拗らせTS童貞は理想の嫁を演じたい   作:ブナハブ

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今回、変態(主人公)おらず。


05

 王城と隣接するように設置された巨大な館。通称、騎士館。

 王国騎士団の本部として利用されているそこでは現在、とある会議室にて六人の騎士が集っていた。

 

「───それでは、全員揃ったようなので本日の定例会議を始めます」

 

 服装をビッシリと整えた涼しげな雰囲気の女性が、メガネを掛け直しながら皆に伝える。

 

「……のう、副団長よ」

 

 女性の発言に訝しげな表情を浮かべて質問するのは、並々ならない威圧感を放つ強面の老人だった。

 

「なんでしょうか」

「ワシの両隣が空いとるんだが?」

 

 老人はそう言って、自身の両隣に置かれた誰も座っていない椅子を見やる。依然として全てを威圧するような覇気を纏っているが、これが彼の普段なので誰も指摘しないし気にしなかった。

 

 会議室には一台の長机と椅子が七脚置かれている。椅子は長机の側面に三脚ずつ、もう一つは上座に当たる位置へと置かれており、そして女性は上座の後ろで控えるように佇んでいた。

 

「クロウ・レイヴンは、いつも通り仕事が残っていて来れません」

「いつも通りって。お前さんなぁ、少しはあやつを労ったらどうなんだ?」

「優秀な人材を遊ばせたくないだけです」

 

 老人は少しだけ咎めるように言ってみるが、女性は平然とした態度で一蹴するのを見て、小さくため息を吐く。

 

「まあまあローゼウスさん、これも王国の為なんですから」

 

 そんな老人の様子を見て声を掛けたのは、彼とは向かい側の席に立つ男二人だった。

 

「そうだぜローゼウスのおっちゃん! レイヴンの奴は第一騎士団の隊長なんだ、仕事が多くて喚く根性なしじゃないだろ!」

 

 細目の男と如何にも熱血漢な男は、そう言って老人……ローゼウスの事を宥める。

 ライン・ローゼウス、王国第二騎士団の隊長であり、騎士団じゃ一番の古株の男でもある。

 

「お前らに言われんでも分かっとる、あやつの実力はワシも良く知っとるからな。それで副団長、リギルの方は?」

「リギル・アークライトですが、どうやら部下から何か報告があるらしく、それを聞いてから会議に来るようです」

「ふむ、そうだったのか。相変わらず律儀でしっかりした奴よのぅ」

 

 感心感心と、ローゼウスは満足そうに頷いた。

 

「……では、会議を始めていきます」

 

 他に質問が無い事を確認した副団長の女性は、改めて本題に入り始めた。

 

 年に数回ほど行われる王国騎士団の定例会議。それは団長と副団長、そして六人の隊長で行われ、その内容は基本的に同じだ。

 自分の担当する区域の状況はどうだとか、物資を増やして欲しいとか、平時に話す内容はその程度で、あとは適当に解散する。

 

「───では次に、盗賊の活動状況について。シェリー・フォーリナー」

「はい」

 

 副団長に声を掛けられた若い女性……シェリー・フォーリナーは、席から立って手に持つ資料を読む。

 

「昨年と同様、盗賊の数は徐々に増えています。このままいけば大規模な盗賊団が新たに形成される可能性も高いです」

 

 盗賊は国にとって害にしかならず、騎士団にとっても厄介な存在だ。戦っても負ける事は無いが、奴らはとにかく逃げ足が早い。戦う前に逃げられてしまうのだ。

 

「また盗賊に悩まされる日々が戻ってくるのかぁ。もう一度出てくれないかなー、盗賊狩り」

「……ッ」

 

 細目の男がうんざりした口調で言うと、シェリーは苦々しい顔を浮かべた。

 

「盗賊狩り……!」

 

 憎っくき相手を語るように、シェリーはその者の名を呼ぶ。

 

……盗賊は一年を通して生まれる。順調に栄え続けているグレイスフィア王国だが、その繁栄に置いていかれた人間が無法者になるという事例が今でも多く起きているからだ。

 

 そんな盗賊は、ここ数年前で激減していた。

 

