拗らせTS童貞は理想の嫁を演じたい   作:ブナハブ

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今回の話を見て、これって"残酷な描写"のタグ必要かなと思い、よく考えたら今後も変態(主人公)がやらかすだろうし、入れといた方がいいなと言う事で追加しました。


06

 ロッシュ・アークライトは幼き頃から騎士を目指している。しかしその道は苦難の連続で、彼は何度も挫折を味わってきた。

 

 騎士爵の家に生まれた彼が最初に騎士を目指そうと思ったのは、兄の影響だった。

 強く、優しく、そして気高い。そんな騎士としての才覚を十分に発揮していた人間である。

 

 兄のような凄い人間になりたい。そう思ったロッシュは、彼と同じ騎士の道を進もうと決めたのだ。

 兄もロッシュの夢を応援し、忙しい中でも合間を見てロッシュの訓練の手伝いをした。それは大好きな兄との数少ない交流でもあり、より一層騎士になろうと思う要因にもなった。

 

……だが、成長するにつれて体が出来上がっていくと、周りの人達はロッシュに騎士の道を諦めるよう勧めた。

 

 ロッシュは頑張った。毎日欠かさず鍛錬を積んだ。……しかし、その成果が肉体に現れる事は無かった。

 

 彼は非常に筋肉が付きにくい体質だった。同年代の男の子と比べて体は細く、容姿も女の子と見紛うほど。そのせいで余計に周りから言われてしまうのだ。

 騎士には向いていない。その言葉はロッシュの心を何度も突き刺し、いつしか活発だった性格も控えめとなり、日に日に剣も握らなくなってきた。

 

……塞ぎ込む彼に再び騎士の道を歩もうと思わせてくれたのは、とある一人の女の子だった。

 

 名前も知らない彼女が掛けてくれた言葉は、ロッシュの心に火を灯し、再び剣を握らせた。

 

 それからも彼は頑張った。頑張り、頑張り、頑張り続けた。その度に何度も挫折を味わったが、その度に周りの人達は立ち上がらせてくれた。

 

 どうしても筋肉が付かず悩む彼に、兄は魔力強化という手段を教えてくれた。

 知り合いの居ない学園で周りの目に怯える彼に、ルークは普通に接してくれた。

 

 そして未だに周りの目に怯え、剣術クラブに入る事が出来なかった彼に……あの時の少女、セレナがもう一度同じように優しく導いてくれた。

 

「───はぁ、はぁ、はぁ」

 

 ロッシュ・アークライト。何度も挫折を経験し、それと同じ数だけ周りに助けられた彼は今日、友を助ける為に何度でも立ち上がり続ける。

 

「……なんだよ、なんだよお前ぇ!!」

 

 右肩の刺し傷から始まって、今やロッシュは全身の至る所に傷が出来ていた。

 

「ロ、ロッシュ様」

 

 カエラは自分の無力さを呪いたかった。自分を守る為にロッシュはこんなに無茶をしているのに、自分は何もしてやれない。

 

「もう戦っても無駄だろうがぁ! なんでそこまでするんだよぉ!?」

「……」

 

 あれから三十分、ロッシュは戦い続けていた。状況は悪くなる一方で、どんどんロッシュの動きは鈍っていく。

 

「ああ、分かったぞぉ。この迷宮の効果が切れるのを待ってるんだなぁ?」

「……」

「確かにこんな大規模な事、維持するのにも力が要ると思うだろうねぇ。けど残念! 僕の迷宮は大元を破壊しない限り永続するのさぁ!」

 

 男の言った通り、この迷宮は結界を作り出している四つのアイテムのどれか一つを破壊する必要があった。結界さえ存在すれば、迷宮は維持される。

 

「そっか、その手もあったね。盲点だったよ」

「はぁ?」

 

 それを聞いたロッシュは、確かにそうだなと静かに頷いた。

 

「……まさかッ、他にも策が!」

「そんなのじゃないよ。僕はただ、信じているだけ。信じて、信じて、戦い続けただけ……君もそうだよね」

 

───ルーク

 

「……うん、俺も信じていたよ」

「なっ!?」

 

 その時、男の背後から声が聞こえた。

 

「お前ッ、なんでここゴァッ!!?」

 

 完全に不意を突かれた男は、振り向き様に顔面へ拳を叩き込まれた。

 

「ロッシュ! カエラ! 大丈夫!?」

 

 その後ろから遅れてエリーゼがやって来て、ロッシュとカエラのもとへ駆け寄る。

 

「ルーク様! エリーゼ様!」

「時間が掛かってごめん! ちょっとロッシュの事を見てて!」

「あ、わ、分かりました!」

 

 エリーゼにそう言われたカエラは、崩れ落ちそうになるロッシュを慌てて抱き抱えた。

 

「なんで、なんで来るって分かったんだッ!!」

 

 男は信じられなかった。流石に時間を掛けすぎたし、いつ合流されても可笑しくないとは思っていた。それは納得できる。

 分からないのはロッシュの様子だ。あそこまで粘り続けていたのは、どうやら仲間が来るまでの時間稼ぎだったらしい。それは分かる。しかしロッシュは最初から最後まで、絶対に来ると分かっていたかのように彼は諦めなかった。

