拗らせTS童貞は理想の嫁を演じたい   作:ブナハブ

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魅了の魔術師ミリアは、沢山の人に愛されながら生きてきた。

 

 生まれた直後に、ミリアは両親から祝福された。力いっぱいワンワンと泣けば、元気に生まれてくれてありがとうと感謝すらされた。

 

 自分で立って歩けるようになった頃、元々体の弱かった母親がとうとう天に召された。悲しみで泣きじゃくるミリアを見て、父は母親の分までこの子を愛そうと心に誓った。

 

───足りない。

 

 魔術を学び始めた。彼女には魔術の才能があったらしく、一生懸命魔術を学ぶミリアの姿に父は更なる愛情を彼女に注いだ。

 

───足りない。

 

 魔術協会へ訪れた。愛想が良く物分かりの良いミリアはすぐに馴染んで、一部の魔術師からは大層可愛がられた。

 

───足りナイ。

 

 聖騎士隊が魔術協会を襲撃した。多くの同胞が殺される中、ミリアは仲の良かった魔術師達に逃がして貰い、そして父は愛する娘を庇って最期を迎えた。

 

───タリナイ。

 

 

 

 

 

 もっと、愛を。

 

 

 

 

 

 人は、愛なしでは生きていけない。物心ついた時から、そんな思想が私の中に根付いていた。

 愛があるから他人を思いやれる。愛があるから生き甲斐を感じられる。食欲性欲睡眠欲、そんな本能だけに従って生きる事はそこらの畜生と変わらない。愛こそが、人を人たらしめる根幹だ。

 だから私が愛を渇望するのは当然の帰結だった。一度も誰かを、親にさえ愛情を感じた事のない私が人として生きる為には、人から愛されなければいけないのだ。

 

「へー、だからあんなアイドルみたいな生活送ってたの」

 

 そんな、ずっと胸に秘めていた考えを、ある日私は彼女に打ち明けた。

 

「あいどる、ってなに?」

「あー分かんないか。ん~、ざっくり言うなら人から愛されるのが仕事の人?」

「あら、そんなお仕事があるのね」

 

 出された紅茶を飲みながら私は彼女と語り合う。

 彼女は創生の魔術師。後にホムンクルスの生みの親となる偉大な魔女であり、十は離れているが一応同性の中ではもっとも歳が近い同胞だ。

 

「というかあなた、その口ぶりから察するに私が猫を被っていたって気づいてたの?」

「まあねー、でもすごい演技力だと思うよ。初めて会った時は本当に子どもかと疑っちゃったもん。前世の記憶とかあったりする?」

「……それはこっちの台詞よ」

 

 彼女は時折未知の単語を使うことがある。それがどういう意味で、どこで知ったのか、私の知る限り誰も、彼女の親でさえ知らない。

 

「あはは、確かに。お互い様だったね」

「……」

 

 私の探るような言葉に動じる事なく、彼女は笑って返す。

 

「それで? どうしてミリアちゃんは、今まで隠してきた秘密を私に教えてくれたの?」

「……どうすればもっと愛されるようになるか、あなたに聞きたかったのよ」

 

 得体が知れず不気味な彼女は、魔術協会でも異端児扱いされている。しかし誰も知らない事を知っているという事は、他とは全く異なる視点を持っているという事でもある。相談事をする上では貴重な意見を貰えるだろうと思い、これまで彼女とは積極的に仲良くしてきた。

 

「私はね、みんなから愛されたいの。愛されて愛されて、沢山の愛を注がれながら一生を終えたい」

「それが人間らしい生き方だから、かな?」

「話が早くて助かるわ」

「別にそれなら今のままでも十分愛されてると言えるんじゃないの?」

「不十分よ。だっていつ愛想尽かされるか分からないじゃない」

 

 所詮私のやっている事は、愛される為だけにしている虚飾に過ぎない。それで向けられる愛情が長続きする筈も無い。

 

「一方的な愛ほど脆いものも無いわ」

「愛する事を知らない割に、饒舌に愛を語るのね」

「そう? これって一般論じゃなくて?」

「……まあどっちでも良いけど」

「それで? 何か良い方法ってある?」

「うーん、多分ミリアちゃん勘違いしてると思うけど……まあ、本当にそうなら方法はあるかな」

「! 何か秘策でもあるの?」

 

