01
凍えるような寒さが終わりを迎え、野原に花が咲き始める温かな季節。此処、グレイスフィア王国の王都に位置する王立学園では入学式が行われようとしていた。
王国でも最高峰の教育機関と名高い王立学園。そこには国中の才能ある者達が集められており、確かなポテンシャルさえ見せれば身分を問わず入学できる。
「此処が王立学園……」
そして彼もまた、そんな狭き門を潜って王立学園に入学してきた者の一人である。
ルーク・アートマン。アートマン男爵家の一人息子である彼は、聳え立つ巨大な門を前にして立ち尽くしていた。
学園に通う為に初めて王都を訪れた時も、その街並みにルークは圧倒されていた。しかし目の前に立つ建造物からは、それ以上の迫力が感じられた。
「今日から三年間、俺は此処に通うのか」
今になって現実味が湧かなくなってくる。本当に自分は王立学園に入学できたのか。そもそも自分にそれほどの価値が果たしてあるのか。
期待から一変、不安ばかりが募り続ける。
「……よしっ、頑張ろう!」
しかしそんな考えを吹き飛ばすように、ルークは握り拳を作って意気込む。後ろ向きじゃこの先やってられないと、彼は気合を入れ直して門を潜る。
「───なあに一人で盛り上がってんのよ!」
だが一歩前に踏み出した直後、何者かに背中を強くはたかれた。
「うわっ!?」
「あんた、アタシの存在忘れてたでしょ」
危うく転び落ちそうになるルーク。踏ん張って体勢を整えていると後ろからそんな事を言われた。
「い、いや、別にエリーゼの事は忘れてないよ」
弁明しようとルークは振り返る。そこにはジト目でコチラを睨む、ハーフツインテールの少女が居た。
「本当かしら? なんかあのままアタシを放って先に行きそうな勢いだったけど」
「うっ……」
図星だと言わんばかりに言葉を詰まらすルークに、エリーゼと呼ばれた少女はどんどん怒気を強める。
「ご、ごめん! ちょっと圧倒されちゃってたんだ」
言い訳は自分の命を縮めるだけと悟ったルークは、潔く正直に答えた。
「……まあ、気持ちは分かるわ。アタシも平民だし、実際ちょっとビックリしたわ」
そしてその判断は間違いじゃないようで、エリーゼは昂る怒りを鎮めていった。
「あはは、俺って貴族なんだけどな」
「なによ、今更貴族扱いして欲しいわけ? ちっちゃい頃、一緒に泥遊びした奴の事を?」
「う、うーん、そう言われると……うん、まあいいか」
別に貴族だから敬えと言いたい訳じゃないので、ルークは大人しく引き下がる事にした。
「それにしても」
ふとエリーゼは周りを見渡す。
「凄い人の数ね。それになんというか、みんなオーラがあるわ」
彼女の言う通り、周りには大勢の人達が居て、その全員が学生服を身に付けて王立学園の門を潜っていた。
「……うん、流石は王立学園って事なんだろうね」
エリーゼの言葉にルークは深く同意する。
(当たり前だけど、俺より優秀な人達が沢山いる)
見ただけで分かるほどの実力差、それを感じ取れる人物がそこら中に居た。
(俺も負けないよう頑張らないとな)
しかしルークは先ほどのように怖気つく事は無い。寧ろ気を引き締める思いでいた。
(……ん?)