 

 なぜ、どうして、ロッシュは手遅れになる前にルーク達が来てくれると確信していたのか。男は思わず問いただしていた。

 

「……さっき、答えた筈だよ」

「そうだね、そしてそれは俺にも言える事だ」

 

 その問いにロッシュと、そしてルークが続けて答える。

 

「ルークなら来てくれるって」

「ロッシュなら持ち堪えてくれるって」

 

「「そう、信じていたから」」

 

……それは、あまりに単純で明快な内容だった。

 

 信じていたから諦めない。

 

「……ッ! どこまでもイラつかせる奴らだなぁ!」

 

 それを男が理解する事は、無かった。

 

「ロッシュにこんな事して……あんた、絶対にただじゃ済まさないからね!」

 

 怒りを露わにするエリーゼは、すぐさま四体の水の蛇を呼び出して臨戦体勢に入る。

 

「ルーク」

「うん?」

 

 ルークも続けて戦う姿勢に入ろうとしたが、ロッシュに呼ばれて後ろを振り返る。

 

「これを使って」

 

 そう言ってロッシュは、持っていた刀を投げる。それを見てルークは目を見開きつつもしっかりキャッチし、ロッシュに一瞥する。

 

「大丈夫だよ。壊れてもいいから、それでアイツをやっつけちゃって」

「……うん、分かった」

 

 ルークはその想いをしかと受け止め、刀の切っ先を男に向ける。

 

「容赦はしない。ここで必ず倒す」

「……」

 

 さっきまで取り乱していた男は、随分と落ち着いた様子でルーク達の事を見る。

 

「……はぁ〜」

 

 そして深い深いため息を吐いた。

 

「仕方ないなぁ」

「なに? 諦めたの? 言っとくけどやられた分の借りは返すからね」

 

 降参したと捉えたエリーゼは、決して許しはしないと男を睨む。

 

「いや、さぁ。僕が君たちを殺したいのってぇ、死体が欲しいからなんだよぉ」

「死体を……?」

 

 なんの真似か、男は自分の目的を語り始めた。

 

「そう、厳密には死体に残留する魔力だねぇ。ちょっと大規模な魔術を使いたいんだけどぉ、僕の持ってる魔力だけじゃ足りなくてさぁ」

 

 だから新鮮な死体が欲しかったんだよぉ。と、男はケラケラと笑いながら言った。

 

「な、なんて外道な事を……!」

「なんとでも言いなよぉ、もう君たちから死体を頂戴する事も出来なさそうだしぃ」

「つまり、降参すると?」

 

 隙を見て逃げられるかも知れないと、ルークは決して油断せず男の真意を問うた。

 

「こうさぁん? なんでさぁ?」

「あんた、さっきから何が言いたいの? まさか逃げる気?」

「逃げる訳ないじゃぁん、だってもう」

 

───僕の勝ち(・・)だしぃ。

 

……その言葉を皮切りに、異変は起こった。

 

「なっ!?」

「ちょっ、なによこれ!?」

 

 突然、ルーク達の体が地面へと沈んでいったのだ。まるで底なし沼へハマったかのように、ズルズルと、下へ下へ沈んでいく。

 

「【貪る大地】……僕の奥の手なんだぁ」

 

 それを見た男は、勝ち誇った笑みで語る。

 

「一度でも沈んでしまえば、大地は死ぬまで君達を地の底へと引き摺り込む。死体が残らないから、あまり使いたくなかったんだよねぇ」

 

 その言葉の言う通り、もうルーク達は下半身まで地中に浸かっているのにまだまだ沈み続けていた。

 

「で、出れないッ!」

 

 ルークは体を押し出して脱出を図るが、地面に手を当てた途端に大地へと呑み込まれてしまう。

 

「ッ、だったら呑まれる前にあんたを倒す!」

 

 それならばと、エリーゼは呼び出した四体の水の蛇を一斉に男へと襲い掛からせる。

 

「うおっとぉ! 危ない危ない」

 

 しかし男は縮地を使って後ろへ退き続ける。やがて水の蛇の攻撃が届かない距離まで男は離れてしまった。

 

「くぅ!」

(どうする……どうするッ……!)

 

 沈む時は沼のような感触だが、地中へ浸かった途端に元の不動な大地としての姿を取り戻し、身動き一つも取れない。圧倒的な力で地面を砕いて脱出するという手段も、自分達には無い。

 

……詰み。そんな言葉が脳裏によぎった。

 

「───神よ、どうかその力をお貸し下さい」

「え?」

 

 その時、ルークの後ろからそんな言葉が聞こえた。

 

「どうか、この歪められた世界をお見えになって下さい」

 

 振り返ってみれば、その声はカエラの物だった。

 彼女は目を瞑って両手を握り、神への祈りを口にする。

 

……彼女の持つ加護の力、それは加護や魔術などの影響を受けた空間を元に戻す事。

 

「そしてどうか、どうか、世界を在るべき姿に正して下さい」

 

 すなわち、フィールド効果の無力化である。

 

「なっ!?」

 

 一瞬、眩い光が空間内に満たされる。

 

「なんだ、何が起こって……!!?」

 

 強烈な光はすぐに収まり、男はすぐ目を開けて驚愕する。

 

 そこには、普通に地面の上に立っているルーク達が居た。

 

「ク、クソがぁ!!!」

「させるかッ!」(【アクセル・コンボ───)

 

 そんな光景を見た男は、悪態を突きながら後ろを振り向く。逃げる気だと気付いたルークは、すぐに行動へと移った。

 

(───トリプル・アクション】!!)

