曇らせ姉妹   作:片足うさぎ

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ほんわかしてる



第三話 異能

 

 私は小学校からの帰り道を急いで走っていた。背負ったランドセルが左右に揺れる。

 

 家が近づくにつれて胸が高鳴る。

 

 やっと家の前に着いた。乱れた息を整えた後、玄関を開けると──

 

「お姉ちゃん!」

 

 ピンク色のツインテールを揺らして、胸に飛び込んでくる天使。

 

 少なくない衝撃を受けるも、気合いで受け止める。妹を受け止められない姉なんていない。……でももう少し手加減してほしいかな。

 

「ただいま、あかね」

 

 ギューっと抱きしめて、頭を撫でる。

 

「えへへ、おかえり、お姉ちゃん」

 

 あかねも抱きしめて返してくる。可愛い。

 

 時間の流れはあっという間で、あかねはもう5歳になった。ちなみに私は9歳。小学3年生である。

 

 小学校に行くときは大変だった。「私もお姉ちゃんと一緒に行くの!」と言って聞かなかった。ママも困ったように「あかね、あなたは幼稚園に行かないとなりません」って言ってた。最終的に、私が急いで帰ってくるからお願いと言って説得した。

 

 そのせいか、私が帰ってきてからずっとくっついてくる。可愛すぎる。

 

 あかねの抱きしめる力が強くなる。私も強くしちゃう。えへへ〜なんて声が耳元で聞こえる。

 

 ああもう、そんな可愛い子にはもっとなでなでしちゃうぞ! 

 

 玄関であかねと抱き合っていると、リビングからママが歩いてくる。

 

「鈴、おかえりなさい。あかね、そろそろ離してあげてください。鈴がお家に上がれません」

 

 ランドセルも重く感じてきた頃合いだった。そろそろ疲れてきたので、ママに感謝する。

 

「……はぁ〜い」

 

 口惜しそうに私から離れるあかね。私も残念。

 

 代わりにママが近づいて来て、私を抱きしめる。

 

「お疲れ様です、鈴」

 

 ふへへ〜。ママ、あったかい。

 

 頭をポンポンと撫でられる。

 

「ん〜!」

 

 心がじんわりとあったかくなる。ぽかぽかして、気持ち良い。

 

「では、手洗いうがいをしてくださいね。ランドセルはもらっていきます」

 

 ママがすっと離れる。いつの間にかランドセルがなくなって、肩が軽くなる。

 

 あかねが羨ましそうにこちらを見ている。あれは、私を抱きしめたいとママに抱きしめられたいと思っている顔だ。つまりどっちもぎゅーってしたいこと。

 

 無意識のうちに笑みが溢れる。

 

 靴を脱いで、洗面所で手洗いうがいをする。後ろから、とことことあかねがついてきた。まだかな、まだかな、とそわそわしているのが鏡越しに見える。思わずにっこりとしてしまう。

 

 あかねの手をとって、リビングへ向かおうとする。

 

 しかし、あかねの手を握った瞬間、きゃー! なんて楽しそうな声で私に抱きついてくる。

 

 抱っこをご所望かな? じゃあ抱っこしてあげよう。

 

 あかねをお姫様抱っこして、リビングへ入る。ちなみにドアはあかねに開けてもらった。

 

「ただいま!」

 

「ただいま!」

 

 2回目の挨拶をした。ただいまって言うと、おかえりって返ってくるのが嬉しくて、つい何度も言ってしまう。あかねも真似しているので、やまびこみたいになってる。

 

「おかえりなさい」

 

 綺麗な姿勢で椅子に座るママが返してくれる。

 

 んふふ〜。

 

 ママって綺麗な人だよね。胸の下あたりまである桃色の髪はさらさらでツヤツヤだし、お顔も美人だし、立ち振る舞いもすごく綺麗だし。

 

「お姉ちゃん、あかねとお絵描きしよ!」

 

 ママに見惚れていると、あかねが遊びに誘ってきた。

 

「いいよ」

 

 即答する。輝くような笑顔を浮かべる妹に断る選択肢はない。

 

 大きな紙の上で、あかねと一緒に絵を描いた。「見て、うさぎさん描いた! 可愛い?」なんて聞いてくるあかねが可愛かった。体が勝手に頭を撫でていた。あかねは不思議そうにするけど、気持ち良さそうに目を細めていた。

 

 

 幸せだった。私が落ちこぼれなのを忘れてしまうほどに。私が生きていてもいいと勘違いしたくらいに。

 

 

 ──僕が、生きていいはずがないのに。

 

 

 ♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 この世界には「異能」と呼ばれる超能力がある。みんな、それぞれ一つだけ異能を持っているらしい。そしてその異能は、体内で作られた「魔素」というエネルギーを元に発動する。

 

