石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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 カナメが用意した新しい寝床は控えめに言って最高だった。

 土の上に葉っぱ被せただけの原始人スタイルよりも遥かに文明が増していると言える。

 しかし、焚き木の区切りが無いからか朝目覚めたら目の前にカナメが居て心底驚愕した。

 俺とカナメの身長差は十センチも無いので殆ど同じと言う事もあり、枕の位置が同じならそりゃ寝返り打ったら目の前に来るよなぁ。

 洗濯のための洗剤なんて無ければ髪を洗うシャンプーも無いこのストーンワールドだ。

 嗅ぎ慣れた匂い、と言うべきか、料理を振舞いに来た後に残る余韻に混じるそれが鼻孔を擽ったのだ。

 隣にカナメが居ると言う事に心底安堵している自分が居て……。

 

「……大樹のアホが移ったか」

 

 即座に目が覚め、上半身を起こして深い、それはもう深い溜息を吐いた。

 こいつ、寝相くっそ悪いのかよ……、キャンプの時に杠がもにょもにょ顔してたのはそう言う事か。

 明らかに自分の領地である半分を越えており、領地侵犯の現物証拠が目の前にあった。

 仕切りでも作るか、と思う自分と、まぁいいかカナメだし、と言う自分が居てもう一度溜息が出る。

 明日もそうだったら、だなんて分かり切っている妥協をして寝床から這い出た。

 さて、何が残ってんだ、と食料を安置している冷暗所の方へと近付いて中を検める。

 塩水に浸かった鹿肉のブロック、燻製の下準備中だから無しだな。

 腸詰にされた鹿肉のソーセージ、既に燻製されて茹でられているからこれも無しだな。

 アオダイショウ、……食料の方に置いといてやるなよ、端の方へ移しておく。

 カメノテ、スープに丁度良いから幾つか調理用の土器へ投入する。

 大量の猪肉、密封されていたのでまだ大丈夫そうだが量を減らすために使う事にする。

 半分くらいの鹿肉、恐らく二匹目の雌鹿の残りだな、使い切るには多いが多めに使っておく。

 

「んー……、どうしても素材が、と言うか調味料が塩しかねぇから代り映えしねぇのしかできねぇな」

 

 この前カナメがスーパー跡の調査を提案してたな、銀行の試し掘りが終わったら行ってみるか。

 大蒜や生姜あたりは生命力が強いからワンチャン見つかるかもしれねぇな。

 他の野菜となるとじゃがいもや玉葱あたりか、人参は駄目だな多分食われてるだろ。

 それに、地中深くに埋まっていると言う可能性だって在り得るからな、あんまり期待はできねぇ。

 土器で煮込んでいると小さいがやや甲高い音が聞こえた。

 ……この土器は使い終わったら廃棄だな。

 鉄が作れるまでは土器で我慢しなきゃならねぇ、せめてもうちょっと良い粘土がありゃあな。

 粘土質の土を捏ねて石などは取り除いているが、取れる場所が他の土の混ざる物なので品質が悪い。

 竹を柄杓の様にしたお玉擬きで中身を竹を割っただけの皿に移し変え、土器を森林にぽいっと放棄して木槌で粉々にする。

 

「んにゃぁ!? な、なんの音?」

「割れた土器を捨てただけだ、気にすんな」

「そーなのかー……。顔洗ってくるー……」

 

 猫みてぇな鳴き声を上げて跳び起きたカナメが辺りを見回すが、真相を知ってしょぼしょぼ顔で川へと歩いて行った。

 と、思ったら戻って来て竹ベッドの下に手を入れて、……竹のカップを持って出て行った。

 んな所に入れて乾かしてたのかよ、せめて取り出す所を見られない様な場所にしとけよ恥ずかしいなら。

 幾らか顔をすっきりさせたカナメが戻って来たので朝食を食べる。

 ……やっぱりカナメが作った方が美味ぇな、多分調理の時にも何かしらの工夫をしてるんだろう。

 

「そう言えば、調理用の土器壊れちゃったんだっけ」

「あぁ、音を立てて罅が入ったからな。やっぱり急ごしらえだからか駄目になるのも早いな」

「まぁ、塩作りで酷使したりしてるからねぇ。あ、そうだ」

 

 食事を終えたカナメが離れた場所の土器を一つ持って来て竹机の上に置いた。

 中を見れば湿った粘土が入っており、思わず手に取ってみればその滑らかさに驚愕する。

 もしや、質の良い粘土が手に入る場所が見つかったんだろうか、それなら共有して欲しいんだが。

 だなんて顔を向けたら、ニタリと小馬鹿にする様な表情を浮かべたカナメが居た。

 

