拗らせTS童貞は理想の嫁を演じたい   作:ブナハブ

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 王都は広い。少なくとも普通の街の五倍以上の面積があると言えば、その広大さが窺い知れるだろう。

 そんな王都で最も目立つ建造物と言えば、やはり王族が住まう王城だろう。では二番目は何かと聞かれれば、ほとんどの人達があそこを指す。

 

 バロウズ商会の本店、複数個の商店街にも匹敵する超巨大な複合商業施設である。

 十年前まで王都にそんな物は存在せず、かの施設が生まれたのは数年前の事である。しかしそれから僅かな期間で有名となり、今じゃ王都を語る上では外せない施設の一つとなっていた。

 

 バロウズ商会は今日も大繁盛。大勢の人達が客として訪れる。

 

(ふむ、予定の時間まであと十分って所か)

 

 そして彼もまた、そんな客の一人だった。

 

(いつもなら一時間前には余裕で待機してるのに、珍しいな)

 

 三十分前から待ち合わせの場所に待機している彼は、今日一緒にショッピングする予定のカエラが中々来ない事に首を傾げた。

 

(まあ俺の嫁は寛容だから、何時間と遅刻しても待つけど。でも嫁の体の方が大事だから、三時間経っても来なかったら帰るね)

 

 相変わらずの理想の嫁ロールプレイ。しかし彼自身も待ち合わせ相手が一時間遅刻しても余裕で許せる性なので、ある意味では本当に寛容なのだろう。

 ちなみに遅刻は絶対にしない。前世で十分前行動を死ぬまで怠らなかった事が、彼の密かな自慢である。

 

(……もしかして、クラブが忙しいのか?)

 

 王立学園には数多くのクラブがある。クラブとは現代で言う部活動のような物であり、生徒達の大半はクラブに所属して放課後をエンジョイしている。

 カエラが所属しているクラブは、悪魔研究クラブ。現代で言う所のいわゆるオカルト研究部だ。

 

(そういえば近々、クラブの活動で悪魔が潜んでるって噂の廃館を調査するとか言ってたな。その準備で放課後も休日も大忙しって言ってたし……それか?)

 

 神や加護など、超常の存在や現象があるのは当たり前のように思われる異世界だが、異世界人も現代人と同じく怪奇現象を前にすると恐れる。ただし幽霊やUMA(ユーマ)と分類がある訳ではなく、全て悪魔の仕業だと言って一緒くたにされているが。

 

(カエラちゃんの事だから、最終的に俺の嫁とショッピングする方を優先すると思うが……まあ気長に待つか)

 

 待っている間、嫁との将来設計を組み立てていこうと考える彼だが、その矢先に件の人物は大手を振って現れた。

 

「セレナ様ー! 遅くなってすみません!」

 

 彼女は修道服を身に纏い、大慌てで駆け寄って来る。

 

「いいんですよカエラ、まだ待ち合わせの時間を過ぎてませんし」

「はぁ、はぁ……で、ですけど、セレナ様を待たせるなんて」

(うーん、流石は俺の嫁の親友枠。嫁に似て良い子だ)

 

 きっと全力疾走で来たのだろう。セレナのもとへ辿り着くと、途端にゼェハァと息を切らし始めた。

 ちなみに修道服に突っ込まないのは、それが彼女のデフォルトだからだ。基本、カエラは何処に行っても修道服を着て来る。

 

「少し休憩したら行きましょう。飲み物はいりますか?」

「い、いえ大丈夫です。自分の物があります」

 

 カエラは小さなバックから水筒を取り出し、一気に呷る。

 

「……っぷは! お騒がせしました。もう大丈夫です」

「落ち着きましたか? では」

「あ、ごめんなさい。もう少しだけ待ってくれませんか?」

「……? まだ何かありましたか?」

「はい、実は向かっている道中で知り合いの方々と会いまして、どうやら私達と同じくバロウズ商会で買い物をするとの事だったので、折角ならご一緒にと」

(知り合い? ……まさか)

「あ、ちょうど来たみたいです! おーい!」

 

 彼は嫌な予感がしてならない。そしてその予感は当たりらしく、話したすぐ後にカエラが知り合いと呼ぶ者達は姿を見せた。

 

「やっほーセレナ、今日はご一緒させて貰うわ」

「こ、こんにちは」

 

 そう言ってセレナに話しかけるエリーゼとロッシュ。

 

「こんにちは、急にごめんね。けど賑やかな方が楽しいと思って」

 

 そして当然の如く、二人の間にルークは居た。

 

(帰れ)

