ラスト スタンド オブ・ジェットジャガー   作:よよよーよ・だーだだ

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2、何かあったら一直線だ

 金属の足音と軽やかな足音が、荒廃した大地に響く。

 

 ナノメタル超合金ロボットである私:ジェットジャガーと、エルフの少女:フツアのミアナ。如何にも不釣り合いな奇妙な二人連れは、果てしない旅を続けていた。

 荒涼とした風景の中、私の光学センサーがミアナの後ろ姿を捉えた。彼女の銀髪が風に揺れ、その動きは闊達な生命力に満ちていた。

 私はミアナに呼び掛けた。

 

「……なあ、ミアナ」

「んー?」

 

 ミアナが首を傾げながら振り返る。その大きな瞳には好奇心と信頼が混ざり合っていた。私は続けて訊ねた。

 

「これからどこへ向かうんだ?」

 

 言葉は相変わらずほとんど通じていないようだが、私の意図するところは悟ったようで、ミアナは手振りと表情で答えた。遠くを指差す仕草と共に、ミアナは元気よく答えた。

 

「ミアナ、おうち!」

 

 その言葉を受け、私も思索を巡らせた。

 ……今の私に行き場は無い、その現状は目覚めてから数日かけたこの放浪生活で十二分に理解している。あのまま当てもなく彷徨い続けたところで、いつしか機能停止して朽ち果てるのがオチだろう。

 

 それに私が出会ったこのエルフの少女、ミアナは見たところただの野良暮らしの一匹狼というわけでもなさそうだった。一人で野宿生活をしているとすれば装備があまりに軽装すぎる。彼女の持ち物は最小限で、長期の野外生活には不向きだった。

 それに身に着けた衣服からも、ミアナが単なる野蛮人ではないことは想像できた。胸元を隠すクロップトップと腰布、そしてスパッツとサンダル。どれもとてもシンプルだったが、生地の織り方や縫製の技術は洗練されていた。文明レベルは原始的かもしれないが、普段のミアナは間違いなく文化的な集団生活者だろう。

 それを裏付けるように、ミアナは答えた。

 

「ミアナ、フツアの むら、かえる。じぇーじぇー、つれてゆく!」

 

 ミアナの“むら”か。

 ……このままミアナについてゆけば、いずれ彼女が普段暮らしている村落か何処かに辿り着くだろう。さすればあるいは、そこで何かわかるかもしれない。

 そんな一抹の希望を抱きながら、私はミアナと共に歩き始めた。

 

「……ミアナ、疲れていないか?」

「へーき、へーき! ミアナ、つよい!」

 

 ミアナは満面の笑顔で応えながら、さらに前へと駆け出していった。

 

 

 私とミアナの旅路は、数日に及んだ。

 ある夜、私たちは雨に見舞われた。空が突如暗転し、灰色の雲が垂れ込めてきた。最初は小雨程度だったが、瞬く間に激しい雨脚となった。

 突然の猛烈な雨、ゲリラ豪雨だ。

 雨が降り始めると同時に、私のセンサーが雨の中の有害物質を検知した。どうやら人類自身がいなくなっても、人類がもたらした環境破壊の影響はなおもこの星に残っているらしい。

 

「このアメ、どく!」

「ああ、雨宿りしよう!」

 

 化学物質に汚染された、有毒の酸性雨。ナノメタル超合金製のロボットである私にとって、この程度の汚染は問題ない。人体でも肌に触れる程度なら問題は無いだろうが、ミアナのつぶらな目にでも入ったら失明の危険がある。私はミアナを庇いながら雨の中を走り、屋根のある廃墟へと駆け込んだ。

 

 ぽつ、ぽつ、ぽつ……。

 

 廃墟の中は暗く、雨音が反響して不気味な雰囲気を醸し出している。錆びついた金属、崩れ落ちた家具、そして砕けたガラスの破片……かつての文明の名残が至るところに散らばっていた。

 

「じぇーじぇー、だいじょうぶ?」

「ああ、大丈夫だ……」

 

 気遣わしげな様子のミアナに、私は親指を立てて応えた。なにしろ私のボディはナノメタル超合金。この程度の酸性雨でどうにかなってしまうほど、ヤワな造りはしていない。

 していない、のだが……

 