「千空、粘土作る時雑過ぎ。粘土は水に溶けるから高低差を利用して沈殿させて取り出すんだよ」

「……その手があったか」

「うん、その手の結果がそれになります」

「めっちゃくちゃ良いじゃねぇかこれ」

「でしょでしょ、でもって本当は陶器を作る時のやり方だけど、空気抜きもした方が良いよ。実際にやってみようか」

 

 平たい石を竹机に置いて、粘土の塊を其処に下ろしたカナメは長方形の崩れた形に整えてから練り始めた。

 縦にした粘土塊に向き直り、上部を両手で斜めに押し潰してから捻る様に持ち上げて再び押し潰す。

 捻り持ち上げ潰す、捻り持ち上げ潰す、その繰り返しを手際良く繰り返していく。

 下半分が菊の花の様な模様になったそれを俺に見せつけてから、右手を少しずつ横にずらしながら丸めていき、円柱に半円が乗った様な形になったそれをデデンと置いた。

 

「菊練りって言う方法でね、途中で菊の花みたいな形になる様に空気を押し潰していくんだ。菊練り三年、だなんて言われるくらい手慣れるまで大変なんだよこれ」

「……まさか、あの時俺の誕生日に持って来た茶碗セットって」

「正解、オレが練って成形して、焼いて貰ったものだぜ」

「マジかよ、お前一言もんなこと言ってなかったろ」

「いやぁ、誕生日に手作り茶碗をプレゼントするとか重い奴に思われるから黙ってた」

「って事は、ろくろを作ったら作れんのか?」

「もちのロンよ」

 

 こ、こいつ、くっそ重要な事を伏せてやがった。

 って事はもっと質の良い土器を作れたって事じゃねぇか、生産性有り過ぎだろこいつ。

 ただまぁ、人の頑張りを嘲笑うタイプじゃないので、俺の作った土器をアップグレードする理由が無かったから言わなかっただけだな。

 実際、竹を割った器があるから土器の茶碗なんて要らないし、焼いて煮込めるなら美しさも要らない。

 ある程度大量生産ができてお手軽な俺の作り方の方が今までは合っていたと言うだけだ。

 だが、調理用の土器はその使用頻度から質が悪いものよりも良い物の方が良い。

 その必要性が生じたからカナメは申し出たのだろう。

 ……あと、こいつの性格的にめちゃくちゃ努力した事をアピールしたくなかったんだろうな。

 カナメの性格的に、こんな事もあろうかと、と言う言葉と共にできるアピールの機会を狙っていたとも言うが。

 実際、今の状況で必要な事が最適解で叩き出されているのでぐうの音も言えないしな。

 

「取り敢えず調理用の土器は総とっかえって感じで良いかな?」

「あぁ、そうだな。それ以外の雑に使う分は質が悪くても問題ねぇ」

「因みに手回しろくろって作れる?」

「くくく、勿論……と言いたいが、精密なもんを作るとなりゃ今の工具じゃ無理だ。青銅器が作れる様になるまでは待ってくれ」

「ですよねー……。それじゃあ菊練りした後に細くしていって輪っかにして乗せていくのを作っておくね」

「おう、安静にしとく理由には丁度良いだろ、頼んだぜカナメ」

「うん」

 

 頼られて嬉しそうなカナメに硬貨の掘り出しに行く事を伝えてから準備を整える。

 竹短槍三本とアトラトル、昼食用に茹でた鹿肉ソーセージに塩振った物、そして、竹で作った軽量シャベルに竹鋤簾に竹ツルハシ擬きだ。

 竹は外側の表面が硬く、内側は柔らかい性質を持った素材だから加工もしやすい。

 油抜きしちまえば耐久性も上がり、内側に砂を入れちまえば更に折れにくくなる便利素材な訳だ。

 一番力が掛かる竹ツルハシだけ砂を入れているが、掘り出す土が柔らかければ竹シャベルと竹鋤簾で事足りる。

 問題は銀行跡地の深さだ、流石に手作業で十数メートル掘るとなれば無理がある。

 銀行跡地を一度下見に行った時はそこまで大きく無かったが、何処まで掘ればそれが見つかるのかまでは分からず仕舞いだったからな。

 試しに側面から五メートルくらい掘ってみて鉄筋にぶち当たらなかったら、続きはカナメの生理が終わってからだな。

 地面の硬さでそこまでいかない可能性もあるが、真上に樹木が生えてなかった事もあって期待はできる。

 

「……大樹の野郎はまだ復活してねぇか」

 

