はぁ~~……、迂闊だった、俺も俺だ、なんで目を逸らさなかったんだ。
胸元からモロに見えてたカナメの胸を食い入る様に見てしまった事もあり、非常に気まずい心地で炭炉作りに戻っていた。
上気した頬に赤らんだ顔、熱に浮かされている様な蕩けた瞳、活発的な証拠である薄い赤褐色の日焼け跡。
垂れ下がった胸元から覗くツンと立ち上がった桜色の――、思い出しかけた事を頭を振って霧散させる。
「……大樹、お前も似た様な心地だったのか。お前の場合は杠相手にだがよぉ……」
今も尚フラッシュバックするカナメの艶姿にノックアウトされかけている現状、笑えねぇぞおぃ。
ただまぁアイツの無防備な姿を見るのは今に始まった話じゃないしな、家に来てる時に時々あったしな。
制服にエプロン姿は得点高いよな、とか抜かしてんじゃねぇよエロ親父がよ、……同意はするけども。
つい、昔に百夜がビール片手に零した言葉に突っ込みを入れてしまった。
生活拠点が進むに連れて生活基盤が盤石になっていく事で得た余裕のせいか、どうもそう言う方向に思考がチラつくんだよな。
生命の危機を感じてそう言う方向に走る様に遺伝子プログラムされてるとは言えども、ある程度の事は理性で何とかなるとは思っていたが無意識にまで作用してくるとは流石に思っていなかった。
「……続き作るか」
炭炉の前に立ち、深く、それはもう深い溜息を吐いてから作業の続きをする。
中をアーチ状にくり抜いて粘土で固めた事もあり、入口と反対側に煙突のための穴を作らなくてはならない。
内側から指三本程度の幅に横長の溝を掘り、外に出て溝のある部分を目指して上の方から崩す様に掘り進める。
溝を掘り当てたら中くらいの石を積み上げながら煙突を組み上げていく。
作り終えたら入口を閉じないまま中で枝を積んで、弓キリ式で着火して粘土部分の焼成に入る。
土器を野焼きする時の様に徐々に太い枝を増やして温度を高めて内側に貼り付けた粘土を温めていく。
ある程度時間を掛けて乾いたのを確認してから薪を足して火力を高めていき、火吹口で風を送って粘土の焼成に必要な温度である1000℃近い温度へと上げていく。
アーチ状にした天井部分などの粘土が焼成してくれれば良いので、数時間も焼く必要は無いのが救いだな。
「水車動力の送風機とまではいかないが、弓切り式の送風機ぐらいは作った方が良さそうだな」
木炭作りの際にはある程度燃焼が進んだら入口を閉じるので、序盤の部分に送風する器具を取り付ける必要があるな。
再びドライヤー型の土器を作り上げて、炭炉で燃えている薪に近付けながら焼成していく。
ある程度して焼き上がったら取り出して粗熱を取り、これの直径に満たないくらいに竹を切って縦に割る。
四分割……、いや、少し太いか、当たらない程度に幅を調整してから火で炙って粗熱を取る。
素材が生の植物と言う事もあり繊細な加工を強いられ、中央部を細く削る段階で何度か失敗したが無事に成功品を作る事ができた。
これを細長い棒に括り付け、送風土器の中で回せば良い感じに風を送り出していた。
後は入り口に送風土器を置く土台を作り、支柱になる二本の杭を打って、回転させる棒の溝穴を掘る。
土台に送風土器と竹プロペラ付きの棒を設置し、棒を支柱に嵌め込み試運転する。
弓形に曲がった棒と竹紐で弓切りを作り、これを前後させれば外の空気を取り込んで吐き出す送風土器の完成だ。
「んで、これの送風口に火吹口を取り付けてやれば長さ調整も楽々だ。貴重な革で鞴を作るよか素材もお手軽で疲れもしねぇ」
もう少し規模がデカくなったらこれじゃ足りねぇだろうが、序盤にしか送風機を使わねぇ炭炉なら問題ねぇ。
そのために炭炉自体の大きさも控えめに作ったしな。
本拠点を見やればカナメが竹をごっそりと運んでいて、此方もあの寝心地の良い竹ベッドを作っている様だった。
「……大丈夫そうか?」
先程の気まずさはもう引き摺っていない様に見え、少し一安心して安堵の息を吐く。
実際問題、カナメとの関係は慎重にならないといけない案件と言えるだろう。
……あいつ確実に錯誤帰属、所謂吊り橋効果と呼ばれている状況に陥ってるだろ。
原始生活と言う一歩間違えれば死に至る様な吊り橋を二人で渡っているもんだから、無意識下で不安を感じる度に鼓動が若干早まってんだろうな。