 

 一歩踏み込む。あらかじめ魔力強化を施していた事もあり、それだけで彼我の差は殆ど埋まった。

 

「チィッ!」

 

 しかし追ってくる事も男は分かっており、縮地を使うまでの時間稼ぎとしてルークに向かって震縛を放つ。

 

(何度も同じ手は……食わないッ!)

 

 それを何度も受けているルークには分かっていた。震縛は、対象が地面に立っている時だけ使えるのだと。故に……ルークは二手目を攻撃ではなく、跳躍する事に使った。

 

「なっ……!」

 

 空高く飛び上がったルークに、頭上から刀を振り下ろしてくるルークに、男が取れる手は無い。

 

「はぁッ!!!」

 

 三手目、急加速により生まれた神速の一撃は、袈裟斬りに男へ撃ち込まれた。

 

 

 

 

 

 

「……ふぅー」

 

 白目をむいて倒れる男を最後まで見届けると、ルークは深く深く息を吐いた。

 

(この剣が両刃じゃなくて良かった)

 

 ルークは自身の持つ剣……刀を見て思う。その持ち方は本来の姿と逆さになっており、ちょうど振る時に相手が斬れないようになっていた。

 

 ルークがやった事は、いわゆる峰打ちという物である。悪人と言えど真っ二つにするのは気が引けるという物で、ルークはあらかじめ持ち方を変えていたのだ。

 

「ルーク!!」

「あ、エリーぐふぅ!?」

 

 エリーゼに呼ばれたルークが振り向いた直後、彼女はルークの胸に目掛けて飛び込んだ。

 

「うがぁっ!」

 

 ルークはそのまま勢いよく尻餅をついて悲鳴をあげる。それでもエリーゼの事を抱きしめ続けられたのは、流石と言えよう。

 

「ルーク……ルーク……!」

「うげげげぇ!?」

 

 だがその後にエリーゼが凄まじいパワーで抱きしめられ、思わずギブしたくなった。

 

「エリーゼ、ちょ、ちょっとたんま」

「……ぅぐ、ひぅっ」

「エ、エリーゼ?」

 

 彼女の掠れた声を聞いて、ルークは痛みも忘れて耳を澄ました。

 

「怖かった。怖かったよぉ……!」

「……」

 

 押し込めていた感情を爆発させ、泣きじゃくる彼女の姿を見てルークは静かに頭を撫でる。

 

(何を終わった気でいるんだ。俺は)

 

 まだ終わってなどいない。魔術師を名乗る男は騎士団の前に連れて来させなければならないし、怪我だって……

 

「そうだ、ロッシュ!」

 

 そこでルークは、この中で一番怪我が酷いロッシュの事を思い出す。

 ルークはエリーゼを抱きしめた状態のまま、ロッシュの方を見やる。

 

「あ、ルーク様」

 

 見てみれば、ロッシュはカエラに膝枕された状態でスウスウと眠っていた。

 

「気を失ってますが、すぐ大事に至るほどではありません。ですが、なるべく早く治療をしに行きましょう」

「うん、そうだね。ところでカエラの方は大丈夫?」

「はい、ロッシュ様のお陰で無傷です!」

「そ、そっか」

 

 心の方は大丈夫かと思ったが、見た感じケロッとしているので本当になんともないのだろう。

 ちなみに彼女もエリーゼと同様、戦闘経験は皆無だ。ある意味、この中で一番図太いのは彼女かも知れない。

 

「なんにせよ、まずは此処から脱出しなきゃ」

 

 課題はまだあった。男の手によりこの地は迷宮と化している。その迷宮の外に出ない限り、他の人間とは会えない。

 

「……あれ?」

 

 だったのだが、ルークは周りを見て気付く。

 すっかり日が暮れて辺りは暗くなっているが、そこは確かにルーク達がバロウズ商会本店から帰る道中に歩いていた道だった。

 

「微かだけど人の気配もあるし、もしかして戻った?」

「ああ!」

 

 どうして戻って来れたのか、ルークが考えているとカエラが突然大声を出す。

 

「ど、どうしたの?」

「い、いえ、よくよく考えてみれば、私の加護の力なら魔術師の術中から抜け出す事も出来たのではと」

「……ああ」

 

 カエラの持つ加護の力は、フィールド効果の無力化。結界の内部を迷宮化させる魔術も、しっかり加護の力の範囲内にあった。

 