 しゅーしゅー……

「じぇーじぇー、たいへん! とけてる! とけてるよお!」

 

 ミアナの悲鳴で振り返ると、たしかに酸で焼けるような音と共に、私の体表面から薄い蒸気が立ちのぼっていた。

 ……なんだ、これのことか。ミアナを落ち着かせるため、私は再び親指を立てて説明した。

 

「ああ、心配は要らない。酸性雨の影響で、私のナノメタル超合金による自己修復プログラムが活性化しているのだ。だが問題ない、修復プロセスが終われば元に戻る。だから……」

「じぇーじぇー、やけどしちゃう!」

 

 ミアナは、私の説明をまったく理解していなかった。

 きっと私のボディが酸性雨に冒されて溶けてしまうと、本気で思っているのだろう。大丈夫、問題ない、安心しろ。私はそう言って聞かせるのだが、そんな私の小難しい科学的解説は、慌てふためいているミアナの耳には入らない。

 

「からだ、ふかなきゃ!」

 

 パニック状態のミアナは、背負っていたリュックから一枚のタオルを引っ張り出した。タオルは薄い青色で、端には繊細な刺繍が施されている。

 

「ふいて、あげる!」

 

 そのタオルでミアナは、私のボディから懸命に水気を拭い始めた。

 私は平気だ、むしろ先にミアナ自身を拭いた方が良いんじゃないか。私はそういって固辞してみたのだが、ミアナは気にも留めない。

 

「……よし! じぇーじぇー、これでぴかぴか!」

 

 ……雨で洗われたのもあって、かえって綺麗になったような気がする。

 そうして私を拭い終えたあと、今度はミアナは自分の濡れた衣服を脱ぎ始めた。その動作には、少しの躊躇いもなかった。

 

「ぬれた ふく、ほす。じゃないと、びょうき、なる」

 

 濡れ鼠では風邪をひく、という医学知識もミアナはちゃんと理解しているらしい。ぽんぽんと服を脱ぎ、私の前で一糸まとわぬ姿になるミアナ。

 衣服をすべて脱ぎ去った彼女の身体は、私の金属製ボディとは対照的に、柔らかく生命力に満ちていた。そして全身に及ぶ幾何学模様のボディペイント。この酸性雨でも落ちないところからすると、あるいはボディペイントではなくてタトゥーだったのかもしれない。

 そして体の隅々まで拭き終えたあと、ミアナは持ち歩いていた草団子で軽食を済ませると、やがてリュックから毛布を取り出してくるりと包まった。

 

「おやすみ、じぇーじぇー……ぐー……」

 

 ……ああ、おやすみ。

 すやすやと眠りに就いたミアナを見届けながら、私もスリープモードに入った。静寂の中、雨音だけが響き続けている。

 翌朝。

 

「じぇーじぇー、みて! はれてる!」

「ああ、雨は上がったようだな……だが、服は着てくれ」

「ふくー?」

「ああ、そうだ。年頃の娘がそんな素っ裸になるものではない」

「わかったー!」

 

 進むうちに廃墟の街は、やがて緑に呑み込まれた自然の世界へと変わっていた。荒涼とした大地は徐々にその表情を変え、乾いた土は湿り気を帯び、ところどころに小さな草が顔を覗かせ始めていた。

 廃墟の街であるのは変わらないが、それらを土壌として無数の植物が繁っていた。しかも今の季節はちょうど春先、色とりどりの花々が咲き乱れ、まるで花に覆われているかのようにも見える。空気は新鮮で、かすかに甘い香りが漂う。

 そんな中、私は周りをスキャナーで走査した。

 

「……ふむ。異常はない、か」

 

 危険な生物や放射能の痕跡がないか、念のためスキャンしてみたが異常は見られない。ミアナと出会った時のクモンガのような怪獣を警戒してのことだが、半径1キロ圏内に危険な反応は皆無だ。

 ……ただし、未知の生物の反応はいくつか検出された。這い回る昆虫や舞い踊る羽虫たち、私のデータベースにはいずれも存在しないものだ。あるいはこの世界では、新たな生態系が形成されつつあるのかもしれない。