 私は机に身を乗り出して耳を傾ける。

 

「そう難しい話じゃないけど……一つは、本物の愛を見つける事」

「本物の愛?」

「そっ、本物の愛。愛されるんじゃなく、あなた自身が心から愛せるものを探すの」

「……そんな」

「そんなものあるのか、なんて聞かないでよ? その答えも含めて探さなきゃ」

「……」

 

 予想斜め下のつまらない答えに私は落胆する。けれど彼女の目は真剣そのもので、反論する気にもなれなかった。

 

「まあぶっちゃけ、本物の愛なんて探すものじゃないけどね」

「なによそれ」

「本物の愛は、思いもよらない所で出会うって事よ。それ以外に手があるとしたら……そうね」

 

 彼女は暫く黙り込み、そして思いもよらない提案をしてきた。

 

「確かミリアちゃんって精神干渉の魔術を修得してるのよね」

「ええ、正確には精神支配の魔術ね」

 

 お父様から学んでいる魔術は、お父様の師が扱う精神干渉の魔術より人を操る事に特化している。故に精神支配の魔術だとお父様は語っていた。

 

「そうそれ。それを使ってみんながあなたを愛するよう操ればいいんじゃない?」

「え?」

 

……考えもしなかった事に、呆気に取られる。

 

「……それなら確かに……でも……それって」

 

 洗脳して、強制的に愛させる。けれどそれは本当に愛されていると言えるのだろうか。

 

「別に私は、今までミリアちゃんがやってきた事と同じだと思うけど」

「同じ……?」

「うん、猫被って愛想振り撒くのも、魔術で相手を魅了させるのも、私から見ればどっちも変わらない偽物の愛」

「喧嘩売ってるのかしら?」

「違う違う、別に私は偽物の愛を否定なんてしないよ。……二つ、良い事を教えてあげる」

 

 顔をしかめる私に、彼女は人差し指を立てる。

 

「どんな嘘でも、最後まで騙し通せば真実に変わるの。あなたが魔術を使ってたぶらかした相手も、その事実を知らない限りあなたに対する愛は本物でいられるのよ」

「ーーー」

 

 人によっては到底受け入れられなさそうな理屈、だけど私は不思議と彼女の言葉がスッと心の内に入っていった。曖昧でグニャグニャだった道筋が、真っすぐな一本の線に変わったような気がして……

 

「あともう一つは……バレなきゃ犯罪じゃないって事♪」

 

───こうして、魅了の魔術師ミリアは誕生した。

 

▼▼▼

 

「……ウソでしょ」

 

 シェリーに切り札である三体のホムンクルスをけしかけたミリアは、目の前で広がる光景に唖然とした。

 

「はあ、はあ、はあ……!」

 

 シェリーは体中に傷を負い、頭からも血を流していて、明らかに疲労困憊だ。しかしミリアは、その事に喜ぶ余裕が無かった。

 

(あのホムンクルス達を相手に、善戦している?)

 

 ミリアはホムンクルスの能力の高さを知っていた。これまで集めてきた盗賊達が束になっても敵いはせず、騎士相手でも十分以上に戦う事が可能。流石に騎士隊長格を倒せるほどとは思っていないが、足止めに徹すれば十分時間は稼げる。そう思っていた。

 しかし戦いが始まって十分弱、既に二体のホムンクルスが地面に倒れていた。

 

「……」

「剣捌きは巧みで、斬っても怯まず中々倒れない」

 

 残った一体がシェリーに斬りかかる。

 

「だが、それだけだ」

 

 その剣速を上回る速さでシェリーはそいつの片腕を両断した。

 

「多少の怪我と殺す覚悟を持って挑めば問題ない」

 

……それは純粋な技量と覚悟の差。若くして騎士隊長にまでのし上がったキャリアは伊達じゃなく、溢れる才気とそれにかまけず積み重ね続けた鍛錬、そして騎士道を貫かんとする高潔な意思を持つ彼女の実力は、グレン(根性バカ)のような無法の力を持たずとも騎士隊長に相応しいレベルだった。

 

「戦っていて思ったが、コイツら人間じゃないな。それについても後でじっくり教えて貰うとしよう」

「……!」(これが、王国騎士団の上位陣の実力)

