曇らせ姉妹   作:片足うさぎ

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第二話 家族

 

 私は雲咲(くもさき)桃華(ももか)

 

 鈴を産んだばかりの新米ママです。

 

 時間の流れはあっという間で、気がついたら3年が経っていました。

 

 鈴は3歳になりました。

 

 私たちの子、鈴は不思議な子でした。……いえ、不思議というのは正しくありません。なんて表現すればいいのでしょう、とにかく異様な子です。

 

 鈴は全く泣かず、手がかかりませんでした。そして本当に赤ちゃんなのか疑うくらい、言葉を理解していたと思います。言いつけはしっかり守って、悪戯もしませんでした。赤ちゃんはなんでも口に入れてしまう、というけれど鈴は全くそんなことはありませんでした。

 

 ……どう見ても普通の子供ではなかったけれど、そのくらいだったらまだよかったです。

 

 鈴の表情はいつも暗い。生きる気力がまるで感じられませんでした。

 

 生まれた時からそうです。

 あれは出産して初めて鈴を抱いたときのことです。私が目にしたのは、まるで何かに絶望したかのような愕然とした表情。生まれたばかりの赤ちゃんがしてはいけない顔です。なぜと思うのと同時に、こんな顔をさせてしまった罪悪感でいっぱいでした。

 

 鈴はいつも何かに怯えていました。時折、何か嫌なことを思い出したかようにその顔が恐怖に染まり、呼吸が浅くなります。決まってそういうときは私と夫を見ていました。

 

 最初は私たちが怖いのかなと思っていました。娘に怖がられているなんて、考えただけでも胸が張り裂けそうになるほど悲しいことでした。

 

 ですが、そうではありませんでした。

 

 鈴は私たちを通して、何かを見ている。それにひどく怯えている……のだと思います。

 

 鈴がパニックになる度に抱きしめました。ぎゅっと抱きしめると、その恐怖に染まった顔が和らぐのです。少しでも鈴を楽にしたくて、繰り返し、何回も抱きしめました。その度に反応が良くなりました。最初は表情があまり変わらなかったのですが、最近ではひどく安心した様子で、にへらと相好を崩します。

 

 初めて笑ってくれた日には、思わず泣いてしまいました。

 

 やっと、鈴の母親になれた気がして。

 やっと、鈴が安心できる存在になれた気がして、涙が溢れました。

 

 それでも、鈴が苦しそうな顔をするのは止みませんでした。むしろその頻度が多くなっているようにも感じました。

 

 鈴が苦しむのを見ているだけしかできない。

 

 その生きるのを諦めたような目が、まるで生まれたきたことを後悔するような目が、苦しみを訴えているのです。

 

 私は力を尽くしました。今まで以上に鈴に寄り添えるように、いっぱい話しかけてたくさん触れました。私が母様にされて嬉しかったことを行いました。

 

 いつか、鈴が心から笑って、幸せになることを信じて。

 

 

 

 

 それから月日が流れ、鈴は4歳になりました。そのときに、鈴が弟か妹が欲しいと言ってきました。私と夫はびっくりしました。鈴が何かを要求するのは初めてのことでしたから。

 

 私と夫は頑張りました。

 

 妊娠して、お腹の子がだんだん大きくなりました。お腹の子の性別は女の子らしいです。

 

 そして、私の二人目の娘、あかねが生まれました。

 

 

 ♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 何もかもがどうでもよかった。この生を終わりにしてほしかった。

 

 生まれてこなければよかったと何度も思った。

 

 それでも、死ぬ気にはなれなかった。次も転生するかもしれないし、何よりもあの苦痛を感じたくはなかった。

 

 死ぬのではなく、ただ消えたい。苦しむことなく、存在がなくなればいい。二度と生き返れないように。転生なんてふざけたことが起こらないように、消えたいと何度も思った。

 

 幸運なことに、その方法に見当はついていた。

 

 少し外に出ただけで、そこは不思議で満ちていた。空を飛んでいる人がいれば、人差し指から火を出してタバコに火をつける人もいた。車を素手で持ち上げる人もいたし、荷物を浮かしている人もいた。

 

 まさしく超常現象。前世の常識ではありえない光景だった。

 

 間違いなく、この世界には超常現象がある。それは漫画や小説に出てくる、超能力や魔法と呼ばれるものだ。

 

 超能力でも魔法でもなんでもいいが、それならば僕が消えることもできるかもしれない。

 

「鈴、ママですよ。鈴はいつ見ても可愛いですね。おててもこんなに小ちゃくて……」

 

 桃色の髪をした綺麗なお姉さんが、微笑みながら僕に話しかける。

 

 このピンク髪のお姉さんは、今の僕の母親にあたる人だ。

 周りから聞いた情報によると、今の僕は鈴という名前の女の子らしい。

 

 どうでもいい話か。前世の経験から考えると、そのうち、ろくに名前も呼ばれなくなるのだから。

 

