ラスト スタンド オブ・ジェットジャガー 作:よよよーよ・だーだだ
双子の妹、ミアナにはいつだって迷惑をかけられっぱなしだった。
性格は天真爛漫、好奇心旺盛、そして圧倒的に考え無し。わたしたちフツア族でも随一の冒険家であるミアナは、巫女としての役目もそっちのけで“探検”へ行ってしまうことが多い。
村の外で行なわれるミアナの“探検”。時には皆の役に立つものを持ち帰ってくることもあるがそんなのは極稀で、大半はガラクタのようなものばかりだ。
そんなミアナの“やらかし”を拭うのはいつだって姉であるわたし、マイナだった。
「ねーねー見て見て、マイナ! ゴジラの爪垢!」
「どっから拾った!? 捨ててきなさいッ!!」
ミアナときたらそれはもう世話の焼ける奴なのだ。「みてみて~、綺麗な石ころ!」なんて目をキラキラさせながら全身傷だらけの状態で帰ってきたときは思いきり引っ叩いてやりたくなったし、時には怪獣の卵を持ち帰ってきてひと悶着あったこともある。
そしてそんな妹が“やらかす”度に、いつだって姉であるわたしがフォローしてやらなければならなかった。
「やれやれ。まったく、しょうがないわね……」
……まあ、つまるところミアナは、わたしにとって世界でたったひとりの、大切で可愛い妹なのである。
ただ、今度という今度は流石に呆れてしまった。
今度の探検でミアナが連れ帰ってきた“そいつ”は、見上げるほどの大男だった。背丈はわたしたちフツアより遥かに高く、その体は石や鋼のように硬い。肌の色も赤、黄、青ととにかく派手で、この世の生き物とはとても思えなかった。
「……なんなのよ、この変なのは?」
向こうに聞こえないように注意しながら声を潜めて訊ねると、ミアナは不服そうに口を尖らせて答えた。
「変なのじゃないよ、“じぇーじぇー”だよ!」
「いや、そうじゃなくて……」
状況をわかっていない愚妹に溜息をつきながら、わたしはミアナが連れてきた“じぇーじぇー”なる輩を横目で観察した。
……頭はつるりと禿げていて髪は無く、そのくせ形状は尖っている。顔つきも、笑っているのかしかめ面なのかよくわからない。表情が全く変わらないところからしてお面でも被っているのかとも思ったが、どうもそういうことでもないらしい。お面であれ素顔であれこんな形相、夜に子供が見たら間違いなく泣くだろう。
なんていうか、その……なに?
「だから“じぇーじぇー”だよ! わたしを助けてくれたの!」
「え、そうなの?」
……こいつ、ミアナを助けてくれたのか。意外に思った。
村一番の暢気者であるミアナだが、こう見えてもわたしたちの村で一流の使い手だ。だからこそ村の外に出かけての“探検”だって許されているわけだが、そのミアナを“助ける”だなんて。
思わず見直してしまうわたしに気付いたミアナは、ふふーんと得意気に胸を張った。
「“じぇーじぇー”はねえ、とっても強くて優しいんだよ! クモンガに襲われたところを助けてくれたし、毒の雨からも守ってくれたし、あとねー、あとねー……」
「へ、へえー……」
……この怪しすぎる奴が。
訝しむわたしの目線に気づいたのか、“じぇーじぇー”は身振り手振りを交えながら奇妙な“声”を発した。
「~~~~。~~~~~~。~~?」
そしてやけに力の籠った動作で、ビシッと親指を立ててみせる“じぇーじぇー”。何かのジェスチャー、あるいは決めポーズのつもりらしいが、何を意味しているのかわたしたちフツアには意味不明だしそもそも何を言っているのかさえさっぱりわからない。
……とにかくブキミだ。関わりたくない。
わたしが“じぇーじぇー”に抱いた第一印象といえば、そんなものだった。
そんな回想から目を覚ますと、わたしは体中が重たくてむずむずした。
身体を起こそうとするけど、胴体が締め付けられて息がしづらい。どうしてこんなに動きにくいんだろう?
