石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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 ……こいつ、ほんっと俺の事を男として認識してねぇな。

 寝相の悪さなのか、そもそも寝る時の距離が近いのか、もしくは態とやっているのか……。

 目の前ですやすやと眠るカナメのドアップがあり、仄かに鼻孔に香る匂いに慣れ始めていた。

 ……はぁ、顔洗ってくるか。

 草履を履いて川原へと向かい、冷たい水で顔を洗ってから寝汗を落すために髪を濡らしてから梳く。

 昨日の潮風で髪がきっしきしなのが若干気になるが、シャンプーもコンディショナーもねぇからな。

 オイルの類がねぇし、硫酸もねぇからなぁ、水酸化ナトリウムは……電気がありゃなぁ。

 貝を焼成して作る消石灰擬きだと、水に溶け辛いから不適だしなぁ。

 無い物強請りをしてても仕方がねぇし、切り替えるか。

 塩を大量生産するとなるとイオン交換膜法……電気がねぇ、落下式塩田はポンプがねぇ。

 自動化か……、大分大掛かりになるがやれなくは無いんだが……。

 川と海の合流地点に拠点建てて、川側の水車を動力に海側の水車で海水を汲み上げて落下式塩田に繋げるのが理想的か。

 竹で水車を作るのは耐久面で難有りだが、塩は作っちまえば貯蔵ができる。

 しかし、落下式塩田部分に鳥の糞が混ざる可能性が非常に高いのが懸念点だ。

 そう言うリスクを考えて巨大な塩田を複数も作ってたんだろうし、大量生産ってのはリスクを孕むのは当然の事だ。

 俺とカナメしか居ない現状を考えるに、規模の大きい塩田はそもそも得策じゃない。

 じゃあ小規模で作るかとなると今の手間と変わらないし、そこまで大量に欲しい訳でも無い。

 となれば、工程を洗練化し、無駄を省いて最効率化するのが一番だ。

 そもそもの話、あいつの塩の作り方は微妙に間違っているからな。

 

「おはよぉ、千空……、ご飯作るねー……」

 

 川原から戻って来ても眠たげなカナメの調理を眺めながら、先程の考えに思考を戻す。

 そもそも竹笊と濾紙擬きで漉すのが間違いだ。

 白く濁るくらいまで海水を煮詰めて冷ますと、下に硫酸カルシウム、つまりはじゃりっぽさの原因である石膏などが沈殿するので上澄みをもっかい煮詰めるのが正解だ。

 なので、落下式塩田とまではいかないが、そこに詰め込まれた叡智とシステムを利用して塩作りを効率化させる。

 昨日ソミュール液に浸けたアジで作った野草入りの汁物を完食して行動を開始する。

 先ずはカナメせんせーに教わった質の良い粘土作りで粘土を大量生産し、縁の付いた厚めのビート板の様な形に成形して半円の所に注ぎ口を作ってから乾燥させる。

 そもそもの話、姿かたちを自由に変えれる土器を使う上に、コンロの形も変更可能なのだから本来天日で乾かす第一流下盤と同じことを加熱式で作ってしまえば良い。

 その時に出た灰はウッドアッシュとしてセメントに回せるので無駄も無い。

 そして次に作るのは俺の腰程はある水瓶サイズの巨大な土器だ。

 煮詰めた海水を注ぎ入れて、ある程度満タンになったら硫酸カルシウムなどの沈殿を待つ。

 その様な用途のための水瓶土器なのだが……、先程作った第一流下盤土器もだが、くっそでかくて焼成すんの大変なんだがこれ……。

 

「仕方ない、気合でやるか……」

 

 よもや俺が根性論に手を出すとはな……。

 この二つを焼き上げるために竹で炉の骨組みを作り、そこに泥を塗り固めてドーム状の物を必死こいて作る。

 天井部分の泥が幾度か崩落して死んだ目を浮かべたが、一般通過カナメせんせーに横着して内側からやるからそうなるんだよ、と至極真っ当な助言を貰って何とか完成させた。

 ……作り終えてから気付いたが、これ別にドーム状じゃなくても良かったな。

 両側に壁を立てて上を竹を骨材に天井付ければ良かっただけだ。

 更に言えば天井部分は別で作っておいてそれを乗せるだけでも良かったじゃねぇか。

 

「……失敗は成功の母とはよく言ったもんだよな、学べるだけの環境が整ってるのはおありがてぇこった」

 

 カナメから火吹竹を借りて焼成に入り、何とか昼頃には完成する事ができた。

 荒熱を取っている間に昼食を済ませようと振り返ったら、川原で猪を血抜きしているカナメが居た。

 ……なんつーか、ウィークリー報酬のノリであいつ狩猟してねぇか?

