拗らせTS童貞は理想の嫁を演じたい   作:ブナハブ

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 諸君、彼氏彼女が欲しいと思った事はあるかね? 俺はある。具体的には小六辺りで思った。

 

 恥ずかしがる事ではない。番が欲しいと思うのは生物としてごくごく当たり前の思考であり、例え婚期を逃しても相手は慎重に選びたいと思うのだって当然の考えだ。

 

 そう、自然な考え方だ。しかし中学一年の時に俺は思った。欲しい欲しいとピーチク喚くだけで彼氏彼女は得られる物なのかと。理想の相手と出会えば何をせずとも結婚まで持っていける物なのかと。

 

 否、断じて否。そんな気楽に出来るのなら、日本の独身率はあんなに高くない。そもそも結婚願望なんて物は存在しないと言う者は別に構わないが、パートナーを欲しいと思う者達は今から言う事を心して聞け。

 

───理想のパートナーが欲しいのなら、自分磨きを怠るな。

 

 これこそが中学二年の夏休みで俺が至ったこの世の真理である。

 この真理に辿り着いた俺は、その後の人生をひたすら自分磨きの為に費やしてきた。より良い理想のパートナーを得たい、その一心で。

 なんだか大層な事を言ってるように見えるが、特別な事なんて何一つ言っていない。ただ当たり前の事に気付き、それを実行しているだけだ。

 

 家事育児は勿論の事、いざという時は頼れる男になる為、古今東西のあらゆる武を修得してきた。学歴はステータスという事で、○○○○(なんか海外の)○○○(すごい大学)を主席で卒業した。社長ってカッコいいよねという訳で、事業を興して大企業一歩手前まで成長させた。

 

 全て、全て理想の嫁を手に入れる為だ。諸君らも未来のパートナーが欲しいならこれぐらいやっておこう。*1

 

……いや、やっぱりやめた方が良いかも知れない。そこまで頑張っても理想の嫁を手に出来ない事だって世の中にはあるのだ。

 

 享年四十半ば。それまでに色んな、本当に色んな人達から求婚されてきた。しかし誰も彼もが俺の持つ理想の嫁とは異なっていた為、丁重にお断りさせて頂いた。

 

 勿論、ただ相手が来るのを待つだけじゃない。自分に自信が付いたからって、女はよりどりみどりだぜとか調子に乗った奴は独身ルート待ったなしである。そんなのに俺はなりたくなかったので、自分から相手を探す事も欠かさずやって来た。

 

 しかし、居ない。居ないのだ。日本のみならず様々な国に赴いたが、理想の嫁が居なかった。

 おかしいと思わないか? 世界には八十億人以上の人間が居て、異性だけに絞っても三十億人以上は必ず居る。なのに俺の思い描く人物は一人も見つからない。その過程で求婚される事も多々あったが、もちろん丁重に断った。

 

 それでも俺は諦めずに頑張った。自分磨きも怠らず、平行して嫁探しもしてきた。しかしその結果として、俺は幼馴染のヤンデレ女に刺されて死んだ。

 

 志半ばで倒れる中、俺は嘆いた。こんなに理想の嫁をゲットしようと頑張ったのに、微かな希望さえ見られないまま死ぬのかと。

 

 世界に失望し、虚しい気持ちで心がいっぱいになった。……けど、それでも俺は死ぬ寸前まで求め続けた。

 

 かわいい彼女が欲しいと、

 

 理想の嫁が欲しいと、

 

 願いに願い続け、

 

 そして次の瞬間、

 

 俺は異世界にTS転生していた。

 

「……」

 

 生後一年ほどの赤子が鏡の前に居る。ありとあらゆる女性を見てきた俺は、この子の将来に可能性を感じた。

 

(……あれ?)

 

 その時、俺は天啓を得た。

 

 探しても探しても見つからない理想の嫁。そんな宇宙の始まりを解き明かす事に等しい難題をクリアできるたった一つの冴えたやり方が。

 

この子()を嫁にすればいいんじゃね?)

