ラスト スタンド オブ・ジェットジャガー 作:よよよーよ・だーだだ
空に輝く、真っ赤な太陽。
私の眼前で果てしなく広がっているのは、廃墟と化した街並み。
当て所なく彷徨う中、私の記憶回路が昔の場面を再生し始めた……。
その日、地球連合政府主催の広報イベント『Gフェス』は盛況であった。
世界各地で怪獣が猛威を振るう、怪獣黙示録の時代。暗い世相ではあったがそれでも人々に希望を与えるべく、地球連合政府はこの手のプロパガンダにも力を入れるようになっていた。
この『Gフェス』もそのひとつだ。対怪獣特殊戦闘軍Gフォースが全面協力した盛大なイベントで、各種防衛兵器のデモンストレーションとなる総合火力演習をはじめ、Gフォースのトップガンたちによる曲芸飛行航空ショー、エガートン=オーバリーといった最先端クリエイターたちによるイベント映画の上映『チャンピオンまつり』の開催、そして子供向けのライブステージショーなど楽しい催し物が目白押しであった。
そしてその中の一つ、ヒーローショーのステージに私は立っていた。司会役のお姉さんが、私を呼んだ。
「さあ、みんな~! 元気よく我らがヒーロー、〈ジェットジャガー〉を呼ぼう! たすけてえ、ジェットジャガー!」
司会進行のお姉さんの声が響くが、客席からはかつてのような歓声はなく、数人の子供たちがまばらな拍手をする程度だった。
「あっ、ジェットジャガーだ」
それでもステージに上がった私に向かって、数人の子供たちが手を振ってくれた。私もまた手を挙げて精一杯の笑顔――といっても私に表情筋に相当するパーツは無いのでもっぱら無表情だったが――で子供たちに応えてあげることにする。
やがて、敵怪獣役のスーツアクターが現れる。
「あッ、怪獣だあ! さあ皆、ジェットジャガーを応援しよう!」
やがて私は、プログラムされた通りに動き出した。パンチを繰り出し、キックを放つ。その動作は正確で、長年の鍛錬によるものだ。
……しかし、どれだけ殺陣が完璧であろうとも、観客の心を掴むことはできない。
「ぎゃおーん……!」
怪獣役の演者が断末魔のサウンドエフェクトと共に大げさに倒れ込み、すかさず私も仁王立ちしてポーズをとった。ビシッと腕を振るい、親指を立ててサムズアップ。かつての冠番組でも用いていた、ジェットジャガー勝利の決めポーズだ。
……しかし、その瞬間でさえ客席からの歓声はなく、ただ小雨のようにまばらな拍手が申し訳程度に響くだけだった。
「皆~! 地球の平和を守るため、ジェットジャガーが怪獣と戦ってくれたよ! さあ皆~、声を挙げてジェットジャガーを応援しよう……!」
司会役のお姉さんの掛け声に応じ、客席からも「がんばれ~!」という声がかかる。
……だが、その声援がやはり薄いことに私は気づかないわけにはいかなかった。声援よりもむしろ目立ったのは、子供たちの笑い声。
「変な顔~!」
「だっせ~!」
「死ぬほどだっせ~!!」
「死ぬぅ~、アハハハ……!!」
「死ね、ジェットジャガー! 意味もなく巨大化しやがって!」
「貴様のために何人の特撮ファンを失ったことか……この陰険ロボットめ!」
「困ったものですよ。オーバリー映画が持っていた高貴さや美しさ、そして恐怖はどこへ忘れ去られてしまったのか……」
「同感、同感」
「まさに子供騙し、いやさ、子供にすら失笑される安直さ!」
「こんな寒い見世物を折角の休みに見せられるとは、馬鹿にされたものですな、我々子供も……」
「如何様、左様で」
「もっとリアリティに裏打ちされた『大人の鑑賞に耐え得る特撮映画』こそ我々の観たいものなのであって……」
何人か子供じゃない声も混じっていた、というかそっちの方が多かった気がするが、まあそれはいい。
ステージ前の観客席で響き渡る笑いは、私が求めていた歓喜の声ではない。嘲笑だ。やがて、子供たちの誰かがうんざりしたように呟いた。
「ねえねえ、こんな古臭い奴なんかほっといて他に行こうよ~」
そうやって親にせがむ少年の言葉に、他の観客たちも同調した。
「そうだな、もっとカッコいい奴のところに行こう……」
