拗らせTS童貞は理想の嫁を演じたい   作:ブナハブ

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待って下さっていた方、申し訳ありません。また性懲りも無く投稿遅くなりました。


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 その日の夜、町の住民は揃って家の中に立てこもり、一様に外の光景をドアやカーテンの隙間越しで覗いていた。

 外には何人もの騎士が巡回しており、彼らのピリついた空気に住民達は漏れなく不安を煽られる。

 

(……し、視線が痛い)

 

 第五騎士団隊長の直属の部下であるリアムは、至る所から向けられる住民達の胡乱な目に気が滅入っていた。

 今回の魔術師包囲作戦、騎士団は町の住民達に最低限の情報しか伝えていない。いや伝えられなかったと言う方が正しいだろう。

 そもそもこの作戦自体がイレギュラー中のイレギュラー、第六騎士団隊長が偶然魔術師を発見した事から始まった突発的なもの。そんな状況下でも迅速に対応した騎士隊長の手腕は流石の一言だが、スピード重視で進めたせいで色々な手続きをすっ飛ばしてしまい、その結果、住民達に本作戦の通達が遅れてしまった。

 

(フォーリナー様が標的の内一人を捕まえに行った今、この場は俺が仕切らなきゃいけない)

 

 自由奔放な我が騎士隊長の代わりに指示を出す。もはや慣れっこな事だが、やはり口にしないと気が済まない。

 

「隊長、早く戻ってきて下さい……」

 

 

 

 リアムが愚痴をこぼした直後、突然近くの家の扉が開け放たれた。

 

▼▼▼

 

「……此処か」

 

 町の隅にひっそりと佇む廃教会。そこへシェリーは少数の部下を引き連れてやって来た。

 

(扉が壊されている)

 

 扉は跡形もなく破壊され、代わりに出来た大きな風穴が建物の出入り口として機能した。

 罠らしき罠は見当たらず、まるでどうぞこちらへと言わんばかりに開いた大穴は、その奥で待ち構える者の自信の強さが見て取れた。

 

(だが、行かない訳にもいかない)

 

 万全とは言い難いが、準備に時間を掛けるという事は相手に策を練る隙を与えるという事でもある。相手が魔術師の場合はとくに。

 やるなら完璧にメタを張るか、速攻戦か、それが対魔術師の基本戦術だ。

 

「……行くぞ」

 

 意を決して、シェリーは部下に言葉少なに命じると教会内に侵入する。

 

「いらっしゃい、騎士の皆さん」

 

 入った直後、建物の奥から声が聞こえてくる。聞こえた方向に顔を向ければ、この教会のシンボルであろう銅像の後ろに人影があった。

 

「姿を見せろ魔術師、既に町は我々騎士団が包囲している」

「……」

「何かしようとしても無駄だ。貴様の魔術の内容は割れている。この場に居る者全員、対策済みだ」

「なるほど、あなたがこの作戦の立案者なのね。敵ながら惚れ惚れするわ」

「ふんっ、分かったなら大人しく捕まる事だ。そして盗賊狩りに関する情報を吐け」

 

 シェリーの問いに、魅了の魔術師ミリアはうんざりした口調で答えた。

 

「はぁ〜……前にも言ったけど、別に私はその盗賊狩りと仲間じゃないわ。とんだとばっちりよ」

「そうか。だが仮にそうだとしても、魔術師である貴様を見逃す理由にはならんな」

「……ふふ、それもそうね」

 

 確かにその通りだと言って可笑しそうに笑うミリアを前に、シェリーはこれ以上話す事は無いと静かに抜刀する。

 

「捕まる気が無いなら、こっちから引っ捕らえるまでだ」

「ええ、無駄話も程々にしなきゃね。ああでも、やり合う前に一つアドバイスしておくわ」

「なに?」

 

……彼女は思い知らされる事になる。魔術師の用心深さと、その用意周到さを。

 

「魔術師は必ず奥の手を隠し持ってると思いなさい。……でなきゃ、すぐに足元をすくわれちゃうから♪」

 

 直後、シェリーの後ろから部下のセシリーが駆け寄ってくる。

 

「せ、せんぱーい!」

「セシリー? なぜ此処に来た。持ち場はどうした」

「いやそれがちょっと不味くて、緊急で報告しに来たっす!」

 

