石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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 海から戻って来たカナメの様子が何処かよそよそしいと言うか、しおらしさを感じる。

 ぱっと見は普段のそれと変わらないのだが、時折憂いめいた表情を浮かべるのでとても分かりやすかった。

 前にもこんなんあったような、と三千七百年も前の記憶を化石発掘すると、該当する思い出があった。

 あ゛ー……、石化から解放されてそこそこ日が経ったから身体の代謝が良くなって生理が来てるのか。

 そう、こいつは昔から女らしさと言う物に関心を見せなかったが、月の物と言う隠しきれない女要素に対して隠蔽を企てて何事も無い様に見せようとする悪癖があった。

 中学よりも前のカナメを知る同じ小学校だった奴らの証言によれば、完全にボーイッシュなスポーツ少年に扮して男の輪の中に混じってたらしいので、恐らくカナメからすればアイデンティティのピンチなのだろう。

 まるで前世は犬だった今生の猫を見ている様な、見た目と言動が違和感を引き起こす事が多々ある。

 

「カナメ、熱はあるのか?」

「へ? た、多分無いかなぁ。月の物が来ちゃったみたいでさ、数日はお出かけは無しの方向でおなしゃす」

「おう、分かった」

「たはは、まぁ、あんまり動かない事をやるから千空も気にせず動いてていいからね」

「アホか、一応お前が視界に入る距離には居てやるから、なんかあったらちゃんと言え」

「…………うっす」

 

 やっぱり、か。

 だが、安心はしていられない、月の物で体調不良になった身体が今の環境で悪化する可能性だってある。

 生理薬のメジャーな物と言えば非ステロイド性抗炎症薬に属するものだが、そんなもん手元にある訳が無い。

 そうなると昔ながらの生薬、所謂漢方と呼ばれる昔ながらの知恵に頼るしかないか。

 身近な物で科学的な薬を作れるかもしれない、と一時期薬草を調べて実験していた事がある。

 もっとも本当に効果があるのかまでは実験できなかったけどな、人体実験は趣味じゃねぇし。

 ふらふらと寝床に戻ったカナメの後姿を見送ってから、他に出来る事は無いかを思い浮かべる。

 生理の時に必要とされる物はおりものや経血を受け止めるナプキンやタンポン、そして負荷を軽減させるための生理薬あたりか。

 確かカナメは月の物は軽い方だから薬なんて買った事無い、だなんて事を言ってた気がするな。

 そうなると用意してやるべきは生理薬ではなく生理用品。

 ……布を作る? 綿は今ぐらいが種まき時期だっつーのに?

 思わず頭を抱えて住居の竹椅子に座り込む。

 考えろ、手元に無いからと言って代用品を作れない訳じゃないだろ。

 布の素材、化学繊維は排除するとしてコットン、リネン、ウール、……ウール?

 羊の体毛から作られるウール、つまりは動物の体毛から作られる布があると言う事だ。

 思わず立ち上がり、寝床の土器に放り込んだそれを中から拾い上げる。

 

「鹿の尻尾の毛なら似た様なもんを作れるんじゃねぇか……?」

 

 何かしらに使えるだろうと思って取り置いていたが、今の状況には最高の素材じゃねぇか。

 三匹分の尻尾を住居に持っていき、適当な平たい石の上で体毛と尻尾を取り分ける。

 鹿の尻尾の毛は平時はしおれているが、危険時に仲間に伝えるためにぶわっと逆立つためにふわっとしている。

 衛生的にするために小さい鍋サイズの土器に体毛と川の煮沸した水を加え、煮沸消毒を行う。

 念を入れて竹笊に広げて天日干しにしたいところだが既に日は落ちている。

 取り敢えず体毛は竹笊に置いておき、明日の朝にでも乾かすとしよう。

 体毛から糸を作るとなるとピンと張る装置が必要か。

 適当に真っ直ぐな二本の太い枝と細い枝を拾って来て、太い枝の側面に細い枝の直径程の穴溝を掘る。

 細い枝の両側を丸く削っておき、片方の手前に十字になる様に枝を紐で縛り付ける。

 太い枝を二本地面にぶっ刺して細い枝を溝にあてがえば、手動の糸引き装置の完成だ。

 

「……勢いで作ったが、この体毛の短さじゃ使わないかもしんねぇな」

 

 まぁ、作っておけば何かしらに使うだろ、多分。

 洗って使い回すとして二枚分くらいは作れると良いんだがな。

 寝床に戻ると竹で何かを作っていたらしい俯せの恰好でカナメが寝落ちしていたので溜息を吐いた。

 作っていたものを見ると、竹を彫って作った半円状のカップの様な物で……。

 あ゛ー、こいつ、受け止める桶みたいなのを作ってたのか、これは多分俺には見られたくないもん、だよな?

