石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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 発掘から戻ってきた千空は竹の鋤簾を杖の様にしてよろよろとしており、疲労困憊の一言に尽きる様子だった。

 いやまぁ、君って大体下から数えた方が早いもんね体力測定の結果。

 

「広末銀行の小さいのから試し掘りしてみたんだが、土はある程度柔らかいが石が混じってて堀り辛かった。だが、自動ドアに使われてた硝子を回収できたのが幸いだったな。考えが一新されたぜ」

 

 そう竹椅子にどっかりと座って水を飲んで一息吐いた千空は筋肉痛に震えながら朗らかに笑う。

 硝子、硝子かぁ……、今の所使い道無いかな……。

 あぁ、でも断熱材として壁に利用するのはありかな、割った時のリスクを考えると無し寄りだけど。

 あの渓谷とかがビルの跡と言う仮説が実証された事で、鉱物資源に関しては鉱脈を探しに行かなくて良いのは有難い話だろう。

 

「けどさぁ千空」

「……言うな、何となく分かってる。俺も気付くまでは視野が狭かったと思ってるさ」

「だよね、鋳潰すくらいの量なら自動販売機の釣銭で良くない?」

「言うなっつーの、今後の事を考えて量が欲しかったんだよ」

「えっと、それなんだけど……耐火粘土やレンガのあてはあるの?」

「…………」

 

 無言で竹机に突っ伏してしまった千空に手を合わせて南無っておく。

 そう、青銅の温度は錫を加える事で融点が下がって875℃になるが、薪で出せる最大温度は1000℃ぐらいなので一応手を出せる範疇だ。

 だが、それ以上の融点である鉄などを溶かすには1000℃を余裕で超える耐火性を持つ炉が必要になる訳で。

 その素材になる耐火粘土や耐火レンガは鉱石をふんだんに使ったスペシャルな代物なんだなこれが。

 つまり、何が言いたいかと言えば現状手を出せるのは本当に青銅だけで、それ以外は宝の持ち腐れになると言う事だ。

 いやぁ、異世界に転生したら、だなんて妄想で、鍛冶屋になるぜと色々と調べて見て絶望するよね。

 むしろ古代の人たちどうやってたんだよと猫ミーム宜しく頭を抱えたくなる程に素材集めがきっついんだこれが。

 

「シャモットレンガを作るための耐火粘土を作るための素材、どうしよっか?」

「……くっそ非効率的だが、川原から火山岩系が取れる事から蝋石を拾い集めて砕いて混ぜる」

 

 このシャモットレンガのシャモットは、粘土を焼成してできた物の事を指すので、素材を作るために素材を作る作業をしなきゃならん訳だ。

 なお、シャモットが焼成できる温度は1300℃から1400℃くらいと言われているので、それに耐える耐火粘土の作成は必要不可欠と言える。

 石を積んで作れば良いじゃんと思ってしまうかもしれないが、そこらの石の融解温度は800℃から1200℃くらいなのでぺしゃんこになって台無しになる訳だ。

 たたらを踏むだとか日本刀の作り方だとかで出てくるであろうたたら製鉄は耐火粘土を使った炉だったそうで、一回一回打ち壊して作り直すと言う狂気の沙汰をしていたのだとか。

 で、その耐火粘土と呼ばれている物は耐火レンガの一個手前の段階、そもそもレンガが粘土を乾燥させて焼成させた物なので、耐火粘土を焼いたら耐火レンガになると言う考えで良い。

 耐火レンガには色々と種類があるが、先程千空が言った蝋石を使ったものが現状のベストだ。

 近くに珪砂があったらそっちでも良かったんだが、そんなもんがあっさり見つかる程自然は甘くない。

 で、あれば黒曜石や火山岩塊などが見つかっている近くの川原から、火山灰や火山岩から生成された蝋石を見つける方がよっぽど可能性があると言う物だ。

 ……まぁ、千空が非効率的と言った通り、炉に使う量を考えるとどれだけの量を拾う事になるのか。

 ただ、救いなのはシャモットの焼成温度を越える製鉄などをして、壊した耐火粘土の炉からシャモット粘土及びレンガを作れるので使い回しが出来ると言う点だろうか。

 まぁ、シャモットレンガに焼成する時にも似た様な温度が必要なので量は増えるんだけどな……。

 