 セシリーは慌てた様子でシェリーに伝えた。

 

「今現在、町中で暴動が起きてて」

「なんだと!?」

「し、しかもそいつら、全員真っ直ぐこっちに向かって来てるんっすよ!」

「……!」

 

 それを聞いたシェリーは、まさかと思って対峙している魔術師の居る方角を睨み付ける。

 

「ふふふ、始まったみたいね。【愛の行進(パレード)】が」

「貴様……!」

 

 シェリーは、よくも舐めた真似をと悪態をつく反面、動揺していた。

 

(一体いつ仕掛けた? 町全域で暴動を起こすなんて、碌な準備もせず実行できるとは思えない)

 

 シェリーの予想は当たっていた。彼女が使った魔術【愛の行進(パレード)】は、使うまでにかなりの時間と労力が必要となる。……だが、準備さえ済ませておけば発動自体は簡単だ。

 そう、ミリアはずっと前から準備を進めてきた。騎士団に目を付けられるよりも前に、ほんの一週間ほどしか滞在しないこの町に訪れた時に、万が一の保険として仕込んでいた。それだけの話だ。

 

「さあ、早くしなきゃあなた達の守る民衆がやって来ちゃうわよ? 一体どれだけの人が巻き込まれるのかしらねぇ?」

「くっ……!」

 

 この町の住民全てが操られているのだとしたら、町中を張っている騎士達だけでは対応しきれない可能性がある。故にシェリーは、苦渋の決断をせざるを得なかった。

 

「全員外に出て周囲を見張れ! 誰一人としてこの中に立ち入らせるな! セシリー、お前は」

「アレの対処っすよね? 了解っす!」

 

 部下達に指示を出す。教会に居るのはシェリーと、ミリアだけとなる。

 

「懸命な判断ね。お陰で私も町から出られそうだわ」

「随分と甘く見られたものだな!」

 

 ミリアの考えを打ち砕かんがばかりに、シェリーは魔力強化と加護によるバフで途轍もない速さで肉薄した。が、それを阻むようにシェリーの横から一振りの剣が放たれた。

 

「ぐっ!」

「……」

 

 不意を突かれたシェリーは、その一撃をなんなく受け止めてみせる。しかし相手は手練れのようで、そこから更に畳み掛けてきた。

 

「……」

(何者なんだ、この男)

 

 整った顔立ちの黒髪黒目の青年。その表情は激しい剣戟の中でも変化一つ無く、とても人間と戦っているようには思えなかった。

 

「別に甘く見てなんかいないわ。いえむしろ、あなたの事は高く評価しているのよ?」

 

 だからと、ミリアは続けて言う。

 

「とっておきの手札を、あなたの足止めとして使う事にしたわ」

「なっ……!?」

 

 続けてシェリーを取り囲むように、青年と(・・・)瓜二つ(・・・)の存在(・・・)が新たに二人現れた。

 

(同じ人間が、三人!?)

 

 精神干渉に耐性を持つ騎士達が居る中でこっそり逃げ出すのはミリアとて難しい。故に彼女は、【愛の行進(パレード)】で集まった民衆に紛れて、混乱に乗じて逃げ出す事にした。

 

「さあ、じっくり遊んでいってちょうだい」

 

 物陰から戦いを覗くミリアは、妖艶な笑みを浮かべながら観戦する。

 

▼▼▼

 

「おーおーおー、派手におっ始めてんなー」

 

 一方その頃、宿屋で丸一日眠って全快した彼は、町中で起きてる騒動に気付くと適当な家の屋根の上に登り、遠くに存在する教会をジッと見ていた。

 

(ミリアだったか? アイツ、前から町に結界を張ってたな)

 

 ミリアと同じ系統の魔術を使う彼は、ミリアが何をしたのかすぐに理解した。

 結界とは、広範囲に魔術の影響を与える際に使われるアイテムだ。かつてルーク達が戦った迷宮の魔術師、彼が使った【迷宮化】にも結界が使われている。

 

(魔術の効果は、範囲内の人間全てに魅了を掛けて、掛かった奴らを自分のもとに集合させる。そんな所か)

 

 もっとも、掛けられる魅了は弱いからある程度訓練された兵士なら効かないだろうと推測する。

 

(やってる事は単なる人集め。悪人には通用しないだろうけど、民衆を守る騎士が相手ならその効果は絶大だな。悪趣味だけど)