 

 彼は盛大に顔を歪ませながら、端的にルークの事を拒絶する。勿論、それを表に出す事は無かった。

 

 

 

 

 

 

「へぇー、初めて来たけど物凄いわね」

「うん、地元にもバロウズ商会の店はあったけど、それとは比較にならない規模だね」

 

 初めてバロウズ商会の本店に訪れた一同。その規模の大きさに、ルークとエリーゼは王立学園に初めてやって来た時とはまた異なる驚きを感じていた。

 

「こ、こんなに大きい商会、初めて見た」

「本当、凄いですよね。この規模の施設が数年足らずで建てられたなんて信じられません」

 

 ロッシュとカエラも同じく圧倒し、同時に此処まで商会を成長させたバロウズ商会の二代目会長の手腕を恐ろしく思った。

 

「……」(ルーク・アートマンッ……! あの野郎、何処まで俺の邪魔をすれば気が済むんだ!)

 

 一方、彼は序盤に出てくる虐めていた主人公にあっさり敗れるかませ悪徳貴族みたいな事を言っていた。

 

(まさか最近は関わりが薄かったから警戒も解いたと思ったのか? 残念だがお前の噂は知ってるんだよ!)

 

 彼の言う噂というのは、剣術クラブへ入ったばかりの新入生にクラブの先輩が決闘を申し込み、そこで新入生が大立ち回りをしたという物だ。名前は明かされてないが、どうせルークがやったんだろと彼は思っている。

 

(それに俺は見たぞ、お前がクラブの先輩を攻略していた所をなぁ!)

 

 彼が見た場面というのは、ルークがクラブの先輩を押し倒して胸を揉んでいた所だ。そうなった経緯は分からないが、どうせ主人公特有のラッキースケベでも発動したんだろと彼は思っている。

 ちなみにその後、ルークは先輩にぶん殴られ、同じくそれを目撃していたエリーゼからも顔面パンチされた。なお、その場から逃げ出した先輩を追って見てみれば、まんざらでもない顔を浮かべていた。

 

(もし俺の嫁にあんな真似したら……すぞッ)

 

 彼は本気だった。転んだ拍子に胸を揉んだり、スカートの中を覗いたり、ノックもせず入ったばかりに入浴後の裸姿を見たり、そんなラッキースケベが起きようものなら彼は問答無用でルークを血祭りにあげる。*1

 

「そういえば、セレナ達は今日何しにバロウズ商会へ?」

「特に目的は決めてません。バロウズ商会の本店がどんな所か気になって」

「それで実際に行って、見て回ろうかと!」

 

 個人的には本が沢山あると嬉しいです。と、カエラは最後に一言付け足した。

 

「ルークさん達は?」

「俺とロッシュはエリーゼの付き添いで来たんだ」

「エリーゼ様の、ですか?」

「うん、実は」

 

 ルークが喋ろうとする直前、エリーゼが彼の腕を掴んで引っ張った。

 

「ほら行くわよルーク! 手始めにあそこのカフェって所を攻略するわ!」

「あ、ちょっ、エリーゼ、少し待って───」

 

 あっという間にルークは連れ去られ、セレナ達はカフェへと向かう二人をポカンとした表情で見ていた。

 

「……え、えっと、此処って料理も色んな物があるから、それを食べたいってエリーゼが言って。それでなるべく色んな料理を食べたいから手伝って欲しいって」

 

 置いていかれたロッシュは、ルークに代わって事の成り行きを二人に説明した。

 

「なるほど、確かにバロウズ商会は物珍しい料理を売り出してる事でも有名ですからね」

「それにしてもエリーゼ様、学食の時も思いましたが食べる事が本当に好きなんですね」

 

 エリーゼが学食へ初めて来た時に見せたはしゃぎっぷりを思い出し、二人は納得したように頷いた。

 

「セ、セレナさん達も一緒に来ますか?」

「……なんだか楽しそうですし、付いて行きたいです!」

「はい、迷惑じゃなければ是非」

 

 こうして、エリーゼを筆頭とするバロウズ商会本店の食べ歩きが始まった。

 

▼▼▼

 

「うーん」

「どうかしましたか?」

 

 エリーゼが向かったカフェに向かうと、彼女は店内に入らず、ルークと二人で店の前にある看板をジッと睨んでいた。

 

「ああセレナ、さっきは置いていってごめん」

「いえいえ、構いませんよ。それで、先ほどから看板を見てますが」

「ええ、ちょっとこれを見て欲しいの」

 

 そう言ってエリーゼとルークは看板から離れ、他の三人に見るよう促した。

 