 

 この世に理想の嫁が居ないなら、俺の手で生み出せば良い。そんな気付きを、転生直後に俺は得た。

 

▼▼▼

 

 己を理想の嫁に仕立て上げるという狂行に走り続けて早十四年。彼は現在、王立学園の新入生として学園生活を謳歌していた。

 

「皆さん、おはようございます」

 

 教室に入るや否や彼……いや彼女、セレナはクラスメイト達に挨拶をする。

 

「おはようセレナさん!」

「おはよう〜」

「おはようございます、ユークリッド嬢」

 

 誰に向けた物でもない挨拶に、ほとんどの者達が反応して彼女に挨拶を返していた。クラスの中にセレナを疎ましく思う者は一人もおらず、誰もが彼女に好意を持って接していた。

 

(うむうむ! 俺の嫁は今日も人気者だな)

 

 そんなクラスメイトの反応を見て彼は一人満足げに心の中で頷く。恐ろしい事に彼の理想の嫁を演じ続けるという奇行は、今の今まで誰にもバレる事なく、完璧に実行されていた。

 

(嫁が皆に愛されてて、俺も鼻が高いぞ。……あ、コイツ色目使ってやがる。今後は用心しなきゃ)

 

 話しかけてきたクラスメイトの中で、明らかに自分を意識している男子生徒が一人居るのを彼は見逃さなかった。流石と言うべきか、恐ろしいと言うべきか。

 

「───セレナ様!」

 

 クラスメイトの一人を脳内要注意人物リストに書き込んでいると、後ろから嬉々として自身を呼ぶ声が聞こえてくる。

 振り返ってみれば、白銀ロングヘアの少女がトコトコとコチラにやって来ていた。

 

「おはよう、カエラ」

「はい! おはようございます!」

 

 セレナに名前を呼ばれ、微笑みを向けられた彼女は、より一層嬉しそうにして満面の笑みを返す。

 

(はっはっはっ、カエラちゃんは今日も元気だな〜)

 

 彼女の名前はカエラ。王立学園に入学する以前から面識を持っている見習いシスターの少女である。

 

「今日はなんだかいつにも増してご機嫌ですね。何か良い事でもありましたか?」

「そうなんです! 実は今朝に日課のお祈りをしたのですが、その時に少しだけ加護の力が強まったんです!」

「まあ、それは喜ばしい事ですね」

「はい! この調子でもっと神への信仰を深めていきたいです!」

 

 加護の持つ力というのは、神への信仰心と密接に関わりがある。

 より大きな信仰心を神に向けるほど、神は加護を強化するという形で応えてくれる。王国には様々な宗教が信仰されているが、それだけは変わらない事実として信じられていた。

 

「ふふ、頑張って下さいね」

「えへへ」

 

 セレナに頭を撫でられたカエラは幸せそうに口元をニヤけさせ、もっともっとと強請るように頭を差し出してきた。

 

(うんうん! やっぱりこの子を嫁の親友枠に選んで正解だったな)

 

 ペットの子犬と戯れる感覚でカエラをナデナデしながら、彼は過去の己の判断に満足する。

 

(いつか式を挙げるから、その時は盛大に泣きながら祝ってくれよ〜)

 

 ちなみに本気で言っている。相手は自分自身なのに結婚式なんて出来るのかとか、そういった話はまた別の機会で話そう。

 

「なんだかご機嫌だね」

(……チッ)

 

 そしてさっきまでご機嫌だった彼だが、とある人物に話しかけられた事で一気に気分を急降下させていた。

 

「おはようございます」

 

 しかし彼はそんな心境を一切表に出さず、嫁のセレナとして淑やかに応じた。

 

「おはようセレナ、それとカエラも」

「おはようございますルーク様! エリーゼ様とロッシュ様もおはようございます!」

 

 セレナに撫でられていたカエラも、シュバッと姿勢を正してルークに挨拶を返す。彼の後ろに居る二人への挨拶も忘れずに。

 

「おはよう」

「お、おはようございます」

 

 最初にエリーゼが反応し、遅れて前髪で片目が隠れた華奢な人物が挨拶を返す。

 

「それで、何か良い事でもあったの?」

「はいルーク様! 実はですね───」

(来やがったな、○○○○○○○(放送禁止用語)!)

 

 先ほどの話を再び語るカエラを微笑ましそうに見るセレナは、その裏でルークへの警戒を片時も解いていなかった。

 

「へえ凄いね! それってつまり神様に頑張りが認められたって事でしょ?」

「そう! そうなんです!」

(くっ……! この野郎、カエラちゃんとは出会って数日ぐらいの筈なのにもうあんな仲良くなってやがる)

 

 順調にカエラを新たなハーレム要員に引き入れている*2ルークを見て、彼はルークの警戒度をうなぎのぼりに上げていった。

 

……彼が理想の学園生活を送るのに最大の障害となり得る人物、それがルーク・アートマンだった。

 

(やはり最初出会った時に感じた印象間違いじゃなかった。奴はハーレム系ラノベ主人公だ!)