「んぅ……?」
続いて感じたのは今まで感じたことのない、やさしくて暖かいベッドの感触。けれど、その心地よさとは裏腹に、体に強い違和感が広がっていた。私の体を何かが締め付けている。重く、そして苦しい。まるで自分の体が自分のものではないかのようだった。
「どう、なっちゃったの……?」
言葉に出してみると、その違和感がますます強くなった。
動かそうとした腕はまるで縛られているかのように重く、動かすたびにあちこちへと引っかかった。目を凝らすと全身に無数の華やかな飾りがついていて、すべての装飾が複雑に絡み合っている。少しでも動こうとするとその飾りがベッドや他の布へと絡まって、まったく身動きが取れないのだ。
「なに、これ……!?」
わたしが愕然としていると、隣のベッドからもぞもぞと動く気配がした。隣へ振り返ると、わたしと同じくらい豪勢な布の塊に包まれた何かが横たわっていた。
そしてそれがわたしの妹、ミアナであると気づくのに時間がかかってしまった。ミアナもまた同じベッドで寝かされていたのだ。
「ミアナ、ミアナ! 起きて! 起きなさいったら!」
「うう……」
わたしが揺り起こすとミアナが目を覚まし、私と同じように驚愕の表情を浮かべた。
「な、なにその格好……!?」
驚くミアナの全身は、華やかな布の山に包まれていた。それらはただの布ではなく、無駄に豪華な飾りがあちこちに施され、フリルが幾重にも重なっていた。動くたびに布同士が擦れ合い、耳障りな音を立てる。
わたしも同じだ。わたしは混乱しながらもこれらがドレス、つまり“服”であることにようやく気付いた。しかし、普段着ているフツア族の服と比べたら雲泥の差だ。たしかに飾りは豪華だったが、とても動けたものじゃない。
即座に脱ぎ捨ててやろうと思ったが、出来なかった。
「これ、どうやって脱げばいいの……?」
今、わたしとミアナが着ているこのドレスは、無数のボタンと紐、フリル、レース、リボン、その他沢山の飾りが幾重にも重ねられて出来ていた。わたしたちが普段着ているフツア族の服とはとても似つかぬほど構造が複雑で、どこから手を付けていいのかすらわからない。
それに加えて、私たちの胴体を締め付けるこの異様な感覚……。
「く、苦しい……っ!?」
「息が……!?」
わたしは息が詰まるような感覚に襲われ、何度も深呼吸を試みたが、胴体に巻きついた装具――わたしたちは知らなかったがそれは『コルセット』というものだった――の締め付けがそれを許してくれない。ぎゅうぎゅうに締め上げられているせいでお腹が、そして胴体全体がまったく膨らまないのだ。おかげで落ち着いて息をつくことすらままならない。
「動けない……どうやって脱げばいいのか、さっぱりわからないよお!」
苛立ち交じりのミアナの声が、次第にパニックを帯びてくるのがわかる。
コルセットで胴がぎゅうぎゅうに締め付けられているその感覚は、まるで大蛇に巻き付かれたかのようだ。外そうにもこれまた無数の編み込み紐で結びつけられており、どこをどうしたらいいかさえまったくわからなかった。
「こんな格好、誰かに見られたら恥ずかしくて死んじゃうよお……」
涙を浮かべてなんとか服を脱ごうと四苦八苦するミアナを横目で見ながら、わたしはミアナの胴体の起伏が不自然なほど異様に強調されていることに気がついた。コルセットでウエストを締め上げて細く見せている分、バストとヒップがより大きくなったように見えるのである。
見下ろしてみればわたしの体も同じだ。きっとカラーリングが違うだけで、ミアナとそっくり同じ姿をしているのだろう。
「それに、下着も……」
「下着……下着!?」
下着、と言われて、わたしは自分の体をまさぐってみた。目には見えないのだけれど、ドレスの下には素肌へとぴったり纏わりつくような窮屈な下着を着けられているようだった。しかも、小ぶりなバストとヒップを無理やりぎゅっと寄せ上げて、その起伏を一際目立たせるように強調している。今すぐにでも脱ぎ捨ててやりたいが、それにはまずこのコルセットとドレスを脱がなければならない。
……なんていやらしい下品な体にされてしまったのだろう。自分たちの体がこんなおかしな姿へされてしまったことに、わたしは思わず顔が熱くなる。
やがてミアナが、わたしの顔を指差しながら素っ頓狂な声を挙げた。
「マイナ、あなたの顔……!?」
顔……?
