翌日から早速アクアが行動を開始した。
まず彼が最初に行ったのは、匿名で各報道機関に『黒川あかねが自殺未遂』という情報を流した。今ガチの大炎上の件で色々と注目を浴びていた事もあって、その情報はあっという間にネットニュースになるほど広まった。
それを皮切りに、ネット界隈では様々な議論が巻き起こる。中には無神経な発言をしたネット民を叩く声もあり、それで引く者も居れば、逆に火種にして更に誹謗中傷を加速させる者も居る。
「なるほど……ネットよりも確実性の高い情報媒体を使って大衆を煽り、バッシングの矛先を番組やネットの連中に向けさせた訳か。それでも騒ぐ奴等は居るが、これで彼女への悪意はある程度マシにはなる」
「注目度が上がってプラマイゼロってとこだけどな。こういう炎上に対して完璧な解決策なんて無いし、これも余り良い対策とは言えない。現にあかねは今も番組出演を見送っていて、復帰の目処は立っていないしな」
「けど、勝算はあるんだろ?」
「当然だ。上手く行くかは賭けになるが、俺は分が有ると思ってる」
レンの問い掛けにアクアが淡々とした口調で答えると、彼はフッと笑った。
「十分だ……やっぱりアクアに頼んで正解だったよ。全責任は俺が持つから、お前は好きなように動け。ミヤコ社長や他の事に対するフォローは任せろ」
「いや、流石に全責任は無茶だろ。万が一失敗したら、責任は俺が……」
「良いんだよ」
アクアの言葉を遮り、レンは語気を強めてハッキリと言い放った。
「これは黒川さんを助けたいっていう俺のワガママで、アクアはそれに巻き込まれただけだ。俺が責任を持つのが筋だろ。それに……」
ポン…とアクアの肩に手を置き、勝気な笑みを口元に浮かべながら言葉を続けた。
「アクアの事を信じて任せたんだ、失敗するなんて思ってねェよ」
「!………ハァ」
その言葉にアクアは一瞬だけ目を瞠った後、呆れたように溜息をついた。
「お前、意外と人タラシだよな」
「あん?」
「何でもない。それより俺を巻き込んだって言うんなら、成功したらメシでも奢れよ?」
「いいぜ。また焼肉でも食いに行くか?」
「寿司だな、回らないトコの」
「了解だ。全部終わったら黒川さんも今ガチメンバーも一緒にそこで祝勝会と行こうぜ」
そう言うとレンは、アクアに向かってスッと拳を突き出す。彼のそんな行動の意図を察したアクアは一瞬だけ躊躇ったものの、同じように拳を突き出して互いのそれをコツっとぶつけ合った。
「んじゃあ──始めるか」
「ああ──ここからが本当のリアリティーショーだ」
レンとそんなやり取りを繰り広げているアクアは……本人も自覚しないまま、ほんの少しだけ楽しそうに笑っていた。
「えぇ~…皆が映ってる映像や写真って言われても……そんな沢山無いよ? いうて100枚あるかないか……」
「めちゃくちゃあるじゃねーか」
「むしろ沢山あったら何百枚になるんだそれ?」
今ガチの収録日……そこでレンとアクアは、MEMちょがこれまで撮影の合間に自分で撮っていた動画や写真の提供を求めていた。流石人気ユーチューバーなだけあり、結構な枚数を撮り溜めていたようだ。本人的には少ない方らしいが……
「何に使うの?」
「……『今ガチ』はプロが編集したコンテンツだろ? そこには『あかねを悪役にしたら面白い』っていう意図が存在する。どんな聖人も一面だけ切り抜いて繋ぎ合わせれば悪人に仕立て上げれる。それが『演出』っていうもの。俺には映像編集のスキルもあるし、素材さえあれば……たぶん同じ事が出来る」
「要するに……今放映されている『今ガチ』を番組側の都合と演出によって作られた〝表の今ガチ〟とするなら……俺達は俺達の都合と演出で〝裏の今ガチ〟を作ろうぜ、ていう話だ」
「なるほど。つまりアクたんとレンたんは『私達目線の今ガチ』をやりたいんだ」
アクアとレンの説明を聞いて、MEMちょはすぐにその意図を察した。
「それって誰かの入れ知恵? それとも2人で考えたの?」