 危ないから後始末をしておきたいが、それをすると作っているものがバレてカナメがいたたまれなくなる。

 …………妥協点として、削るために使っていた黒曜石の欠片や竹の端材を少し頭上にずらしてやる事にした。

 そして、俺は住居の方で寝落ちしていたから気付かなかった、と言う事にするために再び住居へと戻り、机に突っ伏して寝る事にしたのだった。

 翌日、朝食を作りに来たカナメに起こされる形で起床し、ちらりと様子を見るが気落ちして居る様には見えなかった。

 寝落ち作戦は上手くいった、と思いたいところだな。

 

「今日は鹿と猪の合体スープだぜぇ」

「あ゛ぁ゛~、やっぱ塩入ってると良いな、文明の味って感じがする」

「だよねぇ。一晩寝てちょっと体調は良くなったから、今日はこっちで昨日の戦利品で色々しとくよ」

「そうか、なら良かった。俺は衣服の続きをしてくる」

「ははは、そう言えば千空ターザンスタイルだったもんな。余った端材はまた道具のアップグレードに使うから残しておいてね」

「おう、了解」

 

 少しだけ動きが鈍い程度で顔色も良いカナメの様子に安堵しつつ、変な歩き方をしている事には一切突っ込みを入れずにスルーした。

 俺の衣服は図体のデカかった雄鹿の革を使えば間に合うので、腰巻にしていた雌鹿の革でカナメにズボンを作ってやるか。

 あいつ、制服は仕方が無いからと諦めてスカートを履いてたが、私服の時はズボン一択だったからな。

 カナメと別れ、タンニン液に浸していた雄鹿の皮を叩いて鞣して乾かしてから川原に広げる。

 それに寝転んで大体の大きさを確かめると、ツナギみてぇにするには足元が足りねぇ事が分かった。

 そうなるとギリシャのキトンみてぇな形にした方が良いな、と裁断して紐で繋げていく。

 多少不格好ではあるが、Tシャツと膝元スカートぐらいのサイズはあるので腰巻よりかはマシだろう。

 緑のカーテンの裏で着替えて見れば、まぁ、うん、妥協するしかねぇな。

 次に腰巻にしていた雌鹿の革を一度川で洗ってから乾かして、川原に広げる。

 えぇーっと、カナメの3サイズはぱっと見の目算であるが大体B72、W55、H78くらいだから……。

 腰元で縛ってずり落ちない様に作り、構造としてはスラックスとか家着にするタイプのズボンと同じだ。

 長さの問題で膝元ぐらいになったが、まぁ、良いんじゃねぇか?

 素人が作ったもんにしちゃあそこそこ上等だろうよ。

 作り上がった鹿革のズボンをカナメに手渡すために住居に向かうと、土器で塩を作りながら細い竹を使って干し棚を作っているようだった。

 

「カナメ、良いもん作ったぞ」

「へ? お、おぉぉ!! ず、ズボンだぁーー!」

「お前、ズボン派だったもんな」

「助かる千空! やっぱ葉っぱのパンツだとズレ、じゃなかった、早速使わせて貰うぜ!」

 

 俺から受け取ったズボンを嬉しそうに受け取ったカナメはその場で履き始め、上にぐいぐいと持ち上げてから腰元を縛っていた。

 ……まぁ、うん、紐が微妙だしな、竹のカップを支えるのは難しいだろうよ。

 だなんてデリカシーの無い事は口にせず、辺りを見回して……。

 

「んで、カナメ。こいつはなんだ、明らかにナマコじゃねぇよなぁ」

「あ、あー……、それは、だな。……鹿のおちんちんです」

「…………は?」

「鹿鞭って言う高級漢方の素材になりまぁす!」

 

 止めろよ、俺がセクハラしたみてぇな感じじゃねぇか。

 隣の丸っぽいのはもしかしなくても睾丸で、その横にあるのは雄鹿の角か。

 ……蛇、ナマコ、鹿の一部、漢方の素材として集めてたのかよ。

 いやまぁ、こいつの知識だからな、植物の漢方以外にも知識があってもおかしくはないか。

 漢方と言う事はここから乾燥させて粉にする訳だ、……ならまぁ、抗生物質作る様なもんか。

 

「生薬の薬でも作ろうとしてんのか?」

「……うん、一応ね。ペニシリンだなんて万能抗生物質無いからさ、食事や漢方で何とかできたりする場面もあるだろうから備えてるんだ」

「そうか、すまん、助かる」

「いやいやいや、オレの出番なんて今ぐらいだから、科学無双し始めたらちょい役だぜオレは」

「それでも、だ。ありがとうな」

「あ、うん、おぅ……」

 