 

 見誤っていた。ミリアは素直にそう思った。どんな策を講じるにしても、真っ向から相手にする事だけはするべきじゃなかった。

 

「けど残念ね。せっかく頑張ったけれど、もう時間切れよ」

 

 もうじき最後のホムンクルスも倒されそうで危機的状況なミリアだが、まだ彼女の笑みは消えていない。

 もう意識せずとも、教会の外から大勢の人の気配を感じる。この教会内に彼らが乗り込んでくるのも時間の問題だろう。そうなれば、ミリアは人混みに紛れて逃げる事が出来る。

 

「確かにそうらしいな」

 

 だというのに、シェリーの表情に焦りは見られない。

 

「どういうつもりかしら? まさか人混みの中でも私を捕まえる自信があるとでも?」

「……認めたくないが、流石の私でもそれは厳しいだろうな」

「だったらなんで……え?」

 

 直後、ミリアは驚愕する。術者本人だから知覚できた、たった今起きたその出来事に。

 

(【愛の行進(パレード)】を形成する結界が、破壊された?)

「その反応を見るに、どうやら成功したらしいな」

「っ、まさかあなた……!」

「最初に言っただろう。対策済み(・・・・)だと」

 

 

 

 

 

「だっはあ! ようやく見つけたっす!」

 

 シェリーの部下であるセシリーは、町の隅にある路地裏で大の字になって仰向けになる。彼女のそばには、見るも無残な細切れにされた少女の人形が落ちていた。

 

「まさか、道端に捨てられた人形が結界だったなんて……こんなの私じゃなきゃ絶対に見逃してたっすよ」

 

 近くの建物内の壁にあからさまに怪しい幾何学模様が刻まれていたが、セシリーは加護のお陰でそれがダミーである事に瞬時に気づけた。

 彼女の加護の力は、不可思議なエネルギーの知覚。残留する魔力の流れや加護を使う際の力の起こり(・・・・・)を敏感に感じ取る事が出来る。その加護のお陰で、セシリーは人形に偽装した結界を見つけ出せたのだ。

 

「事前に先輩から目ぼしい場所をいくつか教えてもらったから無駄に探し回らなくて良かったっすけど、流石に走りっぱなしで疲れたっす」

 

 連日働き詰めで今回の騒動、疲労は加速度的に増していっているが、悪党を放置して休む訳にはいかないと、疲れた体に鞭を打って起き上がる。

 

「……さあ! 残りの結界も壊して、ゴミ掃除の続きをするっすよー!」

 

 苛烈で勤勉なシェリーの部下らしく、セシリーはおっかない事を言いながら再び動き始める。

 

 

 

 

 

「街中に隠した結界を、この短時間に見つけて壊したと言うの!?」

 

 それはミリアにとって想定外の事だった。結界は一目見ても気づかれないよう偽装し、加えてダミーも何個か用意していた。少なくとも見つけるのに小一時間は掛かる想定だ。

 

「魔術師の中には結界という術を使ってくる者が居る事は知っていたからな。幸いウチには結界探しに打ってつけの奴が居たからな。事前に結界がある場所に目星を付けておけば、後はそいつがなんとかしてくれる」

「そんな! 魔術に深い造詣を持たない癖に、結界の在処に目星なんて付けられる訳」

「我々は戦士だ、学者ではない。……敵として相手取り、策を講じるだけなら、魔術に対する深い知識など要らん」

「くっ、なんて野蛮な考え」

 

 最悪な展開に、ミリアは思わず悪態をついてしまう。

 

(【魅了(チャーム)】で民衆を引き寄せて……ダメ、まだ距離がある。と、とにかく時間を稼いで)

「そうはさせん」

 

 ミリアは残った片腕のみのホムンクルスを突撃させようとするが、それに先んじてシェリーがホムンクルスに肉薄し、そして真っ二つに両断した。

 

「あっ」

「終わりだ、魔術師」

 

 喉元に剣先を突き付けられる。ミリアがここから逃れる術は、無い。

 

「……きちんと戦力を見極めたつもりだけど、まだまだ甘かったみたいね」

 

