エリックに女王祭を盛り上げろと話を付け終えた後、彼は気分良く帰路へついた。
「〜♪」(早く始まらないかなー、女王祭)
楽しみのあまり、思わず鼻歌を奏でる。彼がこうも何かを期待して待つ事は、転生して以来ほとんど無い。女王祭に嫁を参加させるというのは、それほど彼にとって一大イベントなのだ。
(確か女王祭って、出場者は何かしらパフォーマンスをするんだったよな?)
女王祭では自身の魅力をアピールするべく、芸を一つ披露する必要がある。踊りでも歌でも、その内容は何でも良い。事前に運営側へ話を通せば、相応の準備をしてくれるし時間も取ってくれる。
(やっぱここはライブでもするか?)
如何にして嫁を輝かせるか。それに彼は決して妥協を許さず、バロウズ商会のコネを使ってでも最善を尽くすつもりである。
(単にパフォーマンスをするだけならギターを弾くが、これは嫁の舞台だ。やっぱりピアノで魅せるべきだろう……特注のピアノでも作らせるか?)
そうして熟考を重ねる内、懸念点が一つある事を思い出した。
(そういえば、盗賊が増え始めたらしいな)
それは夏休みで故郷へ帰った時に地元民から聞いた話である。ここ数年は盗賊なんてめっきり見なかったが、最近じゃ各地で盗賊による被害が増え始めた、と。
(うーん)
女王祭の舞台は王都にある。王都で盗賊が暴れるなんて事はあり得ないだろう。だが、王都の外側は違う。
エリック曰く、以前まで盗賊が少なかった反動で荷運びの警備が疎かになっているらしい。そのせいで荷物の運送時に盗賊へやられやすくなっていると。
(万が一、って事もあるよな)
仮に事態が悪化すれば、王祭そのものを延期して盗賊の対処に当たるという事もあり得る。
(嫁の晴れ舞台を盗賊如きに邪魔されたくないな)
ならばどうするか? 幸いにも彼はそれを解決する手段があった。
(……またやるか、盗賊狩り)
▼▼▼
王都から少し離れた森林地帯、そこが盗賊達定番のねぐらとなっていた。
洞窟や廃村、古城などの雨風を凌げる場所が点々と存在し、森のすぐ近くには街道があって追い剥ぎもやりやすい。そして暗黒街とも揶揄される犯罪者に優しい街が近くにある為、そこで盗品を売り捌く事も可能、と。寄る辺のない盗賊達にとって中々の立地である。
唯一の難点として森が王都の近くに位置する為、王国騎士団が良く見回りをする。しかしそれも前もって森に逃げ込めば良いだけなので、鼻の効く者にとっては大した障害じゃない。
様々な条件が整っているこの森は、盗賊達にとって安息の地だった。……つい最近までは。
「き、来たぞー!」
その夜、森の中の廃村を拠点にする盗賊達は仲間の怒号に目を覚ます。
まさか、そんな、嘘だろ。……目覚めた盗賊達は、怯えた様子で口々に言う。
「───
その名が告げられた瞬間、彼らは一斉に動き始めた。
「クソなんで俺達が!」
「なんで、なんで此処が分かるんだよ!?」
「ごちゃごちゃ言うな! さっさと逃げるぞ!」
廃村の至る所でざわめきが聞こえる。盗賊に連携なんて物はなく、皆が我先にと逃げようと必死だった。
「な、なあ、相手が一人だけなら勝てるんじゃ?」
そんな状況でそう呼び掛けたのは、ならず者に堕ちて間もない新参の盗賊だった。
この廃村には昔から盗賊稼業をしている人間が多く集まっている。熟練の盗賊とも呼べる彼らは、新参者からすれば心強い味方である。だからこそ、勝てるかも知れないと言ったのだ。
「そう思うならお前らだけでやってろ! その間に俺は逃げる!」
しかし、そんな熟練の盗賊達は揃って逃げに徹していた。古くから盗賊稼業をしているからこそ、今からやって来る存在の恐ろしさを理解していた。
盗賊狩り。今から五年前にいきなり現れたソレは、少し前まで盗賊達の死の象徴として恐れられていた。
僅か一年で名のある盗賊団を全て壊滅させ、殺した盗賊の数は数知れず、噂では王国に巣食う盗賊の四割を皆殺しにしたとも。……盗賊狩りとは、そんな生ける伝説なのだ。
(クソッ、めっきり現れなくなったから安心してたってのに……!)
