拗らせTS童貞は理想の嫁を演じたい   作:ブナハブ

11 / 15
11

(あ゛〜、この前は酷い目に遭った)

 

 シェリーとの戦いから逃げ出した彼は急いで待機させていた馬に乗り*1、全力疾走で王立学園の寮へと戻ってきていた。

 

(魔術で身バレ防止をしてあるからそこは安心だけど……これ、いよいよ目を付けられたよな?)

 

 盗賊狩りをする際、彼は素顔を晒さない限り決して見破られない擬装の魔術を常に掛けている。これはデバフというより自分に対するバフである為、シェリーのデバフ解除も適用されない。

 

(どうすっかなー、流石に行く先行く先であんな奴を相手にするのは骨が折れる)

 

 ただし、盗賊狩りとして狙われるかどうかは話が別だ。仮に盗賊狩りとして再び姿を見せれば、またあの騎士隊長が飛んで来るだろうという予感が彼にはあった。

 

(……よしっ! 一旦狩るのを止めるか)

 

 騎士団に付け狙われる可能性を考慮した結果、彼は盗賊狩りの活動を中断させる事に決めた。

 

(王都周りの盗賊はかなり減らせたし、今はこれぐらいで我慢しとこう)

 

 そもそも盗賊狩りを再開した理由は、万が一にでも増えた盗賊の影響で女王祭に弊害を出さない為である。実際にはそうなる確率も低く、ほとんど自分を安心させたいが故の行動だった。

 

(盗賊の対処は騎士団に期待するとして、俺は別の事をやっていくか)

 

 なので盗賊狩りを止めるまでの決断も早く、すぐさま彼は女王祭に向けて別方面でアプローチする事にした。

 

(パフォーマンスに向けて歌やピアノの練習は欠かせないとして……あー、アイツの対処法も考えないとな)

 

 振り返るのは、森の中でシェリーと激闘を繰り広げた事。

 

(あの時は咄嗟に森の動物を利用できたから良かったけど、次は対策してくるだろう)

 

 先の戦いで、彼はシェリーに対する評価を大きく上げていた。魔術を封じてくる加護を持つ事もそうだが、何より戦士として洗練されている。今まで狩ってきた盗賊の中にも相当の手練れは居たが、やはり現役の戦士である王国騎士団隊長は一味違うなと再認識させられた。

 

(また奴と戦う事になったとして、俺の勝利条件は勝つ事じゃない。逃げれば良いんだ。……だが、魔術の大半を封じてくる相手にどう逃げる?)

 

 彼は戦士では無い。しかしその本質は研究者である。研究テーマは理想の嫁の作り方とか言う奇天烈な物だが、そのロジック的な思考は戦いでも武器となる。

 事前に十分な手札を用意し、それらをぶつけて駆け引きを行う前に相手を潰す。それが彼の戦い方だった。

 

(……ダメだな、今の手札じゃ時間を掛けて勝つ事は出来ても、すぐに逃げ出す事は出来ない)

 

 強者との戦いは逃げるに限る。正体がバレたら必ず殺すつもりの彼だが、そうでなければわざわざリスクを犯して強い相手に勝利しようとは思わない。

 

(何か、新しい手札を用意しなきゃだな)

 

 行き着いた結論は、自身の戦力強化。来るべき日の為、彼は新たな力を身につけようと画策するのだった。

 

▼▼▼

 

 ソワソワと湧き立ちつつある民衆、それは王都の至る所で見られる光景であり、この時期じゃ見慣れた物だった。

 

 王祭、王国でも一番と言って良い大きな祭り。五年に一度行われるビックイベントは、残り一週間を切っていた。

 

「すみません、私これから行く所があって」

「へへ、良いじゃんかよぉ」

 

 その熱気に当てられて、このように昼間から問題を起こす輩も少なくない。

 

「ちょっとだからさ! ちょーっと向こうでお話するだけで良いんだよ」

「ですが、待たせてる方が居るので」

 

 酒瓶片手に王都の下町を歩く男は、偶然見かけた可憐な少女にハートを撃ち抜かれて、反射的にナンパを仕掛けていた。

 

「よーし決まり! そんじゃついて来てくれよ!」

「あっ」

 

 強引に話を進めようと男は少女の腕を掴む。

 

「───へ?」

 

 次の瞬間、彼は地面へと叩き伏せられた。

 

