拗らせTS童貞は理想の嫁を演じたい   作:ブナハブ

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間話その1です。
前話の後書きに間話を二つ出すと言いましたが、一つだけにしました。なので次回から本編です。


07

 この世には加護や魔術といった超常を操れる力が存在する。それらは神が認知する所であり、神を信仰する人々もまた、神を通じてその存在を把握している。だが、この世には神でさえ理解の及ばぬ物事も確かに存在した。

 

 それは未知の生物であったり、現象であったり、アイテムであったり……合理的な説明が付かず、神にも答える事の出来ないそれらを、人々は悪魔と呼んだ。

 

「───そんな悪魔の正体を解明し、白日の下に晒す事が、我ら悪魔研究クラブの使命なのです!」

 

 王立学園にある悪魔研究クラブ、その活動部屋にて、少女は四角いメガネをクイっと上げてセレナに自身のクラブについて説明した。

 

「なるほど、未知に恐れる人々の為に真相を暴く。とても良いお考えだと思います」(どこの世界にもオカルトマニアっているもんだなー)

 

 自分も前世でオカルトに走ってた事もあったなー。と、感慨に浸りながら彼はセレナとしてメガネの少女の対応をした。

 

「ウッ……そ、そう! そうなんです!」

 

 セレナの発言に若干の動揺を示したメガネ少女はそう答えた後、後ろに控える三つ編みの少女とヒソヒソ声で話し始めた。

 

「ちょっとエリちゃん! 良い子、めっちゃ良い子だよ!」

「良い子だね〜」

「私ただ悪魔を追って楽しんでるだけの人なのに、なんかすごい尊敬の眼差し向けられてるんですけど!」

「いいんじゃない〜? 悪く思われてる訳じゃないんだし」

「心が痛いよ!」

 

 セレナに聞こえないよう懸命に声を落としているが、残念ながらバレバレである。

 

(結局、前の世界にガチの怪異って存在したのかな?)

 

 そんなヒソヒソ話を華麗にスルーしつつ、彼は前世について思いを馳せる。

 前世で理想の嫁を探し求めていた彼は、毎年神社にお参りする時は良縁祈願も必ずやるようにしていた。それだけじゃ飽き足らず、一時期は日本どころか世界中のパワースポットを巡ったりもした。

 結局それが叶う事はなく、巡った後に色んな女性から立て続けに求婚されるだけで終わった。*1

 

「……コホン。それでセレナさん、私達の調査について来てくれるっていうのは本当?」

「はい」

「カエラちゃんに無理やり連れて来られた訳じゃなくて?」

「レイラ様!? そ、そんな事を思ってたのですか!」

 

 私がセレナ様に無理強いする筈ありません! と、心外だと言わんばかりにぷりぷり怒る。

 

「ごめんごめん、でもどうしても確認しておきたかったんだよ。だって」

「私達が今から行くのは、ミミクリー家の廃館だから」

 

 メガネの少女、レイラ・ギルメッシュの発言を遮り、彼女は続きを語った。

 

「七十年前、ミミクリー家は別荘として王都の端にある館を購入した。ほとんど新築の館を相場より安く買えた事に当主は疑問に感じたが、そこにいわくがあるという話は聞かない」

 

 黒のストレートロングヘアに真っ赤な瞳をした冷たい雰囲気の美少女は、読んでいる本から目を離す事なく語り続ける。

 

「当主は買ったばかりの館に家族を引き連れて住み始めた。数日経っても何も起こらず、やはり大丈夫だなと気にしなくなった。……それから一週間後、ミミクリー家が行方不明となった」

 

 彼女は語り続ける。淡々と、揚々のない声で。

 

「館の外に出た痕跡も無く、調査に来た騎士達は館内を徹底的に調べ……そして、一人の騎士が焦燥した様子で仲間に駆け寄り、こう言った」

 

───死んだ妻に会った、と。

 

「それからも調査は続いたが、そういった奇妙な報告は後を絶たず、加えて行方をくらませた騎士も多く現れた。この事から騎士達は、あの館には悪魔が潜んでおり、悪魔はその者が最も望むものを餌におびき寄せ、喰らう……そう考察した」

 

 そこで彼女は、ようやく本を閉じてセレナの方に顔を向けた。

 