 本当に甘かった。ミリアは今になって自身の短慮な行動に後悔する。

 きっと調子に乗っていたのだろう。次々と盗賊を手駒にし、自身の策略で騎士団を翻弄できた事で自信を付け、無意識の内に大胆な行動を取ってしまっていた。

 

(魔術師は、慎重さを欠いた奴から死ぬ。……何度も言われた事なのにね)

 

 自分の愚かさに頭が沸騰しそうなほど恥じるミリアは、いっそこのまま自決しようかとすら考えた。

 

───その考えは、頭上から白いボール状の物体が落ちてきた事で無意味となった。

 

「これは……!」

「なにが、って、ちょっ!?」

 

 物体は地面に衝突すると同時に煙を吹き出す。突然の出来事にミリアは驚く間もなく、何者かに引っ張られて上空へ飛んだ。

 

「ギリギリセーフ!」

「あ、あなたは」

「盗賊狩り!」

 

 煙幕を巻き、ミリアを捕まえて跳躍し、教会の銅像の上に着地したのは、シェリーにとって因縁の相手、盗賊狩りだった。

 

「やはりその魔術師は仲間だったか!」

「ぜんぜん違うけど、時間も惜しいし説明は省くわ。じゃあそういう事で」

「逃がすか、ぐっ……」

 

 盗賊狩りを追おうとするシェリーだったが、死闘直後だったせいもあって機敏には動けない。

 

「うわこっわ、まだ動けるのかよ」

「ま、待てぇ……!」

「いや勘弁してくれ! そんなのに付き合う時間は無いんだってば、じゃあな!」

 

 盗賊狩りは教会のステンドグラスを突き破り、【愛の行進(パレード)】で教会近くまで来ていた人混みに紛れ込む。奇しくもミリアが考えていた策を盗賊狩りが利用する形となった。

 一連の騒動で騎士団の指揮系統は乱れて統率もままならず、結局見つからないままシェリーは朝日を迎えた。

 

「〜ッ! やられた、またしても……!」

 

 町から魔術師と盗賊狩りという脅威が消え去り、ひとまず事態が終息の一途を向かう中、シェリーは一人血が滲み出そうなほど拳を握り締めて町の外を睨んでいた。

 

▼▼▼

 

(いやー、間に合って本当に良かった)

 

 夜が明ける数刻前、見事ミリアを町から連れ出した彼は、近くの森林に身を潜めていた。

 

(念の為煙玉を拾っといて良かった。アレが無かったら多分、アイツ殺してただろうし)

 

 彼が放った煙玉、実はバロウズ商会の倉庫で衣装を回収する時についでにくすねた物だ。

 煙玉で注意を逸さなかったら、彼が動く前にシェリーはミリアを殺した。そう彼は思っていた。そして実際その通りだ。

 敵に味方*1を返すぐらいなら、シェリーはミリアを捕虜にしようとせず、殺そうとしただろう。

 

(本当ならホムンクルスも回収したかったし……あの手(・・・)だって、使いたくなかった)

 

 グレンとの戦いで披露したあの手(・・・)、思い出す事さえ忌避する彼にとって禁断の奥の手。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛!!? 嫌だ嫌だもうぜっっったいやらねえ!」

「ちょっと、いきなり大きな声出さないでよ。びっくりするでしょ?」

 

 突然悲鳴を上げるその様は、(ミリア)から見たら完全に狂人のソレだった。

 

「はぁー、本当になんなのあなた? なんで私を助けたの?」

「……ああそうだ。帰る前にさっさと済ませとかないと」

 

 なにはともあれ、彼は無事にミリアを手中に収めた。あとはもう、やる事は一つだけ。

 

「ちょ、ちょっと?」

「悪いけど時間が無いんだ。強引に進めるから廃人になるかもだけど……まあ悪い事して罰が当たったとでも思ってくれ」

 

 うら若き少女に手を掛けるのは*2良心が痛むが、これも理想の嫁の為だと彼はミリアの頭に手をかざす。

 

……彼はミスを犯した。たった一つの、致命的なミスを。

 いや、思い返せばホムンクルスの存在を知った時から彼の行動は所々で杜撰だった。それだけホムンクルスの存在は、彼にとって青天の霹靂だったのだ。

 だから、その事に気づかないままここまで来た彼がこうなるのは、必然なんだろう。

 