「あーごめん、そういえばシェリーちゃんに盗賊狩りは禁句だったね」

 

 盗賊狩り。およそ五年前に突如として現れ、その一年後に忽然と消えた謎多き存在。活動が確認されてる一年間で夥しい数の盗賊を殺しており、その盗賊達の金品を奪ってきた。

 

 今では盗賊狩りの名も忘れられつつあるが、少し前までは盗賊達の間で明確な死の象徴として恐れられ、かの者を恐れて盗賊から足を洗う人間が続出したほどだ。

 

「クヨクヨすんなよシェリー! 一度やられたからなんだ! 次に会ったらリベンジすりゃいいだけじゃねえか!」

「グレンくんー? それは多分言っちゃ不味いやつだから」

 

 グレン・バーンヒューズ。王国第五騎士団の隊長である彼は、どんな状態の相手でも熱い言葉を投げ飛ばす。

 

「次に会った時は、必ずッ!」

「……シェリー・フォーリナー」

「あ、はい!」

 

 俯いて虚空を睨むシェリーに、副団長は冷静な態度で呼びかける。

 

「今は会議中です。私情を出して進行の妨げとならないように」

「す、すみません」

 

 激情を剥き出しにしていたシェリーだったが、副団長にそう言われると冷や水をかけられたように心を鎮ませる。

 それから盗賊に関する詳細を語った後、大人しく彼女は席へと座った。

 

「では次に」

「───国を守る事が我々の使命だ」

「……」

 

 そのまま進行しようとする副団長だったが、ある男が口を開いた瞬間、押し黙って彼の言葉をじっくりと聞いた。

 

「本来なら盗賊を対処するのは我々のすべき事であり、それを部外者に任せるなどあってはならない」

「「「「……」」」」

 

 全員が彼の言葉……王国騎士団団長、レオン・ライオネルの言葉に耳を傾ける。

 

「王国第六騎士団隊長、シェリー・フォーリナー」

「はっ!」

 

 団長に呼ばれた彼女は、姿勢を正して立ち上がる。

 

「盗賊狩りのやった事は慈善活動の域を超えている。故に発見次第、その身柄を捕らえる事が我々の方針だ」

「承知しています」

「もし君が再び盗賊狩りと相見えたのなら……必ず勝て。隊長としての意地がある事を証明して見せろ」

「……はっ!!」

 

 ローゼウスとは異なった、静かな威圧感を放つレオン・ライオネル。王国騎士団にて最強と称される彼の言葉にシェリーは一瞬萎縮するものの、すぐに威勢よく声を出した。

 

「以上だ。進行を止めてすまなかったガードナー副団長」

「……いえ、団長のお言葉です。私の進行如きで無碍にする訳にはいきません」

 

 副団長……リーチェ・ガードナーは、恭しくレオンに頭を下げた後に改めて会議を再開させる。

 

「団長が仰った通り、盗賊の対処は騎士団の務めです。その事を十分理解するように。……では、次の議題へと」

「───失礼します」

 

……再開しようとした直後、会議室の扉がノックされる。

 

「リギル・アークライト、ただいま戻りました」

「……どうぞ、入って下さい」

 

 入って来たのは、第三騎士団の隊長であるリギル・アークライト。どうやら部下からの報告を聞き終えると急いでやって来たらしく、額に少量の汗が流れていた。

 

「遅れてしまいすみません」

「おいおい、お前さんが謝るこたぁねえよ」

「そうだぜリギル! それに思いっきり走ったっぽいのにそんな呼吸を乱さないなんて、中々根性あるじゃねえか!」

「ははは、ありがとうございます。ローゼウスさん、バーンヒューズさん」

 

 グレンの言う通り、彼は一刻でも早く会議に向かおうと全力疾走してきた。それでも彼は疲弊した様子を表に出さないよう心がけつつ、自分の席に座った。

 

「にしても定例会議とは言え、リギルくんが遅刻を承知で部下からの報告を優先するとは思わなかったな」

 

 細目の男、ジェイ・クロフォードは意外そうに話す。

 

「……その事なんですが」

 

 リギルはそれを聞いた途端、真剣な表情を浮かべはじめた。

 