「こ、これは……」

「えっと……うん?」

 

 そして看板を見たカエラとロッシュは、あまりの異様さに困惑が隠せなかった。

 

 看板には、この店で出される商品のメニューが記されていた。

 どうやら飲み物を中心に売っているらしく、実際に店内で客が飲んでいる物を見てみれば、従来の飲み物から掛け離れたビジュアルであり、飲み物というよりスイーツといった印象を受けた。

 

 そんな豊富にある飲み物達の名前は……なんというか、実に個性的で長文だった。

 

「ダークモカ……えっと、本当に飲み物の名前?」

「長くて言うのが大変ですね。……あ、これなら言えます! キャラメル○○○○○○(著作権対策)! どんな飲み物か想像付きませんが」

 

 メニュー欄に綴られた名前の横には、それぞれ飲み物のイラストが描かれている。恐らくどんな飲み物か伝えているのだろう。だが、それにしても奇妙な名前をしているせいで味を想像するのが難しかった。

 

「それだけじゃないんだ。此処に書いてあるのは恐らく飲み物の大きさについてなんだろうけど」

「……この国の言葉じゃない?」

「うん、バロウズ商会の現会長は様々な異国の地を旅して見聞を広めたって噂があるし、きっとこのカフェという店は異国の店を基にしたんだと思う」

 

 そう言ってルークは指差しながら、自身の考察を皆に伝える。

 

「飲んでる人達を見るに美味しいんだとは思うわ。……けど、ちょっとハードルが高くてね」

「そうですね。エリーゼ様の気持ち、凄く分かります」

 

 難しい表情でエリーゼは言う。それに皆も深々と頷いて同意を示す。

 

「うぅぅ……! 絶対に美味しいって分かる物が目の前にあるのに!」

 

 こんなにも人が集まっているのに誰一人として店内に踏み入る事が出来ない。カフェ、なんと恐ろしい場所か。

 

「……あの、頼みにくいなら私が代わりに注文しましょうか?」

 

……いや、居た。一人だけ、このメニューを見ても臆せず入る事が出来る勇気ある者が存在した。

 

「ッ!? セ、セレナ、注文できるの?」

「はい、皆さんがどれが良いのか分からないので、適当な物を注文する事になりますが」

「もしかして前にも来た事が……?」

「いえ、人伝で聞いただけです。ですが皆さんの様子を見るに、私の方がカフェについて理解しているようなので」

 

 エリーゼとルークの質問に、セレナは淀みなく答える。自然体で、まったく緊張した様子が無い。サラッと言ってのける彼女の姿に、皆が頼もしさを感じた。

 

「セ、セレナ様だけ行かせる訳にはいきません! 私もお供します!」

「ぼ、僕も行きます!」

 

 その頼もしさに触発されてか、カエラとロッシュが思い切ってそんな事を言う。

 

「無理をしなくて良いんですよ。注文するだけなので、一人でもいけます」

 

 しかしセレナは、その提案を一蹴する。

 

「それでは、行ってきます」

 

 そしてそのまま注文をしにカフェの中へと入る。

 

「あ……」

 

 カエラは思わずセレナの手を掴もうと腕を伸ばして、直前で引っ込める。情けないが、自分が行った所で足を引っ張るだけだと理解していたからだ。

 

「くっ……!」

 

 たった一人でカフェに向かうセレナを後ろ姿を見て、ルークは悔しさから歯を噛み締める。なんて弱い奴だと、彼は自分を責める。

 

「「……」」

 

 他の二人も無言でセレナの後ろ姿を見続ける。皆、考える事は違えど己の無力さを嘆いていた。

 

(……あの子達、何してるんだろ?)

 

 その頃、店の前で悲観に暮れるルーク達を見てカフェの店員は首を傾げていた。

 

「すみません、○○○○○○○○(呪文のような言葉の羅列)を一つ下さい」

「あ、はい、かしこまりました」

「それと他にも───」

 

 セレナは無事に飲み物を全員分注文し、それを皆に分け与えた。

 初めて飲んだカフェの飲み物は、とても美味しかったらしい。

 

 

 

 

 

 

「うーん、気になるとこ多すぎっ! もうお腹いっぱい! でも満足っ!」

「あはは、堪能したようでなによりだよ……ウッ」

「私も、皆さんと一緒に色んな物を食べれて満足です……うぷっ」

 

 あれから六件ほど店に赴き、様々な料理を食してきた。どれも見た事のない料理ばかりで、しかもどれもが美味しいときた為、ルークとカエラは後先考えずに食べ過ぎてしまった。