「何カ月掛かるんだろうね……」

「最悪ホームセンターの跡地に埋まってるのを掘り出した方が早いかもしれねぇな」

「……千空、その手のレンガって外で販売してるから流れてるよ多分」

「……だよなぁ」

 

 そうなると、考えるべきは耐火粘土を如何に節約して炉を作るか、だ。

 耐火粘土だけで完成させようとするから量が要るのであって、日干しレンガで外枠を作り、内側に分厚く耐火粘土を塗って炉にしてしまえば良い。

 しかも、その時にシャモット焼成の温度までできれば内側の耐火粘土はそのままシャモットに進化してくれる訳だ。

 もっとも、外側の日干しレンガが劣化してしまえば諸共崩れ落ちると言う諸刃の炉でもあるけどな。

 ……ん? なら日干しレンガの部分を壊れない物にすれば完璧なのでは?

 

「なぁ、千空」

「あぁ、多分同じ事思いついてんな」

「黒曜石と蝋石集めて」

「パーライトセメントと蝋石粘土を作って」

「「製鉄用の炉を作れば良い!」」

 

 火山岩が含まれないただの川原だったならこんな発想は出て来なかったが、幸いにして理想的な川原が近くにある。

 黒曜石を1000℃以上で急速に熱するとパーライトと言う発泡体が生じる。

 これが冷えた物とセメントと水と混ぜると、パーライトと言う軽量骨材を基に耐火性のある軽量なモルタルを作る事ができる。

 現代のポルトランドセメントを作ろうとすると必要な物が多過ぎるので、一番オーソドックスなウッドアッシュセメントを使うか。

 粘土で真上と下に空気の通る窯を作り、白い灰になるまで樹皮を燃焼させてから水で纏めて、これをもう一度焼いてから水に砕いて、その後に砂などを混ぜて乾かすだけだ。

 この時の砂をパーライトを砕いた物を使えば耐火性のあるブロックになると言う訳だな。

 レンガと違ってブロックは化学反応による硬化なので焼成する必要が無いのが有難い。

 パーライトモルタルの耐熱温度は1200℃、日干しレンガを使うよりも遥かに耐久性がある。

 そして、内側の蝋石で作った耐火粘土を製鉄に使う度に剥がしてシャモットにし、最終的に蝋石シャモットレンガで炉を作れば高炉を作れると言う訳だ。

 蝋石レンガは耐久温度が1630℃~1730℃なので、溶鉄の1538℃にしっかりと耐えてくれる事だろう。

 手順を一応確認し合い、間違ってない事を確かめてから千空とハイタッチし、喜びを分かち合う。

 製鉄かぁ、良い響きだよな、鉄の鍋とかめっちゃ欲しい。

 

「ただまぁ、分かってると思うがあくまで理想論だ」

「うん、ワイトもそう思います」

「誰だよワイト。……まぁ、壊れるの前提で、粘土をクッソ分厚くして、煙突型で下から空気をぶちこむのが一番コスパ良いけどな」

「ほんとそれな。耐火粘土は溶かす金属の受け皿にして、鋳型に流し込む器具にした方が良いかな」

「だな。取り敢えず蝋石集めは必須だな。石英はモース硬度が七で硬いから素材にしづれぇ」

「有り難い事に蝋石は1.5くらいだからね。砕き易いから良いね」

「空気の流入は鞴か?」

「いや、近くに川があるんだから竹で水車作って全自動が安牌でしょ。溶け切るまで何時間掛かると思ってんのさ」

 

 もっとも、水車と言う動力を作るなら本拠点に作りたいけどね。

 まぁ木材では出来ないので、竹で作る形になるけども。

 川の勢いが弱いなら、竹とセメントで傾斜を作った水路を川から繋げて効率を高めれば良いしな。

 手や足で鞴をバフバフしてたら先にオレたちの力が尽きるって。

 

「……成る程、確かにな。いっそ、昔の水車小屋とかをベースに本拠地作りした方が良いかもな。水車がありゃ力仕事も簡単になる」

「麦とか見つけられたら小麦粉にできるしねぇ」

「手動でやるよかよっぽど堅実だわな。青銅器で加工の道具を作ったら水車小屋作るか」

「鋸やノミがあれば加工が捗るね」

「ククク、ブレイクスルーも浪漫があって良いが、こう言うのもたまには良いかもしれねぇな」

 

