「海だー!!」
ぴょいーんと海に来たらお約束のきららジャンプをして喜びを表現しておく。
仮拠点から海への道のりはそれなりにあったが、特段問題無く来ることができたので大体一時間ちょっとぐらいだった。
渓谷の洞穴には上り下りもあった事で疲労の兼ね合いで二時間ぐらいだったが、此方は意外と普通の道だったのが幸いした。
「……おう、元気で宜しいこったな。本気でそれ食うつもりか?」
「勿論だ、蛇はな、滋養強壮に良いんだ。もしもの時を考えて、そういう薬を作る素材になるからな」
海に近い森林だった事もあり、鳥の卵などを狙うためか蛇が生息しているようで竹筒に既に三匹程捕まえていた。
見た感じ青緑色の鱗をしていたし、捕まえた時に嫌な臭いを発していたのでアオダイショウだと思う。
鹿肉や猪肉の食べない部分を餌にして肥え太らせてから滋養強壮の素材として保存するつもりだ。
それに直接使わなくても蛇が脱皮した時の皮を乾燥させれば蛇退皮と言う漢方の素材にもなる。
可能ならマムシも捕獲して素材にしたいが、ここ等辺には生息してないからなぁ。
体調不良の時に辛くなったらすぐ飲める医薬品だなんて万能薬は無いので、民間療法染みた昔ながらの薬である漢方に手を出す必要が出てくる。
その点、昨日雄鹿を捕まえられたのは僥倖だったな。
鹿のペニスは鹿鞭と呼ばれる高級漢方薬の素材であり、日に何度も種付けができる鹿の生殖能力から目を付けられている代物だ。
千空に猪の解体を許可したのはこれを秘密裏に採取しておきたかったのもあるが、いやまぁ、ペニスの摘出なんて見たい野郎は居ないだろうと言う配慮からだった。
そして、雄鹿の角は丁度生え代わりの時期だったのか未熟な柔らかな角だった事もあり、これも鹿茸と呼ばれる漢方の素材になるのでラッキーだった。
鹿の角はこの生え変わってからしっかりとした角になる前の段階が一番効能があると言われているので、運が良かったなぁ本当に。
「見て見て千空、カメノテなんだろうけどガメラサイズになってる」
「三千七百年も人の手から離れてるからな。にしてもすっげぇな、掌の半分はありやがる……」
「おぉ、でっかいナマコだー。めっちゃでっけぇ」
「は? デカすぎだろ……、こりゃ海の資源とんでもねぇ事になってんな」
顔のサイズ程の巨大なナマコを捕まえたので千空に見せると案の定驚きを隠せないでいた。
一切人の手が入ってない海洋資源だなんて、すっごいスケールだよなぁ。
ナマコも数匹ぬるぬると竹筒に仕舞い込み、背負ってきた竹籠にカメノテを越えたガメノテをぽいぽいと採取していく。
このカメノテの殻は石灰質なので色々と使い道がある上に、カメノテ自体が美味しい貝なので二度美味しい。
見た目が亀の手に似ているからカメノテなのだが、立派に甲殻類の仲間なので味は蟹に近いらしい。
茹でて出汁を取って、本体をそのまま食べて、貝殻を焼いて砕けば石灰の出来上がりだ。
これがあればセメント代わりにできるし、鹿皮と煮込んで膠という昔ながらの接着剤を作れる。
そう、この世に一本しかないマイ和弓をクラフトできる様になるのだ、十三面待ちみてぇに胸熱展開だぜ。
因みにナマコは海参という漢方になるので鹿のペニスと一緒に天日干しする予定だ。
「おぉ、竹籠が半分埋まってるのにまだまだ沢山あるぜ、最高だな。食べ放題だぞ!」
「そーだな。嬉しいのは分かったがちったぁ加減しろ。いやまぁ、回収すべきもんは回収してるから良いのか……?」
「取り敢えず、浅瀬に竹籠置いといて塩作る暖炉用意してくるわ」
「おぉ、そしたら昼飯釣って来てやらぁ、楽しみにしてな」
「うん!」
持って来た丸太の輪切りにした木材をドンと置きまして、断面の真ん中を細長くて硬い石をノミみたいにしてくりぬいていく。
石の限界くらいまで削ったら今度は真横から最初の穴に向かってくりぬいていく。
くりぬいた時に出た木くずは後で火種にするので集めておき、開通したらL字になる様に形を整える。
ぱっと見十センチくらいの力作が掘れたので真上に置く良い感じの石を探す。
結構火力が高いので土器は分厚い物を選び、五徳代わりの石を少し高めにしておく。
これは丸太ストーブだなんて呼ばれる火力の高い自然コンロの作り方で、真ん中に掘った穴が煙突となって温度の差で浮力が発生して横の穴から空気が吸い込まれて行ってファイヤーすると言うものだ。