「何か、重大な事を聞いたのだな?」

「はい、団長」

 

 肯定するリギルを見て、レオンは隣で控えるリーチェに視線を送る。

 

「……聞かせて下さい」

 

 その視線の意味を察してリーチェは小さく頷いた後、リギルに部下から何を聞いたのか問いかける。

 

「はい、どうやら一週間前、聖騎士隊が魔術協会の拠点を見つけて襲撃しに行ったらしいんです」

 

 聖騎士隊、それは聖都エルティナが独自に所有する武装組織である。

 神への信仰が顕著に行われているグレイスフィア王国では、あらゆる宗教の総本山とも呼べる聖都エルティナの待遇が他の街と比べてかなり異なる。その中の一つが聖騎士隊という組織だ。

 

 街を統治する領主は、当然だがお抱えの兵士を持っている。聖騎士隊も同じ扱いと言われてるが……実際は違う。

 王国騎士団に次ぐ、あるいはそれ以上の戦力を持っており、加えて国王直々の命令より聖都からの命令を優先する。そんな一歩間違えれば国家への反逆と見なされる行為を、神のご意志と語って堂々と出来てしまうのだ。

 

「またかいな? あれからまだ十年しか経ってないぞ」

「ほんっと困るよね、その後始末を誰がやるんだって話さ」

 

 国ではなく神の為だけに動く聖騎士隊は、王国騎士団から見れば盗賊と同じぐらい厄介な存在だった。

 

「……それで結果は?」

 

 神の従順な下僕として働く聖騎士隊は、ある二つの存在を滅ぼすべき悪と考えて行動している。

 神から見放された忌むべき種族、獣人。そして神の禁忌に触れた愚かな存在……魔術師。

 

 魔術師とは、神から授かった加護を独自に研究し、超常の力を魔術という形で我が物にしようと企む人間の事を呼ぶ。

 神々は人知を超えた力を個人が振るう状況を良しとせず、自分達の信者に天啓を与えて魔術を禁忌に指定させた。

 

「はい、魔術協会を半壊させたらしいです」

 

 そんな魔術師が集う魔術協会は、聖騎士隊にとって決して許してはならない組織だった。

 

「ですが取り逃しも多く、聖騎士隊は現在も逃亡した魔術師達の行方を追ってるそうです」

 

 聖騎士隊はこれまで何度も魔術協会を襲撃しているが、壊滅するまでには至れていない。

 

「……聖騎士隊も懲りない奴らだが、魔術師も魔術師でしぶといのう」

 

 聖騎士隊と魔術協会のイタチごっこをよく知るローゼウスは、リギルが話した内容に呆れてため息を吐いた。

 

「聞いた事ってそれだけ? それだけなら聖騎士隊がマヌケを晒したって笑えるんだけど」

「……それが」

「うわぁ、何かあるんだね」

 

 聞きたくないなぁと、嫌な予感がバリバリしてきたジェイは心を強く持って話の続きを聞く。

 

「聖騎士隊との戦いで逃亡した魔術師の一人が、王都に潜んでいる可能性があるんです」

 

▼▼▼

 

「ま、魔術師ッ……!」

 

 迷宮の魔術師、そう名乗った男にカエラは大きな敵意をぶつけた。

 

「あーやっぱりぃ、そっちの子は宗教家だったんだぁ」

「シスターの端くれとして、あなたのような存在を放ってはおけません!」

 

 彼女も例に漏れず、一人のシスターとして魔術師は悪しき存在だと教えられてきた。故にこうして強い敵意を男に向ける。

 

「ふーん?」

 

 だからこそ、カエラは四人の中で最も男に目を向けられてしまった。

 

「……決ぃめた」

 

 次の瞬間、男はカエラの目の前に立っていた。

 

「え?」

「まず君から───死ね」

 

 男は懐に忍ばせていた赤黒いナイフを逆手で持ち、それをカエラへ突き付けるように振り下ろす。

 

 あまりに咄嗟の出来事。他三人も男がいつどうやってカエラに接近したのか分からず、動き出した頃には全てが手遅れだった。……ただ一人を除いて。

 

「……ッ!」(【アクセル・ワン】!!!)