 向かう途中で洞穴に行って大樹の様子を蝙蝠を刺激しない様に遠目から見たが、未だにガードポーズのままだった。

 これからやる掘削作業も体力馬鹿のお前が居たらくっそ簡単だっただろうによ。

 無い者強請りをしても仕方がねぇ、ちょっくら試してみるか。

 広末町にあったマイナーな銀行である広末銀行の小規模な店舗があった場所の前に辿り着き、小さな背負い籠を下ろして道具を地面に並べる。

 竹鋤簾を手に取り、思いっきり土壁に振り下ろし――手元に返ってきた糞硬い感触に顔を顰める。

 掌に残る痛みとブレに顔を顰めつつ、当てた場所に竹鋤簾の先で削ってみれば錆び付いた鉄筋が露わになった。

 嬉しい方向に事が進んだ事と、目標が間近になった事で重労働が確定した事のダブルショックで溜息が出た。

 露出した鉄筋に沿って竹鋤簾で壁を削っていくと、かつてコンクリートだったであろう破片がぽろぽろと崩れ落ち、そのまま自重で一面の一部が剥がれ落ちた。

 どうやら風化によってコンクリートが剥げたところから腐食が進み、スカスカの骨の様に鉄筋に纏わり付いていたようだった。

 今掘っているのが道路に面した正面入り口であり、かつての記憶を思い出せばカウンターはそこそこの距離があった。

 

「……入口だけ掘り出しておいて残りは準備を整えてからだな」

 

 長い距離を掘ると崩落の可能性もあるので、今の準備では危険性が伴う。

 十数分の格闘の末、自動扉の枠だった物の一部が出て来たので漸く終わりが見えてきた。

 出て来た所から剥がす様に土を取り除いていって――、そこにあった物を見て思わず口角が上がった。

 割れているもののある程度形を残している自動扉の硝子がそこにあった。

 あぁ、硬貨の事で忘れていたが、硝子は腐食や変質のしない物質だ。

 そこらの家にも、それこそ全面ガラス張りの店なんかには硝子が沢山ある事だろう。

 硝子の硬度は一般的だがモース硬度4.5から6.5ぐらいであり、ビルの自動扉の一部は硬い硝子を使っていたりするから割れないで残ってる物もあるかもしれねぇ。

 罅割れた所から破片を竹筒に入れ、デカいのも入るくらいに躊躇無く割っていく。

 割れてない硝子だったら使い道はそのままあったが、割れてるんじゃ危ないから素材行きだ。

 ケケケ、珪砂あたりから地道に作ろうとしてたが手間が省けたぜ。

 硝子の破片を手に取って、石化前の事を少しだけ思い出す。

 三千七百年も経って未だに形を残しているもんが少なからずあるのだと、科学の素晴らしさに胸が滾る思いだった。

 

「今は無理だが、溶鉱炉が出来ちまえばこの硝子も再利用できるリサイクル資源だ。夢が広がるなぁ、おい」

 

 目の前の鉄筋と言い、硝子と言い、人の住む場所だった此処には再利用できるもんが沢山ある。

 これを有効活用しねぇ間抜けはいねぇ、此処こそが人工資源の山だ。

 横から完全に掘り出せる場所を見つけて根こそぎ回収すれば、スタートダッシュには十分な資源が手に入るだろう。

 下手な鉱脈を探すよりも手っ取り早いまであるぜこれは。

 

「しまったな、ここいら全部未発掘の鉱山に見えて来たぜ」

 

 竹鋤簾を持つ手に力が入るってもんだ。

 力仕事なんぞやる事は無いと思っていたが、意外と楽しいもんじゃねぇか。

 掘れば確実に宝箱が出てくるだなんて生唾もんだぜ、こいつは。

 ……つっても、俺の体力は既にゲージギリギリで腕が震えてくる始末だけどな。

 休憩がてら近くの土砂に座って竹筒から水と茹でたソーセージで昼食を取る。

 カナメと一緒に掘り出すとなると、こんな無様な姿をあいつに見せる事になるんだよな。

 大樹となら全てあいつに押し付けるが、カナメと掘るとなるとそうは言ってられないだろう。

 

「……もうちっとばかし筋肉付けるか、平均的くらいには、な」 

 

 つってもこの調子だと大樹と出会う頃にはムキムキになってたりしてな。

 ははは、……笑えねぇ冗談だ、科学者だぞ俺。

 掘削マシーンを竹とかで作るか、いや、鉄筋や土砂のせいで壊れる未来しか見えない。

 ……え、マジでこれ素掘りしなきゃならねぇの?

 諦めたら試合終了だぜ、とカナメの幻聴が聞こえた気がするが、さて、どうしたもんかね。

 掘削に使う便利な物と言うと、ドリル、か?

 竹と石しか無いが? 鉄筋やら石やらで確実に負けるが?

 ……そうだ、半自動で竹鋤簾を振り下ろす機構を作れば……、いや、手で掘った方が早いってなるな確実に。

 

「……よし、土砂を捨てるための手押し車を作るか」

 

 完全に日和った考えではあるが、後々に確実に必要になってくる道具だ。

 上の方をやるために梯子も必要だな、しっかりとした脚立タイプのやつも作るべきだ。

 ……大樹、できるだけ早く復活してくれ、長くは持たないぞ……ッ!!

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