「ガフッ!?」

「昼間からナンパとは、いいご身分だな」

 

 近づいて来た事すら悟らせず、その女騎士は流れるような動作で接近と同時に男を組み伏せていた。

 

「ヒィッ!? お、王国騎士団!」

「未遂に終わったから拘束まではしないが……二度とこの王都で舐めた真似をするな」

「す、すみませんでしたー!」

 

 女騎士が鋭い眼光を叩きつけると、男は一目散にその場から逃げ出す。それを見て彼女は小さくため息を溢した。

 

「まったく、王都で簡単に問題を起こして欲しくない物だ」

 

 毎度この時期は騒がしくなるなと内心で愚痴った後、彼女はナンパされた少女に顔を向ける。

 

「大丈夫か?」

「はい、ありがとうございます……あの、ところで」

 

 少女はチラリと彼女の胸元に付けられたエンブレムを一瞥してから尋ねる。

 

「もしかして、貴女は王国騎士団の隊長ですか?」

「ああ、王国第六騎士団隊長、シェリー・フォーリナーだ」

「やはりそうでしたか。改めましてフォーリナー様、助けて頂きありがとうございます」

「礼を言われる事じゃない、これが私の仕事だからな」

 

 頭を下げて律儀にお礼をする少女に、シェリーはフッと笑みを浮かべて答える。

 

「それにしても、隊長という身分の方でも自ら巡回されるものなんですね」

「いや、これは自主的にやっているだけだ。王祭前は騒がしくなるからな、暇が出来たからと言って休めれん」

「とても立派なお考えだと思います。応援しか出来ませんが……そんな騎士の皆さんを頼りにしています、頑張って下さい」

 

 そう言った後、彼女はその場から離れるのだった。

 

(……頼りにしている、か)

 

 少女の声援を聞いたシェリーは、少しだけ心を軽くさせる。

 

(そうだな。我々は民に頼られるべき存在だ……決して盗賊狩りでは無い)

 

 今の世間を知る彼女は、歯噛みする思いでそう考える。

 

 たった一年で盗賊の数を劇的に減らした盗賊狩りを英雄視する者は多い。この前、久しぶりに活動を再開した時も一部の界隈じゃ英雄の再臨だと沸き立っていた。それは本来、国にとって避けなければならない事態である。

 

 盗賊狩りが現れる以前も、盗賊による治安悪化はそこまで酷くなかった。盗賊狩りが現れた以降の数年間が異常なのだ。

 正体不明、目的不明、加えて実力は王国騎士団の隊長レベルである盗賊狩りは、当然の如く危険人物として扱われる。……しかし、盗賊から直接被害を受ける民衆にとっては関係の無い話だった。

 

 人々は盗賊の駆除に限って言えば、王国騎士団より盗賊狩りを頼りにしつつある。それは盗賊達にも言える事で、騎士団よりも盗賊狩りを警戒するようになった。それではダメなのだ。

 

 平和の象徴を得体の知れない個人に任せてはならない。例え英雄的な偉業を成したとしても、国が管理出来なければそれは爆弾に等しい。

 

 勇者が真に必要とされるのは巨悪が暴れる混沌の世であり、平和な世では管理可能な組織が求められる。……盗賊狩りという存在は、今の時代には過ぎた力なのだ。

 

(あの時、最後の最後で私は間違った。騎士としての役目を放棄し、戦士としての自分を優先してしまった。だから逃げられた)

 

 シェリーは目を瞑り、震える拳を鎮める。

 

(……次は戦士としてじゃなく、王国第六騎士団隊長として。盗賊狩り、お前を裁く)

 

 そしてゆっくりを瞼を開き、静かに決意した。

 

「───ォォォ」

「む?」

 

 その時、遠くの方から声が聞こえた。そちらに視線を向けると、何やら人だかりが出来ている事に気付く。

 

「また何か問題か?」

 

 短時間で二度も騒ぎが起きている事に対し、シェリーは王都内の警備を強める必要があるかと考えながらそちらの方へと向かった。

 

「グ、グ、グググ……!」

「ウオオォォォ!!!」

 

 王都の大通りに存在する大衆的な酒場。その店の前では野次馬が集まっており、その中心では二人の男が腕相撲をしていた。

 

「す、すげぇ! 力自慢のマッチョスと張り合ってる!」

「腕の太さなんて倍以上も違うのに、どっからあんなパワーが出るんだ!?」

「あの騎士、魔力強化を使ってないんだろ? 信じられねえぜ!」

 

 互角に渡り合う二人の男。片や丸太のような剛腕の持ち主で、片や鍛えてはいるが些か見劣りする赤髪の男。

 

(な、なんて奴だ! そのナリで俺と張り合えるなんて!)

