拗らせTS童貞は理想の嫁を演じたい   作:ブナハブ

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愛し、愛され、愛を謳う
08


 ルーク達が迷宮の魔術師と戦ってから早数ヶ月、王立学園では夏休みが到来していた。

 

 夏休みでの生徒達の過ごし方は様々だ。学園から離れて地元に帰る者も居れば、王都を満喫する者も居る。学園は基本的に空いているので、クラブの皆で何か活動をするというのも良いだろう。

 

「楽しみですね、セレナ様!」

「ふふ、そうですね」

 

 そしてセレナとカエラは、夏休みに地元へ帰る事を選んでいた。

 

「以前に魔術師と出会した事を手紙に書いたら皆さん凄く心配されたので、早く元気な姿を見せたいです!」

「そうですか。私も家族全員と手紙のやり取りをしていますが、とても心配されてましたし、私も早く元気な姿を見せなきゃですね」

 

 幼馴染であるセレナとカエラは、地元も同じである。故に、こうして馬車を使って向かう道中も一緒に居られるのだ。

 

(義父様、義母様、安心して下さい。娘さんは俺がしっかり守ってますから!)

 

 楽しい雰囲気が流れる中、彼も彼で張り切っていた。

 

 彼にとってセレナ・ユークリッドという少女は、自分自身でなく自身の嫁だ。セレナの家族を嫁の次に大事にするのは、彼にとって当然の事なんだろう。

 

(早く嫁のご両親に挨拶したいし、もっと魔術を究めねば……!)

 

 そこに自身の生みの親という観点を持たないのは、なんとも極まってるというか彼らしいというか。

 

(その為にも、なるべく早く師匠のとこへ行かなきゃな)

 

 彼が夏休みに実家へ帰る事を選んだのは、なにもセレナの家族に会う為だけじゃない。いや、目的の八割強がそれだが、他の思惑も彼には一応あった。

 

 自身に魔術を教えてくれた師匠、魔術を究める為にも彼と会い、魔術協会や他の魔術師の話を聞く必要があった。

 

 

 

 

 

 

 馬車に揺られて、夜になったら宿で休む。それを数日ほど繰り返し、セレナとカエラは自分達の故郷に辿り着く。

 

「おお! カエラちゃんとセレナちゃん、帰って来てたのかい」

「はい! 先ほど帰ってきました!」

「久しぶりやねぇ、見ない内にちょっと大きくなったかえ?」

「ふふ、此処を離れて半年ですが、確かに成長したかも知れません」

 

 地元に帰ったセレナとカエラは、道中の出会う人々から歓迎されていた。

 

 教会でも精力的に活動しているカエラは、地元でも頑張り屋として知られている。

 そしてセレナの方は……嫁の故郷だからと彼が張り切って地元民との交流を進めた結果、

 

「おいお前ら! セレナ様がお帰りになられたぞ!!」

「ぬぁにいい!?」

「我らが聖女様のご帰還だ!」

「今日は宴じゃあああ!!!」

 

 この通り、今や若者を中心に人気を集める知らぬ者なしのアイドルみたくなっていた。

 

「わあ、相変わらず人気者ですねセレナ様」

「ふふ、皆さん元気そうで私も嬉しいです」

「「「「うおおおお!!!」」」」*1

 

 セレナに熱い視線を送る男達。これに関して彼は、

 

(はっはっは、嬉しいだろう皆の衆)

 

 意外にも気分を害していなかった。

 

(やっぱり良いな地元は、嫁が皆に愛されてるって事がしっかり伝わる)

 

 彼は理解しているのだ。男達から注がれている視線には恋愛感情など無く、どちらかと言えば推しに対して向ける感情と同じだという事を。

 ガチ恋勢が如く嫁に欲情するなら容赦なくキレる彼だが、一人のファンとして健全に推すだけなら何も文句は言わない。むしろ嫁の良さをアピール出来るならファンサービスも厭わない。