不意に、一人の人物が視界に入る。
「───」
その人物にルークは思わず視線を引き寄せられ、そして見惚れた。
肩まで伸びたプラチナブロンドの髪。大海のように深く、蒼い眼。穏やかで優しい顔立ちに、浮かべる微笑みは天使のよう。
慈愛に満ちた聖女。そんな言葉がこれ以上なく似合う少女であった。
「…………」
「ねえ」
ボーッと少女を見つめるルークに、ドスの効いた声で呼び掛ける者が居た。
「え? あっ、どうしたのエリー……ゼ」
当然エリーゼである。ニッコリと笑みを浮かべているが、滲み出る負のオーラが彼女の心情を物語っていた。
「またアタシの存在忘れてたでしょ? しかも他の女に見惚れて」
「ち、ちがっ! いや違ってないけど、その本当にごめ」
「悔い改めろ!!!」
……その日、王立学園の華やかな入学式に似つかわしくない断末魔が辺りに響いた。
▼▼▼
入学式は何事もなく終わりを迎えた。初めは緊張と期待感を露わにする者達が多く居たが、入学式が終わる頃にはほとんどの者が王立学園の一生徒であるという自覚を持ち、心なしか顔付きが変わっていた。
「……えっと、エリーゼ?」
入学式の次は、寮の案内となっている。寮の案内は男女に分かれて行われるのだが、ルークは合間の小休憩を使ってエリーゼに話しかけた。
「なによ?」
「さっきはごめん、言われた直後にまた無視しちゃって」
自分に非があればすぐに謝る。
「それでその……あの後考えたんだけど、エリーゼがあそこまで怒った理由が分からなくてさ。他にも何か理由があれば俺に教えて欲しいんだ」
そしてしっかり反省し、向き合おうと努力する。それが彼の美点であった。
「……馬鹿」
「うっ……ごめん、本当に分からなくて。けど俺も同じ事で怒られないよう頑張るから!」
「だあもう! うるさいうるさい! もう怒ってないから! というかアタシの方こそごめん!」
「へ?」
突然謝り返されて困惑するルーク。
「その、流石にぶつのはやり過ぎだと思ったわ」
「あー、うん」
ぶつ、なんて可愛らしい表現で済むだろうかと、顔面パンチされた事を思い返すルークだが、何も言わない事にした。
「それに全部あんたが悪い訳じゃないの。悪いと言ってもせいぜい七割ぐらい」
「七割……ど、どの辺りが悪かった?」
「あ、あんたが女の子に見惚れてたとこ」
「……」
俯いて考え込むルーク。そんな彼をエリーゼは頬を赤く染めながらチラチラと覗き見る。
「ごめん、分からないかも」
考えて考えて、そうキッパリと答えたルーク。好意に鈍感な所が、彼の悪い所であった。
「……もういい!」
「あーごめん! チャンスを、俺にもう一度だけチャンスを!」
エリーゼにそっぽ向けられた事に焦るルーク。このままイチャイチャして小休憩が終わる。そう思われた。
「───ねえ良いんじゃん、俺と遊ぼうよ」
ふと、そんな言葉がルークの耳に届く。
「ごめんなさい、今から寮の案内があるんです」
「大丈夫だって抜け出しても、なんなら俺が案内しようか?」
思わず声の聞こえた方向を振り向けば、そこには顔の良い男子生徒が新入生の少女に話しかける光景があった。
「……」
「うわぁ、なにあの男、もしかして上級生?」
堂々とナンパする男にエリーゼはドン引きしながらも、男の学生服を見て上級生なのだと冷静に分析する。
また、引いているのはエリーゼだけじゃない。近くに居る者達も男の行動に騒ついていた。
「……ごめんエリーゼ、ちょっと待ってて」
「え? あ、ちょっと」
入学早々、面倒事に巻き込まれたくないと皆が遠巻きに眺める中、ルークは一人前に出る。
「あの、ですけど」
「ねえ駄目かなー?」
「あの、すみません」
「……あ?」
そして迷う事なく男に話しかけた。
「彼女も言ったように、俺たち新入生はこれから寮の案内があるんです。なのでそういう事はやめて頂けると」
「なにお前? この子の知り合い?」
「いえ、彼女とは……」
知り合いでは無い。そう言おうとした直前、ルークは女子生徒の顔を見て一瞬固まる。
男にナンパされていた生徒とは、今朝方に自分が見惚れていた少女だったのだ。
「……あの、どうかしましたか?」
「っ! い、いや、なんでも無いよ!」
少女は自身を見つめて固まるルークを見て、心配そうに顔を覗かせる。
「知り合いじゃないなら引っ込んでくれない? まあ知り合いでも邪魔すんなって話だけど」
そんなルークと少女の掛け合いを見て、男は明らかに不機嫌となっていた。
「そうは行きません。合意のもとだったら俺もとやかく言うつもりはありませんでしたが、見ていた限り彼女は困っていました」
ルークがすぐに助けようとしなかったのは、本当にその必要があるかを見極める為である。結果、彼は助けるべきだと判断したのだ。
