ラスト スタンド オブ・ジェットジャガー 作:よよよーよ・だーだだ
我々地球人類は、ついに決断を下した。
怪獣の猛威が繰り返され、その圧倒的な力に抗い続けた人類は、ついに地球上での生存の望みを断たれるに至った。数十年にわたり、Gフォースを中心に世界中の軍事力と科学力を結集し、必死に戦いを続けたが、怪獣たちの力は人類の限界を遥かに超えていた。
人類が生き延びるための唯一の道、それは地球を離れ、恒星間移民船「アラトラム号」「オラティオ号」で新天地へと旅立つことであった。向かった先はそれぞれくじら座タウ星eとケプラー452系。この決断は避けられないものであったが、本当に良かったのかと私の心は常に揺れ動いている。地球という私たちの故郷を捨て去ることは、私たちの誇りと希望を捨て去ることに他ならない。
恒星間移民船への搭乗は、選ばれた限られた者のみが許された。
もちろん可能な限り多くの人々を載せてゆけるように尽力したが、それでも限界はあった。彼らの絶望と失望、そして彼らを残していくことへの深い後悔。本来地球を守るGフォースの一員として、私は彼らを守り抜く責務があったはずだが、それを果たすことができなかった。
乗船を許されなかった同胞たち――彼らのことを思うと、私は深い悔恨の念に苛まれる。彼らは地球に残され、怪獣たちの脅威に晒され続ける運命を背負うこととなった。彼らの絶望を思うと、言葉を失う。私たちが彼らを見捨てたという罪悪感が、これからも私の心を蝕み続けるだろう。
私たち人類がこの決断に至ったのは、ひとえに人類の生存を確保するためである。しかし、その選択が正しかったのか、私は常に自問自答を繰り返している。残された人々がどのような運命を辿るかを想像することは、耐えがたい苦痛であり、彼らには詫びる言葉すら見つからない。
今、私はアラトラム号の船内にてこの記録を書いている。これが私の地球での最後の言葉となるかもしれない。私たちは、この地球を守るために戦ったが、最終的にその守護者であることを放棄せざるを得なかった。地球は怪獣たちの支配下に委ねられ、私たちはその運命に逆らうことができなかった。
それでもなお、私は信じている。人類は新天地で新たな希望を見出し、新たな未来を築くことができると。私たちはその未来のために、苦難を乗り越え、前へ進むしかない。
この記録が後世に伝わり、いつか地球へ戻ったときに私たちの決断が無駄ではなかったことを証明できる日が来ることを願っている。地球という故郷を後にし、我々は新たな未来を求めて旅立つしかないのだ。
……地球よ、愚かで弱い私たちを許してくれ。そして、残された人々よ、どうか安らかな最後を迎えることができるよう、あなたたちに祈りを捧げたい。
……記録を、読み終えた。
私:ジェットジャガーはようやく理解した。地球はとっくのとうに見捨てられたのだと。
フツアの村人たちはミアナに似て、全員がとても善い人だった。
中にはミアナの姉マイナのように明らかに私を歓迎していない様子の者もいたが、これは当然の反応だろう。なにしろ、いきなり村の外から見慣れないロボットがやってきたのだ。むしろ警戒しない方がおかしい。
歓迎の宴は、賑やかで温かいものだった。
夜空に無数の星々が瞬く中、村の中央に設けられた焚き火の周りには、色とりどりの織物で彩られたテーブルが並べられた。
焚き火の炎がぱちぱちと音を立て、温かな光が周囲を照らす。そんな中で村人たちは、手作りの料理を互いに振る舞い合う。香ばしい肉の匂いが漂い、蒸した野菜の甘い香りが嗅覚センサーを刺激する。聴覚センサーには遠くから流れてくるフツアの伝統的な音楽の調べが届き、村人たちの歌声と共に夜の空気に響き渡っている。
村の中央に設けられた焚き火を囲んで、ミアナ他の村人たち、さらにはマイナまでもがうきうきと歌い踊っている。子供たちは私の周りを走り回り、手を振っては笑顔を見せてくれていた。
