んー、こりゃぁバレてそうだなぁー。
千空の事だ、漆と鉄の関係性なんて気付いてるだろうしねぇ。
弓胎弓に黒漆を使って戦国時代で完成された和弓を作ろうとしてるのも、鉄の鏃を作ろうとしてるのも。
千空に人の悪意の一端を教えた時から、色々と考えてたんだよ。
ある程度は対人戦を意識して扱える武装を作った方が良いって。
無い無い尽くしの今の世界で信じられるのは自分たちの正気だけだ。
その正気がどんな方向に捻じれるのかも、捻じ曲げられるのかも、全ては未知数だ。
何処かでオレたちと同じように自力で復活した誰かが居て、その人が善なる人である、だなんて楽観視はできない。
人は力に溺れる生き物であり、この自由で何もかもが自身の選択に委ねられる世界で、それは抗えない禁忌の果実だ。
けれども、力と言う物は所詮過程や道具であって、手に持ったナイフを野菜に向けるのか人に向けるのかは、その人の選択肢次第だ。
人は産まれた時から善であり、悪に落ちないように抗うのだと言う人が居た。
人は産まれながらにして悪であり、善になるために言動すべきと言う人が居た。
結局のところ、人は善悪の天秤なのだろう、環境によって積み上がった感情によって左右される。
……自然以外に何も無いこの今の環境で、どちらに傾くかだなんて個人の差異だ。
かつての現代で積み上げた感情が善であれ悪であれ、死にたくないと足掻く事は違いない。
だからこそ、後ろ手に銃を隠して、右手で握手を求めるべきだとオレは思うのだ。
結局のところ、どう足掻いても暴力と言う最終手段は身を守るために必要だからだ。
後ろに死なせたくない人たちが居るなら尚更に、安全のためのセーフティは握っておくべきだ。
そう考えると銃器の製造は何処かでしたいし、大量生産して武装したいところではある。
……だが、最大の障害が千空の良心なんだよなぁ~~っ、どうもならねぇなぁこれな。
「皆で仲良しこよしだなんて、出来やしない夢幻の戯言だ。それが出来てたら世界から争いなんて有りやしない」
人は所詮猿の、ホモサピエンスの進化系に過ぎないと言うのに。
どうしてこんなにも人は愚かになってしまったのか、それもこれも、力の便利さが万能に近いからだ。
最終的には人類絶滅の引き金にも成り得る核保有論で成り立っていた。
力には力で抑え込まないと人はきっと安心できない生き物なのだろう。
狩猟と言う弱肉強食と言う生物の理を経て生きてきた歴史がある故に、それが同じ動物である人にも適用されてしまうと言うだけなのだろう。
……まんがタイムきららとかで連載されてたりしてくんねぇかなこの世界の原作。
そしたら、科学を使った文明復興サバイバルみたいな感じで和やかに一生を過ごせるのになぁ。
少年漫画とかだったら割と笑えないぞ、どう考えても見栄えのために戦闘要素ぶち込まれてるだろうし。
ただ、その場合、主人公であると仮定してる千空の性格がネックだよなぁ。
バトル漫画に発展するとしても、千空の性格だと相手を殺すまではしないだろうし。
流石に大樹と杠の三人でラブコメする展開とかにはならんだろうしなぁ。
「いや、待てよ。原始的なヒロインがこれから登場する可能性は高いのか」
前に千空と話した時に、百夜さんが宇宙に居た事で石化から免れている可能性の話をした。
あの人の性格だから地球に戻ってくる可能性は非常に高い。
そうなると百夜さんたち宇宙船ソユーズのクルーメンバーを祖先とした人たちが生きているかもしれない。
……ただ、状況的に縄文時代のそれと類似してるから、二年に一回は子供を増やさないと絶滅案件な訳なんだが。
いや、ある程度出産の知識はあるだろうからもう少し余裕を見てもいいかもしれない。
かつての三十台が寿命だった頃と違って、八十年は生きられる人たちが祖になる訳だからな。
いやまぁ、鹿や猪が闊歩していると言う事は地上リセット級の大災害は無かったのだろうし、もしも存続しているなら今も代を重ねている事だろう。
可能性があるとすれば、沿岸部だろうな。
宇宙船の着陸って確かパラシュートと噴射剤で減速するんだったよな、そうなるとアメリカ辺りか?