 

「みんな今日は付き合ってくれてありがと。私はもう満足したから、誰か他に行きたい所があったら付き合うわ」

「あ、じゃあ本屋を見に行きたいです。……ただ、その前に少し休憩させて下さい」

「う、うん、俺も少し休みたいかも」

「な、なんかごめんね?」

 

 ひとまず食休みをする事に決めたルーク達。その頃、ロッシュは一人で近くの武器屋に寄っていた。

 

 元々、バロウズ商会は冒険や戦いに役立つ商品を中心に売っていた。方向性を大きく変えた今でもその名残りは残っており、バロウズ商会の武器屋には豊富な武具が揃っている。

 

「……」

 

 並べられた武具の中、ロッシュはある武器が目に留まった。

 

 分類としては剣で、この辺りじゃあまり見ない片刃である。だが、ロッシュは未だかつてこのような剣と出会った事がない。

 

 刀身は細く、重厚感は無いがスリムで軽やかさがある。ポッキリ折れるのではと心配になるほど薄い刃は、逆に凄まじい切れ味を持つ事を予感させた。

 

「……綺麗」

 

 なによりロッシュが心を惹かれたのは、刀身を波打つ模様である。剣とは戦う為の武器であり、それ以上もそれ以下もない。そう考えていたロッシュだが、この剣からはある種の芸術性が感じられた。

 

「刀、という剣らしいですね」

「うわぁ!?」

 

 不意に至近距離でそんな事を言われたロッシュは、驚きのあまり後ろへ飛び退いていた。

 

「セ、セ、セレナさん?」

「あ、すみません驚かせちゃいましたか?」

「い、いえ!」

「そうですか。……ところで、ロッシュさんは武器に興味が?」

「う、うん。それで、その」

「……?」

 

 セレナの質問に頷いた後、ロッシュは続けて何かを喋ろうとして言葉を詰まらせる。

 

「……ぼ、僕の家って、騎士の家系なの」

「あ、そうだったんですか?」

「うん、それで僕には兄さんが居るんだけど、兄さんは王国騎士団に所属してるんだ」

「王国騎士団、アークライト家……もしかしてロッシュのお兄さんって、リギル・アークライトさんですか?」

 

 王国の武の象徴として知られる王国騎士団。そこの頂点である団長の直属の部下として、隊長という身分の人間が六人居る。

 リギル・アークライト、それは王国第三騎士団の隊長と同じ名であった。

 

「うん、僕も兄さんに憧れて王国騎士団に入る事を目指してるんだ。その……変、かな?」

 

 俯きがちなロッシュは、チラリとセレナの顔を覗き見る。その目はまるで、何かを期待しているようだった。

 

「変な事なんて何もありませんよ。それが自分のやりたい事で、自分の信じる道なら、何があっても突き進むべきです」

 

 どうか頑張って下さい。そう言ってセレナは優しく微笑んだ。

 

「……〜〜〜〜〜(やっぱり、変わらないな)

「はい?」

「ううん、なんでもない」

 

 ボソリと小さく呟いたロッシュは、少しだけスッキリしたような表情を浮かべていた。

 

「───お客様」

「うわぁ!?」

 

 その直後、彼の真後ろで声が聞こえた。

 

「あちらの武器に興味がおありですか?」

 

 ロッシュに声を掛けてきたのは、この武器屋の店員と思われる仏頂面の女性だった。

 

「は、はい?」

「お買い求めになられるのでしたら、今だけサービスしてお安くします」

 

 店員が指す武器は、先ほどロッシュが食い入るように見た刀である。

 

「え、えっと」

「……ロッシュさん、折角なら買っていったらどうですか?」

「え?」

 

 買ってくれると思われたのか、そもそもサービスとは一体何か。突然の話で混乱するロッシュに、セレナが提案してくる。

 

「勿論、金銭的に問題なければですが」

「……その、いくらになりますか?」

 

 試しに値段を聞いてみる。すると提示された額は、ざっと計算すると七割ほど割引されていた。あまりの安さにロッシュは声を上げていた。

 

「質の方は問題ございません。そちらの刀、当店でも随一の業物と自負しております」

「えぇ……」

 

 そんな業物を安く売って良いのかと、ロッシュは思って仕方なかった。

 

「どうですか?」

「……そうですね、買います」

 

 彼自身も、あの刀には強く心を惹かれていた。それがすぐ手に届く距離にあって、セレナからも勧められたとなれば、買わない手は無かった。

 