「───は?」

 

 ミリアは魔術師、それも彼と同じ精神干渉(・・・・)の魔術の使い手だ。自身の記憶を探られる事への防衛策ぐらい、準備して当然である。

 

「マジ、かよ……」

「あなた……これ……は……」

 

 記憶を覗いてくる術に反応して、逆に相手の記憶を覗き見るカウンターの魔術。そのトラップにまんまと引っかかった彼は、抗う間もなく意識を奪われるのだった。

 

▼▼▼

 

「……ここは」

 

 気がつくとミリアは、見慣れない場所に立っていた。

 

(確か私、王国騎士団の騎士隊長に負けて、そこをお父様の弟弟子に助けられて、それで)

 

 徐々に思い出す。助けられた筈の盗賊狩り(弟弟子)に、ミリアは記憶を探られそうになった。そこをミリアは前々から自分に仕掛けていた防御用の魔術で返り討ちにしたのだ。

 

「という事は、ここは彼女の記憶の中……過去の世界?」

 

 その事に気づいたミリアはホッと一安心する。いきなり訳の分からない世界に飛ばされたかと思った。それぐらい今居る場所は自分の知る世界とは違い過ぎていた。

 

「だとしても不思議ねぇ。此処が彼女の記憶の中なら、彼女自身が何処かに居る筈」

 

 辺りを見渡しても、居るのは本を読み耽っている黒髪の少年一人だけ。

 

「……もしかして」

 

 ふと、ミリアは黒髪の少年に注目する。此処には沢山の本が置かれており、図書館で間違いないだろう。だから少年が本を読んでいてもおかしくない。ミリアが注目した理由はそこではなく……

 

(彼が、そうなの?)

 

 自分の考えにミリアは半信半疑になる。ミリアは盗賊狩りに町へ連れ出される際、盗賊狩りの素顔をこっそり見ていた。素顔は紛れもなく女性のものだったし、黒髪の少年とは別人だ。

 

「……え?」

 

 少年に近づいたミリアは、再び驚く事になる。

 

「この絵の子って……」

 

 少年が読む小説の挿絵、そのイラストに描かれた人物にミリアは見覚えがあった。

 現実味のない絵柄*3だから完璧に同じという訳じゃないが……その人物は、ミリアが見た盗賊狩りの素顔そっくりだった。

 

 

 

 

 

 はじめは、ただ単に好きなキャラクターだった。たまたま見たラノベで、顔や性格が好きなキャラが居た。それだけの話だった。

 好きは次第に特別に変わった。本を読み進める度、そのキャラが深掘りされる度、ますます好きになって、推しのキャラになった。

 特別は、恋慕に変わった。そのキャラと主人公が結ばれるのを見て、主人公に狂おしいほど嫉妬し、自分もこんなお嫁さんが欲しいと、現実で求めるようになった。

 主人公は武者修行の道中で彼女と出会い、彼女は成長していく主人公を見て惹かれていった。だったら自分も……そう思って実践し続けた。

 体を鍛えて、勉強を頑張って、社会でのし上がって、

 

───そして恋慕は、理想になった。

 

 まだ見ぬ(理想)と出会う為、まだ見ぬ(理想)と結ばれる為、彼はひたすら高みを目指した。

 もっと、もっともっともっと。(理想)への期待は風化する事なく増し続け、ハードルは青天井に上がり続ける。

 足りない足りないまだ足りない。(理想)に妥協なんて出来る訳が無い。

 

 求めるのは九十九の最良ではなく百の理想。それ以外は眼中にない。

 

 (理想)への愛は止まらない止められない。前より今、今より先、想いは際限なく膨らみ続ける。

 

 ずっと、ずっとずっとずっとずっと、焦がれて焦がれて焦がれ続けて、

 

 

 

……理想の嫁は、まだ来ない。

 

 

 

 

 

「……」

 

 夜が明ける一刻前、ミリアはゆっくりと目を開けて、起き上がる。

 

「……ああ」

 

 彼の記憶を見たミリアは、彼にまつわる様々な事を知った。彼が転生者であるという事、前世と違って女性であるという事、加護と魔術を併用できる極めて異質な存在であるという事……。

 