「アクアだな。今回の計画の作戦参謀だ」
「大袈裟な呼び方するな」
「へぇ、勘所わるくない」
そう聞くと、MEMちょは小悪魔のように笑いながら関心の声を上げた。
「今のこの状況って、広告代理店風に言うと『能動視聴者数が多く強いインプレッションが期待出来る状況』ってやつなの」
ウキウキした様子で語られるMEMちょの説明を要約すると……現時点で黒川あかねを批判している視聴者は全体で見ればほんの数パーセント程度のもので、それ以外の殆どが様子見をしている状態……つまりは『答えを求めているユーザー』なのだと言う。そこへ『共感性の高い意見』を放り込めば、その大半はそれが正義だと思い込み、彼女に付いている悪いイメージを上書き出来るかもしれないとの事。
「アクたんが作った動画を私達なら公式アカウントでアップ出来るし、導線は確保出来てる。動画のクオリティ次第ではデカめのバズも期待できる……完成したらデータちょうだい! アップしとくよ!」
「いや、それ位自分で……」
「アクたんは何曜日の何時にアップするのが一番RT数稼げて、何文字程度の投稿が一番インプレッション高いか知ってるの?」
「いや……」
出来ると言おうとしたアクアの言葉を、MEMちょは彼の肩に腕を乗せながら遮るように問う。流石にそこまで詳しくない…何ならいつ投稿しても同じだろとすら思っていたアクアは、咄嗟に答える事が出来なかった。
「私はネット上のマーケティングとセルフプロモーションでここまで来たんだよぉ?」
そしてくるくると軽い足取りでそう言いながら離れると、MEMちょは再びレンとアクアの二人と向き合いつつ、スマホ片手に不敵な笑顔を浮かべて得意気に言った。
「こう見えて──バズらせのプロなんだけどぉ?」
「ふぅん? じゃあ俺、楽曲提供するよ」
MEMちょ以外の他のメンバーからも素材となる動画や写真を提供してもらおうと彼等に事情を説明したところ、それを聞いたバンドマンの森本ケンゴがそんな提案を口にした。
「そんなの出来るのか?」
「いや俺、レーベル所属の音楽でメシ食ってるプロなんだけど……自分のバンドで作詞作曲してるし、ヨソに提供してたりすんだけど……」
そう言うとケンゴは背負っているケースから愛用のギターを取り出すと、軽くジャランっと鳴らして見せる。
「なんかエモい感じで泣かせりゃいいんだろ? 得意得意!」
「ははっ、頼もしいな」
思わぬ収穫にレンは笑う。どうやら彼らにも協力を仰いで正解だったようだ。
「でもやっぱさ、私とレンのあのシーンは欲しくない?」
「? あのシーンって?」
するとそこへ、レンの隣にひょっこりやって来た鷲見ゆきがそう声を掛ける。
「ほら、あかねが私を庇ったレンを叩いちゃって、それをレンがあやしてから私が優しく抱き締めるシーン♡」
ゆきが言っているのは、ある意味今回の騒動の発端となってしまったシーンの事。番組側の演出により悪意あるモノに変えられたが、その全容を観れば彼女達の友情を示す事が出来るだろう。もっとも、その映像が残っていればの話だが。
「でもあそこ、カメラ止まってて……」
「ふふっ、甘いなぁ。プロモデルである私が定点カメラの位置を気にしてないと思う? 一応カメラに気持ち良く映るポジでやってたんだよ?」
「色々台無しなんだけど……」
まさかの打算ありきでやっていたという事実に、ノブユキは若干引いていた。
「となると……番組はそんなシーンを持っていたにも関わらず、素知らぬふりして黒川さんを悪役に仕立て上げる演出にした…って事か」
「そう、絶対分かってて隠してるんだよ。ズルイよねー」
「ああ……まったくだッ……!!」
レンは苛立ちを隠そうともせずにそう言うと、いきり立った足取りで教室から出て行った。そんな彼を、アクアが慌てて追いかける。
「おい待てレン! どこ行く気だ?」
「決まってんだろ。あのプロデューサーと交渉して隠し持ってる映像を提供してもらうんだよ」