 

(帰ってきた記念にもっかいやるか? ライブ)

 

 かつて、彼は大勢の前でピアノを弾いて歌を披露した事がある。それはセレナとカエラが王立学園の入学が決まり、王都へ旅立つ前日の事。セレナの父親が街の住民達を巻き込んで盛大なパーティーを開いたのだ。

 

 王立学園に入学できるというのは、大変名誉ある事だ。しかし、だからと言って住民総出で祝うような慣例は王国に無い。

 セレナの父親が街全体でパーティーを開いたのも、それに住民達が満場一致で同意し、祝ってくれるのも、全てはセレナとカエラの人徳による物だった。

 

 街の人達が祝ってくれる光景を見て、カエラは泣いた。セレナも泣いた。そして彼も転生して以来の感動を味わった。

 

『嫁の門出を祝ってくれる皆の為に、俺もひと肌脱がねば!』

 

 思い立ったら即実行、彼は自身の従者達に頼んで街の広場に簡易的なコンサートを用意させ、そこに住民達を集めてライブを開いたのだ。

 

 なにかと前世に色々やってる事でお馴染みの彼は、当然の如く演奏分野も履修済みだった。最も得意とするのはギターだが、嫁のイメージに合わせてピアノをチョイスしている。

 

 そうして始まったセレナのライブは、物凄い盛り上がりを見せた。彼も気を良くして前世に存在する異世界人にウケそうな曲をリストアップし、即興で演奏した。

 人々はセレナが奏でるピアノの音色と歌声に聞き惚れ、流れが入学祝いのパーティーからセレナのワンマンライブショーへと切り替わるほど熱中した。

 

 このひと時は街の間で伝説となり、人々は聖女改め歌姫セレナが再びステージに上がる事を望むようになるのだった。

 

(いや、ああいったライブは本当に特別な日にだけやるのが丁度いいんだ。定期的にやってたら有り難みが薄れちゃうしな)

 

 そんな皆が待望するライブは、残念ながら本人(セレナ)マネージャー()の意思で今回は無しとなった。

 

「それではセレナ様! また明日にでもお会いしましょう!」

「はい、カエラも楽しんでいって下さい」

 

 しばらく街中の大通りを並んで歩くセレナとカエラだが、実家と教会が脇道の奥にあるカエラは、途中でセレナと分かれる事となる。

 

(……さて、時間があるなら師匠のとこへ行きたいけど)

 

 そして一人になった彼は、出来るなら寄り道をしたいと考えるものの恐らく無理だろうと考える。

 

(あ、やっぱ来た)

 

 その理由は、大通りの向こうからやって来る二つの人物にあった。

 

 一人は軽装だが、腰に携えた剣から騎士だと分かる黒髪翠眼の若々しい男性。もう一人も黒髪翠眼で同じくらい若く、そして一目でメイドだと分かる服装をした女性。

 

「お帰りなさいませ、セレナお嬢様」

「お嬢、お久しぶりです」

 

 二人はセレナの前まで来ると、恭しく頭を下げてそう言った。

 

「シルフィ、アーロン、お久しぶりです。わざわざ迎えに来てくれたのですね」

「お嬢様の専属メイドとして当然の事です」

「俺もお嬢の専属騎士だからな。……まあ、姉貴に引き摺られる形で来たけど」

 

 シルフィ・ニアガード、アーロン・ニアガード。二人は代々ユークリッド家に仕えるニアガード家の子であり、姉弟揃ってセレナの専属従者として仕えていた。

 

(わざわざ迎えに来なくても大丈夫って手紙には書いたけど、まあこの二人は来るよねー)

 

 二人のセレナに対する忠誠心の高さは周知の事実であり、それは仕えられてる身である彼も理解していた。

 

「では、行きましょうか」(まあ師匠の所はいつでも行けるし、別にいいか)

 

 迎えが来たなら仕方ないと、彼は潔くシルフィに手を差し出した。

 