「おい、あっちにメカゴジラ機龍の模型が飾ってあるって!」
「マジか、行こう行こう!……」
そして次々と席を立ち、他の展示の方へと向かって行ってしまう観客たち。もともとまばらだった観客席からはいよいよ人がいなくなり、私一人だけがステージに取り残されることとなった。
「あ、ありがとう、ジェットジャガー……」
ステージを降りる際、司会役のお姉さんがそう声をかけてくれたが、その言葉にはむしろ痛々しさと空虚さが漂っていた。私は無言でうなずき、ステージ裏へと戻ってゆく。
……いったい、いつからだろうか。子供たちの目線がこんなにも冷め切って感じられるようになったのは。
私こと型式番号JJ-23X∶ジェットジャガーは、かつてGフォースの最新技術の粋を集めて作られた。
目的は技術的なデモンストレーション、宣伝だ。最新のナラタケ=エンジンによる人工知能を搭載し、ナノメタル超合金製のボディを備えた超高性能の自律機動戦闘ロボ。完成当初は注目され、往年は私を主役にしたヒーロー番組だって作られた。かつては、私の雄姿を見るために大勢のファンが集まり、歓声が絶えなかったのだ。
……けれど、それも今は昔。
「見て、お父さん! 人類最後の希望、メカゴジラ機龍だって!」
「ほう、これが『怪獣黙示録』史上最大の武勲艦かあ~……」
「本物のヒーローの方が、作り物なんかよりカッコいいね!……」
時代を経るにつれてより優れた防衛兵器、より新しいヒーローが次々と誕生し、やがて私は時代に取り残されてゆくようになった。メカゴジラ機龍をはじめ轟天号、グリフォン、しらさぎ、ガイガン、モゲラ、メカニコング、スーパーX、MOGERA……本物の超兵器である彼ら、その雄姿に大人も子供も夢中になった。
方や、単なる見世物のロボットでしかない私:ジェットジャガー。本物のヒーローたちの魅力を前に、私の存在は霞んでいった。
私が舞台を降りたあと、ステージではかつて私の冠番組で使われていたテーマソング『ジェットジャガーでパンチ・パンチ・パンチ!』のメロディが虚しくリフレインしていた。
「ジェットジャガー、ジェットジャガー♪ ぼくらのジャガー♪……」
こうして、私は忘れ去られた。結局私は、人々が求めるような素晴らしいヒーローになれなかったのだ。
最後に記憶しているのは、メンテナンス作業のためにシャットダウンした時のことだ。
「……お疲れ様、ジェットジャガー」
私のメンテナンスを委託されている民間企業の青年技術者が、私に声をかけてくれた。どうやら彼は今日のステージを見ていたようで、
「まあ、落ちこむな」
そして座り込んでいる私の肩を叩きながら、このようにも言った。
「今日はちょっと少なかったかもしれないが、まだGフェスは初日だ。明日にはきっとお客さんも来て、喜んでくれるさ」
……ありがとう、アリカワ=ユン。
不器用で不愛想ながらも優しい、そんな青年技術者アリカワのささやかな気遣いに礼を告げながら、私はいつもどおりシステムをシャットダウンした。
この時、世界はまだ正常だった。人々は街を行き交い、建物は威容を誇っていた。最後の日だっていつものとおり、私は次のショーに備えて電源を切られるところまでは覚えていた。
しかし再び目覚めた今、それら全てが消え去っていた。
保管庫を出た今、私の目の前に広がっている風景は、かつて栄えた都市の残骸だった。
摩天楼はその威厳を失い、朽ち果てた骨組みだけを空に向かって突き出していた。窓ガラスは砕け散り、鉄骨がむき出しになった建物はまるで巨大な骸骨のようだ。
かつてクルマやバイクが忙しなく行き交っていたであろう道路は、今や雑草が生い茂り、路面の所々には大きな亀裂が走っている。街路樹は枯れ果て、その枝は風に揺られるたびに不気味な音を立てている。
空を見上げれば、赤く染まった雲が流れている。太陽の光を受けて、まるで血のように見える。この世界が傷ついていることを物語っているかのようだ。
瓦礫を踏みしめる度に、かつてここにあった生活の痕跡が感じられる。折れた看板、壊れた車、風化した建物の骨組み――それら全てが、突如として訪れた世界の破滅を物語っていた。
