石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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 千空と黙々と野苺を摘まんでいるのだが、対応がスパダリ過ぎて赤くなった顔を隠すために俯いていた。

 そうなんだよなぁ、千空って本当に人誑しの才能があるからなぁ。

 口が悪い時もあるけど基本的に気遣いの人だし、責任を押し付けて来ない理想の先輩系でもある。

 科学に魂を売っている辺りが賛否両論かもしれないが、何かに夢中になれないよりかは健全だろう。

 しっかし、炭水化物、糖質かぁ……。

 確かに復活してから甘い物って酸っぱさの勝るこの野苺くらいしか口にしてないし、これまで口にして来た物で炭水化物が含まれてる食材って千空が持って来たキノコくらいだもんなぁ。

 キノコは素人判断は難しいのであえてスルーしていた事もあり、開拓に力を入れていた事も相まって摂取する機会は確かに少なかった。

 糖質は脳の栄養と言うべきブドウ糖の素になる栄養なので、開拓で物作りなんかで頭をフル回転しているオレと千空には必須と言える代物だ。

 不足すると筋肉や肝臓に貯められたグリコーゲンが枯渇して疲労が抜けなくなったり、脳へのエネルギーが減るから思考能力の低下や睡眠不足に繋がって不調からストレスを発生させたり、肝臓でタンパク質が糖質変換された時に出るアンモニアを尿素に変換したりして肝臓への負担が増えたりもする。

 脳や肝臓への負担はこの状況では死活問題に繋がる事もあり、千空の野外探索の申し出は肯定すべき案件と言えた。

 

「本拠点で農耕をするとしたら柵はあった方が良いよね」

「そうだな。少なくとも鹿や猪が居る事は分かってるからな。電流柵は作れねぇが、入れない様に工夫はしておいた方が良いだろうな」

「だね、木材でスパイクをクラフトして設置しておくね」

「……その言い方はなんかゲームみてぇだな」

「まぁ、あながち間違っちゃいないからね。木材でバリケードを作って、先端を全部尖らしておくんだよ」

「此処ゾンビゲーの世界じゃねぇからな? 流石に野生の猪が突進してくるとは思えねぇが」

「備えあれば嬉しいなって言うじゃん。突撃防止策としては上等だと思うよオレは。引き起こされなかった事への対処に掛かるコストはコラテラルダメージみたいなもんだからさ。何もせずに突破されるよりかはマシでしょ」

「それはそうだが。野鳥対策はどうすんだ?」

「落とし穴が定番かなぁ。穴を掘って上に回転する蓋を用意する罠を設置するんだよ。んで、蓋の真ん中に膠か何かで固めた穀物を用意しとくと、それを食べようとして真ん中に歩いて行ったのがそのまま下にボッシュートされるんだ」

「随分とシュールな光景だなおい」

 

 ショート動画で見かけた地味に見応えのあるシュールな罠である。

 しかし、餌を食べようとのこのこと歩いて近付いて、穴に落ちていく光景は罠として非常に優秀と言える。

 まぁ、色々と生息しているであろうこの森で仕掛けたら他のが落ちてても不思議じゃないけどな。

 久しぶりに糖分を過多に摂取したからか、少し頭がくらりと痛む。

 夕飯はシンプルに猪肉と野草のスープだけで済ませて、風呂に入る事にした。

 湯船のお湯を少し熱めにして、衣服を脱いで夜空を見上げる。

 ――いつか落ちてくるかも知れない空を。

 

「……結局、この世界はなんなんだろうな」

 

 そもそもの話、転生したのだと思い込んでいるだけの異常者で、そう言う類の名前の無い精神疾患を患っているだけなのかも知れない。

 夜空の星に向けてほっそりとした右手を伸ばすと、遠くで星が瞬いた気がした。

 何か特別と言えるチートも無いし、神様に命じられた訳でも、死ぬ時に予兆があった訳でも、何かしらの使命を帯びた訳でも、何かを託された訳でも無い。

 本当にただの一般人だったんだ、何故オレが此処に居るんだ、何故オレを此処に産まれ直させた。

 そんな事を頼んだ覚えも願った覚えも無いんだぞ。

 

「……はぁ」

 

 今ならあの石化現象が非現実的な物で、あれこそがこの世界を異世界なのだと知らしめる福音の訳なんだけども。

 何なんだよ人類総石化現象って、んな内容のアニメや漫画に小説なんて知らないぞ。

 科学チートの主人公が原始世界で一から文明復興を果たす話なのだろうとは、推定主人公の千空の言動から推測する事は出来た。

 恐らく、話の展開からして親友である大樹と杠を復活させてから話が一気に進み出すんだろうな。

 オレが作者なら最初の起点を其処に置く、仲間が増えてやれる事が増えるのが王道だからだ。

 

