崩壊世界の記録番   作:サイリウム(夕宙リウム)

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第2話 宝石の彼女

 

「これは……。」

 

「お人形さんみたいだね~。」

 

 

ピーの感想を聞き流しながら、考えを進めていく。

 

私たち人類は、死んだ場合ただの肉へと変わる。即座に他の物質に代わるなどありえないことだ。確かに骨は宝石のように固い存在ではあるが、それは肉の下に存在するもの。決して体すべてが骨のように固くなるなどありえない。宝石などもっての外だ。

 

 

「濃い白で、光沢がある。そして滑らかな手触り。何という石か解らないが……。明らかに異常だ。」

 

 

柔らかくすべてを受け入れるかのような笑みを浮かべ、祈りのためか手を前に組んでいる彼女。普通であれば作り物、何かの人形と疑うものだが……。よくよく観察すればするほど、作り物だとは思えない。先ほどの自身と同じように、ほんの少し見ただけでは人間と判別してしまう存在。

 

もしこれが作り物だったとすれば……、いくら文明が発展していたとしても、毛の一本一本、爪の先までこうも作り上げるだろうか、という疑問が湧く。

 

 

「ジェス、見てみたら?」

 

「……あぁ、そうだな。」

 

 

ピーの言葉に頷きながら、彼女の頬にもう一度触れる。

 

もし彼女が人ではなく、人形だった場合。確実に何かの“想い”を汲み取ることができるはずだ。これほどまで精巧に作られているのだ。そこには並々ならぬ思いがあったはず。確実に作り手の狂気とも呼べるような思いがそこにあるだろう。

 

対して何も感じ取ることができなければ、この存在は元々人間であったことが推測できる。

 

そう考えながら、“力”を行使する。

 

 

(込められた“想い”が、多い。)

 

 

指を通して、自身の脳へと流れ込んでくる人々の想いたち。その感情が強いほど重く、人の数が多いほど太い。まるで大きな柱が体を突き抜けていくような感覚。私はそれに、身をゆだねるのみ。

 

人々の記憶が手から脳へと広がり、瞼の裏で一斉に広がっていく。同時に聞こえてくる数多くの声と、いくつもの光景。感情がキーとなるためそのすべてが断片的だが、それでも一斉に襲い掛かってくるとなると、全身に巨石を乗せられたかのような重圧に襲われる。

 

何とか整理し、流れ込む記憶をもう一度眺める。その中で一番声が大きいもの、“想い”が強く残っているものを。開く。

 

その瞬間、目の前に広がるのは、過去の光景。

 

 

『可哀想に……』『あぁぁぁああああ!!!!』『私たちもこうなるの?』『早くこの町から出なきゃ』

『今までありがとう』『病を』『神の名のもとに』『燃やしてしまえ!』

『この町はもうだめだ』『早く逃げよう』『いや蔓延させるわけにはいかない』

『せめて彼女だけは、ここに。』

 

 

いくつもの声が、聞こえてくる。一人の声ではない。もっと多くの人類の声だ。宝石の像の彼女を囲み、多くの人間たちが感情をぶつけている。

 

 

「……どう?」

 

「…………作り手の声は聞こえなかった。だが多くの者に囲まれている光景や、彼女の前で泣き叫ぶ者の姿が見えた。」

 

 

ゆっくりと手を離し、脳内に広がっていた世界と自身を切り離しながら、そう答える。

 

あの世界の中で作り手の声は聞こえなかった。つまり彼女は誰かに作られたものではない、ということになる。

 

しかしながら文明が滅びた後に彼女が生まれたと仮定した場合、人の声が記憶として残るわけがない。その顔を見る限り、彼女は私よりも若い。文明が崩壊した時期は、両親から聞く限り私が生まれたあたりらしい。故に、私の想定は間違っていたのだろう。

 

 

「……うん? どういうこと?」

 

「彼女は、人間。それも文明が残っていたころの存在だ。」

 

 

私は文明崩壊後に彼女がこうなってしまったのだと考えていたのだが、記憶を見る限り違う。数十年という長い年月の間、彼女はずっとここで誰かがやってくるのを待ち続けていたのだ。

 

そんな彼女が持つ最初の記憶は、多くの者に囲まれながら、おそらく葬式のようなものを行っていた光景。この時点で明らかに文明がまだ残っていた時代の話だ。そして、途中で見えた『病』という単語。そして彼女に対して注がれる恐怖に近い感情たち。

 

 

「おそらくだが、彼女は全身が宝石になる病にかかってしまったのだろうな。」

 