「……」

「あ、ごめんなさい」(ヤッベ、気ぃ抜いてた)

 

 その手をジッと見つめるシルフィを見て、やっちまったと彼は思う。

 

「つい昔の癖で」(この程度で嫁の理想像は崩れないけど、流石にもう卒業する頃合いだよな)

 

 昔は良く理想の嫁(※幼少期編)を演じるべくシルフィと手を繋いで歩いたものだが、今の年齢でもそれをするのは微妙に解釈違いだった。まだまだ許容範囲内なので、慌てる程じゃなかったが。

 

「いえ、構いません」

 

 しかし彼が手を引っ込めようとする直前、シルフィは素早く優雅な手つきで握ってきた。

 

「お嬢様がそれを望むのなら、私は喜んで応じます」

「シルフィ……」

「それに手を繋ぐ程度の事でしたら、例えお嬢様が二十歳を超えても私は拒みません」

「……ふふ、流石にそれは恥ずかしいです」

 

 冗談混じりな言葉にセレナは笑みをこぼした後、シルフィの手を握り返した。

 

「では改めて、行きましょうか」(まあシルフィも気にしてないみたいだし、今日ぐらいは普通に手を繋ぐか)

 

 相変わらずの忠誠心を見せるシルフィに嬉しく思いながら、彼はシルフィと手を繋いで歩き始めた。

 

「……」

 

 そんな、手を繋いで歩く二人を後ろから眺めるアーロンは心の中で密かに思考する。

 

 ここで少し、二つほど説明を挟んでおこう。まず一つに、セレナを理想の嫁と定義している彼についてだ。

 

 理想の嫁であるセレナを皆に愛されるべく動いている彼だが、セレナに欲情する相手には激しく怒る。その関係上、欲情する確率の高い男性を始めとし、ルークのようなモテる男に対して非常に高い警戒心を見せる。……が、反して女性やセレナの家族に対しては、嫁を狙う心配なしと仮定して警戒心を低くしている。

 

 二つ目に、アーロン・ニアガードの持つ加護についてだ。

 心から信頼し合っている相手とだけ、遠隔でも脳内で会話が出来たり、近くに居るなら心を読めたりと、テレパシーのような事が可能。それがアーロンの持つ加護の力である。

 この力の対象となっている相手は数人ほど存在するが、身近な相手として姉のシルフィが居た。

 

(……姉貴よ)

 

 そんなシルフィの現在の思考は、今もなおアーロンに伝わっていた。

 

『ふおおお!!! お、お、お嬢様の手! 半年ぶりの生お嬢様の手! や、柔らかあああ!!?』

 

……誤解の無いよう言っておくと、この思考はシルフィ・ニアガード、つまり現在進行形でセレナと手を繋いでいる専属メイドの心の声だ。

 

『たった今分かりました! これ以上お嬢様から離れると私は死にます! 頭痛、発汗、不眠、幻覚! 半年離れただけでこの有り様なんですから、再びお嬢様と離れ離れになったら私は狂い死にます! やはり今すぐにでも王立学園へ同行できるよう打診せねば───』

『───姉貴! ストップ! 嬉しいのは分かるけどストップ!』

『ハッ……!』

 

 これ以上の暴走は不味いと判断したアーロンは、慌てて加護の力を使ってシルフィに心の声を伝えた。

 

『……落ち着いた?』

『ええ、いつも悪いですねアーロン』

『気にすんなって、いつもの事だし』

 

 シルフィがセレナに向けてる極大の感情は、今のところアーロンしか知らない。変態的な思考が表に出ないようシルフィも努めて自制しているが、抑えれそうにない時はこうして弟のアーロンに加護を使ってコッソリと抑制させて貰うのだ。

 

『俺も姉貴が元気になって何よりだ。お嬢が此処を離れて間もない時の姉貴……ほんっとう、見てられなかったし』

 