……ワンチャン、百夜さんが中心のグループになってたら日本近海も普通に有り得るか。
食事中に食材の気持ちを代弁するアレをやってなきゃいいけど……。
「んー、まぁ、いいか。三千七百年って事は三十七代は過ぎてるだろうし、祖先って感じだしね」
少し早めの昼食を食べてから、千空お手製の脚立を肩に掛けて石斧改などを持って本拠点へ。
一時間弱掛けて辿り着いた先に四本の大木が倒れているのが見えた。
……これからアレなんとかしなきゃならんのよなぁ。
大木の伐採で切り倒した後は、細枝、太枝に分けて分別し、細枝はそのままウッドアッシュの原料にすべく火にくべて、太枝は細かい枝を切り落として一ヵ所に纏めておく。
その時に大きさで分けておくと後で使いやすいので横着はしてはいけない、戒め。
切り倒した杉の木は大体五メートル程の長さだったので二メートルと三メートルの物を二本ずつに切り揃える。
……と言っても、この太さなのでビーバーよろしく転がして360°から石斧改を叩き込んで円錐気味に切っていく。
中々の重さで三メートルの方は転がすのもやっとなくらいだった事もあり、非常に草臥れた。
くるくるくるりん宜しく両端を転がして木々の間を何とか進めていき、ウッドアッシュを焼いている入口近くまで運んで、円錐の方を揃えて横に並べていく。
ふぅ……、体感で三時頃だろうか、大分時間食ったなぁと思いながら、竹シャベルで円錐側の近くで土を掘って枝を敷き詰めて焚火の用意をする。
地面に埋める部分になる円錐近くをこの焚火穴の上で転がして炙って焦がすのだ。
本当なら全体を燻煙乾燥させたいがそれをできる場所がまだ無いので、地面に刺して水気に触れる部分だけはしておきたい。
焚火穴に着火し、その上を通過させるようにゴロゴロと柱を転がしていく。
表面がやや黒く焦げるまで三十センチくらいの範囲を炙っていく。
四本焼き終えたら一息吐くために小休憩を取り、白湯を飲んで水分補給をしておく。
「ふへぇ、若く無かったら筋肉痛で沈んでるところだよこの作業量……」
今生の身体は丈夫に産んで貰えた様で運動系の部活で助っ人をするくらいに身体能力が優れていた。
まぁ、専門に特化した人たちには流石に勝てなかったが、その後ろを追うくらいには動けたので中々のものだろう。
炙り終えた柱の内、二メートルの方を川原側である暖炉コンロのある方に運び込んで立たせて、上に登って大きな木槌の方で叩き込む。
ウッドアッシュを水で溶いて、上澄みを捨ててから丸めた物を野焼きしてウッドアッシュセメントを作り、柱の周りの埋め戻しをする時に砂と混ぜて上から水を掛ける。
セメントと砂と少量の水だけのボロボロ崩れる状態の物をバサだなんて呼んで、インターロッキングの下地だったりタイルの下地だったりに使ったりするのだが、このように狭い場所に使う時にも使ったりする。
本来のポルトランドセメントの物よりもこのウッドアッシュセメントは粘り気が無いので砂っぽさが強い。
そのため、水を混ぜてから使うとなると隙間に入れるのも一苦労になるので、後で水を掛けて固めた方が楽な訳だ。
「三メートルの方……いけるか?」
二メートルの柱でも大分ギリギリだった事もあり、三メートルの方は正直きついかもしれない。
試しにリビングの中へ引き摺ろうとしたが数センチずつしか進まなかった。
……よし、先人の知恵を借りますかね。
先程太い枝に取り分けたもので同じような大きさの物を集めて、十センチ程に切り揃えて真っ直ぐな物だけを選別する。