「……やっぱり此処、ジャンプ系なんじゃねぇの。ボーボボくらいしか知らねぇんだがなぁ」

 

 せめて、タイトルに関係しそうな台詞があればなぁ。

 だが、タイトル回収は大概最後の方だったりするからなぁ。

 多分であるが、新社会人として荒波に揉まれていた頃に連載とか放送してたんだろうなぁ。

 サブカル離れしてたのその頃からだし……。

 

「ただまぁ……、安心はしたよな」

 

 あの石化現象のお陰でこの世界が、前世における現代社会と違う世界なのだと確証を得られた。

 あの出来事が起きた事で、命の恐怖を感じるタイトルを軒並みペケマーク付けれたんだからな。

 いや、ほんと、BETAとかフォーリナーとかクトゥルフ神話とかが跳梁跋扈する魑魅魍魎めいた世界じゃなくて良かった。

 生活に余裕が出て来たからか、はたまた足りなかった糖分を補充したからか、幾らか心が楽だ。

 いやはや、主食になる物が全く得られなかったから炭水化物だなんて普段気にしない物を見落とすなんてなぁ。

 ……そういや、千空前にキノコで凌いでるとこだった的な事言ってたよな。

 つまり、オレが居ない原作の千空はそうした、と言う事に他ならない。

 一応ぶなしめじとかなら炭水化物あるもんなぁ、微量だけども。

 キノコ中心の食生活をしてたら炭水化物で困る事は多分してなかったんだろうな。

 

「……はぁ。オレが居る事でバタフライエフェクトがー、だなんて今更な事は嘆かないけどさぁ」

 

 取り敢えず千空の言動は行動指針の推測に使える事は分かった。

 ……かつては自分だけが生き延びられたら良いだなんて思ってたけども、死なせたくないよなぁ。

 オレたちの様に自力復活者が居る事は普通に有り得るし、何ならオレらよりも恵まれた環境で先に復活してる可能性もあるし、逆に運が悪くて誰も復活してないだなんて事もあるだろう。

 ――いつかあの空が落ちてくると十六年も恐怖していたのが原因だろうか。

 転生ジャンルには神様転生だなんて物があり、間違って殺しちゃっためんごめんご異世界に転生させるね、と言う非常に軽いノリの導入でチートをお土産に持たせてくれるらしい。

 そして、そう言った因果の無い転生の導入だってあるのだが、ふと思ってしまうのだ。

 オレを転生させたのが面白半分の邪神めいた神だったら説明もチートも無しに異世界に送る可能性もあると言う事を。

 実際、そう言う類の娯楽の設定はあった、無い物はいつか有るのが空想小説の醍醐味だからだ。

 輪廻転生の失敗で生じた転生だったならオレが十六年を杞憂に生きた自業自得でチャンチャンだ。

 だが、仮に神様転生、いや、邪神転生だった場合、オレはきっとこの胸の奥で逆巻く憎悪の感情をその邪神にぶつけたい気持ちで一生を過ごす事になるだろう。

 いつか死ぬかもしれない突発的な事象に巻き込まれる可能性が、何かの原作と言うファクターで引き起こされるなら尚更に。

 交通事故だとか病気だとか、有り触れている現実的な理由なら納得できる。

 しかし、宇宙から飛来する工業侵略兵器だったり、地球を手にしようとする異星人の侵略だったり、それこそ無貌に嘲笑う邪神の引き起こす神話めいた悍ましき物語だったり、非現実が現実となったなら……。

 ただの一般人で、何の力の無いオレはきっと発狂する事だろう、そんな理不尽な死に方をしたくないからだ。

 だからこそ、オレは死にたくない一心でこの十六年を駆けてきた。

 非現実的な転生だなんて現象に既に立ち会っているのだ、それ以外があっても何も不思議じゃないから。

 あるかも分からないスタートラインに走って、走り続けて、あの緑色のスタートテープを切ったのだ。

 ……まさか三千七百年後の原始世界で科学無双物が原作だとは思わなかったけども。

 生き残るためにはやはりサバイバル技術だ、と色々と色濃い猟友会メンバーから培った学びは今に生きている。

 いつか余裕が出来たら復活させてやりたいなぁ、即戦力だもんあの人たち。

 

「ふぁぁ、なんか疲れたな……」

 

 これまでの事を振り返る様にして肩の荷が一つ減った心地だった事もあり、良い機会なので衣服を洗って出る事にした。

 掃除をして引き継ぎの準備をし終えたオレは暖炉に薪を焼べてから竹のベッドに横になって目を閉じた。

 翌日、起きた時の爽快感は過去一番のそれだった。

 心なしか身体の疲労もしっかりと抜けている気がした。

 隣で眠る千空の額に手を当てて、健常である事を把握してから住居を出る。

 これからはより一層健康に気を付けないと駄目だ。

 いつも朝は川の水をそのまま使っていたが、水瓶に煮沸してから移すべきだな。

 手頃な土器に水を掬って火に掛けて煮沸し、別の土器に入れては戻してを繰り返して熱を冷まし、温いそれで顔を洗った。

 