 セレナが居た頃は週三で暴走していたシルフィは、セレナが居なくなると毎日のように暴走、いや発狂していた。

 

 もうアーロンが必死にフォローしても難しいレベルで酷かったが、ひと月経つ頃には発狂する頻度も少なくなった。……シルフィ手製のセレナ人形*2が完成されたお陰で。

 

『あの時は迷惑を掛けましたね。ですがやはり、本物のお嬢様と再会するとあの人形が如何に見劣りしているか分かってしまいます。もうあの人形をお嬢様と呼ぶ事は出来ませんね』

『そ、そんなにか? あの人形、本職に勝るレベルで完成度が高かったぞ……怖いぐらい』

 

 セレナ本人だけじゃなく、彼女が良く着る下着も人形に身に付けれるよう用意していたのにはアーロンもドン引きした。

 

『いいえ、やはりお嬢様は生に限ります。生のお嬢様に比べたらあの人形など塵芥も同然』

『すっごい言うじゃん』

『それに人形は私に微笑み掛けてくれる事も……嗚呼、先ほどお嬢様が浮かべたあの笑顔、あれだけで私は三日間ぐらい飲まず食わずで働けます。……はっ! こんな時こそ以前に購入したカメラを使うべきでは? アレを使えば毎朝お嬢様の笑顔を、いえそれどころか最近じゃご一緒できないせいでレアになってしまったお嬢様の入浴姿を永久保存する事も』

『姉貴ー! 頼むから正気に戻ってくれ! それは人として本当に不味いから!』

 

 いつも以上に暴走する姉を、アーロンは必死に抑えようとする。

 

「〜♪」(嫁の家族も従者も、町の住民も良い人らばっかだし、やっぱ此処は俺の嫁の故郷として最適な環境だな)

 

 そんな事が起きているとは露知らず、彼は和やかな気分で帰路につく。

 

 幸か不幸か、手を繋いでいる相手がどんな本性を隠しているのか、互いに知る事は今まで無かった。

 

▼▼▼

 

 従者二人にエスコートされながら、セレナは実家であるユークリッド領の館へと到着する。

 

「お帰りセレナ」

「お帰りなさい」

 

 門が開かれると、館に住まう家族や従者が総出でセレナの事を出迎えた。

 

「ただいま戻りました。お父様、お母様」

 

 父と母に優しい笑みで出迎えられたセレナは、同じように微笑み、そして喜色の感情を露わにして挨拶を返す。

 

「お、お帰りなさい! 姉様!」

 

 遅れて両親の間に立つ小さな少年に挨拶されたセレナは、屈んで目線を合わせる。

 

「はい、ただいまキース」

 

 キース・ユークリッド。金髪碧眼と、父親に良く似た容姿を持つセレナの五つ下の弟である。

 

「疲れているだろう。セレナの部屋は綺麗にしてあるから、夕飯になるまで休んでいなさい」

「分かりました」

「ご飯を食べる時は、向こうであった事を沢山お話してね。ママ、ずっと楽しみにしてたの」

「勿論構いませんが、大体の話は手紙に書いちゃってますので」

「セレナの口から聞きたいのよ。それにお喋りも沢山したいし」

 

 温和な父に物凄くおっとりとした母、そして姉を慕う弟。

 

(うーむ、相変わらず嫁の家族構成として完璧すぎる布陣だ)

 

 そんな地元でも人格者と知られる家族達と久々に再会した彼は、誰目線だと言いたくなるような事を思っていた。

 

「それにママだけじゃなくてキースも。この子、セレナが帰ってくるのをずっと楽しみにしてたのよ?」

「お、お母様!?」

「そうだったのキース?」

「うっ……うん」

「ふふ、なら私も目一杯話さなければですね」(はっはっは、可愛い奴だな義弟よ。その調子で是非俺とも仲良くして欲しい)

 

 キースの微笑ましい姿を見て、セレナは頭を撫でながら答える。

 