……いったい、なにが起こったのだ。私は混乱しながらも通信システムを起動させ、Gフォース本部との連絡を試みた。
「応答してくれ、Gフォース本部。こちらジェットジャガー。状況報告を求む」
……反応は、無い。
返ってくるのはスノー・ノイズ、雑音だけ。
「誰か……誰か、いないのか?」
私の通信は、廃墟と化した世界でむなしく響き渡るだけだった。
パニックとも呼べる感情が、私の回路を駆け巡り始めた。今の状況は、ロボットである私にも余りにも衝撃的だった。目が覚めたら地球が滅亡していた――そのような事態を、私の電子頭脳はまったく想定していなかった。
「…………。」
しかし、私の電子頭脳は徐々に冷静さを取り戻していった。今はパニックに陥っている場合ではない。状況を冷静に把握し、ただちに行動を起こさなければならない。
私は、よろめきながらも歩き出した。錆びついた関節から、ナノメタル超合金の軋む音が聞こえる。関節の錆は自己修復機能で回復できるから良いけれど、いったいどれだけ機能を停止していたのだろうか。
そのようなことに想いを馳せながら私は一歩、また一歩と先へ進んでゆく。とにかく歩き続けてゆけば、あるいは誰かに出会えるかもしれない。そして何が起こったのかわかるかもしれない……そんな希望に縋りながら。
ざく、ざく、ざく……。
……いったいどれだけ歩いたろうか。
道を曲がると、公園の跡地が見えてきた。錆びついたブランコが風に揺られ、きしむ音を立てている。砂場には雑草が生え、遊具は朽ち果てている。ここで子供たちが遊んでいた光景を想像する。彼らの笑い声が、幻のように聴覚に残る。
ロボットである私に休憩は必要ないが、ふと郷愁に駆られ、私はブランコに腰を掛けた。ボロボロに経年劣化し、真っ赤な錆に覆われて朽ち果てた遊具が、私の重みでぎしぎしと軋んだ。
「…………。」
……本当に、何が起こったのだろう。幾度か日を超え、夜を越え、それでも私は探索を続けたが、その間私は人っ子ひとり猫の子一匹でさえ見かけることは無かった。
真っ先に連想されたのは、怪獣の襲撃だった。たとえばゴジラ。あの恐るべき怪獣王が何かの拍子に暴れ出し、地球人を皆殺しにしてしまった可能性。
「あるいはメカゴジラ機龍の暴走か……?」
しかし、怪獣の襲撃だけでは、この壊滅的な状況は説明できない。もしも怪獣の襲撃が原因なら、戦闘の痕跡がもっとはっきりと残っているはずだ。破壊された建物や、焼き焦げた地面……だが、ここにはそれほどの損壊は見られない。
この荒廃の仕方はむしろ、時間が長く経過したような印象がある。人々が突然消え去ったかのような静寂が、廃墟の街を包んでいた。
「あるいは、ウィルスか……?」
対怪獣用のBC兵器の暴走。
そのようにも思ったが、その可能性も薄そうだと即座に棄却した。私のセンサーが検知する範囲では、空気や水に異常は見られなかった。もし何らかの汚染が原因なら私のセンサーが何かを捉えているだろうし、そもそも死体すら残っていないというのはどういうわけなのだ。
だとすれば……やはりそれ以上の、想像を絶する何かが起こったとしか考えられない。しかし、それが何であるか、私にはまったくもってわからなかった。
そのような思索を巡らせていた時のことだった。
「ギィィィ……」
その音は、明らかに人工的なものではない。音響解析、私の感知システムが作動し、その音源を探り始める。
「シューシューカチカチ……」
牙を擦り合わせて打ち鳴らすラップ音。分析したところでは、それは間違いなく生物由来の音だった。しかもかなり大型の生物、怪獣のものだ。
その瞬間、人間らしき声が聞こえた。しかし、それは悲鳴ではなく、戦いの叫びだった。
「でやあああっ!」
私は即座に音源の方向へと駆け出した。瓦礫の山を飛び越え、倒壊した建物の隙間をすり抜けながら、私は音の正体を追った。そこで私は、予想外の光景を目にすることになった。
一人の少女が、巨大なクモのような怪獣と戦っていたのだ。
