石の上にも三千七百年   作:不落八十八

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 にへへと笑みを浮かべているカナメを眺めつつ、飯テロ紛いの事をされて鶏が食いてぇ気分のまま溜息を吐く。

 百夜も連れて河川敷で焼き鳥を七輪でした時の、備長炭で焼いた美味さが今でも思い出せる。

 フライパンで焼くのと違い、明らかに柔らかくジューシーに仕上がった地鶏の味は美味かった。

 塩漬けにした卵黄を乗せた新種の卵掛けご飯を食した時もそうだが、こいつ地味に鶏派なんだよな。

 

「養鶏場を作るとなると、準備が大変だねぇ」

「そうだな。次亜塩素酸作るには電気は必須だし、UVLEDは追々だろうしな」

「米も無ければ醤油も無いからねぇ。夏に入る頃には枝豆見つけておきたいなぁ」

「だな……」

 

 カナメの展望に頷きつつ、ざっと計算するが最短でも二年は掛かるな……。

 やはり発酵食品は年数が掛かるのがネックだな。

 しかも醤油なんて毎日使うだろうから大量生産が必須になる。

 ……農耕機は必須だろうな、手作業は死ねる。

 そうなると、広大な農耕地を何処かに作る事になるので、チェーンソーとかも作らないとだな……。

 いそいそと竹ベッドにカナメが寝転んだのを機に俺も寝ておく事にした。

 

「……ん?」

 

 翌日、雨でも降ったのかじめっとしている空気を感じながら起床するとやや遠くから甲高い衝突音が聞こえていた。

 水瓶から掬った水で顔を洗って口を濯いでから音の方へと歩いて行く。

 すると、あの三枚打弓と言うでけぇ手製の和弓を試射するカナメの姿があった。

 川に突き刺した竹の先端に木材の端材を挟んだ的に向かって射っている様だった。

 以前、和弓をある程度使えるのだと言及していたが――。

 

「――当たらば当たれ」

 

 それはカナメの脅威的な勘によって織り成されているのだと、ぞわりと背筋が粟立つ感覚により理解させられる。

 何せその言葉は、闇麻雀でヤクザ共の危険牌を擦り抜けて突き刺さった立直に呟いた言葉に他ならない。

 どうしてその牌を切れるのかと問われた時にあいつは言った、勘だよ、と。

 これを切れと勘が言った、だからそれを切っただけだ、だなんて非現実的な事を宣ったんだったな。

 麻雀に関連した後付けの物言いと違い、あれだけはマジな口癖っぽいのは把握していた。

 素人な俺ですら、三十メートルを優に越えている距離を経て、真ん中に書いた直径五センチの黒円を貫く光景が普通では無いと分かる。

 一射、二射、三射、と矢次に放たれた速射も明らかに普通のそれではない。

 斜めに傾けて変なステップを踏み始め……、ってモンスターをハントするゲームの射方じゃねぇかアレ。

 だと言うのに尋常じゃない雰囲気を醸し出しながら放たれる曲芸染みた射撃から目が離せなかった。

 

「あっ、やば」

 

 甲高い音を立てて刺さった勢いによって的が外れたのを機に、凛とした雰囲気を霧散させて慌てて下流に流れるそれを追いかけたカナメを見送った。

 

「……あいつ、あの弓が未完成って言ってたよな」

 

 嘘だろ、アレで未完成……?

 割った竹にしっかり挟まった木材を吹っ飛ばす威力に、正確無比に狙った場所を射抜く技量。

 正しくそれは狩猟の申し子と呼ぶべき才能であり、サバイバル技術や料理がその一端に過ぎなかった事を感じさせた。

 ……待て、んな技量何処で身に付けてきやがったんだこいつ。

 弓道部に所属していただなんて話は聞いた事はねぇし、考えられるのは例の猟友会、か。

 和弓を作った事はあるとは言ってたし、ある程度使えるとも言っていたので確定だろう。

 こいつ、猟友会の爺さん共に混じって私有地の山で何かしらやらかしてんだろ……。

 

 

「今度やる時は上流に的置こうっと。……あ、おはよう千空」

「おぅ、おはよう。完成してたんだなそれ」

「完成自体はしてたんだけどね。苛々してる時に触らない方が良いなって思ってたから。鳥の羽も河原で拾って集めてたし、試射してたのは何と無くだね」

「ふぅん、てっきり昨日の鬱憤を晴らすためかと思ったが」

「ギクリ、……まぁ、千空には分かるかぁ。前に、猟友会のじっちゃんのとこで使ってた時は狩りの手伝いだったからさ。獲物じゃなくて的を射ってたのは戒めみたいなもんだね。命の遣り取りにそう言う不粋な感情は無い方が良いしさ」

 

 自らギクリと口にして軽い雰囲気を演出しておきながらも、後に出た言葉は真摯なものだった。

 その割には最後の方遊んでなかっただろうか、気の緩みが早いなぁおい。

 ……と言うか、弓の狩猟って違法じゃなかったか?