「それについては同意見だが……頼むから早まったマネはすんなよ?」
「わかってる、考え無しに暴力に訴えるようなバカな事はしねーよ。ただやっぱりイラつくんだよ……テメェ等の都合で悪役にされた奴が今どんな目に遭ってて、どれだけ苦しんでんのか……それを分かった上で見て見ぬふりをしてる奴等にはよ……!!!」
「…………そうだな。それも同意見だ」
そう言いながらレンとアクアの2人は、多少の怒気を滲ませながら揃ってプロデューサーのもとへと向かって行った。
「いやまぁ、あるにはあるけどね? 映像データは持ち出し厳禁。流石に渡せないぞ」
拍子抜けするほどあっさりと、プロデューサーは映像を隠し持っている事を認めた。認めた上で、提供を拒んできた。
しかしその返答は予期していたのか、すぐさまアクアが言葉を返した。
「そうですね。表に出れば出演者を悪役に仕立て上げる演出をしたって白状するようなものですから。この注目されている中そんな事をすれば、あかねへのバッシングが番組へ向かいかねないですもんね」
「…………理解が早くて助かるよ」
アクアの含みを持たせた言葉を肯定するように、プロデューサーは言った。
「僕等がやっているのは『リアリティーショー』というエンタメだ。皆リアリティのあるイザコザが楽しみで番組を観ている。僕等はあかねに何も強制していない。それはあかねの選択で、僕等は視聴者に向け、分かりやすく演出しているだけ。嫌ならNG出せば良かった。そうすればこっちだって使わなかった。違うかい?」
「白々しい……!」
そう語るプロデューサーに対して、レンが不快感を露わにしながら荒々しい口調で言う。
「アンタは黒川さんが責任感強いって事、知ってんだろ?」
「知ってるよ、ずっと撮ってるんだし」
「だったらあの時の彼女が、番組で思ったような成果が出せなくて功を焦っていた事も分かってたはずだ。そこへ『こうすれば目立てる』なんて唆せば、彼女が藁をも掴む思いで実行する事も……そんな状況と精神状態で『出来ません』なんて言える訳が無いって事も……アンタは全部分かってたんだろ」
「…………………否定はしないよ」
鋭く睨みながらそう指摘するレン。それを受けたプロデューサーは言い逃れはせずに、潔くその指摘を認めた。だとしても、あちらの意見は変わらない。
「それでも……あかねはプロで、僕等も仕事でやっている」
「プロだと……」
プロデューサーの発した〝プロ〟という言葉に反応したレンが、即座に言葉で詰め寄る。
「プロが相手なら自殺まで追い込むような事をしても良いってか……プロなんだから謂れの無い誹謗中傷を寄って集って浴びせられても仕方ないってか──ふざけんじゃねェぞ」
拳を強く握り締め、怒りを滲ませた眼光で相手を睨みながら、レンは力強く叫ぶ。
「今の黒川さんは深く傷ついて苦しんでいるただの女の子だッ……プロだの仕事だのを言い訳にして──今の彼女から目を逸らしてんじゃねェよ!!」
「……………………」
レンの叫びに対して、プロデューサーはキャップを深く被り、ツバで目元を隠しながら気まずそうな様子で押し黙る。するとそこへ、アクアが更に言葉を重ねる。
「Dは今いくつですか?」
「……35だけど」
「あかねは17だ。プロだろうとなんだろうと、17歳なんて間違いばっかのクソガキだろう」
そしてアクアもまた、真っ直ぐとプロデューサーを見据えながら強い口調で言い放つ。
「大人がガキ守らなくて、どうすんだよ」
そうして2人の言葉を受けたプロデューサーは……しばらく沈黙したあと、やがて観念したかのようにポツリと呟いた。
「…………はぁ──どっちも言えてるなぁ」
その後、必要な素材を集め終えた彼等は早速アクアを中心に動画編集に取り組んでいた。因みに場所は本職ユーチューバーであるMEMちょの仕事部屋だ。
「あー違う違う!そこ長尺の方が素人が頑張って作った感が出るって!」
「ここで俺の曲でしょ!」
