拗らせTS童貞は理想の嫁を演じたい   作:ブナハブ

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 王国全土で禁忌と指定されている魔術、それを学ぶ魔術師は、例え王族であろうとバレたら即極刑に処される。

 そんな肩身の狭い魔術師がバレずに魔術を究めようとすると、相応のコミュニティが必要となってくる。そのコミュニティこそが魔術協会であった。

 

 魔術協会に共通の目的は無い。一応のリーダーは存在するが、ほとんど上下関係もなく誰かの指図を受ける筋合いも無い。メンバー内の争いは御法度だが、誰に協力するもしないも個人の自由だ。

 魔術協会が存在する理由は二つ。一つは、魔術師達が安心して魔術の研究を行える拠点を確保する事。もう一つは、聖騎士隊に関する情報の共有である。

 

 魔術師にとって一番の天敵は聖騎士隊だ。純粋な強さで言うなら王国騎士団の方が上だが、それを加味しても魔術師達は揃って聖騎士隊の方が厄介と言うだろう。

 恐ろしいのは、その執念深さ。例え魔術師が百の人質を取っても、聖騎士隊は一人の魔術師を殺す為に尊い犠牲だと言って切り捨てる。魔術協会の拠点を見つけようものなら、どんな犠牲を払ってでも皆殺しにしようとする。

 

 神の意思に背いた魔術師は、獣人よりも罪深い。その考えのもとに裁こうとする聖騎士隊は、魔術師にとってあまりに脅威だ。魔術協会が生まれたのは、そんな聖騎士隊に対抗する為でもあった。

 

(魔術協会……その言葉を他人から聞くのは久しぶりだな)

 

 ひょんな事から彼の師匠を務めているガゼルは、彼がその名を告げた事に多少驚くものの、すぐに考え直す。

 

(いや、童も魔術師だ。魔術師なら一度は必ず耳にして然るべきだろう)

 

 彼を弟子にしたのは、実に不本意な事だった。それは六年前、町はずれのボロ屋に越して来たガゼルへ彼が挨拶しに行った時の事だ。

 

『お前は……なんだ?』

 

 目と耳が使えないガゼルは、心眼でのみ外の世界を知る事が出来る。そして心眼で人物を見た場合、本人が認知している自分……つまり、その人の本来の姿が映し出される。

 心眼で映し出された彼の姿は、ガゼルが送った長い人生の中でも一際異質だった。金髪碧眼の少女にも見えれば、黒髪黒目の男にも見える。それらが継ぎ接ぎに重なり合い、一つの人間として存在していた。

 

『───なんで分かった?』

 

 不気味な姿にガゼルが問い詰めていると、彼は豹変して襲いかかり、尋問に掛けた。そこで彼は魔術の存在を知り、ガゼルに取り引きを持ち掛けたのだ。

 

『俺の事を死ぬまで隠し通せ、それと魔術についても教えろ。でなきゃ殺す』

 

 取り引きと言うより完全な脅しだが、ガゼルはそれに頷いた。これが彼が魔術を学んだキッカケである。

 

「童よ、その名をどこで聞いた?」

「前に魔術師を見つけてな、そいつから聞いた。迷宮の魔術師って言うんだけど、知ってるか?」

 

 その言葉からは、暗にお前も魔術協会に居たんだろうと言っている事が分かった。

 

「……いや、知らんな。恐らくワシより後の世代の奴なんだろう」

 

 もはや隠しても無意味だと悟ったガゼルは、自身が魔術協会に所属していた事を前提に話を進める。

 

「あー、やっぱ師匠も魔術協会に居たんだ。けどその口ぶりだと、もう入ってないらしいな」

「ああ、居たのはもう十年以上も前の話だ」

「十年前、確か魔術協会が潰れた辺りの年か」

「そこまで知っているのか?」

「根掘り葉掘り聞いたからな。魔術で」

「……そうか」

 

 となるともうその魔術師は死んでいるだろうと、ガゼルは予想を立てた。記憶を探る行為は、相手にとってかなりの負荷となる。慎重にすれば無事に済むが、彼がそんな配慮をする訳ないとガゼルは思っていた。

 

「じゃあこれも知らないのか、少し前に魔術協会がまた潰れたって話も」

「なに?」

 