 一方、ミアナは軽快な足取りで私の先を行き、時折珍しい植物を見つけては歓声を上げていた。彼女の目は好奇心に満ちており、まるでこの世界の不思議を一つ一つ発見していくかのようだった。

 

「じぇーじぇー、みて!」

 

 ミアナが指さす先には、奇妙な花が咲いていた。まるで蛍光灯のように淡く光る花びら。美しかったが、私のデータベースにも存在しない新種だった。

 ふむ、面白い植物だな……私がより詳細に観察しようとしたとき、ミアナは思わぬ行動に出た。

 

「あむっ」

 

 なんとミアナは花を摘み、その花弁(はなびら)を口へと運んでしまったのだ。

 私の中で警告のアラームが鳴り響いた。むやみな野草の生食は危険だ。草自体に毒があることもあるし、あるいは汚染されている可能性だってある。

 ……だ、大丈夫なのか? 思わず心配になるが、当のミアナは平然と微笑んでいた。

 

「だいじょうぶ。ミアナ、しってる」

「そ、そうか……」

 

 どうやらミアナには野草の知識があるらしい。考えてみればそうだ。知りもしない植物をいきなり拾い食いしたりなどしないだろう。

 このようにミアナの行動は、無軌道なようでいて自然との深い繋がりが感じられた。この世界で生き抜くために必要な知恵を、ミアナはしっかりと身につけているのだ。

 同時に、私は理解したことがある。

 

「……ミアナは、賢いのだな」

 

 このミアナというエルフの少女、相当に知能レベルが高い。

 たった数日程度の付き合いでしかないはずなのに、つたないながらも音声言語のコミュニケーションが成り立つほどに、ミアナは私の言葉を理解していた。他方こちらは電子頭脳をフル稼働しても、当初出会ったときにミアナ自身が話していた言葉を微塵も解析できていないというのに。

 

「ミアナ、かしこい?」

「ああ、君は賢いぞ、ミアナ。とても賢い」

「ミアナ、かしこい……かしこい! ミアナ、かしこい! えへへ……」

 

 そして褒められれば素直に喜ぶ、この純真な気質。怪獣とのハーフであることと言い、どうもミアナは私が知るかつての人類とはまったく違う存在のようだった。

 あるいは、私の知っている人類たちはすべて滅び去ったか、でなければミアナと同じエルフのような種族に進化を遂げたのかもしれない。なんらかの原因で地球文明は滅亡し、それでも生き延びた人類たちは怪獣のいる世界で生きてゆくためにこのような新人類(アフター・マン)へと変異したのかもしれない……そんな益体も無いSF的空想が、私の電子頭脳をよぎった。

 ……ふと、気になったことがあった。

 

「なあ、ミアナ。君はこの世界のことをどう思う?」

「せかい?」

 

 つぶらな目をパチクリしながら、小首を傾げるミアナ。

 私の言葉の意味を理解しかねているようだったので、私はわかりやすくジェスチャーを交えつつさらに説明を加える。

 

「ああ、この世界だ。この空、この大地、この暮らし……君は、どう思っているんだ?」

「そら、だいち、くらし……うーん……」

 

 私の言葉に、ミアナは腕を組んでうんうんと考え込んだ。

 ……彼女にはちょっと難しかったかもしれない。そんなふうにも思っていると、やがてミアナは口を開いてこう答えた。

 

「むずかしいこと、わからない。このせかい、ミアナのいえ。あたりまえ。だからかんがえたこと、ない」

 

 ……その答えに、私は複雑な思いを抱いた。

 かつての栄華隆盛を極めた人類文明と比べてみれば、ミアナの暮らしが明らかに退行しているのは言うまでもないことだった。怪獣たちの脅威から身を隠し、時に槍を手にして戦い、廃墟と化した街を彷徨い歩く。ミアナ自身は気にも留めていないが、それは他の文明的な暮らしを知らないからだ。こんな原始人のような暮らしが苛酷と言わずして、なんと言おう。

 私はそのように考えたのだが、それと同時にミアナはこうも言った。

 