「バーンって感じで行こうぜ!」
「うっせぇなぁ……」
わいわいがやがやと賑やかな声を背中に受けながらげんなりとした顔でPCを操作して作業を進めていくアクア。動画編集というのは割と大変らしく、彼は既にグロッキー状態となっていた。
「おーい、メシ出来たぞ。運ぶの手伝ってくれ」
「「「はーい!」」」
そこへエプロンを纏ったレンがやって来るなりそう告げる。どうやらキッチンを借りて彼等の食事を作っていたらしい。それを聞いたアクア以外のメンバー達は元気良く返事をしながらいそいそと動き出す。具体的にはノブユキとケンゴがテーブルを設置し、ゆきとMEMちょが出来上がった料理と食器を運ぶ。
「ってかメッチャ良い匂いするんだけど! 何作ったんだ、レンレン?」
「唐揚げ。全員の好みとか分かんなかったから、取り合えず無難なモンにしといた。多分嫌いな奴は居ないだろ?」
ノブユキの問いに答えるレンの言う通り、テーブルの中央に置かれたのは大皿に盛られた揚げたての唐揚げ。その他にも全員分のサラダや味噌汁等の副菜も置かれている。
「米は鷲見さんの要望通り、麦飯にしてあるから」
「ありがとー♪」
「さっすがレンたん、料理だけじゃなくて気遣いも出来る男だねぇ」
モデル故に色々食事に気を付けているゆきに配慮している辺りマメな男である。これにはMEMちょもニッコリ。
「ああ……メシか……?」
「その前にアクアは一回寝ろ。死人みたいな顔してるぞ。メシは取り置いといてやるから」
「大丈夫だ……慣れてる……」
「慣れちゃダメだろ」
そこでようやく食事に気付いたアクアが立ち上がろうとするが、それをレンが制する。流石に寝不足と疲労で顔色が悪過ぎるので一度休むように勧めるが、彼は首を縦には振らない。いわく、映像編集のスキルを習った映画監督の所では日常茶飯事だったらしい。
「そんなフラフラの状態で集中力が持つ訳無いだろ──っと」
「うっ……!?」
なので仕方なく、レンは武力行使を決行。アクアの首筋に素早く且つ正確にトンッと手刀を当てて意識を刈り取り、強制的に眠らせる。そのままガクリと崩れ落ちた彼の体を受け止め、そっとソファに運んで寝かせた。
「これで良し」
「「「ちょっと待て!!」」」
その直後、一部始終を見ていたメンバー達からの総ツッコミが入った。
「ちょちょちょレンたん! 今何やったの!?」
「首トン!? 首トンだよなぁ!?」
「俺首トンで人を気絶させる奴初めて見た!!」
「えぇ…怖ぁ……」
そう興奮気味に騒ぐ面々に対して、レンは呆れたように溜息を吐きながら言葉を返す。
「大袈裟だな、ちょっと眠らせただけで大した事はしてねーだろ?」
「いやそれ気絶な」
「十分大した事だと思うよ」
「取り合えずレンたん、動画撮りたいからノブ君相手にもう一回やってくれないかな?」
「なんで俺!?」
「あーうるせぇうるせぇ。メシが冷めるだろ、ギャーギャー騒いでねェでさっさと食え」
面倒臭くなったレンはしっしっと手を振って雑に対応する。それに釈然としないながらも彼等は一旦追及を諦め、レンが用意した食事にありつく事にしたのだった。
因みにレンの料理は、後に目覚めたアクア含む今ガチメンバーに大変好評だった。
そしてその後もアクア主導による編集作業は続いていく。
「てかスタッフさん、こんな写真くれたんだけど!」
「やばーっ! 使お使お!!」
「いや構成……」
盛り上がっているゆきとMEMちょをアクアが疲れた声で諫めようとするが、2人の耳には入っていない。
「あっ! じゃあこれも使っちゃう!? あかねがレンたんにお姫様抱っこされてる写真!!」
「いいねー! 採用!!」
そう言ってMEMちょが見せたスマホに映し出されているのは、いつぞやのレンが何気なくあかねを抱え上げた時の写真だ。
「? そんな俺とだけ写ってる写真より、もっと皆と一緒に笑ってる写真とかの方が良いんじゃないか?」
