──朔の月暈で働く研究者の呟き
あの衝撃と爆風によって宇宙空間へ放り出されたモダンはキーンという耳鳴りが耳の奥から聞こえながらも、自身の置かれた状況を何とか理解しようと思考を巡らせた。
(何が、起きて……爆発? ここは宇宙…? って事は私はこのままだと……死んで………い、いやっ!)
どれだけ考えても困惑だけが頭の中を支配する中、宇宙という単語が頭の中に浮かんだモダンは何とかして呼吸出来る空気を求めようと体を動かし始めたが、先の衝撃と無重力の影響で常に回り続けていた体は眼下に映る星の重力にに捕まったらしく、そのまま落下するように星へと向かっていた。その後徐々に大気圏への突入が始まり、突入の勢いによって前方の空気は押し潰され、その押し潰された空気中の分子同士が激しくぶつかり合って発生した熱によってモダンの全身は加熱され、赤く染まるかのような高熱に包まれ出す。
(熱い…全身が焼かれて熱い……っ!)
何とかしようと無我夢中で動き回ったモダンが空気を求めて口を開けようとしたその時、大きな物体が伸し掛かるようにぶつかってきた。熱さで目を大きく開けられる状態ではなかったがよく見るとそれは先程の室内で見た大きな棚であり、爆発の影響か所々欠けており焦げた跡も見られるが大気圏突入の高熱に耐えている状態だった。
(これで少しでも、熱さから逃れられるなら…!)
何故高音に耐えているのかという疑問が頭によぎったが、少しでも高熱から身を守れるのならと考えたモダンは迷いを捨て、決死の思いでしがみ付いた。衝撃と高温でしがみ付く棚から振り落とされそうになったが火事場の馬鹿力が働いたのか最悪の結果が訪れる事は無く、そのまま一緒に星へと落ちていった事で衝撃と高温が収まる頃には星の中間圏に到達していた。空気は非常に冷たいがようやく呼吸出来る空気がある事に心の底から安堵したモダンは爆発の件を思い出し、上を見上げた先に、ナニカがいた。
遠くにいて詳しい全体像は分からないがそれは人の姿をしており、頭上には一つの輪っかが浮かんでおり、右手には杖を持ち、背中には六枚の翼のようなモノがあるという、まさに絵画等で世に知れ渡っている天使とほぼ似ていた。
(…………天使様…………?)
後ろから指す光や照らされる雲の一つも無い宇宙空間という少々場違いな所にいる天使は何かを探すように爆発があった付近を見回しており、暫くして星の中間圏に入りながらも落ち続けているモダンの存在に気付いた天使は右手に持っていた棒状のモノを軽く振るう。
すると宇宙空間で散り散りになった大きな残骸の数々は瞬く間に分解されていき、粒子状となったそれらは灰色のドロドロとなり、まるで生きているかのようにうねり始め、そのままモダンの後ろへ回り込んで集まりだした。何が起きているのかと思い振り返った先で起きていたのは、それらが一点に集結し、僅か数秒後に寸分の寸分の狂いもない綺麗な円が特徴的な灰色の浮島をそこに形成している光景だった。
あの神の御使いが救いの手を差し伸べたのか、その大きな浮島はまるで生きているかのように落下速度に合わせて接近したきたおかげで落下の衝撃といったダメージも無く棚ごと浮島に着地したモダンは、焼かれる感覚が未だに残りながらも何とか立ち上がってその浮島を見渡し始めた。その数秒後上から先刻部屋で見た家具の数々が浮島に落ちてくる中、その天使は音一つ立てずにモダンの近くに舞い降りた。
「何だ、てっきりあの一撃でよっしゃ死んだーと思ったが…まだ生きてたんだ?」
白色の目を見開き、ショートヘアにした髪を僅かに揺らす少年は水色に染まった人間の目の模様が外側に幾つも描かれた黄金色のリングを天使のヘイローのように頭上に浮かばせながら、無視できない内容をまるで友達と話すような口調で発した。
檜皮色で半袖のジャケットと深緑色の半ズボンを着ていたが、ジャケットの右肩にはセミの翅を模した半透明の外套とセミの頭胸腹部を模した黒色で特注のショルダーアーマーが備わっており、更に大きく露出させるように穴が空けられたジャケットの背部からは先端に右手がある白色に染まった人間の右腕が右側に三本、白色に染まったハクトウワシの翼が左側から三枚生えていた。焦げ茶色の靴下と黒色のメンズシューズを履いている姿はあどけなさを感じさせる少年のようにも見えるが、頭上のヘイローや背部の腕と翼によって天使に似たナニカとしか認識出来なかった。
「まっいいや、ここでコイツを殺せばアイツ等も文句は言わないだろうし何より俺に対する見方も変わるだろう「ひっ…」まったくアンドロイドってだけで差別が多いったらありゃしない。構成する元は同じなのにピーチクパーチクあーだこーだやかましい…って」
目と鼻の先で残酷な内容を含んだ話を愚痴と共に平然と言う少年に恐れを抱き、後退りしたモダンは何とかその場から離れようと思い、咄嗟に振り返って走り出した。