 真正面からの好意的なお礼に気恥ずかしさ全開と言ったカナメは黒髪の先をくるくると手慰みしていた。

 竹の干し棚を作るのを手伝ってから、そのまま昼食を作る事になり、土器を暖炉のコンロから外した。

 調理用の土器を設置し、中に水を入れてカメノテを投入して煮込んでいく。

 茹で上がったカメノテを竹笊に移し変えて、俺が持ち帰った海藻の一部を投入してスープにする。

 石化前なら海水の混じったスープなんざお断りだったが、今の海の環境なら問題無いだろうしな。

 竹の端材で竹串っぽいものを選んで、カメノテを貝殻から抜き出していく。

 

「おぉ、やっぱぐろいなー」

「貝類だしな。貝殻はこっちの土器に入れとけ」

「りょうかーい。おー、蟹っぽい感じで、意外と美味いね」

「だな、スープも良い感じだ」

「……いや、しょっぱくね」

「……カメノテ、一回洗っとくべきだったな」

「だねぇ……」

 

 やや塩っ辛いスープになってしまったが、カナメは水を足して薄める事で飲み干していた。

 俺はカメノテの身を浸して味の付け足しをして何とか耐えきった。

 うーむ、料理は科学の延長線上と言うから上手くいくと思ったんだがな。

 それでもまぁカナメがニコニコと笑みを浮かべているから良いか。

 洗い物を川でしてから調理用のスペースに土器を置きに戻ると、竹筒から土器に移したアオダイショウに餌をやっているようだった。

 

「……肥やしてから食う気か?」

「蛇の脱皮した皮も漢方になるんだよ。だから、ある程度は普通に育ててみようかなって」

「年に一回くらいか?」

「ううん、四季毎に一回ぐらいかなぁ。成長期だったら回数は多いんだけどね」

「ほぉ、結構取れるんだな」

「まぁ、死んじゃったら死んじゃったで、乾燥させて生薬にしちゃうけどね」

「……とことんリアリストだなぁカナメは」

「ははは、いのちをだいじに、で行動してる訳だしねぇ」

 

 俺たちの、と言う言葉が前についてそうな方針だなぁそれは。

 天日干ししていた鹿の体毛が良い感じに乾いていたので竹椅子に座り、捩じっては足してを繰り返してフェルトの毛糸の様な紐擬きを作っていく。

 再び塩作りに戻ったらしいカナメが暖炉の火を調整して、隣に座ってはふぅと気を抜いているようだった。

 暖炉の薪が燃える音をBGMに穏やかな時間が流れていく。

 紐擬きを先程使った竹の端材を使って編み込んでいき、掌サイズの布を作っていく。

 見た目はまぁ毛糸で作った布、と言うよりかは、マフラーの失敗作の様な見た目だ。

 ……まぁ、昨日作っていたであろう竹のカップで受け止めてるならこれは無用なんだがな。

 生理の知識はあるが、それに付随するであろうおりものや経血の量なんてもんは個人差だ。

 …………これ、渡して気持ち悪いとか思われねぇよな?

 さぁーっと顔から血の気が引く心地だったが、そんな俺の心情を知らないカナメはそれを手に取っていた。

 

「もしかしてこれ、鹿の毛で作ったん?」

「……あぁ。尻尾の毛が綿みてぇだったから作れると思ってよ」

「ほぉー、脱脂綿にするには大きいけど、何に使うん?」

「あ゛ぁー……、その、色々と?」

「ふぅん? 一枚貰っても良い?」

「あぁ、何なら二枚とも持って行って良いぞ」

「へ? まぁ、なら、有難く貰ってくけど……、返せないよ?」

「構わねぇよ、手慰みの習作みてぇなもんだったからな」

「ふぅーん、……そっかそっか。心配してくれてありがとね」

 

 此方の意図を察したらしいカナメはチェシャ猫めいた笑みを浮かべてから、川原の方へと足早に歩いて行った。

 去って行ったカナメの足音を聞いて、柄でも無い事をしたと俺は深い溜息を吐いた。

 何で俺はカナメの事でこんなにも心身が疲れてるんだろうな、はぁ。

 つーか、この問題は杠が復活してからも発生し得る案件だよな。

 …………はぁ、ほんと、不便極まりないなこの世界は。

 だからこそ、科学で文明を取り戻してやる、絶対に、早急にだ。

 カナメの容態は近くで見張る程の深刻な問題じゃない事も分かったし、明日は銀行跡地に発掘に出掛けるか。

 女性の生理は大体三日から一週間程と聞いた事がある、その間に青銅器の目途は付けてぇな。




ちょっとした裏話ですが、カナメちゃんの歌はべらぼうに上手いです。
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