言われたとおりに手を顔へ当てると、ざらついた感触が手に伝わってきた。何か、油のようなものが顔中に塗られている。それだけじゃない、唇もまたべたべたしていて、口紅がべっとりと塗り込まれているかのようだ。
「……ひどい顔!」
そう言うミアナの顔を見てみれば、これまで見たこともないような色彩に彩られていた。
顔中を真っ白に塗られた挙げ句、目元と唇が異様にどぎつく強調されて別人のようになっている。まるでお芝居のときに被る不格好なお面、でなければ下手糞な落書きみたいだ。
「なんて顔してるの、ミアナ……!?」
「マイナ、どうしちゃったの、その顔……!?」
二人で顔を見合わせ、ほぼ同時に吹き出してしまった。そしてお互いに自分の顔が、そっくりそのまま相手と同じような顔になってしまっていることに気付かされることになった。
……わたしたちフツアだって、お化粧くらいはする。けれど、こんな顔全部を塗り潰してしまうようなことは決してない。わたしたちフツアの肌にある綺麗な模様が隠れてしまって台無しだし、こんな油っぽいものをべたべたに塗り込んでしまっては健康にも絶対良くないと思う。
「こ、こんな姿……」
……ドレス、コルセット、体型、そして顔。なんておかしな恰好にされてしまったのだろう。
わたしは顔から火が出るほど恥ずかしくなった。思わず逃げ出したくなり、ベッドから立ち上がろうとした、その途端。
「う、うわっ!?」
そのとき、わたしの足首に異様な感覚が走った。足が地面から浮いているような、奇妙なバランス感覚――
隣では、同じように立ち上がろうとしたミアナの泣きそうな声が聞こえた。
「歩けないよお~、これじゃあ……きゃあっ!?」
転びそうになったミアナへわたしは手を伸ばし、支えてあげようとした。とはいえわたし自身も同じだ。重たいドレスと拷問危惧のようなヒールのせいで、懸命に踏ん張っていないと真っ直ぐ立つことすらままならない。
「おっとっと……!」
「こ、このお……っ!」
互いに必死に手を握り合って立ち上がるけれど、身じろぎするたび足首に不自然な負荷がかかる。少しでも歩こうとすると捻挫しそうな気配がして、進むことすらままならない。
「これ、夢じゃないよね……?」
……いったい、どうしてこんなことになってしまったのだろう。わたしたちは必死に記憶を辿り、ここまでの経緯を思い起こした。
「たしか、わたしたちは……」
「村を襲ったガイガン=ミレースに襲われて……そうだ、ガイガン=ミレース!」
ガイガン=ミレースは、フツアの村の言い伝えに出てくる怪物だ。遠い海の向こうから現れ、かつてわたしたちフツアの神様とも戦ったと語られている恐るべき大怪獣である。わたしたちは突如飛来したあいつに捕まり、そしてここへ連れてこられたのだ。
……村はいったいどうなったろう。自分たちの身に降り掛かったことも含めて、わたしたちは不安と混乱でいっぱいだった。
でも今は、とにかくこの異様な状況から逃れることが先決だ。
「はやく、ここから逃げ出さないと……!」
部屋を見回してみると部屋は広く、豪華な調度品で埋め尽くされていた。壁には見たこともない絵画が飾られ、天井からは巨大なガラスの工芸品――いわゆる『シャンデリア』だった――が吊り下げられていた。まるで異世界の宮殿みたいだ。
ミアナとわたし、二人で戸惑っていると、突然部屋の扉が開いた。
「……お目覚めかね、
低く響いた声にわたしたちが振り向くと、そこには筋骨隆々とした大男が立っていた。真っ白でやけに角ばった服――のちに知ったことだが、これは古い時代の正装で『タキシード』というらしい――に身を包んでいる。
けれど、その姿にわたしはなんだか異様なものを感じた。肌はつるりと皴が無く、全身の筋肉がむやみやたらと盛り上がっている。人間というより、良く出来た人形が服を着ているみたいだ。