 いやまぁ、大樹と杠に使う毛皮は幾らあっても良いけどもよ。

 別に肉地獄から解放された矢先に再び突き落とされる事に不満を持っている訳じゃない、じゃないんだがな……。

 

「どったの千空、落ち込んでるけど」

「いや、また肉が続くのかと思うと少し、な」

「千空……、餓えながら木の実を探し回る生活したい?」

 

 それはもう良い笑顔だった、背筋に走った悪寒は恐らく生命の危機を感じての事だろう。

 因みにオレはしたくない、と言う実感の籠った笑顔に俺は屈した。

 俺も流石にリアル縄文人生活はしたくねぇな……。

 

「それにさー、ふと思い出したんだけど、昔の人って動物の膀胱を水の入れ物にしてたらしいんだけどさ」

「入れ物なら竹筒で十分だろ?」

「中に塩水を入れて川に浸けると中身の嵩が増してたらしいっすよ」

「……半透膜か!」

 

 真水と海水が半透膜に区切られてあった時、その濃度を均一にしようと真水の水が海水の方へと流れ込むのが浸透圧だ。

 そして、海水側から圧力を掛けた場合、その逆の逆浸透現象が引き起こされ、海水の水が真水の方へと流れる。

 これを使えば海水から水分を蒸発させる手間がぐっと省かれる事になる。

 ……その装置を作れれば、の話だが。

 下側に川の水を入れた土器を用意して、節を抜いた竹を二本用意する。

 下側に置く竹筒には水瓶の水を行き来させるために側面に穴を開けておき、半透膜に水が触れる様に上側に設置してその上に別の節を抜いて下側に抜き穴を作った竹をセット。

 上の竹に海水を入れて圧力を掛ければ海水側の水分が下へと押し出されて塩分濃度の高い鹹水が生成できる。

 排出は抜き穴を塞いだ石か何かを外せばそこから抜く事ができるだろう。

 もっとも、この装置を作るとなると膀胱膜がどれだけ耐久出来るか分からない上に、上の圧力を掛ける部分の作成に手間取るのが目に見えている。

 作ってワクワクしたいのは山々であるが、金属製工具の無い今やる事では無いのは確かだ。

 

「後々の大掛かりな装置に組み込むのが安牌だな。腐らない様に取っておいてくれるか?」

「りょーかい。陰干ししてしまっとくね」

 

 半透膜のフィルターとして加工ができたら良いんだがな、複数枚重ねて耐久性を増す方向性で保管しておくのが吉だろう。

 手際良く猪を解体しているカナメから視線を外し、焼き上がった土器の出来を確認して頷く。

 土器作りも上手くなったもんだよな、最初の頃の物と比べて綺麗に仕上がっている。

 出来上がった土器を持ち上げて、竹で作った一輪手押し車に乗せて運び日陰に置いた。

 その日の内に使うと壊れ易くなるからな……、土器の残骸を一瞥して苦笑する。

 

「この生活にも慣れてきたな……」

 

 もしもカナメが居なければどんな生活をしていただろうか。

 食べれる木の実を探し回って一日が終わっていたり、鹿を捕まえようと石槍片手に追っ掛けていたり、ツリーハウスを作るために木材を切り倒して登り降りで瀕死になってたかもしれない。

 竹を炙って油抜きしているらしいカナメを見やり、何かを煮ているらしい小さな土器の蒸気がくゆる住居に視線を向ける。

 石化から復活して一ヶ月も経っていないのに、こんなに充実した環境が整うなんてあの時の俺は思いもしなかっただろう。

 ……カナメの適応力半端無ぇ。

 生活基盤も徐々に整って来ており、アルコール発酵も折り返しくらいの期間が過ぎた。

 大樹や杠が復活すれば、本格的に科学式文明開化へと移行出来る。

 そうなりゃ、今度は俺のターンだ。

 カナメに科学で頼れる姿を見せられ――、待て待て、大樹のアホが移ったかよ。

 単純におんぶに抱っこから脱却できるって意味だ、下心なんざありゃしねぇ。

 深い溜息を吐いて視界のピントを住居に戻せば、先程油抜きした竹を三つに縦割りし、節目を交互にした状態で長さを合わせてから表面の節を削っているところだった。

 今度は何を作る気なのやら、少し気になった事もあり近付いて手伝いを申し出る事にした。

 

「カナメ、何か手伝うか?」

「ん? あー、じゃあ節目の出っ張りを削って滑らかにしてくれるかな。因みに深い傷は厳禁ね、やっちゃったら言ってね」

「あぁ、分かった。んで、何作ろうとしてんだこれ」

「和弓擬き」

「和弓を、擬き……?」

 

 超弩級なとんでもクラフトしてた事に戦慄しつつ、傷厳禁の意味を理解した。

 弓は最後に弦を掛ける時にしならせる上に、引くときに傷があればそこに負荷が掛かる。

 沸かした湯の入った土器を見てからカナメは額の汗を拭って笑みを浮かべた。

 

「節目をずらしたこの三つを膠でがっちゃんこして作っていくんだよ。まぁ、ほんとはもっと節とか薄くしないといけないんだけど、鉋が無いからなぁ。まぁ、習作だよ習作。……こんなもんを和弓なんて言いたくも無いしさ」

 

 プロ意識たっか……、てかこれは誰から教わったんだよ。

 明らかに猟友会の人じゃないだろ。

 小さな土器を湯の張った土器に入れて湯煎し始めたカナメは俺の疑問に首を傾げて言った。

 

