず続ける。
「俺は【異界史】と呼ばれているもう1つの歴史からの漂流者なんだ。もっと言うなら、俺は1945年の終戦から60年以上後の未来から――」
「ちょ、ちょっと待って、待って……」
珍しく口調が崩れた宮君が頭を抱えている。大丈夫? お茶飲む?
「情報量が多すぎではないですか……?」
「一息いれようか?」
「いえ……続けてください」
大和にお茶のおかわりをお願いして、再開することにした。本題の建造に関わる部分だけにしておこう。
「俺の曾爺ちゃんは【異界史】の戦艦大和の乗組員でな。退艦時の怪我で、大和の破片を食らってた。それを俺が御守りとして譲り受け、正体を知らないまま肌身離さず持ってたわけだ。今回の建造の際に、妖精さんからそれを求められてな。混ぜて建造したら、この大和が来てくれた」
「【異界史】の戦艦大和の一部……入手不可能というのはそういうことですか」
「ああ。で、大和が言うには、俺と戦艦大和の間に縁が結ばれていたからこそ、今の大和があるらしい。赤の他人が使ってたとしても、建造には至らなかっただろう、と。少なくとも大和はそう確信してる」
「あの破片は、北星皆斗の御守りでしたから」
俺の言葉を大和が継ぐ。大和が嘘を言ってるとは思わないけど、根拠も薄いし証拠もないのが実際のところだ。これで大和以外の艦の一部を大事に持ってた奴がこっちの世界にやって来て、提督適性を発揮して、同じように建造してその艦が顕現すれば、信憑性は高まるけど。
「その理屈だと、こちらの世界で沈んでる艦の一部を使用しても、その艦の艦娘が建造できるとは限らない、と」
「解体処分した軍艦を使って建造した例は探せばあるんじゃないか? その結果を確認してみればいいと思う。まあ、量が量だろうから、偶然建造できたケースもありそうだけど」
「そうですね、それは確認してみる必要があるでしょう。もし何らかの因果が認められるのでしたら、轟沈艦の引き上げ計画が立ち上がるかもしれません。それこそ破片だけでも」
目当ての艦が沈んだ海域の安全を確保しながらとなると、かなりのおおごとになりそうだ。今の海軍と技術でどこまでやれるものだろうか。
大和がおかわりのお茶を持って来た。ゆっくりとそれを啜り、宮君がほぅと息を吐く。
「大和の建造については分かりましたが、建造報告書はどうするのですか?」
「緊急事態の中だったから、投入した資源量が正確には分からないし、【異界史】の遺物を加えたなんて正直に報告しないほうがいいとは思ってる」
資源量は妖精さん達に確認したら分かるかもしれないから、今度確認しておこう。
「大型艦建造に必要な量を使えてないのは確かだから、その点は書く予定だけど、原因は不明、かな。建造ドックも妖精さん達が復旧してくれていなかったらまともに動かせなかった状態だったのは事実だから、ドックの不具合で誤魔化すつもり」
大型艦狙いで絶対に出ないレシピを回し続けるなんて資源の浪費でしかない。不具合のあった建造ドックに適当に突っ込んだ資源で、本当に偶然建造できた。それも不完全な状態で。そういうことだ。
そもそも艦娘建造ドック自体、人類の技術ではどうにもできず、妖精さんの力を借りないと整備できない不思議施設なのだ。それで押し通す。検証しようにも既に建造ドックは万全の状態に整備済みだから、再現は不可能ということで。
「そのほうがいいのでしょうね。この件は、君が思うように報告を。今聞いたことは、私で留めておきます」
「ありがとう」
よし、大和の件はこれで終了、と。あ、いや……あのことも話しておこうか。
「大和のことでもう1つ。彼女が艤装を展開している場合に限り、俺と艦娘間での無線通話ができるようになってる」
宮君がお茶を飲みかけて咽せた。タイミングが悪かったか。ごめん。
「……君は何を言っているのですか……?」
「うん、何を言ってるのか分からんと思うけど、俺もよく分からん。それから」
「まだあるのですかっ!?」
珍しく大きな声が宮君の口から出た。ほんと、ごめんな。
「この島に来てから、力が強くなった。具体的には、うちの吹雪と力勝負ができるくらい」
「艦娘並みの膂力を発揮できると? それも原因は……大和ですか?」
「分からん。まあ、その可能性が高くはある」
「理由が説明できればよいのですが、あいにく大和自身のあずかり知らぬことでして……」
申し訳なさそうに大和が頭を下げた。大和が意図的に何かをしたというわけでもなく、彼女の知識の中にも該当するものがない以上仕方ない。
「……私は何も聞きませんでした。いいですね?」
「アッハイ」
妙な圧を感じたので、そう答えることしかできなかった。まあ、ここだけの話だ。宮君ならこの情報が広まった場合、どんな厄介事が起こるか理解してるだろう。
「それで、君自身のことは、どこまで話せるのですか?」
「ふむ……俺が養子だってこと以外、どこまで調べてる?」
「身元不明で、当時海軍少佐だった君の義父が保護し、そのまま引き取ったと。【異界史】絡みであることは今知りました」
「そこまでか。さっきも言ったけど、どこまで話していいのか俺にも判断はつかない。ただ、引き取られた後に本当のことを義両親に打ち明けたら、【異界史】のことを色々と聞かれたよ。そのあたりは上にも報告されてると思うんだけど」
義両親には何も言われてない。でもこれは義両親にもしばらく隠していたことから、無闇に他言しないと信じてくれてたからだろう。俺の素性、本当にどこまで知られてるんだろ?