「以来、悪魔を祓おうと数多くの実力者が館に訪れたが等しく敗れ、いつしか誰も近寄らなくなった。そして悪魔は今もなお、館で獲物が来るのを待ち続けている」

「……」

「あの廃館に悪魔が居るのはほぼ確定よ。それもとびきり悪辣なのが。……あなた、それでも来たいわけ?」

 

 最後にそう言って締めくくり、彼女は冷たい視線をセレナに送った。

 

「ちょっとマリーちゃん! 流石に脅しすぎだって!」

「半端な覚悟で来られる方が困るわ。部外者を巻き込んで死なせたとなったら、それだけで悪魔研究クラブは終わりよ」

「うっ、それはそうだけど」

 

 レイラの言葉を黒髪ロングの少女、マリー・フィアドレッドは一蹴し、セレナの事をジッと見る。

 

「で、どうなの? 今なら引き返せるわ。というか是非そうして欲しいのだけれど」

 

……彼女達が所属する悪魔研究クラブは、今回の活動にクラブの存続を賭けている。

 

 悪魔研究クラブは発足以来、今の今まで目立った功績を上げられていない。悪魔研究クラブが出す功績とはつまり、悪魔の正体解明の一助となる事だ。

 実質オカ研みたいなクラブに何を求めてるんだと思われるかも知れないが、ここは王国でも名高い王立学園だ。クラブにも相応の品質を求められる。

 

 クラブを単なる遊び場にさせるほど、王立学園は甘くない。功績を上げられていない悪魔研究クラブは遂に、学園側から警告されたのだ。この状況が続くなら廃部させる、と。

 

 廃部の可能性を告げられて彼女達は焦った。故に多少の危険も覚悟で、確実に悪魔が潜んでいるミミクリー家の廃館を調査し、功績をあげようと考えたのだ。

 

(ここまで頑張って進めたのに、それが部外者を招き入れたせいで終わる? 冗談じゃないわ)

 

 マリーは根っからの探索者、現代で言う所のオカルトマニアだ。彼女にとって悪魔研究クラブは趣味に没頭できる貴重な場であり、同胞と集まって語り合える大切な場だ。

 

 自分の大事な居場所を部外者のせいで台無しにされたくない。そんな想いが、彼女の中に渦巻いていた。

 

「……お聞きしますが、悪魔を退治する訳じゃ無いんですよね?」

 

 マリーに覚悟を問われたセレナは、レイラの方に顔を向けて尋ねる。

 

「え? ええ、そうね。むしろ悪魔が現れたら全力で逃げる。それが私達の方針よ」

「そうですか……カエラ」

 

 続けてセレナは、カエラの方を見る。

 

「はい、なんでしょうか」

「このクラブは好きですか?」

「勿論です! このクラブも、クラブに居る方も、全部が好きです!」

 

 その言葉を聞いたセレナは、分かりましたと言うと改めてマリーの方に目を向ける。

 

「私も行きます」

「……ッ、なぜ?」

「理由は二つ」

 

 睨み付けてくるマリーに、セレナは二本の指を立てて答える。

 

「皆さんが悪魔を退治するつもりだったら、私はついて行くのではなく引き留めました。……それと」

 

 カエラを一瞥した後、セレナは言う。

 

「友達が危険な地へ向かうと知って見送れるほど、私の心は強くありませんので」

「……はぁー」

 

 好奇心ではなく友達を守る為、それが本当に言ってるのだと分かってしまうからこそ、マリーはため息を溢してしまった。

 

「好きにしなさい。死んでも知らないから」

「ありがとうございます」

 

 もうどうにでもなれと、友達の為に動くセレナを拒む事が出来ない彼女は、突き放した態度で言った。

 

「……あのー、ここの部長って私なんだけど」

 

 それを側で見るレイラは、どうにも自分が蚊帳の外になってる感が否めずボソッと呟く。

 

「レイちゃん」

 

 そんなレイラの幼馴染にしてクラブの副部長、エリン・マンハッタンが彼女の肩にポンっと手を置いた。

 

「エリちゃん……!」

「部長の威厳、かたなしだね〜」

「う、うわあああん!」

 

 いつも通りのんびりとした口調で放ったエリンの一言は、終盤のジェンガみたいになってる彼女のメンタルをブレイクした。

 

 

 

 

 

 

 そこそこ速く、かつお高い馬車に乗って数時間。すっかり辺りも暗くなった頃、悪魔研究クラブは目的の廃館に到着した。

 

