最初に言っておきましょう。
今回の話にポリスメンは出てきません。
多分これで意図が伝わる。
──やっぱり……と思った。
家の自室でスマホを眺める黒川あかねは、そんな心境に苛まれていた。
画面に映し出される今ガチの番組公式ツイッター……そこに投稿されているのは、あかね自身に対する『いらない』や『消えろ』などの批判の文字が並んでいる。
──ちゃんと謝れば許してもらえると思った。
契約の都合上、放送されていない部分を打ち明ける事は出来ないが、それでも可能な範囲で説明すればと考えて謝罪文を投稿した…………してしまった。
──それが合図だった。
やってから『しまった』と思いながら、以前今ガチメンバーで行った焼肉屋での食事の際にMEMちょが言っていた事を思い出した。
『人は謝ってる人に群がるんだよ。謝ってるって事は、悪い事をしたって認めたんでしょ? 悪い事をしたなら石を投げてもいいよね? そんな風に。謝罪って日本人の道理的には正しいけど、炎上対策としては下の下なんだよ』
思い出したところでもう遅かった。既に謝罪文に対して先ほどよりも倍近い数の批判コメントが殺到してしまっている。自身の迂闊な行動に嫌気が差す。
──私は悪い事をしたから当然だ。
しかしあかねはツイッターを見るのを止めない。これはみんなの意見で、たとえ批判でも決して目を逸らしてはいけないのだと必死に目を通し続けた。
それからはもう炎上の事が頭から離れず寝付けなくなっていたが、朝になったら全部収まっていると自分に言い聞かせて強引に眠った。
・謝れば済むと思ってんの?
お前見つけたらぶん殴ってやる。
でも謝るから許してね。
・生まれて来たことを反省して。
・ゆきちゃんが可哀そう過ぎる。
死んで謝罪しろ。
・消えろブス。
・何で息してるの?
・生きてて恥ずかしくないの???
そして目が覚めて……変わらない現実があかねを襲う。
「あかね? 大丈夫? 顔色悪いわよ」
「大丈夫」
これ以上の心配はかけたくないからと、あかねは母親に嘘をつく。
もう殆ど食事が喉を通らず、辛うじて食べたものも後で吐き出してしまうほど追い詰められているというのに。
「明日、学校休む?」
「大丈夫、行く」
こんな状況でも勉学を疎かにするわけにもいかないと、真面目なあかねは休まずに登校する。そして自分の教室に入ろうとしたその時だった……
『あかねの見た?』
『ヤバくない? いつかやると思ってた』
『なんかいつも仕事があるからーとか芸能人ぶってさー』
『いちいちマウント取らねーと気が済まないのかって』
『マジ性格悪いし』
『自分はアンタ達とは違うからみたいな空気出してくるよねー』
『今頃囲いの男共に慰めてもらってるんでしょ』
『ありそー』
教室の扉の向こうから聞こえて来たクラスメイト達の会話。ネット内で言われていた事と何一つ変わらないその言葉に、あかねは立ち尽くしてしまう。
彼女達と仲が良い…というワケではないが、顔の見えないネット民と違い、顔も名前も知っている分……ダメージが大きかった。
その日の学校での事は……もう何も覚えていない。
「あかね……最近元気ないけどどうかしたの? 仕事で何かあったの?」
「ううん」
──ごめんね…お母さん……
最近では批判の対象が親にまで及ぶようになってしまった。幸い炎上の事は両親の耳に入ってはいないが、こんなにも優しい母親が自分のせいで悪く言われているという事が申し訳なくて……あかねは一人部屋で泣き明かした。
『とりあえず今は何もツイートはしない方がいいかもですね。今は何を言っても燃料を与える事になるだけだから。慎重に行こうか。何か言う時は相談して』
こんな時でも味方してくれるマネージャーだが、きっとあの時のように社長に怒鳴られ続けているのだろう。そう思うと一層やるせなくなった。
今ガチの番組が更新されたが、今のあかねにそれを確認する気力は無い。けれど少しだけ収まり始めていた炎上が、また燃え上がり始めたのを見て……ある程度の内容には察しがついていた。