 

 彼がそう確信する要因は複数ある。まずルークの人となり。この時点で彼は八割ほど確信していた。だが、まだ一応の考え直す余地はあった。

 

 次にルークの幼馴染、エリーゼの存在。もはや言い逃れは出来ないと、彼は九割九分の確信を得た。

 

 そして最後に、ルークが寮で相部屋となって友達になったロッシュ・アークライト。彼の存在が決め手となった。

 

 此処でロッシュの簡単な紹介をしておこう。

 ラベンダー色のミディアムショートヘア、琥珀色の瞳は伸びた前髪で片目が隠れている。性格は控えめで、華奢な体付きと中性的な声も相まって可憐な少女にも見えた。

 

 そう、俗に言うおとこの娘である。おとこの娘なロッシュの存在により、彼はルークをハーレム系ラノベ主人公だと断言出来たのだ。

 

(ハーレム主人公でも男の友人枠は欲しい。けど普通の野郎じゃ華が無いからおとこの娘にしよう。そんな作者の考えが見え透いてるんだよォ!!)

 

 そういう事である。普通に新しい美少女と仲良くなっても警戒はしたが、おとこの娘と友達になった事で余計に警戒する結果となった。

 

(絶対に寝取られ展開なんて起こすものか! 俺の嫁は俺だけのものなんだい!)

 

 改めて言っておくがセレナの中身は正真正銘、彼自身である。

 

(俺の嫁は、俺が守る!!!)

 

 実は転生は転生でも憑依転生で、セレナの魂は別にあるとか、そんなドンデン返しは特に無いのだ。悲しい事に。

 

▼▼▼

 

 ルークが王立学園に入学して早一週間が過ぎた。入学式当日を除けば特に問題も起きておらず、平穏な日々を過ごせていた。

 

「神への祈りかぁ、俺は簡単な事しかやってないな」

 

 そう言ってルークが会話するのは、セレナの昔馴染みであるカエラ。明るく元気な少女である。

 彼女は見習いのシスターをしており、ふと気になったルークは日課の祈りで何をしているのか尋ねた。すると返ってきた内容が中々に本格的だった為、少し驚いてしまった。

 

「う、うん、僕もそこまで大変な事は」

 

 ルークの言葉に同意したのは、彼の住む寮で相部屋となったロッシュである。

 ロッシュとは始め壁があるように感じられたが、ルークが真摯に接し続けた事で、今では友人とはっきり呼べる程度には仲良くなっていた。

 

「こういうのは祈る事が大事なんです! どんなに簡易的でも、しっかり信仰を示せば神には必ず届く物です!」

「そうなの? アタシが地元で通ってた教会じゃ、神への祈りはしっかりやれって言われたわ」

 

 教わった作法も一々面倒な物で……と、エリーゼは苦々しい表情を浮かべて話した。

 

「あはは……まあその辺りの考え方は教会でも色々ありますから。ですが確かな信仰心さえ持っていれば問題ないと、私は信じています! ですよねセレナ様!」

「ふふ、そうですね。信じる心というのは時に凄まじい力を発揮します。それは神への信仰も同じ事だと、私は思っています」

 

 そう語るセレナの言葉には、何処となく実感が籠っている気がした。

 

「……もしかしてさ、セレナもシスターなの?」

 

 以前から気になっていた事をルークは思い切って聞く。

 

「はい? 私が、ですか?」

 

 それが思いもよらない質問だったのか、セレナは首を傾げてキョトンとしていた。

 

「あー確かに、セレナってシスターっぽいわよね。見た目も言動も、それに性格も」

「う、うん! 僕もそう思う」

 

 他の二人もシスターっぽいと思っていたらしく、エリーゼもロッシュも同意していた。

 

「そうなんです! セレナ様はシスターに相応しいお方、シスターの中のシスター……いえもはや聖女です!」

 

 そんな三人の言葉を聞き、カエラは身を乗り出して高らかに答えた。

 

「そ、そんな、大袈裟ですよ。それに私、シスターではありませんし」

 

 満場一致で賞賛されたセレナは、恥ずかしそうに頬を赤らめながら否定する。

 

「あらそうなの? 向いてると思ったんだけど」

「分かりますかエリーゼ様!? 私も以前からそう思い、何度もシスターの道をお誘いしてるのですが……」

「ごめんなさい、そう思ってくれるのは嬉しいんですけど、私にそのつもりは無いんです」

「うぅぅぅ」

 