「おー、すっごい雰囲気ある」

「そうだね〜。周りに人も居ないし、まさに悪魔が住む館って感じだね」

 

 おどろおどろしい雰囲気を放つ廃館に、レイラとエリンは思い思いの感想を述べる。

 エリンの言った通り、人の気配は全くしない。周りにも建物はあるが、悪魔を恐れて皆が離れた。故に、この辺りには彼女達のような物好きしか存在しない。

 

「セレナ様、大丈夫ですか?」

 

 この場に恐怖で緊張する者はいない。カエラは少し前に魔術師という明確な脅威と戦った経験があるし、悪魔研究クラブの皆も様々な怪奇スポットを巡って来た。程度は違えど、恐怖に耐性が付いている。

 

「ええ、心配いりませんよ」(なにせ俺が守るからな。そう、嫁の頼れる夫こと、この俺が!)

 

 彼に関しては……なんというか、次元が違った。

 

(嫁はお化けとか怖いのはちょっぴり苦手だけど、俺が居ると安心して平気になるんだ。愛の力ってやつだね!)

 

 文字通り神をも恐れぬ行為を平然とやってのける彼に、はたして恐怖心は存在するのだろうか?

 

「……時間も無いし、早く行きましょう」

「あ、ちょっと待った!」

 

 レイラは歩き出そうとするマリーを引き止めて、持って来た大きなカバンを地面に降ろして探り始める。

 

「レイラ様、どうかしたのですか?」

「ふっふっふ、実は昨日、運良く手に入れたのだよ。そう!」

 

 目当ての物を手にした彼女は、それを勢いよくカバンから取り出す。

 

「じゃじゃーん!」

「おー! それはもしや巷で話題の!」

「……っ! カ、カメラ!」

 

 取り出された物を見たカエラは驚き、常に落ち着き払った態度を見せるマリーでさえ声を上げた。

 

 カメラ、それはバロウズ商会が新たに開発した画期的な道具。瞬間の光景を一枚の写真として保存可能という、文明レベルが中世の異世界人にとって魔法のようなアイテムなのだ。

 

「たまたま店に寄ったんだけど、まだ一個だけ置いてあったので思わず衝動買いしちゃいました!」

「あ〜。だからレイちゃん、今日のお昼ごはんパン一枚だけだったんだ」

「うん! 手持ちのお金と向こう一ヶ月の食費を全部使った!」

 

 そう高らかに言う彼女の目からは、涙が濁流のように溢れていた。

 

(へー、あれってかなり需要と供給のバランスぶっ壊れてるのに、よく買えたな)

 

 彼がカメラの話をエリックに持ち出したのは、実に六年も前の事だ。

 

『嫁の成長記録を写真に残したい! それを見て将来、こんな事もあったねとか嫁と語らいたい!』

 

 そんな動機から彼は、エリックにカメラの作成を依頼した。そしてエリックは、カメラの開発に人員を三割、資産の四割を投資した。それをするだけの価値がカメラにはあると、エリック自身が思ったからだ。

 

 しかし、カメラの開発は非常に難航した。なにせカメラとは、近代以降に生み出された道具なのだ。それを文明レベルが中世の異世界人に、見本もなく、アマチュア程度の知識しかない人間の情報だけで、作らせようとしているのだ。はっきり言って無謀だった。

 

 しかし、エリックは諦めなかった。彼も嫁の成長記録保存の為に持ち得る知識を総動員させた。あとバロウズ商会お抱えの技術職も過労死を覚悟するほど頑張った。

 

 結果、とうとうカメラは完成された。流石にカラー写真までには至らず、画素数も粗さが目立ち、デカいし重いしと課題が多く残っているが、それでもカメラはカメラ、中世の文明には存在する筈のないカメラなのだ。

 

「カメラ……私がいつ見ても売り切れだった、あのカメラ……」

 

 マリーのように、欲し続けても手に出来ない人というのは王国中に居た。

 

「ま、まあとにかく、これを使えば調査もかなり捗ると思うの!」

 

 レイラはひとしきり涙を流した後、気を取り直して本題に進める。

 

「私の貯金を犠牲にしたんだ。絶対、ぜーったい成果を出そう!」

「はい! 頑張りましょう!」

「違う違うカエラちゃん。ここは、おー! って言う所だよ」

「お〜」

「ほらこんな感じに!」

「分かりました! おー!」

「おー!」

 