少女は、一言で言うならファンタジーに登場するエルフに似ていた。日焼けしているが染み一つない艶やかな小麦色の肌、頭には絹糸のような滑らかな銀髪が揺れている。体つきは細身で小柄だったが筋肉質で引き締まっており、しなやかな動きからもその肢体がよく鍛え抜かれているのがわかる。
対するクモ怪獣について、私は分析を試みた。
……その体長は優に10メートルを超え、毒々しい警戒色の身体に、鋭いカギ爪を備えた八本脚、そしてぎょろりと蠢く青い複眼。
巨大なクモの怪獣、その名は〈クモンガ=サイトーデス〉。本来なら南洋ゾルゲル島が原産の凶暴な毒グモ怪獣だ。
「じゅるじゅるじゅる……しゅー、かちかち……」
口元から溢れた涎を啜りながら牙を打ち鳴らすクモンガ。彼奴がエルフの少女を狙っているのは明白だった。目にも停まらぬ猛スピードで、カギ爪と毒牙による激しい連続攻撃を繰り出してゆくクモンガ。常人なら即座に八つ裂きになっているところだろう。
「はっ! たあっ! ヤーッ!!……」
だが、驚くべきことに、エルフ少女はクモンガと互角に渡り合っていた。
バク宙、側転、スライディング。まるでブレイクダンスのように軽やかな身のこなしで、エルフの少女はクモ怪獣の猛攻撃を凌いでいる。なんという素早さ、反応速度、敏捷性……クモンガの苛烈な攻撃をアクロバティックに躱しながら、エルフの少女は反撃を試みていた。
そんなエルフ少女の武器は、大きな槍だ。
「でやあっ!」
エルフ少女が手にしている槍の刃先、その材質は何かの骨のようだった。しかしクモンガの毒牙や爪と打ち交わしたときの音は重く、私のナノメタル超合金に匹敵する硬度があることが推定された。
その強力な槍をエルフの少女は豪快に振るい、クモンガの糸を切り裂いて、毒牙と爪の攻撃を捌いてゆく。
「たぁーっ!」
常人離れした反射神経としなやかさ、オリンピック選手も顔負けの身体能力だった。
……彼女はいったい、何者なのだろう。私の各種センサーが、少女の特徴を分析し始める。瞳の色、銀の髪、色の濃い肌の質感、そして彼女が発する微かな生体反応……これらの特徴は、通常の人間のものとは明らかに異なっていた。
「くっ……!」
やがてエルフの少女の口から、苦悶の声のようなものが漏れるのが聞こえた。
……軽快だったエルフ少女の動きが、次第に鈍くなってきているのがわかる。新体操顔負けの激しい動きに、クモンガの超パワーを捌き続ける集中力。いったいどれくらい戦っていたのだろうか。疲労の色が濃くなっているのだ。
ちょうどそのとき、私の電子頭脳が、エルフの少女について解析を終えた。
……人間と怪獣の、ハーフだと?
驚くべき解析結果だった。
褐色の肌と銀の髪の組み合わせ、怪獣とも互角に渡り合う超人じみた身体能力。たしかに私のデータベースに存在するどの人類とも一致しないが、なにより怪獣のアーキタイプ因子が放つ固有の放射線が、このエルフの少女の身体からも放たれていたのだ。
人間と怪獣のハーフ、その認識が私の判断回路を混乱させた。怪獣は敵、それがGフォースの兵器である私にプログラムされた基本的な命令だった。しかし、目の前のエルフ少女は明らかに知性を持つ人間だ。
その彼女が、怪獣クモンガに襲われている。私は咄嗟に立ち竦んでしまった。
そのとき、クモンガが糸を放った。エルフの少女は咄嗟に身を翻したが、粘着質な糸が彼女の足首に絡みついた。
「きゃっ!」
足を取られ、エルフ少女が転倒する。クモンガはキイキイと勝ち誇ったような咆哮を上げる。
エルフの少女は足を絡めとった糸を切り離そうと腰からナイフをとったが、クモンガの糸は強靭で、なかなか断ち切れないようだ。
近づいてくるクモンガに対し、エルフの少女は負けじと槍を構えたが、足を取られた今の姿はあまりに無力だった。
「ひ、ひっ……!」
その場にへたり込んだまま、エルフの少女は絶望の表情を浮かべた。
だが獰猛な人食い怪獣クモンガにとっては、その絶望さえも甘美なスパイスらしい。堪え切れぬとばかりに涎を零し、甚振るようにじわじわと少女に近付いてゆく。
その光景を見たとき、実に奇妙なことだが、私は居ても立っても居られなくなった。ロボットであるはずの私に『居ても立っても居られない』とはどういうことなのかはわからないが、とにかく、そういう思考に至った。