 捨てられた子犬のような目でセレナを見つめるカエラ。それにセレナは心底申し訳そうにしながらも、決して首を縦に振る事は無かった。

 

「何か理由でもあるのかい?」

「大層な理由はありません。ただ私の信じる道に、シスターという肩書きは必要ないだけです」

「……?」

 

 返された答えは要領を得ず、どういう事だろうかとルークは首をひねった。

 

「えっと、セレナさんはなんの神を信仰しているんですか?」

 

 続けてロッシュがセレナに質問を投げかける。

 

「そういえば私、セレナ様にどんな神を信仰してるのか結局教えられてませんね」

「確かに気になるわね。まあ私とルークはそんな宗教に詳しくないから、聞いても分からないと思うけど」

 

 続けて他三人もその質問に興味を示し、セレナが答えるのを待った。

 

「信仰する神ですか。……厳密には少し違いますけど」

 

 セレナは何かを言おうとして、いきなりグッと口を噤む。

 

「……ふふ、今は秘密です」

 

 そして暫く黙り込んだと思えば、そんな事を言い出した。

 

(ひ、秘密?)

「そんなあ!? 私、セレナ様がどんな神を信仰されてるのか気になって夜も眠れません!」

 

 まさかの答えにルークは戸惑い、カエラも駄々っ子のように答えて欲しいと強請り始めた。

 

「……まあ、あんな凄い治癒の加護を使えるんだし、信心深い事は確かなんでしょうね」

「あ! それに関してお話したい事があります!」

 

 しかしカエラは、エリーゼの言葉を聞くや否や駄々をこねるのをやめ、唐突にそんな事を言い出した。

 

「セレナ様があれほど高位の加護を得るまでには、沢山の苦労がありました! それを皆さんにお話して、この感動を分かち合いたいんです!!」

「な、なるほど……」

 

 今まで以上の熱意を感じて、ルークは思わず気圧される。

 

「……あ、あの、そろそろ授業が」

 

 そのまま何をせずとも語り始めそうなカエラを止めるように、ロッシュは恐る恐る皆にそう言った。

 

「それもそうね。じゃあその話はお昼ご飯を食べてる時に聞きましょう」

「はい、楽しみにして下さい!」

 

 少しした後に学園の鐘が鳴り響き、ひとまずは談笑を終えて授業に集中していくのだった。

 

▼▼▼

 

 見習いシスターのカエラ。今では熱心に神を信仰している彼女だが、昔はそうじゃない。

 親が熱心な信者で、あなたも信仰しなさいと半ば無理やりな形で幼き頃にシスターの道を進む事となった。

 

 神への信仰心はある。しかし、それは人並み程度の物で宗教家になりたい程では無い。その考えは見習いシスターとなってひと月、半年、そして一年経っても、変わる事は無かった。

 

「……はぁ」

 

 箒を使って教会の清掃をする彼女は、静かにため息を溢す。

 

(こんな生活、いつまで続けたらいいんだろ)

 

 彼女も最初は頑張ろうとしたが、どうにも身が入らない。そもそも宗教家というのは、信心深い人々が就くものだ。そしてその信仰心を原動力にして活動する。

 一も二にもまずは神を強く信仰する事。それが出来ていない彼女に張り切って宗教活動をしろなんて無理な話だった。

 

「はぁ〜」

「君、少しいいかい?」

「うぇ!?」

 

 再びため息を吐いた直後に話しかけられた彼女は、驚きのあまり変な声を出してしまう。

 

「は、はい! なんでしょう!」

「洗礼を行いたいんだけど、此処の司祭様はいるかな?」

 

 慌てて取り繕うカエラだが、どうやら向こうは気にしてないらしく話を進めた。

 

「えっと、司祭様は少し用事で出掛けておりまして……あ、ですが洗礼を受けるだけなら自由に行っても構いません!」

 

 洗礼とは、信仰する神に加護を授かる為の祈りの儀式である。昔は洗礼を受けるまでに厳しい取り決めもあったが、今はかなり自由になっていて誰でも洗礼を受ける事が出来る。

 

「ああいや、実は此処の司祭様とは知り合いでね、娘が洗礼を受ける時は是非ご一緒させてくれと言われてたんだ」

「娘? ……ぁ」

 

 カエラは視線を下に向ける。ちょうど自分と同じ歳ごろの少女が、話している男性の後ろで控えていた。

 

(うわぁ……! すっごく可愛い子)

 