そして、三メートルの柱の下に等間隔でその短い枝を並べて、柱を上に転がして乗せて押してやれば入口の方へ転がっていく柱。
そう、ピラミッド作りなどで用いられたローラーめいた運送方法で重たい物も楽々移送と言う訳だ。
「……問題は運び込んだこれを穴に立てられるかって話だけどな」
てこの力で片方に棒を入れて隙間を作ってから、息を吸ってから止めた状態で気合で持ち上げる。
瞬間的な爆発力を以ってして持ち上がったそれを壁に立掛ければ、上に登って杭を打ち、竹紐で柱が倒れない様に縛ってから下に戻って相撲取り宜しく抱き着く様に持ち上げて穴に入れ込む。
……これを後一回やらないといけないのかぁ、きっちぃ。
ただまぁ泣き言を言っていても仕方が無い、非力な千空にヘルプを頼んでも多分あんまり変わらないのがオチだからなぁ。
同じやり方で休憩しながらもう一本の柱を立てたら、先程と同じように叩き込んでウッドアッシュセメントで下を埋め戻す。
入口を高くして川原側の方を低くしたのは雨対策で、屋根から斜めに受け流す先が入口ではなく川原の方に流したかったからだ。
柱の周りをぐるっと回る様に、土壁と柱の間を掘って砂利を入れて踏み固めて、砂とウッドアッシュセメントを混ぜたバサを上から五センチほど盛って水を掛けて固めておく。
これをする事で横から水が滲んでこないように堰き止められるし、上に乗せる物が安定する。
この上に中木の丸太を乗せて行けば木壁兼土留めになるのだが、入口から見て左右に部屋を作りたいので丸太ではなく平たく割った中くらいの石を粘土で積み上げていく石壁を採用する。
枝で土壁に入口を削り描いてから、ふと空が夕暮れに近付いているのに気づいて慌てて撤収作業を行なう。
「危ない危ない、昨日と同じことをするところだった」
幸いな事に夕暮れが暮れる前に仮拠点に戻って来れたのだが、千空はまだ帰ってきていないようだった。
あっちの方もそこそこ距離あるしね、色々準備してたら戻ってくるだろう。
風呂場の方へ向かい、竹の先を割ってから解した竹箒擬きで中を掃除してから川の水を入れて焼き石を準備する。
弓キリ式での着火も慣れてきた事もありスムーズにできるようになったなぁ。
夕飯は何を作ろうかなぁ、と考えながら風呂に焼き石を突き落としていく。
そろそろ賞味期限が怪しそうなソーセージは掃討しなきゃなぁ。
燻製のアジも毎日消費しないと美味しく食べきれないだろうし、もう少し凝ったものを作りたいんだけどな。
んー、……古い骨はもう駄目そうだなぁ、今度海水で煮て加工用に残しておくべきかな。
いや、こんだけ煮込んでたら流石に脆いか、穴を掘って古い骨たちを埋めていく。
新しい骨の方は、ん、まだ使えそうだな、今日はこっちで出汁を取るか。
一応出汁を取ったか否かで土器を分けてるけど、基本的に出汁を取ったら使い回しはしなくても良いかもなぁ。
あ、でもアレだな、骨ってカルシウムが多いって印象だけど骨髄がちゃんと詰まってるから成分的には肉とあんまり変わらないって話があったな、マローリマルジョンだっけか。
そしたら、出汁を取った骨は砕いてペーストにして撒き餌とかにした方が良いかな。
猪骨で出汁を取ってから少しだけ残っていたアサリを使い切って適当に摘んだふきやノビルを刻んで入れる。
「本当は柑橘類でビタミンCとか取りたいんだけどなぁ、見つからないんだよな、欲しいんだが」