 何気なく話した彼の言葉に、ガゼルは思わず声をあげた。

 

「多分お察しだろうけど、やったのは聖騎士隊だとさ」

「そうか、そうか……」

 

───しくじったらしいな。

 

 最後に出かけた言葉を呑み込んで、ガゼルは天井を眺めながら思いふける。

 

 

 

 

 

 

 ガゼル・ディアハート。とある山奥の村で生まれた彼は、生まれつき目と耳が悪かった。

 成長と共に目と耳は悪くなる一方で、このままいくと二十歳になる頃には機能が完全に失われるとも言われていた。

 

 遠出して大きな教会で高位の治癒の加護を受けて貰うなどの金が掛かる方法は、村が貧しい為に使えない。

 なんとか神に祈って救いを受けるしか無い。それが村の考えだった。だが祈れど祈れど救いは来ない。それに対し村人達は、信仰が足りないと言い続ける。

 

 強い信仰心を抱いて祈れば必ず神は救ってくれる、だから祈り続けろと。だから彼も祈り続けた。懸命に、熱心に、祈り続けた。そして十八の時……彼の目は、完全に機能を失った。

 

 なぜ、なぜ神は救ってくれないのか。それに対する村人達の答えは決まって同じである。

 

───信仰が足りなかったから。

 

 信仰、信仰、信仰、そもそも神はなぜ信仰すれば救ってくれるのだ? なぜ加護を与えるのだ? この目と耳を直して貰う為には、どれほどの信仰心が必要なのだ?

 

 神への疑心に満ちた彼に、もはや信仰心など持つ事は出来なかった。次第に持っていた加護の力も失われていき……そんな時だった、魔術師と出会ったのは。

 

『坊主、魔術を学んでみねえか?』

 

 もはや耳すら完全に機能しなくなった頃、久しぶりに他人の声が聞こえてきた。

 

『俺の魔術は、見えない物を見る為の魔術だ。きっと坊主が持つ問題も解決するだろうぜ』

 

 それは彼にとって願ってもいない話だった。ただ魔術を学ぶ事は禁忌だと知る為、躊躇いもあった。

 

『……坊主、これだけは覚えとけ。魔術は単に恐ろしい物なんかじゃない。人間が神に頼らず自分達で築いてきた、努力の結晶なんだ』

『努力の、結晶』

『それとこれは俺の勘になるが……この魔術は、お前みたいな奴にこそ使われるべきだ』

 

 それから彼は、すぐにその魔術師と共に村から出た。迷いはない。神の禁忌に背く恐れも、村を出ると同時に捨てていた。

 

 魔術師の言った通り、彼は魔術を学んで自身の問題を解決できた。心眼という独自の魔術を開発する事で、目と耳を使わずとも外の世界を知れるようになったのだ。

 

『魔術は人間にとって必要な技術だ。神に頼らず、人間は今こそ自分の力で歩くべきなんだ』

 

 彼は救われた。祈れば救ってくれる神ではなく、人間が生み出した魔術によって。だからこそ彼は、魔術の伝道者として人生を捧げる事に決めたのだ。

 

 最初は順調だった。自身の考えに強く賛同する優秀な弟子が一人出来て、他にも仲間は続々と集まった。いつしか自らが魔術協会のリーダーとなり、組織は過去最大規模にまで大きくなった。

 

 本当に、本当に上手くいっていた。……十年前、突如として現れた聖騎士隊に襲撃されるまでは。

 

 彼も聖騎士隊は十分に警戒していた。だからこそ拠点も外部に悟られないよう細心の注意を払っていた。しかし、バレた。他ならぬ神の手によって。

 聖騎士隊を所有する聖都エルティナには、神から天啓を授かる事が出来る聖女が居た。その天啓により、魔術協会の拠点は白日の下に晒されたのだ。

 

 殺される多くの仲間、殺戮を繰り返す聖騎士隊……神という、抗う事も欺く事も不可能な上位存在。

 

 その瞬間、彼の心はポッキリと折れた。無理だと。この世に神が存在する限り、魔術が繁栄される事は無い。そう確信してしまった。

 

▼▼▼

 