 三人はキャッキャッと戯れた後、無言でマリーの方に目線を向ける。

 

「……え、私もやるの?」

「ふふ、ほらマリー先輩、皆さんが待っていますよ」

「ッ、なんであなたはしない(てい)なのよ」

「私はクラブの部員じゃありませんので」(それにそういうノリ、嫁のキャラに合わないし)

 

 セレナに背中を押されたマリーは、渋々といった様子で前に出る。

 

「……おー」

「「「おー!」」」

 

 こうして四人は結束を固め、悪魔が潜む廃館の調査に乗り出すのだった。

 

(……というか、そのノリで合ってるのか?)

 

▼▼▼

 

 遠い昔、ある一つの存在によってそれらは生み出された。

 それらは大空を羽ばたくトカゲであったり、山より巨大な牛であったり、知性を持つ剣であったり、生きた粘性体であったりした。

 

 非現実的な生態を持つそれらを創造主は魔物と名付け、ある一つの目的の為に次々と新しい魔物を生み出していった。

 

 目的に沿った魔物が生み出されるまで創造主は幾度も試行錯誤を繰り返したが、魔物を生み出すより効率の良い手段を見つけた事で、魔物は用済みとなって放置されるのだった。

 

……現在、悪魔と称される存在の正体ほぼ全てが魔物である。それはミミクリー家の廃館に潜む悪魔にも当てはまる事だった。

 

 霧状で、特定の姿形を持たないその魔物は噂にもある通り、獲物が最も望む存在に化ける事が出来る。そして獲物が完全に心を開いた瞬間、即座に捕食する。

 

 その魔物はなんにでも成れる。故人でも、架空の人物でも。膨大な富でも、不老不死の薬でも。文字通り、なんにでも成れる。

 知識が欲しいのなら、求めた物が記されている書物にでも成ろう。自分を変えたいのなら、理想の人物に成らせてやろう。世界を変えたいのなら、望んだ世界そのものにさえ成ってみせよう。

 

 それは幻覚なんて低次元の話では無い。確かな実体があり、実感がある。だからこそ、どんな人間であっても思わず心を開いてしまうのだ。

 

 心を無にし、悪魔を殺す事だけ望む。そんな対策をして挑む者も居たが、それすら魔物は読み取り、望み通り悪魔を殺させて満足して貰った後に捕食した。

 

 その魔物は相手が望んだ存在にしか化けれない。だからこそ、その魔物はいつだって捕食する為に適切な姿へ化ける事が出来てしまうのだ。

 

(……キタ)

 

 その日、魔物は久しぶりに獲物か来て歓喜した。

 

(ヘンナ ノゾミ ダナ)

 

 その者の望みは、魔物が送った長い生の中でも随分と奇妙な内容で、けれど自分はそれを叶えてやるまでだと思い直した。

 

 先ほどまで廃館の名に相応しいほどボロボロだった部屋の一室は、瞬く間に清潔感のあるリビングへと早変わりする。

 

「───おかえりなさい、あなた」

 

 そしてリビングのドアを開けた獲物に対して、魔物は穏やかな笑みを浮かべて出迎えた。

 

「…………うん、ただいまセレナ(・・・)

 

 出迎えられた黒髪黒目の青年(・・・・・・・)は、少しの間だけ目をカッと見開いて放心するが、すぐに落ち着いた様子で言葉を返した。

 

(ナンダコイツ?)

 

 いくらなんでも順応するのが早すぎるだろうと内心でツッコミつつ、魔物は獲物の心を開かせる為に言葉を紡ぐ。

 

「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……えっと、その」

 

 頬を真っ赤に染めて口ごもる魔物……セレナの姿を見て、彼は微笑ましそうにしながら言う。

 

「無理して言わなくても大丈夫だよ。そうだな、じゃあご飯にしよっかな」

「ご、ご飯ですね! 分かりました!」

 

 彼から答えを聞くと、セレナは恥ずかしそうにしながらいそいそと台所へ向かった。

 

「……うぅぅ」

「どうしたの? もしかしてご飯は出来てない?」

「い、いえ、きちんと作ってはいます。けど」

「あー、もしかして自分で?」

「は、はい」

 

 セレナは料理が苦手だ。しかし苦手でも愛する人に手料理を食べさせたい。だからこうして、たびたび料理を作る事があるのだ。

 