……そのときわたしはどういうわけか、“じぇーじぇー”のことを思い出した。銀の肌に赤青黄のトリコロール、笑っているのか怒っているのかわからない顔つき。そんな“じぇーじぇー”と比べたら、たしかに目の前の大男の方が遥かに人間に似た姿をしている。
なのに、なぜだろう。目の前の男がこんなにも“不自然”に思えてならないのは。
「あなたは……誰?」
思わず後ずさりながらも勇気を振り絞って訊ねると、男はやけにカクカクとした動きをしながら、フツアにも通じる言葉で答えた。
「私の名前は〈アントニーオ=ヒギンズ〉。この地球に再び文明をもたらす存在だ。かつて地球人が自らの文化と技術を保存するために作り上げた〈シートピア・アーカイブス〉の化身として、君たちを新たな文明へと導くためにここにいる」
ヒギンズと名乗った男、その声は妙にビブラートが効いた朗々たるバリトンだったが、なのになんだか人間味が無かった。なんだか、作り物が喋っているみたいだ。
そもそもシートピア・アーカイブスって、いったい何のことだろう。その疑問を口にしたのはミアナだった。
「シートピア・アーカイブスって……何?」
「ふむ、まずはそこからか……まあ、よかろう」
ヒギンズは不安そうに訊ねたミアナにため息をつきながら、まるで幼い子供へ語り掛けるような猫なで声で答えた。
「シートピア・アーカイブスとは、かつての地球人が自らの文明、知識、そして文化を永遠に保存するために作り上げた至高のシステムだ。文明とは、ただの技術や知識の集積ではない。美と秩序、そして合理性の追求だ。古の地球人たちは、芸術や文学、哲学といった崇高なものを生み出し、それを次世代へと受け継いでいった。そして地球の文明は極みに達したのだよ。そして私たちシートピア・アーカイブスはその栄えある遺産を引き継いだ偉大なる末裔、文明の真の後継者というわけだ」
……何を言っているんだろう、この人。わたしには、このヒギンズという男が言っていることの半分も理解できなかった。
一方で、隣のミアナは思い当たる節があったらしい。
「“じぇーじぇー”が言ってた奴だ……昔の人たちはこの星を捨てて、遠い空の世界に逃げてしまったって……」
恐れ戦いた表情のまま呟くミアナ。その言葉で、わたしも思い出した。
……わたしたちフツア族には、古くから語り継がれてきた伝承があった。
それは星の旅人、“ワタリガラス”の
そしてわたしは思い至った。“じぇーじぇー”も、このシートピア・アーカイブスのヒギンズも、“ワタリガラス”たちがこの星に残していった遺産の一部なのだと。
ヒギンズは語り続けた。
「しかし君たちフツアはどうだ? 君たちフツア族は、過去の栄光を知らない。それどころか君たちは偉大な文明の叡智をも捨て去り、ただ生き延びることだけを目的にした虫けらのような原始人生活へ逃げ込んでしまった……ふん、愚かな。君たちのような愚か者どもが文明を理解するためには、私のような先進的な文明人が“啓蒙”してやらねばならん」
……もう我慢の限界だ。わたしたちは声を張り上げた。
「そんなの、要らない!」
「それより早くわたしたちの服を返して! 元の姿に戻してよお!」
口々に文句をぶつけるわたしとミアナ。そんなわたしたちの態度にヒギンズも一瞬驚いたようだったが、すぐに冷淡な微笑を浮かべていた。
「……ああ、君たちはまだわかっていないのだ。文明とは、人間の可能性を最大限に引き出すものであり、それを拒むことは自らの成長を止めることに他ならない」
そしてヒギンズはわたしたちへと歩み寄り、わたしの顎へ指をかけてクイと持ち上げる。ヒギンズの精巧な、だけど非人間的な顔がわたしの眼前へと迫ってくる。
……怖い。まるでヒギンズの巨体がわたしに覆いかぶさってくるかのようで、その威容に圧されてわたしは思わず身が竦んでしまう。
けれどそんなわたしに構うことなく、ヒギンズは得意気に話を続けた。