「まあ、宮君ならいいか。こっちはプライベートだから、また夜にでも続きを話すよ」
「そうですね。楽しみにしておきます」
吹雪と日向に戻ってもらい、話を戻す。
「では、今後のことを話しましょう。まず、横須賀本鎮守府に連絡をとります。少尉の生存を確認。鎮守府は壊滅している。まずはその事実のみを第一報として報告しましょう。実際、今の段階で調査そのものは始まっていませんから」
生存を確認、ってのが微妙な言い回しだ。これだけだと、生きて「は」いるように聞こえる。きっと悪いほうに想像を膨らませるだろう。
「ただ、鎮守府としてはギリギリ機能していることと、これ以上の増員は調査の妨げになることも伝えておきます。今、余計な人間が来ると、何が起きるか分かりませんし、君が頑張っていたのは事実で、その功績は認められるべきですから」
俺が生きてる、ってだけでちょっかいをかけてくるかもしれないから、それを封じるためだな。俺の功績とかは、まあどうでもいいけど。
「あと、ここの運営というか役割は、私が少しの間引き継ぎます。現状、君に任せたままでも問題ありませんが、そういうことにしておけば、余計な手出しもないでしょう」
「……ここぞとばかりに寄ってくる奴はいるかもしれないぞ? お手伝いしますとか言って」
「あはは。それは、私の判断が信用できないという意思表示と受け取るしかありませんね?」
宮君が口の端を歪めた。目が笑ってないから怖い。そんな馬鹿が出ないことを祈るばかり――いや、あぶり出されたほうが後々のためかもしれん。
「まあ、私に群がる蟲は私自身で払いますからご心配なく。それより続けます。実際に後で確認して回りますが、ここは庁舎すら未完成で、鎮守府としての機能が備わっていなかった。更に深海棲艦の襲撃で壊滅。そんな中に君は着任し、悲惨な生活を……悲惨?」
倉庫内を見渡して、宮君が首を傾げた。建築資材と残った物資、島で調達した自然物等を利用して、悲惨、と言うには無理があるくらいには、居住環境は整っている。
「ま、まあ……大変な生活を送りながらも、機能不全の鎮守府で深海棲艦と戦ってきた。ここを本来あるべき状態にするために、物資と戦力を送る必要がある。報告書の流れとしてはこんなところでしょう。補給は一切来なかったのですよね?」
「ああ、2回とも来なかった」
「本来得られるはずだった物は当然として、今回の件の補償はさせるべきだと考えます。明らかに本鎮守府の不祥事です」
「補償は別に。決まった物が決まったとおりに届くならそれでいいよ」
そういう規程があるならもらうけど、特別にどうこうというのは避けたい。変なイチャモンつけられそうだし。
「君ならそう言うと思いましたけど……ですが、救援物資は受け取ってもらいますよ」
「救援物資?」
なにそれ? 調査隊なのに?