(イミ ワカラナイガ)

 

 そういう人物を獲物が望んでるから魔物も演じているが、なぜそれが良いのか分からない。相手の望みが分かり、それを十分に模倣可能な力はあるが、その魔物にとって人間の考える事はいつも分からない。特に目の前の人間は、群を抜いて意味不明だった。

 

「気にしなくていいよ。俺の為に作ってくれたんだからそれだけで嬉しい。それに今がダメでも少しずつ頑張ればいいんだから」

「うぅ、ごめんなさい」

 

 励ましの言葉を掛けてくれる彼に、セレナは申し訳なくなりながら作った料理を持ってくる。

 

「美味しくなかったら正直に言って下さい。責任を持って私が食べますので」

 

 机の上に並べられた料理は不恰好で、ところどころ失敗した雰囲気があり、お世辞にも美味しそうとは思えなかった。

 

「……」

(イツマデ ツヅケルキダ?)

 

 魔物は対面の椅子に座って、神妙な面持ちで焦げた卵焼きを一口入れる彼を眺めながら捕食する機会を待つ。

 見たところ、獲物は今の状況を存分に堪能していた。なのに心を完全に開く様子は見られない。

 

(ハヤクシロ)

 

 この館には現在、彼の他にも四人の獲物が居る。自身の能力の特性上、複数人で来られると捕食が非常に困難となる。

 誰かが来る前に事を済ませたい魔物は、心の中で彼を急かし始めた。

 

「……うん」

 

 そんな彼は焦げた卵焼きをじっくり味合った後、何か納得したように頷く。

 

「ダメだな」

「え?」

 

 次の瞬間、彼は使っていたフォークをセレナに扮した魔物の手へ突き刺した。

 

「〜ッ!!!!?」

 

 あまりにも唐突で、予想外過ぎる展開に、魔物は痛みより先に驚愕で感情がいっぱいなる。

 

「あのさあ」

「ギッ……ア……!!?」

 

 魔物の手に突き刺さったフォークを、彼は更にグリグリとねじ込む。

 

「お前、本当に俺の望み叶える気あんの?」

 

 彼は痛みに悶える魔物の頭を掴み、無理やり目を合わせる。

 

「最初は良かったよ。うん、パーフェクトだった」

(ナ、ナンダ……)

 

 さっきとはまるで違う。澄んだ瞳は今や底なしの深淵が広がり続けていた。

 

「俺も一回死んだ身だ。もしお前が理想の嫁を完璧に演じてくれたなら、素直に殺されてもいいって本気で思った。それぐらいお前には期待していたんだ」

(ナンダ……)

 

 グリグリグリグリ、手から鈍い痛みが走り続ける。しかし魔物は痛みより、別の事に意識を持って行かれていた。

 

「なのにさあ」

(ナンダ、コイツ!?)

 

 隠しきれない憤怒を露わにした彼を見て、魔物は生まれて初めて恐怖した。心の底から震え上がり、何もする事が出来ずにいた。

 

「こいつはなんだ?」

「グゥッ!?」

 

 彼は皿に余っている焦げた卵焼きを、全て魔物の口に放り込んだ。

 

「ゲホッ! ゲホッ! ……う、オエッ!」

 

 一気に食べ物を口に詰められた魔物は咽せて、そしてあまりの不味さに吐き気を感じた。

 

「これが俺の嫁の手料理とでも言いたいのか?」

「ひっ……!」

 

 地面に倒れて項垂れる魔物に、彼は一切の容赦なく問いただす。

 

「そ、そう、望んでた、から」

 

 セレナという人物を演じるのも忘れて、魔物は怯えきった表情で言った。

 確かに彼は、セレナが料理下手である事を望んでいた。だから魔物もわざわざ不味い料理を出したのだ。

 

「は?」

 

 しかし彼は、その言葉を聞いて更に激怒した。

 

「なにお前? 俺がそれを望んでたって、本気で言ってるのか?」

「だ、だって」

「俺の嫁はなぁ!!」

「ひぅっ!?」

 

 反論する間もなく、彼は怒鳴り声を上げて答えた。

 

もっと(・・・)壊滅的に(・・・・)料理(・・)()出来ない(・・・・)んだよ(・・・)!!!」

「……え?」

 

 予想していた発言と異なり困惑する魔物を置き、彼は喋り倒す。

 