昔の船乗りたちの死の恐怖として恐れられた壊血病はビタミンC不足で引き起こされる大分えぐい病気だ。
真水と違って腐らないラム酒を水替わりにしていた船乗りはこれを壊血病の特効薬だと勘違いしていたらしいが、正解はラム酒を飲むときに入れていたライム果汁であり、一味足すグルメな奴だけが生き延びられた訳だ。
縄文時代みてぇな生活をしている今の状況で、遠くから聞こえてくる死神の足音がまさに壊血病と言えるだろう。
これは栄養不足からなる典型的な病気なので、そうならない様に工夫を凝らしているが肝心の対策となる柑橘類が見つからないと言うね。
なので生の野菜にも微量に含まれているので、野草を絶やさず食事に取り入れている訳だ。
肉、魚、終わり、となると見栄えも最悪だし、野草は割と生命線でもある。
だからこそ、農耕が出来る様になれば一息吐ける、本拠点作りに力が入ると言う物だ。
野草のソーセージ入りスープが完成した頃に、ふらふらの千空が返って来て疲れ切った顔で笑みを作った。
「な、成し遂げたぞカナメ。例の両替機を発掘できた。めっちゃくちゃ十円玉と百円玉が取れたぞ」
「おぉ、一歩前進だね。そっかぁ、縄文時代から弥生時代にレベルアップだ」
「そうだな、そのためにも炉を作らなきゃならねぇ」
「その炉を作るために先に水車を作らなきゃね」
「……水車を作るために、また、竹紐を作らなきゃならねぇのか」
「素材マラソンは開発の基本だぞ千空、ハムるしか無いんだ、滑車を駆けるハムスターの如く……っ!!」
手洗いを済ませた千空がぐったりと竹椅子に座り込み、魂が抜けた様な表情で呆けていた。
オレたちの戦いはまだ終わらない、千空先生の次回作にご期待くださいってな。
実際、日常的に稼働するであろう水車に使う紐は耐久性が無いといけないので、耐水性に優れる竹紐を使うのは当然の選択肢だ。
そういや、そろそろ竹縄の方も丁度良い頃だろうか、存在を忘れて日数があやふやだけど、まぁ、大丈夫だろ。
「いただきます。……はぁー、疲れた身体に優しい味だな」
「そうだねぇ、肉オンリーだった頃と違って大分健康的な食事だよね」
「ほんっとお前が居てくれて良かったわ。俺一人だったらキノコで乗り切ってただろうからな」
「キノコかー。干したキノコなら保存食にぴったりだからあるだけあると良いね」
「シイタケなら場所を作って栽培するのもありだな、肉厚で栄養価もしっかりしてる」
「キノコの栽培って大分時間掛かるんじゃなかったけ?」
「あぁ、だからキノコが生えた木を回収してぇもんだな」
「キノコ栽培部屋も作らないといけない訳か……、結構大規模になりそうだねこのままだと」
「楽に食材が手に入るに越した事はねぇだろ、農耕は文明復興の強靭な土台になるからな」
「だねぇ、上手くいけばの話だけども」
狸の皮算用にならなきゃ良いけども。
まぁ千空だし、いつか室内栽培を出来る様にしてくれるでしょ、多分ね。
実際、最低限の衣食住を維持できている事もあって幸先は良いと思えるのは確かだ。
青銅器が出来ればより複雑な工作も出来る様になるし、効率も上がって作れる物も増えていく。
……流石にそろそろ木材の断面を綺麗にできる道具が欲しい、ノミっぽい石で誤魔化すのも嫌なんだよね。
そしたら明日は川原で蝋石を探してみるかー、いや、と言うか行き来する時に探しながら行けば良かったのか。
竹縄を作って新しい草履を作ってからにしようかな、そろそろこれも草臥れてきたし。