道理で発汗が増えてあいつ自身の匂いを強く感じる訳だ、いやまぁ不快な臭いでは無いんだがな……。
身体が危機的状況に陥ると子孫を残そうとする遺伝子の働きにより、テストステロンと呼ばれる男性ホルモンが分泌されて性欲を増加させる訳だが、男性ホルモンと銘打っているが実は女性も分泌するホルモンだ。
このホルモンは副腎や卵巣から分泌されるんだが、男性よりも女性の方が濃度が高い。
身近な男性に対して不安から生じた鼓動の高まりとテストステロンの効果により、発情と言える状態に陥ってるんだろうなぁ……。
かく言う俺も冷静になって考える余地ができたから気が付いたのだが、カナメに対して性的な視線を無意識に向けていたのが決定的だった。
……あんな煽情的で無防備な姿を晒されたら誰だって反応するだろ、と言う愚痴は吐くつもりはない。
ただ、普段一緒に居た後天的幼馴染みてぇな奴の艶姿は流石にクるもんがあった、と言うだけだ。
「……なんか娯楽とか考えてやるべきか。いやまぁ、大きな玩具を手に入れたばっかりな訳だし、まだ大丈夫か……?」
カナメの考えをシミュレートしてみれば、食材の貯蔵の不安定性に思い至る。
あぁ、キッチンを預かっているカナメの事だ、人一倍それに関して頭を悩ませてるだろうな。
食材を安置する冷暗所を作るとなると、断熱性に優れた壁に囲まれてる事が先ず挙げられるだろう。
氷を作れる環境は整っていないので、必然的に日陰や地下に水冷と言った原始的な冷やす方法が浮かぶ。
手っ取り早いのは水冷だろうな、夏の間に川の温度がどれくらい上がるかがネックではあるが。
石炭灰から作る水密性に優れたフライアッシュセメントで、貯蔵用の地下収納スペースとその周りに流す川の水を受ける外側の箱を作れば効果的な物を作れるだろうな。
冬の間も表面は凍るかもしれないが、流動する水は凍らないので地下で流れさえ作ってやれば良い。
いやまぁ、冬の間は別に凍ってても良いのか。
「ん? そうなると炭を作る時に大量の灰が出る炭炉を作ったのは正解だったな」
奥側で炭化させて作る炭の燃料として燃やす手前側の薪は燃え尽きて灰になる。
ついでに煙を蒸留すれば木酢液も得られるので炭炉の完成は今の俺たちにとって生命線を繋げる様なものだろう。
そこまで意図していなかったが、棚から牡丹餅の様な心地だった。
炭炉を完成させるため、質の良い粘土を使って入口を塞ぐための煉瓦を作るか。
成形した物を乾燥させるために余熱が残っている炭炉の中に安置していく。
……予想以上に熱いな、窯にピザ入れる時のピザピールが欲しくなってくるが、木製のピザパドルを作るとなると大分時間が掛かるだろうな。
作っておいて損は無い、無いのだが木製と言う事から耐久性に難有りだからな。
「……ある程度乾燥させたらそのまま焼成しちまうか」
土器も野焼きするよりも此処を窯として使って焼き上げる方が楽かもしれないな。
次に使う薪を用意していると、本拠点の方から大量の煙が噴き上げていて思わず固まってしまった。
見やればリビングと言っていた場所で何かを燃やしているカナメの姿があり、手に持っている物を見れば松の葉だった。
……あぁ、成程、防虫してるのか、松の葉は蚊取り線香の素になった蚊遣り火の素材の一部だしな。
後はよもぎやカヤの木、杉や松の青葉を燃やすんだったか。
カナメのアレンジなのか、ぽいぽいと竹の端材を入れているのは竹酢液の素になると知っての事だろうか。
竹酢液や木酢液は燃やした竹や木の煙を冷やして集めた液体であるので、原液と言っても良い煙を燻すのは間違ってはいないか。
……壁がタール臭そうだが、効果を考えたら仕方のない犠牲か。
本拠点の方から視線を外して煉瓦作りに没頭し、そこそこの時間が経っていた。
「千空ー、そろそろ帰るよー」
「おぅ、今行くわ」
灰を被っていた煉瓦を炭炉から回収し、入口周りに並べておく。
明日はこの炭炉一杯になる程に丸太と薪を用意して……、と今後の展望を脳裏に浮かべる。
俺も随分とこの生活に慣れてきたもんだな、いや、本当に。
それもこれも、隣にカナメが居てくれるからだな……。
三枚打弓を片手に歩くカナメの後姿を見ながら川原と森の境目を歩いて行く。
……もしも、カナメが居なくて一人だけで復活してたら今頃どうしていたんだろうな。
大樹と杠を見つけて、何処にもいないカナメを探しながら、一人で暮らしていたんだろうか。
