石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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 風呂はな、日本人が生み出した文化の極みの一つだ。

 肉体労働で生じた汗や汚れを手拭いで拭い去るだけの生活から、食事に関する異常なまでのこだわりとの悪魔合体によって衛生観念が生まれ、挙句に湯治と言う前例から健康に良いからと風呂が広がった。

 実際、煮て食えば、焼いて食えば、と煮る焼く事で得られる安全性を食事で理解していたのだろう。

 まぁ、つまり何が言いたいかと言えば、だ。

 

「目の前に風呂があるのに入れないとか拷問に等しい」

「当たり前だろうが……、今入ったらセメントでめちゃくちゃになるっつーの」

「セメントは化学反応だから火で乾燥を早めるのは悪手だしなぁ。もどかしいなぁ」

「ほら、手頃なお湯作ってやったからそれで今は耐えろ」

「ぐぬぬ、ありがとう千空」

「……今お前俺の名前をセンキューのニュアンスで言いやがったな? まぁ、良いけどよ……」

 

 千空、せんくう、せんくぅ、せんきぅー、センキューってね。

 お湯を入れた土器を貰ったので有り難く使わせて貰おうかな。

 ……まぁ、髪くらいならいけるかな。

 河原に向かい、一種のお風呂場と化している箇所で貫頭衣を脱いでズボンも脱いで、竹カップの封印を解く。

 平たい石に座って竹カップの掃除をしてから、土器のお湯を竹の柄杓で頭から被る。

 ふへぇー、明日からもお湯を用意しようっと。

 やっぱりお湯で髪洗った方が気持ち良いや。

 

「うぐぐ、早くお風呂入りたい……」

 

 千空お手製の海藻で作った植物性石鹸を泡立てて身体に塗りたくり、撫でる様に洗ってから川にダイブする。

 この石鹸は非常にエコなので川で洗い流しても自然に還るので何も問題は無い。

 ……毛の処理しないとなぁ。

 黒曜石をハサミに見立てて器用にチョキチョキするしか無いんだよねぇ、メンドイが女の子として流石に、ね。

 毛が薄いので分かりづらいだろうけど見られたら死ねる、女心がピンチである。

 まぁ、やるしか無いんだけどね、是非も無し。

 無駄毛の処理を妥協しつつ行い、衣服をアライグマして綺麗にしたら振り回す。

 遠心力の力技によりある程度水気を切ったら着用し、住居に戻って暖炉の前を占領する。

 濡れ鼠のまま寝たくは無いからね……。

 暫くすると隣に烏の行水を済ませたしっとり千空が陣取る。

 ぽけーっと暖炉の火を見ていると眠気が襲って来て――。

 

「んぁ? あれ、昨日此処で寝たっけ……?」

 

 目が覚めたら竹のベッドの上で寝ていた。

 暖炉の前で火を眺めていたのは憶えているが、その後ベッドに移動したっけかな。

 暖炉の方を見やれば、オレが座っていた竹の椅子が退けられていて、千空の椅子だけがそのままだった。

 ……あー、これは面倒掛けさせちゃったなぁ。

 寝落ちしたオレを千空が運んでくれたんだろう。

 隣を見やれば、此方に背を向けて寝ている千空の姿があった。

 

「……ありがとね」

 

 さて、お礼がてらご機嫌な朝食でも作りますかね。

 生憎コーンフレークは三千と七百年くらい切らしてるけども。

 千空も肉には若干飽きている様なので、ミンチにして繋ぎ無しのハンバーグにするか。

 見た目と食感が変われば飽きも……飽き……、まぁ頑張って貰おう。

 そもそも牛じゃなくて猪だしね、脂身が美味しいのが救いか。

 

「チタタプチタタプチタタプチタタプチタタプ……」

 

 頭チタタプしながらチタタプした猪のチタタプを平たい石に乗せてじっくりと焼いていく。

 裏、表、側面、としっかりと焼いて、竹皿に移したら出来上がり。

 何処ぞのシェフ宜しく天から塩を塗してやれば完成だ。

 後は適当に集めてきた野草と最後のカメノテを煮てスープも終わり。

 

「今日はどうする?」

「俺は野苺のアルコールが出来るまでは硬貨の掘り出しだな」

「そっかぁ。なら、生理終わったし塩作りに海に行ってくるね」

「……前言撤回だ、海に行くなら俺も行く」

「えー? もう体調は大丈夫だよ?」

「いや、その……」

 