「いやいやレンたん、それ本気で言ってるのぉ? こういう男の子にお姫様抱っこされるなんて、女の子にとっては憧れのシチュなんだから使わない手は無いでしょー?」
「………そういうもんか?」
「そういうもんなの!」
「ふーん……………」
MEMちょにそう断言され、レンは一応納得する。それと同時に、彼は何か考えるように顎に手を当てて、そのまま押し黙ってしまう。
それからポクポクと擬音が聞こえそうな程思考を巡らせること十数秒………チーンという音がレンの脳内に響き、ある一つの答えを導き出した。
「なあ…………………もしかして俺、黒川さんに結構とんでもない事してた?」
「何を今さら」
「気付くの遅いぞ」
そんなクソボケがクソボケムーブをかましているのを他所に、動画編集は着々と進んで行く。因みに例の写真を使う事に関しては、あかねの羞恥心を考慮したアクア監督の判断により却下された。
「良いよ! 凄く良い!」
今のPC画面には、それぞれが持ち寄った写真が映し出されている。
女性陣3人が並んで笑い合っている写真。
レンvs男3人掛かりで腕相撲をしている写真。
番組内で作ったケーキを中心に写したあかねとMEMちょの写真。
飾り付けた教室でアクアの誕生日を祝う写真。
等々……
撮影の合間などで撮られたそれらは、どれもこれもメンバー達が楽しそうに笑い合っている光景が映し出されている。その中には勿論あかねの姿もあり、今の彼女に付けられている悪女というイメージには似付かわしく無い、明るく綺麗な笑顔を浮かべている。そして……あかねとゆきの例のシーンも。
そしてついに……編集した動画が完成した。
「あああ……やっと終わった……」
「お疲れさん」
「ほら監督、エンコード終わったよ。投稿しちゃうからね」
激務を終えて体を伸ばすアクアに対して、レンが労いの言葉を掛け、MEMちょが早く投稿しようと呼びかける。
「くそ…良いスペックのマシン使ってるな…もう少し休ませろ……」
アクアはそんな文句を言いながらものそのそと起き上がり、PCの前まで移動する。準備は整ったので、後は投稿するだけだ。
「どん位伸びるかな♪ 最低でも5000は行って欲しいよねぇ」
「それも結構難しいよー、気合い入れて作ったものほど意外と伸びなかったりするからねぇ……最初の1分で100RT位行けば……最終的には結構なバズにはなると思うけど」
「100な」
「まぁやるだけやったんだ! さぁ、ショーダウンと行こうぜ!」
「お前が一番何もやってねぇくせに……」
「リーダー面が酷いね」
そんな事を言い合いながら、完成した動画をツイッターに投稿した。同時に、全員が固唾を飲んでPCの画面に釘付けになる。
そして……僅か十数秒後には、RT数が200を超えた。
「イケる!! これイケるきたぁあああ!!」
「「「よっしゃぁぁぁあ!!!」」」
最初にMEMちょが歓喜の声を上げ、ゆきとノブユキとケンゴもそれに続いて盛大に勝鬨を上げる。
「アクア」
「ん」
そんな彼等を尻目に見ながら、レンとアクアも計画が成功した事を称え合うように、互いにグータッチを交わしたのだった。
彼等が投稿したこの動画は、24時間後には7万4千RTを達成。
黒川あかねのイメージを変革すると同時に、『今ガチ』の人気を決定づけるものとなった。
その後……あの動画を切っ掛けに、炎上騒ぎはある程度の収束を見せた。完全に解決したという訳では無いが、あかねのイメージを上書きするという点では十分に目的は達成したと言えるだろう。
アクアいわく、それでも事ある度に蒸し返されて、言い続ける奴は10年後も言い続けるだろうとの事だ。
「だけど……うん、次の収録から復帰する」
「良かったぁ」
「けど、今度は無理はしないようにな」
「うん……ありがとう、夜代君」
収録現場にやって来たあかねは、例の動画に勇気付けられた事もあり、近々撮影に復帰する旨を伝えた。それを聞いたレンとゆきとMEMちょは喜び、安堵する。