 公にはしないが、カエラも自分の容姿には自信があった。しかし目の前に居る少女は、そんな自信の有る無いというレベルでは無い。

 誰が見ても美しい。嫉妬で貶そうとする者が哀れに思えてくるほど、誰にも否定する事の出来ない美が彼女にはあった。

 

「はじめましてシスターさん、セレナ・ユークリッドです」

「……あ、は、はじめまして! カエラと言います!」

 

 放心していたカエラは、セレナに話しかけられた事に遅れて気付き、慌てて返事をする。

 

「ふむ……司祭がいつ頃帰ってくるか分かるかい?」

「は、はい、恐らくあと十分ほどで帰ってくるかと」

「なるほど、じゃあそれまで待たせて貰おうかな。セレナもそれでいいかい?」

「はい、私もそれで大丈夫です」

「あっ、と、それならお茶をお出しします!」

 

 カエラは掃除の手を止めて、彼らをもてなそうとワタワタ動き始める。

 

「あー待ってくれ、お茶は出さなくてもいいんだ」

「え? で、ですが」

 

 しかしセレナの父はそれに待ったを掛け、彼女を引き止める。

 

「それよりも娘と一緒に遊んで欲しいんだ」

「え? えっと、セレナ様とですか?」

「娘は同年代の子と関わりが少なくてね、良ければ仲良くして欲しいんだ。セレナはどうかな?」

「はい、私もカエラさんとお話してみたいです」

「という事だ。頼んでくれるかい?」

「わ、分かりました」

 

 そんな訳で、セレナと談笑する事となったカエラ。ただ彼女も彼女で見習いシスターとして修行ばかりやって来た為、同年代の子どもと遊んだ経験がほとんど無い。

 

「……ぅ」

 

 結果、カエラは話を切り出せないままモジモジしてしまっていた。

 

「カエラさんはどうしてシスターになったのですか?」

「へ!?」

 

 しかしセレナの方は緊張した様子がないらしく、彼女の方から話題を出されてカエラは焦った。

 

「あ、ごめんなさい。もしかして聞かれたくありませんでしたか?」

「い、いえいえ! そんな事ないですよ!?」

 

 嫌だったかと勘違いし、ちょっぴり悲しげな表情を浮かべるセレナを見てカエラは慌てて首を振った。

 

「えっと、シスターになった理由ですけど……成り行きですね」

「成り行き、ですか?」

「はい」

 

 カエラは自身がシスターになるまでの経緯を説明する。親が熱心な信者である事、親からの強い勧めでシスターの道を進んだ事、そして自分は親ほど信心深くは無い事、それら全てを話した。

 

「敬虔じゃないシスターなんて、おかしいですよね」

「……」

「……あ、すみません! こんな暗い話しちゃって」(こんなの初対面の人と話す事じゃないでしょ私!)

 

 ひと通り話し終えた後、これじゃあまるで愚痴ではないかとカエラは自分を戒めた。

 

「セレナ、どうやら司祭様が帰ってきたようだから洗礼を受けに行こう」

「あ、はい、分かりましたお父様」

 

 なんとか話題を変えなきゃと思案する彼女だったが、どうやら時間切れのようだった。

 

(うぅぅ、私のバカァ)

「カエラさん」

 

 軽い自己嫌悪に陥っているカエラに、セレナは去り際に言葉を残す。

 

「信心深くない人が宗教家としてやっていける訳が無い。それは違うと思います」

「……え?」

「迷える民を救いたいという心、それが一番大事な事だと私は思っています」

 

 それは、この世界の宗教において斬新な考えだった。

 

 信じる者は救われる。それを加護という形で実現されてるこの世界では、信仰そのものに意味があり、故にそれ以上の意味を求められにくい。

 迷える民を救う事こそ重要。この世界に生まれて十年にも満たないカエラに、今すぐその事に気付けというのも酷な話だった。

 

(……あれって、どういう意味だったんだろう?)