「ここの状態が最悪であると想定して、それでも君なら必ず生きているから、それを前提に動くべきだ。そう戸成少尉から進言がありまして。必要であろう物を今回持って来ています。とはいえ、時間を優先したのでそれ程多くはありませんし、まさか生存者が君だけとは思わなかったので、不要になる物も混ざっているかもしれませんが、本鎮守府の承認をもらった正式なものです」
それは……助かる。あいつに借りができたなぁ。
「それでも今のこの鎮守府を維持するには十分でしょう。次の補給までは保ちます。それに加えて、うちの鎮守府からも、後日物資を送ります。正規の手順で手配は進めていますから」
「いや、そっちはそっちで運営があるんだから――」
「ええ、だから、無理のない範囲で、です」
にこやかに、しかし有無を言わさぬ迫力の宮君だ。でもまあ、手助けはありがたいし、いずれ何らかの形で返すとしよう。
「搬入する物資のことは後にするとして、その後の復旧のことですが」
笑みを消して真面目な表情で宮君がこちらを見た。
「人を入れたくないなら、通常の業務に加え、復旧の指揮も全て君が執らなくてはいけません。何から何まで、全てです。可能ですか?」
「さっきも言ったけど、施設の復旧は妖精さんがいれば何とかなる。それ自体は妖精さんの御墨付きだ」
やってみなくちゃ分からない、じゃ話にならないので、その辺は妖精さん達と話を詰めているのだ。その上で何とかなると結論づけた。後は必要な物資が届けば問題ない。そのための要望リストは作成済だ。
「とにかく環境を整備して、艦娘達がまともに住める環境にしないと」
これが最優先。今もそこそこではあるけど、あくまで応急処置だ。これから先、率いる艦娘も増えるだろう。その時のためにも、今まで頑張ってくれている大和達のためにも、ここはしっかり整えないと。
「提督はもっとご自分のことも考えてください」
「今でも結構な優遇をしてもらっていますから」
復興計画の優先順位を思い出していると、大和と吹雪が強めの口調でそう言った。
「矢面に立つ2人を優先するのは当然のことだろう? それが俺の生存率を上げることにも繋がるんだから。何も特別なことじゃない」
なぁ、と宮君を見ると、頷きつつも何故か苦笑する。あれ、なにもおかしくないだろ?
「そんなわけで、今しばらく2人には苦労をかけるかもしれないけど、よろしく頼む」
「はいっ。お任せください!」
「この身が朽ち果てるまで、お側に」
吹雪は張り切ったように答え、大和は重々しく告げて頭を下げた。ほほぅ、と日向が大和を感心したように見る。
「君の護符は頼もしいね」
「本当にそう思うよ」
吹雪も回復後から頑張ってくれている。大和はそれ以上で、だからこそ少し心配になることもある。本人にとっては当然なのかもしれないけど、本当なら、彼女には彼女の、艦娘大和としての人格があったんじゃないか、と。そこに俺の御守りとしての要素が加わってしまった。俺のせいで、彼女の本来の在り方を歪めてしまったんじゃないだろうか?
「復旧のほうはいいとして、戦力のほうはどうしますか?」
「こっちは本来のやり方で増強するよ。ただ、一通り揃うまでの護りがあるとありがたい」
「それは私がしばらく受け持ちます。それ以外に配属希望の戦力がありますか?」
「んー……ああ、欲しい艦はある」
もし、望んだ艦を送ってもらえるなら、是非欲しい艦が。
「明石。あと、間宮か伊良湖。できれば間宮で」
明石は必須だ。工廠の管理を任せたいし、装備の開発や改修等もしてもらいたい。妖精さん達に彼女が加われば心強い。
間宮と伊良湖の理由? そんなの決まってる!
「あははははははっ!」
突然、宮君が声をあげて笑い始めた。あれ、どうして笑うかな? 別におかしなこと言ってないだろ?
「日向。例の物を」
ひとしきり笑った後、宮君が笑いをこらえている日向に指示を出す。彼女はどこからともなく風呂敷包みを取り出した。やっぱり艦娘の格納庫って便利だよなぁ。
縦半分に割った丸太を並べて作ったテーブルに置かれた風呂敷が解かれ、出てきた物は――間宮羊羹だった。しかも5棹も。俺の、大好物。それこそ、ここに来て何度夢に見たことかっ。
「これはね、戸成少尉からの差し入れだよ。絶対、甘味に飢えてるから、って」
また少し笑いながら、宮君が言った。いや、そりゃ、そのとおりだけども。ここで手に入った菓子類は大和達や妖精さん達に優先して渡したし。こんな何もない所だから、せめて甘い物くらいは、と。
救援物資の件に加えて借りが1つ増えた。今度会ったら何か埋め合わせをしないと。
でも、それよりせっかくの頂き物だ。やることは決まってる。
「大和、吹雪。これを大和達と妖精さん達で――」
「そこまで」
俺の言葉を宮君が遮った。
「伝言が1つ。1棹は必ず君だけで食べるように、と。それ故の、その数だそうですよ」
そこまで読まれてた、だと? さすが我が幼馴染み、と言うべきか。でも、少しでも大和達の今までの働きに報いるためにはこれくらい……
「大和、吹雪。皆斗はこういう困った所がありまして。自分の大好物を目の前にしてすらこれです」
「その……何となく、その傾向があるのはここでの生活で察していましたけど、ここまで?」
「提督。配慮は大変嬉しいのですが、上の者が節制過剰ですと、こちらとしても受け取りにくいものですよ」
吹雪が理解できないモノを見る目を向けてきて、大和は困った顔でそう言った。あー、うん、ごめん。
大和に強引に2棹渡され、残りからお茶用に切ってくれた間宮羊羹は、涙が出そうになるくらい旨く感じられた。