相変わらずフツアの言葉はわからなかったが、彼らが心から楽しんでいるのはよくわかった。
「~~……!」
「~~~~。」
「~~! ~~~~!」
……けれど、私の意識は依然として、暗いままだった。私の電子頭脳に構築された精神状態はその喧騒で紛れることなどなく、ただ静かに沈み込んでゆくようだった。
公文書館のデータベースに記載されていた最後の記録は、この私:ジェットジャガーの存在意義を根底から覆すものだった。
『恒星間移民船計画、アラトラムとオラティオ』
記録には、人類の大部分がこの地球を見限り、他の惑星へと逃れていたことが記されていた。私が守るべきだと信じていた世界、そしてその住人たちは、もうすでに存在していなかった。私が守り続けようとしてきた地球という場所は、もはや守る価値など無かったのだ。
きっとミアナたちフツア族は、恒星間移民船に乗せきれなかった人たちの末裔だろう。人類たちは地球を見限り、取り残された人たちも文明的な生活を喪ってこのような原始人生活へと身をやつすことになったのだろう。
……地球はすでに滅び、地球人の多くは脱出していた。かつて私が守らねばと信じた世界は、もはや存在しない。私の中で何かが崩れ落ちる音が聞こえた気がした。
「……ねえ、じぇーじぇー」
宴が佳境に差し掛かった頃、私のそばに近づいてくる小さな影があった。最初に出会ったエルフの少女、ミアナだ。ミアナは恐る恐る私の顔を見上げ、少し戸惑った表情で尋ねた。
「うたげ、たのしい。なのに、じぇーじぇー、かなしい、さびしい。なぜ?」
私から何かを言ったわけではないはずだ。けれど、ミアナは私のわずかな仕草から感情のようなものを読み取ったようだった。これも彼女らフツア族が怪獣とのハーフであるがゆえ、優れた感受性の為せる技であろう。
心の底から共感するような、悲しげな表情でミアナは言った。
「なにか、あったの? はなしてよ」
ミアナの優しい声が、私の電子頭脳の奥底に染み渡るようだった。
同時に、私は電子頭脳の中で葛藤した。この無邪気で純真な少女に、自分が知ったこの恐ろしい真実を伝えるべきだろうか。彼らにとっては、むしろ何も知らない方が幸せなのではないだろうか。
そんな私の絶望を知ってか知らずか、真剣な面持ちでミアナは私に言った。
「じぇーじぇー、だいじょうぶ。ミアナ、ここにいる。なんでも、はなして」
ミアナの言葉に、私の電子頭脳内で複雑な感情が渦巻いた。彼女の純粋な思いやりは、私の心に温かさを与えると同時に、知った真実の重みをより一層感じさせた。
「ミアナ……」
私は慎重に言葉を選んだ。
「私は……公文書館で、ある事実を知ったんだ」
「…………」
ミアナは黙って頷き、私の言葉を待った。
「かつて、私には使命があった。人々を守ること、地球を守ること。でも今は……」
思わず言葉が詰まったが、ミアナは優しく促してくれた。
「じぇーじぇー、つづけて」
情動プログラムに則った私は深く息を吐き出すような動作をしてから、私は続けた。
「人類の多くは、もうこの星にいないんだ。彼らはアラトラムとオラティオという宇宙船で、遠い星へ逃げてしまった」
「みんな……いなくなった? じゃあ、ここに のこった ひとは?」
「君たちの先祖だ。この星に置いていかれた人たちが、君たちフツア族になった」
私の言葉で、ミアナの目が大きく見開かれた。
……やはり言わなければ善かったか。このいたいけな少女に辛い真実を伝えてしまったことへの後悔を覚えつつ、私は頷いた。
「そして、この地球は……もう滅んでしまったんだ」
「…………。」
静寂が私たちを包んだ。ミアナは黙って地面を見つめ、何かを考えているようだった。
しばらくして、ミアナが静かに呼びかけた。
「じぇーじぇー、あなた、まちがい」
間違い? 私が間違っているというのか。だけどいったい、なにを。そう聞き返そうとしたとき、ミアナはこう言ったのだ。
「せかい、ここにある。みんな、ここにいる」
「…………!」