 

 時は少し流れ、洗礼の儀式が行われる部屋の前でカエラは椅子に座って物思いにふけながらセレナが出てくるのを待つ。あの後、カエラは司祭から良い勉強になるだろうと言われてセレナの洗礼を見届ける事になったのだ。

 

 部屋に居るのは洗礼を受けるセレナ一人だけで、司祭や彼女の父もカエラと同じように扉の前で待ち続けていた。

 

「セレナ嬢は傍目から見ても信心深さが伺える子ですからな、きっと神も良い加護をお与えになる事でしょう」

「ああ、今から楽しみだ」

「ところで彼女は、どの神を信仰すると?」

「俺と同じ○○○○(癒し系の神)だ」

「それはそれは、ご自分から言い出したんですか?」

「そうなんだ。セレナの前で話した覚えは無いんだが、これも血の繋がりというやつかな」

「はっはっはっ、親としては嬉しい限りですな」

「まったくだ。けどそれを聞いた妻が拗ねてしまってな、宥めるのは中々に大変で───」

 

 司祭とセレナの父は、落ち着いた様子で談笑する。良い加護を授けて貰えるだろうかとか、そんな不安を抱いてる様子が微塵もない。

 

(そうなんだ……ちょっと楽しみかも)

 

 それをカエラは横で聞き、洗礼を受けたセレナがどんな素晴らしい加護を授かるのか考える。

 自分が知る中で最も高位の加護を持つのは、この教会の司祭だ。それより凄い加護なのだろうかと、彼女は期待を膨らませていった。

 

 そのまま待ち続けること数分、セレナはまだ戻って来ない。しかしこれぐらいなら普通にある。洗礼を受けるのには少し時間が掛かる物なのだ。

 

「「「……」」」

 

 十分が経過する。初めは談笑していたセレナの父と司祭も、今は静かにその時が来るのを待った。

 

「……遅いな」

 

 セレナが洗礼を受けに行って三十分、彼女の父はポツリと呟く。

 

「そう、ですね。いくらなんでも遅いような気が……」

(セ、セレナ様、大丈夫なのかな?)

 

 時間が掛かると言っても五分かそこらだ。十分でも長いぐらいなのに、三十分経っても戻らないというのは異常である。

 流石にそろそろ中の様子を確認するべきか。そう誰かが考えた直後、彼女は戻ってきた。

 

「おお! 戻ってきたか」

「どうやら杞憂だったようですな」

「ホッ……」(良かったぁ)

 

 セレナの無事な姿を見た三人は安堵の息を漏らす。その後、セレナの父は彼女のもとへ真っ先に向かい、尋ねた。

 

「どうだったセレナ、どんな加護を授かったんだい?」

「……お父様」

 

 彼女は悲しげな笑みを浮かべて言う。

 

「どうやら私は、加護を授けられなかったようです」

(…………え?)

 

 

 

 

 

 

 加護を授からなかった。それを聞いた三人はかなり動揺した。

 

 セレナと面識の少ないカエラはそれほどじゃ無かったが、それでも彼女のような人物が神から加護を授からないなんてあり得るのだろうかと疑問に思った。もっと彼女と交流のある司祭は洗礼そのものが失敗したのではと疑っていたし、セレナの父親に至っては絶対にあり得ないと取り乱していた。

 

 しかし事実として、セレナは加護を授かっていない。何かの間違いだと思った彼らは、後日改めて洗礼を受け直す事にした。

 

 しかし二度目も失敗に終わった。普通ならその者の信仰心を疑う所だが、セレナのこれまでの行いを知る彼らはそれだけは決してないと考えを一蹴する。

 もう一度洗礼を受け直した際、司祭の厚意によって大掛かりな儀式をする事になった。これはより良い洗礼を受ける為に大昔に行われた儀式であり、これなら可能性があると祭司は考えたのだ。

 

 万全の準備を整えての洗礼。しかしそれでも結果は変わらず、セレナが加護を授かる事は無かった。

 

(……セレナ様、今日も来てる)

 

 最初の洗礼に失敗したあの日からひと月、セレナはあの日から毎日欠かさず教会で洗礼を受けていた。

 

 半月前までは彼女の父や母、どちらかが必ず付き添いで来ていた。しかし貴族としての仕事が忙しく、なにより神が我が子を見放したという事実に精神的に参ってしまい、今では自身の部下を付き添いに行かせるようにしていた。

 

 流石にひと月経っても加護を授からないセレナに、不信感を抱く者も増えていた。それでもまだ彼女を信じる者は多いのだから、その人徳の深さが伺える。

 

「……」

 

 いつもなら洗礼を受ける部屋へ直行するセレナだが、今回は先客が居た為に待合室の椅子で待機していた。

 

「あ、あの」

 

 カエラは良い機会だと思い、思い切ってセレナに話しかけた。

 

「あ、カエラさん。どうしましたか?」

「えっと、そ、その……ぁぅ」

 

 しかし話しかけたは良いものの、彼女の後ろで控えている従者の目が怖くて中々言い出せずにいた。

 

「……ごめんなさい、少し席を外してもよろしいですか?」

 