そして番組が続く限りこの炎上が沈静化されない事も……この問題がこれからの芸能生活にずっと付き纏うモノだという事も……もうどうしようもなかった。
今までの頑張りを否定された。
中学時代をでっち上げられ、卒アルの顔写真を晒された。
もうこの世界に自分の味方は居ないのだと……そう錯覚してしまうほど、あかねは追い詰められていた。
そんな時、ノブユキから『あかね大丈夫? ちゃんとメシ食ってる?』というラインが届いた。それを見て、今日はまだ何も口にしていない事を思い出す。しかし家に居るのはあかね一人で、今は自分で料理する気力も無い。
『ご飯買ってくるね』
それだけ打って返信してから、あかねはスマホをベッドに放った。すぐに帰ってくるつもりだし、何より今はスマホ自体を見るのも嫌になり始めているのだ。
「そう言えば台風が来てるんだっけ……」
着替えてから外に出てみると、大雨と強風が吹き荒れている。あかねはその光景をぼんやりとした虚ろな目で眺めた後、構わずビニール傘片手に出かけて行った。
そうしてコンビニに行き、食べ物と飲料水を購入して帰路につく。
「あっ……!」
しかしその途中……歩道橋の上を歩いていると、ひと際強い突風が吹き、その風に煽られたあかねはその場でバランスを崩して尻もちをついてしまう。
「……………」
あかねはすぐに立ち上がろうとするが、何故だか力が入らない。滝のように降りしきる冷たい雨に打たれて……体だけではなく、心まで冷え切っていくのを感じた。
「──疲れた」
地面に散乱する壊れた傘とコンビニで買った物に目もくれず、あかねはポツリと呟いた。
「もういいや」
虚ろな目でゆっくりと立ち上がる。
「──考えるの──疲れた──」
歩道橋の手摺の上によじ登って立ち、そのまま未だに雨が降っている曇天の空を見上げる。
「──何も考えたくない──」
そしてあかねは……眼下にある暗いアスファルトの道路を目掛けて──飛び降りた。
一瞬の浮遊感の後……重力に従って体が下へと落ちていく。
その瞬間……あかねの脳裏に〝死〟の文字が浮かび上がる。
「あ……」
それに本能的な恐怖を感じたのか、あかねは無意識に手を頭上へと伸ばしたが……その手は虚しく空を切る。
「っ……!!」
迫り来る抗いようの無い〝死〟を前に、あかねは両目を強く閉じた。
そして──
「この──バカ野郎ォォォオオオオ!!!!」
そんな激しい怒号と共に……その伸ばしていた手が誰かに掴まれた。
「!!」
突然手を掴まれて宙ぶらりんな状態になったあかねは、驚きながら頭上を見上げて、自分の腕を掴んでいる人物を見た。
「や…しろ…くん……?」
その人物……夜代レンの姿を見たあかねは目を見開いた。なぜ彼が此処に居るのか、どうして自分の居場所が分かったのか、などの数々の疑問が頭に浮かんだ。
「黒川ァ!!!」
「は、はい!」
しかしそれら全てはレンの一喝によって頭から吹き飛んでいった。同時に今まで彼から一度も聞いた事が無い怒声で名を呼び捨てで呼ばれ、思わずあかねは体を強張らせて普通に返事をしてしまう。
「今から引き上げる! ジッとしてろよ!」
「!?」
そう言うとレンは小さくスゥっと息を吸い込み、掴んでいるあかねの手を強く握り締めた。
「っ…」
それによって手から伝わる痛みにあかねが少し顔を顰めるが、それも一瞬だった。何故なら……
「オォォォォラァァァァァ!!!」
直後、レンがまるで一本釣りのようにあかねの体を力尽くで歩道橋の上へと引き上げたのだ。
「きゃっ!」
そのままの勢いで歩道橋の上に乗ったあかねは、着地が上手くいかずにたたら踏んで再び尻もちをついてしまう。
「ハァー…ハァー…ハァー……」
その状態で息を荒げるあかねは、自身が生きている事を実感する。脳裏を過ぎっていた〝死〟も感じられなくなり、助かった……助けられたのだと、自分が安堵している事を自覚する。
「黒川」
「!」
しかしそれも束の間……レンに呼ばれ、あかねはビクリとまたもや体を強張らせる。
「自分が何をしようとしたのか……分かってるのか?」