 

 赤髪の男は現役の騎士だが、単純な力比べならマゥチョスと呼ばれた男の方が見た目でも中身でも上である。なのに互角で張り合い……いや、徐々にマッシュの方が押されていった。

 

 力比べが主となる腕相撲で、どうして赤髪の男はこんなにも強いのか? それは───

 

「こんッ───じょおおお!!!」

 

 根性。異常とも呼べる絶対的な精神力が、彼に未知なるパワーを与えていたのだ。

 

「「「「ウオオオ!!!」」」」

 

 結果が見えていた筈の勝負を、赤髪の男は根性だけで狂わせた。これにはオーディエンスも大盛り上がりで、昼間だというのに騒ぎ出す。

 

「俺の、勝ちだあああ!」

 

 拳を天高く掲げて、彼は勝利を宣言する。

 

「……このッ」

 

 その様子を見ていたシェリーは、魔力強化を施して駆け出し始める。

 

「バカものがあああ!」

「グフォェ!?」

 

 そしてその勢いのまま、赤髪の男にドロップキックをぶちかました。

 

「いってぇ……ちょっと何すんだシェリー! 不意打ちなんて根性ない事すんなよ!」

「貴様こそ何をしている。王国第五騎士団隊長、グレン・バーンヒューズ」

 

 突然の乱入者に皆がポカンとする中、グレンと呼ばれた赤髪の男だけは気にせず会話を続ける。

 

「何って、見りゃ分かんだろ? 腕相撲だよ」

「だから何故かと聞いている。理由を聞いているのだ理由を」

 

 そう問うてる間も彼女はグレンに侮蔑の視線を送り続ける。

 

「……実は此処を通りかかった時に腕相撲大会へ誘われてな、俺も一回は断ったんだ。けど」

 

 神妙な面持ちで、彼はマッチョスに指差して答える。

 

「その時コイツに根性なしって言われたんだ! これは戦わなきゃ男が廃るってもんブフェ!?」

 

 瞬間、グレンの脳天に拳が叩き込まれた。

 

「治安を守る騎士が治安を乱してどうする! 貴様らも人通りのある所で開くなそんな大会!」

 

 グレンだけでなく、周りを取り囲む者達にも向けて言い放つ。有無を言わさぬ覇気に全員が縮こまり、慌てて退散し始めた。

 

「イタタタ……いっつも思うけど殴る事は無えだろ」

「貴様を躾けるにはこのぐらいが丁度いいのだ」

「躾って、別にシェリーは俺の上司じゃないだろ?」

「そう思うのなら隊長としての自覚を少しは持て。まったく、なぜ貴様のような奴が誉れある王国騎士団の隊長になれたのだ」

 

 グレンの実力はシェリーも認めている。情熱的な性格は部下や下々の民から慕われており、その人望の厚さは見習うべき点だと彼女も思っている。それでも彼女は、素直に尊敬する事が出来ずにいた。

 

「そりゃあれだろ、俺の根性が認められたんだ!」

「……」

 

 一に根性、二に根性、三を飛ばして四も根性。根性さえあれば何でも出来ると本気で思っている根性論の狂信者、それがグレンという男の本質である。

 

「……はぁ、まあ良い。これからは挑発に乗って騒ぎを起こすな、同じ王国騎士団の隊長として恥ずかしくて仕方ない」

「おう!」

(本当に分かっているのかコイツは?)

 

 即答で良い返事が戻ってきて、シェリーは少し不安だった。

 

「───あ、やっと見つけました!」

 

 相変わらずの根性バカなグレンに辟易していると、道の向こうから一人の男が駆け寄ってきた。

 

「おーリアム! なんか用か?」

 

 慌てた様子でやって来たのは、グレン直属の部下である。

 

「隊長、レオン団長から召集が掛けられています」

「団長から?」

「はい……あ、フォーリナー様もいらしたのですね。ちょうど良かったです」

「さっき召集と言ったな、何かあったのか?」

「はい、実は───」

 

……その話を聞いた直後、二人は揃って険しい表情を浮かべた。

 

▼▼▼

 