「ああそうだ。お風呂の準備はしてあるから、いつでも入って構わないよ」

 

 彼も前世は日本男児だ。入浴に対する意欲は異世界人に比べて高い。

 

「あ、そうなのですか。では早速」

「お嬢様、でしたら私がお背中を」

「はいはーい、姉貴は残ってる仕事をやろうなー」

 

 当然、父からその話を聞くとすぐさま入る事に決めた。

 

(昨日の宿には風呂が無かったからな、早く嫁を清潔にしてやらねば。……あ、そうだ)

 

 ふと彼はある事を思い付き、おもむろにキースの方に顔を向けて、

 

「キース、一緒に入りませんか?」

 

 そんな事を言い出した。

 

「…………へ?」

 

 

 

 

 

 

 この世界に入浴文化という物が生まれたのは、最近の事である。

 昔から風呂という概念は存在しており、ユークリッド家のように大浴場を館に設置している貴族も珍しくは無い。しかしそれでも実際に風呂に入る者は少なく、あったら貴族として一つのステータスになるから置いてるだけという者が大半だった。

 

 そんな入浴文化が爆発的に広まったのは、バロウズ商会の影響が大きいだろう。バロウズ商会では一時期、風呂に入る事を勧めるようにシャンプーや入浴剤などの類を売り出していた。

 

 バロウズ商会の名もその時にはもう広まっており、それらの商品を試した事で入浴にハマった者が続出、今ではすっかり王国に入浴文化が浸透したのだった。

 

……これまでの流れからなんとなく察する人も居るだろうが、この入浴文化浸透の裏には彼が居た。

 

『風呂なんて人類の半分以上が好んで入るんだし、売れるっしょ。あと嫁に粗末な入浴なんてさせれない』

 

 もはや鶴の一声だった。口だけじゃなくある程度の知識を持ち、実現可能な能力も持っているのだからなおタチが悪い。

 

 まあそんな背景があった事で、あまり使われていなかったユークリッド家の大浴場も今では毎日のように利用されている。

 

「〜♪」

 

 そんな大浴場の脱衣所にて、セレナは鼻歌まじりで衣服を脱いでいった。

 

(うーん、我が嫁ながら素晴らしいプロポーション。現時点でもスタイルSだが、その成長性は未だSSSだ)

 

 姿見に写る自身の生まれたままの姿を見て、彼は満足げに心の中で大きく頷く。

 

(まあ、コッチは成長してもカエラちゃんに勝てると思えないが)

 

 そう言って彼は、美しい曲線を描く自身の双房を見つめた。

 

 決して小さくはなく、むしろ平均を少し上回っている二つの山。万人受けしやすいその大きさは、さながら高尾山と言った所か。

 対してカエラのソレは、言ってしまえば富士山。普段は恥ずかしいからと厚着をしたり、サラシを巻いたりして抑えているが、ひとたび解放すれば思わず、「うおデッカ」と口に出してしまいそうになるレベルだ。*3

 

 男なら一度は誰もが憧れ、しかしあまりの険しさから頂上へ登りきる前に果ててしまう。そんな途方もない代物をカエラはお持ちなのだ。

 

(いや、別に嫁のバストサイズなんて何も望んじゃいないから別に良いけど……やっぱデカいよなー、カエラちゃんのアレ)

 

 ちなみにエリーゼの持つ山は、弁天山だ。詳しくは語らないが、ツンデレ属性持ちのヒロインだから仕方ないよねと彼は思ったらしい。

 

「……」

「キース、もう脱ぎ終わりましたか?」

「へぅえ!?」

「どうしました?」

「い、いいいや!! なんでもないよ姉様!」

 

 ボーッとセレナを見つめていたキースは、彼女にそう言われると慌てて服を脱ぎ始めた。

 

……さて、皆も気になっている事があるだろう。

 

 セレナの裸に見惚れ、呼び掛けると物凄い取り乱し始めたキース。明らかに意識している。それなのに彼はどうして何も思わないのか? いや、そもそも何故キースを混浴に誘ったのか? その答えは、