「うぅぅぅ! 本当、本当に申し訳ございません! 私がもっとしっかりしていればこんな事には!」

「ま、まあ、そんなに落ち込まないで。ほら、最終的にはなんとかなったんだし」

 

 先ほどまでケロッとしていた時とは打って変わって激しく落ち込むカエラに、ルークはなんとか励まそうとする。

 

「……」

 

 穏やかな雰囲気が流れ始めたその瞬間、うつ伏せに倒れていた男は突然、片手を上げて勢いよく大地に叩きつけた。

 

「なっ……!」

 

 まだ意識があったのかと驚くルークを置いて事態は進む。

 

 地面から伝わる大きな揺れ。それが意味するのはつまり、あの迷宮が再び構築されようとしていたのだ。

 

「そうはさせません!」

 

 しかしその直後、カエラが加護を使って即座に迷宮化を解除させる。

 一瞬の眩い光が消えた後、世界は揺れが起きる前と何も変わらずにいた。

 

……ただ一つ、男が消えた事を除いて。

 

「に、逃げられました……」

 

 迷宮化による結界内の移動、それを使って逃走する事が男の狙いだったのだ。

 それが達成された今、迷宮が出来上がらなくても男の方に問題は無かった。

 

「どどど、どうしましょう!?」

 

 魔術師を捕えるせっかくのチャンスを逃したカエラは、アワアワと取り乱してしまう。

 

「……いや、今は魔術師よりも、ロッシュの治療の方が先だ」

「ッ、そ、そうですね!」

 

 しかしルークの言葉を聞いてカエラはハッとし、大きく頷いて賛同する。

 

 それからルークがロッシュの肩を担いで持ち運び、エリーゼの事はカエラに任せて歩みを進めた。

 

(……あの時)

 

 男が迷宮化を行い、カエラが加護を発動する直前、ルークはとある光景を見ていた。

 

(誰か、居たような)

 

 何処からともなく何者かが現れ、男に接触する、そんな光景を。

 

「……」

 

 辺りは暗く、そしてあまりに一瞬すぎて、それがどんな人物だったのかは見当も付かない。

 

(俺の考え過ぎ、かな?)

 

 やがて、考えても仕方ない事だと思ったルークは、自身の見間違いだと判断する事にした。

 

……日は沈み、宵闇の時間が訪れる。

 

 辺りに不気味な雰囲気は流れるものの、ひとまずルーク達の戦いはこれにて終止符を打たれるのだった。

 

▼▼▼

 

「はぁ、はぁ、はぁ!!」

 

 薄暗く、幅の狭い路地の道、そこが男の逃げた先であった。

 

「はぁ、はぁ、ク、クソォ……! 最後までふざけた真似しやがってぇ!」

 

 男は負けた。完膚なきまでに敗北したのだ。その事実を悟った男は、苦渋に満ちた表情を浮かべた。

 

「だが、まだだ! 最初の獲物が運悪くアイツらだっただけでぇ、次こそはァ……!」

 

 確かに男は負けてしまった。しかし、それは男にとって真の敗北では無い。

 男にとっての敗北とは、これから先の未来が消えて無くなる事。すなわち死だ。それさえ避ける事が出来たなら、彼にとってどんな敗北も巻き返しの効く代物だった。

 

「───次なんて無いぞ」

「……ッ!?」

 

 その時、何者かが男の言葉に返事をした。

 

「な、なんで人が」

 

 咄嗟に声のした方を振り向くと、そこには目を見張るほどの美しい少女が立っていた。

 

「いやぁ、一か八かだったけど、試して正解だったわ」

 

 そう言いながら、その者は男に向かって手をかざす。

 

「これは……」

 

 かざした手から黄金色の光が放たれる。それは男の全身を伝い、至る所に受けていた傷をみるみる内に癒していった。

 

「よし、こんなものか」

「なんで、助けて」

「立てないか?」

「あ、ああ」

「お、そうか。どうやら上手く調整できたみたいだな」

「……は?」

 

 何を言ってるのか分からず困惑する男に、少女はニコッと笑みを浮かべて言った。

 

「じゃあ、魔術について色々と教えて貰うぞ」

 

 そんな、まったく思いもよらない事を言われた。

 

「な、何を言ってるんだぁ?」

 

 本当に分からない。傷を治したかと思えば体は動かせないよう加減し、それから急に魔術の事を教えろと言う。全くもって意味が分からない。

 

「いやほんとビックリしたよ。帰ってる途中で魔術を使われてる痕跡があったから見に来たけど、カエラちゃん達が巻き込まれてるわ、ロッシュくんは大怪我してるわ。え、何事? って、普通に思っちゃった」

 

 男の事なんて意に介さず、少女はベラベラと喋り続ける。

 

「でさ、これってチャンスなんじゃねと思ったんだよ。魔術に対する造詣を深める、絶好の機会だって」

「……まだ裏が読めないけどぉ、つまり君は魔術を知りたい訳なんだねぇ」

 

 全身の怪我を瞬く間に治癒できるほどの高位の加護を持つという事は、それに比例して神への信仰心も高い筈だ。なのに何故、彼女は魔術を知りたがっているのか。

 