「これからはさ、あかねもちょっとキャラ付けた方が良いんじゃない? やっぱ素の自分で出て叩かれるとダメージ大きいし」
「そうだな。何かしら演じてたらその『役』が鎧になる。素の自分を晒しても傷付くだけ。これは別にリアリティーショー限った話じゃない。社交術としても重要な概念だ」
MEMちょの提案にアクアが同意する。彼自身、素の自分を封じて何重にも演じているのから説得力はある。
「アクたんも何重に演じてるもんねぇ。もう少し奥底見せてくれても良いんだよぉ?」
「断る」
「まぁアクアの場合、出てくるのは陰の闇系を拗らせた面倒臭い本性くらいだもんな」
「黙れ」
MEMちょとレンから余計な茶々が入るが、アクアはそれを冷静に切って捨てる。
「私…演技は得意だし……やってみようかな」
するとその提案に、あかねは気恥ずかしそうにしながらも実行する意思を見せた。
「そうだよね、あかねって地味に女優だし」
「むしろそれしか取り柄無い……でも、どんな役演じればいいんだろ?」
「んー……レンたんはどういう女が好み?」
「え? 俺?」
「こういうのは男の意見も必要だからねー♪」
「だったらアクアにも聞いた方が……」
「俺を巻き込むな」
ずいっと唐突にMEMちょとゆきに挟まれてそう問われるレン。この『今ガチ』という恋愛劇において、特定の異性の好みに合わせて演技をするという彼女達の意図は分からないでもない。だがそれを自分に聞かれても……と、レンは助けを求めるようにアクアに話を振るが、すげなく見捨てられた。
「理想の女性像を教えてあげてよ」
「理想……って言われてもなぁ……」
困ったようにぼやきながら、うーんと頭を悩ませるレン。
「そんなに悩む事かなぁ?」
「顔が可愛いとか、性格が優しいとかの好み位はあるでしょ?」
そんなレンの様子にMEMちょとゆきが怪訝な顔をする。しかしそもそも彼は恋愛事に関しては疎いので、女性の好みなど聞かれてもすぐに答えられないのだ。
「うーん……顔は特にそこまで頓着はしねぇかな。性格も悪過ぎたりキツ過ぎたりしなければ別に……」
「いやハッキリしなさいよ」
「優柔不断男のお手本のような回答」
ゆきとMEMちょの2人から容赦無く浴びせられる非難の声。そろそろキレても良いだろうかと思ったが、確かに玉虫色の答えだったと自覚しているレンはその憤りをグッと飲み込んだ。
「仕方無ぇだろ、今までそんな事考えた事も無いんだからよ……」
「あ~~…なるほど……薄々思ってたけど、レンって恋愛に興味が無いタイプね。性別とか関係無く皆を友達としか見てない感じの……」
「うわぁ……これはあかねも色々苦労しそ~」
「何こっちをチラ見しながらヒソヒソ話してんだ? 言いたい事があんならハッキリ言えよ」
2人が何を話しているのは聞こえないが、取り合えずムカつく事だという事は理解したレンは額に薄っすらと青筋を浮かべる。
すると、そんなレンを流石に不憫に思ったのか、今まで我関せずと静観していたアクアが助け舟を出した。
「そこまで難しく考える必要は無いだろ。理想じゃなくても、身近に居る女性像とかでも良いから思い浮かべてみたらどうだ?」
「身近に……」
そんなアクアの助言を受けて、レンは思考を巡らせる。そしてすぐに該当する人物の顔が思い浮かんだ。
「…………アイ…………」
「アイ?」
レンはつい浮かんできたその名をポロっと口にしてしまい、それを耳聡く拾ったMEMちょが反応した。
「あ、いや…今のは違──」
「それってもしかして、B小町のアイの事?」
「「!」」
次いでMEMちょが言い放ったピンポイントな指摘に、レンだけでなくアクアまでも体を強張らせた。
「アイって、昔死んじゃったアイドルの人?」
「そそ。故人だけど同じ事務所のレンたんとアクたんにとっては身近とも言えるかも。違う?」
「いや……うーん……」
「………………」