「ありがとうございます。ではあちらの方で購入の手続きをお願いします」

「分かりました」

 

 そう言われたロッシュは、店員が指す方向へと向かって行った。

 

「……お客様」

「はい、なんですか?」

 

 ロッシュがその場から離れた後、店員はセレナに話しかける。

 

「お客様に少し、お連れしたい場所がございます」

 

▼▼▼

 

 一般客が入る事の無いスタッフオンリーのエリア。そこにセレナは連れて行かれ、武器屋の店員は一枚の紙を渡すと彼女を置いて立ち去った。

 

 紙には此処のエリアの簡易的な地図が描かれており、加えて応接室へ行くよう指示が書かれている。

 セレナは、その指示を素直に従って応接室の前までやって来た。

 

「……」

 

 扉をノックし、中に居るであろう人物へと呼び掛ける。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

 相手はすぐに応じ、セレナも扉を開けて中に入る。

 

「久しぶりだな、セレナ殿」

 

 応接室では、一人の男がソファに座ってセレナを迎えていた。

 銀髪のオールバック、メガネの奥から黄金色の瞳が鋭い眼光でセレナを見る。現代風に例えると、正しくインテリヤクザやマフィアのボスといった風貌である。

 

「えっと、此処へ来るよう言われたのですが」

「ああ、心配しないでくれ。人払いは既に済ませてある。少なくとも向こう一時間、この周辺に人は近寄らない」

「……」

 

 なんの脈絡もなくそう言ってくる男に、セレナは困り顔から一変、スンッと能面のような表情を浮かべて男を見つめた。

 

「……そうですか」

 

 しばらく無言のまま棒立ちで居た彼女は、ポツリと一言だけ呟く。

 

……直後、彼女は一瞬で机の上に乗り、椅子に座ってる男の首を片手で掴んで持ち上げた。

 

「ぐぁッ!?」

「色々と言いたい事はあるが、これだけは答えろ。俺の事を誰かに言ったか?」

 

 酷く冷たく、無慈悲に、セレナ……いや、()は目の前の男を断罪すべきかどうかを見定める。

 

「い、言ってない! それにバレてもいない! 欠かさず調べてるが勘付いた奴も居ない筈だ!」

「居ない筈……?」

「い、いや居ない! すまん、今のは商談する時の癖でつい保険を掛けてしまったんだ!」

「じゃあ、あの店員はなんだ? 俺の事はどう説明した?」

「彼女に伝える時、間に二人ほど人間を挟んだ! 彼女も君を連れて来る理由は分かっていない! それは仲介役の二人も同じだ!」

「…………そうか」

 

 熟考に熟考を重ねて、彼は男の拘束を解いて椅子へと落とした。

 

「かはっ!」

「悪かったな、最近ちょっと周りの環境の変化が激しくてピリピリしてたんだ」

「い、いや、構わない。俺もセレナ殿の事は理解していたのに迂闊だった」

 

 彼は机から飛び降り、男と向かい側のソファに座った。

 

「それで会長、俺に一体なんの用だ?」

 

 エリック・バロウズ、目の前の男こそバロウズ商会の二代目会長だった。

 

「俺との縁を切りたくなったか? 別にいいぞ、二度と俺の事を思い出せないよう入念に記憶を消すから」

「はぁ、はぁ……セレナ殿、分かって言ってるだろう」

 

 あまりに見た目とそぐわぬ姿を曝け出すセレナだが、エリックは気にせず会話を続けた。

 

「まっ、それもそうか。俺というアドバイザーが居なきゃ、バロウズ商会は今後も発展しないもんな」

「……」

「商会をここまで成長させたのも実質は俺だが、お前はそれに義理なんて感じていない」

「……」

「まだまだ利用価値があるから俺との関係を続けてるだけで、用済みになれば自分の弱みに成り果てる前に始末しようとすら思っている」

「……よく、お分かりで」

 

 自身の思惑がズバリと当てられ、エリックは冷や汗を多く流しながらもなんとか言葉を紡いだ。

 

「そういう奴を狙ったからな。野心家で秀才、義理人情じゃなく損得勘定で相手と付き合う」

 

 彼は大した事じゃないと言わんばかりにスラスラと答える。

 

「そんな奴だからこそ、俺は協力者としてお前を選んだ」

「それは、光栄だと思えば良いんだろうか」

「お前の野望が一気に近付いたんだから、素直に喜べば? 俺も嫁の為に色々出来たし、お前と手を組んで良かったと思ってる」

 

 そう言って彼はケラケラと笑う。それを見たエリックは、乾いた笑いしか出なかった。

 