「見たまえ、君たちに施したこの美しいドレスやメイク、イデアを体現したかのような肉体美……これは、君たちが文明の一端に触れるための第一歩だ。女性が美しくあり、教養を持ち、優雅に振る舞うことこそが文明の証。まさに『ピグマリオン』のイライザが卑しい花売り娘から淑女へと変貌するように、君たちフツアもまた新たな文明人として生まれ変わるのだよ」
「ピグマリオン……?」
「イライザ……?」
いったいなんのことだか、わたしたちにはさっぱりわからない。怪訝な様子で顔を見合わせるわたしたちに対し、ヒギンズは大仰すぎるくらいの仕草で顔を覆いながら嘆きの声を挙げた。
「……ああ、なんと無学、なんという無教養! 歴史に残る偉大な文学を知らないとは! ただこれだけで、君たちフツアがいかに原始的で未開であるかを物語っている。文明の光を浴びることなく、ただ自堕落な生活を続けてきた結果がこれだ。なんと哀れで、悲しいことか!」
そう嘆くヒギンズの姿を見たとき、わたしはどういうわけだか全身がカッと熱くなるのを感じた。
……わたしたちはピグマリオンなんて知らない。ヒギンズの言ってることなんて、半分以上もわからない。そんなわたしたちを無教養というのなら、たぶんきっとそうなんだろう。
しかしだからといって、こんなふうに馬鹿にされる謂れはない。このヒギンズという男が侮辱しているのは、わたしとミアナだけじゃない。わたしたちフツアのすべてを見下し、そして誇りまでもを踏み躙っているのだと、わたしは本能で理解した。
「先人たちがこの星を脱出した後、私たちシートピア・アーカイブスはこの地に残され、文明の復活を見守るために設計された。だが、待てども人類は戻らず……」
(はやく、なんとかしないと……っ!)
ヒギンズがひとり滔々と馬鹿げた戯言を語り続ける最中、私はそれらを聞き流しながら、どうにかしてこの状況から抜け出す方法を考え続けていた。
ふと、後ろ手に手を伸ばしたところで、机の上に小さな筒状の小箱が指先に触れた。横目でちらりと見るとそこにはぴかぴかの細長い棒――わたしは知らなかったが、それは『万年筆』というものだった――が数本立てており、天井の光を反射して鈍く輝いている。わたしは、ヒギンズの目につかないように素早くそれらへ手を伸ばす。
そんなわたしの密かな動きに気付くことなく、ヒギンズはなおも語り続けていた。
「……やがて私は悟ったのだ。止むを得ない決断だ。先人たちが返らぬ以上、この地に残された者たちを再び『文明化』し、かつての栄光を取り戻さねばならない。そして怠惰な原始人へと堕ちた君たちフツアを導き、無知蒙昧の暗黒から救い出してやらねばならない。それがこの星に残った最後の文明人たる私:シートピア・アーカイブスのヒギンズに課せられた使命なのだ……とな」
「そんなの、絶対にイヤ!」
ミアナが叫んだ。
「わたしたちは、わたしたちのままでいたい! 誰かに無理やり変えられるなんて、絶対にやだよお!」
ミアナの率直な拒否の言葉。ヒギンズはわずかに眉をひそめた。
「……無知とは哀れなものだ。君たちフツアの在り様がいかに退行したか、君たちはそのことすらわからない。それはこの世界がかつての文明の輝きを失ってしまったからだ。文明とは、知識と理性、そして秩序の結晶である。その価値がわからないとは」
だが、とすぐにぞっとするような笑みを浮かべる。
「だが、それももうすぐ終わりだ。君たち未開の原始人は私たちシートピア・アーカイブスの手で、真の文明人へと生まれ変わることになる。そして君たちフツアが文明を拒むというのなら、私が『啓蒙』してやるまで。この私が無知蒙昧な君たちを叡智を授け、より高次の存在へと導く光となろうではないか」
ヒギンズがそう言い終えると、部屋の部品が細かく組み替わり、天井から無数の触手が降りてきた。うねる触手の先端には奇妙な装置が取り付けられており、それがわたしたちに向かってゆっくりと近づいてくる。
「な、何をするつもり!?」