「鬱陶しいなぁ」
しかし男は納得していないらしく、なおも不満気だった。
「いいからさぁ───」
男はおもむろに片腕をルークに突き出すと、
「───引っ込んでなよ!」
その手のひらから衝撃波が発生した。
「なっ!?」
突如自身に向けて放たれた衝撃波。回避する暇なんて無く、そのまま吹き飛ばされる。
……少なくとも、そう男は思っていた。
ルークは衝撃波を受ける直前、異常な速さで横へと飛び退いて回避したのだ。
「チッ、外したか」
しかしルークの不自然な挙動を見ても男は動じない。
「……先輩、今のは冗談じゃ済みませんよ」
「だったら大人しく引っ込んだらいいじゃん」
責めるように問うたルークだが、男は悪びれる様子もなく言い切る。
「ちょっとあんた、ルークに何を!」
突然の凶行に周りは大きく騒つき、エリーゼも怒りを露わにして前へ出ようとする。
「下がっててエリーゼ!」
しかしルークは、そんな彼女に動かないよう強く呼び掛ける。
「でも!」
「俺は大丈夫だから! エリーゼは近くに居る先生を呼んで来て欲しい」
「ッ、分かった!」
無茶しないでねと、エリーゼは最後にそう言ってその場から離れた。
(……ああ言ったけど、正直危なかった。まさか
男の不意打ちを見事に回避して見せたルークであるが、その内心では焦っていた。
加護、神を信仰する事で手にする超常の力。男の手から衝撃波が放たれたのも、ルークの不自然な加速も、全ては加護の力である。
「先輩、ここまで騒ぎが大きくなると言い逃れは出来ません。先生が来るまで待って下さい」
得られる加護の力は千差万別だ。男の持つ加護は衝撃波を放つ力と形容したが、果たしてそれが正しいのかも分からない。
ルークは戦闘にそれなりの自信を持ち、少なくとも目の前の男に負けるとは思っていない。が、加護を使ってくる以上、思わぬ反撃を喰らう事も十分あり得る。
「……うるさい」
頼むから大人しくして欲しい。そんなルークの願いは、あっさり砕けた。
「うるさい、うるさい! もう後がないんだ。せっかく王立学園に入学できたってのに、いい思いの一つも出来ちゃいない!」
余裕たっぷりな笑みを浮かべる甘いマスクから一変、危機迫った表情はまるで幽鬼のようだった。
「最後ぐらい……最後ぐらい……!」
男は右手を前に出し、手のひらを上に向ける。すると手のひらの空気が揺らぎ始めた。
「俺にいい思いさせろォ!!!」
「ッ!」
男は出来上がった空気の塊をルークにぶつけるように、右手を思いっきり振りかぶった。
(不味い回避を……イヤ駄目だ!)
もう一度飛び退いて避けようとした直前にルークは気付く。一度目の攻撃を回避した時、運悪くナンパされていた少女の前に来てしまっていたのだ。
このまま避ければ代わりに彼女が傷付いてしまう。そう考えたルークは、己の加護を再び発動した。
(【アクセル・ワン】!)
両腕を前に出して、一歩前進する。瞬間、彼の肉体は一瞬だけ急加速した。
「〜ッ!」
前に勢いよく進んだ事で、後ろへ吹っ飛ばされる事は無かった。しかし攻撃に自分から向かう形で真正面から突っ込んだ為、ルークの両腕からは鈍い音と共に激痛が走る。
「……フンッ!」
そのまま崩れ落ちそうになるが、気合いでなんとか持ち堪えた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「な、なに粘ってんだ! クソッ、さっさと倒れろ!!!」
まともに攻撃を喰らったのに倒れないルークを見て男は怖気付き、その怯えを誤魔化すように続けて攻撃を仕掛けようとする。
「───そこまでだ!」
しかし、男の凶行がこれ以上続く事は無かった。
「ふ、風紀委員」
「これ以上、ここでの騒ぎは許さない」
男の暴走に待ったをかけたのは、服装がきっちり整っている四角いメガネを掛けた少年であった。
男はその者を見て畏怖の視線を向けるが、向こうは構わず話を進める。
「ローグ・ボンロード、お前はまだ停学処分中の筈だ」
「……」
「言った筈だ、次に問題を起こせば退学処分を受ける事になると。……まさか、入学式の日に問題を起こすほど愚かだとは思わなかったが」
風紀委員の男を見る目は何処までも冷え切っており、侮蔑の感情がありありと伝わってきた。
「覚悟しておけ、退学処分だけで済むと思うな」
そして最後にはっきりと、男に向けて断罪の言葉を述べた。
……この場に居る者は皆、理解する。この瞬間、彼は終わったのだと。
「ふ、ふざけん───」
当の本人は理解を拒み、コチラを見下し続ける目の前の風委員に先ほどのような空気の塊を放とうと手のひらを向ける。
「───言った筈だ。これ以上の騒ぎは許さないと」