 食べていたハンバーグを完食した千空は切実な表情で言った。

 

「肉はもう飽きた」

「あーね。ならしゃーなし、海行くっきゃないっしょ」

 

 内なるギャルが出てくるくらいに同感であった。

 夕飯だけなら良いよ、けど腐らせない様に朝昼晩食べなきゃならないので、もはやノルマである。

 大本営は新鮮な魚を所望との事、各員一層奮励努力せよー。

 まぁ、残ってる生肉は猪肉が少しで、他はもう燻製にしたりソーセージにしちゃったけどね。

 ぶっちゃけ、一ヶ月分くらいはあるよ、わーい、嬉しいなー……。

 カメノテも使い切ってるし、補充も兼ねて取って来なきゃなぁ。

 と言う事で、すたこらさっさと海に到着した訳だが。

 

「して、千空提督、海岸沿いに潜伏したゲリラに如何なさるおつもりで?」

「ケケケ、青いゲリラ連中を誘き寄せる罠を仕掛ける。そう、このサビキ仕様の竿で、な」

「あぁ……、いっぱい魚影見えるもんね。数撃ちゃ当たるだろうし期待だね」

「勿論だ、任せとけ」

 

 そこはかとなくフラグが立った気がするが、勝利の旗である事を祈ろう。

 さて、千空提督が抜錨したので塩作りのためにセッティングをしていくか。

 雨に濡れ無さそうな所に置いといた前回使った丸太コンロをドンと置き、その隣に持って来た粘土で石積みコンロを補強した物を距離を少し離して作る。

 粘土を入れていた土器を洗い、石積みコンロにセット。

 そして、気合で作った質の良い粘土で作った海水煮る用土器を丸太コンロにセットする。

 弓キリ式着火装置で気合着火して、土器へ海水を入れて只管に塩作りをしていく訳だが……。

 このままボーっとしているのも何なので、今後に使うウッドアッシュを量産する事にした。

 塩の見張りができる様に近場で穴を掘り、後で回収しやすい様に気持ち浅めに作る。

 石を積んで泥で補強して、マグマの無い火山みたいな形にして完成。

 

「手頃な枝はあるけど乾いて無いから時間かかりそうだなぁ」

 

 潮風に晒されてしっとりしている物が多いので、縦に割っておき、火が入りやすい様に裂いたりしておく。

 最終的に残る原型の無い白い灰が欲しいので、火力を上げる秘密兵器も用意した。

 指で輪っかを作ったくらいの太さの竹を三十センチ用意し、中の節を割って空洞にする。

 そして、吹き口の逆、空気が出る方の出口から少し離した位置に、黒曜石の鋭いところでぐりぐりと斜めに穴を三つ開ける。

 吹き口から見ると螺旋に風が入る様な斜めの穴がある事で、吹いた時にこの吸引口から中へ風が流れ込む仕組みになっている。

 直接口を竹には付けず、少し離れた位置から吹き込む事で更に風を強く出来る、と猟友会の婆ちゃんに教わったのだ。

 他のコンロから火種を移し、徐々に燃え広がるのを待ってから特製火吹竹を構えて空気を吐いた。

 

「げっほ、げっほ!? 想定以上に威力あったなこれ……」

 

 渾身の力で吹き込んだ事で剥がれた灰が火山噴火宜しく噴き出てしまい咳き込む。

 若干涙目になりつつ、塩用の土器の上澄みをさらって灰を取り除いておく。

 今度は少しずつ吹く勢いを強めて調整し、赤熱するくらいに火力を上げて太めの枝も割ってから投入していく。

 職人になったつもりで火吹きを続けていると、横からひょこっと塩が塗されたアジの刺さった枝串が火口部分に囲炉裏みたいに突き刺された。

 見やれば小さな竹籠いっぱいのアジを見せびらかす千空のドヤ顔があり、オレは頷いて硬派を気取ってサムズアップした。

 

「にしても凄い釣れたね」

「あぁ、三千七百年も経ってペットボトルなんかも紫外線にやられて風化しちまってるからな。それこそ地中に埋まってねぇ限りはあの頃のもんなんざねぇ。そんな環境で大量消費する人間の手が入ってねぇんだ、正しくお魚天国ってやつだ」

「てか千空、これ、全て焼く気?」

「余ったら燻製の予定だが、厳しいか?」

「黒曜石でアジの開きにしろって事……?」

「あ゛ー……」

 