 それ以降、ガゼルは残りの人生を静かに暮らす事に決めた。生き残った弟子はまだ諦めていなかったが、それについて行ける気力は彼に無かった。

 その後の魔術協会がどうなったかは知らない。もし再び結成されたのなら、その時はきっと自身の弟子がリーダーとして指揮を取っているだろう。……そして恐らく、もう既に。

 

「……すまなかった。魔術とその教えを伝えた筈のワシは、その矜持を持って最後までお前と共に戦えなかった。本当に、すまなかった」

 

 現在の弟子、つまり彼がこの場から去った後、ガゼルは一人となったリビングで懺悔を繰り返した。

 

(……結局ワシは、何も成せなかった。ただ僅かな希望を抱いて死ぬしか出来ずにいる)

 

 齢八十のガゼルは、今更死を拒んだりしない。いや、十年前にはとっくに生への執着など失っていた。……ただ、ほんの少しだけ心残りはあった。

 

 魔術が繁栄する未来、その可能性を僅かなりとも見た後に死にたい。せめて希望を持って死にたい。

 

(あの童は、魔術を広めようなどと微塵も思っておらん。とことん私利私欲の為に魔術を究めようとしている)

 

 だからこそ、ガゼルは彼の取り引きに応じたのだ。別にあのまま殺されても良かったが、だからと言って今すぐ死ななくても良い。

 

(だが、アレは他と何かが違う)

 

 彼に魔術を教えて暫くして、ガゼルは彼が加護を扱う光景を目撃した。決して両立する筈のない魔術と加護を、彼は扱えていたのだ。

 

(童はワシの志を受け継ぐ気など無いだろう。が、童にその気はなくとも必ず世界に何かしらの影響を与える)

 

 それが良い方向か悪い方向か分からない。そもそもなぜ神が彼のような存在を放置しているのかすら分かっていない。しかし、そんなのガゼルにとって些末事だ。

 

(童よ、我が道を進め。その為に魔術を究めたいならワシも惜しみなく協力しよう)

 

 彼が自分の目的の為に行動を起こす。それがきっと、世界に多大な影響を与える事だと信じて。

 

「───む?」

 

 その時、ガゼルは家の外から気配を感じた。

 

(なんだ、コイツら?)

 

 ガゼルのもとに訪れる人間は、弟子である彼以外にほとんど居ない。それも複数人で、しかも一人や二人じゃなく十人以上という規模で。

 

(……年貢の納め時という訳か)

 

 こんな大人数が来る事は今まで無く、きっと嗅ぎつけた聖騎士隊がやって来たのだろうとガゼルは察する。

 

(童にこれ以上の事を教えれんのは悔やむが、まあ奴なら勝手に成長していくだろう)

 

 死ぬ前に希望が抱けて満足だと、ガゼルは惨たらしく殺される前に自害しようとした。

 

(……?)

 

 その直後、気配の一つが家の中に入って来た。他の者が動いた様子は無く、たった一人で。

 

(なんだ? この感覚は……子ども?)

 

 心眼を使えば、面と向かっていなくても相手の大まかな情報が分かる。そこで分かったのは、一人で入って来た人間が幼い少女だという事だ。

 ピンク髪のツインテール。歳は恐らくセレナの少し下で、ただし見た目は年齢に比べて幼い。……そして、ある存在だけが発する独特なオーラを持っていた。

 

「まさか」

「───こんばんは」

 

 相手が何者かを理解した時、彼女はガゼルの前に立って言葉を掛ける。

 

「こんな夜中にごめんなさいねオジサマ、通りかかったついでに寄ろうと思って」

「……何か用か、同胞よ」

「あら? なんでか警戒心強め……あーそっか、自己紹介がまだだったわね。じゃ、改めて」

 

 可憐で優雅に、彼女は答える。

 

「はじめまして、私は魅了の魔術師ミリア……オジサマの弟子の娘と言ったら分かるかしら?」

「……っ!」

 

 今日一番の驚きを見せるガゼルに、彼女は幼い見た目とは裏腹に妖艶な笑みを浮かべた。

 

▼▼▼

 

 長いようで短かった夏休みも終わりを迎え、生徒達は王立学園へとむかう。

 

(あ〜、結局手掛かりゼロかよ)

 

 長い休み明けの登校初日という事もあって腑抜けた生徒が多い中、彼も彼で気怠い雰囲気を放っていた。勿論、それを表には出さないが。

 

(探すにしても盗賊と違って簡単には姿を見せないだろうし、やっぱ前みたいに漁夫の利を狙うしかないのか?)