「っ…………」
レンの問いにあかねは答えられず、口を噤んで押し黙ってしまう。
また迷惑を掛けてしまった……ネットで批判された時のように怒られてしまうのではないか……そんな考えが頭を支配して、怖くてレンの顔を見られずに俯くあかね。
「……まぁ、言いたい事は色々あるが……まずはこれだけでも言わせてもらうぞ」
するとレンはそう言いながらスッと彼女に目線を合わせるように片膝をついて屈むと……
「無事で良かった」
優しい顔つきでそう告げたのだった。
「──────」
思わず顔を上げてそんな彼の顔を見たあかねは、二の句が継げなかった。心底安堵したように自分を見つめるその瞳から、何故だか目が離せなかった。
「って黒川さん、ビシャビシャじゃねぇか! 傘は…壊れてんのか。しょうがねぇ、手遅れかもしれんがコレ羽織っとけ。少しは雨避けになるだろ」
するとレンは未だにあかねが雨風に晒されている事に気付き、慌てて自身が着ていたレインコートを脱ぎ、それを頭から被せるように羽織らせた。
「手は大丈夫か? さっき引き上げる時に強めに握っちまったが、痛みはあるか? 他に怪我は?」
「………大丈夫」
心配して矢継ぎ早に問い掛けてくるレンに対して、あかねはようやく返事をした。
「立てるか?」
「うん……」
差し伸べられたレンの手を借りて、なんとか立ち上がるあかね。
「夜代君……なんで?」
「メムさんから聞いたんだよ。この台風の中、ご飯を買いに行くって言ったっきり黒川さんと連絡が取れなくなったって。で…アクアからコンビニまでのルート辿ったら見つかるはずだって聞いて、その通りに探し回ってたら……間一髪間に合ったってワケだ」
その説明を聞いて、どうやらレンだけではなくMEMちょとアクアにも心配をかけてしまったらしいと、あかねは申し訳なく思う。
「早くみんなに黒川さんの無事を知らせてやらないとな」
「……で……でも…私……」
そう言ってあかねは不安そうに顔を俯かせる。
こんなにも色んな人に迷惑を掛けた上に、自殺未遂なんてやらかした事を知られれば、更に心配を掛けてしまうだろう。そう考えると、あかねはみんなに合わせる顔が無かった。
「黒川さん」
呼ばれて、あかねは僅かに顔を上げる。
そんな彼女と目線を合わせる為に、レンは腰を落として屈み、真っ直ぐにあかねの瞳を見据えながら言葉を紡ぐ。
「ネットの批判なんて気にするな…て言っても仕方無いんだろうな。こればっかりは俺もどうしたら良いのか分からないし、今の黒川さんの心境は俺には想像もつかない」
耐性の無い十代半ばの少女が罵詈雑言の集中砲火に晒されたのだ。その果てに自殺未遂へと走ってしまった彼女にかけれるような適切な言葉を、レンも流石に持ち合わせてはいない。
「けれど──これだけは言える」
それでもレンは確信を持った口調で告げる。
「黒川さん……俺はキミの味方だ」
「──え?」
レンから告げられた思いもよらない言葉に、あかねは驚いて目を丸くする。
「俺だけじゃない。アクアにメムさん、鷲見さんやケンゴにノブユキだって……みんな黒川さんの味方なんだよ。たとえネット上の有象無象連中がなんと言おうと、それだけは絶対に揺るがない。何でか分かるか?」
あかねは呆然としたまま、力無く首を横に振った。
「仲間だからだ。番組の間だけの付き合いだとしても、俺はそう思ってる。きっと他のみんなも同じだ……だからこそ1人で苦しんでる黒川さんを放っておけないんだ」
「っ……」
その言葉にあかねは涙腺が緩みそうになった。冷え切っていたはずの心の奥から、暖かいものが込み上げて来るような感覚がする。
鼻の奥がツンとして、今にも溢れ出しそうになったそれを何とか堪えようとする。
「泣いたって良い……弱音を吐いたって良い……俺達の前ではそれを隠さなくて良いんだ。黒川さんの苦しみを少しでも俺達に分けてくれ。鷲見さんとメムさんはきっと一緒に泣いてくれるし、ノブユキはいつも通り明るく元気付けてくれる。ケンゴはもしかしたら自慢の演奏で励ましてくれるかもな。アクアだって冷めてるように見えるけど、困ってる人は放っておけない奴だ。俺だって出来る限りの事はする。だから黒川さん──」