このアジトには三十人以上の盗賊が居て、手練れもそれなりに揃っている。これなら勝てるか? ……否、不可能だ。だって相手は盗賊狩りだから、理由なんてそれだけで十分だった。
(とにかく今は逃げる事だけ考えろ! その後の事なんて今は良い!)
準備を整えた盗賊の一人である男は、仲間を置いて寝床にしていたボロ屋から飛び出る。
「……ぁ」
その時、男は目の前の光景を見て絶望した。
「おー、やっぱ結構な規模になってんのな」
この場には似つかわしくない呑気な声で、のっぺりとした白い仮面を被るソイツは言う。その足元には、先ほど盗賊狩りが来たのを知らせたであろう見張りの仲間が転がっていた。
「───んじゃ、パッパッと片付けるか」
あいも変わらず軽い調子のままソイツは呟いた後、一瞬にして男の目の前まで肉薄し、
「よい、しょっ」
剣を振るって首を断ち切った。
▼▼▼
「……ヨシッ、生き残りも逃げた奴も居なさそうだ」
盗賊が住処にしていた廃村に訪れて三十分、彼は盗賊を皆殺しに出来た事を確認すると大きく頷く。
「うーん、やっぱ少しなまったか?」
そう言って彼は自身の右手を眺め、調子を確かめるように握って開いてを繰り返す。
「まあ、最近は自主練もサボってたし仕方ないか」
今後の為にも真面目にトレーニングしなきゃなあ、と。彼は今後の生活を改める事にした。
……一時期は世間を揺るがした盗賊狩り、黒いローブと白い仮面を身に付けるその者の正体は彼であった。
彼が盗賊狩りを始めたキッカケは、やはりと言うべきか彼の嫁が関わっている。
実は盗賊狩りを始める少し前、彼は盗賊に攫われかけたのだ。その時は自身の専属騎士が駆け付けてくれたお陰で事なきを得たが、逃走した盗賊は彼の逆鱗に触れてしまった。
『コロス』
なんとも単純明快な殺害予告。その日の夜には件の盗賊を惨たらしく殺してみせた彼だが、その時にふと思ったのだ。
『別にコイツ一人を殺した所で、嫁が二度と襲われない保証ないよな?』
実行犯は駆除した。しかし大元を叩かない限り、こういった輩が再び現れるかも知れない。そう思った彼は居ても立っても居られなくなり、そして決意した。
『ひとまず目に付いた盗賊は皆殺しにしとくか』
望むのは絶対的な嫁の安全。彼自身が嫁なのだから、盗賊と戦うのは嫁を危険に突っ込ませるのと同じでは? そう思うかも知れないが、実のところ違う。
彼は基本的に嫁のセレナとして行動している。だが、時と場合によっては嫁では無く
『そうと決まれば、今後の計画を練らないとな』
彼は理想の嫁そのものに成りたいのではなく、理想の嫁とラブラブ生活を送りたいのだ。自分の自我を消して完全な理想の嫁に成りきるのは、彼にとって不本意な事だった。
『早く嫁が安心できる環境を作らなければ』
そのような常人には理解し難い理屈によって、彼は遠慮なく盗賊に喧嘩を売る事が出来たのだ。
その後、彼はバロウズ商会の情報網を使って周辺にある盗賊団のアジトを襲撃しに行った。エリックとしても盗賊は商品の運送時に酷く邪魔な存在である為、惜しみなく協力した。……まさか、たった一年でほとんどの盗賊団を壊滅させるとは思わなかったが。
「盗賊狩りを辞めて四年経つけど、もう結構な数の盗賊団が出来てるんだよな。……ゴキブリかよ」
ちなみに盗賊狩りを一年で辞めた理由は、飽きたから。その頃にはもう近場に盗賊なんて一人たりとも見当たらなかったし、そんな状況でわざわざ遠出して狩りに行くのも馬鹿らしく思った。だから辞めたのだ。
「会長に言われてこの森に来たけど、此処だけでもう百人以上は狩ったぞ?」
盗賊狩りを再開してから一ヶ月、今や休日を利用して盗賊を狩るのが彼の習慣となっていた。
「来週も此処を狩場にするかー」
王都からこの森へ向かうのに半日も使った、早く帰らないと明後日の授業に遅れてしまう。と、彼は今回の盗賊狩り活動を早めを切り上げた。
「……ん?」
その時、彼は視線を向けられている事に気付く。
「……」
気配の感じる方に振り向けば、そこにはボーッとした様子で男が木々の裏からこっちを覗いていた。
(盗賊、だよな?)