 

 魔術師について情報を得たいが為に師であるガゼルのもとへ訪れた彼だったが、その結果は芳しくなかった。

 

 ガゼルが魔術協会に居たのは十年前……聖騎士隊によって壊滅させられる前の話だ。それ以降、ガゼルは新たに出来た魔術協会にも所属していなければ、他の魔術師と連絡も一切取っていない。何か知っていたとしても、それは十年以上も前の古い情報だ。

 

「久しぶりの王立学園! 皆さんと会えるのが楽しみです!」

「ふふ、そうですね」(あーそっか。学園が始まったって事は、奴とも会わなきゃダメか)

 

 奴というのは、ルークの事である。彼にとってルークとは、未だに自身の嫁を奪う可能性の高い敵であった。

 

(学園モノの夏休みなんて、絶対にイベントの一つや二つ起こしてるだろ)

 

 それと異世界ハーレム主人公とも思っているので、もしかしたら夏休みの間に新たなヒロインをゲットしているのではと考えた。

 

「あ、皆さん居ました! 行きましょうセレナ様!」

「カエラ、嬉しいのは分かりますが転ばないで下さいね」

 

 噂をすればなんとやら、登校する生徒達の中に友人の姿を見かけたカエラは、セレナを連れてそちらの方に向かった。

 

(まあ、新ヒロインが出たなら勝手にラブコメしといてくれ。そしたら自然と嫁に関わる事も無くなるし)

 

 ちなみに実例としてルークは夏休み前で剣術クラブの先輩と様々なイベントを起こしていたのだが、その間はセレナに接触する頻度が低くなったのだ。

 

「皆さーん! お久しぶ……」

「お久しぶりです」(……おや?)

 

 向かった先には、見知ったメンバーが揃っていた。

 苦笑するルーク、睨むエリーゼ、アワアワするロッシュ。

 

「───ねえ、いつまでルークにくっついてんの?」

「……? なぜって、ルーク様をお慕いしていますから?」

「〜ッ! 早く離れなさいよ!」

 

……そして、ルークの腕に抱きつく白髪碧眼の少女。

 

「なぜ貴女にそのような事を……ハッ! まさか貴女もルーク様の事を!?」

「え? いや、それは……そ、そう! ルークが歩き辛いと思って言ったのよ!」

「まあ! 確かにその通りですわ、失礼しましたルーク様!」

「う、うん、気にしなくていいよ」

(…………おんやぁ?)

 

 その瞬間、彼は察した。

 

「えっと、その方は一体……」

 

 見知らぬ人物が混じっている状況にカエラは困惑し、挨拶も忘れて思わず尋ねてしまった。

 

「あ、セレナにカエラ」

「この方達は、ルーク様のお友達ですの?」

「そうだよ」

「なるほど、でしたらご挨拶しなければですね!」

 

 そう言うと彼女はセレナ達の方に体を向けて姿勢を正し、ちょこんとスカートを持ち上げて優雅にお辞儀をした。

 

「はじめまして、(わたくし)はメルティ・エルロード。エルロード侯爵家の長女ですわ」

「こ、侯爵……!?」

 

 貴族の中でも爵位の高い侯爵貴族。そんな人物と生まれて初めて対面したカエラは、少しばかり萎縮してしまう。

 

「そして!」

 

 そんなカエラを置いて、彼女はルークの腕に勢いよく抱き付き、

 

「あ、あんたまた……!」

「この方、ルーク様のフィアンセですわ!」

 

 そう宣言した。

 

「え、えー!?」

「まあ」(あー、やっぱそういう感じか)

 

 いきなりの発言にカエラとセレナ*1は驚き、そして周りに居た生徒達も同様の反応を示していた。

 

「な、な、なに言ってんのよあんた!? ルーク、本当なの!」

「違うよ!? いや、メティも違うからね?」

「あら、確かにそうですわね。まだそうなる予定のだけでした」

「未定だよ!?」

 