 だなんて、すっかりと元気になった千空が良い顔で笑った。

 うーむ、眩しい、楽しくてたまんねぇやって感じの笑顔だわこれ。

 楽しそうで何よりだ、日が落ち切る前に夕飯作りますかね。

 

「千空! 猪に含まれる栄養素は猪一頭分なんだぜ!」

「そりゃそうだろ」

「ビタミンB12は豚の三倍、鉄分はなんと四倍」

「原種の方が栄養価高いのか」

「野生の世界は過酷だからねぇ、弱肉強食のコトワリがそうさせるのか……」

「走り回るから心臓が鍛えられるんだろうな。って待てや」

「チッ、無駄話で意識を逸らせたと思ったのに」

 

 今、まさに締められる三秒前だったアオダイショウが土器に放られ逃げ帰った。

 流石に肩を掴まれてしまったら止めざるを得ないからな。

 

「なんで今蛇を締めようとした?」

「栄養価高いからね、致し方無い犠牲になって貰おうかな、と」

「お前まさか俺が疲れてるからって、疲労回復メニューと言う建前で蛇の味を知ろうとしやがったな?」

「イグザクトあいたっ」

 

 ぺしりと軽く頭をはたかれたのでリアクションしておく。

 目の前に知らない味があるのに食わずに居られようか、否である。

 割と本気で疲れているようだったから、それにかこつけて試してみたかっただけなのになぁ。

 結局夕飯は猪のステーキと猪骨野草スープと言う平和な物になった。

 まぁシンプルイズベストって奴だね、なおアオダイショウは生薬以外の食用は禁止となった、残念。

 心なしかアオダイショウの方からホッとしている雰囲気を感じるがお前死ぬ宿命は変わってないからな。

 寝支度のルーチンを終え、暖炉に太めの薪を足してから新寝床に入る。

 既に千空は寝床で死ぬ程疲れている様子で寝ていたので、起こさない様に静かに寝転がる。

 ……そろそろ、風呂、作るかぁ。

 川浴びは良いんだよ別に、過ごしやすい季節で水も良い感じに涼しいくらいに冷たいけどさ。

 日本人なのでね、風呂、入りたいなぁって欲が込み上げて来ている。

 足伸ばせるタイプで風呂を作りてぇ、コスパ度外視で良い風呂作りてぇ……。

 けどなぁ、シャンプーもコンディショナーも無いから髪きっしきしだしなぁ。

 

「石鹸欲しいけど、獣の脂から作るやり方しか知らないんだよなぁ……」

 

 灰と水で灰汁を召喚し、溶かした獣脂に1対2くらいで火に掛けて生贄にしてから、冷やすと真っ白な動物性油脂石鹸の出来上がりである。

 泡立つ成分皆無なので、焼き肉臭のする油分を纏わせて絡め取ると言う感じの石鹸になる。

 ……そういや、猪脂がめっちゃ余ってたな、腐らせるくらいなら悪魔合体させた方がお得では?

 

「……目覚めちゃったな、作るか、焼肉石鹸」

 

 取り出しますは調理用に作った表面がつるりとした調理用土器とめっちゃ余ってる猪脂。

 猪脂をそのままドーンと土器に入れ、コンロに置くと数十秒後には香ばしい匂いが住居に解き放たれた。

 なんか千空が、誤サイドチェストってなんだよ……、と意味不明な寝言を漏らしていたがスルーしておく。

 竹製のヒカキボルグで灰をちょちょいと集め、水を入れた竹筒に投入して混ぜる。

 灰を入れた水を竹笊で漉して、やや固まった物を猪脂から取り除いて、灰汁を猪脂の半分くらい入れて煮る。

 焼肉の終わった後のリビングみたいな匂いが充満していくが、深夜テンションで誤魔化していく。

 再び千空が、薩摩ッスルってなんだよ……、と魘されているがコラテラルダメージとして処理しておく。

 一煮立ちさせたら竹筒に中身を移して冷ます、以上。

 

「……ねっむ」

 

 調理用土器に水を入れて煮る事で猪脂を浮かせてからぽいっと中身を捨ててから洗ってから、寝床に戻る。

 動いたからか良い感じに眠気が来たのでそのまますやすやと……――。

 翌朝、竹机に置かれた動物性石鹸を発見した千空に、夢見が悪かった原因てめぇか、としばかれたのは言うまでもない。






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