わたしはとっさに抵抗しようとしたが、重たいドレスと窮屈なコルセットのせいで体が自由に動かせない。恐怖に震えながら必死に後ずさるしかないわたしたちを見下ろしながら、ヒギンズはにっこりと微笑んだ。
「これは『教育』、君たちを真の文明人にするためのプロセスだ。君たちの原始的な頭脳に知性を授け、先進文明の理想を理解させるためのもの。無知で愚かな君たちに文明の素晴らしさを刻み込むためには、多少の『矯正』も必要だろう」
そう言いながら、装置を操作しようとするヒギンズ。それを目にしたその瞬間、わたしの中で何かが弾けたような気がした。
……これ以上、この男に従うわけにはいかない。このままではわたしたち、いいやフツア族は、何か恐ろしいものに作り変えられてしまう。わたしたちフツアの自由も、誇りも、すべてが奪われる。
その直感が、わたしの生存本能をプッシュした。
「これでもくらえ!」
わたしは叫びながら腕を振り上げ、ヒギンズの片目に万年筆を突き刺した。
ヒギンズは驚き、後ずさった。
「ぬ、ぬがああっ!?」
万年筆が深々と突き刺さった片目から火花が散り、金属をこすり合わせるような叫び声が響き渡る。片眼を抑えるヒギンズ、その顔からは黒い油のような液体が流れ出していた。
「こ、この野蛮人めえ……っ!!」
「逃げましょう、ミアナ!」
「うん、マイナ!」
その隙を突いて、わたしはミアナの手を引き、一目散に部屋を飛び出した。目指すは開け放たれたままの部屋の出入り口、外の世界だ。
……しかし。
「か、身体が……!?」
「重い……っ!?」
ドレスの重さとコルセットの締め付けで動きが制限され、わたしたちの足はまるで重りが付いているかのように鈍かった。ドレスの裾が引きずられ、高すぎるヒールが足に食い込み、バランスを崩しそうになる。
「このおっ……!」
わたしたちはドレスの裾をひっつかみ、躓かないようにバランスを取りながらなんとか必死に走り出した。ミアナも見様見真似でドレスの裾を持ち上げて走り出す。
……こんな不便な格好をしなければ、走ることすら出来ないのが文明人だって? まったく、馬鹿げているとしか思えなかった。それともヒギンズの言う文明人とやらは、こんなふうに走ったりしなかったのだろうか。
そのときヒギンズの声が、まるでわたしたちを嘲笑うかのように後ろから響いた。
「ははは、どこへ行こうというのだね? 逃げられると思っているのかい?」
ちらと横目で振り返ると、顔面を万年筆で貫かれたはずのヒギンズが歩き始めていた。大股歩きの四角四面の規則正しいリズムで、けれど着実にわたしたちを追ってきている。
「いけない子たちだねぇ、文明の恩恵を受け入れられないなんて、なんと愚かなんだ……!」
「うっさい!」
バカにするように笑うヒギンズへ怒鳴り返しながら、わたしはミアナと共に駆けてゆく。そんなわたしたちの後ろで、ヒギンズは着々と歩みを進めていた。
「そんなに急いではいけないよ。せっかくの素晴らしい『教育』を受ける機会を逃すなんて、もったいないじゃないか。君たちフツアをもっと良い子にしてあげようというだけじゃないか。痛みは一瞬、そしてすぐに快適な生活が待っているんだよ……」
「じゃかあしいっ!」
そう怒鳴り返すわたしだけれど、重たいドレスと足をひたすら痛めつけるハイヒール。足がもつれ、何度も転びそうになる。ミアナも同様で、何度もつまずきながらも懸命に私についてきていた。
「足が痛いよう……もう走れない……!」
「ミアナ、頑張って、早く……!」
泣き言を漏らすミアナに対し、私はそれでも必死に声をかけた。
けれど、わたし自身の体力も限界に近づいていた。足元はふらつき、心臓が激しく脈を打つ。重いドレスとコルセットの締め付け、ヒールが足に食い込み、全身に痛みが走る。一刻も早く逃げなければならないのに、身体は思うように動かない。
そんな中でもヒギンズは、わたしたちへと迫ってくる。
「いけない子たちだねぇ……文明の光を拒むなんて、本当に愚かだ」