「ん? いや、猟友会の人だよ。竹山持ってる人で、趣味も兼ねて作ってたんだってさ」

「……その猟友会魔窟か何かかよ」

「さてね、三人寄れば文殊の知恵って言うし、ゆでたまご理論でなんかこう混沌化してたんじゃない?」

「なんだそりゃ、コロンブスの卵立たせる奴か?」

「聞いた事無い? 百万パワーの二刀流で二倍のジャンプに三倍の回転で千二百万パワーになるって奴だよ」

「なんだそのとんでも理論は……」

 

 カナメのよく分からん知識、ネットミームだったか。

 使い勝手が良いと言うか、耳に残るから広まったんだろうな。

 何でもは知らないわよ、知っている事だけ。

 詳細を聞けば、茶目っけ混じりのウインクと今の言葉を返されてだんまりだった。

 語録は封印してるけどねぇ、汚染度高いし、だなんて気になる事も言っていたが断固として教えてくれなかった。

 

「まぁ、これも本来なら芯材、真ん中に入れるのは木材なんだけど加工出来ないから孟宗竹で代用してるしねぇ」

「ん……? あぁ、確かにこれだけ違うな。他のは真竹か?」

「そうそう。今作ってるのは三枚打弓って言って、本当は真竹で芯材の木を挟み込んで作る奴なんだ。まぁ欲を言えば弓胎弓の方を作りたいんだけどね、金属工具が揃ったらそっち作る予定だよ」

「和弓にも種類があるのか? 全部竹で出来てるのが和弓だと思ってたが」

「ふふん、又聞きの知識だけど教えて進ぜよう。日本の弓の歴史はね、オーソドックスな木材のみの弓である丸木弓から始まったんだよ」

 

 そう言ってカナメは膠の入った小土器を取り出してから、地面に余った竹の端材で絵を描き始めた。

 

「先ずは丸木をしならせた弓、丸木弓。それをやや削ってから表面に竹を貼り付けた伏竹弓。竹二倍にしたら強くなるだろと木芯材の両側に竹を貼った三枚打弓。ならもう更に二倍だ、と四角い木芯材に全面に竹を貼った四方竹弓。いっそ芯材も竹にしちまえ、と竹ひご、まぁ延々と縦割り二分割していった物を三つ重ねて芯材にしてから木材で補強して三枚弓みたいに両側に竹を貼り付けた弓胎弓。と言う感じで進化させていったんだよ。まぁ、海外からバージョンアップした火縄銃が伝来されちゃって、弾を込めさえすれば撃てると言うお手軽さから、技術の必要な和弓は廃れ始めちゃった訳。弓道と言う形で戦闘の場からフェードアウトしていった感じなんだよ」

「めっちゃくちゃ饒舌に話すじゃねぇか……」

「猟友会の竹山お爺ちゃん直伝だからね、ばっちしオレは使えるよ和弓、こんな体型だしね」

 

 芯材となる孟宗竹の両面に膠で真竹を貼り付けたカナメは、それを挟む様にもう二枚の竹を両側に添えてから、捩じりを入れて強化された紐を使って螺旋状になるように隙間を空けて巻き付け始めた。

 そして、頂点で折り返す様にしてクロスする様に紐を全体に巻いて行き、全長ぱっと見二メートルちょっとありそうなそれを作り上げた。

 額の汗を拭ってから、素材が置いてある場所から土器を持って来て、中から大量の二十センチ程に切ってガーデンスコップの様に先端を丸く尖らせた薄い竹を取り出して、クロスした場所に差し込んでいく。

 ハリネズミの様になったそれを見てカナメはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「んー、目測になっちゃうけど、大体これくらいだったかな……?」

 

 と、束ねた竹を曲げながら木槌で差し込んだ竹を調整して楔として固定していき、歴史の教科書に載っていたような見覚えのある和弓の反った曲線を作っていく。

 片方には反対側にも楔を入れて微調整を繰り返し、出来上がったらしいそれを竹縄用の小割竹を干していた場所にひょいと乗せた。

 反対側にも楔を入れていた方が少しだけ曲線が深くなっており、恐らく此方側が上側になるんだろうな。

 

「膠が冷えてゲル状から固体になるのを待って、まぁ、大事を見て一日は安置かなぁ。数時間で外しても良いけど、それなりに使うから一日が安牌かな」

 

 だなんて飄々とした様子で言うカナメに俺はもう苦笑しか出来なかった。

 いや、ほんと、芸達者な奴だなお前は本当に……、頼り甲斐があるぜ、マジで。




なお、三枚内弓の芯材に孟宗竹を使うオリチャーで上手く飛ぶかは未知数なので、少年漫画っぽいご都合主義で何卒宜しく。
サンデー派を自称するカナメですが、ネットミームになっているようなジャンプ作品由来の物も知ってたりはします、原作を読んでないけどね、と言う感じで。
ぶっちゃけDr.STONEを知らない設定と言う導入で使ってるだけなのでね。
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