アルコール発酵のための素材を見つけられずに、硝酸で大樹が復活するのを待っていたかもしれない。
「どしたの千空?」
「……いんや、お前が居てくれて良かったと思ってただけだ」
「…………ふーん? まぁ、黄金の鉄の塊で出来ているオレがそこらの野生動物に遅れを取る訳無いしね」
「黄金なのに鉄の塊……、お前のそのよく分からんのをこれまで大分聞いて来たがさっぱり分からんわ」
「ネットミームだなんてそんなもんだしね、オレの場合大分古いネットスラングの方がメインだし」
「2chだっけか?」
「今は5ch……、あぁ、三千七百年経ってるからもう閉鎖されてるか。サルベージなんて出来なさそうだしねぇ」
「おかげでお前の言葉を調べられなくて困ってんだが」
「千空、考えるな、感じるんだ」
「いや、説明しろよそこは」
「じゃぁ、ロッキーが生卵をジョッキ飲みするシーンなんだけど、日本人からするとめっちゃタンパク質取ってるなーって感想になるけど、海外だとサルモネラ菌を恐れずに生卵を飲むだなんて凄い漢だ……、って感じに印象が大分違ったりするらしいよ」
「マークシートを一つずらして書いてんのかお前は、黄金の鉄の塊は何処行った」
「さてね、ヴァナ・ディールあたりにあるんじゃないかな」
だなんて、可愛く舌をちろりと出してカナメが振り返って笑みを浮かべた。
……まったく意味が分からんが、まぁ、こいつなりに会話を楽しんでいるようだから良しとしてやるか。
好きな物を語る時の雰囲気に似ているので大分テンションが上がっているらしい。
くるりと反転して前を歩き始めたカナメにやれやれと息を吐きながら肩を竦める。
黄金の鉄の塊のナイトと言うのはね、とネタの解説をし始めた楽しそうな声をBGMに夕暮れを歩いて行く。
オンラインゲームのネタだったのか、と無駄な知識を頭に入れながら仮拠点へと辿り着く。
「んー……、最初の方に作った燻製あたりがちょーっと怪しいかな……」
冷暗所に並んでいる土器の中身を確かめながら夕飯の用意をしているカナメの独り言が、少し硬い声色である事から日中に思い立った懸念が思い返される。
匂いを嗅ぎながら一部をアオダイショウの入っている土器に放り投げるあたり、火の入りや塩の量などで生じた差異で痛んだ物もあったのだろう。
見た感じカビや腐った感じではないが、カナメ的に危なそうなのを弾いているようだった。
「千空、明日海行ってたっぷり塩作ってくるよ。んで、二週間くらいかけてちゃんとした保存食に適した燻製肉を作るね」
「そこまでいくともう嗜好品の域じゃねぇか……?」
「ちゃんと藻塩で一週間塩漬けにしてから天日干しして乾燥させたものを桜っぽい木で燻製するからね……っ!」
「……嗜好品作りたいだけだろ」
「うん、絶対美味しいだろうなぁって」
「そりゃお前がそれだけ手間暇掛けたら美味いもんができるだろうよ」
ちゃっかりと実益を取っていくあたりやはりカナメだな。
しれっと藻塩にグレードアップした上に、一番手間の掛かる天日干しで、更には桜チップを用意するとはな。
まぁ、俺らが見知ってるソメイヨシノは自家受粉できねぇからもはや別物になってるが、景観のために植えられた物から出来たであろう子孫っぽいのが点々とあるしな。
んー、案外俺の考え過ぎか……?
日中に考えたアレがそうじゃないと反論が出てしまうとだな、カナメがただのむっつりスケベになるんだが。
いやまぁ、現代で行為依存症にひっそりとなってる奴は多いだろうしな……。
昔と違って性的な事を恥の文化から隠す様になった現代において、性的な問題は暗黙の了解と言うか、隠す事が当たり前の風潮だったしな……。
……案外、家に帰ってからそう言う事をするのが習慣だったんだろうか。
いや、流石にそうなら一週間も持たないか、ならまぁ、俺の懸念が当たりと言う事にしておこう。
カナメの尊厳的に、そっとしておくのが肝要だろう。
まぁ、こんなもやしに発情する様な物好きじゃ無いだろうしな、状況に流されてるだけだろ、多分。
……だが、これまでのカナメの言動を顧みるに…………、はぁ、もどかしいな。
男女の関係ってのがこんなにも非合理的で面倒な代物だとは思わなかったぜ。
科学みてぇに解き明かせれば楽なんだがな……、と一つ息を吐いて夕飯を待つ間に風呂の準備をする事にした。