その言葉に、私は驚きを隠せなかった。
……人類の大半は去ってしまったかもしれない。しかし、ここには新たな生命が息づいている。フツア族という、人類と怪獣のハーフの新しい種族が。彼らは地球を捨てずに、新しい生き方を見つけたのだ。ミアナの言葉は単純だが、たしかに真理を突いていた。
それに、ミアナは微笑んだ。
「じぇーじぇーも、ここにいる。わたしたち、フツアと いっしょに……!」
その瞬間、私の中で何かが変わった。崩れ落ちたと思っていたものが、少しずつだが再構築されていくような感覚。
私は周りをゆっくりと見渡した。焚き火の周りでは、まだ数人の村人たちが談笑していた。炎の揺らめきが彼らの顔に温かな光を投げかけ、その笑顔を優しく照らし出している。少し離れたところでは、子供たちが疲れ果てて眠りについていた。草の上で丸くなった彼らの姿は、まるで小さな子猫のようだ。
そこには確かに、守るべき世界があった。
……ミアナ、ありがとう。私は言った。
「君の言葉で、私は大切なことを思い出した」
「……じぇーじぇー、げんき?」
恐る恐る言葉を選んでいる様子のミアナに、私は答える。
「ああ、元気だ。君のおかげだよ、ミアナ」
「ならよかった! ミアナのおかげ、えへへ……」
ミアナは嬉しそうに微笑んだ。その瞳には星空が映り込み、まるで宇宙そのものがそこにあるかのようだった。
しかし、その平和な瞬間は、突如として崩れ去った。
遠くから聞こえてくる、地鳴りのようなジェット音。私は即座に周囲をスキャンした。熱探知、音波探知、電磁波探知、あらゆるセンサーをフル稼働させる。そして、上空からの異常を検知した。
そして、空から巨大な影が落ちてきた。
……月明かりに照らされたその姿は、半機械化された大怪獣だった。身長は60メートルを超える巨体に、鋭い鎌のような鋭い爪、胸部には巨大なノコギリが取り付けられている。
そして、その顔には赤く光る一つの目。間違いない、その姿は、かつての記録に残されていた怪獣と酷似していた。
……かつて地球が滅ぶ前、ゴジラとキングギドラによる覇権争いが繰り広げられた。『怪獣大戦争』という名称で記録されるこの対決は、他の怪獣同士の抗争をも巻き込んで世界規模の大戦へと発展した。その際にキングギドラ陣営に加担した、危険なサイボーグ怪獣の量産型がいたという。
間違いない。こいつは、
「〈ガイガン=ミレース〉……!?」
だが、とっくのとうに滅び去ったはずのガイガン=ミレースがなぜ、ここに? 混乱する私だったが、状況は待ってはくれなかった。
「きゃあああ!」
フツアの村人たちの悲鳴が夜空に響き渡る。
ガイガン=ミレースは、足下の村をただの障害物としか見なしていないかのようだった。冷酷な動きで家屋を蹴り飛ばし、櫓を叩き切り、焚火を踏み潰す。破壊音がまるで爆発のように響き渡り、火花と瓦礫が宙を舞った。
そしてパニック状態で逃げ惑う村人たち。このままだと彼らが踏み潰されてしまう。
「おのれ、ゆるさん……ッ!!」
私は即座に戦闘態勢に入った。全身のジョイントを解放し、内蔵された戦闘システムを起動する。背中に搭載されたジェットエンジンが轟音とともに点火した。
私の声が村中に響き渡る。
「みんな、逃げろ!」
私の声が村中に響き渡り、村人たちは我に返って避難を始めた。子供たちを抱きかかえた親たちが、村の年寄りたちが、いっせいに決められた避難場所へと走ってゆく。
彼らを背に庇いながら、私はガイガン=ミレースへと向かって突進する。しかし、
「は、はやい……っ!」
ガイガン=ミレースは予想以上に素早かった。その巨体からは想像もつかないスピードで、まるで瞬間移動でもしたかのようにミアナとマイナのいる場所まで到達した。
「危ない!」
私は全力でジェットを噴射し、二人の元へ向かった。しかし、その瞬間、ガイガン=ミレースの鎌状の腕ハンマーハンドが再びひらめき、今度は私に向かって振り下ろされた。
――ガキィィィン!