ヒギンズの冷笑が、わたしたちを追い込むかのように響く。彼の機械的な足音が徐々に近づいてくるたびに、恐怖と絶望が胸を締め付ける。
その声に気を取られた刹那、わたしの足首に変な力が入った。バランスを崩し、慌てて立て直そうとするのだけれど、高すぎるヒールのせいで踏ん張りがまったくきかない。
「し、しまっ……!」
「きゃあっ!?」
まずわたしが膝をつき、それに引きずられてミアナも引っ繰り返ってしまった。すぐさま立ち上がろうとした途端、
「痛っ……!?」
わたしの足首に走る、鋭い痛み。どうやらわたしたちは揃って足を捻ってしまったらしい。息もあがって全身へとへと、まるで力が入らない。
とうとうミアナまでもが
「もう、無理……動けないよお……」
「立って、立ちなさいミアナ……痛っ!」
それでもなんとか逃げ出そうと足掻くわたしたちに、とうとうヒギンズが追い付いた。
「ふふふ、逃げられると思っていたのかね? これは親切心で言うが、私の言うことには素直に従った方がいいぞ。君たちには、私のような先進的な文明人の導きが必要なのだからな」
ヒギンズが冷たく笑い、私たちをゆっくりと追い詰めてくる。片目には万年筆が突き刺さったままだったが、ヒギンズは気にもしていない。むしろ、その恐ろしげな顔を見てわたしたちが怯える様を、心の底から楽しんでいるかのようだ。
おねがい! 誰か、助けて……!
わたしとミアナが心の中で声を揃えて祈った、まさにそのとき。
突然、天井が轟音と共に崩れ落ちた。
何が起きたのか理解する間もなく、巨大な“影”が天井をぶち破って飛び込んできた。破片が飛び散り、わたしはとっさにミアナを庇い、互いに体を寄せあいながら身を守る。
“影”が、勇ましげな雄叫びを上げる。
「――――――――――――ッッ!!」
拳と膝をつきながら着地した“影”はためらうことなくヒギンズに向かって突進し、その強大な拳を振り上げる。固く握り締めた、鋼鉄の拳。その強烈な一撃が、ヒギンズの胴体を正確に打ち抜いた。
「なにっ……!?」
ヒギンズは驚愕の声をあげていたが、“影”の急襲に対しては咄嗟に反応できなかった。その拳はヒギンズの胴体を完全に貫き、打ち砕き、そして無慈悲にその内部を破壊し尽くす。
「ごぶっ……!?」
“影”が拳を引き抜くと同時、ヒギンズの体から火花が散り、金属の悲鳴が部屋中に響き渡った。胸郭を串刺にされたヒギンズはそのまま倒れ込み、機械の部品が床に散らばった。
ヒギンズを倒し、わたしたちを救ってくれた“影”。その光景を目の当たりにしながら、ミアナが涙を滲ませてその名を呼んだ。
「“じぇーじぇー”……!」
突然の“じぇーじぇー”參上。あまりの急展開に、わたしの思考がついていかない。
そんな中、“じぇーじぇー”はわたしたちのもとへと駆け寄ってきた。その大きな手が差し伸べられる。
「っ……」
だけど、わたしは咄嗟に躊躇した。この不気味な大男に、一抹の不安を覚えたからだ。本当に私たちを守ってくれるのか、信じていいのかどうか、瞬間的に迷いが生まれた。
「……。」
思わず身を引いてしまうわたしに“じぇーじぇー”もまた刹那、躊躇した。
けれど、ミアナは違った。
「“じぇーじぇー”!」
ミアナは迷うことなく“じぇーじぇー”に向かって駆け寄り、その大きな体へ飛びつくようにしがみついた。
「“じぇーじぇー”、来てくれてありがとう!」
そう言って“じぇーじぇー”の胸に顔をうずめ、進んで身を委ねるミアナ。その表情は、心の底から安堵したかのように満面の笑みで綻んでいた。
そんなミアナを優しく抱きかかえた“じぇーじぇー”は、今度は私に視線を向けた。そしてすかさずサムズアップ、いつもの決めポーズだ。相変わらず笑っているのか怒っているのか、よくわからない表情。
……でも、なんかカッコいい。
そう思ったとき、わたしもまた自ずと“じぇーじぇー”に身体を預けていた。
そんなわたしとミアナを包み込むように抱きかかえた“じぇーじぇー”は、轟音と共に猛烈な煙を吹き出した。