 問い詰めてみれば明後日の方向にわざとらしい下手くそな口笛を吹いた。

 

「三千七百年経ってるから時効だねっ!」

「おいこら、お前、流石にそれはアウトだろうが」

「半矢になるからって日本じゃ禁止されてるけど、海外じゃ合法だしぃ……。じっちゃんの持ち山だから密猟者以外は入って来ないから……ね?」

「可愛く言っても絆されねぇぞ馬鹿がよ。道理で達者な腕前してると思ったわ」

「千空さぁん……、バレなきゃ犯罪じゃないんですよぉ……。あうっ」

 

 恐らく何処ぞのネタで誤魔化そうとしたカナメの頭にチョップをくれてやる。

 私有地で車乗り回しても交通法に引っ掛からないみたいなノリでなぁーにとんでもない事してやがるこいつは。

 あぁ、うん、道理で鹿の捌き方やら鞣し方を熟知してると思ったわ。

 こいつそのじっちゃんとやらの山で狩った鹿を捌いて食ってやがったな……。

 

「じっちゃんずが仕留め損ねた奴を仕留めてただけだから、言うなれば猟犬の立ち位置。一度も逃がした事無いから半矢率零だし」

「本当かよ」

「本当だよ、こればっかりはじっちゃんずに聞いて貰ってもいいよ。もし嘘だったら木の下に埋めて貰っても構わないよ!」

「何処に居るんだよじっちゃんず」

「んー……、オレは親友メンコ持ってないからなぁ、普通に各家に居たんじゃないかな時間帯的に」

 

 そのじっちゃんずとやらを復活させた後に木の下に埋められてそうだなこいつ、と思いつつ呆れ顔で溜息を吐く。

 一応尻拭いができる奴が近くに居たならまぁいいか、ちゃんと自覚はあって気を付けては居た様だしな。

 ……それに実戦形式で身に付けたカナメの狩猟技術に助けられたのは事実なので、恩恵を受けてしまった事もあってそれ以上は言えなかった。

 カナメが猟友会のじっちゃんずとやらに教えて貰っていなければ、肉を味わえていなかった可能性だってあるし、葉っぱの衣服から卒業も出来ていなかったかもしれない。

 それに、狩猟免許を持っていない今の俺たちは既に鹿やら猪を竹の罠で捕まえて仕留めているしな。

 過去のカナメのやらかしをこれ以上突いても仕方が無い、と言うよりも言う資格はねぇな……。

 

「……はぁ、あんま吹聴すんなよ」

「あはは、当たり前じゃん。共犯者の千空だから言えたんだよ」

「今何て言った?」

「んふふ……、鹿肉のソテー、百夜さんと一緒に美味しいって言ってたじゃん」

「…………そう言う事かよ」

 

 確かに夕飯に鹿肉が振舞われた事があったな、珍しい肉だなとしか思っていなかったが、まさかの事実である。

 こいつ俺に自分で仕留めた鹿を食わせやがったな、証拠隠滅の共犯者にするために。

 既に恩恵を受けていた俺にはとっくの昔にとやかく言う資格は無かったと言う事か……。

 そういや変な穴開いてたな……、アレは鏃を抜いた痕だったのかよ。

 

「懐かしいなぁ、あの時は千空に一番のところを特別にあげたんだけど気付いてたかな?」

「穴開いてたやつだろ? 自分が仕留めましたってドヤりたかったけど俺に気付かれなかったから消沈してたろ」

「……え、気付いてたの?」

「穴はな。仕留めた証だったのは今知った」

「ふ、ふーん……」

「照れてるのは良いがよ、お前自白してっからな」

 