 その事を察したセレナは、後ろの従者二人に声を掛ける。

 

「お嬢様、ですが」

「大丈夫です。カエラさんはお二人が思うような方ではありません」

「……分かりました。ですがお嬢様がわざわざ席を立つ必要はございません」

 

 そう言うと二人の従者は遠くへ離れ、声が聞こえないギリギリの所まで移動した。

 

「はい、もうお話しても大丈夫ですよ」

「ご、ごめんなさい」

「いえいえ、気にしてませんから」

 

 そう言って話す彼女は本当に気にした様子が無く、なぜこんなに心の清い人が加護を授からないのだろうとカエラは疑問に思って仕方なかった。

 

「……その、辛くはないんですか?」

「そうですね、祈りが届かないというのは悲しい物です」

「いえその、それもあるんですが、周りの目と言いますか」

 

 セレナを信じる者は多いと言えど、不信に思う者も確かに居る。

 本当は神への信仰を持たないのでは? そんな目を彼女に向ける者を、カエラは何度か見てきた。

 

「……カエラさん、私が洗礼を受けようとしている神をご存知ですか?」

「え? えっと確か」

 

 セレナの父が、自身の信仰する神と同じだという事を話していた事を思い出し、カエラはそれを言ってみた。

 

「そうですね、周りにはそう言っています。ですが、実は違うんです」

「そうなんですか?」

「はい、私はどうしてもあの方と契りを結びたいんです。それは決して譲れない、私の信じる道だから」

 

 そう言って語るセレナの表情は一瞬、彼女が浮かべたとは思えないほど妖艶な物となり、同性のカエラでも心臓が高鳴るほど艶めかしかった。

 

「い、いったいその方とは」

「セレナ様、準備が出来ました」

 

 思わず問いただそうとしたカエラだが、間が悪く待ち時間が終了してしまった。

 

「分かりました。カエラさん、暇つぶしに付き合って頂きありがとうございます。では」

「あ……」

 

 取り付く島もないまま、セレナは洗礼を受けにこの場を立ち去った。

 

……あれ以来、カエラが彼女の信仰する神が誰かを聞く事は無かった。自身の信仰する神を語るセレナの豹変ぶりを見て恐れたのもそうだし、なぜだか分からないが禁忌に触れてしまうと感じたからだ。

 その後はセレナに話しかける事なく、遠くで洗礼を見届けるという生活をカエラは続けた。そうしていくうち、カエラは彼女の健気に祈り続ける姿に惹かれていった。

 

 この際、信仰する神が何者かはどうでもいい。どうか、どうか彼女の祈りが報われて下さい。次第にそう思うようになった。

 

……そして、半年の月日が流れた。

 

「……ッ!」

 

 いつも通り、陰ながらセレナを応援していたカエラは気付く。洗礼を受ける部屋から出た彼女は、これまでとは段違いに晴れやかな表情をしている事を。

 

「セレナ様!!!」

 

 考えるより先に体が動き、付き添いの従者を押し退けてセレナに話しかけた。

 

「カエラさん、久しぶりにお話できましたね」

「セレナ様! ついに……ついに……!!」

「ふふ、分かりましたか?」

 

 セレナは開いた両手を前に出す。すると手のひらから小さな、本当に小さな黄金色の光が灯された。

 

「ご覧の通り、加護を授かりました」

「〜ッ! セレナ様!!」

 

 感極まったカエラは、思わずセレナに抱きつく。

 

「本当に、本当におめでとうございます!」

 

 涙を流しながらカエラは何度も祝福する。そんな彼女をセレナは慈しみ、泣き止むまで優しく頭を撫で続ける。

 セレナが加護を授かった事はすぐに知れ渡り、彼女と親しい者は等しく心の底から祝福した。彼女が授かった加護は治癒系統の中でも最低位の代物だったが、そこを気にする者は誰も居なかった。

 

 話はそこで終わらず、数年後にセレナの加護は劇的に成長し、高位と呼べる程の力を持った。この事からセレナの洗礼は他の人と比べて途方もない時間を掛ける必要があり、それでも彼女が諦めずに祈り続けたからこそ、神も後でセレナに大きな力を与える事にした。そう周りの人達は判断した。

 

 セレナの信仰心に偽りなど無かった。それどころか神の方も誤りは無く、彼女の信仰としっかり向き合っていらっしゃった。それに気付かされた人々は、セレナに敬意を表し、より一層神への信仰心を深めていった。

 