 

 カエラの隣に居たルークが自身の加護を発動する。その直後に彼の肉体は急加速し、男の横っ腹へ拳を当てた。

 

「がッ!?」

 

 痛みで動きを止める男に、ルークは畳み掛けて二撃目の拳を放つ。

 

「チッ……!」

 

 だがその直前、男は空いている方の手で指を鳴らす。

 パチンッと小気味良い音が辺りに響いた瞬間、ルークの足元が大きく揺れ出した。

 

「なっ!?」

 

 不安定な足場ではパンチを繰り出す事も出来ず、たまらずルークは崩れ落ちしまう。

 

「面倒だなぁ!」

「はぁっ!!」

 

 崩れ落ちるルークの腕を男は掴む。それと同時にロッシュが刀の鞘を抜いて男に斬りかかるも、さっきと同じように男が一瞬でその場から数メートル離れた位置へと移動し、空ぶってしまう。

 

「ルーク!!」

 

 しかも今回は、腕を掴まれたルークも一緒に連れて行かれた。

 

「こうなったらぁ」

 

 ルークを助けようとエリーゼが駆け出した直後、男は地面に勢いよく手のひらをぶつける。

 

「こうする他ないよねぇ!」

 

───直後、大地が大きく揺れ始めた。

 

「きゃっ!」

「カエラさん!」

 

 思わず尻もちをついたカエラに、ロッシュは駆け寄って彼女を守るように抱き込んだ。

 

 立つ事さえままならない揺れは、それから十秒ほど経ってようやく収まった。

 

「何が起きて……え?」

 

 皆は大丈夫か確認しようとしてロッシュは気付く。

 

「い、居ない」

 

 

 

 

 

 

「ど、どうなって……」

 

 大地震の後、気付けば知らない場所に居たルーク。

 

「群がるとウザったいからねぇ、分断させて貰ったよぉ」

「……ッ!」

 

 驚きのあまり固まるルークだが、彼は依然として男に腕を掴まれたままだった。

 

「一人一人ぃ、確実にぃ」

「くっ!」

 

 男は再びナイスを振り下ろそうとする。こうなったら刺される覚悟で攻撃を仕掛けようという考えがルークの頭に浮かんだ。

 

……だが、それを実行する直前、男の振り上げたナイフを持つ腕に何かが噛み付いた。

 

「ガァッ!?」

「っ!」

 

 鋭い痛みが男に走る。噛み付く存在の正体に気付いたルークは、男がその存在にナイフを突き立て、振り払っている間に後ろへと退がる。

 

「こ、こいつは……」

 

 自身に噛み付いた存在を確認できた男は目を見開く。生物だと思われたそれは、蛇の姿を模る水の塊だったのだ。

 

「───ルークに手は出させないわよ!」

 

 そんな驚く男に向かって、一人の少女が大声で叫んだ。

 

「エリーゼ!」

「大丈夫ルーク!?」

「ありがとう、助かったよ」

 

 少女、エリーゼの足元には三つの水たまりが出来ている。そこから男に噛み付いた存在と同じ、水の蛇が姿を見せた。

 

 水の蛇を呼び出して操る。それがエリーゼの持つ加護の力だった。

 

「……一人だけ連れて来たと思ってたのにぃ」

 

 エリーゼは三体の水の蛇を操り、男を睨む。

 

「か弱いと思ったら大間違いよ。あんたなんか私がぶっ飛ばしてやるわ!」

「みたいだねぇ」

 

 男はそう言った直後、自身の体から不鮮明なオーラのような物を滲み出させる。

 

「ルーク」

「うん、分かってる」

 

 それに続けて、ルークも男と同じくオーラのような物を体に纏った。

 

「ほんとぉ、面倒だなぁ」

 

 心底うんざりした口調で、男は二人に襲い掛かった。

 

▼▼▼

 

 人間が神を信仰し始めた頃よりずっと前、人々は一つの技術を編み出していた。

 

 魔力強化、人間の中に眠るとされる魔力を利用し、肉体を強化させる技術である。

 

 獣人との力の差を埋める為に生み出されたこの技術は、人間に獣人以上の身体能力を与え、一時期は劣勢だった戦局を大きく変えた。……が、最終的に獣人に真似されて再び劣勢に戻ってしまったという悲しい歴史がある。

 

 そんな魔力強化は魔術と違って禁忌とされておらず、今もなお使われていた。

 

「ふんッ……!」

 

 ルークは男に向かって一歩踏み込む。瞬間、驚異的な力が大地に加わり、走り出すと共に地面が砕けた。

 

(【アクセル・ワン】!)