 そんな事(・・・・)はどうでも良かった。普段なら一考すべき話も、今だけは、この気付き(・・・)の前では全てがどうでも良くなる。

 

「これが、愛なのね」

 

 その日ミリアは、本物の愛を知った。

 

▼▼▼

 

「……ん、うぅ」

 

 夜が明け、仄かな光が周囲を照らし始めた頃、彼は微睡みから目を覚ます。

 

(なん、だ、何が起きて……はっ!?」

 

 目覚めてから三秒、彼は自分がミリアの記憶を探る事に失敗した事を思い出し、寝起きとは思えない竣敏さで起き上がる。

 

「ヤバいしくじった! あ、あれからどれくらい経った?」

「おはよう、お兄様」

「……ほえ?」

 

 そして背後から聞こえた声の主を見て、宇宙猫*4さながらの顔を浮かべて数秒ほど思考停止した。

 

「……ゑ?」

「思ったより早かったわね。もう少し寝顔を堪能したかったから、残念」

 

 地べたで正座している様子を見るに、どうやらミリアは彼を膝枕していたらしい。

 

「お前なんでおるん?」

「あら、膝枕の感想は無いの?」

「いやそういうの要らないんで」

 

 まあ、嫁一筋な彼には関係ない話だが。むしろファースト膝枕*5を誰とも知らない小娘に奪われて若干ご機嫌斜めだ。

 

(本当に何がどうなって……何かされてないよな?)

 

 ふと、相手が自分と同じ精神干渉の魔術の使い手である事を思い出した彼は、すぐに自分の身に異常が無いか調べた。

 

「別に何もしてないわ。同じ魔術師なら分かるでしょ」

「……ちっ」

「ほらね? ふふっ」

 

 クスクスとミリアは可憐な笑みを浮かべる。その余裕な態度が彼の気に障り、彼は深く被ったフードの中で目つきを尖らせる。

 

「ふふふ……っと、いけない、いけない。翻弄されてるお兄様が可愛くてつい揶揄っちゃったけど、これ以上続けたら半殺しにされちゃうわね」

「よくお分かりで。ついでに目的も早く洗いざらい吐かないと手を出す事を言っておこうか」

「勿論分かってるわ」

 

 元より説明するつもりだったしと言いながらミリアは立ち上がり、近くで座っていた熊の背中に座る。

 

「……」

「安心して、あなたの分も用意してあるから」

 

 パチンと指を鳴らせば、何処からともなく鹿がやって来て彼の前に座り込む。

 

「……」

「思ってるより座り心地は良いわよ? それとも、こっち()の方が良かった?」

「いや、良い」

 

 わざわざツッコミを入れるほどでも無いなと思い直した彼は、大人しく鹿の背中に座った。

 

「さて、それじゃあ始めに、お兄様が魔術で私の記憶を探ろうとして失敗した所から話しましょうか?」

「あー、やっぱしくじってたのか」

「ええ、私がトラップ用に自分に掛けていた魔術に引っかかってね」

「マジかー……ってか、さっきからなんでお兄様呼び? お前どうせ俺の素顔知ってんだろ」

「ええ、そうね。でも今は(・・)お兄様、でしょう?」

「……お前まさか」

 

 ミリアの意味深な言葉の真意に気付いた彼は、じんわりと額に汗を流す。対してミリアは、彼の様子を見て笑みを深めた。

 

「お察しの通り、お兄様がやろうとした事は丸々お兄様自身に返ってきたわ」

「何処まで見た?」

「生まれた時……いえ、生まれる前からの、大まかな出来事は全て」

「……そうか」

 

 この時、彼はミリアを殺す事に決めた。もはやホムンクルスについて調べるだのなんだの言ってられなかった。

 

「勿論お兄様の目的も知ってるわ。その為に私の記憶を読もうとした事も」

(知られたからにはしょうがない。何か面倒な事をされる前に、今ここで)

「お兄様の記憶を読み取って、私思ったの」

 

 しかしその考えは、次の瞬間揺らぐ事となる。

 

「───ああ、これが愛なんだって」

「……うん?」

 

 その言葉に彼は思いっきり首を傾げる。流石の彼もこの反応は予想外だった。

 