「……宝石?」

 

「あぁそうだ。突拍子もない話ではあるが……。実物がある限り、実際に存在していたのだろう。」

 

「ほへ~。」

 

 

彼女が掛かってしまった病がどんなものなのか、その詳細は肉体には残されていない。だがもし私たちにも移るような存在ならば、即座にここから離れる必要があるだろう。まだ私は死ねないし、相棒も死なせる気はない。この町の出入り口付近に宝石になる病について記録を残し、立ち入る場合は注意するようにという文字を刻んだ後、次の町へと出発するべきだ。

 

しかし……。

 

 

「ピー。彼女についてもう少し調べてもいいか?」

 

 

もし私がその選択を取った場合。この町は完全に放棄されてしまうだろう。未来の者たちも好き好んでこの場所に入ろうとする者もいないはずだ。そうなればここでただ一人佇む彼女は、本当に忘れ去られてしまう。この町で起きていた歴史が、文化が、全て残らなくなってしまう。

 

それは何とも、寂しすぎる話ではないか。

 

 

「当時の人間たちもおそらく治療法を探したはずだ。可能ならばその情報も残しておきたい。今はできなくとも、未来の私たちであればやってくれるはずだ。」

 

「う~ん……。わかった! 付き合う!」

 

「ありがとう。」

 

 

相棒の目をしっかりと見ながら、礼を口にする。

 

 

「彼女について知るべきだ。まずは……、服から見てみるとしよう。」

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

ゆっくりと目を閉じながら“力”を行使し、もう一度目を開ける。

 

そこには先ほどの彼女。宝石となってしまった彼女の姿が見えた。私の知る変わってしまった彼女よりも幾分か若く、少女と言ってもいい年齢。これは病にかかる前の記憶なのだろう。

 

その時間の変移も興味深い所ではあるが、何より注目すべきは彼女の肌色。より暖かで健康的な色をしており、石という固く冷たいものには決して見えない。この光景は、もともと彼女は私たちと同じ何の変哲もない人間であったことを教えてくれる。

 

 

(これは……、受け取っているのか。)

 

『司祭様! ありがとうございます!』

 

 

この服、シスター服をキラキラとした目で覗き込み、受け取った瞬間愛おしそうに抱きしめる彼女。私には理解できないが、彼女にとってこの服は非常に大事で、憧れである事が推察できる。

 

 

『いえいえ、キティアさん。シスターとしてこれから頑張ってくださいね。』

 

『はい!』

 

 

どうやらこの服の最初の“思い出”は、宝石の女性。キティアという名の少女がシスターになったときの記憶だろう。憧れの服を貰い、憧れの職に就く。司祭によって認められ、シスターに。これから始まるであろう輝かしい未来を夢見ている、といったところか。

 

 

(……最初は、ここまでか。)

 

 

その記憶を読み終わると、目の前に広がる光景から色が薄れていく。どうやらこの服に眠る次の記憶へと移ろうとしているようだ。その変移に身を任せながら、世界が塗り替えられていくのを眺める。

 

次に映し出されたのは、おそらく町のはずれにあるであろう家。視界の端に防壁の白い壁が見えることから間違いないだろう。様々な色の花が咲き乱れていて、そこを走り回る二人。先ほどの少女と、おそらく宝石となってしまった彼女の前で、号泣していた彼の幼少期。

 

楽しそうに走っていた二人だが、少年の方がこけてしまい、少女は彼の元に飛び込む。二人一緒にゴロゴロと転がりながら花畑を進み、勢いが弱まる頃には二人して空を眺めながら、花畑に寝転んでいた。

 

この服の持ち主である少女と、同じ年ほどの少年が言葉を交わす。

 

 

『そっか、レニはお家つぐんだ。』

 

『うん、お父さんもお爺ちゃんも薬作ってるから。僕もかな、って。』

 

『そっか~。じゃあ私が病気になったときは直してくれる?』

 

『……うん! まだ簡単な手伝いしかやらせてもらってないけど、その時は絶対に。』

 

『絶対だよ! 約束ね!』

 

 

少年と少女の、色褪せない暖かな時間。持ち主にとって、忘れがたい大切な記憶だったのだろう。レニと呼ばれた彼の顔が、周囲の光景が、優しく吹く風の音が、どれも酷く輝いて見える。もしかすると彼女は、彼に恋心を抱いていたのかもしれない。そんなことを考えながら、移り変わる世界を眺めていく。

 

そのから先は、彼女のシスターとしての活動が刻まれていた。

 