「だけど、たのしい。いつも、わくわく。だから、だいすき!」

 

 そう答えるミアナの表情は無邪気な笑顔で、何の(てら)いもなかった。

 ……ああ、そうか。ロボットの私が言うのもおかしな話だが、これがきっと『腑に落ちる』という奴なのだろう。

 そんな私に、今度はミアナの方から問いかけてきた。

 

「じぇーじぇーは? このせかい、どうおもう?」

 

 私、私にとって、か。

 自分で聞いておきながら、いざ聞かれると答えに困る質問であることに、私はようやく気付いた。

 電子頭脳をフル回転させながら、私は言葉を選んで答えた。

 

「……まあ、ミアナが楽しいならそれでいいよ」

 

 ……怪獣たちの脅威から身を隠し、時に槍を手にして戦い、廃墟と化した街を彷徨い歩く。

 しかしミアナにとってはこれが、当たり前の日常なのだ。そしてそんな暮らしを、ミアナは心の底から『たのしい』『わくわく』と語っている。そうであるなら、私風情が余計な価値判断を差し挟むべきではないのだ。

 そんな私の思考に気付いているのかいないのか、ミアナはにっこり笑った。

 

「そう? よかった!」

 

 そしてミアナは、私の金属アームにぎゅっと寄り添ったのだった。

 

 

 

 私とミアナ、二人の旅路はやがて終着へと到達した。

 大きな丘を登った先、その頂上に辿り着いたとき、ミアナの目が輝いた。

 

「じぇーじぇー! みて、みて!」

 

 丘の向こうには、小さな村が見えた。廃墟となった高層ビルの合間に、新たに建てられた木造の家々。そこかしこに畑が広がり、人々が働く姿も見える。

 

「ここが、フツアの むら! ミアナ、おうち!」

 

 ミアナは歓声を上げ、丘を駆け降りていった。私も急いで後を追う。

 村の入り口に差し掛かったとき、ひとりの少女が私たちを出迎えた。

 

「ミアナ!」

 

 そうミアナに呼び掛けてきた少女は、やはりエルフだった。小柄な体躯に小麦色の肌、絹糸のような銀色の髪、そして全身に走る幾何学模様のタトゥー。その容姿はまさにミアナと瓜二つ、あるいは双子の姉妹なのかもしれない。

 対するミアナも、笑顔で彼女の名前を呼んだ。

 

「マイナ!」

「ミアナ!」

 

 〈マイナ〉と呼ばれた少女はミアナを優しく抱きしめたあと、私へと視線を向けた。

 

「…………。」

 

 警戒心と好奇心が入り混じった、複雑な表情。私を見上げるマイナの目つきは鋭く、まるで私を睨んでいるかのようだった。

 そうやって私をじっと見つめ、というか睨みつけたあと。

 

「……ミアナ」

「マイナ?……」

 

 マイナはミアナを呼びつけて、私から隠れるようにひそひそ話を始めた。どうやら私に聞かれたくない話をするつもりらしい。

 

「~~。~~~~? ~~~~……」

「~~~~。~~~~。じぇーじぇー……」

 

 ……まあ、もっとも聞こえたところで、私に彼女たちの言葉などわかりはしないのだが。

 密談は数分で終わった。

 

「……はぁ~~……」

「じぇーじぇー、おいで!」

 

 マイナは至極不服そうに深めの溜息をついていたが、ミアナは機嫌が良さそうだ。

 それからミアナは私の手をとり、村の中を歩き始めた。

 

「じぇーじぇー、フツアの むら、みせてあげる!……」

 

 そう言って私の手を引きながら、村の中を意気揚々と歩いてゆくミアナ。その仕草はどこまでも無邪気で、楽しげだ。

 だがそのとき、私はあるものに目が留まった。

 

「……どうしたの、じぇーじぇー?」

 

 ミアナが心配そうに呼び掛けてくるが、もはや気にならなかった。私のカメラの視線の先、それは崩れ落ちた門扉にかかった看板。

 そこに書かれた表記はひどく苔むしており、判読は困難だった。しかし精細に分析した末に、私はこのような記載を読み取ることが出来た。

 

 『地球連合政府 公文書館』

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