……カナメせんせーによるお叱りは随分と堪えた。
いやまぁ、適当にそこらへんのを復活させて科学復興の手伝いをさせりゃ良いと安易な考えをしていた俺が百億%悪かったけれども、見て来たかのような悪態の数々を何処でこいつは見知ったんだ?
正直科学部の延長のノリで事を進めようとしていたのは間違いだったし、そもそも大樹や杠、そしてカナメの知り合いから復活させて身内の結束の強いコミュニティを作り上げるつもりではあった。
ただ、それを真正面から言うのは少し気恥しかったから省略しただけだった。
……しかし、カナメの心根の芯と呼べるものに少しでも触れるような内容だったのは幸いした。
カナメの上っ面の人の良さと言うべき好意的な部分は中学の出会いから見て来た事もあって知っていたが、その裏に潜むリアリストな部分は垣間見るだけで知れてなかった。
こいつ、俺を軸に過激派になるつもりだろ、確実に。
村の掟を守れない者は死ね、和を乱す余所者は殺せ、愚かな事を考える奴は追放せずに事故で秘密裏に消せ。
そんなリアルアマゾネスみてぇな事を考えてるに違いない。
カナメの軸は現実主義者である、と言う事に尽きる。
かも知れない最悪を想定し、歴史と言う前例を加味し、不都合になるかもしれない異分子を排除しようと先回りをして虎視眈々と待ち伏せする事を是とする、と言った方が分かりやすいだろうか。
そうなる事は分かり切っていたからね、と他人の事を信じる事を最初から考えていない典型的なリアリストだ。
ただまぁ、俺の不殺の考えを何となく感じ取っているのだろう、過激な部分は主張しなかった。
いや、言ってはいたが俺に選択肢を与えるために深堀りしなかっただけだ。
「うぅ、の、脳缶は、脳缶処理は御勘弁を……」
「こいつ、どんな夢見てんだ……?」
隣で猫の様に丸くなって寝ているカナメから聞こえる恐ろしい寝言につい突っ込みを入れてしまう。
兎に角だ、石化復活液が完成したら一度大樹と杠を揃えて膝を合わせて会議をするべきだろう。
……そうか、何で今あんな風にきっつい言い方をしたのか分かった。
大樹と杠と言う善寄りの俺の賛同者が増える前に此方の考えに波紋を生じさせたかったからか。
あいつらのぽわぽわ頭に賛同されて、俺が考え無しの方向に舵切らない様に先んじて釘を刺して来たのか。
シティシムじゃなくて、コロニーゲー、ね。
俺は科学者として数百年のブレイクスルーを果たそうと邁進していたが、カナメは俺を村長とした発展を考えていた訳だ。
現実主義者であるが故に目の前の事に納得と妥協をして飲み込み、数字で物を見ているカナメは生存を主軸に頭を回していると言う訳だ。
これは、……うん、俺が悪かったな、ちょっとおんぶに抱っこが過ぎたな、こりゃ。
仕事にかまけて家庭を顧みなかった夫、みたいなパターンと言うべきか、もうちょっと進捗落とすか。
南の方角へ首を傾けて、今は見えないその緑色の波を幻視する。
カナメが人の悪意に、そういうナニカに対して焦りと恐怖を抱いている様に、俺にも恐怖しているものがある。
あの石化現象が再び世界に広がる事、だ。
原因不明の石化現象、ツバメだけが何故か狙い撃たれた事で発覚したその原因が未だに分かっていない。
故に、それを解決する対抗手段である石化復活液をどうしても作りたかったし、何なら量も欲しかった。
「……まぁ、それも少しお休みだな。こいつ見張ってないと何をしでかすか分からんし……」
野苺のアルコールができるまでは当分復活液の事は忘れておこう。
一先ず、生活の質を改善する事が第一として考えるべきタスクだ。
俺の衣服を作り終えたら先ず塩を取りに行く準備を整えるか。
少しだけ肩の重荷が増えた様な気がするが、まぁ、これぐらいなら別に――。
翌朝、昨日の朝と同じ機嫌のカナメに朝食を作って貰ってからタンニン液に浸した鹿皮を回収する。
川原で平たい石の近くで鹿皮を洗い流し、棍棒みたいな形の棒で叩いて全体を柔らかく鞣していく。
焚火で軽く全体の水気を飛ばしてから体毛の部分を炙る様にして縮めて使いやすくする。
俺の背丈に合わせるとボディコンみてぇになっちまうので、カナメに作ってやったものと同じ作りで石のナイフで切り整えていく感じにするか。
……いや、それだとミニスカみてぇになりかねないので、腰巻きにしといてもう一枚手に入ったら合体させる感じにした方が良いな。
カナメの衣服もあいつがスレンダーだからある程度間に合ったが、杠くらいあると鹿皮が足りねぇな。
だなんて思っていたら、森林の方から茶色い何かを肩に乗せたカナメが大変ご機嫌な表情で川へと飛び込むのが見えた。