 ワイワイ騒ぐ三人からロッシュは離れ、セレナ達の方へ行ってコソコソと喋った。

 

「ルークとメルティさん、なんだか夏休みの間に色々とあったらしいんだ。それでメルティさんがルークを好きになって」

「な、なるほど」

「そういう事でしたか」(知 っ て た)

 

 ウェーブのかかった腰まである真白の髪。空色の目は若干鋭く仏頂面だと怖そうだが、そんな印象を皆無にするほどの愛嬌ある振る舞い。

 

(にしてもエルロード家って……凄いのが出てきたなぁ)

 

 メルティ・エルロード。侯爵貴族の中でも一際強い力を持つエルロード家の令嬢、それがルークの新たなヒロインであった。

 

 

 

 

 

 

「───これが、(わたくし)とルーク様の出会いですわ」

 

 昼休み、王立学園の食堂にて。メルティは冷やし中華を食べながら皆にルークと夏休みの間に何が起きたかを語った。

 

(あー、はいはいなるほど。つまり悪役令嬢ポジに立たされたメルティちゃんをルークが救った訳ね)

 

 ものすごいざっくり要約したが、彼の行った事に間違いはなかった。

 

 セレナ達と同じく地元へと帰ったルークとエリーゼ。そこでルークは偶然にも家出したメルティと出会い、その後も密かに会って話す仲となった。

 仲良くなったルークは彼女の抱える問題を知る事となる。高い身分を持つが故の厳しい家庭環境、外面だけは良い下衆な婚約者、それらの問題を解決すべくルークは立ち上がる。

 エリーゼや頼れる地元民の手を借りて徐々に解決していくルーク。最終的にはメルティを悪役令嬢に仕立てて婚約破棄しようとする婚約者を逆に成敗して、メルティを全てのしがらみから解放させた。結果、ルークはメルティに惚れられたのだ。

 

「そ、そんな事があったのですか」

「ルークの奴ってば酷いのよ、肝心な時にアタシを置いて」

「いや、それは危ないと思ったからで」

「なによ?」

「まあまあエリーゼ、落ち着いて……って言いたいけど、僕もその場に居て置いていかれたら多分やきもきしちゃうと思う」

「うっ……ごめん」

 

 数的不利を悟ったルークは、渋々ながら謝った。

 

「ところでルーク様、なぜメルティ様の事をメティと?」

「ああ、それは」

(わたくし)がそう呼んで欲しいと言ったからですの!」

 

 メティは自身の愛称だと、メルティはルークの発言を遮って自慢げに答えた。

 

「そ、それはつまりルーク様だけにしか呼ばせないという?」

 

 その答えにカエラは頬を赤らめて質問する。あまりその手の話を周りで聞かない為、興味津々だった。

 

「いえ、別にルーク様だけじゃありませんよ? 皆様も呼んでくれると嬉しいですわ!」

「あ……そうでしたか」

 

 しかしメルティからは予想と違う答えが返ってくる。ちょっぴり残念に思うカエラだが、それはそれとしてメルティの愛称は有り難く使わせて貰う事にした。

 

(……ふむ)

 

 一方、彼はそんな光景を一歩離れた立ち位置で眺めながら考える。

 

 ルークの幼馴染であるエリーゼ、ルークが所属する剣術クラブの先輩、そして今回登場したお嬢様のメルティ・エルロード。

 

(これでルークのヒロインは三人か)

 

 他にもルークの知り合いとしてカエラは居るが、今のところ攻略された様子も無いので除外した。それとセレナについてだが、そんなの許される訳ないだろと彼は候補にすら上げなかった。

 

(この中で一番モテるのは、やっぱメルティちゃんか?)