違うとも言えるし、違わないとも言える……非常にややこしい問い掛けにレンはつい言い淀んでしまい、彼女達にはそれが肯定の意だと誤解されてしまった。アクアもアクアで何か思うところがあるのか何も言わない。
「あーこういう系がスキなんだぁー」
「メンクイだ〜」
素早くスマホで画像検索したMEMちょが出て来た〝アイ〟の写真を全員に見せ、それを覗き込んでいるゆきと一緒にニヤニヤと揶揄からかうように笑う。一方であかねは何やら一生懸命メモを取った後、意を決したように口を開く。
「夜代君の好みの女の子、やってみるね!」
「黒川さん? 別にそれが俺の好みってワケじゃ……」
「やれやれー!」
「レンを落とせー!」
何やら勘違いしているあかねの誤解を解こうとしたレンだが、その声は悪ノリした野次馬2人の声にかき消されてしまい、それは叶わなかった。
「ふん」
そんな彼等を、アクアは誰にも聞こえない位小さく鼻を鳴らしながら冷めたような視線で眺めていた。
「(アイの真似なんて誰にも出来ない。あれは天性のものだ)」
あの太陽みたいな笑顔、完璧なパフォーマンス、まるで無敵に思える言動、吸い寄せられる天性の瞳……それらは全て彼女だからこそ出来るものだ。例えあかねが女優であろうとも、あの生き写しのような彼女であろうとも、再現する事など不可能だと、考えながら。
「(もう……成るように成れ)」
一方でレンはもう訂正する事に疲れたのか、流れに身を任せる事にした。
レンはB小町としての〝アイ〟の事など何も知らない。完璧で究極のアイドルだの、一番星の生まれ変わりだの言われているのは知ってはいるが、その程度の認識だ。むしろ長年の付き合いである死神としてのアイの印象が強すぎて同一人物であっても、レンの中でイメージが結びつかないのだ。
「(まぁ…たとえ演技でも、あいつの物怖じしない堂々とした自信を黒川さんが身に付けられれば上等か)」
──頑張ろ。そう決意しながら黒川あかねは帰路を歩く。そんな彼女の脳裏に浮かぶのは、彼の事ばかりだ。
彼……夜代レンは彼女を助ける為に行動してくれた。嵐の中、危険を顧みず探しに来てくれた。自ら命を投げ出そうとした彼女の手を掴み、力強く引っ張り上げてくれた。
嬉しかった。受けた恩は必ず返さないといけない……もし彼の好みを演じてアピールすれば喜んでくれるかもしれないと考えれば、自然と胸が高鳴った。
「B小町のアイ……資料集めないと」
そうしてあかねがまず向かったのは『国立国会図書館』。そこでB小町の〝アイ〟に関する資料を集められるだけ集め、複写サービスを利用してそれらを自宅へと持ち帰った。
そして自室で持ち帰った資料とネットから得られた膨大な情報を精査して分析……プロファイリングを開始した。
「特徴はやっぱりあの瞳……自信から来るもの? だとしたら承認欲求は満たされてる。友人関係は薄そう?」
メモした分析結果をペタ、と壁に貼り付ける。
「でも異性関係は何かあるだろうな。家庭環境は良い? いや、この人格形成は劣悪な方向かな」
更にもう一枚、ペタっと貼り付ける。
「愛情の抱き方に何かしらのバイアスあり」
「ファッションはやや無関心」
「金銭感覚が節制傾向」
「思春期の段階で性交渉があった子特有のバランスの悪さ」
「歩き方が大股」
「十五歳あたりから破滅的行動に改善が見られる」
ペタペタペタペタペタと…次々と分析した内容を綴ったメモが壁に貼られる度に〝アイ〟という人間が少しずつ暴かれ、詳らかにされていく。
深い考察と洞察力により導き出された人格・感情・思考パターンに至るまでの分析結果が壁一面を覆う勢いで埋まっていく。
それらはまるであかねの脳内でパズルのように組み上がっていき、足りない分のピースは自身の解釈や独自設定で補う事で……やがて〝アイ〟という人物像が、徐々に輪郭を帯びて浮き彫りとなっていった。
そんな彼女の異質とも言える〝役作り〟は……一晩掛けて行われたのだった。
苺プロにて。
──ゾワワワ…!!