「ひゃっほぉぉう!! 猪ゲットだぜぇ!!」
……嘘だろ、猪って大分危険度高い動物だよな、野生に還ってる訳だし。
だが、カナメに赤い色は見えず、普通にやや褐色の活発な色合いの肌しか見えない。
ズダーンっと竹槍の一つをぶっ刺して、猪の足元を括りつけてから首元を切り裂いたカナメはまだやる事があると言わんばかりに森林へと戻って行った。
リアルターザンウーマンが居たらあんな感じなんだろうか、と思いながら鹿革の腰巻を結び終える。
そして、皮鞣しの後片付けをしていると再び森林からカナメが上機嫌に雄鹿を肩に乗せて戻って来ていた。
っしゃぉあおらぁーと雄鹿を川に叩き込み、血抜きのために首をまた切り裂いた。
二頭の血で下流が夥しく真っ赤に染まる光景を見て、ダークサイドに堕ちた時のカナメの将来が垣間見えてしまい、思わず頭痛がした。
「いやぁ、大量大量! 千空! やっぱりここ等にオレたち以外で復活してる奴は居ないっぽいぞ!」
「おう、順序良く話せや」
「罠に掛かったこいつら、オレを見ても即座に逃げ出す素振りを見せなかったからな。人型かつ背の高い生き物を見慣れてない証拠だ。だから多分熊もここ等に居ないんじゃねぇかな」
「ほぉ、そりゃおありがてぇ実証だな。にしても……、随分とでけぇサイズだな」
「多分、天敵が近くに居ないのと、前に狩った雌鹿の番だったんじゃねぇかなぁ、と」
「あぁ……、成程、原因を知ろうと探しに来てこの始末って訳か。怪我はしてねぇか?」
「無問題だぜ、猪は直線にしか来ねぇから跳躍して上からぶっ叩いたし、鹿の角もそうだけど、角って頭蓋骨に繋がってるから思いっきり叩いてやれば脳震盪でばたんきゅーって訳よ」
「そこの竹の棒でか?」
「おう、中に砂を詰めて耐久力と重さを高めたお手製の棒だぜ。槍と言うか棍棒みたいな使い方だからな、棍棒を作るよりも軽いから使いやすいんだぜ」
大石に立て掛けたその竹棒を足先でちょいっと跳ね上げたカナメは、孫悟空宜しくくるくると回して、ほぁちゃーと叫んだ。
真顔で見つめる俺の視線に恥ずかしさが込み上がって来たのか、しゅんとして竹の棒を此方に投げて来た。
受け取ったそれを確かめて、成程、普通の棒よりも軽い上にしなりが強くて叩き付ける棒としては十分だろう。
「中身を砂じゃなくて砂鉄とかにしたらもっと硬くなって殺傷力上がるんだけどねぇ」
「気絶させるための棒だろ、殺傷力上げてどうすんだ」
「へへへ、それもそうだな。他の竹縄は掛かってなかったから今日の獲物はこいつらだけだな」
「……猪の方、俺に解体をやらせてくれないか」
だなんて申し出て見れば、カナメはきょとんと目を丸くして瞬きを繰り返した。
いやまぁ、そう言えば解体を全部カナメに任せっきりだったな、と思っただけだったんだ。
カナメはきょとん顔から何かしらを考える表情を浮かべてから、小首を傾げて、まぁいいかと結論付けて首を戻したようだった。
「まぁ、いいか。カナメせんせーによる獣解体ショー、はっじまるよーっと」
先に川に浸していた猪からの血はもう途切れ途切れになっており、血抜きは十分の様に見えた。
そんな猪をよいしょっとカナメは川原に打ち上げ、四肢が広がる様な形で仰向けにさせた。
「先ず、肛門の手前から腹部の心臓側に向かってナイフを入れていきます。この時に内臓を傷付けない様にするために切る場所を少し持ち上げるのを忘れずに。良いね、そう言う感じ。因みに此処で腸とか傷つけると中身が出て来てひっでぇ事になるから注意ね。そしたら内臓を取り出すんだけど、部位ごとに分けておこうね」
寝床の方に戻って土器をえっちらほっちらと持って来たカナメの指示に従い、内臓のパーツごとに、と言っても腸かそれ以外か、と言うアバウトさで大別していた。
「そんで、腸を切る時は必ず肛門口の部分を握って閉じておく事。じゃないと酷い事第二弾になるからマジで気を抜かないでね。腸の方は川で鯉のぼり宜しく中を洗ってから仕舞うから、両端だけ縛っておいて。そしたら首を切り落として、……取り敢えず川に晒しとこうか、血抜きしなきゃだこれ。んで、蹄から腹を切り裂いた方へ切り込みを入れて行って、これを四肢全部にします」
これ、くっそ重労働じゃねぇか、黒曜石の欠片を借りてはいるものの直ぐに脂で切れ味が駄目になりやがる。
なのにこれを何の弱音も吐かずに淡々とやってたのかカナメは。
人に教えるの楽しい、と言う表情を満面に浮かべているのが幸いと言うべきか、青銅器の作成は早めにやらないと駄目だなこりゃ。