「いいよぉ、教えてあげるさぁ。約束するぅ、だから助けて欲しいなぁ」

 

 分からないが、要は取引がしたいのだと男は考えつく。

 

(迷宮化も不発してるしぃ、奥の手も使ったぁ。今はとにかく生き残る事が優先だぁ)

 

 その為にも今は、目の前の少女に従う必要があった。

 

「……? 何言ってんだお前?」

 

 だからこそ従順に振る舞ったのだが、そんな男を見て少女は不思議そうに首を傾げた。

 

「なんで俺が助けると思ってんの?」

「は?」

「あーいや、でもそっか。確かにさっきの言動は勘違いしちゃうわな」

 

 悪い悪いと、少女はあっけらかんとした様子で男に謝る。

 

「……助けないのならぁ、僕も魔術は教えないぞぉ」

 

 魔術を誰かに教えて貰える機会なんて、滅多にない。魔術を知りたがってる彼女にとって、魔術師である自分は貴重な存在の筈だ。

 そう思ったからこそ、男は強気な姿勢で出たのだ。例え拷問されようと、口さえ滑らなければ自分は生かされると、そう踏んだから。

 

「なあ、乖離性同一性障害って言葉は知ってるか?」

 

 しかし少女は、それでも動揺を一切見せなかった。

 

「な、なんの話だぁ?」

「多重人格とも呼ばれるんだけど、やっぱ伝わらないかー。まあこの世界って医療も未発達だしな……バロウズ商会って、儲かれば医療分野も始めるのかな?」

 

 今度相談してみるか。と、少女はブツブツと独り言を呟く。そんな自分を放って考え事に没頭する少女に男はキレて、声を荒げながら呼びかけた。

 

「さっきからなに訳の分からない事を言ってるんだ! 早く要件を言え!」

「……あー、悪い。それで多重人格ってのは何かって話なんだが」

 

 その話を進めるのかと、男はウンザリしつつも黙って話を聞く事にした。

 

「簡単に言うと自分の中に別の人間が居て、そいつが肉体を奪って勝手に行動する。みたいな心の病気なんだ」

「……」

 

 話が見えて来ないが、男は自分が何を言っても無駄だと思い、黙って聞き続けた。

 

「これは過度なストレスとかトラウマでなるんだが、思い込みで発症する事もあるらしいんだ。だから昔、それを使って意図的に理想の嫁の人格を生み出せないか試した事もあったんだ」

「は、はぁ……?」

「でも全く新しい人格が出る気配が無くてさぁ、それによくよく考えたら出てきた人格が理想の嫁とも限らないし、やっぱ無しだなと思ったんだ」

 

……だけど、

 

「もう六年ぐらい前になるのかなぁ、師匠と出会ったのって」

「お、おい」

「師匠のお陰で、あの考えも案外悪くないって思えたんだ」

 

 その時、男はソレに気付いた。

 

 魔術は、自分の体内にある魔力を糧に発動させる。故に魔力強化という技術も、根本的には魔術と同じである。

 

「なんだ……」

 

 しかし魔力強化と違い、魔術は緻密な魔力のコントロールと特定の現象を発現させる為の深い知識が必要となる。

 

「なんなんだよそれ!!!」

 

 そして少女は今、その魔術を行使する時のように魔力をコントロールしていたのだ。

 

「なんだって、魔術師なんだから分かるだろ?」

「そんな事を言ってるんじゃない!! なぜ加護を持つお前が! それを使えるかと聞いてるんだ!」

 

 それは決してあり得ない、あり得てはならない事だった。

 本来、魔術師の道を進んだ人間は持っていた加護を失う。それは禁忌とする魔術を学んだ人間を神が見捨てたからに他ならず、故に加護と魔術を同時に持つ人間など存在しない。……そう、存在しないのだ。

 

 神の寵愛を受けており、魔術を学んでも許してくれたのか? そんな話は聞いた事がない。少なくとも男はそう思ってるし、加えて歴史上でも誰一人としてそのような人間は存在しない。

 では逆に、魔術を学んだ後に加護を授かったのか? それこそあり得ない。改心した魔術師が神を信仰するという話は聞いた事がある。だが、どんな敬虔な信者でも魔術を学んだ人間を神は許さなかった。

 

 なぜ、なぜ、なぜ、さっきから狂人の気があると思っていた少女が、今や理の外側に立つ悪魔のように見えて仕方なかった。

 

「なんで……なんで……!」

「知るかよそんなの、あーほらアレじゃね? 俺が転生者だからチートとかそういうの」

 

 魔術を学んだのに加護を没収されないのは、少女自身もよく分かっていない。が、特に困ってないので別にいいやと割り切っている。

 

「転生者ってなんだ! そもそも助けないのにどうして僕の傷を治した!!」

「だあもう! うるさいなあ! 人が来る前にさっさと終わらせるか」

 

 少女の魔術的な力の籠った手が、男の頭に置かれる。

 

「ひっ……!」

「あーそうそう、最後の質問だけは俺でも答えれるぞ」

 

 少女はニコッと笑みを浮かべて言った。

 

「途中で死なれちゃ困るから、だ」

 