そしてレンは、そっとあかねに向けて手を差し出し……優しい声で言った。
「帰ろう、みんな待ってる」
限界だった……途中からあかねはもう、涙を堪え切れなくなっていた。
そしてレンの言葉がトドメとなり……あかねが溜め込んでいたものが──爆発した。
「ううぇあっ……うわぁぁぁああああ!!!」
「おっと……」
涙腺が決壊したあかねは、まるで一人ぼっちで迷子になっていた幼子のように、目の前にいたレンにただ我武者羅に飛びついた。レンも多少驚きながらもそれを受け止める。
「わ…わだし…もう…おがあざんにも…だれにも…めいわぐもじんばいも…がげだくなくって……で…でも……どうずればいいのが…わがらなくなってぇ……」
「おーよしよし。泣け泣け、このまま全部吐き出してスッキリしちまえ」
レンの胸に顔を押し当てて呂律の回らない声を上げながら泣き続けるあかねを、レンは優しくあやす様に彼女の背中をポンポンと叩きながら……ふと空を見上げる。
──降りしきる雨が……収まり始めていた。
「うぅぅぅぅ……!!」
「おーい黒川さん? 大丈夫か?」
それから暫くして……あかねは恥ずかしそうに呻き声を上げながら顔面を両手で隠すように覆っており、レンはそんな彼女の様子に疑問符を浮かべていた。
あれから泣き続けて漸く落ち着き始めたあかねだったが、同時に我に返って己の現状を自覚してしまったのだ。レンの胸に顔を押し付けるほど密着しているという状況を。
結果……今のあかねは電光石火のような早さでレンから離れ、湧き上がる羞恥心で真っ赤に染まった顔を両手で必死に隠しているという状態なのである。
「そんなに恥ずかしいなら、俺は誰にも言わないぞ? 黒川さんが子供みたいにわんわん泣きじゃくってたって……」
「違うよ!? いや違わないけど!! そうなんだけどそういう事じゃなくてぇ!!」
混乱しているのか要領を得ない言葉で大声を出すあかね。そんな彼女のオロオロする様子を見て、どうやらさっきよりは元気になったようだと、レンは内心でホッと安堵する。
「(いやマジでギリギリだったけどな……)」
本当に間に合って良かったとレンはつくづく思う。実際のところかなり危なかったのだ。
レンが霊力を辿った先で遠目ながらあかねを発見した時には、彼女はもう歩道橋の手摺によじ登ろうとしていたところだった。
それを見たレンはもう脇目も振らずに全力であかねの所へ走った。義骸で出せる身体能力をフル活用し、階段など何段飛ばしで駆け上がったのか覚えていないほど無我夢中で。
あかねが本当に飛び降りてしまった時は肝を冷やしたが、それでも間一髪で駆け付け、彼女の手を掴む事が出来た。もしもあの時あかねが無意識にでも手を伸ばしていなかったら、結果は最悪なものになっていただろう。それほどまでに危うい状況だったのだ。
だからこそ、彼女を何とか助けられたレンは心底安心した。
「さて……黒川さん、そろそろ本当に帰ろう。家まで送っていくから」
「え、う、うん……そうだね!」
レンの一言でさっきまでオロオロしてあかねは、ようやく落ち着いた。
そして雨が収まってきたとはいえ、まだまだ強い風が吹き荒れる中、2人は帰路について歩き出した。
「しまった、
「……やっぱりみんな、心配してるよね?」
「当然だろ。全員からしっかり怒られてこい」
「だよね……」
「あと…今は状況的に自重してるが、俺からも色々言わせてもらうからな?」
「えぇ!? 夜代君まで!?」
「安心しろ。俺は普段からバカをやらかすバカを相手にしてるから、そういうバカを叱るのには慣れてる。きっちり絞ってやるから覚悟しとけバカ」
「バカバカ言い過ぎだよ……夜代君がイジワルだ……」
「言われたくなきゃ、ちゃんと反省するんだな」
「はい……」
そんな朗らかな会話をしながら歩道橋の上を並んで歩くレンとあかねの2人。
その時だった……
──ゴゥン!!!!