 姿そのままで燻製にでもするつもりだったのか。

 キッチンペーパーなんて便利な物は無いので全て天日干しで一から乾かさないといけないんだが。

 

「すぐに食べるならソミュール液に付けずに熱燻しても良いけど、保存食にするなら必須だよ。冷蔵庫無いんだよ……?」

「……すまん、甘く見てた」

「もしかして、ししゃもの燻製みたいにしようとした感じ?」

「あぁ、燻しながら水分飛ばせば良いもんかと」

「仮に水分残ってたら苦くてえぐい味になるし、火で乾燥させたら熱も入るからパサパサの硬いのになるよ」

「……流石家庭科部だな」

 

 まぁ、千空はまだお料理一年生な訳だし、興味を持ってくれてるだけ有難いと思うべきか。

 と言うか花の女子高生は学校で燻製はやらないよ、煙たいし。

 程良く焼けたアジを二人して黙々と食べ、肉以外のメインに歓喜する。

 

「魚しか勝たん」

「だな……、こうもちげぇとはな」

「刺身にもしたいけど、醤油が無いから味気ない感じになっちゃうからねぇ」

「アジだけにか」

「ははは、ナイスジョーク」

「……真顔で言う台詞じゃねぇだろ」

「と、言う事で妥協します。これをこうして、洗って、こうして、えいえい、むんっ」

「……は?」

 

 親指と人差し指をエラに差し込んでカマごと内臓を引き摺り出し、内側の血合を洗ってから尾鰭の付け根から背鰭と頭を捥ぎ取り、背骨に沿って親指と人差し指を差し込み下ろせば爪が身を分かち、剥き出しになった背骨を尾鰭の付け根でへし折ってから腹の方に両爪を鋭角に入れてから背骨を引っこ抜けば手捌きアジの開きの完成だ。

 血合を洗った後にカマの付け根から皮を剥き、腹鰭と背鰭を捥ぎ取ってから頭を捻り落とし、腹側から尾鰭に向かって親指を入れ、尾鰭側から背骨に沿って親指を頭側に進めれば刺身用の三枚下ろしになる。

 ただ、大名下ろしの様に背骨に身が残りやすいので、油があれば骨煎餅にしちゃうと無駄無く食べ切れるんだけど、無いからなぁ……。

 

「黒曜石云々ってのは?」

「料理作る人的に、骨に身が残っちゃうから好きじゃないんだよね、包丁要らずなんだけどさ」

 

 手開きしたアジを近くにあった予備の土器に入れて、手洗い用の竹筒から水を出して洗う。

 調理用に持って来てた水をさっきの土器に入れて、出来立ての塩をドサドサと目分量で入れていく。

 ……ま、大体15%くらいだな、塩水を舐めて濃度を確かめてから竹籠からアジを取り出して手捌きしていく。

 オレの手元をジーっと見つめていた千空だったが、隣に座って手を洗ってからアジの手開きに挑戦を始めた。

 ……手元にあるのを手早く済ませ、新しいのに入れ替えてゆっくりと手順をなぞる。

 それを見ながら見様見真似であっさりとマスターした千空はオレに見せてからドヤ顔をかまし、次のアジに手を伸ばすのだった。

 …………たまに可愛くなるよな千空って。

 趣味の科学実験をしている時の様に笑みを浮かべながら、少年らしい横顔を見ながら手を動かす。

 計二十六尾のアジを開き終えた頃には撤収の時間だった。

 

「おかしいな、塩作りに来た筈なのに塩よりも白灰の方が多いな……」

 

 そりゃ海に来る度に燻製してたらそうなるよねって言う。

 アジを漬け込んだ土器に入らない様に先んじて蓋をしてから、空いた竹筒に白くなるまでしっかり焼いた灰を回収する。

 一番時間が掛かる作業だからな、海水から塩作ってる時に並列するのが吉だなやはり。

 燃え滓にしっかりとトドメを差し、追加の水でレッドチェックしてから拠点に戻る。

 

「これで肉三昧から解放される訳だな」

「まぁ、肉から魚に変わっただけなんだけどね。冷蔵庫が無いから一週間くらいしか持たないしねぇ……」

「魚挟めるだけマジでマシだろ」

「それはそう」

 

 行きよりも荷物はあるが、足取り軽く拠点への帰路に就くのだった。

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