私は小学校からの帰り道を急いで走っていた。背負ったランドセルが左右に揺れる。
家が近づくにつれて胸が高鳴る。
やっと家の前に着いた。乱れた息を整えた後、玄関を開けると──
「お姉ちゃん!」
ピンク色のツインテールを揺らして、胸に飛び込んでくる天使。
少なくない衝撃を受けるも、気合いで受け止める。妹を受け止められない姉なんていない。……でももう少し手加減してほしいかな。
「ただいま、あかね」
ギューっと抱きしめて、頭を撫でる。
「えへへ、おかえり、お姉ちゃん」
あかねも抱きしめて返してくる。可愛い。
時間の流れはあっという間で、あかねはもう5歳になった。ちなみに私は9歳。小学3年生である。
小学校に行くときは大変だった。「私もお姉ちゃんと一緒に行くの!」と言って聞かなかった。ママも困ったように「あかね、あなたは幼稚園に行かないとなりません」って言ってた。最終的に、私が急いで帰ってくるからお願いと言って説得した。
そのせいか、私が帰ってきてからずっとくっついてくる。可愛すぎる。
あかねの抱きしめる力が強くなる。私も強くしちゃう。えへへ〜なんて声が耳元で聞こえる。
ああもう、そんな可愛い子にはもっとなでなでしちゃうぞ!
玄関であかねと抱き合っていると、リビングからママが歩いてくる。
「鈴、おかえりなさい。あかね、そろそろ離してあげてください。鈴がお家に上がれません」
ランドセルも重く感じてきた頃合いだった。そろそろ疲れてきたので、ママに感謝する。
「……はぁ〜い」
口惜しそうに私から離れるあかね。私も残念。
代わりにママが近づいて来て、私を抱きしめる。
「お疲れ様です、鈴」
ふへへ〜。ママ、あったかい。
頭をポンポンと撫でられる。
「ん〜!」
心がじんわりとあったかくなる。ぽかぽかして、気持ち良い。
「では、手洗いうがいをしてくださいね。ランドセルはもらっていきます」
ママがすっと離れる。いつの間にかランドセルがなくなって、肩が軽くなる。
あかねが羨ましそうにこちらを見ている。あれは、私を抱きしめたいとママに抱きしめられたいと思っている顔だ。つまりどっちもぎゅーってしたいこと。
無意識のうちに笑みが溢れる。
靴を脱いで、洗面所で手洗いうがいをする。後ろから、とことことあかねがついてきた。まだかな、まだかな、とそわそわしているのが鏡越しに見える。思わずにっこりとしてしまう。
あかねの手をとって、リビングへ向かおうとする。
しかし、あかねの手を握った瞬間、きゃー! なんて楽しそうな声で私に抱きついてくる。
抱っこをご所望かな? じゃあ抱っこしてあげよう。
あかねをお姫様抱っこして、リビングへ入る。ちなみにドアはあかねに開けてもらった。
「ただいま!」
「ただいま!」
2回目の挨拶をした。ただいまって言うと、おかえりって返ってくるのが嬉しくて、つい何度も言ってしまう。あかねも真似しているので、やまびこみたいになってる。
「おかえりなさい」
綺麗な姿勢で椅子に座るママが返してくれる。
んふふ〜。
ママって綺麗な人だよね。胸の下あたりまである桃色の髪はさらさらでツヤツヤだし、お顔も美人だし、立ち振る舞いもすごく綺麗だし。
「お姉ちゃん、あかねとお絵描きしよ!」
ママに見惚れていると、あかねが遊びに誘ってきた。
「いいよ」
即答する。輝くような笑顔を浮かべる妹に断る選択肢はない。
大きな紙の上で、あかねと一緒に絵を描いた。「見て、うさぎさん描いた! 可愛い?」なんて聞いてくるあかねが可愛かった。体が勝手に頭を撫でていた。あかねは不思議そうにするけど、気持ち良さそうに目を細めていた。
幸せだった。私が落ちこぼれなのを忘れてしまうほどに。私が生きていてもいいと勘違いしたくらいに。
──僕が、生きていいはずがないのに。
♦︎♢♦︎♢♦︎
この世界には「異能」と呼ばれる超能力がある。みんな、それぞれ一つだけ異能を持っているらしい。そしてその異能は、体内で作られた「魔素」というエネルギーを元に発動する。