 そんなことより、僕はどうすれば僕という存在を消せるか悩んでいた。僕がその超能力を持っていたら、話は早いんだけど。

 

 そんな思考と同時に、僕の体は自動的に目の前のお姉さんを警戒していた。いつ暴力を振るってきても防御できるように。

 

「鈴はお顔も可愛いですね〜。よしよし」

 

 ピンク髪のお姉さんが、頭を撫でようと手を伸ばす。

 

 

 その光景が、過去の記憶を呼び起こした。

 

『あんたさえいなければ!』

 母さんが振り上げた手は、僕の頭に振り下ろされる。

 

 

 似ても似つかない、母さんとお姉さんが重なる。頭に伸ばされた手が、振り下ろされた手に見える。

 

 思考が止まり、頭が真っ白になる。

 

 ──やめて、いたいのはやだ、やめてやめてやめて

 

 咄嗟に頭を守った。気がついたら目を瞑っていた。

 

 

「鈴? 大丈夫ですか?」

 

 

 衝撃は来なかった。代わりに、安心感のある暖かなものが頭に優しく触れた。

 おそるおそる、まぶたを開ける。

 

 心配そうな表情のお姉さんと目が合った。

 

 真っ白になった頭が思考を始める。

 

 ──殴られるのなんて、慣れたと思ってたんだけどな。

 

 羞恥心から、笑って誤魔化した。

 

「……鈴、大丈夫、大丈夫です」

 

 お姉さんは悲しそうな表情で、僕を撫でる。その撫で方はとても優しく、全てを許してくれるような包容力があった。

 

 僕はその対応に戸惑う。

 

 ──お姉さんは、母親……なんだよな? なんでこんなに僕に優しくするんだ? 

 

 前世との差に不気味に思ったが、どこか心地良くもあった。

 

 頭を撫でられながら、その心地良さに身を委ねた。

 

 

 

 

 僕は3歳になった。

 

 僕はできるだけ迷惑をかけないように行動した。

 

 おむつが汚れても、どれだけお腹が減っても泣くことはなかった。パパとママの邪魔をしないように、自分のことはできるだけやった。しかし、それでも限界はある。

 

 結局、僕は今のパパとママの手を煩わせた。

 

 今のパパとママは、前世の両親とは全く違かった。

 

 パパとママはとんでもなく優しい。僕が何をしても、前の母さんみたいに、叩いたり物を投げたりは絶対にしない。前の父さんみたいに、僕を無視したりしない。いつも笑って話しかけてくれて、ずっと傍にいてくれた。僕に触れる手が、愛情に溢れていた。傍にいると、なんだか安心した。心地が良かった。

 

 でも、そんなに愛されるのは、中身が僕だと知らないからだろう。出来損ないで、誰かに迷惑をかけることしかできない僕だと。

 

 僕が人のためにできるのは死ぬことくらい。……いや、死ぬことすらできなかったんだった。

 

 親からの愛情が僕には毒だった。愛してもらえるのが心苦しい。所詮僕なんだから、そんな価値はない。何の才能もなく、何もできないのに。

 

 僕は愛されてはいけない。パパとママの愛を受け取っていい存在じゃない。パパとママに迷惑をかけてはいけない。

 

 

 早く消えなきゃいけない。

 

 

 パパとママから離れなくては。愛されればされるほど、あとが怖くなる。僕に価値がなかったことを知ったとき、この愛情がどうなるのか。あとで失望して見放すなら、最初から放っておいてほしい。一度だって優しくしないでくれよ。まるで僕が生きていてもいいと勘違いしそうになる。 

 

 突然、あまりにも隙がない完璧な案が浮かんだ。

 

 ──そうだ、もう一人子供が増えればいいのでは?

 

 僕なんかより、才能ある子供の方が可愛く見えるのは必然。そうなれば、僕を放っておいてそちらにかかりきりになるはず。もしかしたら、「え、鈴? ああ、いたねそんな子も」と言われるくらいには愛情が消えるかもしれない。

 

 そうなれば、心置きなく自分の消し方を模索できるというものだ。

 

 早速お願いしようと思ったが、両親が聞いてくれるか分からない。まあ、この人たちならいつでも聞いてくれそうだが。万全を期して、1番効果的なときにお願いすることにした。

 

 それは誕生日だ。

 

 

 

 

 4歳になった。

 

 テーブルを囲うように僕たちは座っていた。テーブルの上にはケーキが置いてあり、そこに刺された4つの蝋燭の炎がちらりと揺れる。のだが、なぜか電気はつけっぱなしなので、LEDの明かりを受けたケーキが白く眩しい。

 

「誕生日おめでとう、鈴」

 

 体格のいい壮年の男性、パパが太い声で僕を祝う。

 

「鈴、4歳の誕生日おめでとう」

 