その激情が、私の決断を促した。
「ふははははははははは……!」
高笑いを響かせながら、私はエルフの少女とクモンガのあいだに割って入った。突然の闖入者へ気を取られるクモンガに、私はすかさず台詞を生成する。
「いたいけな少女を狙うおぞましい怪獣め、最後の時が来たと知れ! いつの時代、いつの時でも、悪が栄えた試しはないッ!」
「……ッ!!??」
あまりにも勇ましい私の言葉に、クモンガは怯んでいた。クモンガのぎょろついた複眼が、まるで困惑したかのように私を見つめている。
……このとき、私の台詞生成プログラムは往年のヒーローショー用に則っていた。そのため、この状況においては滑稽なほどに場違いで芝居がかっていた気もするが、まあ、この場合はむしろ大仰な方が良いだろう。
私は続けて言い放った。
「天呼ぶ、地呼ぶ、人が呼ぶっ! おまえを倒せと轟き叫ぶッ! 我が名は鋼鉄の戦士、ジェットジャガー! ここに二万年の眠りより覚め、戦いを共にせん! 人類の危機、ここに至るッ! さあ正義のためにたたか……」
「キシャアァーッッ!!」
私が名乗りを上げているあいだにも、痺れを切らしたクモンガが飛び掛かってきた。
……ふん、ヒーローの名乗りが途中なのに襲い掛かってくるとは無粋な奴め! すかさず私も応戦した。
「とうっ!」
削岩機に似た巨大なクモンガの爪が、私めがけて振り下ろされる。私はそれを両手で受け止め、そのまま体を回転させて投げ飛ばした。
「……ぬうんッ!!」
クモンガの巨体が宙を舞う。地面に叩きつけられ、大きな衝撃波が周囲に広がる。
しかし、クモンガはすぐに態勢を立て直した。今度は口から糸を吐き出してくる。酸を帯びた投網、強縛デスクロスネットだ。私は瞬時に地面を蹴り、バク転で糸をかわした。
「はっ!」「てい!」「やぁっ!」
ジェットジャガーがパンチ、パンチ、パンチ!
私の徒手空拳が、クモンガの体に次々と叩き込まれる。辺りに響き渡る、硬い金属音。しかし、クモンガの硬い外殻にはあまり効果がないようだった。
「ぬうう、怪獣めっ……!」
鋼鉄よりも硬いクモンガの外殻、かえって私の拳がひしゃげてしまいそうじゃないかっ!
私はエルフの少女と違って疲労しないが、かといって決め手がない。クモンガも毒牙で攻撃を仕掛けるが、ナノメタル超合金の私のボディには通用しない。
戦いが膠着する中、エルフの少女の声が聞こえた。
「――――ッ!」
エルフの少女が何を叫んだかはわからなかったが、同時にエルフの少女が投げた槍が、宙を舞って私の方へ飛んできた。
……なるほど、そういうことかっ!
少女が意図するところを理解した私は、飛んできた槍を空中でキャッチした。そして両腕で槍を構え、足のスラスターを展開し、クモンガめがけて全速力で突進を仕掛ける。
「てやあああっ!!」
槍の先端が、クモンガの複眼と複眼の間、彼奴の眉間を刺し貫いた。私のパンチは通用しなかったが、エルフの少女の槍はクモンガの外殻を易々と貫き通した。
「ぴ、ぎっ……!?」
脳天を串刺しにされたクモンガは、断末魔の悲鳴を上げて倒れ込んだ。その巨体が地面に沈み、その衝撃で周囲の瓦礫が揺れる。クモンガの巨体はひくひくとしばらく痙攣していたが、やがて息絶えたのか完全に動かなくなった。
「私の名前は引導代わりだ、迷わず地獄に落ちるがよいっ……!」
……ひと段落、と言ったところか。戦いが終わり、私はエルフの少女の方へと振り返った。
「……大丈夫だったかね?」
「…………。」
そして私は手を差し伸べた。エルフの少女はというとわずかに逡巡した様子であったが、私に敵意が無いことを確信したのか、おずおずと私の手を取り立ち上がろうとする。
「と、その前に糸を切らねばな……ふんぬっ!」
クモンガの糸については、絡めとられた当人では取れないようだったが、私が力を貸してやれば容易く解くことが出来た。エルフの少女を助け起こしながら、私は彼女の容姿を改めて子細に観察した。
「…………。」
……絹糸のような髪は銀の輝きを帯び、私を見上げるつぶらな双眸にはエメラルドの宝石のような緑色の瞳が輝いている。