「そういやロッシュくんが刀を買う時に安くしてくれたの、あれお前の指示だろ?」

「ああ、そうだ」

「多分俺に媚びようと思ってやったんだろうけど、本当に俺を喜ばせたいなら嫁の為になる事をしろ」

「ぜ、善処する」

 

 またもや思惑を破られ、しかも彼はそれを直球に言ってくる。数々の商談で百戦錬磨の功績を積み上げたエリックだが、それでも彼には敵わないと感じてしまう。

 

「……で、本当になんの用だ? カエラちゃん達には用事があるから先に帰るって言ったんだ。これで単に挨拶したかったとかならマジで怒るぞ」

 

 彼は本気である事を伝える為に怒気を放つ。それを見たエリックは慌てて要件を伝えた。

 

「た、確かに久しぶりに再開したから挨拶しようとも思った。だが本題は別にある」

「ふーん?」

「以前、服飾の事で相談したのだが」

「ああ、覚えてるぞ。流行りそうなファッションを新しく出したいって話だったよな?」

 

 ちなみにその相談の末、ゴスロリというファッションが新しく王国に浸透した。今はブームも落ち着いているが、少し前までゴスロリを着ている人達がそこら中に居た。

 

「そうだ。それでボツになった物がいくつかあるのを覚えているか?」

「勿論だ。あーあー、ゴスロリも良いが他の服も嫁に着せたかったなぁ」

 

 彼が提案したファッションは全て、嫁に着させたいという欲望の基に考えた物である。その一つとして着物なんかも候補にあった。

 

「す、すまん、だが他の衣装は前衛的が過ぎて」

「受け入れられ難い、だろ? 売れない物を作らせるほど俺も鬼じゃない」

「理解してくれて助かる。……それで、そのボツになった服なんだが」

 

 エリックはおもむろに立ち上がり、後ろに意味ありげに置いてあったクローゼットを開ける。

 

「こ、これは……!」

「セレナ殿にプレゼントしようと、個人的に作らせておいたんだ」

 

 気に入って貰えるか? そう言ってエリックは、落ち着いた笑みを彼に見せた。

 

▼▼▼

 

 エリック・バロウズは根っからの野心家である。上へ上へと常日頃から高みを目指し続け、世界の頂点に立つ事さえ夢見た。

 そんな彼は商人の子として生まれた。大きな野心を生まれ持った彼が、金の力で世界を統べようと思うのは必然だった。

 

 彼は単に野心があるだけではなく、確かな能力も持っていた。加えて目的の為なら手段を選ばない冷酷さを兼ね備えており、順調に行けばバロウズ商会を大商会と呼ぶに相応しい規模まで成長させていた事だろう。

 

……だが、結局はそこまでだ。大商会の一つに数えられる事はあっても、最上に至る事は出来ない。それが彼の能力の限界だった。

 

 普通の人ならそれでも満足するだろう。だが彼は違った。並外れた野心を持つ彼は、それだけじゃ満たされない。

 信頼できる仲間を集めて一緒に上を目指す。なんて考えなど彼には無い。自分に利益がある者だけと付き合う、それが彼の求める人間関係だ。

 

 野望の為なら全てを利用する。そんな人間だからこそ、彼はエリックと手を組もうと思ったのだろう。

 

 エリックがセレナと出会ったのは、およそ八年前の事。一通の手紙がエリックのもとに届いたのが始まりだった。

 

 手紙は彼の寝室の窓際に置かれていた。差出人は不明で、その内容は自分と手を組もうという旨が簡潔に書かれた物であり、あからさまに怪しい。

 普段なら気にも止めずゴミ箱に捨てる所だが、その手紙には他にも様々な事が記してあり、思わず目に留まった。

 

 それは、異世界人にとって未知なる知識の数々だった。知識の全容は明かされていないが、どれか一つでも知識を物にすれば大儲け出来るという確信がエリックにはあった。

 

 何者かは知らないが、途轍もない利用価値を孕んでいる。そう判断したエリックの行動は早く、すぐに手紙の主と手を組む事にした。

 最初の内は相手も慎重で正体を明かしてくれなかったが、それから一年後には顔合わせも出来た。

 

 実際に会ってみれば十にも満たない子どもだったり、理想の嫁を体現したいと吐く狂人だったりと、驚かされた物だが、エリックは全ての知識を吐かせた後、余計な事をされる前に処分するつもりだった。

 