 

 行進する市民達を抑える騎士と、その騎士を押し除けてでも進もうとする市民達。そんな光景を町の至る所で見た彼は、完全に悪役が使う技だなーっと呑気に考えていた。

 

(けどまあ好都合だ。きっとアイツは集まった人混みに紛れて姿をくらます気だろうし、その時に拉致れば良い)

 

 仮にミリアの作戦が失敗して騎士達に捕まりそうな時も、この混沌した状況ならどさくさに紛れて救出する事も可能。そう判断した彼は、ゆっくりと漁夫の利をする機会を待つ事にした。

 

(あの騎士隊長とは二度と戦いたくないから、ミリアには頑張って欲しいものだな)

 

 それまでは高みの見物と洒落込もう……そう言ってふんぞり返る彼の余裕をぶち壊すように、その男は現れた。

 

「お、やっと見つけたぜそれっぽい奴!」

「は???」

 

 突如として聞こえた声の方へ、彼は何が起きたか理解できないまま反射的に振り向く。

 

(待て待て待て嘘だろ?)

 

 彼は自分の存在がバレないよう、魔術だけでなく持ち前の潜伏術も駆使して隠れていた。例え精神干渉が効かないシェリーであってもバレない。その自信があった彼は見つかった事に動揺を隠せない。

 

「よっ、と……いやぁ、一日中走り回った甲斐があったぜ!」

 

 そんな彼を他所に男は屋根を登り切ると、その紅蓮の瞳を彼に向けた。そしてあっけらかんと自己紹介してくる。

 

「よお盗賊狩り! 俺は王国第五騎士団隊長、グレン・バーンヒューズだ。ちょっと一緒に来て貰うぜ!」

「ーーー」

 

 シェリーと同じ騎士隊長クラスとの邂逅、その唐突な出来事に彼はただただ絶句した。

 

▼▼▼

 

 王国第五騎士団隊長、グレン・バーンヒューズ。彼はシェリーと同じ時期に隊長へ昇格した、いわばシェリーの同期である。

 非常に熱血漢で、真っ直ぐな性格のグレンは部下から慕われ、多く民衆にも顔を知られ、親しまれている。……しかし彼に近しい人間ほど、彼の事をこう評していた。

 

───アレはただの根性バカだ。

 

 

 

 民家の屋根上から場所は変わり、町の広場にて。二人の間では激しい剣戟が絶えず飛び交っていた。

 

「うおおおお!!!」

「……ッ」

 

 分厚い金属をも両断するグレンの一振り一振りに対して、盗賊狩り()は全て完璧に逸らし、防ぎ切る。

 

(くそっ、なんだコイツ……!)

 

 そんな彼の心にあるのは余裕は焦りではなく、困惑。度し難いものを見るような目で彼はグレンの事を睨んでいた。

 

(技量と能力の高さが釣り合っていない)

 

 彼の視点から見て、グレンの魔力強化の練度は自身よりも劣っていた。

 練度の高さは身体能力の高さに直結する。しかし実際に剣を交えてみれば、彼我の間に力の差は皆無、どころか彼の方が押され気味だった。

 

(魔術も効いてる気配なし)

 

 どうにか隙を作ろうとグレンに精神干渉の魔術を掛けているが、グレンは意に介さず攻め続ける。

 

「うらあああ!!!」

「ぐぅッ」(本当にどうなってんだ!?)

 

 謎の能力向上に魔術の無効化。まるでシェリーの加護を彷彿とさせるが、その正体は彼女の加護とは似て非なるものだ。

 それはある意味万能で、しかし大多数の人間にとっては大きな意味を持たない行為。

 

「こんっっっじょおおおお!!!」

 

 根性、それが彼の力の源だ。

 

「うお!?」

 

 またもや起こったグレンの不可思議な能力向上。そのパワーに押し切られそうになった彼は、たまらず後ろへ飛び退く。

 

「あーもう、本当にどっからそんなパワーが出てるんだよ」

「根性だ!」

「いや今は冗談いらないから」

「冗談じゃないぜ? あんたを見つけられたのも、この力も、全部根性があってこそだ!」

「んな訳あるか」(全部根性でなんとかなるなら、俺だって根性で理想の嫁を見つけたいっての!)