 

(懐かしいなぁ、俺も前世で小さい頃は良く姉さんと一緒に入ったもんだ)

 

 それが彼にとっての常識だから、だ。

 

 ここで一つ、彼の前世について語ろう。

 彼には一人の姉が居た。年齢差はちょうど今のセレナとキースぐらいである。

 彼の姉は、とにかくハイスペックだった。加えて優しさと美しさも兼ね備えており、まさに才色兼備である。そんな姉に彼は懐き、そしてある日を境に尊敬の念も抱くようになった。

 

 毎日のように彼を風呂に誘い、それを両親に止められるまでやめなかった姉は、二十歳の時に海外へ旅立った。

 

『姉さん……』

 

 別れの際、彼は今まで秘密にしていた想いを打ち明けた。理想の嫁を手に入れたいという、そんな想いを。

 

『……そっか』

 

 その頃の彼は、不安に思っていた。懸命に頑張っていると自負するものの、頑張っていれば本当に自分の思う理想の嫁なんて現れるのかと。だからこそ、身近で一番頼りになる姉へ相談したかったのだ。

 

『お姉ちゃんはね、理想の相手と結婚する為に海外へ行くの』

『え?』

 

 それは、姉がこれまで誰にも告げなかった想いである。

 

『それは本当なら抱いちゃいけない気持ちで、世界から非難されるような行いなの……けど、それでも私は望む相手と結婚したいのよ。なんでか分かる?』

『……』

 

 これほどまで姉が何かに情熱を燃やす姿を見た事がない彼は何も言えずにいて、そんな彼に姉はフッと笑みを浮かべて答えた。

 

『絶対に結ばれたいから。それ以外の相手と結婚するなんて考えられないから。……全部、私が心から望んでいる事よ』

 

 その言葉に彼はハッとした。それを見て姉は、頭を撫でながら言う。

 

『誰の為でもなく自分の為に、あなたも理想のお嫁さんが欲しいなら絶対に諦めちゃダメよ。妥協したらきっと後悔するわ。お姉ちゃんもショ……理想の相手と結婚出来るよう、向こうで頑張るから』

 

 そう最後に言い残し、姉は世界に羽ばたいた。以来、姉とは会っていないが、きっと今もまだ理想の相手と結ばれる為に頑張って……いや、姉の事だからもう実現させているかも知れない。

 

(姉さん、俺も頑張るよ)

 

 姉との思い出が蘇った彼は、決意を新たにこれからも張り切って行こうと思うのだった。

 

……で、結局何が言いたかったのかと言うと、中学に入るまで姉から風呂に誘われ続けた彼は、キースぐらいの年頃ならまだ姉と混浴するのは普通だと思っているのだ。加えてキースは男だが、それ以前にセレナの家族なので彼も警戒しない。

 

 以上が、彼がキースを風呂に躊躇いなく誘った理由である。ちなみに姉がどんな相手と結婚したいのか、彼は知らないままだったりする。

 

(俺は世界を回っても理想の嫁を見つけられなかったけど、異世界でこそ……!)

 

 余談だが、結婚できる最低年齢というのは国によって違うらしい。だからなんだという話だが。

 

「それじゃあキース、行きましょうか」

「う、うん」

 

 惜しみなく裸体を晒して浴場に向かうセレナに、キースは前かがみになりながらついて行く。

 

「……?」(どうした義弟よ、腹でも痛くなったか?)