また、遠目には小麦色の肌としか見えなかったが、そのきめ細かな素肌には幾何学模様のボディペイント、あるいはタトゥーが描かれているのに気が付いた。何か意味がありそうだったが、私のデータベースに一致するものは無い。
纏っている服装もいたってシンプル。胸元を隠すクロップトップと腰布、そして各種装備品をぶら下げたベルトと簡単なリュックだけ。露出度が高く、ごく軽装だったが、逆に言えば余計なものを削ぎ落して洗練したとも言える。総じて森の狩人、ハンターというべき様相だった。
私がそんなことを考えていると、今度はエルフの少女から私に問いかけた。
「~~? ~~~~~~?」
……改めて聴いてみると、エルフの少女が発している言葉は、これまた奇妙な言語であった。まるで歌のように美しかったが私のデータベースには存在しておらず、何を意味しているのかさっぱりわからない。
とはいえ、ボディランゲージから何を話しているのか推定は可能だ。私はしばらく考えたあと、彼女に答えた。
「私の名前は型式番号JJ-23X、ジェットジャガー。対怪獣特殊戦闘軍Gフォースが開発した、地球の平和を守る鋼鉄の戦士だ」
「……???」
自己紹介する私であったが、エルフの少女はきょとんと小首を傾げるばかり。私が彼女の言葉を理解できないように、彼女もまた私の言葉が理解できないらしい。
わかりやすく自分を指すジェスチャーを交えながら、私はもういちど名乗った。
「私は、ジェットジャガーだ」
「じぇ、じゃ……?」
どうやら私の名前は、エルフの少女にとっては少々発音が難しいらしい。私はなんとか名前を覚えてもらおうと幾度か名乗りを繰り返してみたが、挙句の果てには、
「じぇーじぇー……?」
……むう。なぜそうなるのだ。
名前を覚えてもらえないことについて不服に想わないでもなかったが、仕方ない。これ以上やりとりしても無駄だと理解した私は、今度は少女に訊ねた。
「それで、君の名前はなにかね?」
「……なま、え?」
「そう。君の名だ」
「な、まえ……」
私の問いに対し、エルフの少女はつぶらな目つきをしばらくパチパチと瞬かせていたが、やがて質問の意味するところを理解したようで、
「……ミアナ! フツア、ミアナ!」
そう元気よく答えながら、エルフの少女は私の眼前でぴょんぴょんと跳ねていた。
……フツア、ミアナか。私は答えた。
「……ふむ。君の名前は〈ミアナ〉でいいのかね?」
「ミアナ、ミアナ!」
そうそう、と言わんばかりにブンブンと首を上下に振って頷くエルフの少女。ミアナ、ミアナと再三強調しているところからすると、きっとミアナが個人名だろう。フツアの方は家名か何かかもしれない。
……まあ、何はともあれ。
「よろしく頼むよ、ミアナ」
「……?」
そして私は再び手を差し伸べた。
今度は握手のジェスチャーのつもりだった。しかしエルフの少女、もといミアナはその意図するところがわからなかった様子で、差し出された私の手をしげしげと眺めている。
……ミアナが戸惑う様子を見て、私は握手の意味を説明しようとも考えた。しかし言葉が通じない以上、それも難しかろうと思い至る。代わりにゆっくりとミアナの手を取り、軽く上下に揺らしてみせた。
「これが“握手”というものだ。友好の証だよ」
「……!」
ミアナは最初は驚いたような表情を浮かべたが、すぐにその意味を理解したようだった。彼女は明るい笑顔を見せ、今度は自ら私の手を取って一生懸命に振った。
「じぇーじぇー! ミアナ! あくしゅ、あくしゅ!」
……そう、“あくしゅ”だ。
楽しげに“あくしゅ”してくれるエルフの少女、ミアナ。微笑ましい光景。私に表情筋は無いが、もしもあったら微笑んでいただろう。
鋼鉄の戦士ジェットジャガーと、フツアの少女ミアナ。
太陽が真っ赤に輝く空の下、二人の大冒険はこうして始まったのだった。
タイトルは『ゴジラとジェットジャガーでパンチ・パンチ・パンチ』の歌詞から。
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