▼▼▼

 

 王立学園の学食は広く、それでも毎日満席になるほど大盛況だ。こうなった一番の理由は、バロウズ商会が支援しているからだろう。

 新進気鋭の大商会、バロウズ商会。昔から存在自体はしており、冒険や戦いに役立つ商品を売っている事で有名だった。

 

 しかし数年前、会長が二代目となってからは方向性が劇的に変わった。

 家具や文具、服飾に化粧品と、日常生活で使える商品を売り出すようになり、加えてほとんどが自社開発された新商品で、どれも革新的で人気がある。

 

 そんなバロウズ商会は様々な料理店を出しており、どれもこれも斬新で美味だと非常に評価が良い。

 カレーにラーメン、うどんに牛丼、庶民でも手が出せるようお手頃価格で店に出された料理の品々は徐々に貴族からも支持を集め、遂には王立学園から学食に提供してくれないかと打診されるまでに至った。

 

 そしてそれらの料理が並び出されて以来、王立学園のほぼ全ての生徒が学食に通うようになったのだった。

 

(うーん、まだまだ手料理の方が美味いけど、此処のシェフは中々に見込みがあるな)

 

 学食でカレーを食べる彼は、心の中でそう批評する。

 

(まあ将来に期待って感じだな)

 

 何様とは思うかも知れないが、彼は前世でプロの料理人に弟子入りした経験がある。まあ、将来の嫁には美味しい手料理を食べさせたいという不純な動機で、一年経ったら満足して辞めているが。

 なお、その時に弟子入りした師匠は女性なのだが彼に脳を焼かれ、彼が辞める時に求婚している。*3

 

「───これが、セレナ様が加護を授かるまでに歩んだ道のりです」

(あ、終わった?)

 

 彼が学食のカレーを評価している間、カエラはルーク一向にセレナがどうやって加護を得たかの話をしていた。

 

「そうか、そんな事が」

「どれだけ凄いのか私には分からないけど……結果が出ないまま、加護が授かるまで辛抱強く祈り続けるなんて私には無理ね」

「うん、本当に凄い事だと思う」

 

 三人は各々反応を示すが、等しく感動し、セレナに尊敬の眼差しを向けていた。

 

(はっはっはっ、そうだろそうだろ、俺の嫁はそういう苦難にも耐え続けれる心の強さを持ってるんだ)

 

 そんな当の本人は、他人事か自画自賛か良く分からない事を心の中で呟いていた。

 

(にしても)

 

 ふと、彼はカエラが語っていた事を思い返す。いやカエラの話はそもそも聞いていないので、厳密にはその時の出来事を振り返っているのだが。

 

(神への信仰心、ねぇ?)

 

 過去の記憶を掘り起こし、やっぱり妙だなと彼は内心で首を傾げる。

 

(……俺、信仰心なんて持ってたか?)

 

 というのも、なぜ自分が加護を得られたのかを彼自身が分かっていないからだ。カエラが語っていた事は、本人からすれば全く心当たりの無い話だった。

 

 信心深いと周りから言われてるが、別に彼は神など信仰していない。周りがそう勘違いしているのは、彼がセレナという理想の嫁を演じた結果である。

 それと無神論者という訳でも無い。異世界転生とか言う摩訶不思議な体験をしたから実在するんだろうなー、とは彼も思っている。が、別に尊んだりしていなかった。

 

(まあ結果がどうあれ加護は貰えたから、別にいいんだけど)

 

 信仰心は欠片も無いが、加護を貰えるまで一生を掛けてでも洗礼を受け続けるつもりだった為、半年で手に入れられたのは彼的にラッキーだった。

 

(嫁が神に愛されてないなんて解釈違い(・・・・)だからな)

 

 彼の理想の嫁は、人にも、自然にも、そして神にさえも愛されてなければならない。そしてこの世界にとって、加護とは神に愛されてる明確な証だ。

 

(いやぁ、この世界に加護なんて都合の良いものがあって助かった。嫁は神に愛されてるって事を周りに証明できるし、しかも治癒なんて嫁にピッタリな加護も貰えたし)

 

 ちなみに最初はショボかった筈の加護が高位にまで強化されているのは、神とは関係ない。その辺りの話もまた別の機会に語ろう。

 

……このようにセレナが加護を授かった本当の理由は誰にも、当の彼自身でさえも分からない。

 

 真実は神のみぞ知る。そういう事なのだろう。

*1
しなくていいです

*2
勘違い

*3
勿論、彼は丁重にお断りした

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