 

 彼がこうも鈍感なのは、キースがセレナの家族だからである。嫁の家族に不埒な考えは許されないと、彼は無意識にソッチの線を考えないようにしていた。

 

(まさか嫁の体に欲情して……いや、義弟がそんなゴミクソ思考を持つ訳ないか)

 

 まあ、実際に襲ってきたら弟であろうと彼はぶちのめすが。

 

▼▼▼

 

 キース・ユークリッドにとってセレナという姉は、この世で最も清らかな女性である。

 外面的な美しさもさる事ながら、その内面の美しさは計り知れず、清廉潔白という言葉は彼女の在り方そのものを表してると思ってしまう程だ。

 

 そんな心優しき人物に弟のキースが懐かない理由は無く、その懐き具合は将来シスコンになる事が目に見えた。

 

……しかし現在、キースは単なるシスコンの枠からはみ出ようとしていた。

 

「〜♪」

(う……うああ……!)

 

 気分良く鼻歌を歌いながら、セレナはシャンプーでキースの頭を洗う。勿論、どちらも全裸である。

 

「キース、気持ちいいですか?」

「う、うん」(ね、ねねね姉様! あ、あた、当たりそうです!)

 

 元々キースは、セレナを異性として見てしまう節があった。だがそれも年頃の男の子だからという理由で片付けられる範疇にあり、実際セレナがこの地を離れて数ヶ月も経てば、あれは一種の気の迷いだったと気持ちに整理を付ける事も出来ていた。

 

 次に会う時は煩悩を捨て、清楚な姉に相応しい弟で在ろう。そうキースが決意を固めた矢先だ。

 

「そうですか、良かったです」

「……!!?」(あ、当たあああ!?)

 

 背中に伝わる柔らかな感触。それは確かな重みと暖かさを宿し、着実にキースの理性を削っていく。

 

(あー、どんどん姉さんとの思い出が蘇ってくる。姉さんも俺をこんな風に洗ってくれたよなあ)

 

 ちなみに彼は自身の姉にかつてされた事を倣って動いてるだけで、他意はない。彼の姉の方がどうかは知らないが。

 

「───はい、おしまいです」

 

 その後もキースに対する彼の無自覚な攻撃は続き、体を洗うだけでキースの理性はぐらっぐらである。

 

「それじゃあ湯に浸かりましょうか」

「……うん」(姉様、ごめんなさい。僕は悪い弟です)

 

 げっそりした顔色とは裏腹に元気満々な下半身のソレを見て、いっそ引きちぎってしまおうかとキースは考え始めた。

 

(と、とりあえず落ち着かなきゃ)

「あら? どこに行くのですか?」

「え?」

 

 一旦風呂に浸かってリフレッシュしようと思ったキースだが、セレナはそれに待ったを掛ける。

 

「折角ですので一緒に浸かりましょう?」

 

 そう言いながら、風呂に入ってセレナは自身の膝の上をアピールする。

 

「…………え?」

 

 もう一度言うが、他意はない。これも彼が前世の姉にされた事だ。

 

「どうしました?」(え? 何その反応、別に姉弟同士なら普通の事だろ?)

 

 ちなみに彼は姉*4に対してカケラも欲情しなかった。

 

「……いえ、なんでもないです」

 

 心底不思議そうな顔で見つめてくるセレナに、キースが抗う術など無かった。

 

「ふふ、こうして一緒に湯を浸かるのも久しぶりですね」(なんか和むわー、姉さんもこんな気持ちだったのかな?)

「ハイ、ソウデスネ」(無心無心無心無心無心無心)

 

 それからたっぷり一時間が経過し、セレナはスッキリした様子で風呂から出た。

 

「付き合ってくれてありがとうございます。また一緒に入りましょうね」

「……はは」

 

 その日、キースは夕飯以外を自室のベッドの上で過ごした。翌朝、布団にくるまりモゾモゾとする姿を誰にも見られなくて本当に良かったと彼は思ったらしい。

 

▼▼▼

 

 故郷に帰って半月。家族と団欒したり、カエラとお出かけしたり、地元民と交流したり、キースと戯れたり、彼は存分にスローライフを送っていた。

 

(……あ)

 

 そう、送り続けていたのだ。やる事があったのも忘れて。

 

(師匠のとこ行かなきゃじゃん)

 