「お兄様の行動はタカが外れていて、側から見れば狂っているようにしか見えない。けれどその全ては一貫して理想の相手を追い求めた結果……それに気付いた時、私はお兄様の想いの大きさを知ったわ。その想いこそが愛! あの感情こそ! 愛と呼ぶに相応しい代物だったの!!」

「お、おう? そっすか」

 

 ミリアの熱量に思わず身を引いてしまう。もしかしてヤバい奴なのかと彼は*6思わずミリアを胡乱な目で見た。

 

「……お兄様だけにはそんな目で見て欲しくないんだけど」

 

 ミリアの言う通りである。

 

「えーっと、つまりなんだ? 結局何が言いたいんだ?」

「つまり私にもお兄様の夢を叶えるお手伝いをさせて欲しい、という事よ」

 

 ミリアは腰掛けていた熊の背中に登って立ち上がり、劇でもするかの如く身振り手振りを使って大仰に語る。

 

「私は今まで、愛を知らずに育ってきた。そして愛を知る為にあらゆる手段を使って沢山の人から愛されようとしてきた」

「けれどお兄様のお陰で本物の愛を知った今、私のやってる事が酷くチープで無意味である事に気付いたの。きっとお兄様と出会わなかったら、一生本物の愛に気付かないまま無駄な人生を送っていたでしょう……」

「お兄様は私にとって人生の恩人、そして私が知る限り唯一本物の愛を知り、それを成就しようと邁進している人間!」

「だから私は、お兄様への恩返しと、本物の愛の行末を見届ける事も兼ねて、お兄様の愛が報われるお手伝いをする! それが今の! 私の生きる意味なの!!」

 

 まるで決意表明したミリアに声援を送るかのように、ミリアの足元の熊や周囲の動物達から鳴き声が聞こえてきた。

 

「へ、へー、そっすか」

「……何度も言うけど、お兄様だけには引かれたくないんだけど」

 

 まったく持ってミリアの言う通りである。

 

「コホン……まあでも、そういう事なら話は早いな。じゃあ、改めてお前の記憶を読み取らせてくれ」

「ああ、それは断るわ」

「はぁーん?」

 

 協力する話はどこ行ったとマジギレ五秒前な彼に、まあまあとミリアは両手を出して落ち着くよう促す。

 

「確かに恩返ししたいという気持ちもあるけど、私の本音は本物の愛の行末を見届ける事にあるわ。けどお兄様からしてみれば、私のそんな考えなんてどうでも良いわよね?」

「まあ、そうだな」

「当然よね。傀儡でもない私を協力者にするのは、メリットよりデメリットの方が大きい。だったら知りたい事を今のうちに全部吐かせて口封じするのが安パイ、でしょ?」

(チッ、勘付いてたか)

 

 やろうとした事がバレていた彼は内心舌打ちをする。

 

「だからお兄様には、意地でも私を協力者と認めて貰います。その為の手段も既に準備したから」

「……具体的には?」

「私の記憶を読もうとしたら、私は自決します」

「は?」

「それだけじゃないわ。お兄様が私の精神に干渉しようとしても、その瞬間に私は死にます。そういう魔術を自分に掛けたの。ちなみにその魔術を解除しようとしても私死ぬから」

「待て待て待て」

「あ、そういえばお兄様って精神に爆弾を仕掛ける魔術が使えたわよね? それを私に使っていいわ。でも変な細工をするのはやめてね、それでも多分仕掛けが作動するから」

「オーケイ分かった! 分かったから! お前を協力者にするって認めてやる!」

 

 この時、彼は同じ精神干渉の魔術の使い手の厄介ぶりを嫌というほど思い知らされた。

 

「ふふふ、今後ともよろしくね、お兄様♪」

「……」

 

 ひたすら自分自身の命を盾にして脅す。少しでも此方側に危害を加える要素が含まれていたら断る気でいた彼は、まさかそれを見越していたのかと思わず勘繰る。

 

「……コチラコソヨロシク」(悔しいけど、完敗だなこりゃ)

 

 どちらにせよ、ここから一発逆転する手を彼は持たない。大人しく身を引いて、今後の事を考えた方が建設的だと悟った。

 

……女王祭の衣装回収から始まった今回の遠出は、得難く貴重で、なんとも扱いづらい協力者の確保で終わりを告げた。

 

▼▼▼

 