「不味すぎて舌がぶっ壊れるほど! なんでそうなるんだと言いたくなるレベルのダークマターを嫁は作るんだ!」

「えっと……え?」

「拒絶反応を起こすほどの不味さ、だが夫である俺だけは嫁の手料理だからと平然と食べる! だってそこには愛があるから!」

 

 なんと素晴らしい事かと、彼は謳うように唱えた。

 

「それをお前は、料理が下手らしいから不味い料理を出しただけだ? ……解釈違い以前の問題だ。お前は俺の望みを知識として持ってるだけで、それを理解しようと全くしていない」

 

 彼の言う事は確かに事実である。それは問題点なのかと聞かれれば、今の状況を見る限り致命的な弱点なのだろう。

 

(コ、コイツ ハ ダメダ……ニ、ニゲナイト)

 

 この狂った存在から逃げる必要がある。館を捨ててどこか遠くへ、この存在が居ない場所なら人気の無い森の奥に行って住んでも良い。

 

「……あ、れ?」

 

 だが、それは出来なかった。どういう訳か、変化を解いて元の霧の姿に戻れないのだ。

 

「な、なんで」

「ああそうそう、他の姿に化けられないようしておいたから。俺もせっかくのチャンスを無駄にしたくはないからな」

「え……?」

 

 それは彼が魔物の頭を掴んだ時の事である。激しく動揺した魔物を見て、彼は抜け目なく魔術を行使したのだ。

 精神的な隙を晒す相手に精神干渉の魔術を施すのは実に容易く、ものの十秒で自力の突破が不可能なロックを付与出来た。

 

「い、いやっ!」

「まあ、散々言ったけどポテンシャルはあると思ってる。訓練すれば完璧な理想の嫁に成れる可能性だって十分に存在する」

「…………は?」

 

 もうダメだ殺される。そう思って身構えていた魔物は、一瞬彼が何を言っているのか分からなかった。

 

「あ、このままじゃカエラちゃん達が悪魔の居た痕跡を見つけられなくなるな。うーん、こりゃ何かしら捏造した方がいいか」

 

 文字通りの人でなしである魔物に、彼は情けも容赦も持たない。

 

「……それじゃ、せいぜい頑張ってくれよな。えーと、まあミミックでいいか」

 

 もはや彼が館に訪れた時点で魔物の運命は決まっていたのだろう。抗う事も出来ないまま、ミミックと名付けられた魔物は彼にお持ち帰りさせられた。

 

▼▼▼

 

「なんか見つかった?」

「何も」

「こっちの部屋も特に〜、レイちゃんは?」

「うぅぅ、お察しの通りよ」

 

 廃館に潜入して早一時間、悪魔研究クラブの面々は手応えの無さに辟易していた。

 

「ここ、本当に悪魔が居るんだよね? なんか今まで巡ってきたハズレの廃墟と同じくらい何も無いんだけど」

「まあまあ〜、今日がダメなだけで、別の日なら何かあるかも知れないじゃん」

 

 館の探索は今夜限りの事じゃない。この廃館で必ず成果を出すという気概は偽りでなく、彼女達は週一で此処に通う事も視野に入れていた。

 

「……やっぱり、危険でも単独行動する時間を設けた方がいいわ」

 

 そう提案してきたのは、マリーだった。

 

「情報だと悪魔は一人の時を狙ってくる。その時にカメラを使って写真の一枚でも撮れたら」

「マリーちゃん……でも」

「レイラ先輩も分かってる筈、このまま探索しても悪魔に繋がる証拠は出ないって。それは向こうも同じ事よ」

 

 彼女達は現在、レイラ、エリン、マリーの上級生組とセレナ、カエラの下級生組、二つのグループに分かれて行動している。

 本来ならセレナとカエラに加え、マリーも向こうに入るだったのだが、セレナからの強い希望でこのような形となった。

 

「勿論、危険なのは理解しているわ。だから単独行動するのは私一人、その間皆は集まって待機して欲しいの」

「っ! だ、だめよそんなの!」

「別に犠牲を少なくとか、そんな話じゃないわ。私たちの持つ加護を考えると、単独行動するのは私が一番適任なのよ」

 

 範囲内に居る相手へ思考を伝達する。それがマリーの持つ加護の力だ。伝達する対象を一人に絞り込めば、互いに脳内で会話する事も出来る。

 