日々汗を流しながら教会を清潔に保ち、訪れる迷える子羊の助けになるため奔走する。この町に住まう人々の心を守れるように生きる彼女の一生は、辛い日々もあったがそれ以上に充実していたのだろう。悩む男の話を聞く彼女、老人の助けをする彼女、泣く子をあやすために小さな花を摘み手渡す彼女、ミサで聖書を読み進める彼女。

 

本来記憶に残らないような小さな思い出たちが、しっかりとここに残っている。

 

 

(……何もなければ、幸せな一生を送ったのだろうか。)

 

 

そんなことを考えながら、彼女の記憶を読み進めていく。文明社会で生きていた人間の記録。それも聖職者という少し特殊な立場からの視点。非常に勉強になる光景ではあるが……、今私が求めるものは、『病』についての情報だ。

 

 

(発病直後の“記憶”……、ここか。)

 

 

いくつかの思い出を読み飛ばし、ようやく目当ての記憶にたどり着く。どうやら医師のような存在から病状の説明を受けているようだが……、彼女の顔を見る限り、自身の症状を受け止め切れていないようだ。

 

 

『もう一度ご説明させていただきます。体の一部が硬化しています。……骨よりも固い何かに。この硬化したものが何なのか、なぜこのようなことが起きているのか、まったくもって解らないというのが現状です。』

 

『そんな……。』

 

『一応、私の伝手で大都市の研究機関に似たような症例がなかったのか調査をお願いしているのですが……。あまり期待しないでください。それと、もしかすると教会の方々が何か知っているかもしれません。司祭様を通じて、聖都へと便りを送ってみるのはいかがでしょうか。』

 

『わ、解りました。』

 

『正直に言って、どのような薬をお渡しすればいいのかもわかりません。……出来るだけ安静にしてください。』

 

 

そう医師に言われ、項垂れる彼女。そして少し時間を進めれば、医師が言っていた研究機関からの返答。そして聖都からの返答を受け取った彼女の姿が見える。……どうやら、両者ともに良くない結果が帰って来たようだ。その場に崩れ落ちてしまう彼女。

 

受け取った紙束に何が書かれていたのかまでは読み取れないが、彼女の強い絶望とも呼べる感情から、文明が残っていた当時でもどうしようもない病。不治の病であったことが考えられる。おそらく宝石に変わりつつある肉体をもとに戻すことも、病状の進行を抑えることも、難しかったのだろう。

 

そして、その次の記憶は……。

 

 

(最初に見た、あの少年との思い出。)

 

 

どうやら彼女がシスター服を受け取ってから結構な年月が経過していたようで、少年だったはずの彼は青年と呼べるような年齢になっていた。彼女は彼に、自身の病について説明している。耐えきれなかったのか、その視線はどんどんと下へと向いていき、後半はただ地面を見ることしかできなかった。

 

 

『……それで、同じような状態になった人の記録はないみたいで。もうどうしようもないみたい。お医者様が言うには、進行の速度からもってあと一年って。』

 

『そ、そんな……。』

 

『だからもう、全部やめちゃおうかな、って。ずっと成りたかったシスターに成れたけど、毎日楽しかったけど、みんな私のこの肌を気味悪いって言うし、そもそも移っちゃうかもしれないし……。』

 

 

そういう彼女の顔は、確かに所々宝石化が進み真っ白な固いモノへと変化していた。治療法以前に何故こうなったのか解らない以上、手の打ちようがない。他者に迷惑をかけるくらいなら、いっそ死んでしまった方が……。そう考えてしまう彼女の目から、水滴が垂れる。

 

だが。

 

 

『キティア、泣かないでくれ。……僕が、僕が絶対に何とかしてみせる。』

 

『……れ、レニ。』

 

 

彼の手が、彼女の手に伸びしっかりとつかむ。誰かに移るかもしれないと思い長らく触れていなかった、人肌のぬくもり。石に変わりつつある彼女では決して得ることのできない暖かさ。

 

 

『僕は薬師だ。まだ駆け出しだけど、絶対に君を治す方法を見つけてみせる。……約束、しただろう?』

 

『覚えてて……、くれたんだ。』

 

 

強い意志をもって、彼女にそう告げる青年。

 

彼の思いが伝わったのか、ほんの少しだけ微笑みながら握られた手をしっかりと握り返すキティア。……すでに結果を知っているからこそ、彼女たちの姿を見るのがつらい。だがここで止めるわけにはいかない。彼らの思いを決して失わせず、後の世に伝えるためにも。“記憶”を進めていく。

 