かろうじて回避したものの、鎌の先端が私の右腕をかすめ、火花が散った。ダメージ報告が電子頭脳に流れ込む。右腕の機能が30%低下したようだ。
「くっ…」
その隙を突いて、ガイガン=ミレースはミアナとマイナを掴み上げていた。強固なロボットアームが二人を捕らえ、その無慈悲な力で持ち上げる。
「じぇーじぇー!」
ミアナの悲痛な叫び声が聞こえた。私は咄嗟に手を伸ばす、しかし既に遅かった。
吹き荒れるジェット音、舞い上がる粉塵が視界を遮る。ガイガン=ミレースはミアナとマイナを攫ったあと、もはや此処に用はないとばかりにジェット噴射を焚き付けて空へと飛び立った。
「逃がさんっ!」
私は再びジェットを全開にし、上昇を開始した。ガイガン=ミレースの後を追うが、彼奴の飛行速度は驚異的だった。掴まれた二人を見失うまいと私は必死に追いかけるが、その距離はただただ開くばかりだった。
「ま、まていっ……!」
私は必死に追いかけた。高度1000メートル、2000メートル、3000メートル…。しかし、その差は縮まるどころか、どんどん開いていく。
やがて、ガイガン=ミレースの姿は夜空の闇に溶け込み、見えなくなってしまった。
私は空中で停止し、あらゆるセンサーを総動員してガイガン=ミレースの痕跡を探した。しかし、何も見つからない。完全に見失ってしまったのだ。
「……くそっ!」
無力感が全身を覆い尽くし、私はゆっくりと地上へ降下した。
村は混乱に陥っていた。あちこちで悲鳴や泣き声が聞こえる。焚き火は消え、闇に包まれた村には恐怖と絶望が渦巻いていた。
……村の中央には、破壊の痕跡が無惨に広がっていた。
ガイガン=ミレースの襲撃によって、瓦礫があたり一面に散乱していた。頑丈な木材で作られていたはずの家屋は無残に叩き潰され、あちこちに崩れた壁や倒れた柱が見える。宴の焚き火があった場所は、ただの黒焦げた灰と燃え残りが風に吹かれて舞い上がるのみだ。
村の中心に設けられた櫓も、ガイガン=ミレースの鋭い鎌によって真っ二つに切り裂かれ、その残骸が地面に散らばっていた。村を囲む柵も無力に破壊され、かつての安全の象徴だったものが今では無意味な破片と化している。あたりには、家具や日用品が無造作に放り出され、壊れた陶器の破片が地面に散らばっている。
無残な有り様。まさに、戦争の災禍そのものだ。
「…………。」
フツアの村人たちは呆然と立ち尽くしていた。彼らの表情には、混乱と恐怖、そして深い絶望が浮かんでいた。泣き叫ぶ子供たちを抱きしめる母親たち、失われた家を見つめる老人たち、そして何をすべきかを見失ったように立ちすくむ若者たち――彼らは、この突然の惨劇にどう対処すればいいのか、全くわからない様子だった。
そのとき一人の年老いた村人、村の古老が私の方へと近づいてきた。
「~~~~!」
彼の口からは、フツアの言葉で何か叫ぶような声が漏れたが、私にはその意味を理解することができなかった。私にはフツアの言葉はわからない。私の言葉が通じていたのもミアナだけだったが、ミアナはもういない。
けれど、それでも、村の古老は何かを必死に訴えかけようとしていた。年老いた村人は、私に向かって手を振り、指をさして遠い彼方を指差した。
「~~~~。~~。~~~~~~!」
「~~、~~、~~~~!」
「~~~~。~~~~~~……!」
村の他の人々も次々に私の元に集まり、同様に遠くの方を差したり、あるいは何か波打つような動きを模倣したりしていた。
ある若い村人は自分の腕を大きく振り回し、ガイガン=ミレースの恐ろしい姿を真似してみせた。フツアの言葉は相変わらずわからないが、ガイガン=ミレースにまつわる重大な情報を私に伝えようとしているのは明白だった。
そのたどたどしいジェスチャーを解析し、私は結論付けた。
「……海か」
波のような動き、村人たちの差した方角、そしてガイガン=ミレース……これらを総合して整理するに、ガイガン=ミレースが海からやってきたのは明白だった。あるいはフツアの村の言い伝えかなにかで、ガイガン=ミレースの存在は古くから語り伝えられていたものだったのかもしれない。
「ガイガン=ミレースは、海から来たのか……」
私が古老に頷いてみせると、古老もまた私の言葉が伝わったかのように小さく頷き返した。村人たちは皆一様に海を指し示し、恐怖に震える表情で何かを訴えていた。
海――そこが次の目的地であることを確信した私は、静かに頷いた。
「わかった、君たちが伝えたいことは理解した。私は海を探しに行く」
……私は電子頭脳の中で決意を新たにした。ガイガン=ミレースを追い、ミアナとマイナを救い出すこと。そしてこの村に再び安寧を取り戻すこと。
それが今の私、ジェットジャガーに課せられた使命だ。
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