「私なら何かあってもすぐに状況を伝えれる。そう出来る自信もあるわ」

「そ、それでもクラブの部長として許可なんて出来ません!」

「ッ、クラブを存続する為なのよ。私は、このクラブを本気で守りたいの!」

 

 悪魔研究クラブ(居場所)を守りたいマリーと、クラブのメンバー(仲間)を守りたいレイラ。

 

「……レイちゃん、マリーちゃん」

 

 意見を対立させる二人を、エリンは仲裁に入れず眺める事しか出来なかった。

 

「───セレナ様!」

 

 ギクシャクした空気が流れ始めた直後、カエラの大声がコチラに向かって聞こえてきた。

 

「カ、カエラちゃん、どうしたの?」

 

 レイラとマリーは睨み合うのを止め、駆け寄ってきたカエラに話しかける。

 

「あの! セレナ様を見かけませんでしたか!?」

「いや、見てないけど……もしかして」

 

 カエラが何を伝えたいのか分かり、レイラは顔色を青くさせた。

 

「……ッ! やっぱり、連れて来るべきじゃ無かった!」

 

 そう言ってマリーは歯噛みする。なぜあの時、自分は許してしまったんだと己を責めた。

 

「カエラちゃん、どこに行ったとか分かる〜?」

「い、いえ、少し目を離したら居なくなっていて」

「と、とにかく探すわよ! カエラちゃん、最後にセレナちゃんと居たのはどこ?」

「あのー」

「あ、セレナちゃん! ここに居たのね! ……って、居たぁー!?」

 

 消えたセレナを探すべく動こうとした矢先、当のセレナが混ざって普通に話しかけてきた。

 

「セレナ様! ここに居たのですね!」

「カエラ、離れてしまってすみません」

「いえ! セレナ様が無事でなによりです!」

 

 酷く安心するカエラを見て、セレナは申し訳なさそうにしながら頭を撫でた。

 

「……ねえ、部外者が勝手に行動しないでくれる?」

 

 見つかって良かった。そんな雰囲気が漂う中、マリーは明確な怒りをセレナにぶつけた。

 

「ちょ、マリーちゃん今は少し控えて」

「あなたが悪魔にやられたら、その瞬間に私達のクラブは終わるのよ。本来なら部外者であるあなたを巻き込んだという理由で」

 

 レイラの制止を無視して、マリーは厳しい口調でセレナを責める。

 

「それにあなたはカエラが心配で付いて来たのでしょう? そのあなたが心配を掛けさせてどうするのよ」

「……」

 

 セレナはしっかりとマリーの方に顔を向けて、その言葉を聞き入れる。

 

「……マリー先輩の言う通り、私の行動は咎められて然るべきです」

 

 そう言ってセレナは頭を下げる。

 

「言い訳はしません、すみませんでした」

 

 深々と頭を下げる彼女に、マリーは何も言わない。

 それからセレナは十秒ほどジッと頭を下げ続け、顔を上げると再び言葉を紡ぎ始めた。

 

「その上で、皆さんに伝えたい事があります」

「伝えたい事……?」

「はい、私が一人で居た時に何を見たかを───」

 

 

 

 

 

 

「こ、これって……」

 

 セレナに案内された悪魔研究クラブの面々は、それを見た瞬間に思わず息を呑んだ。

 木造の床に刃物で刻み込まれた円状の模様。円の中には未知の言語や幾何学模様が記されており、それが何を意味するのか彼女達には分からない。いや、分かる筈がない。

 

「ま、魔術陣……!」

 

 セレナが驚きの声をあげる。目の前にある物が、魔術師が大規模な魔術を行使する際に用いる儀式だと知っていたからだ。

 

「少し調べてみたのですが、この魔術陣が床に刻まれたのは最近の事だと思います。どういった力があるのかは不明ですが……この館に潜む悪魔と無関係だとは考え難いのです」

 

 自身の考察を披露するセレナに、皆は納得した様子で頷く。

 

「もしかして、この館の悪魔騒ぎの原因は魔術師?」

「そこまでは分かりません。悪魔は本当に居て、そこに魔術師も何かしら関わっているという可能性もあるので」

 

……ですが、と言ってセレナは話を続けた。

 

「私は、その魔術師に心当たりがあります」

「え!?」

 