その身なりから盗賊だと分かる彼だが、だとしたらおかしい。なにせ盗賊だったら、この光景を見れば一目散に逃げる筈だ。いや、盗賊じゃなくても恐ろしくて逃げると思うが。
(うーん、あからさまに怪しい)
非常に気になる。気になるが、時間も時間だし深追いするのも危険かと彼は動こうとして踏み止まる。
「……」
(あ、逃げた)
そうこうと悩んでいる内に男は森の奥へと消えてしまった。
(どうしよ、記憶だけでも探っとくか?)
今ならまだ間に合うだろうし、とりあえず今やれる事はやっておくかと彼は改めて動き始める。
「───動くな」
……直後、後ろから女の声が聞こえた。
(へ?)
よほど気が抜けていたのか、相手が手練れだったのか。いずれにしても彼はとある人物に背後を取られ、後頭部に剣を突き付けられてしまっていた。
「噂には聞いていたが、どうやら本当だったらしい」
(えっとー)
たなびく金のポニーテール、黄金の瞳は真っ直ぐに彼を睨み付ける。
「これで会うのは二回目だな」
身に纏う鎧から騎士であると分かる。……そして、胸元に付けられたエンブレムは彼女が単なる騎士でない事を如実に示していた。
「───待っていたぞ、盗賊狩り」
王国第六騎士団隊長、シェリー・フォーリナー。
王国騎士団でも強者の一角とされる隊長の一人、中でも自身に因縁を持つ相手と、彼は邂逅を果たしてしまった。
(……マジすか)
▼▼▼
シェリー・フォーリナー。史上最年少となる二十歳で王国騎士団の隊長にまで登り詰めた天才、それが彼女である。
隊長に任命されて五年、その才は尽きる事なく彼女の成長を手助けしており、経験も詰んだ今では誰もが認める王国騎士団の隊長となっていた。
そんな彼女も、隊長になって間もない頃は未熟な面があった。
彼女は騎士を非常に尊い存在として捉えており、己も騎士に相応しい人間で在ろうとするあまり無茶な行動に良く走っていた。
部下を振り回して置いてけぼりにする彼女の振る舞いは王国騎士団の隊長として不合格であり、このままいけば隊長の座を降ろされる事も時間の問題だっただろう。そうならなかったのは、それより前に彼女が悔い改める事が出来たからだ。
きっかけは五年前、隊長となって約半年が経過した頃、彼女は盗賊狩りと出会った。
少し前から名のある盗賊団を殺して回り、既に一部界隈では知れ渡っていた盗賊狩り。その盗賊狩りが現在、とある盗賊団のアジトで暴れているという話を聞いた王国騎士団は、シェリー率いる第六騎士団を派遣した。
「お前が例の盗賊狩りか」
盗賊のアジトへ辿り着いた頃には既に死体が散乱しており、その中央に奴は居た。
「ゲッ、王国騎士団」
全身を黒ローブで身に纏い、顔は真っ白な仮面で覆う盗賊狩りは、声を聞いてもその正体どころか性別の判断すら付かなかった。
「既にここら一帯は我ら第六騎士団が包囲している。大人しくついて来て貰おうか」
「うわマジかー、いつかこういう日が来るんじゃって思ってたけど結構早く来ちゃったよ……ん?」
とうとう騎士団に目を付けられたかと嘆く盗賊狩りだったが、ふとある事に気付く。
「あれ? お仲間は?」
「言った筈だ、第六騎士団が包囲していると」
「……え、って事は一人で来たの?」
普通こういうのはバランス良く味方を配置するものなんじゃと、あからさまに驚く盗賊狩り。しかしシェリーは、当然だと言わんばかりに鼻息を鳴らした。
「相手がお前一人だけなら、私一人で事足りる」
この時のシェリーは、自分の力に大きな自信を持っていた。
生まれ故郷では負け知らず。王立学園に入学後も剣術クラブで華々しい戦績を収め、この前の武王祭では見事に優勝を果たし、遂にはその実力が認められて最速で隊長の座に着いた。
正しくエリート街道まっしぐらな人生。その積み重ねは彼女を驕り高ぶらせるのは十分な物で……言ってしまえば舐めていたのだ。
「ふーん? まあ、どっちでもいいけど」
「なに? ……ッ!?」
その慢心は、たった今彼女を祟った。
「な……ぜ……」
相手は一歩も動いていない。他に人の気配もしなかった。なのに、彼女は背後から攻撃された。