 小首を傾げたカナメだったが、自分が弓で仕留めましたと言うカミングアウトに気付いてムンクの叫び声宜しく顔を歪めた。

 木の下に埋まる事が確定したカナメは、がっくりと肩を落として朝食を作りに向かった。

 それを見送って溜息を吐いて、今日の予定を考える。

 食糧についてはある程度目処がついた事もあり基盤は盤石になった。

 次のタスクは炉を作るために必要な木炭を作るための炭炉を作るか。

 青銅を作るならただの薪でもやれない事は無いが、十円玉の錆び取りのために木酢液が欲しい。

 炭は調理にも使えるし、次の鉄を作る時に必須になる。

 予め作っておいても無駄にならないし、専用の炭炉を作っておけば生産が容易になる。

 

「お待たせー、大根のとろとろスープに燻製肉でーす」

「ほー、煮込んだらこうなるのか、面白いな」

「いんや? 普通にサラサラだったからじゃがいも半分すり潰して片栗粉代わりにしただけだよ」

「……どーりで甘ぇ訳だ」

 

 四分割された大根が煮崩れていたが、スープ自体にとろみを付けるには流石に足りないか。

 ポタージュと呼ぶにはサラサラで、スープと呼ぶにはとろみが付いていて、中々個性的だな。

 

「ご馳走様」

「お粗末さまー。畑弄ってから本拠点進めてくるよ」

「そーか。んじゃ隣で炭炉作ってるわ」

「おぉー、炭かぁー。そのうち竹炭も作ろうね」

「何に使うんだ?」

「お風呂と食事にだね。竹炭と竹酢液のお風呂入ってみたいなーって」

「ほーん、美容に気ぃ使ってんのか」

「美容? んや、健康に良いって聞いた事あったからさ」

 

 そうだったわ、こいつ美容に欠片も興味ねぇ奴だった。

 最低でもナチュラルメイクくらいはする女子生徒の中に、しれっとすっぴんで混ざってんだもんなこいつ……。

 メイクの事を聞かれると必ず、やだなーナチュラルだよー、と返すが、ナチュラルメイクの略では無くすっぴんと言う意味なのをどれくらいの奴が知ってんだろうな。

 近くで遠い顔してたから間違いなく杠は知っているだろうが、他は……どうだろうな。

 カナメは大概俺の近くに居たからな、それ以外の交友があったのかも分からない。

 まぁ間違い無く猟友会には入り浸ってるだろうな、後は……バイト先か?

 確か雀荘でバイトしてたんだっけか。

 軽食を作るキッチン担当がメインで、たまに人数割れの所に入ったりしてるとは聞いてたが。

 ……明らかに同年代の知り合いは居ねぇな。

 

「そいじゃまー、行こっか」

「おぅ、にしても……、頼り甲斐が百億%上がった格好になったな。つか弓でっけぇな、幾つだ?」

「へっへーん、七尺三寸くらいだよ、流石に目測だけどね」

「七尺三寸……、2.212メートルか。んで、お前の身長が……あ゛ー……157センチだったか? よく射れるなそれ」

「江戸時代くらいの男性の平均がオレと同じくらいだぞ」

「成る程、道理で」

 

 そういや昔は今よりも背が低かったんだったな。

 三枚打弓を片手に、竹で作った矢筒を腰元に据えた狩人スタイルになったカナメが無い胸を誇る。

 ……胸当ては必要無さそうだな、だなんて感想が浮かんだが即座に飲み込んだ。

 肉食動物に出会しても返り討ちにしてくれそうな背を追う形で河原を歩いていると、微笑を浮かべたカナメが立ち止まって矢を番えた。

 そして、反対側の茂みの近くへ放つと短い断末魔が聞こえた。

 

「うっし、仕留めたね」

「何を仕留めたんだ?」

「野うさぎだよ。水を飲みに来てたんだろうね。お昼ご飯に使おう」

 

 ざぶざぶと川を渡って茂みの先に手を突っ込むと、野うさぎの耳を掴んで持ち上げていた。

 矢はつぶらな瞳を貫通していたので非常にグロテスクな光景だが、新鮮なお肉だ、とカナメは気にした様子は無い。

 ……鹿以外も仕留め慣れてんな。

 もはや隠す気零の様子だが、今はその狩猟の腕がただただ頼もしい。




平成十四年(2002年)に鳥獣保護法施行規則が改正された事により禁止にされたそうです。

この作品はフィクションですので、真似しちゃ駄目だぜ。
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