 

 

 

 

 

「うーん、取れる情報って言ったらこれぐらいか」

 

 彼はそう呟くと、男の頭から手を離した。

 

「縮地、迷宮化……うーむ、いらんなぁ」

 

 男がルーク達と戦っている所をコッソリ見ていたので、こうなる事は彼も薄々分かっていた。

 

「あったら役立つんだろうけど、これをマスターする為に時間は掛けたくないし」

 

 もしこれで自分の目的に使える魔術を持っていたら全力で修得する所だが、残念ながら自分の目的に地形操作の魔術は本当に使えない。

 

「けど魔術の基礎知識辺りは、俺の知らない事も結構あるな」

 

 これなら応用が効くし、学んでも無駄になる事は無いだろうと彼は頷く。

 

「うんうん! 師匠以外の魔術師は初めて見たけど、魔術の見識を一気に深めるのに最適だな」

 

 どうせ居なくなっても、裏の人間だから表沙汰になる事も無い。これから魔術師を見つけたら積極的に狙っていこうと彼は思った。

 

「いやホント魔術って便利だなぁ、お陰で加護も強化できたし」

 

 魔術とは、加護の力を独力で発揮させる為の技術だ。その為、魔術の知識を駆使して加護を行使すれば、必然的に加護の力も強まる。ただし、そんな事が出来るのは加護と魔術のどちらも持つ彼ぐらいだが。

 

「いやでも、こう思えるのは師匠の教えてくれた魔術が当たり(・・・)だからか」

 

 彼の扱う魔術は、精神干渉。相手をラジコンのように思うがまま操る事は出来ないし、軽い気持ちで心を読む事も出来ないが、それでも非常に汎用性の高い魔術だ。なにより彼の目的と合致する力を秘めていた。

 

「やっぱ時代は魔術だわ! 魔術しか勝たん! 魔術を究める事こそ理想の嫁を生み出す近道なり!」

 

 彼の目的は、理想の嫁をこの世に誕生させる事。その嫁の人格面を形成するのに、精神干渉という魔術はこの上なく使える力なのだ。

 

「そういや、魔術協会ってのがあるんだな」

 

 ふと、彼は男から得た情報の中に耳寄りな話があった事を思い出す。

 少し前に魔術協会が壊滅し、その生き残りが至る所に潜伏している可能性があるという、そんな話を。

 

「魔術師狩り……アリだな」

 

 理想の嫁の体現に一気に近付けそうな気がして、彼は思わず笑みを浮かべた。

 

「ひとまず師匠には相談しとくか」

 

 あまり過去を語ってくれないが、どうせあの人も魔術協会に居た口だろうと思い、彼は今後の行動を練りながらその場から去っていく。

 

……悪魔が笑う宵闇の刻は、こうして過ぎていった。

 

▼▼▼

 

 その日、リギル・アークライトは怒りに燃えていた。

 

 若くして王国騎士団の隊長に昇格した彼は、その実力もさることながら器量の良さでも知られている。

 常に礼儀正しく、皆を正しい道へ導こうと意識をし、加えてそれが可能な程の能力も持ち合わせている。そんな、実力が無くても騎士として十分過ぎる資質を持つ人間だった。

 

 そんな彼が激情に駆られる姿は、騎士団の誰も、関わりの多い直属の部下でさえ今まで見た事が無かった。

 

「……ッ」

 

 そんな彼は今日、抑えきれない激しい怒りを見せていた。

 

「リ、リギル隊長」

 

 直属の部下である女騎士に呼びかけられたリギルは、ハッとした表情を浮かべると慌てて怒りを鎮めた。

 

「……すまない、部下の居る前で見せる姿じゃ無かった」

「い、いえ! ご家族が被害に遭われたのですから、無理もありません! ……それで、その、弟殿の容態は」

 

 彼らは現在、王都にある大きな教会に訪れていた。

 教会には治癒系統の加護を持った人間が最低一人は常駐しており、怪我人は教会で治癒して貰うのが、この国の常識だった。

 

 だが、全ての教会に治癒系統で高位の加護を持った者が居るとは限らない。というか、高位の加護を持つ者の方が少ない。

 昨夜、魔術師との戦いで大怪我を負ったロッシュは、ルーク達の手によりすぐ教会へと運ばれた。しかし常駐していた人間の治癒の加護では、怪我した箇所が多く全てを治せず、加えて右肩の深い刺し傷も完治には至れなかった。

 

 時間を掛けて治癒する必要がある。そんな重傷のロッシュの存在をリギルが知ったのは、今朝方の事だった。

 

「かなり酷い怪我だった。特に肩の刺し傷は深くて、時間を掛けて治癒しても両手で剣を持てるかどうかなんて言われたよ」

「そんな……」

 

 それを聞いて部下の女騎士は青ざめる。彼女はリギルの弟が王国騎士団に入ろうと頑張っている事を、リギル本人から良く聞かされていた。

 そんな大切な弟が剣を振れなくなる。何度も苦難を乗り越え続けた弟が、あまりに惨い形で騎士の道を閉ざされてしまう。

 