(び、びびったー……)

 

 一方その頃、(セレナ)は人知れず戦々恐々としていた。

 

(まさかこの状態(嫁の姿)で鉢合わせるなんて)

 

 そう、シェリーが不埒な輩から助けた少女の正体は、他ならぬ彼だったのだ。

 

(いやまあ此処って王国騎士団の本部がある王都だし、バッタリ出くわすかもとは思っていたけど……本当に油断も隙も無いったらありゃしない)

 

 思わぬ再開を果たして動揺する彼であったが、この程度の事で理想の嫁ロールに綻びを生む事など無く、別れる最後までセレナとして彼女と言葉を交わす事が出来ていた。

 

(まあそれは良いとして、あとさっきナンパしてきた奴も後で制裁を加えるとして)

 

 サラッと物騒な事を考えいるが、安心して欲しい。流石に彼もこれぐらいの事で殺す事はしない。せいぜい魔術で暗示を掛けて一生不能にさせるぐらいだ。……それがどれだけ軽い罰か、人によるだろうけど。

 

(もう少しで王祭が始まる、遂に嫁の晴れ舞台が拝めるんだ!)

 

 彼にとって今一番重要な事は、女王祭でセレナを舞台に立たせる事である。

 

(万全を期した。リハーサルはバッチリだし、女王祭で着る用の衣装も会長に作らせた)

 

 果たして本番で上手くやれるか? そんな心配は微塵もしていなかった。

 彼の心配事は、あくまでも女王祭が無事に開催されるかどうか、人が多く来てくれるかどうかだ。

 

(よしっ! 今年の女王祭を嫁のワンマンライブにしてやるぜ!)

 

 大事な場面で嫁が失敗するなんてあり得ない。嫁の魅力なら優勝間違いなし。そう確信しており、彼もそれを現実にするだけの能力を持っていた。故に、緊張など全くしていない。

 

(っと、そうこう考えてる内に着いたな)

 

 さて、彼はナンパ男から絡まれた際に待たせている人が居ると言った。これは別に逃げる為の口実に言った嘘ではなく、本当の事である。

 

「来たぞ会長ー」

 

 訪れたのは、バロウズ商会本店の応接室。もはや恒例の場所となっているそこでは、いつも通りエリックが一人ソファに座っていた。

 

「ああ、よく来てくれたな」

 

 目の下のくま、肌の荒れ具合、苦しそうな声、エリックは溜め込んだ疲労を包み隠さず彼に見せつける。

 

「おー、随分と疲れてんのな。で、今日はなんの用だ?」

「……少しは労わってくれると思った俺がバカだった」

 

 お疲れ気味なエリックの事なんて気にも留めず、彼はさっさと本題に入らせようと急かす。そんな平常運転の彼にエリックはため息を吐きながらも気を取り直す事にした。

 

「まあ、良い。それで今日呼んだ理由だが、女王祭についてだ」

「女王祭?」

 

 苦々しい表情を浮かべて、エリックは頷く。

 

「分かって貰えているとは思うが、俺は女王祭を盛り上げろというセレナ殿の要望に最大限応えてきた。それこそ、他の用事よりも優先してな」

「ああ、その件は本当に感謝してる。ありがとな」

 

 エリック自身も言うように、彼は持てる力をフル活用して女王祭の盛り上げに貢献した。その成果は目に見えて現れており、今年の女王祭は何かが違うと世間で騒つかれている程だ。

 

「もしかして、その事で俺が不満に思ってるかもと心配したのか? だとしたら流石にビビり過ぎだって」

 

 深刻そうな雰囲気を見せるエリックに、彼はケラケラと笑う。

 

「集客の効果も目に見えて出てるし、しかも女王祭の為に特別な衣装も用意してくれた。これで文句なんか言ったら傍若無人が過ぎるわ」

 

 ちなみに専用の衣装を用意しないかと提案したのは、エリックである。積極的に協力してくれるエリックに彼は感心し、喜んでその案を採用した。

 

「あー、その……実はだな」

 

 笑い飛ばすように答えてくれる彼だったが、その様子を見てエリックは更に表情を歪ませる。

 

「……っ」

「……?」

 

 物凄く言いづらそうにするエリックを見て、彼はどうしたのかと首を傾げる。

 

「───実は」

 

 そこから暫く黙り込むエリックだったが、腹を括ったのか言葉を紡ぎ始める。

 