 

 あっという間に男へと肉薄したルークは、殴ると同時に加護を使って肉体を加速させる。

 先手必勝。魔力強化で極まったスピードとパワーに加えて加護による急加速で、回避不可の一撃を男に浴びせた。

 

「ぐぅっ!!?」

 

 事前に防御する事を選択していた男は、魔力強化を肉体強度に回して両腕でそれを受け止める。が、それでも骨がひび割れるほどのダメージは避けられなかった。

 

「いい加減に───しろっ!」

 

 一瞬硬直する男だが、すぐにルークを睨んで指を鳴らす。直後、ルークの足元が大きく揺れた。

 

「うぐっ!」

 

 よろめいて倒れそうになるルークに、男はナイフを突き立てるが、視界の端から水の蛇が向かってくるのが見えて先にそちらを攻撃した。

 

「チッ……!」

 

 水の蛇は頭と胴体を分かたれる。しかしその後ろから二体の水の蛇が新たに向かって来たのを見て、男はたまらず後ろへ飛び退いた。

 

「言ったわよね? 手は出させないって!」

 

 二体の水の蛇はルークを守るように男へ立ちはだかった。頭を失った水の蛇も、あっという間に再生して元通りとなっていた。

 

「厄介な加護だねぇ、僕は戦闘要員じゃないからぁ、余計にそう思うよぉ……けどぉ」

 

 男は一瞬でエリーゼの目の前に移動する。

 

「しまっ……!」

「戦い慣れは、してないみたいだねぇ!」

 

 ルークが動こうとするも遅く、男はナイフを振り上げる。

 

(この距離なら刺した後でも【縮地】で逃げれる!)

 

 迷宮の魔術師を名乗る男の扱う魔術は、地形操作。その一つとして短距離の瞬間移動が行える縮地という魔術があった。

 

 距離が離れていては、ルークの加護を用いた急加速も意味を成さない。エリーゼの加護で足元に生まれた三つの水たまり、そこから出てくる水の蛇も全てルークの方に置いてある。

 魔力強化をしていないエリーゼが、魔力強化をしている男の攻撃に回避も防御も行う事なんて出来ない。

 

───取った。そう確信する男の前で、エリーゼはニヤリと口角を上げた。

 

 エリーゼの足元に、新たな水たまりが出来上がる。

 

「なっ……」

 

 そこから水の蛇が飛び出してきて、男の足に噛み付いた。

 

「グギィッ!?」

「掛かったわね! 敵の前で無防備になる訳ないでしょ!」

 

 保険として隠し持っていた水の蛇、その一手が功を奏した事でエリーゼは得意げな笑みを浮かべた。

 

「この、舐めやがってぇ!」

 

 だが、最後の最後でエリーゼは詰めが甘かった。さっきから翻弄され続けて逆上した男は、足を噛まれたぐらいでは止まらない。

 男は捨て身でナイフを振り下ろす。流石にエリーゼも五体目の水の蛇は手札に無く、為す術がなかった。

 

「エリーゼ!!」

 

 だが、彼女は一人ではない。

 

(【アクセル・コンボ───)

 

 男が水の蛇に噛み付かれた事で起こした怯みは、ルークに十分な時間を与えた。

 

(───ダブル・アクセル】!!)