「あ゛ー、炭水化物もとい糖質不足は死活問題だな。頭の回りが段違いだ、稼働率に百億%くらい差異あるわ」

「いや、そこまである? おはよう千空」

「おぅ、おはよう。顔洗って……、ってこの手は何だ?」

「ちょっとした意識改革をしてね。今後川の水をそのまま使うの禁止にしようかなって。煮沸したのを用意したからこっちを使って」

「あ゛ぁ、成る程な。リスクは減らすべきだな、了解したよカナメせんせ」

 

 千空はケケケと意地悪な笑みを浮かべてから顔を洗い始めた。

 小さく溜息を吐いてから朝食の準備をし始める。

 千空は科学バカであり努力の人だったから、何かを教える事はあっても、教えられる事は少なかったんだろう。

 ……まぁ、近くに大樹が居たからな、必然的に先生みたいな事してたんだろうな。

 だから、畑違いのオレが何かしら教えると、此方をやや小馬鹿にした親しみある口調で、先生だなんて揶揄うのだ。

 まるで、お前に教えられるとはなぁ、と言う副音声が聞こえてくる小生意気な表情で。

 

「朝食は干しカメノテと燻製肉の野草スープだよ」

「干した野苺も足しとかねぇとな」

「そうだねぇ。一回食料を見直した方が良いかもね。復活してから、えぇーと」

「十八日だ。俺らが復活した日を四月一日と仮定するなら四月十八日になる」

「おぉ、割と日が経ってたね。カレンダーは……、千空が居るから良いか」

「……はっ、そうだな、気にしなくて良いぞ」

 

 何かを噛み締める様にニヤリと笑みを浮かべた千空だったが、何か笑える部分あったんだろうか。

 百夜さんも中々ユニークな人だったからなぁ、そっちの感性か何かかな。

 朝食を終えて片付けたオレらは二手に分かれて行動を始めた。

 千空は山に炭水化物狩りに、オレは本拠点に畑と柵作りだ。

 本拠点に向かうまでに、昨日見落としたかも知れない蝋石を探しつつ、幾つか拾って辿り着く。

 竹縄の草履は大分履きやすく、雑草の草履よりかは使い易い。

 いやまぁ、ささくれの処理が甘いとか足の甲が無防備だとか色々問題点はあるけどもね。

 本拠点の何処に畑を作るか、と思案するに増水を加味して河原からは離しておくのが安牌だな。

 そうなると拠点の入り口から見て左側、この辺りに畑を作るか。

 邪魔になりそうな大木が生えていたので伐採し、切り株の中央を石斧改で雑に穴を開けて火を付ける。

 後は適当な枝を上に組んでミニキャンプファイアーして放置だ。

 生木だから燃えにくいだろうが、後で動かしやすいくらいに軽くなってくれれば問題無い。

 ぶっ耕しゾーンは取り敢えず五メートル四方くらいにして、松の比較的真っ直ぐなのを樹皮を剥いた丸太を境界線とばかりに四隅に打ち込む。

 

「さて、杭を作るかー」

 

 松の枝で真っ直ぐな物を切り落とし、ずらっと集めて樹皮を只管剥いていく。

 長さでペアを作りながら仕分けてから、最初の境界杭の根本に向けて斜めに片方を打ち込み、もう片方は石ノミでペアになる丸太の太さ分の溝を掘る。

 クロスする様に溝を掘った杭を打ち、溝に嵌め込んでから其処だけ縛る。

 こうすれば紐の節約になるし、耐久性も高くなる。

 これを繰り返していって、畑予定地の周りに柵を作っていく。

 住居の入り口から入りやすい様に一部だけ開けておけば良いかな。

 このままだと猪くらいのサイズは柵の穴から入れてしまうので、此処に斜めに杭を打ち先端を尖らせる。

 かつての槍の使い方はただ投げるだけではなく、石突の部分を地面に突き刺し、待ち伏せて突進する獣を迎え撃ったと言う。

 これに倣い、柵を壊そうと突進する獣への威嚇と穴埋めにスパイクを利用する。

 

「……なんか物々しくなったなぁ」

 

 畑の真ん中辺りで燃え盛る切り株に、ぐるりと周る柵から突き出されている迎撃スパイク。

 邪教の儀式台かナニカかな、って感じである。

 取り敢えず、昼食食べて耕すかなぁ……。

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