まぁ、本来穴開けるのはドリルでサクッと終わるんだが、そんな便利なもんは無いんで手動な訳だ。
真ん中に火種となる先程の木くずを入れておき、持って来た弓キリ式の着火機で種火を作って繊維を丸めた物に火を移した後に丸太の中へホールインワン。
中で丸太の内側を炭化させながら勢い良く炎が噴き出して来たので準備は完了だ。
土器の中に汲んで来た海水を笊で漉してから入れて只管に煮詰めていく。
此処に昆布などの海藻を入れると藻塩になる訳だが、千空先生の指示でナチュラルな塩にしろと指令が降っているので今回は普通の塩を作っていく。
なんでも化合の時に塩を使ったりするものもあるので普通の塩は割と重宝するのだとか。
後はひたすらに時折掻き混ぜながら煮詰めるだけという作業なので、片手間に出来る事をする。
「ふふふ、これでオレの石斧もVer2に進化だぜ……っ!!」
まぁ、手元をこの前貰った鹿革の端材で補強していくだけなんだけどな。
ささくれが刺さらない様に表面を処理しただけのまんまの木の棒なので、持ち手になる下の方に端材を巻き付けていく。
基本的にこの石斧は片手で使うので掌の長さの分だけあれば良いので重ね巻きをしていく。
普通に紐を巻き付けると強度が弱いので、真田紐と言う四本編みの平たい厚めの紐を作っていく。
これの作り方が地味に脳がバグる時があるのだが、前に作った事のあるか細い思い出を捻り出して思い出す。
そうそうこういう感じだった、と真田紐を編んでいく合間に海水を漉して足して掻き混ぜる。
手持ちに持って来た紐の成り損ないな繊維を使い切って真田紐を作り終え、満を持して石斧に巻き付いて待ちぼうけだった鹿革の端材の上に巻き付けていく。
おぉ、なんか見た目がお洒落になったな、それに普通の紐よりも厚いから握ってもズレにくい。
ぎっちぎちに縛り上げて端を折り入れて、よし、完成だ。
最初の剥き出しだった石斧の持ち手がやや太めになり、握って近くの樹木に叩き付けてみると返ってくる反発感が抑えられているからか非常に使いやすい。
「これで伐採作業の効率が良くなるな、ヨシ!」
石斧改と名付けたものを腰元の太い紐に仕舞い込み、再び海水作りに戻った。
土器の底の方に白い物質混じりの液体が集まった頃合いで一旦大きな竹筒にそれを移し変える。
そして、竹の繊維を解して漉いて作ったなんちゃって漉紙擬きを竹笊に乗せて、竹筒の中身を漉して土器に戻していく。
これである程度の硫酸カルシウムなどが取り除かれてじゃりっぽさの無い塩水になる訳だ。
この漉した水をもう一度煮詰めていくと再び薄く白く濁った液体になるので、二個目の漉し笊に開けて竹筒に中身を移す。
この時、漉し笊に残ったのが塩であり、竹筒にあるのが豆腐の原料になったりするにがりだ。
漉し笊に残っている塩はまだ水分が残っているので、火に掛けて水分を飛ばせば誰もが知っている塩の完成だ。
此処で火入れの作業は出来ないので別の竹筒に移して、仮拠点に戻ってから仕上げをする事にした。
一回目の塩は大体十グラムいかない程度であるが、一リットルで大体三十グラムあたりなので当然と言うべきか。
海水の塩分濃度は約3%なので、量を作るにはじゃんじゃん海水を煮詰めないといけない訳だ。
取り敢えず一回目の試作は難無く成功したので安堵の息が漏れた。
土器に再び海水を満たして煮詰めていく作業、最初からやり直す頃に釣り竿を揺らして千空が戻って来た。
「すまん、二尾しか取れなかったわ……」
「一人一尾あるだけ良いじゃん。ボウズかもなぁとか思ってたし」
「んだとぉ? おぉ、塩作りも良い感じじゃねぇか。これならもっと大きな土器を使えば大量に作れんな」
「そうだねぇ、鋸とかがあれば天日干しとか選択肢に入るけど、今の状況じゃ無理だしね」
「竹でやれなくはないが、平たい面ってのがネックだな。こればっかりは木材の断面には勝てねぇからなぁ」
金属製の道具と言う恩恵があれば、大分楽になるんだけども無い物強請りは今はNGだ。
千空が釣って来たアホみたいにでかいアジを腹を裂いて内臓を掻き出してから棒に串刺しにする。
そして、竹筒の底から掬い上げた出来立ての塩をアジに塗していく。