 

 思いっきり一歩踏み込む。その動作は急加速され、ルークは僅かな時間も掛ける事なく飛び跳ねた。

 

 男のナイフがエリーゼを突き刺す寸前、肉薄したルークは拳を振るう。

 

───瞬間、二回目の急加速が発生し、ルークのパンチは男がナイフを突き刺す前に届いた。

 

「カッ───」

 

 その拳は男の頬へと命中し、男は横へ思いっきり吹き飛ばされた。

 

「エリーゼ、大丈夫?」

「う、うん、ありがとう」

 

 若干声を震わせながら、エリーゼは答える。

 気丈に振る舞ってはいるが、彼女はルークと違って剣術試合のような模擬戦すらした事ないのだ。目の前でナイフを向けられて怖くない筈が無かった。

 

「さっきから助けられてばっかりだからね。俺も命懸けでエリーゼの事を守るよ」

「……〜〜〜(もう、バカ)

 

 場違いなのは分かっている。けれど、頬を紅潮させる事をエリーゼは止める事が出来なかった。

 

「はぁ、はぁ……ク、クソォ!」

 

 ことごとく攻撃を防がれ、やられっぱなしでいる男は思わず悪態を付いてしまった。

 

 無力な獲物だと思っていた。まともな武器も持っていなかったし、なにより子どもだ。元居た組織では後方支援を担当していたが、それでも戦場を知らない奴らに返り討ちされる訳ないと彼は思っていた。

 

(こんな所でぇ……こんなガキにぃ……やられてたまるかぁ……!)

 

 一週間前、男が所属していた魔術協会は聖騎士隊に襲撃された。男は真っ先に逃げ出した為、その後どうなったか分からない。だが聖騎士隊の強さと執念深さを良く知る男は、きっと壊滅してしまったんだろうと思っている。

 

 臆病風に吹かれて逃げ出した彼だが、後から同胞も逃げれるよう魔術で脱出経路を作っていたので義理は果たしたと考えている。

 

(十年だ。十年も姿を隠せばアイツらだって諦める筈なんだぁ……!)

 

 聖騎士隊と王国騎士団は折り合いが悪いという事を知る彼は、逃亡先に王都を選んだ。そこで人間の死体を用意し、決して自分のもとに辿り着けない大迷宮を作り出す魔術を発動しようと企てた。

 

 魔術師に対する執念が桁違いな聖騎士隊が相手だったら準備も間に合わないだろうが、王国騎士団が相手なら行けると踏んだ。

 

(……悔しいがコイツらは後回しだ)

 

 なにも皆殺しにする必要は無い。他に居た二人を殺して後は見逃し、次の獲物が来るまで待つという手が男にはある。

 逃がす事によるリスクは高いが、逃げと撹乱に特化した自分の魔術なら大丈夫だと彼は判断した。

 

(……二回、あと二回まで【迷宮化】が使える)

 

 男は作り出した結界の内部を迷宮にし、入った者を迷わせる事が出来る。ルーク達が見知らぬ場所に来たと思ってしまったのは、その結界内に入り込んでしまったからだ。

 

 そして男は、結界内の迷宮の構造を作り直す事も出来る。その効果に付随して、自身を迷宮内の好きな場所へ移動させるという事も可能だった。

 

(合流される前に、あっちの二人を片付ける!)

 

 男は決断すると、手のひらを地面に当てた。

 

「ま、不味いッ!」

 

 何をするのか察したルークは急いで男のもとへ向かうが、もう遅い。

 

「きゃっ!?」

「くそっ!」

 

 地面が大きく揺れ始める。ルークがそれ以上男に近づく事は叶わず、揺れが収まった頃には男が消えていた。

 

「やられた」

「ルーク、もしかして」

「うん、あの男は多分、ロッシュ達の方へ行った」

「ッ! 探すわよ!」

 

 最悪の光景が目に浮かび、エリーゼは居ても立っても居られなくなった。

 

「そうしたいけど、どこに居るのか」

「うっさい! 考える暇があったら走るのよ!」

 

 先に攻略法を考えるべきだと言おうとするルークだったが、

 

「……うん、そうだね!」

 

 そもそも二人とも魔術に対する知識が無さすぎて考察なんて出来ないと思い直し、その言葉を飲み込んで駆け出した。

 

▼▼▼

 

 分断されてしまったロッシュとカエラ。二人は暫くその場に留まっていたが、いつまで経ってもルークとエリーゼが戻ってくる様子が無い為、自分達から探しに行った。

 

「ッ! さっきと同じ揺れ……!」

 

 道中、突如として地面が大きく揺れ始めた。

 

「こ、これはもしや!」

 