 

 戯言だと捉える彼だが、グレンの言っている事は本当だ。そして本当に根性でなんとかなっているのには、グレンの持つ加護が関係している。

 グレンの持つ加護、それは思い込みによる軽度な現実改変。盲目的なまでに何かを信じた時、その信じた通りの出来事が現実となる。

 神を盲信するならば、神に祈る事で。正義を盲信するならば、正義を掲げる事で。信じる心が強いほど、より大きな奇跡を引き起こす。

 

「なあ今回だけ見逃してくんない? 今は本当に大事な時期なんだよ」

「逃げる気か? そんな根性無しじゃ俺に勝つ事なんて出来ないぜ!」

「いや勝つ気なんて無いんだが?」(やっぱ王国騎士団ってヤバすぎー。アイツ(シェリー)といいコイツ(グレン)といい、敵に回したくない奴らばっかりだ)

 

 グレンの信仰対象は根性。しかもグレンの場合、加護の力とか関係なく幼少期から根性論信者を貫いてきた筋金入りの根性バカだ。

 

「だったら尚更だな! 勝つ気も無い逃げ腰の根性無しに、俺は負けないし逃がすなんてヘマもしねえ!」

「あーはいはい、好きに言っときな」(魔術が効かない理由は定かじゃないが、そういう奴からの逃げ方は以前教わった)

 

 グレンが再び攻勢に出ようとした直後、聞き慣れた声が遠くから聞こえてきた。

 

「た、隊長!?」

「おうリアム! 盗賊狩りを見つけたから捕まえるの手伝ってくれ!」

 

 声の主はグレンの直属の部下、リアムである。その後ろには同じく自身の隊の騎士達が居て、皆一様に驚いた様子でコチラを見ている。

 

「ちょっと! なに普通に民間人に(・・・・)剣を(・・)向けてるん(・・・・・)ですか(・・・)!?」

「……はあ?」

 

 そして先頭に立つリアムは、そう言ってグレンを咎めた。

 

(ヨシッ、ちゃんと【誤認】は効いてるようだな)

 

 対象物の認識を歪ませる【誤認】の魔術、それを彼はあらかじめ自分に掛けていた。

 

(今の俺は周りから一般市民だと思われている。そんな状態で剣を振れるかな騎士隊長さんよ?)

 

 騎士という立場を利用した精神攻撃。ミリアの策を悪趣味と言っていた人間とは思えない悪辣な戦術だった。

 

(別に攻撃してくれても良い。わざと無抵抗に攻撃を喰らえば、連中はコイツを止めようと動いてくれるだろう。その隙に逃げてしまえば良い)

 

 本当に悪趣味である。思考が完全に悪役のソレだ。

 

「彼らは操られているだけです。なので剣を抜く必要はありません!」

「……はあー。ったく、お前らなぁ───」

 

 しかしグレンは、またもや彼の予想を上回った。

 一度大きく息を吸い込み、そして、

 

「───喝ァ!!!!」

 

 聞くもの全ての鼓膜を突き破らんとするほどの雄叫びを広場中に浴びせた。

 

(な、なんだァ!?)

 

 逃走の隙を窺っていた彼も、突然の叫びに堪らず耳を塞いでしまう。そこからキィーンという耳鳴りが静まる数秒後、驚くべき事が起きた。

 

「た、隊長、急に何を……って、盗賊狩り!?」

「は?」

 

 彼と同じくグレンの雄叫びにやられていた騎士達は、立ち直ると同時に彼の事を正常に認識できていたのだ。

 

「どうだ、根性入ったか?」

「は、はい、おかげさまで」

「なら状況は分かっただろ? 盗賊狩りの相手は俺に任せろ」

「はっ!!」

「それと町がなんか大変な事になってるみたいだし、そっちの対応はリアム、お前に任せたぜ!」

「あ、やっぱりそうなる……ゴホン、承知致しました」

 

 グレンに命じられたリアムとその他の騎士達は、そのまま広場を後にする。広場には再び、グレンと盗賊狩り()の二人だけが残っていた。

 

「……今、何をしたんだ?」

「別に大した事はしてねえぞ? アイツらが腑抜けた事を言ってたから、喝を飛ばして根性入れてやっただけだ」

「……ッ」

 

 グレンの答えに彼は思わず悪態をつきたくなった。

 

