風呂に浸かった事で今までの疲れが噴出したのか、俺とカナメはそれはもうぐっすりと寝ていたようだった。
普段よりも何処か良い匂いのするカナメのドアップ越しに、昼前ぐらいの高さで浮かぶ太陽を見て寝過ごした事に気付く。
寝過ぎて若干頭がくらくらするが、川に向かって朝のルーチンを済ませる。
「ふぅ、目が覚めてきたな……」
手首を掴んで腕を伸ばしてゴキゴキと鳴らしてから、首裏の違和感を解消させるために首を回す。
首裏から近い所に石化の残りがあるようで、顔の罅と言い違和感があって気になる。
カナメも何処かに石化残りがあったりするんかね……。
住居に戻って来てカナメを見やるが、ぱっと見ではある様には見えなかった。
「……もしかして、石化から復活する時に表面だけ残ってるのは一番風化が進んでる場所だからか?」
昨日の湯舟に浮いた垢の惨状を思い出し、ふと石化残りと関連付けてそんな発想が浮かんだ。
……この仮説が正しければ、風化した部分は復活しないって事にならねぇか?
朝っぱら考える事では無いと思いつつも、何となく憶測としては良い線いっている気がしてしまう。
「……そう言う可能性がある、そう最悪を想定しておくんだったな」
カナメが口癖の様に言っていた、最悪を想定して動く方が万全に対処できる、のだと。
南の方角の空へと視線を向け、緑色の光が無いのを確認してから溜息を吐く。
いつかまた突如としてあの光が、石化現象が引き起こされたらカナメみてぇに防御態勢を取るのが正解だろうな。
最悪でも頭と胴が繋がってれば即死はしねぇ、そう思いたい。
「おはよー、顔洗ってくるー……」
「おう、いってら」
ふらりふらりと歩いて行くカナメを見送り、視界の端に見えた土器の中身を見て首を傾げる。
竹トングで中身を取り出して見れば、繊維状になった竹の成れの果てがそこにあった。
成程、大方これを使って麻弦の代わりに竹弦でも作って弓に使う予定なんだろう。
しかし、触った感じ麻系の草の繊維よりもしっかりとしていて使い勝手は良さそうだ。
三メートル強にも育つ麻が取れる時期でもないので竹を使うのは普通に有りだな……。
建築に使うならこの維管束で作った竹紐の方が耐久面で安心できそうだ。
「見つけちゃったかー、どうよそれ」
「竹の繊維だろ? 消石灰で煮たのか」
「そそ、竹の硬い部分を取り除いてじっくりコトコトね。途中で取り出して木槌で叩き潰すとそうなるよ」
「大量生産は難しそうか?」
「竹の硬い皮を剥ぐ工程を何とかすれば煮るだけだからなぁ。あー、でも、竹ひごサイズまで割ったら案外煮るだけでも良いかもね。その場合、取り除くのが面倒だけども」
「大石に擦り付けるんじゃ駄目なのか?」
「物による、かなぁ。直ぐに取れるのもあったけど、硬いのもあったから」
「一度蒸したら駄目なのか?」
「……その手があったか」
「おい、家庭科部」
露骨に視線を外したカナメに呆れつつ、自分で言っておいてなんだが蒸し器無ぇなと思い至る。
最終的に竹ひごの様に割ってから外皮を割りやすい孟宗竹を使う事になり、実験を重ねる方針で決まった。
竹紐の生産に入るのかと思えば、一輪手押し車と土器を持って海に歩いて行ったカナメを見送り、昨日作っていた物をこっそりと竹ベッドの下から取り出す。
ウッドアッシュセメントで作った鏃が固まっているのを確認し、罅割れなどのチェックをしてから土器に仕舞い込む。
練習用の大量生産可能な鏃として作ったが、カナメの事だから黒曜石で鋭利な石鏃を作るだろう、確実に。
狩猟に使う分には特段言わないが、あの時のアマゾネス顔を考えるに俺と敵対した奴に使う可能性が高い。
その可能性を減らすための苦肉の策だが、……見抜かれるよなぁ確実に。
カナメは俺を国王にも救世主にも神様にもするつもりは無いだろうし、これから作るであろう科学村の長にもするつもりは無いだろう。
自分でもよーく分かっている、集団を率いる器では無い、と。
科学部の様な娯楽の部長なら、原因究明の研究班長になら俺はなれるが、それ以上は性に合わないに違いない。
「……はぁ、百夜ならどうすんのかね」
父親の親友を名乗って俺を養子に引き取ってくれた親父なら、持ち前のリーダーシップとコミュニケーション能力で科学村の村長をノリノリでしていたに違いない。
百夜ならそうするだろう、とその背中を追う事が正しい事なのだろうか。
ならいっそ――、チェス盤をひっくり返せ。
カナメのそんな言葉を思い出す、雁字搦めになった思考を解きほぐす、煌びやかな黄金に立ち向かう考え方を。
……村長にならずとも、巨大な科学部の部長になれば良いのでは、と屁理屈染みた答えを出す。
人類の復活、これを基点とした科学組織のオブザーバーの立ち位置を確立すれば良い。
「骨子は幾らかできた、検証は後々すれば良いか」
正直あまり考えたくない未来の事を打ち切り、今の事に考えを切り替える。
優先事項はやはり本拠点の設立だろう。
毎日掻き混ぜている野苺果汁のアルコール発酵が済んでしまえば、石化復活液の研究を第一に据えたい。
欲を言えばラボも欲しいが、カナメのあの様子からして、水車、鍛冶場、風呂場の順に建築を始めるだろう。
……いや、風呂場が先かもな、縦割りした檜をタイルみてぇに貼り付けて妥協するかもしれねぇし。
そうなると本拠点、水車、風呂場、鍛冶場、ラボって具合か?