 大地震の直後に起こった出来事を知る二人は、ルークとエリーゼが戻って来たのかも知れないと希望を抱く。

 

「───はぁ、はぁ」

 

 だが、それは黒いローブを着た男が目の前に出現していた事で一変する。

 

「ま、魔術師!」

 

 男の他に人は見当たらない。ルークも、エリーゼも。

 

 まさか二人は……そんな考えがカエラの脳裏によぎる。

 

「……かなりの怪我をしている」

 

 しかしロッシュは、そんな状況でも努めて冷静に目の前の敵を観察した。

 

「カエラさん、大丈夫だと思う」

「え?」

 

 そして自分達が知らない間に何が起きたのか、なんとなく理解する事が出来た。

 

「多分アイツは、標的をルーク達から僕達に変えたんだ。その理由は、ルーク達が想像以上に手強かったから」

「で、では!」

「うん、ルーク達は無事だと思うよ」

 

 それを聞いたカエラは酷くホッとし、思わず安堵の息を漏らした。

 

「……随分と好き勝手言ってくれるねぇ、自分の身を心配した方が良いと思うよぉ?」

 

 男は縮地を使い、ロッシュの目の前へと立つ。

 

「こんな風にぃ!」

 

 そしてナイフを振り下ろす。魔力強化でスピードを最大限まで高め、防御の隙を与えないほど速く、正確に、ロッシュの心臓を、

 

「心配なんてしない」

 

……その一撃は、ロッシュが刀を振るう事であっさりと防がれた。

 

「なっ!?」

「僕がするのは、戦う覚悟だけだッ!」

 

 そのままロッシュは、流れるように男へ蹴りを入れた。

 

「ぐっ!」

 

 その蹴りは細身のロッシュが放ったとは思えないほど重く、男はたまらず後ろへ退いた。

 

「カエラさん、下がってて」

「わ、分かりました」

 

 刀を構え、眼前の敵を睨みながら、ロッシュは後ろに居るカエラへ呼び掛ける。

 

(このガキィ……いつから魔力強化を)

 

 音が縮地を使う前まで、確かにロッシュは魔力強化をしていなかった。しかし今では全身にオーラを纏わせている。

 

(まさか、あの一瞬で?)

 

 魔力強化を施す際、その行為に意識を集中させる必要がある。魔力強化の行使に意識を切り替える時間や発動までの時間、それが如何に短いかでその者の魔力強化の練度が分かる。

 ロッシュの魔力強化の練度は、前線で戦う正規の騎士にも匹敵する。それは彼の努力の結晶に他ならなかった。

 

「ハァッ!」

 

 ロッシュは前へ出て、手に持つ刀で男に切り掛かる。それを男は、すんでの所で回避した。

 

「チィッ!」(魔力強化だけなら向こうが上だ。だが……)

 

 男は指を鳴らし、対象の足元を揺らして行動不能にさせる【震縛(しんばく)】を発動する。

 

「……ッ!」

「貰ったぁ!」

 

 揺れに耐えきれず大きな隙を晒したロッシュに、男は彼の横っ腹目掛けてナイフを振るう。……しかし、

 

(な、なんだコレッ!?)

 

 振るったナイフがロッシュの体に当たる直前、不自然な力が加わり軌道を逸らされ、彼の衣服を掠め取るだけに終わった。

 

「……やぁッ!」

「くそっ!」

 

 なんとか二撃目を入れようとするも、その前に体勢を整えたロッシュが攻撃を仕掛ける。

 男は体を逸らしてギリギリの所で刀を避け、咄嗟にロッシュの腕を掴む。

 

(よしっ、この状態なら武器を振れなッ!?)