 

 剣術クラブの先輩の事は詳しく知らないので分からないが、仮に知っていたとしても彼はメルティが一番周りにモテていると考えただろう。

 

(まあ嫁と双璧をなすマドンナだし、ぶっちぎりだろうな)

 

 なにせ彼女は、王立学園のマドンナとして周りから密かに持て囃されている存在なのだ。

 

 入学式から約半年、その半年間で二人の一年生は学園中から認知される有名人となっていた。

 非常に親しみやすく、どんな相手でも優しく受け止めてくれる慈愛の聖女、セレナ・ユークリッド。

 上級貴族とは思えないほど天真爛漫で、愛嬌がありつつも皆を引っ張る不思議なカリスマ性を持った愛されお嬢様、メルティ・エルロード。

 

 二人の少女の存在は瞬く間に噂され、今や王立学園のマドンナとして二大巨頭を築いていた。

 

「なんだあの男」

「メルティちゃんとベッタリしやがって」

「私達のメルティ様を独り占めするワケ?」

 

 学園のマドンナの称号は伊達じゃない。この通り、メルティからガッツリ好意を寄せられてるルークは、至る所で負のオーラをぶつけられていた。しかも学園に登校してからずっとだ。

 

(まっ、ハーレム主人公が背負う悲しい(さが)だよな。ドンマイ)

 

 居心地の悪そうにするルークを見た彼は、心の中で適当に言葉を投げながら*2食堂のカレーを食べる。

 

「───それで(わたくし)、思ったんですの。ルーク様のような魅力的な殿方を(わたくし)以外が狙わないとは限らないと」

「あはは、そうハッキリ言われると少し恥ずかしいな」

 

 その間もメルティを中心とした恋の話は続き、彼女はルークと結ばれる為に何をやっているかを本人の前で語った。

 

「そこで! (わたくし)は今日のルーク様の学園生活を見て、恋のライバルが居ないかを密かに探しておりましたの」

「ふ、ふーん?」

「そして気付きましたわ、恋のライバルとなり得る方がこの中に居ると!」

(あちゃー、遂にバレちゃったか)

 

 エリーゼはルークへの好意を隠しているが、正直言ってバレバレであった。……バレバレなのだが、奇妙な事に今までエリーゼの好意に気付いた者は、彼を除いてこの中に存在しなかった。

 

「ズバリ!」

(どうすんだろ? やっぱツンデレらしく誤魔化すのかな?)

 

 この後の展開を予想しながら観戦していると、メルティはシュバッと自信満々に指差した。

 

「貴女ですわ、セレナ・ユークリッドさん!」

 

 

 

 

 

 

【……あ??????】

 

 

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

 それは一瞬の事だった。気のせいかと、思い違いかと考えてしまうほどに刹那の出来事。ルークはその瞬間、途轍もない殺意を感じた。

 

(な、なんだ今の?)

 

 押し潰されるほどに重々しく、息が詰まるほどに濃厚な、そんな死を具現化させた悍ましい殺意をルークは確かに感じ取った。

 

「え!? そ、そうだったのですかセレナ様!」

「違いますよ」

「……ッ」(ま、まただ。また感じた)

 

 冷や汗が止まらない。動こうにも殺意が出た瞬間は体が硬直してしまい、それ以降も震えを抑えようとする始末。

 

「メルティさん、エリーゼさんはどう思いますか?」

「うぇ!?」

「エリーゼさん、ですか?」

(み、みんな気付いていない?)

 

 三度目の殺意。もはや気のせいじゃない事は明白で、けれど自分以外に感じ取った者は見当たらない。

 

「エリーゼさんはルーク様にツンツンしておられますので、違うと思いますけど?」

「ウッ」

 

 メルティの何気ない言葉にグサっと来たエリーゼは、項垂れてブツブツと独り言を始めた。

 

「なぜ私が、そうだと思ったのですか?」

「セレナさんは学園でも聖女のような優しさを持つ事で有名ですわ。そんな方なら同じく心優しいルーク様をお慕いしてるかも、と。それに今はそうじゃなくても、将来そうなる可能性もあり得ると考えましたの!」

「…………そうデすか」

「ッ!」(なんだ、本当になんだこの感覚!?)

 

 会話を聞く事もままならない。ルークは謎の殺意の居所を探そうと、必死に辺りを見回した。

 

「ル、ルーク大丈夫? なんだか凄い汗の量だけど」

 

 ルークの異変に気付いたロッシュは、コッソリと耳打ちして尋ねる。

 

「ロッシュ……いや、なんでも無いよ」

 

 まだ正体も分かってない今、無闇に伝えて混乱を招くのは良くない。そう判断したルークは、はぐらかす事にした。

 

「お伝えしておきますが、私はルークさんの事を恋愛的に好きとは思っていません。今後そうなる事も無いと思って大丈夫です」

「そ、そうなんですの? うむむ、ですがルーク様がセレナさんを好きになるという事もあり得ますし……そうですわ!」

 

 メルティは立ち上がり、声高らかに言う。

 

「セレナさん、貴女も女王祭に出て下さいませ!」

「……女王祭、ですか?」

(あ、あれ?)