「……けど」

 

 しかしリギルは次の瞬間、穏やかな表情を浮かべて話し出した。

 

「俺が到着した少し後、ロッシュの友達がお見舞いに来たんだ」

 

 友達がお見舞いに、そう言われた彼女は確かに四人の子どもがやって来ていたなと頷く。

 

「俺は邪魔にならないよう、挨拶した後にすぐ出ようとしたんだ。……そこからだよ」

 

 リギルはそっと目を閉じる。あの時の光景は、今でも鮮明に思い出せた。

 

「ロッシュの友達の一人が治癒の加護を持っていてね。それでその子がロッシュの怪我を治したんだけど……治ったんだ、完全に」

 

 少女の手から放たれた黄金色の光がロッシュを包み、瞬く間に怪我を癒す、そんな光景を。

 

「ほ、本当なのですか!?」

「ああ、肩の傷も無くなって、試しに剣を持たせてみたんだけど問題なく振れた」

「それは……!」

 

 女騎士はロッシュの怪我の具合を見てはいない。しかしリギルの様子から察するによほど酷く、そしてそれを完治させた者はかなり高位の治癒の加護を持っているのだろう。

 

「加護だけじゃなく、人柄も素晴らしい子だった。それは他の子達にも言える事で……やっぱり、ロッシュは人に恵まれてるなって思ったよ」

 

 兄として誇らしい。彼の晴れやかな笑顔は、暗にそう言ってるようだった。

 

「……あっ、そ、そうでしたリギル隊長!」

 

 暫くその姿に見惚れていた彼女だったが、すぐに重要な報告があった事を思い出す。

 

「例の魔術師が見つかったそうです」

「ッ! ……そうか」

 

 報告を聞いたリギルは、少し表情を強張らせて尋ねる。

 

「場所は?」

「王都にある狭い路地裏です。詳細な話は外に待機させてある者が知っています」

「分かった。すぐに向かおう」

 

 弟の怪我は完治したが、それで魔術師への怒りが収まる事は無い。

 

(もし抵抗してくるなら、その時は存分に報いを受けさせるッ!)

「それで、なんですが」

 

 戦意を高めるリギルに、女騎士は報告に来た騎士から追加で言われた事を話をした。

 

「その、私自身も良く分かってないのですが、どうもその魔術師、様子がおかしいそうなのです」

「……?」

 

 微妙な表情を浮かべる彼女を見て、リギルはどういう事だと首を傾げた。

 

……その意味を理解できたのは、件の魔術師を実際に見た時だった。

 

「…………なんだ、これは」

 

 路地裏の奥底、そこで魔術師は壁際に座り込んで項垂れていた。

 

「……う、……ぅあ、……あぁう」

 

 その男は何をするでもなく、眠っている訳でもない。充血した目を見開かせて虚空を眺め、口はダランと開きっぱなし。言葉を発さず、定期的にくぐもった声を出すのみ。

 

 それから数日、男の身柄を拘束した騎士団は情報を吐かせる為、正気に戻るのを待った。しかし一向に男の容態は変わらないままだった。

 

 一週間後、男は夜中に突然暴れ出した。暴れると言っても魔術を行使する訳じゃなく、ただひたすらに暴れ続けた。

 何をしても暴れ狂う男は、それから丸一日暴れ続けて、そして死んだ。

 

 いったい男の身に何が起きたのか、騎士団にそれを知る術は無い。ただ、唯一の手掛かりとして男が暴れる最中に喋り続けた言葉がある。

 

 悪魔だ。悪魔がいる。悪魔がきた。

 

 

 

 アレは悪魔だ。

 

▼▼▼

 

 魔術師との戦いが起こった翌日、ルーク達はロッシュのお見舞いに教会へと訪れた。

 

「あ、みんな!」

 

 ベッドに横たわる彼は、ルーク達が来ると嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「ロッシュ、調子はどう……ああ、えっと」

 

 ロッシュに話しかけようとしたルークだが、ふと彼の隣に誰かが居る事に気付き、その者と目が合って少し気まずくなる。

 

「どうやら先客が居るようですね。後にした方が良いでしょうか?」

 

 言葉を詰まらせるルークに変わり、セレナは前に出てロッシュに尋ねる。

 

「ううん、寧ろみんなに紹介したいな」

「……あ! もしかしてその方はロッシュ様の」

 

 ラベンダー色の髪に琥珀色の瞳、そんなロッシュと同じ特徴を持っている事に気付いたカエラは、思わず声を上げた。

 

「うん、この人が僕の言っていた兄さんだよ」

「って事は、もしかしてその人……!」

 

 ロッシュが頷いてそう言ったのを聞いて、エリーゼは有名人と会ったかのような反応を示す。

 

「……ご紹介に預かった。リギル・アークライトと言う」

 

 王国第三騎士団隊長、その人がルーク達の目の前に居た。

 

「いつも弟と仲良くしてくれてありがとう、これからも仲良くして貰えると嬉しい」

「い、いえ! そんな!」

 

 王国の要人と言っても差し支えない人物に頭を下げられ、ルーク達は慌ててしまう。

 