「「!!?」」
なんとも言い難い上から押え込まれるかのような圧力が、突如として2人を襲った。
「(これは……虚の霊圧!? しかもデカい!!)」
レンはこの圧し掛かるような力が霊圧…それも虚によるものだと分析し、その大きさに口には出さずとも驚嘆する。
「かっ…は……!」
「! 黒川さん!」
一方であかねの方は、まるで心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に襲われて呼吸困難に陥ってしまう。そのまま膝から崩れ落ちそうなところをレンに支えられるが、息苦しそうにハッハッと浅く短い呼吸を繰り返している。
「(くそっ…どこだ、どこにいる!?)」
あかねの体を支えながら、霊圧の主である虚を探すレン。だが自分から見て前後、左右と周囲を見回すが、それらしき姿は見えない。
「(見渡す限り、周囲には居ない……となると──上か!!)」
そう辺りをつけたレンはすぐさま頭上を見上げる。
直後……空を覆う暗雲の中からソイツは姿を現した。
『──オォォォォォォォォォオオオ!!』
ソイツの見た目は、一言で言えば〝巨人〟だった。見上げるほどに巨大な体躯に、それに相応しい太く強靭な四肢。そして虚の証である胸元に大きく空いた真円の穴と顔部分を覆い隠す髑髏を彷彿とさせる白い仮面。
その虚の姿を確認したと同時に、レンは驚愕で目を見開いた。
「(
〝
「うぅ……」
「(マズイ…とにかくまずは黒川さんを避難させねぇと……)」
それを見たレンはすぐに撤退を選択。戦うにしても、既に意識が朦朧とし始めているあかねを放置しては危険だと判断しての事だ。
「(……ん?……は?)」
そうしてあかねを支えたままその場から離脱しようとしたレンだが、動向を注視していた頭上に浮かぶ巨大虚の様子を見た途端……思わず目を疑ってしまった。
何故なら──今の今まで空中で佇んでいたはずの巨大虚が、突然浮力を失ったかのようにレンが居る歩道橋目掛けて落ちてきたのだ。
「ウッッッソだろオイ!!!?」
シャレになんねぇ!! と絶叫しながら、レンは形振り構わずあかねの体を抱きかかえると、すぐさま歩道橋の手摺に足をかけてそのまま飛び降りた。
直後……落下してきた巨大虚が歩道橋を踏み潰し、そのままアスファルトの地面もクレーターが出来る勢いで圧し潰したのだった。
台風の影響で人通りと車通りが殆ど無く、建造物以外に目立った被害が無かったのが幸いと言えるだろう。
「うおおおおおおっ!!?」
ドゴォォォォン!! と凄まじい轟音が鳴り響く中……レンは何とかあかねを抱えて脱出して巻き込まれずに済んだが、今度はその際に発生した衝撃波に体が押されて吹き飛ばされてしまった。
「くっ……!!」
かなりの勢いで地上に向かって墜落していくレン。このままでは地面に激突してしまうだろうと判断したレンは、あかねを守るように腕の中に強く抱きかかえると……声高らかに叫んだ。
「縛道の三十七──〝
その瞬間……落下地点に霊力で構成された六芒星を模したハンモックのような幕が展開され、そのまま墜落しているレンとあかねの体を受け止める。それにより落下の勢いは完全に殺され、レンは何とか無事に着地出来たのだった。
「危ねぇ……黒川さん?」
「…………………」
ホッとしたのも束の間、レンはすぐに腕の中にいるあかねの安否を確認すると、彼女は既に意識を失っていた。
「呼吸は……安定してるな」
容体を診ると、多少顔色が悪いがそれ以外に異常も外傷も無い。恐らく炎上騒ぎによる寝不足と過度なストレスで心身ともに疲弊していたところに、巨大虚の霊圧にアテられたのがトドメになったのだろうとレンは判断した。
言ってしまえばただ気絶しているだけなのだが……それでもそんなあかねを見るレンの表情はとても険しいものになっていた。
「………………どいつもこいつも」