「うひゃぁぁ!?」
「!? ビックリしたぁ……どうしたのアイちゃん?」
「急に変な声出すんじゃないわよ」
「い…今なにか……ものすっごい悪寒が……!!」
「「?」」
数日後……黒川あかね、今ガチ復帰当日。
「本日よりあかねちゃん復帰になります」
「皆さん、ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした! 頑張りでお返ししたいと思っています! 宜しくお願いします!」
宣言通りに復帰したあかねは、まずスタッフ一同に謝罪しながら頭を下げた。事情が事情とはいえ、関係各所に迷惑を掛けたのは事実なので当たり前の事だ。
そんな彼女を、スタッフは暖かい拍手で迎える。取り合えず受け入れてくれた事にあかねはホッと息を吐いた。
「それではカメラ回し始めまーす」
ディレクターの掛け声に合わせてカメラが回り、撮影が始まる。同時にあかねは、そっと両目を閉じる。
「黒川さん、無理はしないようにな?」
そんな彼女に声を掛けながら、レンは先に前へと歩み出す。
「うん。わかってるよ──レン」
その瞬間……レンは背後から感じた違和感に驚嘆せずにはいられなかった。突然名前で呼ばれたからではなく、彼女の雰囲気がガラリと変わったのを肌で感じ取ったからだ。
「ふぁっ…眠いんだよね、収録早すぎてさー。あっ、もうカメラ回ってる?」
明らかに普段の彼女は全く異なる言動と口調だが、どうしてかそれが生来のものであると錯覚してしまう。そして何より……今の彼女の雰囲気は、彼がもっとも慣れ親しんだ『彼女』のものと酷似していた。
「てへっ☆」
そうして思わず振り返ったレンの目の前に居たのは、間違いなく黒川あかね本人だった。
姿かたちは何一つとして変わっていない。それでも彼女の雰囲気が…一つ一つの動作が…紡がれる言葉が…そして何より星を宿したかのような輝きを持つ双眸が……〝アイ〟を彷彿とさせる圧倒的な存在感を放っている。
別人どころではない……まるで〝アイ〟そのものに成り切ったかのような演技。演者も、スタッフも、カメラすらも……まるで引力を持ったかのような存在感に目を向けざるを得なかった。
そして……そんなあかねの姿を目の当たりにしたレンの反応はと言うと……
「────────────えぇ……」
ドン引きである。
「……………あれ?」
To Be Continued
どこで切っても中途半端になりそうだったので走り切りました。
・夜代レン
動画編集の際は食事担当。見事にメンバー達の胃袋を掴む事に成功した。
後半は慣れない恋バナに辟易気味。あらぬ誤解を受けたがもう訂正するのも面倒なので放置してたら最後の最後にとんでもねぇ傑物を目の当たりにした。
取り合えず演技をしているあかねを見た瞬間、僅かに胃痛がしたのはここだけの秘密である。
・星野アクア
とうとう動き出した原作主人公。
本来では動画編集による疲労と寝不足で死にかけていたが、今作ではレンが定期的に睡眠(首トン含む)を取らせていたので多少はマシ。接種していたエナドリも2本ほど減った。
因みに今ガチ編における彼の活躍は今回でもうほぼ終わりである。ドンマイ。
・黒川あかね
復活&覚醒を果たしたヒロイン候補(確定)。
卓越したプロファイリング能力がついに解禁。因みにこの能力と霊力は無関係なので、素でやべー能力である。
復帰一発目の渾身の演技はまさかのレンにドン引きされる展開に。人の心とか無いんか。
・星野アイ
謎の悪寒に襲われる。気のせいだが気のせいでは無い。