「……いや、カナメの事だ。井戸とか氷室とかも考えてるかもしれねぇ。そこらは体力チートの大樹にやらせれば、カナメの強運が噛み合わさって……頼むから温泉掘り当てるのだけはやめてくれ……」
井戸ではなく温泉が掘れちゃった、だなんて可能性が脳裏にチラついてしまった。
カナメ曰く、フラグが立つ、だったか。
ギャグ漫画じゃあるまいし、やめてくれよ頼むから。
で、だ。
本拠点作成に必要になるであろう道具を作ってしまうか。
高い所の作業をするのに脚立は要るな、竹シャベルも四角いのがあった方が良い、後は材料を運搬するための台車も欲しいか。
……脚立と台車を作るためにも頑丈な紐が要るな。
「竹紐の生産するか……」
カナメの言っていた事を基に孟宗竹と呼ばれる太く硬い竹を切り倒し、ある程度煮込む土器に入る大きさに切り揃える。
そして、延々と縦割りし続けて竹ひごの形に整える。
厚みの薄い真竹と違い、身の厚い孟宗竹は外皮を割って取り除くのが容易だった。
内皮だけ擦る様に削り、川の水と貝殻を焼成した消石灰を混ぜた土器で只管煮る。
煮ている間に新しい孟宗竹を割り続け、時折煮込んだ竹を取り出して木槌で叩き、竹を割り、煮込んで、叩いて、と繰り返す。
工場に勤務している心地になって来たが、自動ではなく手動なので段々と目が死んで心が無になり始める。
素材を作るために云々かんぬん言っていたカナメの言葉を心身で理解した瞬間だった。
「ただいまー、って大丈夫? まるで地下労働施設で薄給労働する人みたいな表情してるけど」
「あぁ、カナメか……。心を無にすれば楽になるかと思ったが……、んなこたぁ無かったわ」
「せ、千空ー!?」
がくりと力尽きた俺は震える両腕を投げ出して真横に倒れ伏す。
慌てたカナメが受け止めてくれたので事無きを得たが、作業に没頭するあまり休憩を忘れていた。
本日の戦果である孟宗竹の竹ひごの山を指差すと、その量にカナメも驚いた様子だった。
「これ、竹紐用に?」
「あぁ、流石に体重を掛ける脚立や拠点には頑丈な紐の方が良いだろうしな」
「……ねぇ、千空、まさかと思うけど……。縦割りする前に切り揃えたの? 長いのを縦に割ってから切った方が早いのに」
「……がはっ」
「千空ー?!」
カナメの何とも言えない表情から発せられた言葉に、精神的ダメージを受けて今度こそ俺は力尽きた。
設計図の製作ならまだしも、こんな原始的なクラフトで頭を使う事を忘れているだなんてどうかしていた。
訝しげに首を傾げたカナメの顔が近付き、額と額がくっつけられて自覚した。
カナメの額がとても冷たい、いや、俺の額が熱くなっているのだと。
「……もしかして風邪引いて頭パーになってた?」
「かもしれねぇ、喉や鼻に症状は無いんだが……」
「……あ。千空、作業中に水飲んだ?」
「……脱水症状か」
「はい、お水。たんとお飲み」
竹筒を渡されやや温い水を飲み干すと、少しだけ頭の靄が晴れた気がした。
しょうがないにゃあ、と水を汲みに行ったのを見送り、ふと気付いた。
あいつまさか自分が使ってた竹筒を渡したのか?