「こーら」
「わわっ!? うぐっ…!」
だが、モダンの体は少年が突き出した右手に突然引き寄せられてしまい、その右手で首を掴まれたモダンはそのまま元いた棚ごと浮島に押し付けられ、少年とは思えない程強靭な握力によって首を絞められた。
「人が喋っているのに無視して離れようとするのは駄目でしょ、ヒポリタ? 多動かどうかは置いといて、よく動き回るのは昔と変わらないがまさかピースブロッサムと結託し故郷から亡命しようとするなんてな?」
「っ……ヒ、ヒポ、リ……? わ、私は…モダン、です!」
「……へっ? モダン?? ヒポリタじゃなくて???」
チカチカと視界が狭まる中辛うじて発した言葉を聞いた途端少年は目を丸くし、何度も瞬きを繰り返しながらモダンの体を隅から隅まで確認した後、首を掴んでいる右手を離して解放させた。
「マジか…ヒポリタじゃないのか」
「けほっけほっ……で、ですから…そうだと言っているじゃないです「ま、しゃーない」……か…………っ」
蹲まって咳き込みながらもそう言い放ったモダンは少年を不慣れながらも睨み付けた。だが少年は右手に木質な見た目が特徴的な樹木を模した蛇矛をいつの間にか手にしており、軽々と、そして背後にある三本の手で器用に振り回して後、蛇のようにくねくねと曲がった穂先をモダンの額へ向けるように持って構え、
「人間はこんな言葉を残している……ミスは誰にでもあるもんだ、とな!」
躊躇いなく突き刺した。
突き刺された額から血が噴き出し、目の前の少女は何の抵抗も出来ず、断末魔すら上げる事が出来ずに死に至る。そう少年は確信していた。だが、実際は違っており、
「……な、何……!?」
それは少しでも致命傷を避けようと両腕を前に組んでいたモダンと名乗る眼下の少女の左腕に、先程見た灰色のドロドロが少量ながらも集まって穂先全体をしっかりと受け止めているというものであった。
「……え……!?」
いつ現れたのか、モダンが無意識に指示したのか、お互いがその光景に困惑していると浮島の端から同じ灰色のドロドロが液体のように蠢き、まるで主の元へ馳せ参じる従順な部下の如くモダンの元へ集い始めた。
危機に似たナニカを感じ取り、後ろに下がって距離を取った少年がそこで見たのは左腕に集ったドロドロが膜のように広がり、金属質な見た目が特徴的で電子基板のような模様が緑色に光りながら表面を走る灰色の盾を形成する光景であった。
「……た、盾……?」
左腕を通す為に把手と革帯が組み合わさった形状、逆三角形を伸ばしたような形状である事からそれがヒーターシールドだという事を即座に見抜いた少年とは対照的に、何が起きたのか未だに理解が追い付いていないモダンはその盾をまじまじと見ていた。取り憑かれたかのように見続けるその姿に首を傾げながらもチャンスと考えた少年は持っていた蛇矛を構え直し、まるで引き寄せられるように接近し再度頭部を突き刺そうと攻撃を仕掛ける。
「…っ!」
「なっ!?」
その行為に気が付いたモダンはシールドを構えて繰り出される攻撃から身を守る動作……ではなく、体を少し右に傾けるという僅かな動きだけで攻撃を躱す。驚愕の表情を浮かべる少年に対しモダンは左腕に力を溜めて、まるで裏拳を放つようにシールドバッシュを繰り出して少年の体を左側面から叩き付けた。
(あの手紙にあったヒポリタさんの遺品ってもしかして……)
「っ……おいおいマジか…モダンといったな。何処にそんな
「えす、えむえー? …それってこの盾の事、ですか?」
(SMAも知らないだと? 嘘を付いているようには見えないし……いったいどういう事だ??)
叩き付けによって大きく飛ばされながらも体勢を立て直した少年は先程まで恐怖で震えていた少女とは思えない動きに違和感を感じ、更に装備しているシールドの事についても知らないという回答を耳にして更に疑問を抱く。
「これの事は分からないんですが、突然頭の中にナニカが駆け巡ってきたんです。使い方のような情報が一斉に……そうしたら天使様が急に攻撃してきたので躱そうと思ったら……」
「色々気になる事はあるがちょーっと待った。天使様って……俺の事か?」
「え? は、はい…」
「あー…………まぁ、確かに天使っぽい見た目っちゃあ見た目か。俺にはダソガレっていう名前があるんだ。出来たらそっちで呼んでくれ、天使様は……うん、何か嫌だわ。すんごくむず痒い」
外見を気にしていた少年、ダソガレはそう言い放つと蛇矛を構え直し、それを見たモダンは緊張と不安でオドオドとしながらもシールドを構え直した。
「そいつが何処にあったのか、僅か数秒で学習したの、色々と気になる事は沢山あるが……一旦置いておこう。さっきの続きだ、死んでくれ」
「それは嫌です。何も分からずに殺されるなんて……絶対に嫌です!」