 

 直後、断続的に感じていた殺意がパタリと存在を消した。

 

「はい、数ヶ月後に開催される女王祭。そこでどちらの方が魅力的か白黒決めましょう!」

「え?」

 

 ようやく会話に意識を向けれるようになったルークは、メルティが放った言葉に困惑の声を漏らした。

 

「「「「「ッ!!」」」」」(何ィィ!?)

 

 その時、聞き耳を立てていた周りの者達がガタッと勢いよく席から立ち上がった。その思いは皆一つ。

 

『学園のマドンナ二人が、女王祭に!?』

 

 なにやらメルティやセレナと仲の良いらしいルークという男の存在も忘れて、生徒達は突然訪れたビッグイベントに心を躍らせる。

 

(な、なんでそうなったの?)

 

 一方、当事者であるルークは状況を飲み込めず置いてけぼりだった。

 

▼▼▼

 

(女王祭……なるほど、なるほど)

 

 メルティに告げられた言葉を彼はじっくりと噛み締めた後、

 

(───うん、さっきの発言は許す)

 

 殺意に満ちたドス黒い感情から一変、彼の心は清々しい晴天へと様変わりしていた。

 

(いやー、一時はどうしてやろうかと思ったけど)

 

 直前までメルティの不用意な発言に殺意で満ちていた彼は、その矛先をルークに一点集中する事でなんとか周りに悟られないようしていた。

 

(まさかそんな、願ってもない話をしてくれるなんてな)

 

 何度も何度もメルティの言葉に怒り狂うも耐え続け、人気の無い所で二度と同じ事が言えないよう調教を施すつもりだった。が、彼女の提案はそれら全てを不問にしても良いぐらい彼にとって貴重な話だった。

 

 グレイスフィア王国では、五年に一度だけ王都に中心に王祭という大きな祭りを開く。その祭、各分野の王国ナンバーワンを決めるべく様々な大会が開かれる。

 一番の強者を決める武王祭、神への信仰心の高さをアピールする聖王祭、何かしらの研究成果を発表する賢王祭などなど、その内容は多種多様だ。その中の一つにあるのが女王祭だった。

 

 女王祭の内容は、王国で最も魅力的な女性を決めるというもの。俗に言う所のミスコンである。

 審査員は、女王祭を見に来た観客全員。毎年そこそこの人数が集まっており、優勝が目的じゃなくても自分をアピールするという点においてこれ以上ない場であった。

 

(本当、どう参加したら良いのか悩んでたんだよね)

 

 彼は女王祭に是が非でも参加したかった。しかし嫁が自ら参加を申し込むのは解釈違いであり、周りにも自然な形で参加を促してくれるような人物が居ない。そんな要因が重なったせいで彼は女王祭に参加出来ずにいたのだ。

 

(けどメルティちゃんのお陰で、参加の目処は立った)

 

 本来なら女王祭への参加は控えた方が良い。理想の嫁を体現するという元々の目的からズレているし、なにより嫁を必要以上に目立たせて余計な敵を作る可能性もある。

 

(これで嫁の輝く所が見れる!)

 

 それでも彼が参加したい理由は、嫁が輝く姿を皆に見せたいから。

 別に嫁をアイドルのように活躍して欲しいとは思っていない。これはある種の自己顕示欲である。

 前世で生涯を掛けて探し続け、死んでもなお異世界に転生する事でようやく見つけた自分の嫁は、こんなにも素晴らしいのだと皆に知らしめたい……要するに、彼は嫁自慢がしたいのだ。

 

「えっとセレナさん、お返事を聞いても?」

 

 ボーッとするセレナに、メルティは首を傾げながら尋ねる。それに対するセレナの答えは一つだった。

 

「……分かりました、参加しましょう」

 