しかしその直前、男の腕が一瞬の内に石化する。
「う、うわあああ!?」
「安心しろ、暫くしたら治るよう手加減している」
男は動かなくなった自身の腕を見て錯乱する。もはや戦う意志など残っていなかった。
(……す、すごい)
一部始終を間近で見ていたルークは驚嘆する。瞬時に石化できる加護の強さもそうだが、それを手加減しているとは言え躊躇いなく人に向けれる度胸にルークは驚いた。
「ルーク!!」
半ば放心していたルークに、エリーゼは焦燥に駆られた様子で駆け寄ってきた。
「あ、エリーゼ」
「大丈夫!? 怪我は!!?」
「う、うん大丈夫。それよりありがとうエリーゼ、あの人を呼んで来てくれて」
彼がやって来なければどうなっていた事か。そう思ったルークは感謝の言葉を述べる。
「そんなの今はどうだっていいでしょ! もうっ、本当に無茶するんだから!」
「ご、ごめん、けどあのまま見過ごすなんて出来なくて」
「だからって一人で体張る事ないでしょ! 本当に……心配、したのよ」
「エリーゼ……」
彼女がどれだけ心配していたのか。頬に伝う涙を見てルークはそれを理解し、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「「……」」
ちょっぴりしんみりした空気が二人の間に流れる。
「あのー」
そんな二人の間に割って入る者が居た。
「君は……」
声を掛けてきたのは、件の男に絡まれていた少女である。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。君の方こそ怪我は無い?」
「はい、おかげさまでなんともないです。先ほどはありがとうございました」
少女は穏やかな笑顔で答え、丁寧にお辞儀をする。
「ところで、本当に大丈夫なんですか? 私を庇った時にすごく辛そうなお顔をしていましたが」
「え? ……あ」
ルークは少女に言われて気付く。両腕で防御していたとは言え、モロに攻撃を喰らっていた事を。思い出したらなんだか無性に痛くなってきた。
「……ルーク? あんたまさか、痩せ我慢して」
「ち、違うんだエリーゼ! これは本当に忘れてただけで」
「やっぱり、少し見てもよろしいですか?」
「え? ちょ、何を」
睨み付けてくるエリーゼを早く宥めようと慌てたルークは、その隙を突かれて負傷した両腕を少女に触れられる。
すると少女の手から伝うように、淡い黄金色の光がルークの両腕を包み込んだ。
「こ、これは……」
そこから数十秒ほど経過した後に光は消え、
「痛くない……治ってる!」
ルークは両腕から痛みを感じなくなっていた。
「どうやら完治できたみたいですね。本当に良かったです」
ルークの腕を治した少女は、まるで我が事のように喜ぶ。その姿を見て、ルークは思わずドキッとしてしまった。
「ほう、これは凄い。治癒系統の加護でも高位に当たるな」
「うわっ!?」
いつの間に居たのか。先ほど男をあっさり無力化していた風紀委員の男子生徒が、すぐ側で自身の両腕をまじまじと見ていた。
「あ、風紀委員の方ですよね? 先ほどはありがとうございます」
「ありがとうございます。すぐに対応して下さって」
驚くルークをスルーし、少女とエリーゼは彼にお礼の言葉を口にした。
「いや、風紀委員として当然の事をしただけだ。寧ろ事前に防ぐ事が出来ずすまない。せっかくの入学式を台無しにしてしまった」
「い、いえ、謝る必要なんてありませんよ」
腰を抜かしていたルークは立ち上がりながら、彼に向かって言う。
「元はと言えば、俺が出しゃばったから騒ぎが必要以上に大きくなったんです。……本当ならあなたのような人を探して連れて来るべきでした」
此処は最高峰の教育機関と名高い王立学園だ。王国でも重要度が高く、それ故に警備も固い。
自分は余計な事をしたのでは? ルークは今になってそんな事を思っていた。
「あの、そう卑下しないで下さい」
「え?」
そんな俯いてしまっている彼に、少女は言う。
「もしかしたら間違った事をしたのかも知れません。ですが、それであなたが自分を責める必要は無いです」
少女のつぶらな瞳は、しっかりとルークの眼を見ていた。
「あなたは誰かの為に動いて、そして成し遂げました。これは事実なんです」
「……」
「もっといいやり方があったんじゃって反省するのは良いと思います。ですが、やるべきじゃ無かったなんて思わなくて大丈夫ですよ」
あなたは頑張ったんです。そう言って彼女は微笑んだ。
「そっ……か、うん、ありがとう」
「いえ、立ち直れたのなら何よりです」
少女の全てを包み込むような優しい笑顔を見て、やっぱり初めて見た時の印象と相違ない人物だなとルークは思った。