「いやー、一人で来てくれて助かったわ。お陰で楽に逃げれる」
完全な不意打ちに呆気なく気絶してしまう。直前に放たれた盗賊狩りの言葉は、彼女の脳裏に良く響いた。
その後、彼女が目覚めた頃には全てが終わっていた。盗賊狩りは誰の目にも触れる事なく騎士団の包囲網をあっさりと掻い潜り、シェリー・フォーリナーの経歴には汚点が付く事となる。
戦いとすら呼べない一方的な勝敗は、彼女に圧倒的なまでの敗北感を味合わせた。慢心した自分を心底呪い、二度とあのような醜態を晒すものかと固く心に誓った。
以降、猛省した彼女は目覚ましい成長を遂げるようになり、今では自他共に認める気高い騎士となっている。
しかし、彼女の心には未だ濁りが残ったままだ。それは彼女が盗賊狩りに勝利出来ていないから。
あれ以来、シェリーは盗賊狩りと再開出来ていない。今じゃ盗賊狩りの報告例も途絶え、影も形もなくなっていた。
盗賊狩りを討ち倒さずして、過去の自分を乗り越える事など出来ない。かつての愚かな自分と決別する為にも、彼女は是が非でも盗賊狩りに再戦したかった。
……そして現在、とうとうチャンスが巡ってきた。
「待っていたぞ、盗賊狩り」
背後から剣を突き付ける。見間違える筈が無い。眼前に立つのは、かつて己が敗北した盗賊狩り本人だ。
(本当に、この時が来るのを待っていた)
少し前から盗賊狩りが再び現れたという事を耳に以来、彼女はこの森へ足しげく通っていた。盗賊狩りの名を冠するのならば、盗賊達の巣窟となっているこの森には必ず訪れるだろうと予測して。
(……皮肉にも以前と似た構図となってしまったな)
非番なので部下は連れて来ていない。かつてと同じく、この場にはシェリーと盗賊狩りしか存在しなかった。
(だが)
しかし、一つだけ違う点がある。
「忠告しておく、前と一緒だと思うな」
それは覚悟の有無。彼女は今日、誇りを賭けて戦いに来たのだ。
一瞬、彼女の体が淡い光に覆われる。
「……やはり」
その直後、目の前に居た筈の盗賊狩りが霞のように消えてしまった。
「そういう事だったか」
それを確認するや否や、シェリーは突き付けていた剣を後ろへ大きく薙ぎ払う。
「……ッ!?」
「言った筈だ。前とは違うと」
甲高い金属音が鳴り響く。そこには驚いた様子で防御をする盗賊狩りが居た。
▼▼▼
(おいおい嘘だろ)
背後からの奇襲を防がれた彼は、久しぶりに戦いで冷や汗を流す。
「あんな小細工に敗れてしまうとは……かつての私がどれほど傲慢だったか痛感させられるな」
かつての敗因となった術を突破できたシェリーは、喜ぶどころか過去の自分に憤慨していた。
(あっさりと【残影】を無効化させられた)
先ほどの現象は、彼の魔術によるものだ。
残影、その効果は自身がその場に留まっているかのように相手の認識を歪ませる事。持続時間は短いが、その間は相手に悟られる事なく行動できる。
(恐らくあれは)
「───天恵解呪」
そんな残影をどう破ったのか。彼はなんとなく察していたが、向こうの方から答え合わせがされた。
「天より力を貰い受け、その身に宿す呪いを祓いとる。それが私の加護だ」
「……ですよねー」
分かっていたが、本当に嫌になるなと彼は内心で嘆く。
シェリーの持つ加護の力は、言うなればバフの付与とデバフの解除だ。別にこれが無かったら残影を突破てきない訳じゃない。途中で幻覚と気付けば残影の効果は即座に消えるし、そうじゃなくても範囲攻撃を仕掛ければ関係ない。
彼が恐れているのは、残影を無効化させられる事じゃない。
「お前の力の正体は定かじゃないが、もう容易に私を欺けるとは思うな」
精神干渉の魔術で使える力は、ほとんどが相手に何かしらの影響を与える物、つまりデバフだ。
(コイツに俺の魔術は通用しない)
デバフ解除が可能な加護を持つシェリーとは、すこぶる相性が悪かった。
(天よ、我に力を)
シェリーの体に淡い光が一瞬覆われる。次の瞬間、彼女は瞬く間に肉薄して剣を振り下ろす。
「……ッ!」(いやおっも!?)