彼はいくつもの薬を開発し、彼女に投与していった。しかしながらその全てが無意味なものだったようだ。彼の悔しそうな表情、運命に抗おうとする者の顔が強く記憶に刻まれている。服の持ち主の彼女も、彼の想いに打たれ最後まで生きることを諦めず、足掻き続けたようだ。

 

……だが、ついにその日が来てしまう。

 

 

『……あぁ、もう、なのですね。』

 

 

もっとシスターとしての仕事をしておけばよかった、もっと町の人と交流しておけばよかった、もっと彼と言葉を交わしておけばよかった。彼女の強い後悔のようなものが、押し寄せてくる。だが、彼女はそれを振り払い、教会へ。彼女が最後にいた、あの場所へ。

 

 

『……神、よ。』

 

 

何度も倒れそうになりながらも、何とか椅子に腰かける彼女。

 

すでにその顔には生気がなく、ほぼ全身が宝石へと変わってしまっている。おそらくその肌だけではなく、内部も石へと変わってしまっているのだろう。彼女が発病してから、どれほどの痛みを受けたのかはわからない。全身を無理やり書き換えられるようなものだ。想像を絶する痛みが彼女の身に降りかかっていたのだろう。

 

だが、キティアは。すべてを許す聖母のような笑みを浮かべながら、神に祈りを捧げる。

 

 

『ただ、感謝を。……私は、幸せでした。』

 

 

この世に生を受けたこと、短い人生の中であったすべての出来事に、感謝を。文明が崩壊する前に信仰されていた神は、この世のすべてを司っていたのだという。彼女はそんな全能神に最後の祈りを捧げている。

 

 

(……世界が、薄れていく。)

 

 

彼女が発したであろう感情が、薄れていく。私が見る世界から色が、線が消えていくごとに、彼女がより死へと近づいていくのが理解できる。だんだんと白く、淡く成っていく世界。

 

最後まで神の像を見ていた彼女がゆっくりと目を閉じた瞬間。

 

すべてが、消えた。

 

 

(ここから先は、体の方に刻まれていた記憶と同じ、か。)

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「あ、起きた。」

 

「…………ピーか、すまない。」

 

 

ゆっくりと目を開けると、少し心配そうにこちらを見つめる彼女の顔が映し出される。それほど近くで見なくともお前の眼ならすぐにわかるだろうに、と思わないでもないが、言葉にはしない。相棒のやさしさを甘んじて受けることにしよう。

 

さっきまで触れていた彼女の頬から手を離し、ピーに説明を始める。

 

 

「彼女の名はキティア。まだ文明があったときにシスターをしていたらしい。そしてやはり、病が原因で宝石となってしまったようだ。」

 

「……病気? うつっちゃう?」

 

「おそらくだが……、その可能性は薄いだろう。彼女が罹患してからの記憶を見たが、すぐにすぐに同様の病にかかった物がいた、という情報は見受けられなかった。他の罹患者がいなかったわけではないようだが……。とりあえず、私たちがここで一晩夜を明かしても同じようになってしまう可能性は低い筈だ。」

 

「……たぶんだいじょうぶ?」

 

 

彼女の言葉に強く頷くと、ほっとしたような顔をする相棒。まぁ確かに自分もこうなってしまうのではないか、という恐怖は筆舌に尽くしがたい。その危険性が少しでも減ったのならば、安心するのも仕方のないことだろう。そんなことを考えながら、教会の窓から外を眺める。

 

いつの間にか赤い光が差し込んできており、すでに時刻は夕方といったところだろうか。彼女の記憶を読み取るのに、想像以上の時間を費やしてしまったようだ。

 

 

「とりあえず、今日はここで宿を取らしてもらおう。」

 

「わかった! ……ごはん探してこよっか?」

 

「いや、この付近で取れたものはあまり口にしない方がいいだろう。それにピー1人では迷って帰って来れないだろう? 少々味は落ちるが、保存食で勘弁してくれ。」

 

 

ほんの少しだけむっとする相棒をなだめながら、夕食の準備を進めていく。

 

もう少し時間があればこの町の中の探索もしてみたかったのだが……、夜はバケモノたちが活発化する。私は夜目が効かないので、何かするには火を使わなければならない。そして火をつけてしまえば、バケモノたちが寄ってきてしまう。野生生物相手であれば火は有効なのだが……。バケモノ相手では逆効果だ。

 

明日は探索をしながら……、おそらく病について研究していたのであろうあの青年。レニの家に向かってみることにしよう。何か資料が残っていればいいが……。

 

 

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