ボソリと、低く小さい声量でそう呟くと……レンはあかねの体をそっと床に寝かせてから、ポケットから義魂丸を取り出してそれを飲み込む。
直後、レンの体は義骸と分離して本来の死神としての姿になる。
「フラン」
「はっ」
レンの呼び掛けに反応し、入れ替わりで彼の義骸に入った疑似人格『フラン』がその場で傅くように膝をついた姿勢を見せる。
「彼女を連れて離れてろ」
「承知仕った」
短いやり取りだが、それだけで意図を十分に理解したフランは、手早くあかねの体を背負ってこの場から走り去っていった。
「さて……!」
それを見送ったレンは、次いでギロリと鋭い目付きで巨大虚を睨む。
するとその視線に気がついたのか、先ほどまで何かを探すようにキョロキョロしていた巨大虚の顔が、眼下に居るレンへと向けられる。
『オォォォォォォォォォオオオ──!!』
威嚇しているのか習性なのか、レンに対して雄叫びを上げる巨大虚。
「うるせぇ」
それに対してレンは吐き捨てるようにそう言い放つと同時に瞬歩でその場から消えると……一瞬で巨大虚と距離を詰め、その眼前へと躍り出る。
そして大きく振り被られたその右手には、虚と戦う為の彼の斬魄刀──ではなく、何も持たずにただ強く握り締めただけの拳が有った。
「──ッォラァァ!!!」
そうして振るわれたレンの拳は巨大虚の仮面の左頬部分を捉え……そのまま仮面がヘコむほどの威力で殴り飛ばしたのだった。
『ゴガ……!!?』
まさか殴られると思わなかったのか、大きく頭部を仰け反らせた巨大虚はバランスを崩し……ズシィィンっと轟音を立てながら背中から倒れた。
「どいつもこいつも……ホントいい加減にしろよ」
自分より何倍もの大きな体躯を持つ虚をいとも容易く殴り飛ばしたレンは、空中で構築した霊子の足場に立ち、上から見下ろすように倒れた巨大虚を睨む。
端的に言えば──今のレンはキレていた。
「ただ一生懸命に頑張っていただけの女を……寄って集って傷つけやがって……!!」
黒川あかねを自殺一歩手前まで追い詰め、彼女を悪役に仕立て上げた番組側にも……好き勝手な憶測で罵詈雑言を浴びせた続けたネット民にも……そして追い打ちをかけるように襲い掛かってきた巨大虚にも……ここ数日で起きた一連の出来事に対して、とうとうレンは我慢の限界を迎えたのである。
「その報いは絶対に受けさせる……」
故に──
「立て、デカブツ」
これから始まるのは単なる虚との戦闘では無く──
「まずは……テメェからぶっ潰す」
護廷十三隊五番隊十席・夜代レンによる一方的な八つ当たりだった。
To Be Continued
少年漫画っぽい展開には出来ただろうか。
・夜代レン
遅れてやって来る事に定評のある主人公。豪○寺とか言ってはいけない。
あまり人間だとか死神だとかの身分は気にしない方で、今ガチメンバーの事も普通に友達だと思ってる。だからこそ、あかねの身に起きた炎上に対してめちゃくちゃキレている死神。現世と尸魂界のルールには触れない程度にやり返す所存。
因みに義魂丸の疑似人格『フラン』は武士然としており命令には絶対服従。ケースのモチーフは犬。
・黒川あかね
今のところメインヒロインを差し置いて一番ヒロインしている人。個人的に二次創作でも良いから幸せになって欲しいキャラ第一位。二位はMEMちょ。
原作と違ってマジで飛び降りて死ぬ一歩手前まで行ったので相当メンタルがヤバい。その上巨大虚にも遭遇しているので、今年は厄年だと思われる。
今後色んな意味で覚醒予定。
・
BLEACH本編では基本的にやられ役として登場しているが、名称からして通常の虚の上位種だと思われる。大きさ以外の違いが分からなかったので、とりあえず独自解釈で『霊圧=霊体の大きさ』という事にしました。戦うには上位席官クラスの実力が~というのも同様の独自設定。
今回は色々タイミングが悪かったせいで早々にキレたレンにぶん殴られた不憫枠。次回にはやられる予定だが、出来れば華々しく散って欲しい。