振り下ろされた剣を彼は防ぐが、あまりの威力に腕が痺れてしまう。
「防ぐか。いや、そうでなくては!」
その隙を決して逃さず、彼女は続けざまに剣を振るう。
「うおお!?」
「あまり早く倒れてくれるなよ? あの時の私がより惨めに見えてしまう」
彼は驚いた声を出すものの、何十と降りかかる剣撃を全て見事に対処する。
(思ったよりヤバいぞコレ! 単純な力だと向こうの方が上だ!)
お互い既に魔力強化を施している。王国騎士団隊長であるシェリーは言わずもがな、彼も魔力強化に関しては自信があった。実際にそうであり、練度で言えばシェリー相手にも引けを取らなかった。
ならばどうして彼が押されているのか、それもやはりシェリーの加護が原因だった。
彼女の加護はデバフを解除するだけじゃない。こうして自分のパワーを強化するなど、バフも付与できるのだ。
「……っ」
「何か企んでいるな? そうはさせん」
剣戟を交わす合間、シェリーは加護を使い自身に及ぼされているデバフを全て解除した。
魔術によるデバフが加護で無効化されるならばと、彼はバレないよう徐々に彼女の精神へ魔術を掛け続けて、加護の使用を封じようとしていた。
(だあクソ! 勘付くの早すぎだろうがッ!)
しかしそれも、途中でシェリーが加護でデバフを解除させた事で最初からやり直しとなった。
(やっぱ戦いが本職の奴を相手するのキッツい!)
彼はスペックだけ見るなら、そこらの強者よりも遥かに優れている。王国騎士団の隊長クラスに匹敵する魔力強化、精神干渉の魔術による搦手、加えて治癒の加護も持っていて自己回復も可能と来た。
それだけじゃなく、彼は前世でも数々の武術を学んでいた。それらの技術大半がこの世界の物よりも洗練されており、純粋な戦闘技術でも彼を上回る者は少ない。
恵まれた能力の数々……しかし、一つだけ足りない点がある。それは彼が戦士じゃないという事だ。
そもそもこれらの能力を習得した理由は、全て嫁の為である。それは嫁の安全の為だったり、理想の嫁を体現する為だったり……ともかく、彼は強者との戦いに勝つべく強くなろうとは、これまで前世含めて一度たりとも無い。
仮に理想の嫁への情熱を少しでも強くなる事に向ければ、彼が世界最強になって異世界無双する事も出来ただろう。そんな出来事は金輪際起き得ないので、単なる夢物語に過ぎないが。
「どうやら盗賊狩りは、これまで弱い者いじめしかして来なかったらしいな」
「あ、分かる? 今ホントにしんどい。手加減してくれない?」
「すると思うか?」
「ですよねー」
目的の過程で強くなった者と、目的の為に強くなった者。如何に前者が優れた力を持っていようと、生粋の戦士でなければ付け入る隙は生まれるというもの。
「貰ったッ!」
シェリーはその隙を、確実に、的確に突いていた。
「やばっ……!」
剣の猛攻に集中するあまり、彼は突然の足払いに対応が遅れてしまう。
「ハァッ!」
そのまま尻もちをついてしまう彼に、流れるような動作でシェリーは死をも厭わない渾身の唐竹割りを振るった。
───取った。
「あだァ!?」
「なっ!?」
確信と共に放たれた一撃は、寸分の狂いもなく相手の脳天へと命中した。……それに対して彼は、激痛に悶絶するだけであった。
「き、効いてないだと?」
あの威力なら真っ二つになっていてもおかしくない。そうでなくても確実に気絶する筈だ。
「うごごご……ま、間に合ったけど死ぬほど痛ぇ!」
それなのに気絶どころか目立ったダメージすら無い。ポタポタと頭から血の雫を流れ落としているが、それだけである。
(なぜ、なぜ無事でいるんだ?)
不可解な事象にシェリーは動揺を隠せず、むざむざと相手に距離を取られてしまう。
「あーしんど、なんでこんな無駄に疲れにゃならんのだ」
離れた隙に彼は治癒の加護を使用し、それで頭の傷はみるみる内に完治された。
「……ん?」
その時に彼女は気付いた。
(コイツ、魔力強化はどうした?)