「……君達の名前を聞いてもいいか?」
「……? 名前ですか?」
「ああ、俺はアレス・シュトロノーム。風紀委員の委員長を務めている」
まさかの風紀委員長だったかと、ルークは密かに驚きながらも彼に返事をする。
「ルーク・アートマンです」
「セレナ・ユークリッドと言います」
「……エリーゼ」
最初にルークが、次に少女改めセレナが、最後にエリーゼがルークの事をコッソリ睨みながら、それぞれ名前を告げた。
「ありがとう、もし良かったら風紀委員に入る事を検討してくれ。特にルーク君」
「え!? お、俺ですか?」
突然風紀委員の委員長に名指しされたルークは困惑し、なぜ自分なのか思わず問いかけていた。
「ああ、これは俺の勘だが、君は今後もああいった場面を見たら首を突っ込んで行くだろう」
「うっ……否定出来ません」
「風紀委員長として、一般の生徒が揉め事に介入するのは見過ごせない。だから無用な面倒事を起こさない為にも、君には風紀委員という役職を持って欲しいんだ」
「な、なるほど」
アレスの言葉には確かな善意があり、その内容も納得できる物だった。
ルークも自分の行いのせいで誰かの負担になるのはなるべく避けたいと思っている。
「……その時はお願いします」
故に彼は、風紀委員に入る事を決断した。
「ああ、その時は快く歓迎しよう。……それじゃあ、俺はそろそろ行く。風紀委員の仕事があるからな」
ルークの返答を聞いてアレスは満足そうに頷き、そして去って行った。
▼▼▼
入学した当日に風紀委員への内定が決まったルーク。
「そろそろ小休憩も終わりかな。……えっと、大丈夫セレナさん?」
「……?」
「いやほら、あんな事があった後だし、気分が悪いなら先生に相談した方がいいんじゃないかなって」
「なるほど、そういう事でしたか」
あんな男にナンパされて、しかも間近で人が戦っている所を見たのだ。温和な彼女には刺激が強すぎたんじゃないかとルークは考えた。
弱っている状態で寮の案内に着いて行けるかとルークは心配になり、こうして尋ねたのだ。
そんなルークの言葉に、セレナは、
「ご心配してくれてありがとうございます。ですが大丈夫ですよ」(余計なお世話だヤ
「本当に大丈夫? 無理してるとかは」
「いえ、そんな事は無いですよ?」(大丈夫だつってんだろうが! なんだぁキサマ? そんなにヤル口実を作りたいのか? この腐れ変態ド外道がよォ!!)
……誤解の無いよう言っておくと、彼女……セレナは間違いなく微笑みの裏でこんな事を考えていた。
(クソッ油断した。単なる異世界転生かと思ってたが、まさか此処は何かしらの創作物を元にした世界なのか? そうじゃなきゃこんな
改めて彼女の自己紹介をしておこう。彼女の名はセレナ・ユークリッド、前世が男のTS転生者である。
彼女が自身を転生者であると理解したのは、この世に産まれて一年経過した辺りの時だ。
(どうする、ヤるか? 奴の毒牙にかかる前に
なぜ彼女、或いは彼がこうまで焦っているのか。
(冗談じゃねえ! あんな……あんな奴に……)
TS転生者あるあるのメス堕ちに警戒しているからか? はたまた此処は本当に創作物の世界で、その原作に心当たりがある故の危機感からか?
否、そうではない。逆にそうであって欲しかったが、残念ながらそうではない。
(嫁を渡してなるものか!!!)
彼が焦っている理由は、嫁を寝取られてしまうのではと思ったから。それである。
……またまた誤解の無いよう言っておくと、彼が嫁と呼ぶ対象はセレナ・ユークリッド。自分自身である。
「ルークしつこい!」
「グェッ!? エリーゼ、なんで頭を」
「あんたが鬱陶しいのが悪いんでしょ、そんなに心配ならアタシが様子見ておくから。……セレナさんもそれでいい?」
「はい、それでルークさんが安心するなら」(ほらほらほら、俺の嫁ほどじゃないがお前にもこんな可愛らしい幼馴染ツンデレヒロインが居るじゃないか。欲張ってハーレムなんて作るんじゃありませんってか作るな刺されて死ね)
彼の前世は童貞だった。それもただの童貞じゃない。拗らせに拗らせて、転生して女になったから理想の嫁を自分で演じようと思うぐらいには拗らせまくったとんでもねぇ童貞である。
(チクショウ、嫁には健やかに育って欲しいと思ったから王立学園に入学したのに、まさか入学初日でこんなに問題が起きるなんて……)
これは、拗らせTS童貞が異世界で理想の嫁を体現しようと奮闘するお話。
(でも俺は諦めない! 絶対に嫁とのラブラブ生活を続けるんだ!)
ぶっちぎりにイカれた転生者が、異世界に混沌の渦を巻き起こすお話。
(あと嫁をナンパしたあのクズは後でシメる)
最後に、こんな変態と知り合ってしまった者達へ一言。
強く生きろ。