 薄い桃色の髪のお姉さん、ママが澄んだ声で僕を祝う。

 

 満面の笑みを浮べる二人を見る。

 なんかこう、デレデレしすぎじゃないか? やっぱり愛が重すぎる。

 

 さりげなく、ママが僕を膝の上に乗せて問いかける。

 

「鈴、何か欲しいものはあります?」

 

 ママは距離が近い。何かとスキンシップを取ってくるのだが、何度やられても慣れない。ママの膝の上に座るのも居心地が悪い。全身がふわりと包まれて、心があったまる感覚が、落ち着かない。

 

「……えっと、弟か妹がほしい、です」

 

 僕は用意していたことを答える。

 

 やっぱり迷惑だろうか。

 言ってから怖くなった僕は顔を俯かせる。

 

 

 ふと、前世の記憶が蘇る。

 あれは7歳の誕生日だったと思う。そのときはまだ誕生日を祝われていた気がする。そういえば、母さんにも同じようなことを聞かれた。

 

『あなたは何か欲しいものはある?』

 

『えっ! じゃ、じゃあゲーム機! クラスの友達がみんな持って……て……』

 

『はぁ、あなたはお医者さんになるのよ? たくさん勉強しなきゃいけないのよ? もう一度だけ聞くわ。何か、欲しいものはある?』

 

『さ、算数ドリル! 漢字ドリルも! 立派なお医者さんになるから!』

 

『そうよね、それがいいわよね。もう用意してあるから今日はそれをやりなさい』

 

 母さんの失望した目が僕に刺さる。

 

 

 ──母さんの言う通りにするから。ちゃんと勉強してお医者さんになるから。

 

 

 ──だから、僕をそんな目で見ないで。

 

 

 

 ──みすてないで

 

 

 

 突然、後ろから柔らかくて暖かい何かにぎゅっと包まれる。

 

 

 ハッとした。

 

 

 そうだ、今はもういないんだった。

 

 

 ママが僕を抱きしめながら囁く。

 

「いいですよ。でも少し時間をくださいね」

 

 ほっとした。自分でもよくわからないけど、じんわりと心があったまる。

 

「……ぁりがと」

 

 なぜか喉がからからで、思ったように喋れなかった。

 

「いいんですよ。鈴、何を欲しがってもいいんです」

 

 

 背中から伝わる熱が、僕の脳を溶かす。何にも考えられない。ただ心地よかった。

 

 

 

 ──ふへへ、ママ、あったかい。

 

 

 

 

 しばらく経ってから、我に返った。何してんだ僕。

 

 恥ずかしくて、ママの膝から飛び降りた。

 

「あぁ……」

 

 ママが残念そうに呟く。

 

「ふふっ。それじゃあ、ケーキ食べようか」

 

 気を取り直したようにパパが声をかける。微笑ましい光景を見たとばかりに笑っている。

 

 後悔の念が押し寄せてくる。僕に甘える資格はないというのに。

 

 元の椅子に座って、テーブルに伏せる。

 

 そうしていると小分けにされたケーキが置かれた。

 

 にこにこしてこちらを見る両親を横目に、ケーキを食べた。

 

 ケーキはとても美味しかった。

 

 

 

 

 ついに妹ができた。名前はあかね。雲咲あかね。

 

 妹のことは両親に任せようとして、僕はあまり関わらないようにしたかったのだが、それはできなかった。

 

 

 ──妹は可愛かった。それはもうとんでもなく可愛い。一目見たときから、脳天にガツンと衝撃を受けた。喋れないうちから、僕に抱っこをせがんできた。それはもう喜んで抱きしめた。「ねぇね」なんて呼ばれたときは心臓が止まるかと思った。

 

 

 そう、僕はお姉ちゃん。あかねのお姉ちゃん。

 

 

 あかねの姉として、ふさわしい人にならなければならない。

 

 

 僕、いや私。私がお姉ちゃん。私が落ちこぼれなのはどうしようもないが、それでもあかねの評判が落ちるような真似はできない。私があかねの邪魔をしてはいけない。私はあかねのために行動しないといけない。

 

 

 ──あかねと一緒に生きたい、と思ってしまった。

 

 

 だから、私はお姉ちゃんとして生きるの。

 

 

 

 

 

 でも、前世の僕がそれを許さない。前世の僕が、僕の存在を認めない。

 

 ──(お前)は生きてはいけない。(お前)の存在が色んな人に迷惑をかける。(お前)が誰かのために行動したところで、足を引っ張ることになる。

 

 

 ──だって(お前)は出来損ないなんだから。

 

 

 

 

 ──だから、早く消えろよ。

 

 

 





雲咲(くもさき) (すず)
 本作の主人公。劣悪な家庭環境から自殺した転生者。雲咲家の長女。

雲咲(くもさき) 桃華(ももか)
 鈴の母親。

雲咲(くもさき) あかね
 鈴の妹。雲咲家の次女。
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