魔力強化を行使する際、その者の体からは魔力の余波が放出され続ける。オーラとも呼ばれるそれは、魔力強化を使うなら必ず出てしまう物だ。それが今の盗賊狩りには無かった。
魔力強化は自身の体内にある魔力を燃料とする関係上、魔力が無くなるとガス欠で使えなくなってしまう。もしやその状況に陥ってしまったのだろうか?
(いや待て、これは)
しかし注意深く観察して、その考えが誤りだという事に気付く。
盗賊狩りの体からオーラは確かに放たれていた。ただし外側へ漏れ出ておらず、まるで体の表面を伝うようにして流れていたのだ。
(……まさか)
どういった仕組みなのか、そもそもそんな事が可能という事すら彼女は今まで知らなかった。ただ、魔力強化の熟練者として感覚的に理解する事は出来た。
「魔力を纏っているだと?」
(いや、察し良すぎだろ)
恐らく誰も知らないであろう技を披露した彼は、その絡繰をあっさりと見破られて少しばかり辟易する。
(……にしても、魔力武装の練習をサボらなくて本当に良かった)
これが無ければさっきの攻撃で即死だったかも知れないと思うと、体が震えてしまう。
魔力武装、それは彼が独自に編み出した魔力強化の発展系とも呼べる技術である。
通常、魔力強化は魔術のように緻密な魔力コントロールを求められない。理由は色々とあるが、率直に言うと無駄だからだ。
そもそも魔力強化とは、魔力を糧に肉体を強化する技術だ。糧にするとは、つまり燃料にするという事。どんなに魔力をコントロールしても結果的に燃料として消費されるので、緻密なコントロールをしても意味が無いのだ。
魔力を効率よく燃料に出来るようコントロールするという事ならあるが、それでも魔術ほど緻密な行使は必要なかった。
そして彼はある時、その事にふとした疑問を覚えた。
『魔力強化に高い魔力コントロールは必要ないって聞くけど、本当にそうか?』
コントロールというのは、基本的に無駄な力を無くす為にある物だ。
『魔力強化をすると勝手に出てくるオーラとか、あれをどうにか出来るんじゃないか?』
魔力強化の無駄なエネルギーとして出てくるオーラはコントロール力が高ければ無くす事も可能、そう考えたのだ。
試しにやってみて、なんか出来そうだったので試行錯誤を繰り返した。そうして出来上がったのが、魔力武装だ。
漏れ出るオーラが全身に張り付くようコントロール、それにより魔力が体にコーティングされる形となり、魔力そのものが強固な障壁の役割として働いてくれる。
動きを阻害せず、高い防御力を持ち、破損して使えなくなる恐れも無い。どんな鎧にも勝る見えない障壁の完成である。
(まあ、この状態じゃ魔術は使えないけど)
使用中は魔力武装の維持に魔力コントロールを意識する必要がある為、魔術が使えないという弱点がある。だが、
(いや、良いのか別に)
相手が魔術の効きにくい相手なら、それを心配する必要もない。
「そんじゃ、第二ラウンドと行くか」
「……ッ」
これまでとは雰囲気を変える相手に、シェリーは思わず身構える。
(なんて底知れない奴だ)
優れた剣術に卓越した魔力強化、幻術や自己回復といった複数の加護を持っているような動き、それだけに飽き足らず魔力を纏うという未知の技術さえ修得してるときた。
圧倒的な手札の差、底なしの深淵に潜り続けていると錯覚するほどだ。
(だが、それで負けて良い理由にはならん!)
しかし、それだけの事で彼女は恐れない。底が見えないなら、コチラから暴けば良いだけの話だ。
「来いッ」
迎え討つ準備は万端だった。何が来ようと、全身全霊でねじ伏せる腹づもりである。
「……」
しばし傍観していた盗賊狩りは、遂に動きを見せる。
踏み込んで、全力で駆け出した。
……シェリーから背を向けて。
「…………は?」
何が起きたのか分からなかった。それから三秒ほど硬直した後、ようやく彼女は気付いた。
「に、逃げる気か!?」
(逃げる気か、だって?)
魔力武装を解除し、敵に背中を向けて彼は全力疾走する。
(当たり前だろうがッ!)
まごう事なき敵前逃亡だった。戦略的撤退とも言う。
(逃げれる絶好の機会が来たんだから、逃げるに決まってるだろ!)
彼の予想は見事に的中。相手は自分が攻勢に回ると思い込んでいたが為、逃げる姿に呆然としていた。すぐに勘付いたが、この時点でもう既にかなりの距離を稼げていた。
「逃がすかッ!」(天よ、我に風の如き速さを!)