「四肢全部に切れ込みを入れたら、脂と毛皮の間に切っ先を入れてこそぐ様に剥がしていく。此処からはマジで根気だから頑張ってね。それじゃ、オレは雄鹿の方をしばいてくるから」
「おう、やってやんよ」
あ、カナメから借りた黒曜石の欠片を返さねぇと。
そう思ってそちらを見やれば、適当な川原の石の山からひょいっと黒曜石らしきそれを拾って叩き割り、即席のナイフにしていたのを見て何とも言えない心地になった。
あぁ、うん、火山岩塊が拾えるような川原だからな、そりゃ火山岩の一種である黒曜石もそこらを探せばあるわな。
……だからと言って、そんな直ぐに見つけられる様なもんじゃねぇと思うんだがな。
俺の少し隣で雄鹿を引き摺って来たカナメは、邪魔だと言わんばかりにあっさりと首を切り落とし、川に生首を突き立ててから解体に入っていた。
俺がやるよりも早い速度で雄鹿は解体されていき、何時の間にか追いつかれていた。
「まぁ、初めてにしては良い感じだね。ちゃんと原型留めてるし、重畳重畳。やっぱ手先が器用だよね千空って」
「そりゃぁな。年がら年中科学の研究してたら手先も器用になるだろうよ……」
「ははは、疲れちゃったか。千空が手伝ってくれたから助かったよ、ありがとうね」
「おぅ、次から俺も手伝うからな、ちゃんと言えよ」
だなんて素直な言葉を口にしたんだが、再びカナメは困惑顔で首を傾げ始めた。
……こいつ、もしや人の好意に理由が無いと納得できないタイプか?
何で解体の手伝いをしてくれるようになったんだろう、だなんて無駄な事を考えてるんだろうよ。
結局理由を出力出来なかったのか、分からないまま腸の中身を掃除しに川へと逃げたのを見送る。
猪と雄鹿の毛皮の内側の脂を火山岩塊の自然スポンジで削ぎ落としてから、再びタンニン液を薄めた溶液に漬け込む。
毛皮に関してはこれで終わりだ、カナメは肉塊の解体を始めたので他の事をやるか。
塩を取りに海へ向かうとなれば、海水を煮詰めている時に暇になるから魚を釣れるように釣り竿を作るか。
竹林の方へと足を進め、丁度良さそうな大きさの竹を見繕って切り落とす。
立派なリールなんて作れないので、釣り竿の先に紐をくっつけるだけのザリガニ釣りの割り箸竿のでかいバージョンだがな。
紐は単純に捩じるだけじゃなくて三つ編みにして少しでも耐久力が上がる様に編み込んでおく。
……釣り竿の紐作りで午後の大半が終わったな、もっと効率的に作りたいもんだがどうすっかね。
「お。お帰り千空。今日の夕飯はすっごいぜぇ。猪の猪による猪のための牡丹鍋だぜ!」
「原材料がオール猪ってだけだろうが、美味そうだけどよ」
「いやぁ、灰汁が凄かったよ。猪骨スープだから美味いぞぉ」
テンション爆上がりな状態のカナメに苦笑しつつ、住居の所に連れて来られたんだが……。
竹で作られた椅子と机が中央に備え付けられていて、奥側に半ば埋め込みの暖炉が増設されていた。
完全に此処で食事ができる生活環境が整い始めており、解体などの作業をしているのにどんだけ働いてんだ。
釣り竿の紐を作るのに凝り性を発揮しちまった俺がすっげぇ恥ずかしいじゃねぇか。
机の上には猪のスープ、と言うよりも牡丹鍋がどどんと置かれていて、食べられる野草も投入されているようだった。
いただきますをして竹の器によそった鍋を啜ると、鹿骨よりも濃厚な味に驚く。
前に、石化前にやった鍋では肉の取り合いになったが、猪一頭と言う物量があるおかげでそんな事を気にしなくて良い。
「ふぅー……、美味かった。やっぱり塩は早めに取りに行った方が良いな」
「だねぇ、塩の加減でこれももっと美味しくなるからなぁ。明日行く?」
「そうだな。海を目指して石神千空探検隊と行こうじゃねぇか」
「へへへ、貝が手に入ったら更に美味しい料理作れるからね。楽しみだなぁ」
だなんて頬を緩めて笑っているカナメの横顔を見てしまう。
……はっ、やっぱりこいつは能天気な雰囲気をしている方が良いな。
昨日の、暗躍します勝つまでは、みたいな覚悟ガンギマリ状態は心臓に悪い。
はぁ、早い所大樹と杠を復活させねぇとなぁ、こいつの精神状況が安定してくれてる間にな。
かつての何処か焦燥交じりで何かに怯えている時と違って、今のカナメはほぼ自然体だ。
家族との交流に難ありってのは聞いた事は無いが、何が原因だったんかね。
明日の朝食のために肉を足して煮込んでいる背中を何となく見つめる。
暖炉の火が良い感じに眠気を誘い、机に突っ伏して眠りそうになるのを気力で耐えて立ち上がる。
今使っている寝床じゃなくこっちに移してもいいかもな、と思いながら川で寝支度をしてから寝床へと寝転がった。