 学校で習った。そんな便利なものじゃなさそうって思った。

 

 私の異能は治癒……だ思う。紙で手を切ったときに、体の中のどこかを動かしたら、傷がなくなっていた。なんというか、今まで感じたことのない不思議な感覚だった。よくわかんないけど、そういうものがあるんだと自分を納得させた。

 

 

 

 日が傾いて、オレンジ色の光が窓から差し込む頃、私は妹と戯れていた。ちなみにママはお出かけ中である。パパと話し合ってたので、多分お仕事関係だと思う。

 

「見て、お姉ちゃん! なんか指先からきらきらしたのが出る!」

 

 あかねに呼ばれ、振り返って見た私は言葉を失った。

 

 

 夕日に赤く照らされたあかねの指先から、無数のきらめく光が散らばる。光が青く瞬く様子は、まるで満天の星のよう。きらきらと光る海に照らされたあかねは、まさしく天女だった。

 

 

 ーーきれい。

 

 

 その幻想的な光景に、心を奪われた。

 

 

 そして、無意識に手を伸ばしてしまう。

 

 

 あかねの指先に触れた瞬間──

 

 

 

 手の感覚がなくなった。

 

 

 

 一拍遅れて、灼熱のような痛みとともに、笑顔で固まったあかねが鮮血に染まる。

 

 

 一瞬で幻想的な星の海は無くなり、辺りが血の海に沈む。

 

 

「え?」

 

 

 あかねが目を丸くし、恐怖で青ざめる。

 

 

 私の右手は、肘から先が無くなっていた。その断面から、絶え間なく血が流れる。

 

 

 あかねの腰が抜け、その場にへたり込む。びちゃと水音がなる。

 

「ひっ」

 

 あかねが血溜まりに悲鳴を上げる。

 

 

 私は激痛でうずくまった。あまりの痛みで思考がまとまらない。

 

 ──痛い、痛い。何が起きた? 痛い、あかねの、異能か? 僕がどうしようもないから、こうなったんじゃないか? 痛い、あかねは大丈夫なのか。

 

 

 それでも、私のするべきことは決まっていた。目の前のあかねを安心させる。お姉ちゃんとして、妹にそんな顔をさせるわけにはいかなかった。

 

 

 私は異能を使い、傷口を塞ぐ。体の中の何か──魔素が大きく削られる。それと同時にくらっときた。体の大切なものがなくなって、疲労が押し寄せる。

 

 流れる血は少なくなり、ぽたぽたと雫が落ちる。傷が深すぎるのか、完全には塞がらない。むしろ痛みが増したようにも思える。

 

 

 ──ちょっと、立ってるのもしんどい。

 

 

 失った血のせいか、魔素の消費のせいか、あるいはどちらもか。

 

 ぼーっとする頭で、私はふらふらと歩く。

 

 まだ、眠るわけにはいかなかった。

 

 

「なんで、なんでなんで……ちがう、ちがうのそんなつもりじゃなかった……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 

 血の気の引いた顔で、視線が定まらず、ぶつぶつと呟くあかねを放っておくわけにはいかない。

 

 

 私はあかねに近づく。

 

 

「お姉ちゃんごめんなさいごめんなさい」

 

 

 まだ私に気が付かないあかねを、左手と肘までの右手で思いっきり抱きしめた。

 

 

「大丈夫……。お姉ちゃんは大丈夫だから」

 

 あかねは私から離れようと身をよじる。

 

「だめ、だめだよお姉ちゃん。また……」

 

 逃がさないように、背中に回した左手の力を強くする。

 

「大丈夫。大丈夫だから。お姉ちゃんは大丈夫だから」

 

「あ、あかね、お姉ちゃんに、ひどいことを……」

 

 あかねの声に嗚咽が混じる。

 

「……っ。お姉ちゃんの、腕が……っ」

 

「そうだね」

 

「ひぐっ。血っ……血が、いっぱい……」

 

 

「……そうだね。でも、お姉ちゃんは許すよ。だってお姉ちゃんだから」

 

 

「ひぐっ。……ぁあ゛。うわあ゛ぁぁぁああああああ!」

 

 

 あかねが抵抗をやめて、私に抱きついた。胸に顔を押し当てて、堰き止めていた感情が溢れ出したかのように泣き叫ぶ。

 

「……よしよし。……あかねは……甘えん坊……だね」

 

 あかねをあやすように抱きしめて意識を保つ。

 

 しかし、それも限界が近づいてきた。

 

 ──あぁ、本当に眠くなってきた。もう、だめかも。

 

「……あかね。……私はちょっと疲れたから、休む、ね」

 

「ぁぁあああああああ! ……ひぐっ、ああああああああ!」

 

 

 あかねに覆い被さるように、私は泥のように深い眠りについた。




曇ってた
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