しかしまだだ。全力の魔力強化とバフを上乗せしたシェリーから逃げ切るには、まだ足りない。
「いいや逃げるね!」(その為に魔力武装を解いたんだからな)
追いかけてくるシェリーを見て、彼は口笛を大きく鳴らす。
甲高い音が森に響き渡った直後、周囲の鳥や獣が一斉に騒ぎ始めた。
「……!」
動物の群衆は、気が触れたかのようにシェリーに向かって突き進む。
「幻覚を見せて撹乱する気か? 無駄だ!」
即座に彼女は加護を使用し、自身に掛けられたデバフを全て解除する。……が、
「っ!?」(幻覚じゃない!)
群衆は消えず、今もなお彼女に向かってきていた。
「お前に魔術が効かないなら、周りの奴に使えば良いだけだ」
動物は人間と違って精神干渉が施しやすい。こうして一度に多くの対象を術に掛ける事も可能だった。
「くっ……!」
こうも正面から多く突っ込まれたら、強引に進む事も難しい。
(天よ、我に不動の守りを!)
立ち止まり、加護で防御力を高めて耐え凌ぐ。群衆が向かってきて過ぎ去るのは、それから十数秒経過した後だ。
「……っ」
静寂となった辺りを見回す。盗賊狩りの気配は消えて、シェリーは完全に逃げられてしまった事を悟る。
「盗賊狩りッ……!」
二度に渡って取り逃がした事実に、彼女はただただ歯噛みした。
▼▼▼
森の中、彼とシェリーが戦っている所よりも深い場所での事。そこには数多く存在する盗賊達のアジトの中でも一際規模の大きい廃要塞があった。
廃要塞を拠点とする盗賊の数は実に百人超え、順調に盗賊団としての格も上げており、あと数ヶ月も経てば瞬く間に名を広める事だろう。
そんな廃要塞の元は領主が座っていたであろう豪華な椅子の上に腰掛けるのは、そこの盗賊団のボス……では無く、小さく愛らしい少女だった。
「へー、そんな事があったの」
桃色のツインテールを揺らし、彼女は身の丈に合わない椅子の上にチョコンと座って話を聞く。
「はい、ありゃ間違いなく盗賊狩りでしたよ」
少女と話をするのは、あの時に盗賊狩りの事を遠目で見ていた盗賊の男である。
「生き残った人は?」
「ちょろっと確認しましたが見当たりませんでした。あそこには三十人以上居ましたが、盗賊狩りの事だからきっと全滅させてるでしょうよ」
「ふーん、そっかー」
地面に届かない足をブラブラさせながら、彼女は物思いにふける。
「なるほどね、教えてくれてありがと」
そして首を一つ頷かせると、咲き誇った笑みを男に向けて答えた。
「へへ、良いって事です。これもお嬢の為なんだから」
男はそれに対して照れくさそうに返事をした後、その部屋から出ていく。
「盗賊狩りが来ても安心して下さい。俺らが全力で守りますから!」
「うん、すっごく頼りにしてるから」
去り際に掛けられた言葉にも彼女は笑顔で応じ、そして完全に部屋で一人きりになった頃、スンッと表情を消した。
「……盗賊狩り、ねぇ」
妖しく輝く桃色の瞳を虚空に向けて、少女は男が告げた名をポツリと呟く。
(盗賊を減らされるのはウザイなー)
先ほどまで盗賊の男と仲良く話していた少女だが、別にこのアジトと深い関わりがある訳ではない。寧ろその逆で、彼女がこの地へ訪れたのは、たった一週間前の話だ。
(けど聞いた話じゃ、すっごく強いらしいわね)
一週間前、森に一人で入った彼女を盗賊達は見逃さなかった。すぐに捕まえ、そのままアジトである廃要塞へと連れ去った。
……そして、一夜にしてアジトは少女の支配下に置かれた。
(面倒だけど、ここらで強い人と
彼女の名前はミリア。人を惑わし、弄び、傀儡とする魔女である。
時は遡り、夏休み期間中に彼がガゼルの元へ訪れ、そして立ち去った後の出来事。
「はじめまして、私は魅了の魔術師ミリア……オジサマの弟子の娘と言ったら分かるかしら?」
彼とすれ違う形で訪問したミリアは、ガゼルに向かって自己紹介にそう告げた。
「娘、だと?」
「ええ、小さい頃に会ったりしてないかしら? 私は覚えてないけど」
「……そういえば、生まれて間もない赤子だったが、確かに見た事がある」