(このチート野郎がァ……! 根性だけで全部解決とか、どんなご都合主義だよ)

 

 理不尽とすら感じる無法の力。しかし文句を言ったからと何かが変わる訳も無く、戦いは再開される。

 

「さあ、仕切り直しだ盗賊狩り!」

 

 真っ直ぐに突き進むグレン。なんの策も練らずに肉薄してくるのは、根性さえあればなんとかなると本気で思っているからだろう。

 

「オラァ!」

「くそっ!」(かくなる上は……)

 

 袈裟斬りに剣を振り下ろすグレンに対し、彼は右手に持っていた剣を落として左腕を前に出す。

 グレンの一振りは彼の腕に直撃し、火花を散らせた。

 

「おお!?」

(ウゲェ!!?)

 

 高密度の魔力で肉体を保護する技法、魔力武装。それでグレンの一撃を受け止めた彼は激しい痛みに襲われるものの、お陰で左腕が両断される事は無かった。

 

(隙は作れたけど、二度とやりたくない戦法だ、なっ!)

 

 攻撃を受け止めてみせた彼は、そのまま徒手となった右手で拳を作り、グレンの鳩尾を穿つ。

 

「カハッ」

(嫁の体を傷つけた罪は重いぞ)

 

 えずくグレンに彼は上へ高く飛び跳ねて、回し蹴りを放った。

 鈍い音と共に蹴りはグレンの頭部へ直撃し、グレンは地面に勢いよく倒れ込む。

 

(流石にこれなら)

 

 殺す気で放った渾身の二連撃。それでも少ししたら起き上がりそうなのが怖い所だが、気絶は免れない筈だ。

 

……グレンは、その予想すら覆した。

 

「ぅ、ぉおおお!!!」

「……マジかよ」

 

 倒れる寸前、グレンは地面を踏み締めてガバッと起き上がった。

 

「今のは中々根性の入った一撃だったぜ。俺も負けてらんねえな!」

 

 例え気を失うような一撃でも、根性があれば立ち直る事も可能。グレンはそう信じていた(・・・・・)

 

(……このままじゃダメだ)

 

 グレンから距離を取りながら彼は悟る。今のままでこの男をすぐに倒す事も、逃れる事も不可能だと。

 

(ちょっとした小細工やゴリ押しでどうこう出来る相手じゃない。やるなら徹底的に……根性云々でどうにも出来ない詰み(・・)の状況に持っていくか、圧倒的な力で押し潰すか、その二択だ)

 

 前者は入念な準備をすれば可能だろう。もっとも、当然ながらそんな準備は今出来ていない。そして後者についてだが……彼には、それを成せる秘策があった。

 

(アレを使えば、いやでも)

 

 彼は使用を躊躇う。その手を使うという事は、自身の尊厳を踏みにじる事と同義だったからだ。

 だけどもう、手段を選んでいられない。

 

「………………やるしかない、か」

 

 長い長い逡巡の末、彼は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら決断した。

 

▼▼▼

 

「……?」

 

 重たい連撃を喰らいながらも根性で立ち上がったグレンは、ふと盗賊狩りが妙に大人しい事に気付く。

 盗賊狩りは噂通りの実力者だった。盗賊狩りが精神干渉の魔術を使う事は以前にシェリーから聞いていたが、実際に戦ってみて盗賊狩りが単なる魔術師でない事はすぐに分かった。

 見た事の無い洗練された武術の数々。一つ一つの剣筋は美しく、これほど巧みな技の使い手はグレンも一、二人しか知らない。

 

(何を企んでるのか分かんねぇけど、何があろうと根性で乗り越えてやる!)

 

 しかし、そんな事でグレンはへこたれない。どんな技も術も、根性で突破できると本気で信じているからだ。

 そう思っていた矢先、

 

「……ッ!?」

 

 変わった(・・・・)。そう形容するしかない現象が盗賊狩りに起きた。

 見た目は変わっていない。雰囲気や印象のような生ぬるい変化でもない。もっと根本から、魂が、本質そのものが、言い知れない何かへと上書きされたのだとグレンは直勘した。

 

「……」

「あんた、本当にさっきまでと同じ奴なのか?」

 

 盗賊狩りは無言でグレンを見つめる。言葉を返す事もなく、ジッと無機質な眼を向け続けていた。

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