(……どうにかバレずに取り入れたわね)

 

 彼と手を取り、笑顔を浮かべるその裏で、ミリアは密かにほくそ笑んだ。

 本物の愛を知った。夢を叶えたい。愛の行末を見届けたい。その言葉に嘘はない。……そう、嘘()言ってない。

 

(お兄様の愛は紛れもなく本物……けど、その愛が報われる事は決してない)

 

 ミリアには分かっていた。それは理想が高すぎるとか現実的ではないとか、そういう話ではない。

 彼の記憶を通じて、ミリアは彼の抱く理想の嫁への愛の大きさを見た。……いや、正確にはその一端しか見れなかった。

 誰も足元にある地球の全貌を把握できないように、彼の愛は常人が観測できる域を優に超えていた。しかもその大きさは、今なお際限なく膨らみ続けている。

 

(本当ならずっと前から爆発しててもおかしくない。だけどお兄様は、生まれ変わった際の不具合か、元々そういう気質か、平然としている)

 

 膨れ上がった感情の先にあるのは、ふとした拍子に破裂して萎むか周囲を巻き込んで爆発するかの二択。しかし彼の場合、そうはならなかった。

 

(ある意味、途中で割れるより惨い仕打ちかもね)

 

 愛という名の風船に彼はこれからも理想を注ぎ続けるだろう。そしてこれからも割れる事はないだろう。……なら、その先は?

 既に山よりも大きくなった風船を誰が受け取る? 誰が受け止めてくれる? 例え彼の理想の嫁の原点となったラノベのヒロインでも、支える事は不可能だろう。彼が生み出そうとしている理想の嫁であっても無理だ。

 もはや彼の愛は誰にも、彼自身にも制御不能な怪物だ。神や悪魔でも、彼の愛を正確に読み取る事は出来ないだろう。

 

(まあ、どうでも(・・・・)良い事ね(・・・・)

 

 が、それら全ての考察にミリアは毛ほども興味が無かった。

 

(重要なのは、彼の愛の大きさ)

 

 ミリアの興味関心はただ一つ、彼が理想の嫁に抱く愛の大きさのみ。

 当初のミリアは、誰かを愛した事がなく、人間らしく生きる為に人から愛されようとしていた。しかしそれは大きな間違い、否、勘違い(・・・)だった。

 

(ふふ、思い上がりも甚だしかったわね)

 

 彼の愛の大きさを知った事で、ミリアは自分の本当の願いに気付けた。

 ミリアは人間らしく生きたかった訳じゃない。愛されたかった訳じゃない。ましてや愛する事を知らなかった訳でもない。

 

(私は、お兄様みたいな人と結婚したい。それだけの事だったのよ)

 

 誰かから狂おしいほどに愛されたい。この世全ての愛よりも大きな愛を一身に受けたい。溺れるほどの愛を受け止めて、同じように愛を囁きたい。愛し合って結ばれたい。ただそれだけの……強欲で傲慢な結婚願望だった。

 

(気付かせてくれてありがとう、お兄様)

 

……彼の愛は誰も受け止められない。先ほどそう言ったが、一つ例外があった。

 

(お礼にお兄様の愛、私が貰うね♡)

 

 それは彼と同じ、タカが外れた狂人(怪物)である。

*1
味方ではないが

*2
意外にも存在した

*3
現代で言う萌え絵

*4
宇宙を背景に呆けた顔をする猫、スペースキャットともいう

*5
ファーストキッスの亜種、する側とされる側の両方が存在する

*6
自分を棚に上げて




主人公:拗らせ童貞の末路、一見不憫に見えるかも知れないが安心して欲しい。彼は紛う事なき狂人だ。
ミリア:存在しない理想の嫁から拗らせ童貞を寝取ろうとしている狂人。
ミミック:元廃館の悪魔、現主人公の影武者。これから主人公に新たな仲間(狂人)を紹介される予定。哀れだが、過去に何十と人を食ってるのでインガオホー。


今回で第二章は終わりです。ここまで来るのに物凄く時間が掛かりました。前々から読んで下さっていた方、何度も投稿を空けてしまい申し訳ございません。そしてここまで読んでくれた方、ありがとうございました。これからも不定期に(多分)投稿するので、良ければ見ていって下さい。
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