会ったとは言ってもそれは十年以上も前の事で、しかも一度きりである。それ故に今まで気付かなかったが、心眼で見たあの時の赤ん坊と目の前の少女は、共通点が多く見られた。
「だが、だとしたら何故ここに……なるほど、父親の助けがあって生き延びれたか」
「へー凄い。お父様から聞いてたけど、本当に心が読めるのね」
「読めると言っても表面的な思考だけだ。何を考えているか大雑把に分かるだけで、その思考の真意を読み取る事までは出来ん」
「ふーん」
ミリアは興味なさそうに返事をした後、ふとした疑問に首を傾げる。
「あれ? というか反応薄かったけど、もしかして魔術協会が潰されてるの知ってた?」
「ああ、弟子から聞いた」
「弟子?」
「少し前に新しく出来た方だ。お前の父親ではない」
「へー、って事はお父様の弟弟子になるのかな?」
「そうなるな」
実に奇怪な奴だと言い掛けるガゼルだったが、直前の所で呑み込んだ。
「……それで、そろそろ用を聞いても良いか?」
要件を尋ねるガゼルだったが、実を言うと彼女が何をしに来たのかおおよその見当が付いていた。
かつての弟子に自身の娘を見せてもらった時、ガゼルは言われた。
『もし私が先に居なくなったら、この子を見てやって下さい』
老い先短い人間に何を頼んでるのだとその時は思っていたが、不運な事にそれは事実となってしまった。
(お前は、まだワシを頼ってくれるのだな)
せめてもの贖罪として、彼女の事はきちんと預かる気でいるガゼル……だが、次にミリアは予想外の事を言ってきた。
「別に無いけど? たまたま通りかかったから一度ぐらい顔を見せとこうかなーって、それだけ」
「……なに?」
用が無いとはどういう事か。まさかと思いガゼルは問いかける。
「父親はワシの事で何か言ってなかったか?」
「うん? ……あー、言ってた言ってた。お父様が私を外へ逃がす時、オジサマの所へ匿って貰えって」
───けど、
「別に私、オジサマと一緒に暮らすつもり無いのよね」
「……」
この時、ガゼルは自分が何か思い違いをしている事に気付いた。
「ねえ、オジサマは私が魔術師なのはもう分かってるでしょ?」
「そうだな」
魔術師が自身の子に魔術を教える。それ自体は別に驚く事じゃない。己の魔術を後世に残す手段として最も効果的であり、なにより外部の人間から目を付けられにくい。
「私の魔術は人を操る事に長けているわ。お父様曰く、人の心を意のままにするのってオジサマでも難しいんですってね?」
ガゼルは自分の一番弟子が、精神干渉の魔術の中でも人心掌握の術に重きを置いていた事を知っている。自身の子どもに魔術を教える時も、自然と学ぶ分野に偏りが生まれたのだろう。
「……なるほど、周りの奴らは傀儡か」
そして話の流れで、ガゼルは家の周りに居る集団の正体を察する事が出来た。
「あら、気付いてたの? そうね、逃げてる途中で絡んできた盗賊達よ。けど傀儡って言葉は嫌かも、
微塵も悪気がなさそうに、彼女は微笑んで答える。
「それで、既にかなりの数を揃えているが何をする気だ? 聖騎士隊に復讐でもするのか?」
なんであれ、ガゼルは彼女を止めようとは思わない。自分を信じて預けようとしてくれた弟子には悪いが、衰えた自分の力では彼女を止める事も出来そうにない。
「なんで私がそんな事しなきゃいけないの?」
「違うのか?」
「当たり前よ……私はね、世界で一番愛されたいの」
「なに?」
直後、ミリアは再び予想外な事を言い出した。
「愛されたい。誰よりも、誰からも愛されたい。その為に私は色んな人と
愛されるべく魔術で人々を虜にする。……どのような心情でその結論に至ったか、心眼を持つガゼルには理解できた。だからこそ問いたかった。
「……お前の言う愛とは、魔術で歪めた感情も含むのか?」
「さあ? もしかしたら違うかもね、けど間違っていても関係ないわ」
それをミリアは一蹴し、あっさりと答える。
「全員が私を愛してくれたら、そんな事を指摘する奴もいなくなるもの」
そう言って彼女は愉快げに笑う。魅了の魔術師の名に恥じず、その姿は可憐で美しかった。