「その衣装なんだが、先日に出来上がった」

「お、マジでか!? それでそれで? そいつは今どこにあるんだよ!」

「此処には無い。別の場所で作っていて、王都まで輸送する必要がある。それで、だな」

 

 

「……女王祭が始まるまでに、間に合わないかも知れないんだ」

 

 

 

 

 

 

 エリック・バロウズは、この時ほど逃げ出したいと思った事は過去に一度たりとも無かった。

 

「……ん? すまん、ちょっと珍しく耳が遠くなってたらしい。もう一回言ってくれないか?」

 

 目の前の彼は笑顔をキープしたまま問いかける。それがもう嫌で嫌で、地位も何もかもを捨ててコレの目の届かない場所へ行きたいと思ってしまうほどだった。

 

「女王祭までに、届かないかも知れないんだ」

「何が?」

「い、衣装だ」

「誰の?」

「…………セレナ殿が、女王祭で着る衣装だ」

「???」

 

 本当に分からないといった様子でニコニコとエリックを見つめる彼だったが、ふとピンと来たように声を上げる。

 

「あっ、そうか〜! つまり嫁が女王祭で着る衣装が間に合わないのか。つまりつまり、嫁が女王祭に晴れ着姿で出れないって事か、そうかそうか〜」

「……」

 

 次の瞬間、エリックは胸ぐらを掴まれ持ち上げられていた。

 

「ぐッ!?」

「とりあえず理由を聞こう。話はそれからだ」

 

 冷え切った声色で語る姿は、もし納得できなければこのまま処すと暗にエリックへ教えていた。

 

「理由ってなんだろうなァ、距離が遠いのか? 運ぶ手段が無いのか? はたまた本当は衣装なんて完成して無いのか?」

 

 徐々に胸ぐらを掴む拳の力を強くする。そんな彼の様子に、エリックは急いで事情を説明し出す。

 

「ち、違う! 盗賊だ、盗賊が多く居るせいで安易に荷物を運べれないんだ!」

「……盗賊?」

 

 思わぬ単語が出て来た彼は、スッと掴んだ胸ぐらを離してエリックをソファの上に降ろす。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

「盗賊って言ったか?」

「はぁ、はぁ……ああ、数日前から王都周辺に盗賊が多く現れ始めたんだ」

「んんん?」

 

 やはり分からないと、エリックの話した内容に彼は思いっきり首を傾げた。

 

「本当かその話? 王都周りの盗賊は俺が結構減らしたんだぞ。減らしたと言っても数ヶ月ぐらい前になるけど……それでも俺の見立てじゃ増えるのにまだ時間が掛かる筈だ」

 

 パチこいてんじゃねえぞと軽く睨み付ける彼に、エリックは説明を加える。

 

「増えたんじゃない。他の場所で活動していた盗賊達が、こぞって王都周辺に集まって来たんだ」

「……え? なんで?」

 

 盗賊が別の場所へ移動するなんて中々ない話だ。しかも行き先が騎士団の目に入りやすい王都近くなんて、心理的にも実利的にも普通ならあり得ない。

 

「理由は分からない。だが事実としてそうなっているんだ。そしてそのせいで、今はどこの商会も王都へ物を運ぶ事が容易じゃ無くなっている」

 

 それはウチも例外じゃないと、エリックは最後に付け足した。

 

「う、嘘だろ……」

 

 どうしようもない現実に、彼は地面に手を付けて項垂れる。

 

「じゃあ、なにか? つまり俺は、晴れ舞台に立つ嫁の晴れ着姿を拝めないという事か?」

「……」

 

 深く、深く悲しみに暮れる彼。

 

(拝むというか、舞台に立つのはセレナ殿自身では?)

 

 彼の悲痛な叫びの内容にエリックは脳内でツッコミを入れた。口にすれば彼から意味不明な理論を返されるだけなので、言葉にはしないが。

 

「……いや、まだだ。まだ諦めちゃならん」

 

 どう励ますべきかと悩むエリックだったが、彼は予想に反してすぐに立ち上がる。

 

「会長、輸送する時に盗賊から襲撃されるポイントって必ず決まってるのか?」

「襲撃されるポイントか? 流石に確定はしていないが、粗方の予想は付く」

 

 エリックは彼の質問にそう答えると、持って来ていたバックの中から地図を取り出す。

 