手に持っていた竹筒の淵を見やれば一部分だけ脂で色が変わっている所があり、後数ミリで触れていた可能性があった。
……間接キスになりかけた事を伝えるべきか。
そうなると自意識過剰と捉えられる可能性だってある。
いや、そんな考えをしていたら自分が使ってた竹筒を渡す事なんてしないだろう。
純粋に善意でやらかしたなあいつ……。
土器に水を汲んできたカナメは気付いていないようで、柄杓を掴んでニヤっと笑う普段通りの姿があった。
「追加で持って来たよー、お残しは許しまへんでー」
「三リッターはあるだろ、水中毒で殺す気か」
「コロスケは無いなりよ。一応塩分も取っとくと良いよ」
「あぁ……、って何入れた今」
「にがり」
「にがり」
「あと塩もね」
「もはや海水じゃねぇか」
竹筒をコップ代わりにして柄杓で水を入れてくれた後、密封した竹筒から液体を数滴入れられ、今日作って来たのだろう塩も追加でひとつまみ入れやがった。
にがりは多種多様なミネラルを含んでいるし、塩化ナトリウム、つまりは塩も含まれている。
つまりは追い塩である、飲んでみれば当然だがしょっぱい。
だが、俺の体はそれを欲していたとばかりに気にする事なく飲み干していた。
心地良い日照りと火の気により熱中症になりかけていたのだろう、数杯水を飲み干したら随分と体が楽になった。
「ほんと気をつけてよね千空。蛇とナマコと鹿ちんの出番が来るよ」
「……あぁ、肝に銘じとく」
鹿ちんのインパクトにノックアウトされつつ、現代の頃の感覚で動くもんじゃないな、と教訓を得た。
まったくもー、と唇を尖らせながらぷんすかと怒るカナメに謝りつつ、風呂の準備をしてから夕飯にありつく。
「干したカメノテとあさりの海藻スープに、蒲鉾擬きと焼きイワシだよー」
「あさり? よく見つけたな」
「あれ、知らないの千空。広末海岸ってあさり取れるんだよ。だからこんなにデカいのが取れたんだよ、ビバ海の幸」
「ほーん、……前に作ってくれたあさりの佃煮もそれか?」
「そうだよー、潮干狩りの半日券買ってね」
塩だけでの味付けであるが、あさりはコハク酸と言う旨味成分が多量なので海藻から滲み出た出汁と合わさり、良い味になっていた。
イワシは焼き焦げない様に微調整を繰り返して焼かれたようで、噛めばじゅわっと脂が染み出して塩味と相まって非常に美味い。
「うっま……」
「んふふ、おかわりもあるよ」
「助かる、いや、ほんと美味いな」
「台所を任されてる以上は、ね」
肉類の脂祭りから解き放たれた事もあり、さっぱりとした味付けに舌が感動している。
ふぅ……、カナメの料理はハズレが無いからおありがてぇ限りだぜ。
中学の頃から料理しに通い詰めた頃も、練習の必要性を感じない美味しさだったしな。
蒲鉾擬きと銘打ったものを箸で掴むともちっとした感触が返ってくる。
塩で味付けされている様で、小魚の身を磨り潰して蒸した物らしい。
「まぁ、千空のサビキ釣り竿で小さいのが多く取れちゃってねぇ。三枚に手で下ろして、磨り潰してから骨とあさりと干しカメノテを煮ている上で蒸してみたんだ」
「へぇ、だからそれっぽい風味があるのか」
「すんごいほんのりとだけどね、蒸し器と違ってなんちゃって蒸しだしさ」
「だから薄く平たくしてるんだろ? 食べやすくて良いサイズだ」
「ははは、笹かまって言えや良かったかなー」
カナメの思っている事が何となく分かるな。
そう――生姜醤油で食いてぇ、と。
醤油で食べたいあまりにカナメなんて塩水で蒲鉾擬きを食べているくらいだ。
俺も少しだけ気持ちが分かったので最後の一つを塩水で食べてみたが、やっぱちげぇなこれ。
「千空……、今度イワシで魚醤作るね」
「あぁ、長いプロジェクトになるな」
「ふふふ、一年くらい掛かるみたいだしねぇ。量が欲しいなら沢山仕込まないとだ」
ニヤリ、と笑みを浮かべたカナメの頼もしい事極まりない。
食事情も何とかしたいがやはりマンパワー、マンパワーが足りない……。
熱中症になりかけた事もあるし、今日はもう風呂入って寝るか。
※なお、温泉は掘り当てません。
※※無論、石油も掘り当てません。