 どうせ短い付き合いになる。そう思っていたからこそ、エリックは気にせず彼と接し続けた。

 しかしそれから一年、二年、三年と経って現在、気付けばエリックは彼を切り捨てる事が出来なくなっていた。

 情が湧いた訳じゃない。傀儡にされてるつもりもない。ただ、気付いたのだ。自分の野望には彼の存在が必要不可欠だという事に。

 

「うっわナニコレ!? やっば! か、か、かわわっ!」

 

 着物を着て姿見の前ではしゃぐセレナを、エリックは静かに見守る。

 

「───えっと、どうでしょうか? 初めて着る服でかなり苦労したので……その、喜んでくれると私も嬉しいです───かぁー! 可愛すぎるだろ俺の嫁ぇ!!!」

 

 中々にイカれているが、エリックは気にしない。彼のああいった姿は、これまで何度も見てきた。

 

「……取り組み中のとこ悪いんだが、少しいいか?」

「あ?」

 

 あからさまに不機嫌そうにしてくるが、エリックは気にせず質問を投げ掛ける。長い付き合いで分かった事だが、彼は上機嫌な時の方が寛容で、少しばかり水を差されても気にしない。なので寧ろ、今のうちにいつもより深い事を突っ込むべきなのだ。

 

「さっきセレナ殿は、俺の思惑を悉く当てている。つまり分かっている筈なんだ」

「俺に利用価値が無くなれば、お前に殺されるって話か?」

「……そうだ」

 

 エリックは彼が持つ未知なる知識を共有して貰い、その報酬としてエリックは彼の為に色々と動く。二人はそういった利用し合う関係なのだ。

 彼の方がどうか分からないが、エリックは今でも彼の利用価値が無くなれば秘密裏に処理しようと思っている。

 

「あー、それについては俺も前々からじっくり考えてきたんだけどさ」

 

 それを理解しているのに何故、彼はこんなにも呑気でいられるのか。

 

「思ったんだ。お前が老衰するのと、俺がネタ切れになるの、どっちが早いんだろうってな」

「……ッ」

「自慢じゃないけど、俺は結構色んな事を知ってる。それ以外でも商売のノウハウとか、経験の方も色々と持ってる」

 

 エリックは昔、セレナという人物の素性を全て調べ上げた。しかし彼が語るような未知の知識を得る機会は、過去に少しも存在しなかった。

 

「お前が俺の話を聞いて新しいアイデアをポンポン生み出せるのなら別だが、それは出来ない。だって俺はそうい(・・・)う奴を(・・・)協力者に選んだからな」

 

 彼が語る未知の知識の在処。それがどうしても分からなかったエリックだが、今の会話でなんとなく分かった。

 

「まっ、別にお前が損する訳じゃない。どうせ新しい事をポンポン言ってもお前一人じゃ処理できないだろ? あと他の奴に相談するという手も、俺の存在を露呈させる結果になるからまず俺が許さない」

 

 コイツは悪魔だ。常に奴は常識の外側に居て、まず理解しようとするのが間違っている。仮に悪魔の考えを理解できたとするなら、それはきっと狂気に堕ちた時だろう。

 

(本当に、今まで敵対しなくて良かった)

 

 この悪魔と本気で戦うなら、自身の一生を掛ける必要がある。そんな長い長い寄り道をエリックはしたくなかった。

 

「にしても俺の嫁はなんでも似合うなぁ。次は何を……ん? これ、もしかしてチャイナ服か? ……こ、こんなハレンチな物を着ちゃいけません! おいお前! ちょっと部屋から出てろや!!」

「え? あ、ああ、分かった」

 

……服をプレゼントしたのは良いが、自分はいつまで付き合えば良いのだろうと、エリックは密かに思った。

 

「あーいけません! エッチです! 生足がとてもエッチです! クッソこんな時の為のカメラだろうが!! いつになったらカメラを作ってくれるんだ会長よぉ!?」

「す、すまん! だが一応の形は出来ているから、もう少しで実用化は───」

 

 悪魔という名の変態に翻弄されながら、エリック・バロウズは今日も野望の為に動き続ける。

 

 野心が満たされるか、過労死するか、どちらが先かは変態の気分次第だった。

 

▼▼▼

 

 急用を思い出したと言って途中で帰る事になったセレナだが、一人が居なくなったら全員が解散する訳じゃない。セレナが帰った後も、ルーク達のショッピングは続いた。

 

「今日はとても楽しめました! 皆さんとご一緒できて良かったです!」

 

 日が暮れ始め、空が茜色に染まる頃、帰路につく道中でカエラは朗らかな笑顔を浮かべてルーク達に言った。

 