 夕飯を食べてる最中にそれを思い出した彼は、その日の夜に急いで行動に移った。

 

(危ない危ない、マジでそのまま夏休みを終える所だった)

 

 あと数日で王都に帰らなければならない。帰る直前に思い出さなくて良かったと冷や汗を掻きつつ、彼はコッソリと家から抜け出して町はずれの古びた一軒家へと訪れた。

 

(さーて、くたばってなきゃ良いんだけど)

 

 中々に失礼な事を考えながら、彼は扉をノックする。

 

「入るぞ師匠ー」

 

 そしてすかさず扉を開け、ズカズカと遠慮なく家の中に入っていった。

 

「生きてるかー? 可愛い可愛い弟子の訪問だぞー」

 

 いつものようにセレナとして振る舞う事はしない。今から出会う相手には全くの無意味である事を知ってるし、その相手からも気持ち悪いから止めろと言われたからだ。

 

「……うるさいぞ、童」

「お、生きてたか」

 

 そんな件の人物は、リビングの安楽椅子に腰掛けていた。

 

「半年見ない内に一段と窶れたなー、もう半年もしたらポックリ亡くなるんじゃないのか?」

 

 枯れ枝のような四肢に皺だらけの顔。光を映さない目は閉ざされ、音を拾わない耳は形だけあるばかり。

 年老いた盲ろう者、ガゼル・ディアハート。それが彼の魔術の師であった。

 

「そう思うのならお前も労われ」

「冗談冗談。どうせ師匠の事だし、なんやかんや後十年ぐらい余裕で生きれるだろ」

「だとしても少しは労わる事を覚えろ、童」

 

 ガゼルは彼の方向に顔を向けて、会話をする。

 

「そんなに労わって欲しいならセレナに頼めよ───えっと、大丈夫ですか? お体に障るのならまた明日にでも伺いますので」

「やめろ気色の悪い。お前のソレは途端に混ざり気が出来て気持ち悪くなるのだ」

「───は? おいおい師匠、今俺の嫁の悪口を言ったか?」

「お前に言ってるのだ童。なぜ振る舞いを変えるだけでお前の中にセレナという娘の人格が表出するのだ」

 

 シワがれた声で、しかしハッキリと受け答えをするガゼル。盲ろう者である彼が何故こうも明確に言葉を交わせるのか。それは彼の持つ魔術にあった。

 

 心眼の魔術師。そう呼ばれる彼の持つ魔術は、弟子であるセレナと同じく精神干渉だ。そしてその中には、彼が編み出した彼だけの魔術があった。それが二つ名にもなっている【心眼】である。

 

 あらゆる生命が持つ精神、言い換えるならば魂。そこから表出した情報を受け取るのが心眼という魔術の効果だ。

 心眼で知覚できる情報はそれだけじゃない。直前までその場に誰が居たかを残留思念で知れたり、表層意識にある思考を読み取ったりする事も可能だった。

 

「あー、うん? ……つまり、俺は自分の力で理想の嫁を具現化しつつあるという事か!」

 

 並の目や耳より優れた性能を持ち、相手の本性を見破る事に非常に長けた心眼。

 

「馬鹿げた話だがそうらしい。……本当に人間なのか疑わしくなってくるぞ、童」

 

……なのだが、その心眼をもってしても彼の演じるセレナ・ユークリッドという理想の嫁は、実在すると誤認してしまう程に完成度が異常だった。

 

「それで、結局なんの用だ? 童もこの時間に来たという事は、家から抜け出したのだろう」

「ああ、そうだった。朝になったらシルフィが起こしに来るだろうし、早くしなきゃ」

 

 さっさと話を聞いて帰ろう、そう考えた彼が何を聞こうとするのか。ガゼルは心眼によって直前に理解し、その内容に顔を強張らせる。

 

「───魔術協会についてなんだけど」

*1
歓喜に震える男衆

*2
実寸大

*3
彼もそうだったように

*4
超美人

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