「そう頭を下げなくて構いません。ロッシュさんのような方と仲良く出来るのは、私達にとっても嬉しい事なので」

 

 そんな中でも、セレナだけは落ち着いた様子でリギルに話しかけていた。

 

「そうか、そう言ってくれると俺も兄として鼻が高い……じゃあ、俺はそろそろ行くよ」

「え? もう行っちゃうの?」

 

 挨拶を終えたリギルは、ロッシュに向かってそう言ってきた。

 

「俺が居ると友人が緊張しちゃうだろう?」

「いえ! そんな事は!」

 

 焦って否定しようとするルークに、リギルは笑って大丈夫だと言う。

 

「俺は別に気にしていない。自分の肩書きにそれぐらいの影響力がある事も理解している。それに、実はまだ仕事が残っているから早く片付けなきゃいけないし」

 

 やる事が終わったらまた来る。そうロッシュに伝えた後、リギルは部屋から出ようとドアノブに触れた。

 

「あの、すみません」

 

 直後、セレナが彼の事を引き留めた。

 

「もう少しだけ待っていてくれませんか? もしかしたら、今すぐロッシュさんの元気な姿を見せれるかも知れませんので」

「……? それは、どういう」

 

 彼女が今から何をするのか分からないリギルは、不思議そうにセレナの事を見た。

 

「カエラ、教会の方に許可は取れましたか?」

「はい! 快く受け入れてくれました!」

「ありがとうございます。……では」

 

 カエラに確認を取ったセレナは、それからロッシュの側へ行って彼の右肩を優しく触れた。

 

「いきます」

 

 次の瞬間、黄金色の光がロッシュを包んだ。

 

「これは……!」

 

 それが治癒の加護による力だとリギルは一瞬で分かった。

 まさか、まさか出来るのか? そんな期待が湧き上がるのを止められない。

 

……そして、その期待が外れる事は無かった。

 

「どうですか?」

 

 光は一分間ほどロッシュの体を包んだ後、静かに消えた。

 

「……うん、ありがとうセレナさん」

 

 ロッシュはそうなる事が分かっていたように、落ち着いた様子でセレナに感謝する。

 

「ロッシュ!」

 

 その表情を見たリギルは居ても立っても居られず、ロッシュのもとへ駆け寄った。

 

「大丈夫か? 肩の調子は?」

「大丈夫だよ兄さん、そっちもバッチリ」

 

 ちょっと借りるねと、ロッシュは置いてあったリギルの剣を持ち上げ、怪我をしていた右肩の腕で軽く振ってみせた。

 

「ほら、なんともない」

「……!」

 

 本当に治っている。それに気付いたリギルは、思わず隣に居たセレナの両肩を掴んだ。

 

……この時の彼女の心情も語る事は可能だが、流石に無粋なので止めておこう。

 

「本当に、本当に感謝するッ!」

 

 右肩の傷が酷く、剣を持てないかも知れない。そう事前に教会の者から聞いていた彼は、今の今まで気が気でなかった。

 

 高位の治癒の加護を持つ者ならその心配も無いが、そんな者が当たり前に居るのは聖都エルティナの人間くらいだ。少なくとも、この近くには居ない。

 

「大袈裟かも知れないが、君は恩人だ!」

 

 しかし、その心配は一瞬にして消えた。他ならぬ、ロッシュの友人のお陰で。

 

「……いいんです。私には解決できる力があったから、それを使ったまでです。それにロッシュさんは……カエラを命懸けで守ってくれました」

 

 そう言ってセレナは、視線をロッシュの方へと向けた後、続けてルーク達一人一人の顔を見ていった。

 

「ロッシュさんだけじゃありません、カエラもあの時の戦いで皆を助けたと聞きます。それはルークさんやエリーゼさんも同じ事で……私も何かしなきゃ、皆さんの友達として恥ずかしいじゃないですか」

 

 セレナの言葉に、皆が例外なく心打たれた。

 

「……そうか、そうだな。ロッシュの恩人は、君だけじゃなかった」

 

 そう呟いたリギルは立ち上がり、姿勢を正してルーク達に顔を向ける。

 

「ロッシュを助けてくれて……そして、ロッシュと共に戦ってくれて、ありがとう」

 

 リギルは深々と頭を下げる。今度は誰も、それを止めなかった。

 

「……ロッシュも」

 

 そしてじっくり数秒ほど頭を下げ続けた後、彼はロッシュの方に振り返る。

 

「よくぞ友達を守り切った。一人の騎士として、そして兄として、お前の事を心から誇りに思う」

「……っ!」

 

 兄に褒められた事は何度もある。その時も嬉しいと思い続けた。だけど今回の言葉は、

 

「うん、兄さん……ありがとう!」

 

 もっともっと特別で、心は沢山の喜びに満ちていた。




なるはやで書こうと思ったら本当に早く仕上がりました。この後にも間話が二つありますが、ひとまず第一章は終わりです。
リアルが忙しくなる前に書き切れて良かったです。今後の投稿頻度はかなり酷い事になるでしょうが、それでも見て頂けたら幸いです。
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