「……二個っていっても、それ全部焦げた失敗作のヤツだろ? あそこの店主、よく失敗ばっかするからなー」
「むー、ダメだよお兄ちゃん。焦げてでもパンはパンだから。ちゃんと食べないと生きていけないよ?」
「……はいはい、せいぜい死なないようにしますよ」
──日陰に住む兄妹の会話
覚醒、もしくは産声。
……これが、最期に見る夢…というモノなのかもしれません…。
目の前には星の海まで届きたいと赤く無音の存在感を放ち続ける四角い塔がずらりとあって、遠くには星の海を噓偽りなく映す透明な海が地平線まで広がってました。
目に映るどれもがとても興味を惹かれるモノで、でも硬すぎる地面を歩いてみれば……黒、黒、黒。どれも黒、どこを見ても黒……全て黒一色の大きな都市。
誰もいなくて、でも何者かに見られ続けている、静かで、悲しくて……星の海の冷たさを肌で感じる……そんな場所だからこそ、遥か彼方で煌々と輝く星々がとても…宝石のように、色鮮やかに輝いて見えるんです。
そんな星空の中に、気になる星がありました。
遠くから見ると点のように小さくて青く煌めき、近くで見るとビー玉のように大きくて青く輝く、黒い大海に漂う一つの星。
その星を見た途端、懐かしい思いを抱いて…星に手を伸ばし────
●◯●◯●
……大昔、とはいってもだいたい約一万年前ぐらいかしら。ある人類はこの宇宙を【広大な海】として表現し、更に故郷である地球を【航海する船】と表現したらしいの。限りのある資源を適切に扱う事を他の人類達に説明する為にこのような表現をとったというけど、個人的にはとてもロマンティックな表現で、少しばかり恋をしてしまう程心が揺さぶられたわ。まぁ、こんなにも暗い大海を航行する宇宙船……もとい巨大な質量の物体内にいると、その表現が中々的を射ていると嫌でも実感してしまう程に。
「よし、準備は万端。あとは……そうだわ、身だしなみチェックをしておかないと…ね」
そんな事を思いながら白い光に照らされた寝室で支度を終えたワタシは、一角に置いた等身大のスタンドミラーに虹彩が藍色となっている両目を向けたわ。白いロングヘアーの髪の上に被った黒色のピクチャーハットを後ろにやや傾けるように、ウオノエを模したお気に入りの飾りを相手から見て右側に来るように微調整。Jカップという豊満なバストの谷間を強調させる為に深く大きくカットしたネックラインと左側の股下ギリギリまでスリットを入れた黒色のローブ・デコルテに埃や小さなゴミが付いてないか再確信し、薄手で灰色のパンティストッキングと黒色のハイヒールを履いた足で鏡に近付き、更に黒色のオペラグローブを嵌めた手で鏡に映る服や装飾品の隅々までおかしい所が無いか確認したわ。
「さてと、貴女にとって第三……いいえ、貴女の第一の産声は、どんなものかしら……」
そう呟きながら視線を鏡から寝室のベッドで眠っている彼女に向けて、ワタシ自身の手で彼女の頬を優しく撫でてみたの。人肌のように温かく、まるでそう設定されたかのような温度をグローブ越しに感じていたその時だったわ。彼女が身震いをして目を開けたのは。
「────……ん……んぅ……?」
●◯●◯●
……ずっと長い夢を見ていました。暗闇に浮かぶあの青い星がとても印象深く、今でも頭の中に残り続ける程興味深い夢だったのですが、私ではない誰かが見ていた夢を見ていたかのよう。そう思っていると頬を誰かに触れられている感覚を感じ取り、重たい瞼を開けました。
「あっ………………あら、起きたのね」
数回瞬きを繰り返した私の視界に入ったのは、こちらを覗き込んでいるお姉さんの姿でした。お姉さんは一瞬目を見開きながら驚いていたような雰囲気でしたが何とか冷静さを保ち、私に話しかけてきました。
「え…っと、お、おはようございます……?」
「えぇ、おはよう。気分はどう?」
「だ、大丈夫です」
「そう……ふぅ、よかったわ」
どこかミステリアスで、懐かしい気配が漂うお姉さんは私が健康なのを確認すると安堵の息を吐き、未だに困惑していた私を落ち着かせる為に頭を優しく撫でてくれました。
「さて、と……まずは自己紹介から。ワタシの名前はピースブロッサム。好きなように呼んでくれていいわ」
「えっと……ピー、ス……ピースお姉さん?」
「っ! …………ふふっ、えぇ。その呼び方で構わないわ」
「私は……あれ? 私、の名前、は…………あれ?」
「……もしかして、記憶が無いのかしら?」
「は、はい……」
「大丈夫、記憶というのはそのうち思い出せるモノよ。そうね……思い出すまで、代わりの名前を名乗るのはどう? 名前が無いと何かと不便よ?」
「代わりの名前……」
「うーん、とは言っても他人に名付けるのはワタシも自身初めてだから…そうねー…変じゃない名前を付けないと……待って、これ結構な難しい問題だったりしない? そう思うのはワタシだけかしら?」
ベッドに腰掛けたお姉さんは記憶を無くした私の一時的な名前を考えてくれていましたが、お姉さんの口から発せられた問題、という言葉に妙な感覚を覚えました。どこか懐かしい響きの言葉を聞いた数秒後に、一時的な名前の案が私の口から出ていました。
「……モダン……」
「モダン? ……いいわね、その名前でいきましょう。立てるかしら?」
差し伸べてくれた右手を恐る恐る取ってベッドから立ち上がった私をピースお姉さんはガラス細工のように優しく握り、ゆっくりとした歩調で部屋にある鏡の前までリードしてくれました。普段から手入れしているのか汚れや水垢が一切ない大きな鏡には微笑みを浮かべているピースお姉さんと手を握る、おずおずとした私自身がそこにいました。
「これが……私?」
新緑の葉っぱを思い浮かべる緑色の目とふわりとしたアップスタイルのショートポニーテールにした灰色の髪は印象に残りましたが、それより驚いたのは私が来ている服の方でした。ピースお姉さんと違ってAカップという平らな胸の上に灰緑色のワンピースを着ていたのですが上衣は両肩と背中が大きく露出し健康な肌がはっきり見えるホルターネックの形となっていて、両膝が隠れる程の長さがあるスカートは股下ギリギリまで右側にスリットが入っていて、黒色の下着がチラリと見え隠れ。何というか、その……露出が凄い、としか言いようのない服でした。両腕にはワンピースと同じ色のデタッチドスリーブを身に着け、足には黒いサイハイソックスと白いアンクルブーツ。
「その服? 流石に裸のままはよくないから、一応ワタシが手作りで作ってみた服を着させているの。えっと……気に入らなかったかしら?」
「い、いえ! 大丈夫、です……」
「そ、そう……」
話を聞くにどうやら私は身包み一つも無い裸のままだったらしいので、これ以上とやかく言うのは控えておくことにします。せっかくピースお姉さんが手作りしてくれた服なので、このまま着させていだたく事にします。
「さてと、そしたら一緒に付いて来てほしいのだけど……大丈夫かしら?」
「は、はい。ちなみにここはいったい……?」
「その事についてもしっかり話しておくわ。これからの事についても……ね」