「俺達の方こそ、今日は凄く楽しかった」

「セレナも最後まで一緒に居れたら良かったけどね」

「うん……僕も、居なくなる前にお礼が言いたかったな」

 

 ロッシュはエリーゼの言葉に頷くと、手に持つ刀を見て呟いた。

 

「それ、確か刀っていう名前の剣だっけ?」

「うん」

「不思議な剣だよね。俺も長い間剣を握ってるけど、そんな剣は初めて見たよ」

「僕も初めてだよ。試しに振ってみたけど普段使ってる剣とはかなり扱い方が違ってて、慣れるのに時間が掛かりそう」

「やっぱりそうなんだ」

 

 だけど必ず物にしてみせると、ロッシュは心の内で静かに決意する。

 

「……あの、ロッシュ様は騎士を目指してるんですよね?」

「うん、そうだよ」

 

 刀を購入した後、ロッシュはセレナと語った事と同じ話を皆にも話していた。

 

「では、なぜ剣術クラブに入らないんですか?」

「……」

 

 ロッシュが剣術クラブに入らない理由、それは周りの目が怖かったから。

 彼は見た目や性格のせいで、騎士には向いていないと周りから散々言われてきた。それは今も同じで、ルーク達は違うが他の者達からの視線は、いつも弱い者を見る目だった。

 

 否定され続けるのが怖かったから、彼は一人黙々と鍛錬を積んできた。

 

「その事なんだけど、入ろうかなと思ってるんだ、剣術クラブに」

 

 しかし、ここに来てロッシュの心に変化が訪れた。

 

「え、そうなの!?」

「あ、不味かったかな?」

「いやいや、むしろ大歓迎だよ! 剣術クラブに俺と同じクラスの人が居なくて、実はちょっと寂しかったんだ」

 

 そう言って喜ぶルークを見て、自分もなんだかんだやっていけるかも知れないなと思った。

 

(よし、頑張ろう!)

 

 周りの目なんて気にしてたら、王国騎士団になんて入れない。そう自分を叱咤し、奮い立せた。

 

……帰り道でもルーク達は楽しく語り合った。

 

「……あ、あれ?」

「どうしたのエリーゼ?」

 

 しかしそんな楽しい雰囲気は、一瞬にして崩れ落ちた。

 

「私達、どこを歩いてるの?」

「え?」

 

 エリーゼの言葉を聞いてルークは辺りを見回す。

 

「……え?」

 

 一体いつの間に迷い込んだのか。気付けばルーク達は知らない道に来ていた。

 

 いや、知らない道というレベルの話じゃない。風景はさっきまで歩いていた王都の街並みと瓜二つなのに、まるで知らない街へ訪れたかのように土地勘が働いてくれないのだ。

 

「えっと、確かこのように進んで……あ、あんな道ありましたっけ?」

「一旦道を引き返した方が……けど、僕達ってどうやってここまで?」

「ど、どうなってるのよこれ? 頭がおかしくなりそう」

 

 知ってるようで、知らない土地。そもそも彼らはただ真っ直ぐ歩いただけなのに、道に迷うなんて事が起こるのか?

 

(何が起きてるんだ? それに人の気配もまったく……)

「───いちぃ、にぃ、さぁん」

 

 不意に、前方から声が聞こえてきた。全員が一斉に声のした方向へ振り向くと、そこには黒いローブを来た男がコチラへと歩み寄って来ていた。

 

「よぉん……う〜ん、四人かぁ。もうちょい数が欲しいけどぉ、まあ仕方ないよねぇ」

 

 間延びした口調で男は一人ブツブツと喋る。

 

「……誰ですか?」

 

 ルークは皆の先頭に出て問いただす。

 

「うぅん? そんな事を聞いてどうするのぉ? どうせ死ぬのにぃ?」

「……ッ! やっぱり、これはあなたの仕業ですかっ!」

 

 清々しいほどに男は自分の目的を率直に答えた。それを聞いてルーク達は警戒心を最大限まで上げ、ロッシュも刀をいつでも抜けるよう構えていた。

 

「まあ訳も分からず死ぬなんてヤダよねぇ、僕もそう思うしぃ……うん、じゃあ教えよっかぁ」

 

 戦意さえ見せるルーク達を気に留めず、男は両腕を広げて余裕綽々と答えた。

 

「冥土の土産にこんばんは、僕は迷宮の魔術師。君達に恨みは無いけど、下準備の為に殺させて貰うよ」

 

 男は何処までも飄々と、にんまりと歪んだ笑みをルーク達に見せつけた。

*1
比喩抜き

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