学校で習った。そんな便利なものじゃなさそうって思った。
私の異能は治癒……だ思う。紙で手を切ったときに、体の中のどこかを動かしたら、傷がなくなっていた。なんというか、今まで感じたことのない不思議な感覚だった。よくわかんないけど、そういうものがあるんだと自分を納得させた。
日が傾いて、オレンジ色の光が窓から差し込む頃、私は妹と戯れていた。ちなみにママはお出かけ中である。パパと話し合ってたので、多分お仕事関係だと思う。
「見て、お姉ちゃん! なんか指先からきらきらしたのが出る!」
あかねに呼ばれ、振り返って見た私は言葉を失った。
夕日に赤く照らされたあかねの指先から、無数のきらめく光が散らばる。光が青く瞬く様子は、まるで満天の星のよう。きらきらと光る海に照らされたあかねは、まさしく天女だった。
ーーきれい。
その幻想的な光景に、心を奪われた。
そして、無意識に手を伸ばしてしまう。
あかねの指先に触れた瞬間──
手の感覚がなくなった。
一拍遅れて、灼熱のような痛みとともに、笑顔で固まったあかねが鮮血に染まる。
一瞬で幻想的な星の海は無くなり、辺りが血の海に沈む。
「え?」
あかねが目を丸くし、恐怖で青ざめる。
私の右手は、肘から先が無くなっていた。その断面から、絶え間なく血が流れる。
あかねの腰が抜け、その場にへたり込む。びちゃと水音がなる。
「ひっ」
あかねが血溜まりに悲鳴を上げる。
私は激痛でうずくまった。あまりの痛みで思考がまとまらない。
──痛い、痛い。何が起きた? 痛い、あかねの、異能か? 僕がどうしようもないから、こうなったんじゃないか? 痛い、あかねは大丈夫なのか。
それでも、私のするべきことは決まっていた。目の前のあかねを安心させる。お姉ちゃんとして、妹にそんな顔をさせるわけにはいかなかった。
私は異能を使い、傷口を塞ぐ。体の中の何か──魔素が大きく削られる。それと同時にくらっときた。体の大切なものがなくなって、疲労が押し寄せる。
流れる血は少なくなり、ぽたぽたと雫が落ちる。傷が深すぎるのか、完全には塞がらない。むしろ痛みが増したようにも思える。
──ちょっと、立ってるのもしんどい。
失った血のせいか、魔素の消費のせいか、あるいはどちらもか。
ぼーっとする頭で、私はふらふらと歩く。
まだ、眠るわけにはいかなかった。
「なんで、なんでなんで……ちがう、ちがうのそんなつもりじゃなかった……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
血の気の引いた顔で、視線が定まらず、ぶつぶつと呟くあかねを放っておくわけにはいかない。
私はあかねに近づく。
「お姉ちゃんごめんなさいごめんなさい」
まだ私に気が付かないあかねを、左手と肘までの右手で思いっきり抱きしめた。
「大丈夫……。お姉ちゃんは大丈夫だから」
あかねは私から離れようと身をよじる。
「だめ、だめだよお姉ちゃん。また……」
逃がさないように、背中に回した左手の力を強くする。
「大丈夫。大丈夫だから。お姉ちゃんは大丈夫だから」
「あ、あかね、お姉ちゃんに、ひどいことを……」
あかねの声に嗚咽が混じる。
「……っ。お姉ちゃんの、腕が……っ」
「そうだね」
「ひぐっ。血っ……血が、いっぱい……」
「……そうだね。でも、お姉ちゃんは許すよ。だってお姉ちゃんだから」
「ひぐっ。……ぁあ゛。うわあ゛ぁぁぁああああああ!」
あかねが抵抗をやめて、私に抱きついた。胸に顔を押し当てて、堰き止めていた感情が溢れ出したかのように泣き叫ぶ。
「……よしよし。……あかねは……甘えん坊……だね」
あかねをあやすように抱きしめて意識を保つ。
しかし、それも限界が近づいてきた。
──あぁ、本当に眠くなってきた。もう、だめかも。
「……あかね。……私はちょっと疲れたから、休む、ね」
「ぁぁあああああああ! ……ひぐっ、ああああああああ!」
あかねに覆い被さるように、私は泥のように深い眠りについた。
曇ってた