 まさかの返答にレイラは驚きのあまり声を出す。他の者も声は出さないが表情にしっかり出ている。……そんな中、カエラだけ神妙な面持ちを浮かべていた。

 

「正確には、私とカエラです。いえ、より詳しく知っているのはカエラの方かも知れません。ですよね?」

「……はい、私も心当たりがあります」

 

 そう言ってカエラは、少し前に魔術師と対峙した時の事を皆に話した。

 

「そ、そんな事が」

「黙っていたのは、皆さんに心配を掛けさせたく無かったからです。ごめんなさい」

「いやいや、カエラちゃんが謝る事じゃないって!」

 

 話を聞き終えた彼女達は、これからどうするべきかと考える。

 

「その話が本当なら、もう魔術師も捕まってるし大丈夫だと思うけど」

「別の魔術師がやったとしたら、此処に居座るのはかなり危険ね」

 

 流石のマリーも魔術師という別の脅威を警戒して探索を進めようとは思えない。それはレイラも同じ事で、そうなってくると取る手段は一つだけだ。

 

「……うん! 皆の衆、撤退だ!」

 

 こうして彼女達の廃館調査は、不本意な形で終わりを迎えた。

 

▼▼▼

 

 お高い馬車の中で揺られながら、彼女達はこれからどうするべきかを話し合った。

 

「どうする? 一応アレの写真は撮ったし、これをクラブの成果って事で提出する?」

 

 そう言ってレイラは、魔術陣を撮った時の写真を皆に見せる。

 

「まあ〜、本来の目的とは違うけど、評価される事だし良いんじゃないかな〜」

「私もそう思います!」

「けど此処から何も成果を出せずにいたら、恐らく一年後には問答無用で廃部させられると思うわ」

「まあ、そうだよね。よし、じゃあ今後も今回みたいな活動を積極的にやっていこー!」

「お〜」

 

 ひとまずは何とかなりそうだと、彼女達は一安心する。

 

「……にしても、魔術陣以外は本当に何も無かったわね」

 

 レイラは沢山の写真を眺めながら言う。初めてのカメラという事で、彼女は手当たり次第に見るもの全てを撮っていたのだ。

 

「案外〜、もう居なくなっちゃたりして〜」

「そうかも知れないわね。私達より前に廃館へ人が来たのって、もう十年以上も前の事らしいし」

 

 何事もなくて良かったと思う反面、一人の探索者として本物の悪魔を見てみたかったなと思うマリーであった。

 

「あ、そうだレイラ様! 最後に撮ったあの写真って、もう出来てますか?」

「ちょっと待ってて……うん、出来てるよ。ほら」

 

 レイラは現像が完了するまで放置していた写真を手に取り、カエラに見せる。

 

「わぁ……! やっぱり凄いです!」

 

 それは、廃館の門前で撮られた集合写真であった。

 

「部室に戻ったら早速飾りましょう!」

「写真立てだっけ? あれを買わなきゃね〜」

「ふふん、やっぱりカメラを買ったのは間違いじゃなかった!」

「……」

 

 和気藹々とお喋りする中、マリーだけは会話に混ざらず黙りこくる。

 

「……ふふ」

 

 しかしマリーの正面に座るセレナからは、彼女がチラチラと集合写真を覗いて嬉しそうにしているのが見えていた。

 

「ん?」

 

 ふと、マリーは集合写真を見て気付く。

 

「…………ねえ」

 

 恐る恐る、彼女は館の二階にある窓の一つを指差して言った。

 

「此処、誰か居ない?」

 

 窓の奥からコチラを覗く、人影を指差して。

 

……それ以来、この館で人死にが起きる事は無くなった。ただその代わり、何処からともなく少女の助け声が聞こえるようになったと言う。

 

 悪魔は去ったが、犠牲者の魂は館に縛られたままでいる。そんな噂が流れ始め、それを聞いた人々は館で今もなお助けを求める少女に対し、静かに黙祷するのであった。

 

(ミミックの奴、ちゃんと隠れてろって言った筈なんだが……こりゃ後で説教だな)

 

 これは関係ない話だが、どうやら彼は集合写真に写った人影を見てそんな事を考えていたらしい。

*1
言うまでもないが断ってる




カメラの話が出ましたが、作者はカメラの歴史なんてこの話を書く為に初めて調べたレベルの無知さ加減です。何か間違いがあるかも知れませんが、その時はどうかご容赦を。
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