そして宙へと浮かび上がるわたしたち。“じぇーじぇー”がわたしたちを抱きかかえながら、空へと飛び立ったのだ。
「わあ、飛んでる! わたしたち飛んでるよお!」
無邪気な声をあげるミアナの声を隣で聞きながら、わたしも“じぇーじぇー”へと身を委ねていた。
……素肌で感じる、“じぇーじぇー”の逞しい身体。わたしたちをぎゅっと抱き締めてくれたその腕は、冷たい鋼の肌のはずなのに驚くほど優しくて、ともすると温もりすら感じられた。
頼もしくて、快い。
そんなことを思ったとき、こんな声が聞こえた気がしたのだ。
“もう大丈夫だよ、ミアナ、マイナ……”
ジェットジャガーがミアナとマイナを連れて基地を脱出してから、数分後。
「……やれやれ、酷いことをしてくれる」
ジェットジャガーに破壊されたはずのヒギンズが、むくりと起き上がった。胴体には大穴が空いたままだったが、本質的にシステムであり、痛みのクオリアを持たないヒギンズは微塵も苦痛を感じていない。
「だが、私もまた、ゲマトロン演算で強化されたナノメタル超合金による自己修復機能を備えていようとは、流石に思わなかったようだなっ……!」
ヒギンズがそう呟くやいなや、胴にブチ開けられていたダメージは、ナノメタルの自己修復機能によって即座に修復された。片眼に刺さっていた万年筆も引き抜けば、潰れた眼球が膨れ上がるように元へと戻る。
ぽっかり空いていた傷口が瞬時に繕われてこれですっかり元通り、ヒギンズの肉体美には傷跡すら残らなかった。
「……ふむ」
だが、ボディは直せても、着ていた服まではどうにもならない。フツア族の双子どもとの“婚約”のために用意した特別誂えのタキシードは、腹部から背中にかけて大穴が開いてしまっていた。胴体丸出し、なんとも間の抜けた姿だ。
そんな自分の服装を見て、ヒギンズは激怒した。
「まったく、文明的な“対話”さえ出来んとは。これだから退行種族の愚劣な野蛮人どもは……」
憤懣やる方ないヒギンズは、そのストレスの矛先をボロボロのタキシードに向けることにした。ヒギンズは全身にコマンドを送り、瞬間的にナノメタル筋繊維を活性化させた。
「……ふんぬッッ!!!!」
活性化すると同時に、一気に膨れ上がるヒギンズのナノメタル筋肉。ぴったりに誂えられていたはずのタキシードは爆発的な勢いでパァンッとはち切れ、跡形もなくハジけ飛んでしまった。
「……ふう。せっかくの一張羅だったというのに、無駄になってしまった」
模範的文明人であることを自負するヒギンズは、いつだってTPOに応じて弁えた服装を心掛けている。たとえば先程のプロポーズ、その際に着用していたタキシードもそうだ。
しかし、そうでないときもある。具体的に言うと、平時のヒギンズは全裸であった。当然だ。意味も無いのに服を着る必要はない。理性的であること、そして合理的であることこそが真に文明的というものだ……とヒギンズは考えていた。
「ふーむ、これでよい……」
全裸で身形を整えたヒギンズは、続いてコンソールへ取り付き各種システムを始動させた。知的文明の継承者として暴力は好まないところではあるが、時には“止むを得ない”こともあるということをヒギンズは十二分に理解していた。シートピア・アーカイブスの格納庫に鎮座する最強兵器、その二体の起動準備を進めながらヒギンズはほくそ笑む。
……文明の価値を知らない、無教養な野蛮人どもめ。これで奴らに真の文明の力という奴を“わからせ”てやらねばならない。そして学ばせなくてはならない。自分たちシートピア・アーカイブスの下で『文明化』することが如何に“正しい”のかを。
「……ガイガン=レクス! メガロ=レジーナっ!」
そしてヒギンズは、“文明的”なポーズでもって咆哮を上げた。
「起動オオオオオオオッッ!!!!」
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いいからラドンとガイガンの続き書けよ