「例えばセレナ殿の衣装の輸送ルートだったら、此処が盗賊に襲われる危険性が高い。逆に、ここ以外で盗賊に襲われる可能性はかなり低い」

 

 机の上に地図を開き、エリックは王都へ続く道の途中にある雑木林を指差す。

 

「そうか。じゃあ今から最速で嫁の衣装を輸送するとなると、どれくらい掛かる?」

「最速……衣装一つだけを持ってくるなら、人が一人と馬一頭で事足りる。往復で三日、いや四日という所か?」

 

───だが、

 

「さっきも言った通り、道中には盗賊が居る。一人だけなんて恰好の獲物だ。実行したとしても、ほぼ確実に衣装は王都まで届かないだろう」

「……そうか」

 

 今から衣装を持ってくるのは絶望的だとエリックは思っている。彼には言ってないが、衣装を作らせた別の街に居る部下から少し前に伝書鳩を送られて来た。その内容によると、安全を考慮して輸送するのを止めているらしい。

 

 例え今から輸送を再開しろと伝えても、女王祭に辿り着けるか分からない。もはや打つ手など無い……かに思われた。

 

「なあ、その輸送する係って、俺がやったらダメなのか?」

「なに?」

 

 彼だけは諦めないまま考えに考え抜き、そして一つの案をエリックに提示した。

 

「俺なら盗賊が来ても蹴散らせるぞ。それに俺の魔術や会長が持つ権限を使えば、騎士の検問も突破出来る」

「……確かにそれなら」

 

 エリックは彼の言った事を試しに思案してみて、それが十分に可能性のある策だと悟る。

 

「いや待て、仮にセレナ殿が行くとしてだ」

 

 しかし同時に、懸念点もあった。

 

「学園はどうするんだ? 少なくとも二日は王都を不在にするんだ。不審に思う者が現れてもおかしくない」

 

 エリックは、彼が複数の顔を持つ事を知っている。それが表沙汰になれば、エリックにも支障が出るのだ。

 

「いや、そこは大丈夫だ」

 

 そう考えての発言だが、彼は一つも動揺していなかった。

 

俺の嫁は(・・・・)王都の外へ出ない。不在になるのは俺一人だ」

「……何を言って」

「ちょうど、使えるもんがあるのを思い出したんだよ」

 

 だから心配するなと、彼は小さく笑みを浮かべた。

 

▼▼▼

 

 王祭が幕開かれるまであと五日、人々は祭りの始まりを今か今かと待ち望み、ソワソワとしてしまう。それは王立学園の生徒でも同じ事が言えた。

 

「セレナ様セレナ様! もう少しで王祭ですよ!」

「ええ、そうですね」

「初めての王祭……本当に楽しみです!」

 

 朝の教室、セレナと話すカエラは王祭に期待で胸を膨らませる。その輪の中にはルークやエリーゼ、ロッシュといったいつものメンバーが揃っており、更には隣のクラスに所属する筈のメルティも一緒に談笑していた。

 

「あら、カエラも王祭は初めてなの?」

「はい、地元から王都まで少し離れていて、前の王祭には参加出来なかったんです」

「へー、じゃあセレナも?」

「……はい、私も王祭は初めてです」

 

 そう言って返事する二人に、エリーゼは同意するように頷く。

 

「奇遇ね、アタシとルークも地元から王都まで遠くてね。だから今回が初めてなの」

「なるほど、でしたらお任せ下さいルーク様! 王祭に参加経験のある(わたくし)が、責任を持ってルーク様をリードします!」

「むっ」

「あはは……ありがとう、メティ」

 

 イチャイチャとラブコメ展開を繰り広げるルーク達をスルーし、カエラはロッシュの方に顔を向ける。

 

「ロッシュ様はどうですか?」

「僕は一回だけ、小さい頃に兄さんと一緒に行ったよ。結構昔の事だけど、楽しかった事は良く覚えてるな」

「おー!」

 

 ロッシュの言葉にキラキラと目を輝かせて、カエラは隣に居るセレナに再び声をかける。

 

「楽しみですね、セレナ様!」

 

 

 

───ドウシテ、

 

 

 

「ふふ、そうですね」

 

 

 

───どうして、

 

 

 

「本当、楽しみです」(どうして、こうなった?)

 

 カエラの無邪気な言葉にセレナ……いや、セレナに化けたソイツは、心の中で己の境遇を死ぬほど嘆いた。

*1
騎乗スキルA

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。