っと、そうだった、アジはほとんど鱗は無いが尻尾の付け根あたりから伸びているゼイゴを取らないと食べ辛いな。
黒曜石の欠片を包丁代わりにしてゼイゴを削ぎ落とし、海水を煮詰めている土器を一旦どかしてアジを焼いていく。
程良く脂がのっているのだろう、じゅぁと美味しそうな焼き色から噴き出る脂が何とも食欲を唆る。
「こんなもんかねぇ、塩気を足したかったら其処にあるからな」
「おう、さぁて、どんなもんかねぇ」
二人してアジの刺さった串を片手に生唾を飲む。
石化前に確かに焼き魚を振舞った事はあるが、スーパーの鮮魚コーナーで買って来た物だ。
こうして千空の手で釣り上げた戦利品でもなく、味付けも市販されていたものだった。
――口の中で弾ける様な旨味と淡白な味、そして、何よりも数日振りのしっかりとした塩味が爆発した。
美味ぇなぁこれなぁ、小骨に気を付けながらはぐはぐとみっともなくもアジに食らいついてく。
それは千空も同じだった様で、似た様な顔をしながら一心不乱に塩で味付けしただけのアジを食べていた。
「千空、生きる事は食べる事だ。その本質を、今、きっちり理解できた?」
「あぁ、勿論だ。あの頃の俺は馬鹿だった、料理ってのは、食事ってのは、……生きる事だ」
頷き合い、このアジを食べた二人だけでしか通じない様なシンパシーを感じ合って、無言で手を合わせた。
御馳走様、と命に感謝を、そして、料理と言う、調理の概念を作った人々、それを発展させた全ての人々に伝える。
たった一尾のアジでこんなにも感動するだなんて思わなかった。
「……やっぱり、塩って大事だね」
「……あぁ、百億%そう思うわ。流石に塩無しの肉は現代人の舌にはきっちぃ」
「うん、禿同」
「なんて?」
「激しく同意する、って言ったんだよ」
「……昔から思ってたが、その変な物言いは何処から拾ってきたんだおめぇは」
「そりゃぁ、ネットという情報の海からさ」
まぁ、うん、塩気の無い肉って脂の味でしか美味しさ感じられないから淡白過ぎると言うか、ね。
骨で出汁を取っていたから旨味という補助で何とかなっていたが、こうして塩を振った物を食べてしまったらもう耐えられない。
毎日塩食いてぇ~~……、塩味のある生活がしてぇ~~……、という気分になるのも仕方が無いのだ、うん。
一旦退かした土器を丸太コンロに戻し、煮詰める作業を続ける。
只管に煮詰めては海水を足していき、そこそこの量になったら竹漉紙+竹笊で漉して竹筒に移し変える。
この海水を足すという作業は当たり前だが海の近くじゃないとできないので、以降の作業は別に此処でしなくても良い。
次回にもう一個丸太コンロを作って持ってくればそこらへんも一緒に出来るのだが、丸太を持って此処まで来るのめっちゃ大変なんだよね、体力的にさ。
石斧で近くの大木を切る、となると疲労困憊の状態で帰る事になるので勘弁願いたい訳だ。
体感で二時くらいになったのを機に撤収準備を始め、塩水を入れた竹筒に蓋をして海に浸けていた背負い籠に入れて背負う。
蛇にカメノテにナマコ、そして何よりも念願の塩を手に入れて意気揚々とオレたちは帰路に就いた。
「いやぁ~、大収穫だったね千空」
「そうだな。魚がもうちっと取れてたら燻製も視野に入れてたんだがなぁ」
「こればっかりは時の運だからねぇ、堅実な貝を取ってた方が効率良いんじゃないかな」
「あ゛ぁ? 次はもっと大量に釣り上げてやるっつーの」
「そうだね、楽しみにしてるよ」
千空にとっても海への遠征は気持ちの良いものだったらしく、移動の疲れはあっても表情が良い。
オレも背中にずっしりと感じる戦利品の重さに満面の笑みが浮かんでいた。
明日も今日みたいに楽しかったら良いなと思ったのがフラグだったのか、拠点に辿り着く頃には体調が悪くなり始めていた。
いやはや、そういやすっかり忘れてたなぁ、この感覚。
オレは月の物が比較的軽い分類であるが、やや気怠さを感じるタイプの重さがあった。
海への遠征が今日で良かった、と思うべきだろう。
明日はあんまり身体を動かさない事をして過ごそうかな、と冷暗所に置くものを置いてから息を吐いた。
……あ゛っ、生理用品なんて今の世界にある訳ねぇんだからなんとかしねぇと駄目じゃんよ。
…………比較的広い竹を加工して経血の受け皿に股間へ仕込んでおくかぁ。