 直後にシーンと静まり返る食堂。

 

『ウオオオ!!!』

 

 その間、生徒達の心の中は大いに盛り上がっていた。

 

 

 

 

 

 

「女王祭かぁ、学園でも人気のある二人だったら優勝も夢じゃないかもね」

 

 セレナとメルティ、学園のマドンナである二人が女王祭へ参加する事を宣言したのを聞き、ロッシュはそう言った。

 

「う、うん、そうだね」

 

 ようやく状況を飲み込めたルークは、その言葉になんとか返事をする。

 

「そういえば、ルークって武王祭に参加するの?」

「武王祭? うーん……参加するつもりだけど、まず予選を突破できる自信が無いんだよね」

 

 一番の強者を決める武王祭は、成年の部と少年の部で分けられている。そのどちらも王国中から参加者が集うほど大人気で、武王祭の舞台へ上がる為にはまず予選を勝ち抜く必要があった。

 

「そっか、僕も武王祭に参加する予定だよ……そして、優勝を狙ってる」

「……」

 

 確固たる意思を秘めたロッシュの瞳に、ルークは少しばかり目を見張る。

 

「今まで弱く見られてばかりだったから、武王祭で証明して見せるんだ。僕が真剣に騎士を目指してるって事を」

「……そっか」

 

 覚悟を持って挑むロッシュの姿を見て、ルークは一呼吸して気合を入れてから言葉を紡いだ。

 

「だったら話が変わってくるね」

「え?」

 

 ルークはロッシュと目を合わせて答える。

 

「武王祭、俺も優勝を目指す気で挑むよ」

「ルーク……」

 

 その瞳からは、ロッシュにも負けないぐらい強い意志が籠っていた。

 

「戦う事になったら、その時は全力で」

「……うん」

 

 そう言ってルークから差し出された手を、ロッシュは固く握って答えた。

 

▼▼▼

 

「───という訳で、この度めでたく嫁の女王祭への参加が決定しました!」

「……」

 

 その日の夕方、バロウズ商会本店の応接室にて彼はエリックへ会いに行っていた。

 

「そ、そうか。それは良かったな」

 

 出会って開口一番にそう言われたエリックは、どう反応したら良いのか分からず困惑する。彼の方から出向くなんて久しく無かった為*3、何かあったのかと大急ぎで来てみたらコレだ。

 

「いやー、こんな嬉しいイベントなんて早々ないよな。会長も王祭でなんかするのか?」

「ああ、今年出したカメラについて周りから色々と尋ねられてな。折角だから商会のアピールも兼ねて賢王祭でカメラの説明をしようと思うのだ」

「へー、まあ頑張れよ。賢王祭の採点基準とかよく知らんけど、まあお前なら優勝も行けるんじゃないのか?」

「当然だ。他が何を出しても一番になる自信はある。……ところでセレナ殿、そろそろ本題を聞いても良いか?」

 

 嫁が女王祭に出た。その嬉しさを共有したくてやって来た。ただそれだけ。……そんな事をする相手じゃないのは、エリックもとうの昔に理解していた。

 

「あーはいはい、早く俺との話を切り上げたいんですよねー。ったく、嫁の晴れ舞台をなんだと思ってるんだ」

「……」

 

 若干それだけの為に来る可能性も出てきたが、幸いにも今回は違うらしい。

 

「率直に言うぞ。お前、女王祭を盛り上げろ」

「…………すまん、なんだって?」

 

 聞き間違いだろうか? いや違う。エリックは目の前の悪魔を対等な立場で相手取るべく、常に神経を張っている。そんなエリックが、彼の言葉を聞き間違う筈がない。

 

「女王祭に人が多く来るよう盛り上げろ。宣伝、投資、会場の質向上、とにかく持てる力を全て使って女王祭を盛り上げろ」

「……理由を、聞いても良いか?」

「そんなの決まってる」

 

 やはり聞き間違いじゃ無かった。思わず理由も尋ねてしまったが、なんかもう聞きたくない。

 

「───嫁の晴れ舞台だ。より多くの人に来て欲しいと思うのは、夫として当然の事だろ?」

*1
内心はどうあれ

*2
口には出さない

*3
しかもアポなし

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