 

 直後、ロッシュの腕を掴んだ男の手から無数の切り傷が出て来た。

 

「ぐぅぅ!」

 

 致命傷には至らないが、鋭い痛みに耐えかねて男は思わず掴んだ手を離した。

 

「……なるほどぉ」

 

 そのまま後ろへ飛び退き、男は一体何が起きたか理解する。

 

「それが君の加護かぁ」

「……」

 

 男のナイフがロッシュの体に当たる直前に感じた謎の力、その正体は風だった。そして無数の切り傷の正体も同じく風である。

 

 全身に風を纏う。それがロッシュの加護の力だった。

 

「さながら風の鎧だねぇ」

 

 ちょっとした攻撃なら突風を叩き付けて軌道を逸らし、敵に密着されても無数の風の刃で逆にダメージを与える。

 

「なるほど厄介、非常に厄介だぁ……けどぉ」

 

 自分の身を守る事に特化した加護、故に存在した弱点に男は気付き、思わず歪んだ笑みを浮かべた。

 

「その加護、対象は選べないでしょぉ?」

「……っ!」

 

 一度発動すれば、風の鎧は自動でロッシュの事を守る。例え近づいた者が仲間であっても、加護は等しく風の刃を叩きつける。

 

「つまりぃ」

(ッ、気付かれた……!)

 

 男の視線がカエラに向かったのを見て、ロッシュは咄嗟にカエラのもとへ駆け出す。

 

「味方の近くじゃ使えないって事だぁ!」

「ひっ……!」

 

 男は縮地を使ってカエラの目の前に現れる。

 

「やめろ!」

 

 絶対に傷付けさせるかと、ロッシュは男に切り掛かった。だが直前、男は指を鳴らした。

 

「ぐぅ……!?」

「ほらやっぱりぃ」

 

 震縛が発動し、ロッシュは体の自由を奪われる。

 

「加護を切ったぁ!」

 

 そして男は、ロッシュの右肩にナイフを突き刺した。

 

「ぐあああ!!?」

「ロッシュ様!」

 

 激しい痛みがロッシュを襲う。男がナイフを抜けば、彼の肩からは血が勢いよく吹き出た。

 

「やぁっと当てれたよぉ」

(わ、私が、無力なせいで)

 

 カエラはロッシュの痛みに悶える姿を見て絶対する。ようやく攻撃を当てれて満足そうにする男を前に、何も出来ないまま。

 

「けど手負いの戦士は怖いからねぇ……先にこっちをやるかぁ」

「あ、あああ」

 

 カエラに戦う力は無い。彼女の持つ加護も、今のところ使えそうにも無い。

 

「君ら宗教家は教義だなんだとうるさくて鬱陶しいからねぇ、その一人を殺せるだけでもスッキリするよぉ」

 

 何も出来ない。こんなにも隙だらけなのに、カエラは男に対して反撃を仕掛ける事すら出来ない。

 そして結局、カエラは何も出来ないまま男にナイフを突き立てられて、

 

「まずはひとぉり」

 

───死

 

「させない」

 

……男がナイフを振り下ろす直前、ロッシュは男目掛けてタックルした。

 

「ぐぉ!?」

「ぐっ!」

 

 不意打ちで受けたタックルに男は飛ばされる。しかしロッシュも無理な態勢でタックルを仕掛けた為、そのまま地面へ倒れてしまう。

 

「ロッシュ様!!」

「カエラ、さん、大丈夫です」

 

 ロッシュは右肩を押さえながら立ち上がる。そして刀を持ち直し、片手だけで持ってみて試しに一振りする。

 

(やっぱり、かなり不安定になっちゃうな)

 

 ただでさえ慣れていない武器なのに、本来は両手持ちで扱う所を片手持ちで振るのだ。

 

(……よしっ)

 

 それでも、やらなければならない。果たさなければならない。

 

「カエラさん、僕から離れないで下さい」

 

 瞬間移動持ちに逃げる事はほぼ不可能だ。そしてカエラに距離を取って貰って安全な位置に居座らせるというのも、同じ理由で出来ない。

 

 右肩を負傷し、加護はカエラを巻き込むので使えない。かと言ってカエラの側から離れる訳にもいかない。

 こんな状態で勝てる訳ないとロッシュ自身も分かっている。けど、やるしかない。

 

(僕はもう、諦めたりなんかしないッ!)

 

 騎士として、カエラの友達として、彼は目の前の敵を見据えた。




そろそろリアルが忙しそうになる為、次回から投稿頻度が著しく落ちる可能性が高いです。どうなるかは不明ですが、今話だけじゃキリが悪いので次回の投稿だけは、なるべく早くしたいと思います。
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